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【ルイゼンハルト 南門近隣/クレヴ】
さて、身を隠す、というのはいいとして。
問題はその身を隠す所まで移動する際のことである。
いきなり数十名の集団が林に向かって駆け出した、となれば嫌でも目立つ羽目になる。
そうなれば隠れられたとしても、後で魔導師に放火でもされたら、簡単に焙り出されてしまう。
だったら、敵の誰かを人質を取って林の中に逃げ込むのはどうだろう?
……いや、それだとその人物が切り捨てられる可能性がある。
じゃあ、彼らの鎧を掻っ攫って、変装して紛れる……のも出来ないか。
獣人達の体格じゃ鎧を着れないし、そもそもその身長では仮に着れたところで紛れるのも難しい。
奴隷のところに混じるのも、反乱を起こした後だから不可能だしな。
んー、安直にただの通過点として林を利用して、敵の目を撒ければ良いのだが……。
でもまぁ、その方法であるのなら、希望はまだ残ってはいる。
相手も戦闘の後だ。魔力を消耗した状態では大規模なものは使えない。
だから、林全体に火が回るには時間がかかるため、ずっとそこに留まることには向かないが、一時的にならそこまで問題とはならないだろう。
だが、そうなると今度はどこに逃げればいいのか分からない。
敵に見つからないように遠くへ逃げるべきか?
それだと、戦場に戻ってくるまでの時間がどうなることやら。
いくら体力があるとはいえ、流石に仮眠程度は取らないと、この後やってらんないだろうし。
苦肉の策だが、林に突入した後、どこかの地面でも掘り起こして、その中に潜ってみるか?
アホらしいが、土に引火することはないので、何もしないよりかはマシである。
しかし、それだと燃焼した際に起こる酸欠や、蒸し焼きになる可能性も否めない。
あまりにも行き当たりばったりで、杜撰過ぎる。
が、他に選択肢が思い浮かぶことはなく、結局は林の中に一時的に潜むこととなった。
一応、小休止という形を取らせてはいるが、魔導師の姿が見えたら、すぐにでも移動出来るようには言い渡しておく。
さて、どうなることやら。
【ルイゼンハルト 南門】
「くそっ、アイツらは一体何だったんだっ!」
ルイゼンハルトと獣人集団の挟み撃ちにあったが、運良く無傷で済んでいた指揮官が大きな声を上げる。
空が夕焼けから黒と光の斑点模様に姿を変え、彼らはテントへと撤収作業を行っていた。
「おい、魔導師共。奴隷が逆らうなんざ聞いてないぞ!」
「私達だって知らないわよ……!」
フラフラと空から振ってくる魔導師に彼は文句を言い放つが、魔導師も魔導師で、この状況が理解出来ていないようであった。
――『奴隷であったはずの獣人が、こちらに危害を加えてきた』。
それは隷属魔法がかけられた者であれば、発生することのない事柄であったはずなのだ。
だが、実際に起きてしまった。
原因は魔導師達にも分かっていない。
そもそも、そんなことが起こること自体考えになかったようである。
これ以上文句を垂れていても、仕方がないと判断した彼は、魔導師達に次のような言葉を吐いた。
「この責任は魔導師にある。だから、逃げていった獣人共を捕まえてこい」
「冗談じゃないわ!!」
だが、その言葉に黙って頷く魔導師達ではない。
「こっちは相手の魔導師達と戦ってヘトヘトなのよ!? 探す気力も体力もありゃしないわ!!」
「空から探せばすぐに見つかるだろう?」
「あの獣人が逃げた木が密集した地帯じゃ、上からだと見えないに決まってるじゃない!! それに魔力だってもう殆ど残ってないわよ!!
まだ明日も戦うんだし、魔力を温存したいって気持ちがそっちに分かる?
