21
【クレヴ】
「散開しろっ!!」
「ウォォォ――――――ンンッッッ!!」
俺の言葉と、イェーガーの鳴き声が重なるのは、同時のことであった。
列を作って駆けていた獣人が、その声の直後にバラけると。
先ほどまで仁王立ちしていた黄土色の土塊が、駆動音を鳴らしながら右腕を構える。
その右腕の動きは鈍く、獣人のスピードであれば難なく避けることが可能であろう――そのまま殴りかかっていれば、の話だが。
「『アースバインド』」
デカブツから詠唱が聞こえてきたと思った次の瞬間には、先ほどまでいた地面が隆起する。
通常の『アースバインド』では大体膝丈程度の高さしかないのだが、目を向けた先にある、天へと上る地面は獣人の全身を覆えるんじゃないか、というくらいあった。
通常の魔法より大規模に。
ただし、魔法の展開される速度は変わらない。
規模が大きくなっている分、避けるにも大きく動かなくてはいけなくなる。
固まって動くんじゃ、いい的だろう。
ここはやはり――
「何人かで注意を引き付けて、残った他は人海戦術で屋敷の方を探ってもらった方がいいかもな」
その旨をイェーガーに伝えると、
「全員でこのデカブツを倒してしまった方がいいんじゃないのか?」
「倒せるもんならな……」
俺の言葉を挑発だと受け取ったイェーガーは、ゴーレムが『ロック・ブレッド』という岩石砲を飛ばしたタイミングを狙い、『加速』を用いてその背後に回り込み、グレイブを叩き付けるも……。
「堅い……!!」
イェーガーの一撃はゴーレムの表面を軽く削っただけで、彼のグレイブは弾かれてしまう。
噂には聞いていたが、やはりゴーレムというのは大変頑丈な素材で出来ているようだ。
機動力は低いものの、その堅牢なボディは大鎚を振るおうともヒビすら付かず。
重量感溢れる腕は鉄くらいなら軽く歪められるという。
そこにゴーレムサイズに拡大された魔法も加わるため、まさに凶悪な性能と言える。
そんな奴が何故こんなところに、と思わなくもない。
「やはり来おったか、汚いコソ泥共が……!!」
「えっ?」
ゴーレムは腕を下ろすと、何やら機械で増幅された声が全体に響く。
このもぞもぞとした感じ――何だか聞き覚えがある。
多分、ソムルドの声だ。
そうなるとソムルドは、来るかも分からない相手を、ゴーレムを仁王立ちさせて待っていたと?
流石セレブ。金の無駄遣いだけじゃなく、時間の無駄遣いまで上手いとは。
心底、その思考回路には脱帽させられる。
……いや、それはないか、うん。
フルデヒルドに見張りでも置いといて、俺達がここに来る前に何らかの手段で知らせた方がまだ現実的か。
「イェーガー、攻撃が効かないのが分かったろ? 取りあえず一旦退くんだ!」
ゴーレムの頑強さを確認したからか、好戦的な獣人達もこれで無闇に攻撃はしなくなる。
彼らが普通の攻撃じゃ通用しないと、理解したからだ。
「ゴーレムの魔法の攻撃範囲がデカいから、密集すんなよっ! 真っ先に狙われるからな!」
それに密集していれば、それだけ攻撃を避けにくいということもある。
案の定、『加速』を使わなければ拙いような状況も起こった。
だが、今更撤退を選ぼうとも、背中を見せれば格好の的になってしまう。
だから、注意を引き付ける囮役が必要なのだが……。
あのゴーレムを相手にしたいと思う奴がいるだろうか?
