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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
フルデヒルド
66/136

16

【ルイゼンハルト 南門/クレヴ】

 ふと、獣人達と並走して気付く。


 『あれ? 何で俺は彼らについていけているんだろう』、と。


 獣人というのは、人間と比べて身体スペックが高い。

 それは単純に筋瞬発力、筋持久力といった筋肉の性能であったり、身体の頑強さや骨の丈夫さ、再生能力だって、そうだ。

 そして、今こうして走っている速度も結構速い。

 多分、常人には不可能な速度で、だ。

 例え鍛えたところで、種族の差というのは大きく、獣人は身体が、人間は脳が発達しているのだが、その域に達するのは難しいとされている。


――つまり、何が言いたいかと言えば。

 俺はもしかすると、人外の域に片足突っ込んでいるのでは、ということである。


 どこぞの脳筋は泣いて喜ぶところだろうが、人外になったことの、どこが嬉しいのか?

 人外って言えば、あの父に近付くことになるんだぞ?

 そう考えると、嫌な気持ちになるものの……まだまだ強くなりたいという相反する気持ちもあって。

 どっちつかずの感情でモヤモヤとしてしまう。


 後、特に走り込みとかやってなかったのに、足が速くなったというのが、よくわからない。

 確かに例の枷のせいで、身体がその負荷によって自然に鍛えられたのは分かっている。

 が、そんなんで足が速くなるものなのだろうか?


