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【ルイゼンハルト 北門近隣】
昼間の戦争によって疲弊しているにも関わらず、叩き起こされた彼らは当然憤りを覚えていた。
その原因である"操緑の獣戦士"に、フラストレーションを発散する矛先を向けるのも、また当然のことだった。
愚かにも"操緑の獣戦士"は一人彼らの陣地にのこのこ現れたのである。
相手は一人。
戦争より格段に死ぬリスクが低く、多くの数の兵で囲んでしまえばもはや木偶人形と変わるまい――そう思っていた。
だが、彼らの予想は大きく外れることとなっていた。
「(コイツは一体何なんだ!?)」
北門を強襲する部隊の全体の指揮を務める男は、何度目かも分からぬ驚愕で顔を歪めていた。
というのも、いまだ包囲網に囲んでいる"操緑の獣戦士"の姿を見てのことだった。
"操緑の獣戦士"は通常の獣人に比べ小柄かつ厄介な魔法である『加速』を使えないのだが、その代わりに今もなお縦横無尽に飛び交ういくつもの謎の緑の物体を操れる。
だが、その緑の物体のスピードが尋常じゃないのだ。
もはや殆どの者では視認するには苦しいレベルであり、仮にその姿を追えたとしても、途中でいきなり姿を消すのだ。
そして消えたかと思っていると、どこからともなく姿を現す。
とてもじゃないが、その姿を捉えることなどほぼ不可能に近しいのであった。
なら、本体である"操緑の獣戦士"を狙えばいいじゃないか、ということになるだろう。
確かに本体は普通に目で追い切れるぐらいでしか動けないし、緑の物体を追いまわすより遥かに楽だと言える。
本体への攻撃も、当然緑の物体が邪魔してくるが、そこまで威力がないので無理やりやれば出来なくはなかった。
逃げ場などなく密集した陣形であったために、こちらからの攻撃は思っていた以上に当たりはしたのだ。
"操緑の獣戦士"は素手であり、受け止める得物がない。
腕で防ごうとも、その腕は負傷してしまう。
現に、"操緑の獣戦士"は全身から少なくない血を流している。
――しかし、倒れないのだ。
どんなにどんなに攻撃を繰り出しても、"操緑の獣戦士"は一度も地面に膝を付けることはない。
獣人特有の無尽蔵に近い体力で、足を止めることはなく、己の四肢をひたすら彼らに振るい続ける。
血走った眼は不利な状況であるにも関わらず、決して捕らわれた草食動物のではなく、捕食者のそれ。
素手にも関わらず、"操緑の獣戦士"の振るう一撃は易々と肉を潰し、骨まで砕く。
圧倒的な物量差を前にして、これだけ抗えるとは。
だが、指揮官である彼の驚いているところは、"操緑の獣戦士"の彼らとは段違いの筋力の面だけではない。
卓越した情報処理能力と空間把握能力。
"操緑の獣戦士"は緑の物体をとんでもないスピードで操っているのだ。
それも同時に15という数を、360度に展開して、だ。
当然獣人とはいえ、目は肉食動物と同じく正面についている。
そのため草食動物とは違って、頑張っても視野は200度まではいくまい。
だが、"操緑の獣戦士"はまるで背後に目があるかの如く、視界に入っていない緑の物体ですら操って見せるのだ。
果たして、指揮官である彼に"操緑の獣戦士"と同じ魔法が使えたとして、ここまでの芸当が出来るであろうか?