これでもし明日になっても万全な状態じゃなくて負けちゃったら、どうするつもり?」
激昂した様子の魔導師に、思わず彼はたじろいでしまう。
だがそんな彼を見て、魔導師は少し心の余裕を取り戻す。
「こっちだってね、多くの駒の方を出してやってんのよ? 感謝はされど非難されるなんてないに決まってるじゃないの。
それに、そっちの方が数が多いんだし、お得意の人海戦術で探せば、すぐに見つかるんじゃないの?」
「ふん、こちらだって疲労しているんだ。そんなこと出来るわけないだろう」
「だったら、どうするのよ?」
「……仕方ない。林の方に見張りを何名か付けるとしよう」
魔導師は魔力を明日のために温存するため、動かすことが出来ない。
かといって、戦争で疲労困憊な兵や奴隷共を動かすことも出来ない。
それゆえ、仕方なく監視をつける程度のことしか、フルデヒルドには余裕がなかった。
「(後は、何名か北門、東門には獣人について早馬を送るか。にしても、獣人共の目的は一体なんだというんだ? まさか西門を攻めた奴らが裏切ることは考えられんし…………ん?)」
いつの間にか、彼は自身の身体が震えていることに気付いた。
どうやら緊張の糸が切れてしまい、今、一気にある感情が押し寄せてきているようであった。
――信じられなかった。
南門を攻める彼の部隊の中には、名の売れた屈強な者がいた。
その者の名はハンセンといい、武器を扱わせれば滞在している騎士を含めてもフルデヒルドでも1、2を争う強者。
自分勝手な傾向があり、癖のある人物であったが、とにかく強かった。
人よりも優れた身体能力を持つ獣人とも対等に戦える姿を見て、彼はこれほどまでに頼もしい存在がいるだろうか、と思ってしまった。
だが、そんなハンセンが負けてしまった。
それも、そのハンセンと互角に戦っていた獣人よりも小柄な体格をしたロン毛――"操緑の獣戦士"と彼は勝手に名付けた――にである。
――正確に言えば、その"操緑の獣戦士"の奇妙な魔法に、だが。
通常の獣人の魔法が『加速』だってことは、魔導師でない彼でも知っている。
だが、"操緑の獣戦士"は謎の緑の物体を操っていたのだ。
一体それはどういうことなのか、魔導師に聞いてみると、『たまにそういうモンスターもいる』、との話らしい。
そのモンスターは『亜種』と言われ、姿は似ているものの、同じ種族のようで全く違う個体なんだという。
簡単に言えば、イレギュラーといったところだろうか。
「(だが、あの魔法は一体何だったというんだ……!!)」
彼の眼では残像でしか捉えきれないスピードで動き回ったかと思ったら、急にその姿を消し、予想だにしていなかったところに現れる、緑の物体。
まさに神出鬼没。
あまり威力はないものの、いきなりどこに出てくるのか分からない、という恐怖は彼らの勢いを完全に削り取っていた。
そのせいで獣人らによる被害も、彼の思った以上に出てしまっていた。
昨日よりも大分静かな夕食後、彼は医療用のテントを潜った。
そして、そのお目当てであるハンセンの容態を軍医に伺い、思わず喉を唸らせてしまう。
「(顔面がこんなにも変形し、あばら骨が何本もやられているとは……。幸い骨が臓器を傷付けているわけではないが、戦場に復帰するのは不可能か……)」
もはやこの戦争は圧勝は当然のこと、と思っていた彼には、大き過ぎるショックであった。
【ルイゼンハルト 東門近隣/クレヴ】
獣人と交代をしながら見張りを行ったのだが、結局その不安は杞憂に終わることとなった。
全く魔導師が襲ってくる気配がなく、また兵が送られてくることも無し。
おかげで充分な休息を取ることが出来たものの、一体どういうことなのか?