 確かに、足が鍛えられて多少は速くなるだろう。

 しかし、それなら常に重装備をしている人は常人より速く動けることになるが。

 しかし、全ての人がそういうことにはならない。

 鎧の重さに常に耐えられる筋持久力こそ付いても、走り込みをしなければ足の筋瞬発力は付かないだろう。

 また、走れば走るだけ速くなるとも限らない。

 それが何故なのか、と聞かれれば、そういう知識がないので答えるのは難しい。

 だが、そうであるのだから、仕方があるまい。

 まぁ、俺の知っている足が速くなる方法といえば、せいぜい命懸けの状況で鬼ごっこを一定期間続けるってくらいだけだ。

 生存本能というのは個人差はあれど素晴らしいもので、危機的状況に陥れば陥る程に力を発揮する。

 まぁ、その分メンタルが疲労してしまうのだが、とにかく効果は高かった。

 ……ただ、俺は二度とやりたくはないけどな。


「見えて来たぞ」


 イェーガーの声に、沈みかけていた気持ちを一旦振り払い、前方を(うかが)う。

 俺の視力では確認出来ないので、やはり獣人というのは五感も人より優れているらしい。


「何か指示があるか?」


 一度指示を出したからか知らないけれど、いつの間にか彼らの指揮権を任せられていることに気付かされる。


「特に……背面から攻撃したら楽かな、ってくらいしか考えてない」


 まぁ、ここら一帯に身を隠すところはなく、奇襲を仕掛けるなんてことは出来ない。

 普通にあちらも俺達の接近に気がついているだろうし、策というには稚拙過ぎだし、せいぜい気休め程度の指針、ってところか。


「目的はあくまで合流だ。だから、いちいち倒す必要もないことを念頭に入れておけよ?」


 そんなに賢くない俺に言えることは、その程度。

 そもそも集団戦闘なんざ、訓練所で数回やった程度だ。

 しかも、その時は下っ端として上からの指示に従って動けば良かった。

 だから、俺には集団戦闘のノウハウなんてありゃしない。

 俺に頼られても困るだけなのだが……どうやら獣人達もそういった経験はなさそうである。

 まぁ、あったとしても何人かで狩りに出て獣相手に、ってくらいか。


「あぁ、後は俺達は数が少ないんで、囲まれないように注意してくれ」


 いざ囲まれたら、後は戦力を一点に集中させての突破、といったパワープレイしか思い付かないので、本当に気をつけて貰いたい。

 いくら力が強くとも、密集状態で動けなくされたら、一巻の終わりだ。

 無抵抗でボコボコにされる運命しか待っていない。


「はぁー……」


 そうやって考えれば考えるだけ、やりたくなくなってくる。

 わざわざ戦場に飛び込む程、俺はバトルジャンキーではないし。

 あまり戦いというのが好きではない。

 常に死のリスクを背負うなんざ、正気の沙汰とは思えない。


 だが……戦わなければ死ぬという、矛盾に似た状況にいる。


 やる気は出ないけど、やらなくちゃならない。

 やっぱ、人生は大変なんだな。

 ……まぁ、十代という若い歳で知らされたくなかったことだけど。

 っと、そろそろ現実逃避を止めて、頭を切り替えますかね。


「んじゃ、いっちょやったりますか」


 随分と近付いてきたせいか、人やら何やらで(うごめ)く集団が目に入ってくる。

 密度でいうなら、もう『押し(くら)饅頭』と呼ばれる、集団で暖を取る方法をやっているんじゃないかって勘違いしたくなるレベルだ。

 周りから削っていくには、結構時間がかかりそうである。


「ん、何だ!?」


 フルデヒルド側の背後から接近したにも関わらず、やはり俺達の存在が彼らにバレてしまう。

 後ろから接近したことから、味方かどうか疑わしく思われているだろうし、ここはそのまま止まらずに突っ込むことにする。

 まぁ、そう判断を下す前に、獣人達は既に行動を開始していたが。


 驚く表情を浮かべる彼ら兵に、獣人は容赦なく手に握る得物を振るう。

 前方にいる敵の存在が、彼らの戦力を分配されているせいか、俺達に向かってくる者は少ない。

 しかも、向かってくるのは後衛の部隊。

 装備なんかは前衛に比べて、断然薄い。だから前衛よりも動きが素早いのだが――俺達は当然もっと速い。

 鎧なんざ着てないし、何より身体スペックが違い過ぎた。

 弓に手をかける兵達だったが、その前に獣人に接近され、長物の餌食に。

 仮に運良く矢を放てたところで……前方で武器を回転させることで撃ち落とされていた。

 と、まぁそんな矢を落とすような芸当が出来るのは他よりも一回りくらい大きな獣人だけで、他は矢をつがえる動作に入った途端に飛んでくる方向を予測して回避しているようである。

 

「もう、俺いらないんじゃねぇ?」


 そう独り言を呟きたくなる程の獣人達の活躍であったが、敵の混乱が収まってくると、そう上手くはいかないみたいだ。

 対応する人数が増えるために、なかなか攻撃に踏み出せなくなっているようであった。

 攻撃をすれば、必ず隙が出来る。

 その隙を突かれれば、一気に不利へと傾くだろう。


 だから、俺も動かなくちゃいけない。

 全く、人間同士の争いだっていうのに、スライム達を巻き込んでしまう自分が情けない。

 罪悪感は、後でいい。

 そんな情けなさを今は抑えつけ、俺は魔導式魔力循環で瞬時に魔力を集め、そして。


「また、頼む」


 動き続け、変化を繰り返す戦場をイメージし、次の動きを予測し、幾重にも重なる模様の魔法陣をイメージし――魔法を発動させた。

 同時に15箇所の、スライム落とし。

 敵の注意が及ばない頭上に、位置エネルギーを得たスライムを降らせる。


「一人外したか、っと」


 そして一瞬の硬直を終え、素早く戻喚(れいかん)魔法を発動させてから、再び召喚魔法。

 今度は自分の足元に集結させる。


「お前、まさか"ソレ"を戦わせる気か……?」


 どうやら目聡いイェーガーが俺の召喚魔法に気付き、心配そうな顔をしてこちらに視線を寄越してくる。

 余所見しているにも関わらず、グレイブを正確に相手に斬り付けるとは、なかなか器用な奴だ。

 ……まぁ、彼が心配するのも分かる。

 だって、スライムというのは"最弱"の代名詞とされているくらいだし、あの軟体ボディは脆く、防御力どころか攻撃力も最低。

 そんな存在が、武器を持った人に勝てるヴィジョンが想像つかないのも、頷ける。


「それは見てのお楽しみだ」


 まぁ俺の場合だと、正直楽しむどころか指示を出す前から冷や冷やしているのだが、ここはスライム達に活躍してもらわねばならない。

 獣人の損傷を出来るだけ少なくするためには、それが一番ベターだからだ。


 さて、先ほどはスライムが弱いとほざいてきたが、それはあくまで一般のスライムの話。

 スライムは知能が低いせいで、自分の身体すら上手く扱えない奴らなのである。


――そう、移動ですらリキッドスライムがやっていたような、あのノロい這う動きしか出来ないくらいに。


「なっ!?」


 俺が指先でスライムに指示を出した瞬間である。

 それは果たして、誰が驚いた声を発したのであろうか?

