18
【ルイゼンハルト 東門/クレヴ】
「うっわー……」
自然と口から漏れ出た言葉。
果たしてそれは、東門で途切れることなく続く爆音にか。
それとも、巨大なゴーレムに対抗するように、あのグルタウロスが再来したからか。
……多分、両方かも知れない。
取りあえず、グルタウロスの方は以前に苦手意識を植え付けられたので、目を逸らすことにして。
次の目標である東門の方へと意識を切り替える。
先ほどから爆音が鳴り響いていており、最初は魔法か何かかと思っていたのだが、どうやらフルデヒルド側の武器によるものだったらしい。
掌にすっぽりと収まるくらいのサイズで、白い布で包まれたもので。
それがルイゼンハルトに向かって投擲され、地面に接した瞬間に熱と共に光を撒き散らされていた。
……うーんと、何やら見覚えがある光景なんだけど、気のせいだろうか。
多分、記憶違いでなければ、俺が雑草を一気に処理した時と、何か似通っているような気がする。
やられているルイゼンハルト側に、全身が消えてなくなるってことにはなっていないし。
だいたいが鎧を着込んでいるおかげなのか、爆風で吹っ飛ばされているだけで、特に四肢を失った、とか大それたことにはなっていなかった。
……とはいえ、その爆風によってルイゼンハルト側は重装備をした者以外は大分乱されており、結構拙い状況なのではないだろうか。
まぁ、フルデヒルド側が有利に進んでいるおかげで、獣人達に被害が出ていないのは幸いか。
西門や南門と違って、爆発物を投げるだけの簡単なお仕事って感じで。
「で、これから、どうするんだ?」
「少し考えがあるから協力してくんない?」
考え、といっても上手くいけばいいなぁ、という程度のものだ。
勿論、それが失敗したら芸も無くまた突撃するしかない。
無謀なことなんか嫌いだ。
でも無謀だと分かっていても、それを力業以外で打開出来ない己の頭の悪さに泣きたくなってくる。
でも、泣いたところで命の安全が保障されるわけでもない。
やるしかないのだ。
「ウォォォォォ――――ンッ!!」
俺が彼らに頼んだこと。
それは、人間にはただの鳴き声にしか聞こえない言葉で、東門にいる獣人にあることを伝えることだ。
当然、こんなことをすれば、すぐにフルデヒルドの連中に俺達の存在に気がついてしまうだろう。
が、今回はそこまで俺達が近付く必要はない。
むしろ、あちらがそこから離れてもらっては困る。
「来やがった!! "操緑の獣戦士"もいるぞ!!」
南門であれだけ暴れたのが東門にいる彼らにも伝わっているのだろう。
……ソウリョクの獣戦士って一体何のことだ?
まぁ、そんな疑問はさておいて、俺達に注目が集まった瞬間に、東門の獣人達が一斉に自分の仕事を放棄して、その場から離脱を開始。
どうやら遠吠えでの支持は届いていたようではあるが、統率する者がその中にいないのか、皆バラバラな方向に散開していた。
うーん、後で合流するつもりなんだけど……やっぱり内容が内容だったから必死になってんのかな?
「よし、こっちは投石準備だ」
突然現れたグルタウロスとゴーレムとの衝突により混乱していたフルデヒルド側が、更に混乱を深めている中、俺達は大の男共に地面の石を拾わせていた。
勿論、その石は投げてもらう。
攻撃にしてはあまりにお粗末かもしれないが……あくまでそれは石単体で、というだけの話。
「目標は妙に重そうな鎧を着込んでいる連中付近!」
後援ということで、軽装が多い中であまりに不自然な集団。
その中央には、箱に山積みされた例の爆発物が多数存在しているのは確認済みだ。
さて、先ほどまで俺達はただただ一方的な戦闘を傍観していたわけではない。
多くの獣人達は仲間の安否を確認していたのだが、俺はあの爆発物についてじっと目で追っていたのだ。
まず、あの爆発物。
布に火をつける素振りは見られず、メインは投石機に乗せて一気に大量の爆発物を飛ばしているのが見えた。
その補充している合間の繋ぎとして、人の手でそれが投げられるって感じである。
投げられた爆発物は空中で爆発することは少なく、殆どは地面に着弾した時。
それに空中で爆発した際も、矢とかにぶつかって、という場合が多かった、と視力の良い獣人からも確認は取れている。
つまり、だ。
あの爆発物は、何か衝撃を与えれば爆発するのでは、という結論に至る。
で、話は俺達が投石するところに戻る。
さてはて、その爆発物が大量に集まっているところに、石を投げ入れたらどうなるのか?
