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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ザビウス
77/136

3

【クレヴ】

 訓練所を脱出した後、宿舎から副団長の応援に駆けつけた多くの騎士達と逃走劇を繰り広げ、命からがらに彼らを振り切り、宿屋へと奇跡的な生還を果たしたのだが。

 本当にそんなことをやってのけたのか、未だに信じられない。

 疲労がまだ抜けていない身体をベッドから起こして、いつにも増してボサボサに乱れる後頭部を掻きつつ、寝起きの頭でぼんやりそう思う。


「まさかあんなに上手くいくとはなぁ……」


 逃走中に、副団長のキスマークについて有ること無いこと騎士達に吹き込んでなければ、朝日を拝んでいたのは、きっと牢屋の中だったかもしれない。

 あの時は自分に向けられた矛先を逸らそうと必死でやったことだが、今更ながら副団長に申し訳ない気持ちになってくる。

 なんせ、俺の嘘で副団長を悪者に仕立て上げたのだから。

 『寝取られ』という呪文を唱えて、追跡者達の目の色を変えさせ、『これは副団長の陰謀なんだ』と口から出まかせを言い放って。

 ルシルをモデルにした仮想の恋人を取られた捏造(ねつぞう)エピソードを語ったら、思った以上にその効果を発揮した結果、見逃してもらえることになったのである。

 騎士団の中で副団長の心象が悪くなってしまったが、これをいい機会に副団長はさっさと身を固めてしまえ、と思う。

 パッパと下着とアンダーシャツだけ取り替えると、後は昨日と同じ丈夫な服を身に纏い、部屋を出る。


「渋滞してるなぁ……」


 独り言に後続して、溜め息が漏れた。

 この宿屋は二階建てで、客が利用する部屋は二階に多く作られているのだが、下に降りる階段が一つしかない。

 だから、皆が動き出す時間帯になると人の行き来で、階段の人口密度が大変なことになるのである。

 階段をもう一つ設置してくれ、という要望を他の客が出してはいるものの、なかなかそれは叶っていないのだとか。

 理由としては、階段を設置するためのスペースを確保しなきゃいけないからだ。

 大きくすればするほど、それだけスペースを食うのを、やはり宿主は嫌う。

 階段を作るスペースで部屋を作れるのなら、そっちの方が儲けになるのだから。

 まぁ、俺としては比較的大きな宿屋なら、客の使い心地を優先して、(くち)コミやらの集客効果を期待した方が良いと思うけど。


 (しばら)くの間、人の通行が少なくなるのを待ってから、俺も下に降りる。


「おはようございます」


 爽やかな笑みを浮かべる薄い髪の小太り店主からの挨拶に会釈を返し、入り口すぐにあるカウンターの横をすり抜けようとしたところで、


「そういえば、今朝(けさ)出されたお触れを見ました?」


 そう呼び止められる。

 これから朝飯でも食べに行こうというところで、出鼻を(くじ)かれる形となった。

 まぁ、嫌なら他の利用客のように宿主の言葉を無視してしまえば良いのだが、折角あちらから話しかけてくるのを無碍(むげ)にするのも、あまりしたくない。

 苦笑いを浮かべ、朝から軽快な動きでカウンターを拭く宿主の方へと身体を向ける。


「お触れ、ですか?」


「なんでもね、昨夜に騎士様がご利用されている訓練所が爆破されたんだってねぇ」


「爆破……?」


 爆破なんて、そんな国に喧嘩を売るような真似をする馬鹿を心の内で嘲笑う――そう、その可能性に気付かない馬鹿な俺を。

 実際には爆発など起きていなかったのだが、大鎚でぶっ叩いた音が余程大きかったのだろう。


「あぁ。それでね、その爆破犯は国から許可を貰ってない召喚魔導師っていうんだから余計に恐ろしい話なんだよ。全く召喚魔導師には碌な奴がいないってもんだね」


 召喚魔導師。

 宿主は、その言葉を大変嫌悪しているのだろう。顔に凄く表れていた。