こちらの攻撃は効かないというのに、あちらの攻撃は魔法抵抗の低い獣人だと、一撃でも貰えば致命傷に成りかねない。
「って、イェーガー!?」
それだというのに、一旦身を引いたイェーガーが再びゴーレムの元へと突っ込んでいく。
イェーガーは、自ら囮役に買って出やがったのだ。
彼の他にも数名の獣人が得物を突撃していく姿を目にした後、面食らってしまった俺はすぐさま思考を切り替える。
こうして、彼らが時間稼ぎしてくれているのだ。1秒でも無駄にすまい。
「今のうちに豪邸の方に向かうぞ!」
「だが、豪邸の周りには堀があるんだぞっ!?」
叫ぶようにして指示を出すものの、彼らの足の進みは速くない。
確かに一人の獣人が言ったように、ソムルドの豪邸の周りには深い堀が存在している。
例え落ちたとしても、水が張ってあるために死にはしないだろうが、表面が滑らかな壁では、よじ登っていくのは困難だろう。
それに堀から豪邸までの高さも結構あるようだし。
泳いで渡る、ということは出来ない。
かといって、ここから豪邸までだと、幅跳びじゃ届かない距離がある。
だから、跳び移ることも出来ない。
「大丈夫、橋下ろすから」
――だが、そんなことをする必要はない。
確実に渡れる方法なんぞ、既に思いついているのだから。
「下ろすといっても、一体どうやってすんだ!?」
不安満載の顔の数々に、自信に満ちた表情を見せつけた後、瞼を下ろす。
思い出せ。
俺は一度、見ているはずなんだ。
動力部までは確認出来てはいなかったけれど――橋がどのようにして動いているのかを。
確か、橋に繋がっている太い鎖は豪邸内部まで伸びていて、それがいくつも噛み合わさった歯車が回り、鎖を巻き取っていたはず。
その時は俺達が豪邸に入った時だから、巻き取る動作は橋を上げるためのもの。
その動作が完了した際に、歯車と連動しているであろうレバーを操作していたとすれば。
「ふぅぅ――」
息を深く吐き出しつつ、集中力を高めていく。
豪邸の玄関が、どのようになっていたのかを。
初めは大まかに、そこから徐々に脳内で再現する。
時間が経ってしまい忘れかけてしまったものは、イメージで補足して。
レバーの上部に複雑な"三つ目"の魔法陣を描き――右手に込められた光を、解放させる。
「これで、どうだ……?」
戻喚魔法をほぼタイムラグ無しで続けて発動させ、前方の様子を見守る。
あのデカい金属の橋に動きは――あった。
ガチャガチャと煩い金属音を鳴らしながら、俺達のいる場所と豪邸を繋ぐ道がお辞儀をするかのように、倒れてくる。
「うっし、成功だ。いいか、慌てずに慎重に行けよ? 中に敵がいないとも限らないからな」
歓喜に吠える獣人達にそう言い放ち、俺も中へと入ろうと思っていたのだが。
「ボンデッドさん?」
「なん、だ?」
「いや、中入らないのか?」
俺の脚となってくれている、肝心のボンデッドさんが前に進んでくれない。
馬だったら手綱を操るところだが、この場合はボンデッドさんの体毛で代用すべきか?
「ハイヨー」
「? 何して、いる?」
「……」
やっといてなんだが、すっげぇ恥ずい。
今が緊急事態じゃなきゃ、ボンデッドさんの背中に顔を埋めていたに違いない。
「だからさ、豪邸の中に入らないのかって聞いてるんだよ」
「何を、言っている?」
それはこっちの台詞だ、と突っ込みたくなる衝動を抑え、ボンデッドさんの言葉を待つ。
「お前は、戦うんだろ?」
「いや、全然」
「照れ、隠しは、いらない」
ニヤリと鋭い犬歯を見せつけると、ボンデッドさんは身体を180度回転させる。
「え、ちょっ、まっ。別に照れ隠しじゃないって! それに、俺背負ったままじゃ碌に戦えないだろう?」
「いい、ハンデだ」
止めようとする俺の声も聞かず、ボンデッドさんは小器用に俺を背負っていた際に肘裏辺りに通してあったハルバードを片手で持ち直しながら、腰を深く落とす。
膝のバネを充分に溜め、前のめりに。