「やれ」
俺の合図と共に、獣人達の投石が開始された。
投げられた石は山なりのカーブを描き、重装備の連中の頭上に降りかかる。
やはりそのことは警戒されていただろう、その連中は大きな盾でもって、上から落ちてくる石を遮ってしまう。
だが、それも想定済みだ。
「次、いけ」
だから俺は、まだ石を投げさせていなかった獣人達に左右に回り込ませ、石をストレートに投げてもらう。
獣人の筋力は素晴らしいことに、石は地面と水平――とまではいかないものの、ほぼ直線コースで爆発物の方へと向かっていく。
失速することはなく、真っすぐに。
上に気を取られていた連中は、それに対して半端な対応しかすることが出来ず。
「伏せろっ!!」
――ある一つの石が、箱に貫通した瞬間。
そこを中心として、騒音と共に、大爆発が引き起こされた。
爆発はまた新たなな爆発を呼び、その光と熱はどんどんと広がっていく。
そして、膨れ上がった爆発のピークを目にする前に、地面へと伏せていた俺達は爆風の余波によって、吹っ飛ばされていた。
「おぉぉぉぉぉ……!!」
身体と共に吹っ飛んだ意識が回復して、すぐに。
俺はあまりの熱さに地面に転がり、悶えていた。
思いつきで行動していて、予想以上に物事が上手く進んでたと思っていたら、これだ。
あの爆発物、俺が思っていた以上に危険なものだったらしい。
ある程度距離は取っていたし大丈夫かな、というのは思い過ごしで、ここら一帯のものは全て爆発に巻き込まれてしまっていた。
痛みを堪えて、何とか顔を持ち上げると、設置されていたテントはほぼ全焼。
爆発の中心部にいた人は……木端微塵に吹き飛んでいた。
当然だろう、あの規模の爆発を至近距離で食らったのだから。
目を逸らしたくなったが、これは自分がやったことなんだ。
だから、ちゃんと罪の意識を自ら植え付けなきゃいけない。
人を殺したことを、忘れちゃいけない。人を殺すことに慣れちゃいけないんだ。
俺は、"あんな"人間にはなりたくないんだから。
……でも、ここまでする必要はあったのか?
そう自分に問いかけてみる。
だが、答えは行動を起こす前から決まっていた。
――仕方がなかったんだ。
獣人を助けるためには、これが俺達には一番リスクが低かったんだから。
いちいち大人数を相手にするよりも、相手の兵器を利用して一掃した方が、被害が少ないし、手っ取り早い。
でも、これも結局は俺が弱いから、こんな手しか打てなかっただけ。
だけど、そんなに強くなれるはずがないじゃないか。
たった一人の人間が、多くの人間相手にどうこう出来るはずがない。
それが分かっているから、悔しくて悔しくて仕方がない。
「そういや、獣人達は大丈夫だよな……?」
そう自然と独り言を呟きながら、周りの様子を確認する。
――それは、思っていた以上には、悪い状況ではなかった。
まぁ、というのも爆発の中心部に比べれば、という話ではあるが。
俺以外の人は皆地面に転がっており、爆発から遠ざかれば遠ざかる程、俺と同じく五体満足である人が多かったのは幸いか。
肌を露出した部分――特に顔なんかは、やはり大きな火傷跡が出来ていた。
俺の場合は咄嗟に腕でガードしたおかげなのか知らないが、顔はほぼノーダメージだ。
触っても痛くはないし、皮膚の感触も普段と同じっぽいから、多分大丈夫だろう。
ただ、腕と背中がヒリヒリするのが、以外と辛い。
動くたびに服と擦れて、結構痛い。
