20
【クレヴ】
気を取り戻してみれば、俺の身体は少々堅いものに包まれていた。
「あ、あれ?」
あまりに不可思議な状態に、思わず間の抜けた声を出してしまう。
深呼吸で慌てる感情を何とか落ち着かせると、脳内で振り返り作業を行うことにした。
えーと、確か俺は戦争に強制的に参加させられていて、西門から北門までグルリと回ってきたんだっけか。
それで獣人達を救出するために、俺が暗殺紛いのことをやって、結果は失敗。
囮で数秒程度稼ごうかと思ったら、敵に囲まれてしまい、絶体絶命というところまでは覚えているのだが。
これはもしかすると、死後の世界なのかもしれない。
今まで死んだところで、待っているものなんて何もないと考えていたのだが。
あの人数に囲まれてしまったんだ。死んでしまった、と考える方が妥当だろう。
確か傷を負っていたのだが今は痛みを感じないし。
……いや、待て。これはおかしいのではなかろうか?
死んだのに、何故触覚があるのだろう?
生命活動が停止してしまえば、五感など働くはずがないのである。
そんな都合の良いことが本当にあるというのか?
後、そういえば今、俺は呼吸もしている。
息を止めると、苦しくなった。
脈を確かめてみると、動いているのが分かる。
「これはもしかして、俺は生きているってことでいいのか?」
それを実感した瞬間、身体が喜びに震え、思わず叫び声を上げたくなってしまう。
生きていた。
そう、人は生きているだけでも喜ばしいことなのだ。
あの父との特訓で死にかけていた俺には、死ぬ寸前の恐ろしさはよーく分かっている。
もはや言葉では言い表せないほどの、自分が消えてしまう恐怖。
死ぬのって案外楽なんだな、と考えてしまった自分が愚かしい。
死は、苦しみを伴う。
これまで培ってきた経験で散々思い知らされてきた事実を、今更曲げられるはずがない。
さて、自身の生存を喜ぶのはこの辺にしておいて、そろそろ動くとしよう。
少々慌てていたため、今頃になって自分の身体が顔までスッポリと、どこかに埋もれていることに気付く。
もう寒い季節だというのに、ここは妙に暖かく感じる。
が、少々呼吸し辛いため、取りあえず脱出を試みることに。
身体全体が何か堅いもので覆われており、自分が今どこにいるのか分からない。
両腕を軽く上下に動かしても感触が変わることがないため、なかなかに深いところなのかもしれない。
まぁそれにしても、ここが水の中でなくて助かった。
もし辺りが暗い状態で、長時間水中にいると上下感覚が狂ってしまい、水面に上がろうとしていたら、実は深いところに潜っていた、という話を冒険物の書物で読んだことがある。
だが、今は少なくとも身体にかかる重力は感じられるため、取りあえず上を目指せば抜け出せるはず。
そう信じて、手足を動かし身体を上へ上へと進めていく。
「っと――――って寒っ!?」
ようやく顔が外に出たと思ったら、予想していた以上に冷たい風に強く頬を叩かれる。
あまりの冷たさに暖かい場所へと一時撤退した後、覚悟を決めてもう一度顔を出す。
「っ――!!」
今度の驚きは、冷たさによるものではなかった。
広大に広がる空が、すぐ近くにあったからである。
「あー、今日が曇りじゃなきゃ良かったなぁ……」
分厚く濃い灰色をした雲を眺めながら、現実逃避。
どうやら、俺は今、空を飛んでいるようであった。
せっかく外に出られたと思ったら、空気が薄いせいか呼吸が辛いことに変わりがない。
世の中、厳しいことだらけだと改めて実感させられたところで、意識を現実の方へと引き戻す。
冷静になってよく観察してみると、現在俺の身体が埋もれている薄緑色に見覚えがあることに気付き、まさかと思って風が流れている方向に目を向けてみれば。
「えー……」
予想は、半分当たっていた。
どういうわけか、までは分からないがレイオッド先生が乗っていたモンスターに知らず知らずに乗っていることは、合っていたのだ。
だが――そのモンスターの頭上に、また別のモンスターがいるとは、誰が予想出来ようか。
それも、鳥に似たモンスターの頭上に、これまた虫に似たモンスターが、である。
俺と同じく身体が羽毛に埋もれ、やけに大きく目立つ触角がある頭部だけが露出している姿を晒しているんだ。
身体の大きさからしても、捕食対象が頭の上に乗っかっていると見えるシュールな状況に、言葉が出て来ない。
何だろう、餌を身体に埋もれされる習性でもあるというのか?