否、出来るはずがない。
ましてや、頭脳面からすれば人間に劣る獣人のことだ。
どれだけの努力を積んできたのか、彼には想像も付かなかった。
そして、これでもし。
"操緑の獣戦士"に軍師としての卓越した才能があったとすればと考えると、彼は末恐ろしく思ってしまう。
"操緑の獣戦士"何度目かも分からぬ雄叫びを上げる。
その姿は、自らを鼓舞するためではない。
この度の戦闘で精神が摩耗し、彼の理性は次第とかなぐり捨てられ。
今や闘争本能と生存本能により動かされる身体は、素人に毛が生えた程度の体術ではなく、まさしく獣のようであった。
生き残るために、近くにいた人間を盾に使い、また武器として振り回し、そして投擲の道具として扱った。
だが、そんな化け物――もとい不死身に思われた"操緑の獣戦士"にも、限界はあった。
星の明かりがだんだんと再び舞い戻ってきた太陽の光によって隠されていく頃。
彼の操る緑の物体が一斉に姿を消した次の瞬間。
唐突に"操緑の獣戦士"が地面へと伏せた。
この時に誰かが決定的なダメージを与えたわけでもなく、今までの疲労により、ようやく力尽きたのである。
「やっと、倒れやがったか……」
夜通し戦い続けた彼らは、悪夢から覚めたかのように思えていた。
指揮官の彼も戦争のことなど放っておいて、魔導師を起こすべきかと考えたくらいだ。
「で、ソイツは死んだのか?」
指揮官の彼が問うと、一人の兵が"操緑の獣戦士"の方へと近付いていく。
「いえ、ま、まだ息があります!」
その兵の報告の声により、この場にいた者達は驚愕の表情を浮かべざるを得なかった。
ふざけた生命力だ、と誰かが呟いた台詞に自然と頷いてしまう程に、出鱈目な奴だったのである。
投入した奴隷の3割が、たった一人によって潰された。
下手すると、ここまでの戦争で失った奴隷と並ぶかもしれない数である。
「で、コイツはどうしましょう?」
判断を仰ぐ兵達だったが、待っている指示は一つ。
"操緑の獣戦士"を殺すことだ。
これだけの被害を与えてくれた"操緑の獣戦士"の首を取ったとすれば、自分の名に箔が付くというものだ。
指揮官によって下される判断の瞬間までは、碌に休むことなくまた戦争に参加しなければならない、という気持ちは忘れていられた。
「そうだな……開いているテントの中にでも放り込んでおけ」
だが、その期待は裏切られることとなる。
「しかしですね、コイツのせいで相当な被害が出ているんですよ!?」
「そうだ。だからこそ、利用価値がある」
指揮官の彼も、皆がこの台詞に不満を持つことは分かっていた。
この後の戦争を考えれば、"操緑の獣戦士"を殺して勢いをつけるべきだということを。
一夜の激闘を終え、体力、精神力共に下手すれば昨日よりも酷いことになっており、そんな身体を誤魔化しながら戦わなくてはならない。
そんな恨みも、虫の息である"操緑の獣戦士"にぶつけた方がいいとも、分かっている。
だが、彼はそうしなかった。
この戦闘により、何であれ戦力が減ってしまったのだ。
それを増強するのに、うってつけの人材が目の前にいるのに、利用しない手はないだろう。
「殺すにしても、今は無理だ。これから準備をせねばならんしな」
だから彼は後回し、という形を取って"操緑の獣戦士"を生かすことにした。
その決定に対して、兵達は不満タラタラという態度を取っていたものの、結局は指揮官の命令に逆らうことはしない。
まぁ、親切な対応などせず、"操緑の獣戦士"の身体に蹴りを入れ、治療もせずにテントの中に放り込む程度のことはしたが。
――彼らは気付かなかった。
そんな様子を見ていたモンスターが、いたということに。
そして、分かるはずがなかったのだ。
この行動が引き金で、これから数時間もしないうちに地獄が待っているということに。
「う、嘘だっ!?」
1時間も経たないうちに壊滅状態となってしまった自分の部隊を見て、彼は思わず叫んでしまった。
痛いくらいに目を見開き、瞬きを幾度と繰り返すも、その眼に映る景色は変わらない。
いや、彼にとっては最悪の方向に進んでいるだろう。
――その前兆は、ズシリとした大きな物音から始まった。
彼はその音に、ようやくゴーレムが到着したか、と思っていた。
本来のゴーレムの出番としては、相手をとことんまで追い詰めた後。