「つーか、俺戦いたいなんざ一言も言ってねぇって! 一体何の根拠で――」
「イェーガーが、そう言ってたが?」
ボンデッドさんがそう言葉を漏らした次の瞬間、膝のバネが解放される。
地面を強く蹴り、その急加速した際の振動が俺にも伝わってくるが――
「イェーガァァァァァァ――――ッッ!!!」
舌を噛むかもしれない、というのも気にせず、俺は魂からの咆哮を上げた。
アイツ、この戦いが終わったら絶対ぶん殴ってやる。
さて、気合を入れて戦闘に参加したのはいいのだが、あくまで俺達の目的は、獣人の仲間の奪還である。
ゴーレムは、倒す必要がない。
というか、倒せる気がしない、と言った方が正しいのかもしれない。
ただでさえ此方の攻撃が通用しないのに、ヒット&アウェイの安全策を取らなくてはやってられないのだ。
まぁ、救出までの時間稼ぎだと考えれば、一応成功とは言えるかもしれないけど。
一番懸念していたソムルドではあったが、豪邸の侵入を許したにも関わらず、癇癪を起こした様子は見られなかった。
それは豪邸を壊すのは避けたかったからなのか、それとも敢えて見逃したのか。
一応ゴーレムの注意を引き付けるようにはしていたのだが、『ロック・ブレッド』の射程を考えれば、その場から動かなくとも、背中を見せていた獣人は狙えていたのだ。
これが油断しているのなら、ありがたいのだが。
もし豪邸から出てきたところで一網打尽を狙っているのだとすれば。
……何か手を打たねば拙いだろう。
「ちょこまかと、まさしく害虫の如き鬱陶しさだのう……!」
ソムルドの声からは苛立ちは感じられない。
どちらかと言えば、もっと俺達に抵抗して欲しいようにも聞こえてくる。
そりゃそうかもしれない。
自分は攻撃を喰らうことのない安全地帯にいて、そこから俺達を潰そうとしているのだから。
遊戯感覚になるのも、分からなくもない。
そう、言うなれば狩りと同じ。
絶対的な強者が獲物を仕留める時、その獲物が厄介であればあるほど、獲物を討ち取った時の達成感が得られる。
そんな快感を、求めているのだろう。
「ふざけんなよ……」
そう唸りたくなるのだが、現状お荷物状態。
どう足掻こうとも、格好はつかない。
奥歯を強く噛み締め、自分に何が出来るのか頭を捻るのだが……全く思いつかないでいた。
「ボンデッドさん、大丈夫か?」
「まだ、まだ!」
せいぜい出来るのは、声をかけるくらいだ。
いくら人間より体力があるとはいえ、限界はある。
激しく動いていれば、そのリミットが近づくのも早い。
今は彼らの健脚と『加速』の魔法が使えているからこそ、現状維持が出来ている。
が、時間が経つにつれて、それが難しくなるのだ。
「『アースクエイク』」
そんな中、単調な攻撃を繰り返していたゴーレムが、急に変化を見せる。
ゴーレムの正面の地面が左右に振動を始める。
「うわっ!?」
小規模に起こされた横揺れは、足場を変形させ――それに巻き込まれた数名の獣人の足を止める。
「逃げろっっ!!」
反射的に叫んでいた。
だが、揺れによって体勢が傾けられ、崩された地面が彼らの胴体を吸い寄せる。
そんな無防備な状態のところを――ゴーレムがそこへと駆ける。
その駆動は、確かに遅かった。
だが、ゴーレムはまごつく彼らとは違って、悪路に足を取られることはなく、生じた歪みを踏み均していく。
「ぜやぁぁぁあああッッ!!!」
そこに『加速』を得てゴーレムの横合いからイェーガーのグレイブが迫るが……。
足の勢いは弱まることなく――そのまま彼らを蹴り飛ばした。
「…………あ?」
俺は、その光景に我が目を疑った。
獣人は頑丈な身体をしているはずだ。
獣人は強い生命力を持っているはずだ。
それなのに。
――何故、ゴーレムの蹴飛ばした先に、毛がへばり付いた肉塊が転がっているんだ?
それは、もはや原型など留めておらず。
地面を転がったせいで泥に赤色が混じっていて。
吐き気を催すような、汚物に姿を変えている……?