妥当なところで目障り程度の俺達を排除するより、ルイゼンハルトという大きな敵を優先したってところだろう。
多分、もう他のところに俺達の情報を回したくらいはしたと思うけど。
そうなると、ただでさえやり難かった奇襲が余計にし難くなってしまった。
……だから、そこまで強く睨まれていないうちに、とっとと一人で逃げ出してしまいたかったのだが。
良く分からないうちに、獣人の中で俺に対する仲間意識が強くなっていて、見捨てられない状況に陥っていた。
もうね、そんなこと言いだせる空気じゃないというか。
――あれは昨日のこと。
何とかこの林まで逃げ果せた後、イェーガーが俺にこんなことを言い出した。
「全員は、助けられなかったな」
俺達は戦争の真っ只中にいるんだ。当然、死傷者は出る。
たまたま戦いが始まる前に離脱出来た俺達には被害が出なかっただけで、もう既に戦っていた南門の獣人まで全員無事なんて、そんな都合の良い現実があるわけではない。
だが、それでも彼らはツイていた方であろう。
戦い方を工夫していたのか、被害だって10名にも満たなかったのだし。
でも、それでも獣人達は眠りにつくまで涙を流していた。
俺達とは考え方が違うのだろう。同じ集落の者は皆家族同然という意識であったらしい。
今回亡くなってしまったのは、戦闘経験の少ない若い連中ばかり。
ある程度年老いた者にとっては、息子みたいに思っていたのだろう。
寝言でああすれば良かった、なんていうのが聞こえてくる程であった。
そんな空気の中で、「俺一人で逃げていい?」、なんて言えると思うか?
木の実だけの質素過ぎる夕食で、
「おめぇはアイツみたいに死ぬんじゃねぇぞ」
と、何人も俺の肩をバシバシ叩いてきたんだぞ?
流石の俺も逃げ出そうものなら罪悪感も半端じゃないだろうし、裏切り者みたいな目で見られることは容易に想像出来る。
しかも逃げ出そうにも、見張りをしていた奴らが頻繁にこちらの様子を窺ってきたし。
本日も俺は命の危険を晒し、そしてスライム達を戦わせなければいけないと考えると嫌になってくる。
こんな辛いことは全部、被虐趣味のある父に降りかかればいいのに。
……まぁ、その被虐趣味も母限定なんだけどさ。
で、現在はというと、俺達は林に自生している木の実やら草やらを食し、早速移動を開始していた。
予定ではもっと早く起きるはずだったのだが、思っていた以上に昨日の疲れが溜まっていたのだろう。
見張りの奴らが、
「良く寝ていたから、もう少し寝かしてやりたかった」
と、起こしてくれなかったせいでもある。
起きてからも動き出すのに時間がかかってしまい、これでは寝静まった早朝にテントを奇襲、という予定が完全に崩れてしまっていた。
これだと『加速』を用いても、再び戦闘が再開されるまでに東門に到着出来るかどうか、ってところだ。
ということで、一応『加速』は温存し、走って移動することになったのだが。
思えばここ数ヶ月で俺は予期せぬ出会いばかり繰り返している。
ダバルとフィリーネさんに初めて会った日に、遊び感覚で村を襲った自称魔王の側近であったり。
どこぞの騎士の報告により向かわされた訓練所で、むさ苦しい男共の中で鈍器を振るい、俺の父が好きという奇特な姫(姉)だったり。
そこでは、ついでに人の皮を被った悪魔である鎧女も付いてきた。
それから、訓練所を追い出された際に、頭のネジが少々イカれている姫(妹)であったり。
極めつけは、本来なら森の奥深くにおり、人に見つからないようにしていた獣人だ。
まぁ今回のことを厳密にいえば、俺は再会ってことになるのだろうか。
――林を抜け出したと思ったら、上空から突如として大きな羽音が鳴り響く。
その音はだんだんと騒がしくなると同時に、数メートル前方の地面に向かって風が叩き付けていた。
根の深くない草を吹き飛ばし、俺達の髪と服をはためかせる主は、自分の姿を見せびらかすようにして、ゆっくりと地面へと下降していく。
「デカい……!!」
俺の知っている知識でソイツに似た生物を当てはめるとしたら、鳥になるだろうか。
全身は白を基調とし、身体が外に向かうにつれて徐々に薄黄緑色に色付いており、とても綺麗な色合いと言えよう。
ただしソイツの場合は羽が三対六枚の翼に、焦げ茶色のゴツゴツとした足が三本。
分類上で言えば、モンスターということになるだろう。
大きさも獣人よりも高く、4メートルくらいはあるんじゃなかろうか。