更に絶望に叩き込む形で姿を現す、という演出をするはずだったのだ。
まぁ、万が一こちらが追い込まれた際に逆転の一手として用意していたのだが。
奴隷によって数で圧倒していたために、彼らの頭からは敗北という言葉がすっぽりと抜け落ちていたのである。
だが、"操緑の獣戦士"達の暴れっぷりに恐怖したした伝令が上官の指示なく勝手にゴーレムを出撃させるように言い渡してしまったのだ。
彼がその情報を知った時には後の祭り。
待機するのにも飽き飽きしていたゴーレムに乗り込む予定の魔導師は、本来なら1体でも充分だというのに、3体全部を動かしていた。
ゴーレムは顔だけ出す形で、ゴーレムの鈍足でおよそ10時間はかかる場所の地中へと埋められており、到着までやたら時間がかかるのである。
地中から抜け出し、門まで移動するにしても動かすだけでも魔力は使う。
だから当然休み休み行くこととなり、門に辿り着くまでになかなか時間がかかったのである。
だが、そんな彼らの到着に味方が気付くその前に。
ある人物とモンスターが立ち塞がった。
――そして、今。
大きな物音と共に登場したのはゴーレムではなく、そのある人物と大型のモンスターであった。
【ルイゼンハルト 北門/レイオッド】
レイオッドはグルタウロスの肩の上という、遥か高い視点からフルデヒルドの兵達を見下ろしていた。
「せっかくガラクタが片付いたと思ったら……」
一旦、彼の顔から感情が消え失せると、再び笑みが戻ってくる。
ただし、普段浮かべているような柔和なものではなく、狂気が前面に押し出されたもの。
幅が狭められた瞼の奥には、嗜虐性が秘められた瞳が敵を見据えられる。
「今度は将来有望な教え子を人間風情が壊そうとしてくれましたね」
レイオッドの心の内に湧き上がる、破壊衝動。
戦争中に突然介入された彼らからしてみれば、理不尽な怒りといってもいい。
だが、レイオッドにとって一部を除いて今や人間の命など虫ケラ同然。
普段なら、気にする必要もなかった。
しかし、レイオッドの認識は彼らの行動によって変質。
虫ケラから、害虫へ。駆除の対象へと。
「一応、心配になってモシュルに監視をさせておいて正解でした」
モシュルというのは、雲のように白く、ふわふわと空中浮遊するD級のモンスターで、戦闘能力は皆無。
スライムの次の次くらいに弱いとされていながらも、生存率は極めて高い。
というのも、『隠伏』という魔法と犬以上の知能があるからである。
『隠伏』はその名の通り自身の身体を隠す魔法で、不可視となったモシュルを見つけるのは相当難しいとも言われている。
そう、レイオッドは使役しているモシュルに、クレヴの見張りをさせていたのだ。
そして、クレヴに危険が迫った時には伝えてもらいたい、と指示していたのである。
「グルタウロス、見苦しい蟻んこ達を蹴散らして下さい」
レイオッドは彼らを見ながら、鬱陶しそうに、言葉を告げる。
その言葉によって、2本の角を生やした焦げ茶色の悪魔が、動き始める。。
特にそれといった感情もなく、何の気負いもなく。
人が、目下の蟻に気付かず、平然と命を奪うかのように。
その悪魔は造作もなく、足を踏み出した。
「くそっ、こんなタイミングで……! そもそも何で俺達が襲われにゃならん!」
指揮官らしき男がこの不可解な状況に吠えるも、当然その状況が良くなるわけもない。
比べるまでもなく圧倒的な体格差を前にして、フルデヒルド側の蟻達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
だが、それは無駄な抵抗に過ぎない。蟻の歩幅など、たかが知れている。
天上から振り下ろされる巨大な足が、地上にいる者達を見るも無残な肉塊へと変えていく。
「一匹たりとも逃がしませんよ――ウェグリドッ!」
レイオッドは雲と共に漂う怪鳥に向かって、大きな声を発する。
明確な指示は必要ない。
ただ、シンプルに。
「餌の時間です。残しちゃ駄目ですよ?」
ウェグリドが一番喜ぶことを発言すればいいだけだ。
綺麗な見た目をしている割に、獰猛で雑食で大喰らいで――活きがいい獲物が好物のウェグリドは。
いの一番にこの地獄から逃げ出そうとしている連中を優先して狙うからである。