 それも、召喚魔導師を嫌うのが当然のように言ってくれる。

 ……真っ向からバッシングを受けた、召喚魔導師の俺はどんな顔をして良いのやら。

 歯を食いしばりたくなるのを我慢して、無理やり笑顔を作る。


「……それで、その召喚魔導師は?」


「まだ捕まってないんだそうで。確か名前はクレヴとか書いてあったね」


「人相書きとかは、付いてなかったんですか?」


「そうだね、夜だったから顔が良く見えなかったのか、大きな盾を背負ってるというくらいしか特徴が書かれてなかったよ。

 早く捕まって欲しいもんだね――アイザックさん」


 同意するように投げかけてくる宿主の言葉に、俺は曖昧に頷いて、静かに息を吐いた。

 どうやら俺の陰が薄いおかげで犯人として特定出来る証拠が全然ないみたいである。

 これなら知り合いに遭遇しない限り、顔とか隠さなくても大丈夫と考えてもいいだろう。

 長話を続けようとしていた宿主の話を、情報ありがとうと礼を言って遮ると、俺は宿を飛び出した。







 宿を出てから、すぐに裏手へと回る。

 そして周りに誰もいないことを確認すると、屋根の上へと一気に跳躍。


「……隠すにしては思い切ったよな」


 独り言を呟きながら、近くに寝かせておいた、全体を布で包んだ状態の盾を手に取った。

 普段の生活で人が上を見上げることは案外少なく、ある意味盲点なのである。


 このまま布で隠しただけでは怪しいので、盾に一工夫加えておく。

 宿屋からの借り物である鍋の(ふた)の突起物を布の下から浮き上がらせ、それみよがしに布から鍋の取っ手をはみ出させる。

 これでクオリティは低いが、何とか大きな鍋に見えなくもない。

 後は偽装した盾付近にこれまた勝手に拝借してきた包丁、まな板、お玉、フライ返しを飾って完成だ。

 何か露骨過ぎて怪しさ満載ではあるけれど、これくらいやっとけば盾だとは分かるまい。


 後はさっさと盾を修理するついでに、あの武器屋の預けてしまうだけ。

 指名手配されたのに、長期間盾を所持しているのは自殺行為だし、金もあるのでちょうど良いしな。

 取りあえず表通りに出て、例の武器屋に向かうことにする。

 ……やっぱ、他人の視線が気になってしまうが、もう開き直ってコック帽でも被れば良かったのか、と考えていると。


「……!」


 たまたま正面から向かってきた金髪少女――ルシルと目が合ってしまった。

 服装が村にいた時よりもファッショナブルで、他人の空似かと思ったが、俺を見た際の反応でルシル本人だと確信する。


「アンタ、何て格好してんの……」


 てっきり知らない振りでもされるかと思っていたら、ルシルの方から接触してくる。

 これは珍しい。


「これには深い、わけでもない事情があるんだよ。気にすんな」


 俺は足を止めることなく、前へと進む。


「どうせ訓練所の爆破をしたのと関係があるんでしょ……」


 呆れた顔をしながらルシルは、此方(こちら)に充分な距離を取りながらも、ついてくる。


「俺はやってない」


「クレヴって名前に、召喚魔導師、それに今もカムフラージュ出来てない大きな盾を持ってるっていう時点で、アンタ以外ありえないってば」


「……爆破は、してないんだよ」


 ルシルに誤魔化しが効かないか、と早々に諦めて本当のことを言ったのだが、彼女は未だに疑いの目で俺のことを見続ける。

 少し気まずいので、取りあえずぶっきらぼうに話を振っておく。


「で、何か俺に用事でもあるのか?」


「何その態度。私に通報されて、ジェフさんの好感度上げる手伝いでもしてくれるわけ?」


「マジすんません!」


 ルシルがレイオッド先生のことを好きだった時の経験を生かし、即行で頭を下げる。

 好きな人のためならば、俺のことなんてどうなってもいいとルシルが思っていることは、もう把握済みだ。

 年越しを暗い牢屋の中、不味い飯を食らって過ごすなど、流石に勘弁してほしい。