……見たことのないモンスターだ。
何故このモンスターがこんなところに降り立ったのか、と考えてみれば、思い至る点はいくつかある。
その中でも一番高い可能性は、魔導師達が俺達に送り込んだ敵、といったところだろうか。
取りあえず、油断は出来ない。
「驚かせちゃって済まないね。だけど、襲う気はないから安心してください」
唐突に、モンスターの方から人の声が聞こえてくる。
何だかそれはとても聞き覚えがある、優しげな声。
そんな声の発生源はどうやらモンスターの背中から。
身体を羽毛に埋めていた一人の男が、『レビテーション』を唱え、ふんわりと下に降りてきた。
その男は、声と同じく優しげな笑みが良く似合う、中性的な顔をしていて。
かつては憧れていた、あの長く伸ばしたサラサラの髪は――
「レイオッド、先生……?」
震えた声が、口から飛び出す。
「おや……まさか君は」
細めていた眼を見開き、一瞬驚いた顔を見せるものの、すぐに先ほどよりも深い笑みを浮かべる例レイオッド先生。
「お久しぶりですね、クレヴ君」
「こんなところで再会するなんて、微塵も思ってなかったですけど」
「それはこっちの台詞なんですけどねぇ。
獣人さん達が離れた場所で行動を取っているのが気になって接触したら、元教え子がその中に紛れているとは思いもしませんよ」
フレンドリーな態度で接してくるレイオッドに対し、後ろにいた獣人達が警戒態勢を取っていた。
「……あの男はお前の知り合いなのか?」
「……まぁ、一応先生と生徒って間柄だったかな」
小声でイェーガーが確認を取ってくるも、彼らはレイオッド先生に威嚇をやめることはしない。
「で、先生は一体ここに何の用なんですか? まさかフルデヒルドと……?」
「それは愚問ですよ、クレヴ君。あんな輩と手を組むなんてナンセンスにも程がありますよ」
まぁ、自分でもそれはないな、とは思っていたが、一応確認だけはしておく。
「まさかフルデヒルドの魔導師達からモンスターを解放しに来た、とかですか?」
「えぇ、それ以外に理由なんてないでしょう? で、次はこちらから質問させてもらいます」
「急いでいるから無理……ってのは無しですかね?」
「僕は平等の大切さを君にも教えてきたはずなんですけどね?」
「でも世の中平等じゃないとも教わりました」
「それは、悲しいことにもそうですね。でも僕の質問に答えてくれないと大人しく通す気がないのは分かって言っているんですよね?」
後ろに控えているモンスターを見るに、相当厄介そうな奴である。
一度空に上がってしまえば、こちらの攻撃は届かないのに対して、相手は頭上から攻撃し放題という、圧倒的に不利な状態になると簡単に予測出来る。
あの先生のことだし、モンスターがあの一匹だけ、ということはあるまい。
というか、グルタウロス出されたら、全滅は免れる気がしない。
「はぁ……。分かりましたよ。まぁ、話せば長くなりそうなので、簡潔に説明しますと。
何者かに攫われて奴隷にされたと思ったら、何故か獣人達と生活をシェアさせられた後、今は戦争に強制参加されたところを脱走中ってところです」
「……なんだかそこまでに至る過程が凄く気になるのですが、まぁいいでしょう。
それにしても獣人さん達と仲良くなるなんて、やはり僕の見立て通りですね。そろそろ僕の仲間になってくれませんか?」
「まだ心変わりしてないんで、遠慮しておきますよ。それより、本当に急いでるんで、そろそろ通してくれませんか?」
「いえ、まだ大事なことを聞いてないんで、もう少し待ってください。クレヴ君、君は今奴隷なんですよね?」
「えぇ、まぁ」
レイオッド先生の顔が柔和な笑みから、少々苦々しい顔付きへと変わる。
「ということは、隷属魔法についても知る機会があったでしょう。……あの魔法をかけられたら命令に逆らえなくなるはず、なんですけどね」
この言葉の先は聞かなくとも分かる。
「つまり、何で俺達はその命令に逆らえているのか、と言いたいんですか? 別行動するように命令されている可能性だってあるかもしれないですよ?」
「その台詞を言っている時点で既に可能性から外れるんですけどね。
つい先ほどまで上空で全体の様子を窺っていたんですけど、フルデヒルドの軍勢は馬鹿みたいに正面衝突しかしないんですよね。
数で無理やり押しているって感じでした。で、そんな中君達だけ外れているなんて、おかしいでしょう?