 その正体は分からないが、その人が驚いた原因なら簡単に予想が出来る。

 何故なら、俺の足元にいたスライム達が急加速したからだ。

――それも、『加速』を用いない獣人よりも速い移動スピードで。


 多大な運動エネルギーを得たスライム達は、それぞれ獣人が対峙している兵の足元へと低空を滑る。

 そして、それを避ける暇があるはずもなく、兵達の足元へとスライムの突進。

 いくら柔らかい身体とはいえ、相当なスピードで突っ込めば、その衝撃はなかなかなものであろう。

 容易に兵の身体を転ばせ、隙を作り出す。

 当然、そんなチャンスを見逃すはずもなく、崩れた兵達を獣人達が蹴散らしてしく。


「よし、次も頼む」


 攻撃の余韻に浸っていることもなく、スライム達を戻喚魔法で回収し、『スライム落とし』を織り交ぜながら、突撃を繰り返させる。


「な、何なんだ、この緑のヤツはッ!!!」


 まさか敵兵は狼狽させられている相手が、スライムだとは思わないらしい。

 そのリアクションに俺はスライムを誇らしく思う気持ちでいっぱいになる。

 正直、戦場でなかったらスライム達をたっぷり自慢したくなったに違いない。


 スライムは弱い。

 仮に彼らの一撃を貰えば致命傷、下手すると生命活動が停止する可能性だってある程に弱いのだ。

 だが、それでも今、スライム達は彼らを翻弄している。

 それというのも、俺の育てたスライムは『這う』のではなく、自身の弾力を生かす『跳ねる』ことで移動しているからだ。

 聞いてしまえば、たかが跳ねるだけだろ? と思うかもしれない。

 が、それが気付かない程にスライムはアホだったりするのだ。

 まぁ、それがスライムの可愛いところでもあるのだけど……その話は一旦置いておくとして。

 

 その跳ねる動作で、身体の弾力を利用しているのだが、これがもう凄い性能を隠し持っていたのだ。

 獣人より速く動けるなんて、同じD級のモンスターでも、なかなかいないのである。

 まぁ、そこまでのスピードに達するために、どれだけの苦労をスライム達が積んできたのも……また置いておく。

 とにかく、スライムは速さを手に入れた。

 

「くそっ、速ェ!!」 


 その速さは碌な人間では視界に捉えきれない。

 矢鱈(やたら)に武器を振り回したところで、その流動体の身体で形を変えて難なくかわしていく。

 そして、そこに俺の戻喚魔法が加われば、まさに回避の鬼と言えよう。


――ただ、火力がないのが難点なんだけどな。


「なんだ、この騒ぎはァ……?」


 順調に事が進んでいるところで、その声の主がテントから出てくるのが見えてくる。

 どうやら仮眠を取っていたのか、周りに(しわ)のある目を擦る姿が少々眠たそうだ。

 しかし、その手にはしっかりとイェーガーのよりも長い丈のグレイブを持っており、少しは戦う気があるようである。


「ワシの出番がもう来たんか? ったく最近の若い連中はだらしないやっちゃなぁ」


 ボリボリと毛の薄い頭皮を掻きつつ、半眼で辺りを窺う中年くらいの男。

 ずっしりとした寸胴体型で、肌がやや浅黒く、そこに太い血管が浮き出ている。

 太過ぎてないんじゃないかってくらいの首の上には、目も鼻も耳も口も全体的に大きなパーツで構成された顔。

 一目見た印象としては、豪快そうなおっちゃん、という感じであろうか。

 半眼の目はやや垂れており、怖い雰囲気は感じられない。

 

「おうおう、こんなに派手に暴れおってからに……と、坊主もそうなんか?」


 出てきたおっちゃんを観察していると、目が合ってしまう。

 どうやら俺は彼の標的にされた様子である。


「いや、違うけど?」


「そんなナリして、何をいいおる?」


「あのー、おっちゃんには、俺が何に見える?」


「そりゃ獣人に決まっとる」


「俺、人間(ヒューマン)亜人間(デミヒューマン)じゃないから!」


「ほぅ、正式な名称を知ってるたァ、獣人のくせして、なかなか博識な坊主だ――で、まさかお喋りに来ただけじゃおるまい?」


「もうドイツもコイツも人の話を聞かないな――ッ!?」

 