「同郷の(よしみ)で、見なかったことにしてくれません? 金も払うんで」


「ちょ、人前でそんな恥ずかしい真似はやめてよね!?」


 地面に膝をつけ、懐から銀板を取り出す仕草を見せつけると、ルシルが慌てて俺を立たせようとする。

 傍目から見ればルシルがカツアゲ――容姿的には俺から貢いでる感じになるのだろうか。

 まぁ、どちらにせよ、()し崩しに許してくれそうな雰囲気となったので立ちあがることにする。


「それで、用件は本当にないのか?」


「……アンタ、年末には村へ帰るんでしょ? だったらさ、今年は帰らないってお母さんとお父さんに伝えておいてくれない?」


 俺が村に帰る、とは一言も言っていないのだが、ルシルは強引に伝言を頼んでくる。


「魔法学校の方、忙しいのか?」


「それもあるけどね。たまには静かに新年を迎えたいって気持ち、アンタなら分かるでしょ?」


 良く分かる、と首を縦に振って同意の意を表す。

 あの村人達、冬になると基本的に仕事が無いから、いつにも増して騒がしくなるのだ。

 どうせ今度の冬も遊び呆けるに違いない。

 

「とりあえず、それだけ。呼び止めて悪かったわね」


「別に伝言じゃなくても、手紙出せばいいじゃないか」


「手紙だとお金がかかるしね。アンタ使えばタダなんだからいいじゃないの」


 俺は思わず顔をしかめると、ルシルは意地悪そうな笑みを更に深めて、俺に背を向ける。

 どうやら用件は本当に彼女の父母に伝言をするだけのようだ。


「そういえばさ、フィリーネさんは一緒じゃないのか?」


 ルイゼンハルトに着いた時には結構仲良さそうだったので、つい気になったので、最後に聞いてみることにした。


「んー、フィリーネとそこそこ仲良かったアンタなら答えてもいいか。フィリーネはね……実家に帰っちゃった」


「それは、何か理由とかあるのか……?」


「魔法の実力が周りに追いついてなくて、居辛いとか言ってたしね。後はキモい貴族のお坊ちゃんに目付けられて粘着されてたせいってのもあるか。

 しかも奥さんに、じゃなくて無理矢理使用人にさせようとしてたからね。フィリーネ見てた時、鼻伸ばしてたから、実家に帰って正解かもね」


「ルシル、そいつの家教えてくれ。新しい年を迎えると同時に、ドカンと一発派手な爆発見せてやるよ」


「ちょ、本当に爆破する手段あんのアンタはっ!?」


 少しシンミリとしていたルシルが慌てた表情に変わり、いきなり俺の頭にチョップを入れてくる。


「まぁ、それだとフルデヒルドの方に行かなきゃなんないけどな。で、チョップはいいから早く教えてくれってば」


「フィリーネ帰っちゃったんだから、今更教えたって無駄でしょ……ったく、アンタもやっぱりあの村の一員だったか。

 で、クレヴってそんなに危ない発言しちゃうくらい、フィリーネのこと好きだったっけ?」


「いや、恋愛感情はないと思う。ただ、あの元々困り顔のフィリーネさんを困らせるゲス野郎を駆逐した方が世のためってもんだ。

 知り合いの(よしみ)ってのもあるしさ。それに今後、フィリーネさんがルイゼンハルトへ遊びに来ないってこともないんだろ?」


「ゲス野郎ってのは同意だけどさぁ、それでわざわざ犯罪行為に走るのもどうかと思うけど?

 ま、クレヴが何かしなくても、ほとぼりが冷めたらフィリーネが帰って来るかもね」


「結構仲良さそうに見えたが、意外とドライな反応だな」


「唐突な別れなんて生きてる内には無くはないでしょ? それに、フィリーネが実家に帰ってから2週間は経ってるし、落ち込んでる状態から切り替えるくらい出来ない方がおかしいって」


「そうか」


「それじゃ、職失ったアンタと違って私は忙しいからこの辺で失礼させてもらうから」


 最後に俺を馬鹿にしてから、今度こそルシルは去っていく。

 ……うーん、押しつけられた伝言はどうすっかな。

 無視すると後で怖いし、父さんに送る手紙ついでに、ルシルが帰らない旨を書いた手紙をサラナ村にも送るとするか。

 