別働隊を出すのだとしても、編成が獣人さん達だけというのも不自然だと思いますけどね」
……やっぱ誤魔化せるはずがなかったか。
多分、他にも挙げようと思えば挙げられる点も先生にはあるだろうし。
「あー、降参です、降参。俺達は命令されて動いているわけじゃないです」
「では理由を教えてくれますね?」
「俺が隷属魔法を解除したんですよ。ほら、俺も召喚魔導師ですし」
「……えーと、クレヴ君? 隷属魔法はかけた本人以外では殺さない限り解除は出来ませんよ?」
あぁ、何か知らぬうちに墓穴を掘ってしまったような気がする。
「上手く穴を突いて脅したり暗殺したりしたのかと思いましたが……。まさか本当に君が?」
「まぁ、そうです。で、でも出来ちゃったもんは仕方ないじゃないですか!」
「いや、でもそんなことはあり得ないはず――」
俺の言葉を嘘だと疑わずに、考え込んでしまうレイオッド先生。
ここで見栄を張りました、といっても信じてくれなさそうだ。
うーん、一応かけた本人でなくとも解除を可能にする理屈は、何となくこれじゃないかなぁ、と思うものはある。
『魔導』の存在と、例の詠唱だ。
魔導はまだまだ未知の性能を秘めている可能性があるし、詠唱だって通常のとは違うってこともある。
けど、先生に可能性を提示しても……面倒になりそうなんだよな。
先生も探究心がすこぶる強い方だから、この説明を始めたら、どれだけの時間が必要になるのやら。
多分この場で原理の追求とかしちゃいそうだ。
だから、ここは口を閉じておく。
それに少し長話し過ぎたせいで、後ろにいる獣人達が苛立ち始めたのもあるし。
「それじゃ、そろそろ行かせてもらいますね」
「ちょっと待ってください。……クレヴ君達は今、逃げてる最中なんですよね?」
「そうですけど」
「だったら、僕のところに来ませんか? 勿論、他の獣人さん達も含めて、ね」
「…………」
なかなかに、いい提案だった。
先生は暗にこうも言っている――もし僕のところに来てくれたら、逃げるのに助力してあげる、と。
命を危険に晒して戦わなくていいというのなら、今すぐその条件に飛びつきたくなる。
俺は逃げられれば、それでいいのだから。
「あーと、その提案悪いんですけど、断ってもいいですか?」
「勿論、その理由は聞かせて貰えますよね?」
「シンプルに、獣人達が嫌がってるから、では駄目ですか?」
……そう、レイオッド先生の提案に乗って嬉しいのは、俺だけだ。
肝心の獣人達は襲いかかりはしないにせよ、今も尚、警戒を解く気配はない。
俺の知り合いだからなのか、それとも今は話すだけで危害を加えられていないからなのか。
胸の内は仲間を助けに行きたい、という逸る気持ちでいっぱいであろうに。
レイオッド先生と俺の都合で、待たされているのだ。
本当に、彼らには申し訳ない。
「クレヴ君が説得してくれませんかね? ほら、仲良さそうでしたし」
「こんなに警戒心剥き出しの彼らを説得なんて不可能ですよ。後それに、俺にも先約もありますし」
「先約?」
「はい――獣人達を住処に返してやるって、約束しちゃいましたんで」
それだけ言うと、レイオッド先生はもうその提案を勧めてくる気は失せてしまったようだ。
ただ、まだ俺に聞きたいことがあったらしい。
「そうですか。それでは、最後に一つだけ質問を。