そうなると、身体が埋もれている俺も捕食対象になってしまうが……。
……いや、それは少し考えが先走り過ぎかもしれない。
モンスターの主であらせられるレイオッド元先生が、こんなことをするはずがない、と。
そう信じたい。
じゃあ他の可能性はというと、どうだろう。
餌ではなく、逆に虫に似たモンスターが寄生した状態でいるとかだろうか?
あの図体だから、外から張り付けるとは思えない。
なら、卵の状態で体内へと侵入し、腹で孵って、頭部まで登り詰めたと?
それだと脳まで食い破ってしまい、とてもじゃないが身体を動かせなくなるのではなかろうか?
しかし、あの虫に似たモンスターがもしブレインとしての役割を果たすことが出来たとしたら、それも可能となるのだが。
よく見てみれば、鳥に似たモンスターの頭上にいるのは、フィーラアントではなかろうか。
頭部だけしか確認出来ないが、図鑑で見た限り、多分そうだろう。
だが、そうなると普段は地中にいるモンスターが何故そんなところに、という疑問が浮かび上がってくる。
まさか、モンスターの羽毛の中で生活するような共存関係を持っているとか?
うーん、分からん。
せめて、現在翼を羽ばたかせ何処かへ移動中のモンスターのことを知ることが出来れば、少しくらいは謎が解けるかもしれないのだが。
そうやって、不可解な謎に頭を傾げながら見つめていると、フィーラアントの方に動きを見せる。
風に煽られるだけの触角がピクピクと反応し、そしてその触角を下方向に向けたのだ。
確かフィーラアントの魔法は『探知』。その兆し、なのだろうか。
「――――まさか」
言葉にして勘付いた時には、もう遅い。
こちらが心構えをする暇もなく、空を滑空していたモンスターがいきなりほぼ垂直に、急降下を始めたのだから。
「あぁ……」
突然のことで驚き、叫び声でも出るかと思ったら、代わりにポロっと自然に零れてきたのは深い溜息だった。
赤ん坊時代に、父の腕力で空へと打ち上げられた『高い高い』。
普通なら忘れているであろう記憶をふと甦らせてくれる。
でも今はモンスターの上にいるため、身体を広げ空気抵抗を大きくし、落下する速度を落とすことも無駄そうだ。
どのくらいの高さから落ちているのか知らないが、このまま地面に追突したら痛いだけじゃ済みそうにもない。
自殺をするのは人間だけ――という希望に縋るしかないのだろうか。
そんな冷や冷やとした時間は、ほんの一瞬のことだけだった。
頭から地面へと迫る鳥に似たモンスターが上体を反らすよう身体を反転し、地面と足とが擦れるんじゃないか、という高さで滑空。
足元に存在する水の流れをかき分け、徐々にそのスピードを緩めていく。
そして、完全に勢いを殺したところで、着地。
下に水があったおかげかどうか分からないが、なかなかソフトな着地だったと思う。
「……クレヴか?」
「まぁ、一応、そうだけど?」
聞き覚えのある訝しげな声に、目をやってみれば。
そこには、先に行くようにと指示しておいた獣人達の姿があった。
「よいしょっと」
獣人を見て、もう一度あのシュールな画に視線を戻すも相も変わらず動こうとしないフィーラアント。
同様に俺の身体を羽毛で埋もれさせているモンスターも動く気配もなく、ただ丸い瞳をこちらに向けてくるだけであった。
これはもしかして、何かを待っているのか?