 


 


「おはようございまーす」


 武器屋の戸を潜り、軽く挨拶をかます。

 こんな時間から開いているあたり、ここの店主は結構お歳を召されており、自然と早起きになっているからに違いない。

 現に、他の所は開いてやしなかったのだから。


「おう……で、何だその奇怪な格好は?」


 カウンターに頬杖をついていた店主が怪訝そうにして、俺を睨んでくる。

 どうやら馬鹿にしていると思われたらしい。


「今さ、ちょいと大きな盾を運ぶと犯罪者に疑われるっていうから、カムフラージュをしてまして」


 布と一緒に調理器具を取り外し、鈍い光沢を放つ盾を店主に見せつけるようにしてカウンターへと置く。


「こいつは……ってことはお前はシルヴァの息子か?」


「はい」


 やっぱりこの人にも顔は覚えてられてなかったらしい。

 まぁ会った回数なんてほんの数度だけだし、しょうがないと言えばしょうがない。

 

「お前はまともだと思っていたが、やはり血は争えんらしいな……」


「いや、爆破してませんからね」


 そこだけは否定したいのだが、ルシルといい、この人といい、どうにも納得してもらえない。


「それにしても、お前はシルヴァの息子ってだけじゃなく召喚魔導師でもあるっていうのか。難儀な人生送っとるな」


「もう俺の話はいいですから。……?」


 店主の顔を見て、ふと気付く。

 彼は俺が召喚魔導師だと知っても、露骨に態度を変えようとしていないことに。


「えーと、いきなりで何ですが、俺のこと怖くないんですか?」


「いきなり店ん中で爆破しなきゃ、お前みたいな若造は怖くも何ともない」


「そうですか」


「あぁ、召喚魔法が使えようが、人となりを見れば危ない人間じゃないかどうかなんて分かるもんだ」


 ここの店主、絶対いい人だ。

 恩返しってわけじゃないが、今日はここでの買い物を奮発してしまおう。


「それで……今日はこの盾の修理に来たってわけかい?」


「まぁ、ちょっとした小金持ちになったんで財布の心配はしなくてもいいですよ? それで材料の方はまだ見つかってないんですか?」


「いや、つい先日に知り合いが加工出来ない金属を掘り当てたっていうんで見に行ってみたら、この盾の素材だったもんでな。それを格安で譲って貰えたから、出来なくはない」


 店主は一旦"タメ"を作ってから、話を続ける。


「ただな、こいつの修理には時間がかかりそうなんでな。それでもいいか?」


「まぁ、すぐに使う機会があるわけでもないんで、大丈夫です。それで、修理費の方はどれくらいになりますかね?」


「あぁ……50万くらい頂こうか」


「高くないですか……?」


 財布を取り出していた手が思わず硬直してしまうくらい、驚きの値段である。

 