急降下するウェグリドの鋭い鉤爪は、易々と鎧ごとその身を貫通し、一度に何人もを串刺しにしていく。
そして大きく嘴を開き、一口でそれらを飲み込むと、一瞬で獲物に狙いを定め今度は低空を飛行し、頭から突っ込んでいった。
「「「「『スプレッド・ブリッツ』」」」」
「そういえば……鬱陶しい羽虫を忘れていましたか」
グルタウロスに激しくスパークする球体がぶつかり、一気に電撃が爆発するかのように広がっていく。
だが、『硬化』したグルタウロスの毛皮の表面が焦げるだけで、その身体にまで貫通することはなかった。
電撃の行方をレイオッドは見届けた後、今度は出処に目を向ける。
彼の視線の先には、空中を『レビテーション』で漂う、フルデヒルドの魔導師達。
「電撃が、通らない!?」
「(ヤワな鍛え方をさせていませんからね)」
魔導師達の驚く顔を見て、レイオッドは少しだけほくそ笑む。
通常のグルタウロスであれば、複数の優れた魔導師達の魔法でダメージを与えることが可能である。
いくらB級に近いとはいえ、あくまでグルタウロスはC級。
『硬化』は確かに厄介なものではあるが、魔法が効かないわけではない。
実際、彼らもこの攻撃で倒せるとは思っていなかったが、怯ませる程度は出来ると高をくくっていたのだが。
そこはやはり元ではあるが、クレヴの師であった男である。
当然、『硬化』のポテンシャルを更に引き出すのと同時に、グルタウロスの魔法抵抗まで高めていたのだ。
さらに、以前にルシルから『ボルテック・フレア・バースト』を二発受けてもなお、生命活動を止めなかった個体だったりもする。
彼女達はそのことに疑問を抱くことはなかったが、これは明らかに異常。
そんな個体が今更『スプレッド・ブリッツ』を同時に数発食らったところで、痒い程度にしか思うまい。
「まだまだ、こんなところで驚いてもらっても困りますよ。『召喚、グルタウロス』」
レイオッドは嗜虐的な笑みを更に深め、詠唱を口にする。
彼の手に集まった光が飛び去ると同時に、こげ茶色の巨体が前へと並ぶ。
呼び出された個体は、レイオッドが肩に腰掛けている個体よりも図体が大きく、また目立つくらいに四肢が太く発達していて。
腕にはところどころ負傷した後があり、まだ流血しているところから、出来てからそこまで経っていないことが分かる。
「ゴーレムとの戦闘で盾役に徹してもらいましたが、今度は自由に暴れていいですよ?」
レイオッドがそう呟くと、四肢が発達した方のグルタウロスがそれに応えるかのように吠える。
そして、腕の怪我など気にする様子もなく、空中に浮び、唖然とする魔導師を叩き落とした。
「て、てめぇっ!!」
「『ヒート・レイ』」
ようやく硬直状態から解放される魔導師。
だが、間髪入れずにレイオッドは口を動かす方が、彼の動き出しよりも早かった。
詠唱が終わり淡い光が弾けると、その光に代わって直線状の熱線が放射され、一人の魔導師の身体を貫くと、淡々と次の標的に掌を向ける。
「僕自身を狙うっていう発想は確かにマシな選択です。でも、羽虫くらいなら僕でも払えるんですよ?」
底冷えするような笑顔で、彼はまた魔導師を熱線で打ち抜いた。
「これは……酷いですね」
レイオッドは6つ目のテントで、ようやくお目当ての人物と再会を果たしていた。
再会した相手は無造作に地面へと転がされており、彼の着ている服が全体的に赤く滲んでいるのが見て取れる。
「息は……しているようですね」
レイオッドは手が汚れるのも構わず、クレヴの脈が動いているか確認すると、安堵の息を漏らす。
全身に酷い傷を負っている割に、力強い脈動でむしろ驚いたくらいである。
「(獣人に並びそうな生命力ですね)」
恩師である男もクレヴのことを人間扱いすることを止めた方がいいのでは、とふとそう思ってしまう。 そちらの方がレイオッドにとっては大変喜ばしいのだが、身体的特徴からクレヴが亜人という可能性は低い。
「と、それよりも治療をしないと」
そう呟きながら、レイオッドは立ち上がる。
地面には先ほどクレヴと同じ――否、それ以上に酷い状態の人間が横たわっているものの、レイオッドは大して気にした様子を見せない。
それもその筈で、レイオッド自身が彼らを痛めつけたのだから。
クレヴの容態を見た瞬間、レイオッドの残虐性が一気に牙を剥き――彼らにもその苦痛以上を味わってもらわねば気が済まなくなった結果、そうなった。