といっても、つくづく頑丈らしい身体なのか、腕を捲って見てみれば、赤くなっているだけであった。
さて、肝心の獣人達だが。
こちらは人よりもウェイトがあるからなのか、そこまで爆風で吹き飛ばされてはいなかった。
俺と同じく頑丈なのか、怪我をしている奴も少ない。
で、ボンデッドさんとかの全身毛で覆われている人はどうなったかといえば……毛が全焼したという人はいなかった。
まぁ、表面の毛が短くなり、少々荒れてしまった程度だろう。
「って、俺もハゲちゃいないよな……?」
そういえば……怪我ばかりに目がいっていたが、頭髪が焼け野原になっていたフルデヒルドの人もいたような……。
慌てて自分の毛根の安否を確認すると、ゴワゴワとした感触が無事だということを知らせてくれる。
流石は父に似た毛である。
水に濡らそうが、何をしようともゴワゴワのまま、一向にサラサラとならず、下手をすると鈍な剣では切れないといった、非常に髪型を整えにくく恨み深い代物だったのだが。
今だけはその丈夫性に感謝したい。
バラバラに逃げていた東門の獣人も回収するには手間取ったが、全員が無事であった。
ここでの救出が完了してもなお、フルデヒルドの連中はまだダウンしていたので、意識を取り戻す前に早々と北門の方へと向かうのであった。
【ルイゼンハルト 東門】
フルデヒルドの猛攻が彼らの自陣での大爆発と共に突然終わりを告げた。
ルイゼンハルトから見れば、優勢に立っていたにも関わらず、自爆してしまったことに疑問を覚えていた。
あれだけの爆発を生み出せる兵器だったのだ。
フルデヒルドがその危険性に気をつけていなかったはずがない。
実際に例の爆発物の周りには重装備の兵を置いており、一切の矢を通しはしなかったのだ。
ただ、東門のフルデヒルドの誤算といえば、従えていた奴隷達が自分達の命令に背いたことで混乱してしまったことだ。
確かに、"操緑の獣戦士"についての通達は受けてはいたのだが、その印象が強すぎたのである。
そのせいで、『隷属魔法をかけたにも関わらず奴隷が反抗した』、という情報が疎かにされてしまったのだ。
そんな事実を、ルイゼンハルト側が知るはずもなく。
良く分からないが、とにかくチャンス到来ということで、突撃を指示したのではあるが。
肝心の敵の殆どが気絶しており、接近戦での戦闘が行われることはなかったという。
そして、魔法学校の生徒として戦争に参加していたフィリーネは、表舞台に立つことはないまま、東門の戦闘は終結した。
【ルイゼンハルト 北門/クレヴ】
戦争が開始されてから3日目。
戦場としてはいくら狭いところとは言え、相当ハイペースにここまで来てしまっているように思える。
東門にいたフルデヒルドの戦力をほぼ壊滅状態にしたおかげか、南門の時よりも楽に睡眠を取ることが出来た。
まぁ、まだ整備が行き届いていない背の高い草むらの中で眠ったせいで、少々泥臭く、虫刺されで身体が痒くなってしまった、というしょうもない不満はあったけど。
それにしても、ここまで野性味たっぷりの生活を強いられるとは思ってもみなかった。
とはいえ、サラナ村の人特有の環境適応能力の高さが恨めしい程に発揮されたせいか、何とかなってしまうのが恐ろしい。
人間便利な暮らしに慣れてしまった後に、古代人のような生活を送ることとなったら、果たしてどこまでやっていけるのか。
道具の便利さで堕落しきった生活を送っている街の人間は、耐えられないんじゃなかろうか?