「こいつはそれだけの価値があるってことだ。むしろこいつの性能を考えりゃ安いくらいだ」


「素材は格安だったんでしょう?」


「直すのに相当手間がかかるんだよ、こいつは。シルヴァの時にも苦労させられたんでな、それくらい貰わんと割に合わん。

 若い奴から金をせびるみたいで悪いとは思っておるがな」


 店主が申し訳なさそうに軽く頭を下げたので、俺も渋々このお値段に納得するしかない。

 まぁ、手間がかかるってことは、他の商品を作る時間がなくなるってことだし、しょうがないのかもしれないな。


 ……果たしてあの父がこんな大金を持っていたのか、(はなは)だ疑問である。

 賭博で多くの同業者やら騎士やらから金をせしめた、とかやってそうだな、うん。

 母が病気の時は堅実に働いているあたり、賭け事で身を滅ぼすような借金作ってくるタイプじゃなくて本当に良かった。


「えーと、持ち合わせが50万E(エギル)ないんで分割払いでもいいですかね? 前金に10万E(エギル)、修理出来たら残りの40万払うって形で」


「あぁ、それでも構わん」


 金貨10枚取り出し、店主に手渡す。

 頼むだけならこれだけで済むっていうのに、その前段階までが大変過ぎるだろう、と今更ながら実感させられる。

 自分のミスではあるが、盾取ってくるだけで指名手配。そのために盾を偽装して、街を歩く人々には奇異を見るような視線に晒されて。

 あっけないな、と思っても仕方がないだろう。


「あのー、一つ聞いてもいいですか?」


 だからだろうか。こうして、会話を続けようと思ったのは。


「その盾って物凄く頑丈に出来てるんですよね? それを加工とかってどうやってるんですか?」


「…………」


 あ、店主が顔をしかめてしまった。聞いちゃいけない事だったのだろうか?


「別に教えられないなら、それで構いませんから。ただ、気になったものでして」


「……笑わんか?」


「むしろ加工するのに、笑える要素があるんですかって聞きたいです」


 独特の打ち方が少々おかしい、とかなら別に笑いはしない。

 まぁ、その保障はどこにもないけど。


「笑わんと言うなら、教えてやらんでもない」


「気になるんで、是非とも」


 店主は俺の目を見つめ返し、しわだらけの指で鼻頭を掻き、軽く咳払いをしてから。


「――実は精霊の力を借りておる」


 ……一瞬、思考に空白が生まれる。

 えーと、この人は今、何を言ったんだっけか? 精霊?


「顔に似合わず随分とファンシーな存在から力を借りてるんですね」


「おい、その顔は止めんか。憐れむでない。……だから言うのが嫌だったんだ」


「いや、すいません。別に貴方が言ったことを疑ったわけじゃないんですよ?」


 実際、妖精なんて存在がサラナ村に住みついているし。

 例え書物にしか乗っていない存在であっても、俺には真っ向から否定出来る根拠がないしな。


「それで、その精霊とやらはここにいるんですか?」


 その姿を見れば疑いようがなくなるのもそうだが、純粋に精霊がどんなものか見てみたい気持ちの方が強いかもしれない。

 書物の通りであれば、姿は人のものであったり、動物や植物、そして非生物なんてこともあるらしい。

 まぁ、信憑性の低い作り話でのことではあるけれど。


「あぁ、あの精霊は内気なもんでな。あんまり人前では姿を見せてはくれんよ」


 キョロキョロと(せわ)しなく眼を動かす俺に、店主が愉快そうに笑う。


「じゃあ、精霊の力を借りた武器とかなら、何でも壊せるような恐ろしい代物を作れるってことですかね?」


「そんなもんあったら、今頃大変なことになっておるだろうよ。……どうにも精霊は物作りにしか手を貸してはくれん。もしくは、その力が無いのかもしれんが」


「精霊に力を貸してもらうってことは、実際に精霊と会話とか出来るんですか?」


「声を発さずに意思伝達という形でならな……と、別の客が来たから話はここまででいいか?」


「はい。じゃあ、盾の修理よろしくお願いします」


 他のお客さんが来たということで、店主は盾をカウンターの下へと隠して、いつものようにぶっきらぼうな態度で客の対応に臨む。

 その間に、俺は調理道具を回収して扉から出る。


 しかしまぁ、精霊とは不思議な話を聞いたもんだ。

 実際にそんな存在がいるのかどうか、半信半疑ってところだろうけど。

 あの店主が白昼夢でも見ている可能性が一番高そうではあるが、そんなんで鍛冶仕事が出来るわけがないだろうし……。

 今度この店を訪れる時には、こっそり侵入して幻想を見ていないかどうか、店主の容態でも窺ってみるとするか。







 盾の修理費によって随分と金が少なくなってしまったが、まだまだ手紙を出すくらいの余裕ならたっぷりあることを確認して、街をぶらぶらと歩く。

 そして通りの中心を通る馬車を見て、馬を預けたままだったことを思い出す。

 あの中じゃ、あまり動き回ることは出来ないし、寝ることしか出来ないのでストレスが溜まってるかもしれない。

 案外、馬は繊細な動物だと父から聞いているしな。

 少しばかり高い餌でも持っていってやろうと決め、適当な八百屋に入って野菜を購入する。

 後は厩舎(きゅうしゃ)の近くで干し草でも貰えるか、聞いてみることにしよう。







「今日に限って、何でこんなに知り合いのエンカウント率が高いんだよ」


 指名手配された翌日に、だと思うと今日は厄日なんじゃないだろうか。

 俺にだけ厄日が多く感じるのも、もはや気のせいではあるまい。


 厩舎に着いたら、まさか門のところに青髪の王女とその従者らしき鎧女が訪問しているとは、誰が予想出来る?