「そろそろ飽きてきたし、一気に潰させてもらうかのぅ」
そんな光景を造り出しておきながら……ソムルドの声には退屈という感情しか込められているようにしか聞こえてこなかった。
「こんの、下衆野郎がぁぁぁぁぁっっっ!!!」
イェーガーが、ゴーレムに向かって吠える。
ソムルドに対する深い憎悪と、何も出来なかった自分の恨めしさに。
だが、そこまでの怒りの衝動がありながら、イェーガーはその場に留まっていた。
無闇に突っ込んでも、無駄死にするだけだと、理解しているからだろう。
どうにかしなきゃならない。けれど、どうにもすることが出来ない。
そんな板挟みにあっているのだろう。
実際、俺もそんな状態であるから。
「ボンデッドさんは……怒らないのか?」
「奴らは、囮になる時点で、死ぬ覚悟が、出来ていた。だから、奴らの死に、何か言う、つもりはない。だが、今は役目が、ある。今生きている奴らを、生かす為に、おれは、出来るだけ長く、戦うだけだ」
意外と冷静さを保っているボンデッドさんの心の内を聞いて、俺も頭をクールダウンさせる。
これ以上、被害を出さないために。
動けない俺では、考えることしか出来ないから。
気が、抜けていたんだろう。
戦争からやっと解放されたから。敵を目の前にしていても、緊張の糸が切れてしまって、どうにも集中出来なかったのだ。
……いや、それだと言い訳になる。
俺は考えるのを放棄していたんだ。
あんな相手には勝てないと、最初から諦めていたから。
だから、犠牲を出してしまった。
俺だって、やれることぐらいあったはずだ。
ボンデッドさんの背中でぼーっとしているんじゃなく、ゴーレムの動きを観察して。
どのタイミングで、どのパターンの攻撃が来るか、拙いなりに解析するくらいは出来たんじゃないだろうか。
今更、気付いたって、もう遅い。
誰かが死んだ後にようやくまともに回り始める脳に、うんざりする。
どうして俺は――後悔しなきゃ動けない。
いつも、いつも、いっつも。
ああすりゃ良かった、こうしておけば良かったのに、と悔んでいたっていうのに。
愚策だろうが何だろうが、考えて考えて考えて。足りない頭捻って。足りなきゃ、根性だろうが何だろうが引きずり出して。
足掻け。もがけ。
みっともない姿になろうが、惨めな姿になろうが、生きてりゃ勝ちだ。
死んだら、何もかも終わりなんだ。
――それが何よりも嫌だって、散々思い知らされてるんだろう?
「動け、動き続けろ!! 狙いを相手に絞らせんなっ!! とりあえず生き残ることだけ考えやがれっ!!!」
俺は感情の赴くままに、そう叫ぶ。
その間にも、地系統の魔法をまき散らす敵について、ひたすらに思考を巡らせ続ける。
俺達の攻撃は、魔造ゴーレムにダメージを与えることが出来ない。
現状、『加速』を用いた状態でのイェーガーの一振りですら大した傷を付けることが出来なかった。
例え同じ箇所を攻撃し続けたとしても、此方がゴーレムを破壊する前に体力の方が参ってしまうだろう。
つまり、攻撃でゴーレムを撃破するのは不可能に近い。
では、あの時――リアナのゴーレムにやった手はどうだろう。
スライムをゴーレムの関節に侵入させ、動きを止める。そしてバランスをどうにか崩してゴーレム自身の重さによって自壊させる、というものだ。
……あの時は偶々上手くいったが、今回も上手く事が運ぶだろうか?
それに、ゴーレムがあのまま直立不動を貫けば、バランスを崩すというのは難しいだろう。
獣人の攻撃にびくともしなかったんだ。質量だって、相当あるに違いない。
材質も堅いだろうし、地面に倒れただけじゃ傷が付かない可能性だってある。
これも、実現は困難だと言えるだろう。
「……はぁぁぁ」
一旦、深く息を吐いて、別の方向から攻めてみることにする。
俺達の目的は、あくまで救出。
ゴーレムを倒さずとも、逃げてしまえば俺達の勝利条件は満たせるだろう。
だが、簡単に逃げることは出来ない。
というのも、屋敷の出入り口はここ一つだけだからだ。
ソムルドからすれば、入口で待ち伏せてさえいれば、俺達は逃げだすことは叶わなくなってしまう。
だから、俺達も囮なんかしないで屋敷の中に逃げ込む選択肢は消える。
どうしても逃げるためには、ソムルドを何とかせねばならないのだ。
倒すことは出来ない。
中にいるソムルドを気絶でも何とかしてしまえたら、ゴーレムの動きも止まるのだが。
そのどうにかする方法は皆無。
ゴーレムを拘束して動けなくする……にしても肝心の縛るものがなければ、ゴーレムの力に耐えきれるものを探すのも困難だろう。
だが、壊さずに無力化、というのはまだ現実的かもしれない。
何でもいい。利用出来るものなら、何でも利用するんだ。
……といっても、あるのは植物くらいなものだ。
優れた耐久性を持っていないので武器にはならないだろう。
「後は……この鬱陶しい雨くらいか?」
地面へと落ちていく雨粒は、俺達の足跡に水たまりを形成しているのが分かる。
注ぎ足され、穴に収まり切らない水は広がり、他のものと繋がっていく。
そうして少しもしないうちに地面を覆い、低い方へと流れを作る。
泥を削り濁った水は――堀に落ちていった。
「……こんな簡単なことを見落としていたなんて、な」
ゴーレムを堀の中へと落とす。
そうすりゃ自身の重さで浮き上がることは出来ないし、無力化することも可能だ。
魔法は使おうにも水の中。ゴーレムにも操縦者が呼吸出来るように空気を取り込む部分があるだろうしな。
くそ……何ですぐに思い付かなかったんだ……!!