と、そう判断し、名残惜しいぬくもり空間から抜け出し、世間のように冷たい地面へと帰還。
そうして、俺が降りたところを確認すると、鳥に似たモンスターは再び翼の運動を再開させ、乱れまくった俺の髪を更に酷くさせながら、空へと舞い戻っていった。
「とりあえず、ただいま」
「……まさか空から帰ってくるとは思いもしなかったがな」
「安心してくれ、俺もそう思ってるから」
呆気に取られた顔をするイェーガーに、苦笑いで同意を返してやる。
「で、囮の方は……上手く逃げだせたみたいだな?」
突然現れたモンスターに驚き、そこに俺がいると知り更に驚いた後に、安堵。
そして今は何だか後ろめたそうな表情に早変わりしていた。
「まぁ、あんまりよく覚えていないんだが、取りあえずそうっぽい」
確か、囲まれて怪我だらけになったと思っていたのだが、今は探しても、その痛みはすっかりと消え去っていた。
ただ、服に酷いくらいに血がへばり付いているため、誰かが治してくれたのだろう。
多分、あのモンスターにここまで運搬してもらったので、レイオッド先生じゃないかと思う。
獣人達の方も、時間稼ぎが上手くいったのか、無事仲間と合流出来たみたいだ。
負傷者も増えてないし、取りあえず一安心である。
まぁ、ここまで無謀なこと繰り返しておいて、良く結果オーライで終わることが出来てしまう悪運の強さに、少々自分で驚いてしまう。
「で、ここはフルデヒルドに向かう街道、ってことで合ってるのか?」
聞きたいことが山ほどありそうな顔色をしたイェーガー達に先んじて、話を振る。
「……あぁ」
短く返事を返されるのを耳にしながら、俺は左右に視線を彷徨わせる。
先ほど例のモンスターが着地した地点から、距離はだいたい100メートルもないところに、フルデヒルドとルイゼンハルトを繋ぐ街道が見える。
こんなところに水源があることから、多分フルデヒルドに近いところまで来ているのかもしれない。
とすれば、この距離だと獣人達は少なくとも『加速』を用いらなければ、短時間でここまで辿り着くことなんて出来やしない。
彼らは俺が後から追いかけてくるとは考えずハイペースで進行していた、と。
まぁ、『仲間、大事』みたいな信条を持っている彼らのことだ。
そうなると、俺は仲間じゃないみたいに思えるが、今はそんなこと、どうでもいい。
それよりも、今更ながら戦争から解放された喜びの方が大きいのだから。
もう、戦わなくてもいい。
これで、家に帰れるんだ。
「しかし、良く無傷で済んだな……」
「ん? まぁ、そうだな」
実際には少なからず怪我をしていて、何らかの形でレイオッド先生(?)から治療して貰った後なんだが、説明するのが面倒なので、取りあえず頷いておく。
「それは、あの男のおかげなのか?」
「あの男……?」
一瞬、誰のことなのか分からなかったが、すぐにレイオッド先生のことだと思い至る。
確かに、この再会は予想外だっただろうし、そう考えるのも自然だ。
「んー、まぁそうかな」
意識が途中で飛んでいるため、この目で確かめたわけではないが、多分そうだろう。
あの敵の人数に囲まれて一人で突破出来るなんざ考えにくい。
多分、レイオッド先生の手によって救出されたんだよなぁ。
何か、先生の申し出を断ってしまったのが申し訳なくなってくる。
――でも、俺には先生の考えが理解出来ないから。
感謝の気持ちは湧いてくるけれど、先生の仲間には、なれない。
「で、レイオッド先生がどうしたんだ?」
「クレヴを助けてくれたのなら、感謝せねばならないと思ってな」
視線を下に落として、そう言葉を発するイェーガー。
なかなか複雑そうな表情のも、頷けなくはない。
元々、彼らは人間が嫌いなのだ。
でも俺のことだけは失礼なことに、『本当は獣人なんじゃないのか?』という目で見られているんだけど。
レイオッド先生は、最近会ったばかりの人間である。