まず抵抗が出来ないように風系統の魔法で腕を肩から切り離し、その傷口を焼き塞いでから、時間をかけずに剣で滅多刺し。
胴体を蜂の巣のようにボコボコに穴が開いており、そこからドロドロとした血が流れ出ているため、血生臭さがテントの中に充満している。
が、レイオッドはそれでも気にしない。血の臭いには、慣れているからだ。
「『召喚、ハーブスライム』」
淡い光の後に呼び出される、一体のスライム。
通常のスライムと比べると、色は深緑で、その身体透明度は低い、といった程度にしか差異がないのだが。
もしクレヴに見せていたら、かなり興奮した面持ちをしたに違いない。
というのも、このスライムはクレヴが知りない個体であるからだ。
個体数が非常に少なく、レイオッドですら、この個体以外で姿を見たことがなく。
その時は、たまたま彼の隠れ家の近くの薬草の群生地で遭遇しただけで、本当に出会いは偶然といっていい。
レイオッド自身、このハーブスライムを目にするまでは眉唾だと思っていたくらいだった。
さて、そんなハーブスライムだが、その身体には回復効果がある。
それも自身の身体を再生するだけでなく、その身体と接しているものにまで、その効果を発揮するというのだ。
この時代、回復魔法が教会関係にしか使えないというのだから、その価値は計り知れない、といっても良いだろう。
「そこの人の上に乗ってください」
レイオッドはハーブスライムに指示を出しながらも、上着の下に隠していた鞄から殺菌効果のある薬草を取り出す。
それを本来ならば、すり潰すなり何なりして薬として調合しなければ大して効果を発揮しない状態のまま、ハーブスライムに取り込ませる。
そのことにより、ハーブスライムの体内で『体質変化』が行われる。
『体質変化』。
リキッドスライムと同様に、自身の身体の性質を変化させる――もとい自身に触れているものと同質化することだ。
ただ、リキッドスライムと丸っきり同じかと言われれば、そういうことはない。
まず、リキッドスライムが『体質変化』することが出来るのは、液体に限られる。
気体や固体の状態では、『体質変化』を起こすことは出来ないのだ。
それに対して、ハーブスライムだが。
こちらは体内に植物を取り込むことで、『体質変化』することになる。
といっても、その身体が丸々植物に変わることはなく、流動体を保ったまま、その性質を得ることとなるのだ。
また、ハーブスライムの『体質変化』には、リキッドスライムの『体質変化』と異なった点もう一つある。
それはというと、リキッドスライムの『体質変化』がその物体性質そのものを写し取るかのように同じであるのに対して、ハーブスライムの『体質変化』では、その効果が高められる点だ。
例を出すとすれば、リキッドスライムが酸性の液体に『体質変化』した場合、その酸度は変わることがなく同じ。
だが、ハーブスライムの場合、今であれば殺菌効果のある薬草を自身の『体質変化』により、その殺菌効果を上昇させることが出来る。
「(大分時間が経ってしまいましたから、消毒は気休め程度にしかならないかもしれませんが……)」
そうして次にレイオッドが取り出したのは、ある草の根。
生命力が強い植物で、根にその効果が一番発揮されるという代物だ。
ハーブスライムが傷口の消毒を終えた後、すぐさまその根を取り込ませると、瞬きする一瞬で『体質変化』が済まされる。
先ほどの殺菌効果が治癒効果へと上書きされ、ハーブスライムの地味な治療が開始。
傷の負った部分にへばり付いているだけなのだが、みるみるうちに自然治癒ではあり得ない速度で、その傷口が閉じていく。
「お疲れ様です」
そして治療を終えたハーブスライムに労いの言葉を送り、クレヴの身体から引き離そうとするが。
指の隙間からスルリと抜け出すと、クレヴの身体へと着地。
「おや、気に入ったのですか?」
そう返ってくることのない問いを投げるレイオッド。
だが、その問いに対する答えを、彼は既に知っている。
――クレヴはどういうわけなのかスライムに好かれやすいのだ。
モンスターというのは、無条件に人間に懐くことは滅多にない。
だったら、召喚魔導師は一体どうやってモンスターを使役しているのか?