そう考えると、サラナ村の人間は異常だと、そう思わされる。
だって、刺激のない生活が嫌だからという理由だけで『もしもここら一帯が極寒地域に突然変わってしまったら?』なんていうシミュレーションを突発的に始めやがる人達なんだ。
わざわざ冬の時期に半袖で過ごすことから慣れ始めさせ、食い物も近くの小川で凍らせておいたり、父含む化け物連中の力を借りて吹雪を再現したり。
深く積もった雪の上でも動けるようにと、冬以外の時期は地中で眠っているとされるブランシュウルスという熊に似たモンスターと鬼ごっこしたり、と。
一番ヤバかったのは、雪の中に生き埋めになった際どうすれば生き残れるか、を本気で実践させられた時だろうか。
そんな苦行をさせておきながら、全くシミュレーションになっていないどころか、下手したら死が近いところまで来ているのである。
それを数日間で慣れてしまい、何事もなかったかのように笑って過ごす村人達と本当に俺と同じ人種なのか、何度も疑ったことがある。
俺の場合だと最初は普通に風邪をひいてのだが……2週間後には適応してしまった自分に驚きもした。
尤も、そんな経験が一度も役に立ったこともなく、今も寒さの耐性がついたわけじゃないから、殆ど無意味に終わったんだけど。
……さて、思い出しても悲しいだけの記憶に蓋をして、だ。
北門での行動はどうするべきなのか。
ここまでノープランのまま、咄嗟の思い付きとゴリ押しだけで来てしまったが、大体が上手くいってしまっていた。
それはまぁ、フルデヒルドの連中が杜撰過ぎたのと、不意打ちする際に相手が予想以上に混乱してくれたからこそ、何とか成功を収めてきたのだ。
北門でも、その幸運が続くかどうか。
獣人達の人数も増え、戦力的にはマシになったものの、まだまだ相手の方が多い。
「うーん……」
「どうしたんだ? そんなに悩んで?」
頭を捻らせていると、軽い笑みを浮かべてイェーガーがやってくる。
「いやな、北門はどうやって攻めようかなと思ってな。単に突撃だけだと芸がないだろうしさ」
「だとしても、俺達にそれ以外の手があると思うか?」
「それもそうだけどさぁ」
確かにイェーガーの言う通り、どんなに考えたところで俺達には接近戦以外の方法はない。
東門でのことは、あの爆発物がイレギュラーなものに過ぎなかっただけだ。
「深夜にこっそり逃がしてやれれば一番楽なんだけど……」
「魔導師が問題になる、と?」
「あぁ、だから見張りとかに見つかったら、もうお仕舞いだな。寝ていた魔導師を叩き起こして、火系統の魔法で辺りでも照らして貰えば、闇に紛れることなんて出来なくなるしな」
そうなれば後は遠距離でドカンと一発やられてしまえば、確実に被害が出てきてしまう。
逃げ果せても、数を減らすだけの結果に終わってしまうに違いない。
「だったら、見張りが仲間に連絡をする前に、殺ってしまうのはどうだろう」
「はぁ?」
突拍子もないことを言うイェーガーに思わず聞き返してしまう。
「お前のスライムを頭上に落とせば、いけるんじゃないか?」
「……その攻撃で声を上げられたら、一発でアウトなんだか?」
「前に説明してくれた戻喚魔法ですぐに戻してしまえば、スライムの存在には気付かれない。矢なんかの物的証拠のないから、俺達がやったとは疑われないだろ?」
「確かにそうだけどさ、見張りの数が多かったらどうするよ?」
「あのスピードならスライムの倍の数だろうと問題ないと思うが?」
それを聞いてもなお、俺にはまだ不安要素が残っている気がしてならない。
スライムを敵陣地に召喚するくせに、俺だけ安全地帯にいるのも、どうかと思うのだ。
……まぁ、南門での状況と比べれば、全然危険度が低いんだけど。
「だけどさ、お前らだって仲間を早く助けたいんだろう? 今さっき起きたっていうのに夜まで我慢出来るのか?」
「今ここにいる仲間を無暗に犠牲にしなくもない。安全に助け出す方法があるのなら、それを選びたい」
「……分かったよ。じゃあ、その説明はイェーガーからしてくれないか?」
俺の言葉に頷いたイェーガーは早速仲間を集合させると、先ほどの案を説明する。
その案に賛成する者もいたが、やはり反対する者も多くいた。
理由は勿論、『夜を待っている間にどれだけ仲間に犠牲が出ると思っているのか』、というものである。
つまりは、自分達が黙って見ている間に仲間が死んでしまうのを耐えられないのだ。
その意見に対し、イェーガーは先ほどの俺と同じ返事を返すと、途端に反対していた獣人が黙ってしまう。
誰もが仲間のためを考えている。
それ故に皆必死だし、同じ志であろうと意見だって分かれてしまう。
――例え真剣だろうと何だとしても。……話合っているのはスライムに他力本願するかどうかってだけに過ぎないんだけどな。
そう考えると、何とも情けない話だ。
自然の照明である太陽が沈んだ代わりに、星が姿を見せ始めた頃、俺達はのそのそと起き出した。
獣人にとっては昼間に寝る経験なんて今までなかったせいか、なかなか寝付けない者が多かった。
他の仲間が戦っている中で自分達は寝ているなんて、と自責の念があったのも理由の一つだろう。
まぁ、何にせよそんな獣人達の役割は少ないからいいんだけどな。
スライムで見張りを倒した後、静かに誘導してもらうだけだし。
「んじゃ、行ってくる。失敗したら、合図としてそっちにスライムを召喚するから」
一声かけた後、俺は姿勢を低くして、火の明かりがあるところへと、ゆっくり近付いていく。
多くの人間は眠ってしまったのか、テントの方から声が聞こえてこない。
さて、肝心の見張りはというと……一つのテントに二人ってところ。
ここにあるテントは全部で13。
単純に計算して26人は見張りがいるってことになる。
スライムはリイム合わせて16体しかいないから、全員同時に攻撃、というのは無理。
『スライム落とし』の後、すぐにスライム達に攻撃させて間に合うかも微妙なあたりだ。
ここは一旦退くべきか。
いや、端っこから順にやっていけば、何とかなるか……?