いくら俺の知り合いとはいえ、信用出来るはずもない。
ただ、そんな信用出来ない人物が俺に手助けしてくれたことには、感謝の念を抱いてみたいだ。
とはいえ、感謝しても本人がいないので、お礼の言いようもないのだが。
でもまぁ、これでレイオッド先生には俺達の居場所を知る方法があるのが分かった。
だから、あちらは会おうと思えば、何時だって会いに来れる。
……そう考えると、何かストーカーみたいでちょっと嫌だな。
「でも感謝といっても、何かするつもりがあるっていうのか?」
「一応、礼だけは言うつもりだ。尤も、何時になるかは分からんがな」
「律儀だなぁ……」
「っと、長話が過ぎたな」
そう言ってイェーガーは、後ろで待たせている仲間達に声をかける。
どうやら俺の心配をしてくれていた彼らに、事情を説明してくれているみたいだ。
中には共通語を知らない獣人もいるため、通訳にもなっているのである。
にしてもまぁ、未だに彼らの鳴き声のイントネーションで喜怒哀楽ぐらいまでしか理解出来ない。
特に難しい音を発している訳ではないようなのだが、法則性とやらが掴めないし。
同じような音に聞こえる、というのも厄介な点であろう。
そんな理解出来ない言語の壁があるというのに、俺なんかと仲良くしてくれた獣人もいた。
それなのに。
同じ人間で。同じ言葉を喋っているのに。
どうして争わなければいけなかったのか。
分かっては、いる。
皆が皆、手を取り合って仲良く出来ないことぐらいは。
好きになるものがあれば、当然嫌いなものだって出てくるはずなのだ。
全部を、好きにはなれない。
自分と、その周りさえ良ければ、他なんてどうだっていいと考える。
俺だってそうだし、皆だってそうだ。
どうにもならないこと。
いくら努力しようとも、変わらない事実。
それが悔しくて、諦めたくないと思う俺は、きっと阿呆なんだろうな。
「――そろそろ行くぞ」
イェーガーに肩を叩かれることで、思考の海から現実へと引き戻される。
「行くって、どこに?」
ぼんやりとしていた俺は、思わず聞き返してしまう。
「そんなもの、あの肉饅頭の住処に戻るに決まっているだろ?」
さも当然のようにイェーガーから、そんな言葉が投げかけられるものの、ふと思ってしまう。
――俺はフルデヒルドに戻る必要があるのだろうか、と。
レイオッド先生のおかげなのか、俺は戦争から逃れることが出来た。
だから、後はサラナ村に帰るだけでいいのだ。
そもそも、獣人達と共に行動していたのは、一人で行動するよりも生存率が高くなるからだと考えていたから。
だから、今となっては彼らと共に行動する理由は、ない。
「どうしたんだ?」
「いや、その……」
良く、考えてみるんだ。
獣人と付いていって、生じるメリットとデメリットを。
まずはデメリットとしては、行動の制限。
仮に今、俺がサラナ村に帰りたいと言ったところで、フルデヒルドでの目的を達するまでは帰ることは出来ない。
だから、付いていくのだとすれば、ソムルドのところに殴り込みしに行かなきゃならなくなる。
当然、奴だって大部分は戦争の戦力として送っただろうが、護衛するのに充分な戦力は残しているに決まっている。
せっかく助かった命を、また危険に晒すこととなるだろう。
逆に、メリットはというと。
獣人と共に行動するので、『数の力』を確保することが出来る。
サラナ村に帰るにしても、モンスターと遭遇しないとは限らない。
安全に帰りたければ、獣人が一緒にいた方がベターだと思われる。
恩を売っておけば、誰かしら護衛はしてくれるだろう。
そういえば、約束したんだっけか。
フルデヒルドまで一緒に行ってやるって。
約束は、破っちゃいけないか。
それに……リュド様も今まで放置していた気もする。
姉同様に綺麗な顔をしていたから、ソムルドに手を出されているかもしれない。
傷心している王族の彼女を、このまま黙って見捨てたら後々罪に問われないだろうか……?