 で、そそくさと厩舎に逃げ込んだら、後を追ってくるかの如く、王女が青いポニーテールを揺らして中に入ってくるし。

 こうなったら知らない振りだ。どうせ俺の顔なんて覚えている奴が少ないんだから、何事もなくやり過ごせるに違いない。

 やり過ごせないと、あの鎧女に問答無用で豚箱にぶち込まれてしまうだろう。

 落ち着け、冷静になれ。慌てて逃げれば怪しまれる。

 緊張で鼓動が早まっていく中、どうしてか此方に近付いてくる足音。

 錯覚だ。幻聴だ。

 頭でそう念じるも、俺の耳は床を鳴らす足音を捉え続けていた。


「いい馬だな」


 そして、俺に話しかけてきやがりましたか。

 馬をほったらかしにする連中が多いのか、現在厩舎の中には俺しかいない。

 これは確実に俺へと話が振られたと考えて――いやいや、ただ独り言を言った可能性も無きにしも非ず。

 馬に餌をやるのに集中しよう。今のは、聞こえなかったことにするんだ。


「おい貴様、シリア様がお声をかけていらっしゃるのに、無視とはいい度胸ですね」


 背後から、鎧女の多大な殺気が発せられ、背中から冷や汗がどんどん分泌されていく。

 なにこの人。怒りの沸点が低過ぎだろ。

 キレやすい若者が増えたと聞いていたが、この鎧女はアスタールにいたチンピラ共と同じレベルだ。

 言葉遣いこそ丁寧にしてはいるが、返事をすればまず間違い無く逃げることが出来ずに絡まれて、酷い目に会うだろう。

 実際、昔遭遇したチンピラに絡まれた時はそうだった。

 その後、お返しとして村の過激派の連中が俺の目の前で、そのチンピラに彼らよりも酷い絡み方をしたのも良く覚えているが。

 確か、出来るだけ頭の悪い振りをして、とにかく威圧感を出すのがポイントらしい。


「毛並みも綺麗で、見るだけで良く躾されているのも分かる」


「へぇ、ありがとうごぜぇやす」


「ん、何だその変な喋り方は? 普通に喋ってくれて構わないんだぞ、クレヴ」


 名前を呼ばれ、現実逃避していた思考が無理矢理引き戻される。

 何故バレた?


「随分と髪を切ったんだな。うん、サッパリしていていいんじゃないか」


 活発そうな笑みを浮かべるシリアに、振り向きつつも苦笑いを返す。

 まさか後ろ姿で俺だと分かるとは、なかなかの洞察力だと言いたい。

 いや、他の連中の目が節穴だったのかもしれないな。


「クレヴだと!? 唯一の特徴だったあの鬱陶しい髪を切り、私を欺くとは……!」


 以前よりも敵愾心を増した鋭い目つきで、睨んでくるカミラ・リーベック。通称、鎧女。


「離れて下さいシリア様! 相手は指名手配中の犯罪者です!」


「そうだったな。クレヴ、何でそんなことを?」


「爆破はしてないです、神に誓って」


 どうせ今回もまた信じてくれないと思っていたら、意外にもシリアは俺の返答を疑わなかった。


「現場には爆発物が見られなかったというし、目撃者の副団長もクレヴがそれらしき物を持っていたという報告も聞いていないしな。

 後、クレヴは召喚魔法しか使えないから、魔法による爆破も不可能だ」


 うんうん、と首を上下に振って納得した様子を見せるシリアに対して、鎧女は警戒心を剥き出しにしている。


「あんな奴に騙されてはいけませんよ、シリア様。アイツは――得体の知れません」


 言葉だけ捉えれば、俺が大物っぽく見られている、だなんて思えるが、このニュアンスだと奇異の存在として見られている気がする。


「前々から油断ならないコイツの弱点ついでに素性も調べて貰ったんですけど」


 何故俺を調べる必要があったのか問い詰めたくなったが、話の腰を折り鎧女に逆ギレされても困るので、口をしっかりと閉じておく。


「アスタールの魔法学校の校長がクロードの古い友人で、『生徒の自主性を尊重する』とか何とかで、敢えて杜撰な管理をしていたらしく召喚魔導師の報告を怠ってたんですけどね――とこれは関係なかったですね」