俺は悩んだ末に……実行に移すことにした。
獣人達のところに戻ったところで、小言言われそうだしなぁ。
特に脳筋の人達は気合いさえあれば、何とかなるとか本気で思ってるだろうし。
「すぅぅ……はぁぁ……」
深く深呼吸をして、速まった心臓の音を落ち着かせる。
数十秒、ゆっくりとかけてから――俺は召喚魔法を発動させた。
闇の中で発光してしまえば目立ってしまうのを考慮して、右腕だけは服の下に隠しておいて、だ。
俺は瞬時にイメージを膨らませる。
脳内で、2人の相手の頭上に魔法陣を描き、念を入れてスライムを3体ずつ召喚。
「……うっ」
急な重みで、声を発する前に二人の見張りを倒すことに成功するのだが――別の形で失敗を招くこととなる。
辺りが静かなせいで、人が倒れる音が響いてしまったのだ。
「どうした?」
突然発生した音に、見張りの人間に警戒心を与えてしまったようだ。
だが、まだ他の連中を起こそう、とはしないらしい。
といっても、音を立ててしまった時点で作戦は失敗だ。
俺は戻喚魔法を素早く済ませた後、再び召喚魔法を発動させる。
ただし、今度は獣人の方に、だ。
「さて、したくはないけど暴れるとしますかね」
弱気な自分に活を入れる。
そして、もう遠慮はせずに数人の見張りに向かって、『スライム落とし』をお見舞いしてやる。
「うわっ、何だ!?」
隣にいた者が急に倒れたことに、驚いた声を上げる見張り達。
そして、無防備な姿を晒す敵の一人の腹へと走る勢いそのままに蹴りを入れ、強引に敵の足を地面から引き剥がす。
身体の動きと連動させながら戻喚魔法を使い、スパンを開けずにもう一度スライムを召喚。
「敵襲ーッ、奴が攻めてきたぞーッ!!」
まだ相手をしていない見張りの一人が大声を上げ、静まっていたテントの中から物音が立ち始める。
ここまですれば、多分目立って目立って仕方ないであろう。
ほぼ自殺行為に近しく、阿呆の極みとも言えることを俺は何故してしまったのか。
……そんなもん、北門の獣人達を逃がす暇を作るために決まっている。
もう合図も送ってしまったから、誘導する獣人達も動き出しているだろう。
そこで万が一敵と遭遇してしまえば、俺がわざわざここまでしたことが無駄に終わる。
だから、彼らの注意を集めておけば……そのリスクを減らせることが出来る。
さて、こんな無謀にも命を張るような行為をしでかしてしまったわけだが。
もちろん、死ぬつもりでやったわけではない。
せいぜい数秒程、時間を稼いだら俺は獣人とは違う方向――ルイゼンハルトの方へと逃げるつもりである。
敵の敵が味方だとは限らないが、わざわざフルデヒルドの連中が敵対している方に追撃する程、阿呆ではないと思うし。
ネックとなる魔導師だが、そこは『スライム落とし』で何とかするしかあるまい。
――と、そんな甘い考えは、どうやら彼らには通用しなかったらしい。
敵の陣地に思っていた以上に奥へと突っ込んでしまったらしく、逃げ道を確保する前にテントからゾロゾロと出てくる兵共に囲まれてしまうのだった。
【ルイゼンハルト 北門近隣/イェーガー】
安全に北門の獣人達を誘導するには、囮が必要だった。
その役をクレヴに強引に押し付けてしまったが、何も彼だけに任せるつもりもなかった。
言い出しっぺであるイェーガーは勿論のこと、数人の獣人はクレヴと共に行動するつもりだったのである。
だが、クレヴはそんな彼らの好意を断ってしまったのだ。
「そんな人数で行ったらバレる可能性が高くなるし、俺一人で行く」
「しかしだな」
「そんなこと言うなら、俺にやらせようとするんじゃねぇよ……。ったく、押しつけがましい癖に中途半端に優しい奴らだな」