「――そうだな、急いで行こうか!」
一旦、冷静に考えてみれば俺に選択肢などなかったのだ。
「おっとっと……?」
意気込んで、足を前へと踏み出したところで、急に身体がよろけてしまう。
何だろう、身体が上手く動かない。
「大丈夫、か?」
身体が地面に倒れ込む前に、毛むくじゃらの手がその間に割り込まれる。
この拙く、低い声はボンデッドさんであろう。
「んーと、平気って言いたいところなんだが……」
動こうと思うと、身体がふらついてしまう。
思い至るところとしては、多分貧血ってところか。
「悪い、まともに動けそうにない」
ようやく覚悟を決めたところで、この仕打ち。
やはり人生とはままならないものだ。
「このままだと足手まといにしかならないから――」
そこで、言葉が詰まってしまう。
俺が足手まといになるとして、このまま置いて行ってもらうつもりか?
まともに動けない状態で一人でいるなんて、自殺行為と変わらない。
だとしたら、後は邪魔にしかならない俺という荷物を、誰かに運んでもらうのか?
そんなことをしても、彼らにとってはデメリットとなってしまう。
いくら仲間思いとて、これから向かう先には、まだ戦いをする必要があるかもしれないからだ。
「背中に、乗れ」
「へ?」
だから、ボンデッドさんの放った台詞に、思わず間の抜けた返事を返してしまう。
「動けない、なら代わりに足になって、やる」
「んな、あっさりと言ってくれる……」
「お前が動けなくとも、スライムは動けるのなら問題ない」
俺の方に向けられたボンデッドさんの背中を目にして、戸惑っている俺にイェーガーから、まさかの一言。
その言い方だと、まるで俺にはスライムを召喚するしか能がないようにしか聞こえない。
まぁ、実際そうなんだけど。
「どうせ俺達が何を言おうとも、無茶しようとするからな、クレヴは」
「待て、何したり顔で頷いてんだイェーガー。おい」
いつの間にそんな印象が植え付けられているのか、ちょっと問いただしたくなるのだが。
全く、俺が無茶をしたのは囮になった時だけである。
出来ることなら、俺だって囮なんてしたくはなかったんだ。
「そう、だな」
「お前さんもですか、ボンデッドさんや」
「いいから乗っておけ」
イェーガーが獣人の無駄に力強い腕力で、俺をモジャモジャの毛の中へとダイブさせる。
「うわっぷ……!」
「さて、そろそろ行くとしよう」
面倒事が片付いた、という風に聞こえるイェーガーの声を耳にしながら、獣人達は移動を開始。
本当に、俺には選択権などなかったことを思い知らされるのであった。
そうしてボンデッドさんの背中に揺られること2日。
俺達はようやくフルデヒルドへと戻ってくることとなった。
「にしても、本当に静かなところだな……」
俺は初め、街を迂回してソムルドの屋敷へと向かおうと提案したのだが、遠回りを嫌がった多数派に押され、現在堂々と街中を通る羽目になっていた。
まぁ、俺はまだ背中の上なんだけど。
それというのも、碌な食事が出来ていないために、まだ血が足りていない状態が続いているためである。
「人気が矢鱈と少ないからいいけど、もし人がいたらどうしてたんだよ?」
「その時は、蹴散らす」
粗暴な意見である。
まぁ、戦争のおかげでこの街の戦力の大部分はルイゼンハルトに行ってしまったため、街中では脅威となる人物が少ないとは思うのだが。
「ん?」
ポツリと水滴が顔を濡らす。
視線を上にしてみれば、黒く染まった雨模様。
雲のダムがいよいよ決壊し、地上へと降り注がれるようだ。
「まぁ、雨が降るなら余計に外には出てこないか……」
雨粒の勢いは、まだ弱い。
だが、こうして濡れていれば、服が身体へと張り付き、体温が徐々に奪われていってしまう。
それは獣人とて同じことで、彼らの歩幅は自然と大きくなる。
整えられた地面に音を立てながら、前へと進んでいく。
水量の増えた水路の流れを目で追っていくと、景色は人工物のカラフルな色から緑の色へ。
長く続く畑を、果樹園を超えた先には。
立派な豪邸を前にして、2本足で立つゴツゴツと頑丈そうで、大柄な獣人よりも更に大きな――ゴーレムが待ち構えていた。