――クレヴ君、僕がアスタールで起こしたことは覚えていますね」
「忘れられるはずがないですよ……」
レイオッド先生に言われるまでもなく、あの事件のことは鮮明に覚えている。
『人の支配が嫌だから』という理由だけで、化け物と成り果てた"元人間"を作り上げ、それを外に放っただけでなく、グルタウロスまで召喚したのだ。
その結果、多くの人が亡くなり、街や魔法学校は壊れ……そして俺ももしかしたらグルタウロスに殺されていた可能性だってある。
それだけ、大変なことをレイオッド先生は仕出かしたんだ。
さっきから虚勢を張って、平気そうな顔を作ってはいるものの、内心ビクビクしちゃって仕方がない。
あの崩れない微笑は得体が知れず、父との思い出がなかったらトラウマになっていただろう。
「あの時、僕は自分が正しいと信じていました。それは今も変わりません。一部を除いて、人間は悪だと、そう思っています」
レイオッド先生は、狂っている。
普通の感覚で言わせてもらえば、きっとそうだ。
でも、その人の視点によって感じ方なんて千差万別だ。
レイオッド先生から見れば、俺達の方が狂っているように見えるかもしれない。
まぁ、それもあくまで俺の想像。
本当に先生がどう見えているなんて、分かるはずがない。
「多分、これが僕の正義なんでしょうね。正義っていうのは厄介なもので、他の人からだと悪に見えることだってあります。
さて、ここからが本題です。
今クレヴ君は、自分の正義に従って行動していますよね?」
「まぁ……はい」
正義、と言えるのかどうか分からないが、先生の言い方ならイエスと言ってもいいだろう。
まぁ、言葉としては正義よりも信条とかの方が近いかもしれない。
「でも、君を奴隷にした方から見てみれば、せっかく手に入れた自分の所有物が勝手に逆らって、あまつさえ他の奴隷まで逃がしてしまう始末。
……そう考えると、その人から見れば君は極悪人だと思いませんか?」
「んーと、俺は別に善悪の概念なんてどうでもいいんですけどね」
そういうのは、はっきりとしない、考えたって分かるはずのない問いなんだよな。
だから、いくら頭を巡らせようとも、『誰にでも納得のいく答え』なんて出るはずがない。
でも、レイオッド先生はそれを望んでいるんだよなぁ……。
「今の俺は奴隷――人間じゃないんで、自分の行動が正しかろうが間違っていようが、関係ないです」
これが、今の俺に答えられる最高の答えだ。
「ふふ、それが君の答えですか」
まぁ、それでもレイオッド先生は何やら納得したように笑みを深めながら、首肯してくれる。
「じゃ、そろそろ本当に行きますね――」
「おや……?」
もうキリが良かったので、そろそろここから離れようと思った瞬間。
さっきまで目尻を下げていたレイオッド先生が、鋭く目を見開いていた。
何だろう、と俺もそちらを見てみると。
「マジかよ……」
東門の方向に向かって、何やら10メートルはある物体が二足歩行で動いていたのだ。
その姿は人型、といってもそのボディは四角い。
遠くから見ているというのに、緩慢ではあるがその一つ一つの動作から重量感を感じさせる。
「あれは、魔造ゴーレムですか……」
「何であんなところにあるんだ……?」
ルイゼンハルトから出てきた、って訳じゃないから……フルデヒルドの奴らのか!?