ボサボサに跳ねている後ろ髪を掻きながら、クレヴは溜息を吐きながら、こう呟いた。
「お前達の目的は仲間の救出だろう? だったら、それに集中しときゃいいんだよ。俺はただここから逃げ出したいだけだしな。
こっからはお互いの目的のために別行動するだけだ。問題ない」
耳が良いイェーガーには、クレヴの言葉が若干震えていることに気がついていた。
ただ、強がっているだけ。
「(何故、こんなところで強がる?)」
イェーガーには理解出来なかった。
確かに、クレヴはあのスライムを愛する奇特で変わったニンゲンであったが、それでも、だ。
不安に思うのであれば、頼ればいい。
なのに、クレヴはその不安を押し殺し、頼ろうとはしなかった。
イェーガーは仲間を助けるためならば、協力は惜しまないつもりであった。
だが、クレヴはそれだけ言うとイェーガーに背中を向けて、言葉に耳を傾けようとはしなかった。
「(何故、そんなに強がる?)」
少なくとも、ここ数ヶ月でクレヴの人となりというものが、何となく分かっているつもりであった。
――クレヴは、臆病な人間だ。
クレヴは突拍子もない行動を平然な顔をしてやっている印象も強いのも確かだが。
その行動の後には、必ず後悔をしている節があったのだ。
戦争の途中だというのに、血液が流れるのを唇を強く噛み締め、何か感情を押し込めていたり。
剣を振るわれた際には、痛みを恐れているのか大げさなくらいの回避をする。
彼らの中で一番死のリスクを下げようとしているのは、クレヴであることに間違いはないだろう。
「(だったら、何故……)」
それに対する答えは、あるにはあった。
……クレヴが、優しいニンゲンだから。
殆どの者が自分のことで手一杯になっているのに、クレヴは手を貸そうとしていた。
例えスライムという形であろうとも、確かにクレヴの助けには変わりはない。
出来るだけ、獣人達が死なないようにと、必死になっていたことには変わりはないのだ。
クレヴは、あまり賢くないニンゲンだ。
自分の命が一番大事だと思っているのに、血迷ったかのように妙なところで自分を犠牲にするところがある。
ある意味ニンゲンらしいと言えば、そうなのかもしれないが。
それでもイェーガーは、その考えに納得はしたくなかった。
それから、クレヴは彼らに有無を言わさず、指示を出した。
――スライムがこの場に現れたら、北門にいる獣人を連れてフルデヒルドに向かえ、と。
クレヴがテントに向かってから数分後、合図となるスライムが音もなく召喚された。
敵の注意がクレヴに集まっているおかげか、彼らは何の妨げもなく仲間を救出することに成功する。
そして、クレヴの指示通りフルデヒルドに向かおうとするのだが。
イェーガーとボンデッドを含む、数人の獣人が何度も北門の方へと振り返る。
「加勢、しなくても、いいのか?」
ボンデッドはイェーガーに問う。
だが、イェーガーは首を横に振る。
そのことは、ボンデッド自身、聞きながらも分かっていたことだった。
魔導師に対して、彼らは無力な存在だから。
魔法抵抗も低く、クレヴでも耐えられる魔法が当たったとしても、命を落とす可能性だってある。
そして、何よりも。
『そんなにまた奴隷に逆戻りしたいっていうのかよ、お前達は……』
小声ながらも不思議と耳に届いたクレヴの台詞があったからだ。
「あぁ、それはしないと約束したからな。それにクレヴには、あのすばしっこいスライムがいるんだ。逃げるくらいは出来るだろうさ」
これでもし、加勢に向かったとして再び奴隷にでもなったとすれば、クレヴの頑張りが無駄になってしまう。
端正な顔を苦々しくさせながら、イェーガーは視線を再び仲間の背に戻した。