そう愚かな自分を責めるものの、その発想に行き着いたとしても、すぐには実行に移すことは出来なかっただろう。
何故なら、ゴーレムは積極的に動こうとしないからである。
動きの遅いゴーレムからしてみれば、此方の速い動きは実に厄介。
単純に腕を振り回したところで、素早い獣人に当たる確率なんざ、万に一つもないだろう。
だから、その動きを封じようと獣人本人ではなく足場を変形させたのだ。
だが、そうなると少し気になる点が浮かび上がってくる。
――ゴーレムは何故、魔法でトドメを刺さず直接攻撃に行ったのか。
それは奴の趣向だったりするのか?
まぁトドメだけは魔法じゃなく、ゴーレムの強力でフィニッシュを飾りたい、という欲が湧かないとは限らないが。
それでも、魔法より非効率的と言えよう。
だったら、魔法を使わないのではなく、使えないのだとすれば。
そう考えると、確かにゴーレムは魔法を続けて発動させてはいないことに気付く。
ゴーレムの表面上に変化はないけれど、魔法を使うのに溜めが必要だったならば、どうだろう。
あの大規模な魔法だ、その準備がいると考えた方が納得出来る。
じゃあ、ゴーレムの身体を動かしているのは魔法ではないのか、という疑問が浮かんでくる。
魔法でも使用していない限り、あの重いものを動かすなんて到底出来ないと思うのだが。
……あれは、ゴーレムだ。
動作に使う魔法は俺の知る詠唱魔法と違った仕組みで動いているのでは?
一つの動作を取る度に硬直していたんでは、碌に歩くことすら出来ないだろう。
……んー、つくづくオーバーテクノロジーな代物なんだな、と実感させられる。
まぁ、こんな形で実感させられたくはなかったけど。
さて、勝機は見えてきたのは良いけれど。
どうやってそこまでの展開に持っていくのか、また考えなくてはいけない。
イェーガーの本気の一撃ですら、ビクともしなかった相手だ。
そんなゴーレムを動かすとなると、どうだろう。
『加速』を用いた獣人数名でのタックルでどこまで動かす出来るかだが……。
「うーん……あぁぁ……」
奥の手。
ゴーレムを動かす可能性を上げることの出来る方法がなくはない。
しかし、やりたいとは思わない。いや、正確にはやらせたくないと言った方が正しいだろう。
そう、この期に及んでスライムの力を借りようとか考えているのだ。
獣人ですら一撃もらえば危ないというのに、そんな戦場にスライムを呼び出す行為をするということは、死ねと言っているのと同義と言ってもいいだろう。
だが……それでも。
獣人が、俺が生きるために。
そんな我儘のために、スライム達に助けてもらう。
……恩を返そうにも、どうやって返せばいいのか、分からない相手だっていうのに。
「頼む」
あぁ本当に、こんな弱っちい自分が憎らしい。
頭の悪い自分が、悔しくて仕方がない。
頼るしか能がない自分が、情けなくてたまらない。
――せめて、スライム達の横で一緒に戦えるのだとすれば、まだマシだというのに。
それすらも出来ない自分が、嫌いだ。
「頼む」
俺の願いを魔力に乗せて、右手に発生した淡い光が集まり、そして弾けて消える。
それによって呼び出された15体のスライム達は、雨に打たれているのも気にせずに、静かに俺の指示を求めていた。
「…………結合、してくれ」
震える声を絞って、俺はスライム達に指示を出した。
――スライムの生態というのは、不思議なものだったりする。
余程の過酷な環境でない限り、生息しているのが見られるモンスターなのだ。
まぁ、多少住む場所によって名前が変わっていたりするものの、とにかくここまで生息地の広いモンスターは他にいないんじゃないかってくらいだ、と言えば、その凄さも良く分かるだろう。
そんな驚くべき生息地の広さがあるというのも、スライムが自然発生で生まれてくると言われているからである。
何故、自然発生するのか、というのは分からない。
ただ『スライムという個体が環境適応能力が高い生物』じゃなく、『その土地に適した身体を持って生れてくる』と考えた方が理解しやすいから、そう言われているらしいのだが。
さてそんなスライムは最弱のモンスターというのは周知の事実であり、他のモンスターと争えばまず間違いなく負けてしまう。