一番簡単な方法を挙げるとするならば、隷属魔法を使用することであろう。
仮にモンスターの意思と使役者の指示が逆であったとしても、魔法によって強制的に従わせることが出来る。
普通の召喚魔導師であれば、まずこの方法以外は取ることはない、といってもいい。
次に、モンスターに自分の強さを認めさせるという方法もある。
これは序列を作るモンスターの性質を利用した方法で、レイオッドによりアスタールでは主流とされてはいるものの、隷属魔法に比べると非常に非効率的。
隷属魔法みたいにモンスターの意思が縛られることがなく、碌な躾をしていなければ勝手に動き回ってしまうだろう。
と、魔導師の殆どが上記二つの方法を取り、モンスターを使役しているのだが。
クレヴなどの場合は、少し違う。
モンスターの好意で、指示に従ってくれる場合である。
一言でいうならば、カリスマ。
人にも『この人の為に何かしてあげたい』、という感情があるのと同じく、モンスターにもあるのだと考えると分かりやすいであろう。
レイオッドの場合だと、モンスターに初対面で好かれることはないために、余計クレヴを仲間に引き込みたくなってしまうのである。
「うーん、クレヴ君と一緒にしてあげたいのも山々なんですけど、貴重な回復役がいなくなってしまうのは困ってしまいますからね」
レイオッドはその言葉に続けて、ハーブスライムに戻喚をかけると、少しだけ溜息を吐く。
「(さて、これからどうしますか……)」
レイオッドは顎に手を当てるという思案げな仕草をしながら、クレヴの顔色を窺う。
治療前は痛みに顔を歪ませ、息も少々荒かったものの、今ではすっかり穏やかな顔へと移り変わっている。
「(この北門には獣人がいないということは、クレヴ君が逃げ遅れたのを見捨てた……? いえ、それは考えにくいですね。
僕が先日クレヴ君達と遭遇した時には、彼らの間には信頼関係が生まれているようでしたし。
仲間意識が強い獣人――ガロウ種もその内の一種だったはず。なら、クレヴ君が自ら囮に……?)」
その考えに至ったところで、レイオッドはこれからどう動くべきか、思考を切り替える。
「(僕の目的は、戦争に利用されているモンスターの解放。ここから遠くにいたせいで、到着が遅れて被害はもう既に出てしまっている。
北門の様子を見るに、やはりモンスターは道具か何かのように使い捨てられていますね。
戦場に転がっている死体を見るだけで、もう半分は犠牲になっていると考えると、使い捨てにされるペースも相当早いと思っていいですね。
とすれば、早急に他のところに行き、召喚魔導師共を殲滅しないと……)」
だが、レイオッドはまだ動き出そうとはしない。
「(ですが、クレヴ君をこのまま放置するのはいけませんね。ガロウ種の獣人さん達のところに送り届けるのが一番ベスト。
でも、それだとクレヴ君を送っている間に被害は増える一方ですしね……)」
迷うフリを続けるも、レイオッドにはもう既に取るべき行動が思いついている。
だが、数秒逡巡したところで、諦めを溜息で表すと、
「(僕は付いていかずに、ウェグリドにクレヴ君を乗せますか。さて、獣人さんの向かった方角は、と)」
本当は僕も付いていきたかったなぁ、と小言を溢しつつ、レイオッドは右手を肩の高さにまで上げる。
「『召喚、フィーラアント』」
その右手に集中した光が、詠唱によって弾けて消えるように分散すると同時に。
伏せた状態でもレイオッドの膝の高さぐらいはある、蟻に似た形態をしたモンスターが出現する。
体色は赤く、顔の割にその先についている触角は、下手すると自分の顎で食いきれるんじゃないかというくらいに大きい。
前足の先端にある爪は、先は鋭く平べったく、何かを切り裂くには向いていない形をしている。
というのも、フィーラアントは地中に住むモンスターで、その爪は地面を掘り進むのに適しているからだ。
さて、そんなフィーラアントであるが、その餌は地中に住む生物よりも、地上に住む生物の方が多いとされている。
それは何故かといえば、地中に住む生物が地上にいる生物よりも少ないというのと、フィーラアントの持つ魔法『探知』がそうさせているのだ。
『探知』はその言葉の通り、肉眼で姿を捉えたり、音を拾ったりしなくても、生物の居場所を知ることが出来る魔法。