 コホン、と咳払いし鎧女は続ける。


「コイツは『規格外の劣等生』と呼ばれていまして、召喚魔法しか使えない駄目な男なんです」


 『駄目』というところを特に強調して俺を罵るように言うも、ですが、と付け加える。


「何ヶ月か前にあった、アスタールでの大量殺戮事件で唯一生き残った召喚魔導師でもあるんですよ」


「アスタールで大量殺戮事件なんてものがあったのか……」


 シリアは初耳だったのか、大きく目を見開く。

 俺も召喚魔導師では唯一の生き残りだとは思ってもみなかったが。


「耳汚しになりそうでしたので、今まで黙っていたのをお許し下さい」


「それよりも話の続きをしてくれ。出来れば事件についても補足して貰えると助かる」


 頭を下げる鎧女にシリアが話の続きを促し、鎧女は未だに此方(こちら)へ注意を払いながら口を動かす。


「はい。その事件では校長が不在の日を狙い、尚且つその校長に罪をなすりつけた者がいまして、ある者の証言だとあのレイオッドが首謀者と言われています」


「確かゴーレムの研究やモンスター避けなんかで有名だったそうだな」


「そのレイオッドが魔法学校の生徒を人成らざる者へと改造し、それをアスタールへと放たれたそうです。

 その改造人間の肉体強度は碌なモンスターよりも堅く、また元が人間だった故か魔法まで使用したらしく、モンスターの危険度でいえばC級はあったでしょう」


「それだけ、ではないんだな?」


 勘が良いのか、話がまだ続くことを察するシリア。


「えぇ、アスタールに配備していた騎士達や魔法学校関係者の奮闘により、改造人間の鎮圧が完了したところで――グルタウロスが現れたんです。

 騎士の話によれば、通常のグルタウロスとは比べ物にならない程に強い個体だったそうで、一時的に壊滅状態に追い込まれたところに、ある4人がそれを打倒。

 そのうちの一人に、クレヴの名が。

 盾一つで正面から立ち向かい、全ての攻撃をやり過ごした、なんていう嘘臭い報告もあるくらいでして……」


「そうなのか?」


 シリアが目を輝かせて此方(こちら)を見てくるが、俺はそんな凄い人間じゃない。

 (すげ)ぇ不機嫌そうに鎧女が睨んでくるから、こっち見んな。


「そんな強者かと思いきや、訓練所で実際に戦ってみれば弱過ぎて話にならなかったのも覚えていますよね、シリア様?」


「手を抜いて私を嘲笑っていたのか、クレヴ!?」


「最低ですよね。貴様は死んで償うべきでしょう。さぁ」


 なんという横暴さだろうか。訓練所にいた時とまるで変わってやしない。

 街の中を馬で引き摺り回した時も、強権使って罪人として俺を裁いていたということで、お咎めなしだったしな。

 マジ腐ってるよな、この国。


「で、昨晩は召喚魔法しか使えないはずのアイツが、大規模な魔法を使用する素振りを見せたそうで」


「凄いんだな、クレヴは!」


「得体が知れなくて逆に不気味だと思うのですが……」


 あぁ、何か相手するのが面倒になってきたな。

 今すぐここから立ち去りたい。このまま鎧女といると牢屋行きにされる可能性が高い。

 変な罪を被されてしまうー。誰か助けてくださいー。


「やっほー、遊びに来ちゃったー」


 しかし、こんなに救世主を渇望した俺を裏切るかのようにして、厩舎に現れたのは混沌の申し子だった。

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