でも、あんなに足が遅いとなると、どれだけ前からゴーレムを伏せていやがったんだ。
「ルイゼンハルトから盗み出した物、っていうのが妥当なところですかね」
「……あんなデカいの、盗めるものなんですか?」
父とかだったら、普通に持ち運びは出来そうだが、あの大きさだと目立って仕方ないと思うのだが。
「というか、先生は良くそんなこと知ってますね」
「大人なら独自の情報網ぐらいは張り巡らせてるものですよ」
……当然のように言ってのけるが、そんなことあるはずがない。
つくづくハイスペックな人だと、こんなところでも感心させられる。
「魔導師を一掃するはずだったんですけどね……ここは予定変更するしかないですか」
「ゴーレムの方に向かうんですか?」
「えぇ、一応合同ではありますが僕の作品ですからね。後処理をしに行かないと」
本当、この会話の中で、サラッと凄いことを言いのける当たり、流石としか言いようがない。
「どうやらクレヴ君のお手伝いは出来そうもありませんね。少し名残惜しいですが、ちょっとゴーレムモドキに再開してきますね」
そう言って、レイオッド先生は『レビテーション』を用いて、六枚の羽が生えたモンスターの背中に軽く飛び乗る。
っと、最後に少し言いたいことがあったっけか。
「先生っ!!」
「……はい?」
「――俺、隷属魔法より先に契約魔法を知れて良かったです……!!」
そう叫んだ時には、レイオッド先生は上空に昇って行ってしまった後だった。
果たして、聞こえたのかどうか。
「そろそろ出発してもいいか?」
「おぉ、済まん。いいぞ」
イェーガーから声をかけられた後、俺達は大分遅くなってしまったが東門へと向かうのであった。
【レイオッド】
「くふ、あはははははっ」
レイオッドは空に飛び上がった後、ついおかしくなって笑い声を上げてしまう。
片手で顔を押さえるも、なかなか愉快な気持ちは静まらない。
「(やっぱり君は、最高の教え子ですね!)」
思わぬところでクレヴと再会し、嬉しさがこみ上げてきたと思ったら。
奴隷にされたと聞き、腹の奥底で憤慨し。
獣人と仲良さげにしているところを見て、少し羨望して。
最後に、予想だにしていなかった、教師として最高の言葉を頂いたのだ。
――短時間でこれほど心を充実させてくれる存在が、他にもいるだろうか?
そして、だからこそ魔造ゴーレムなんてものを見てしまったのが、残念で仕方が無かった。
魔造ゴーレムは、少年だった彼が若い頃に造り上げた作品の一つである。
まだあの時は人に対して恨みも少なく、共に造っていた相手もモンスターが好きというわけではないのだが、気に入った人物でもあった。
だから、その作品を嫌いな連中に使われるということは、酷く気に入らない。
思い出を穢される、というのもあるが。
「(何よりあれは紛い物。モンスターじゃない。モンスターは、人間の手で造りだされるものじゃないんですよ)」
だから、自分の手で壊す。
「……ん?」
そして、上空にいたレイオッドは気付いてしまった。
いや、上空にいたからこそ、といっていい。
――ゴーレムが3体もいることに。
「(むしろ、ちょうど良いですね)」
だが、レイオッドは困るどころか、同時に3体も破壊出来ると、幸運に思う程だった。
「(僕達に造らせておいて、危ないからと理由を付けて国に没収させられてましたからね。本当に、今日はツイてるのかもしれません)」
レイオッドは逸る緊張を深く息を吐くことで抑え込むと、
「ウェグリド、まずはあのデカブツのところまで頼みます」
愛鳥に急降下するよう、指示を出す。そして、
「『召喚、グルタウロス』」
鈍い動きをするゴーレムの上に、巨体のモンスターを振り落とす。
「グルタウロス、ウェグリド。今日は久々に暴れまわっても構いませんよ?」
――そして、この日。
レイオッドと彼の使役するモンスターによって、ルイゼンハルトの所有していたゴーレムが残骸と化した。