その『探知』を利用して地面の下から獲物を奇襲するだけでも厄介なのだが、獲物が多い場合フィーラアントも仲間を引き連れ、集団行動を取ってくる。
旅の道中で会いたくないモンスターの一匹には、確実に入るであろう。
レイオッドはクレヴをフィーラアントの上に乗せ、テントから抜け出すと、変わり果てた姿の人肉を貪っているウェグリドを呼ぶ。
「ウェグリド、君にはこのフィーラアントとこの人を上に乗せて、ある場所に向かってもらいます。その場所はフィーラアントがこれから『探知』する場所です。
フィーラアント、君にはここから近いところにある獣人が固まっている場所を『探知』して、ウェグリドの案内をしてください。
くれぐれもこの人を食べてはいけませんよ?」
レイオッドはゆっくりとそう説明すると、2体のモンスターがその言葉を理解したかのように、首肯を返す。
「あぁ、そうそう。そうならないためにも、お腹を膨らませておいた方がいいですね。餌なら、ここら一帯に沢山落ちてますから」
2体のモンスターから、レイオッドは視線を周りの静かな景色へと移す。
地面の上に、先ほどまでは煩かった、死屍累々とした発声物が転がっている。
餌は、勿論それらのことを指している。
レイオッドはクレヴをそっと地面に下ろした後、フィーラアントは地面の中へと潜り込んでいく。
地上では鈍足であるのと、敵に襲われるリスクもあるため、地面の上で歩くという行為は滅多にしない。
そういう習性があるというのに、これからレイオッドはそのフィーラアントに空へと行かせるのである。
『何事も経験』というレイオッドのモンスター対する少々スパルタな面が窺える一面だ。
2体の食事を済ませ終わった後、レイオッドは念のためにもう一度同じ説明を繰り返した後、ウェグリドにクレヴとフィーラアントを乗せる。
「見つけたら、その場所にこの人を下ろして戻ってくるんですよ?」
その言葉を受け、ウェグリドは高音で鳴き声を上げると、翼を広げて振るう。
地面に叩き付けられる風が、砂埃を舞い上げると共に、少しずつ身体も上昇させていく。
ある程度の高度に到達すると、そのゆっくりとした初動とはかけ離れた速度で、フルデヒルドの方へとウェグリドは飛び立つ姿を、レイオッドは静かに見送った。
【ルイゼンハルト 北門/ミハエル】
「おいおい、あれは一体なんの冗談だったんだ!?」
数の減った自分達の戦力を見て、ミハエルは震えた声でそう叫んだ。
その言葉に対して、返す言葉はなく、その代わりに聞こえてくるのは荒い呼吸のみ。
それというのも、戦場だったところから全力疾走で逃げ出してきたからであった。
「もう、戦争どころの騒ぎじゃないってーの」
地形を楽々と変形させる大型モンスターが地上で暴れ回り。
戦力の要となる魔導師達が、空中を飛び交うモンスターにやられ。
時間が経つごとに炎や風、雷を起こすモンスターが増えていく。
抵抗する意思などすぐに消え失せ、すぐさま撤退を指示をしたにも関わらず、全体の5分の1程の被害を出てしまった。
「(にしても、あれがフルデヒルドの奴らのものじゃなくて、本当に助かった)」
もしそうであったとすれば、パワーバランスなどあっとういう間に崩されてしまい、絶滅という未来もなくはなかった。
そう考えると、ミハエルは自然と身体から震えが発生してしまう。
もはや、彼らの戦意は完全に失われてしまっていた。
この忙しい戦時中に、新たに現れた脅威。
こんな状態で攻め込まれてしまえば、国が滅亡という危機を前にして。
ミハエルはその事実を王に報告することも出来ず、叩いても止まらない鎧越しに震えた膝に、苛立ちを覚えていたのだった。
最近モンスター出してないなぁ、と思い、放流。
今回、レイオッドの万能っぷり。リアナ同様にバランスブレイカーで物語に絡みにくい人物になってしまいました。
……次の出番はいつくらいになるだろう。
今回の話、本当だったら敵召喚魔導師にクレヴが使い倒される胸糞展開でもぶち込みたいなぁ、と思っていたら、ここまでの成り行きで死にかけ、敢え無く進路変更に。
主人公補正抜いちゃうと、クレヴとかすぐ死んじゃいそうと気づいた、今日この頃。