だから、まぁスライムだけじゃなく弱い生物というのは、基本的に強い生物にこそこそと隠れて住む習性がある。
身体の小ささを生かして物陰に隠れるようにしたり、体色を周囲に溶け込む色に変えたり、地上よりも敵が少ないであろう木の上や地中で生きるようになったり。
そうやって生きてきたのだ。
スライムの場合で言えば森で生息するために体色は緑だったりするのだが、ある問題があったのである。
それはというと――スライムは成長するという点だ。
身体が大きくなってしまえば、物陰に隠れることが出来ず、敵に見つかる可能性が増えてしまう。
通常のスライムは這うように動くため、逃げ足も遅い。
見つかれば最後、大体は死んでしまうことが多いと容易に想像出来る。
……まぁ尤も、そこまで大きくなる前に死んでしまうことが多いとされているのだが。
スライム達は大きくなった際の死のリスクを減らす方法は存在するのか、と。
俺は昔、レイオッド先生とそんな話をしたことがあったのだ。
まず俺が考え付いた方法はあまりに単純。
大きくなってしまったのなら、また小さくなってしまえばいい、と自身の身体を切り捨てるという方法だ。
しかし、蜥蜴の尻尾切り同様に余分なところは切り離すと、その方法を取るとダメージを負ってしまうことが判明。
それに本体からあまりに大きく切り離してしまうと、生命活動に支障をきたしてしまうことも考えられるのだ。
スライムの身体には器官がない。
が、その器官の役割をその身体で果たせてしまうのだ。
蜥蜴の尻尾と違って、スライムにとって身体を構成する物質はそれだけ重要なものなのである。
だったらどうすればいいのか、と俺が頭を悩ませていると、
「クレヴ君、答え合わせしてみます?」
と既に答えを知っていたレイオッド先生と実際に確かめることとなったのだ。
レイオッド先生によって通常の3倍以上に大きく成長させられたスライムを使って、確認した結果。
スライムは、分裂した。
分裂。
1体だったスライムが体積を減らす代わりに2体へと増えたのである。
「えっ、ちょっ……えぇぇぇ……」
当時のリアクションとしては、多分こんな感じだったと思う。
だって、身体を切り離すのよりも高度なことをしでかしたのだから。
「これ、ダメージの方はどうなってるんですか!?」
「多分、何らかの方法で誤魔化しているんじゃないですかね?」
ダメージの件はレイオッド先生でも良く分かっていないらしく、笑って誤魔化していた。
「分裂の際に発生したダメージもそれぞれに半分ずつにしてしまったとか……だったら納得出来るんですけどね。この感じだと弱ってないし、多分ダメージ自体を負っていないかもしれません」
その台詞を聞いて、ますます訳分からなくなってしまった俺に対して、
「これはあくまで僕の勝手な予想ですが――」
という説明を続けてくれた。
「――これには魔法が関わっているんだと思います」
「でも、スライムは魔法が使えないんじゃ……?」
「そもそも僕達は魔法について詳しく理解している訳ではないですからね。
結局僕達は魔法を使っているかどうかなんて、目で見るか、身体で感じ取るか、でしか判断出来ないですし。
しかも感知にしたって自分の近くだけ。体内で起こることなんて分かりっこないんですよ。
まぁ、スライムが魔法を使えるにしろ使えないにしろ、スライムは分裂する際にはダメージを負わないのは確かだと思いますけどね」
スライムは、分離することが出来る。
俺が知りえた条件としては、スライムの身体がある一定以下の大きさだと出来ないことと、また弱った状態でも不可能だということだ。
といっても、今はその条件は関係ない。
俺はスライム達に『結合』しろ、と言ったのだ。
分離が出来るならば、その逆の結合も出来ないことはない。
というか……前に一度、俺のスライム達にやらせたことがあり、出来ることは確認済み。
だからこそ、したくないと思っていたのだが……。
それでも、俺達が勝つ可能性を上げるためには、やるしかない。
そうして感傷に浸っている間にスライムが結合を開始する。
結合を終えるのには、数秒もかからない。
ただ身体をくっ付けるだけなのだから。
でも、それでも。
その重量は、俺や獣人よりも重くなっている。