 おっちゃんの表情はさっきと変わらず、口元に(しわ)を作り、微笑んでいるのだが。

 ジットリとした殺気がおっちゃんの身体から(にじ)み出て、ガラリと変わった空気に鳥肌が立ってしまう。

 今更こちらに敵意はないと、両手を天に向けたところでもう遅い。

 完全に、敵として認識されてしまったようだ。


「手伝う、か?」


 そんな中、俺に近付いてくる大きな影が一つ。

 ハルバードを軽々と肩に背負ったボンデッドさんだった。


「そっちは大丈夫なのか?」


「お前の方が、大丈夫じゃないと、思ったから、来た」


 こんなところで友情を感じさせる言葉に、少し目頭が熱くなってしまう。


「これまたデッカいのが来たかぁ。上等――ッ!!」


「グルルルッ!!」


 唸り声を上げると共に、ボンデッドさんがおっちゃんの元へと駆け出していく。

 走る勢いに乗せて、上段からハルバードが振り下ろされる――が、おっちゃんは難なくそれをいなす。


「お返し、なッ!」


 おっちゃんは素早く手首を返すと、今度はコンパクトな振りでグレイブの刃がボンデッドさんの(のど)元へ走る。

 だが、刃が到達する前にボンデッドさんは後退し、距離を取ることでそれをやり過ごす。

 そして、一拍も置かず、互いの長物の打ち合いが始まった。

 力強く振り回すボンデッドさんに対して、おっちゃんは見た目に反して流れるような動きでそれを対処していく。

 獣人との力の差が分かっているからか、決して正面から受け止めようとはせずに、グレイブの柄を滑らせて上手く力を逃がしている。

 そこからボンデッドさんに隙が出来たと思った瞬間には、すぐさま攻撃に転じるところなど、敵ながら見事としか言いようがない。

 伊達に歳は食ってはいないといったところか。

 だが、ボンデッドさんもおっちゃんには負けていない。

 持ち前の身体能力の高さと野生の勘で粗い腕前ながら、おっちゃんのグレイブを自身へと届かせない。

 そして、どちらも決め手がないままに、何度かの打ち合いで、お互いに距離を取った。


「やりおるなァ……、ワン公……、ちょいと息が切れてきおったわい……!」


 短時間で相当な運動量であったのであろう。

 おっちゃんが荒い呼吸を繰り返すが、ボンデッドさんはそこまで呼吸を乱していなかった。


「今って相手が弱ってるし、チャンスなんじゃないのか?」


「いや、その慢心を、奴は、狙っていると、思う」


 鋭い視線をおっちゃんから外そうともせずに、ボンデッドさんはハルバードを前方に構える。

 実力が均衡している二人。

 なかなかいい勝負をしていると思うのだが……ちょっと時間がかかりそうである。


「あー、途中で悪いけどさボンデッドさん。相手変わってくれないか?」


「……奴は、強いぞ?」


「まぁ、何とかしてみる。――それよりも、ちょっと救出が遅れているみたいだから、そっちの加勢に行ってくれないか? 密集してて俺にはどうすることも出来なさそうだからさ」


「…………分かった。気をつけろ、よ?」


 目的優先だということで、ボンデッドさんが渋々ながら頷いてくれる。


「助けに来てくれて、あんがとな」


 感謝の言葉を戦場に飛び込んでいくボンデッドさんの背中に投げかけた後、おっちゃんの方へと顔を向ける。


「今度は坊主が相手か……? "アレ"と戦った後だと余計に弱っちく見えおる」


「まぁ、実際に俺は弱いしな。それより、相手代わっちゃって悪いな。そっちは疲れてんのにさ」


「何を言うか坊主。ようやく身体が温まってきたばかりに決まっておろう……! それよりもこれから弱い者虐めをしなくてはならないと思うと、寧ろ胸が痛むくらいだわ」

 

 唇を歪めて軽口を叩くおっちゃんは、確かに息が切れている。

 だが、それでもおっちゃんは俺を相手にするのに問題ない、といった顔をしていた。 

 まぁ、それというのも、こちらとの力量差でいえば相手の方が上だからだ。

 多分、正面からぶつかり合っても、勝てる可能性は殆どないと言ってもいい。


「なぁ、今って戦争してんだよな?」


「まぁそうだが……それがどうかしたとでもいうのか?」


「だったら、戦争に卑怯もクソもねぇよなっ!!」

 

 俺は駆け出すのと同時に、おっちゃんの後ろに回り込ませていたスライムに合図を出す。


「うぉっ!?」


 狙いはちょうど相手の膝裏。スライム2体の体当たりだ。

 おっちゃんは俺が指示を出した瞬間に、背後からの存在に気付くものの、その対応は追いつかなかった。

 流石に凄腕とはいえ、向かってくる相手が人間だと思い込んだ時点で、既に防御は失敗したも同然である。

 何故なら、それは足元を駆けるスライムだからだ。

 物の見事にスライムがおっちゃんの足にインパクトし、彼の体勢が崩れ始める。


「なんのこれしきィッ!!」


 だが、ここぞという時に踏ん張りで転ぶのを堪えようとするが――


「もういっちょ、行け!」


 もう一体の伏兵(スライム)を、おっちゃんの背中へとぶつけ、ついに身体が前へと傾く。


「まともにやったら勝てないんで、悪いなおっちゃん」


 無防備な姿を晒すおっちゃんの頭を両手で抱え込むと、そのまま顔面に飛び膝蹴りを叩きこむ。

 手で押さえたことにより、衝撃がおっちゃんの頭から逃げないため、なかなか大きなダメージを与えることが出来ただろう。

 その証拠に俺の膝へと頬骨のゴリッとした堅い感触が伝わってくる。

 まぁ、流石にある程度力を抜いたので、頭蓋骨を粉砕とまではいってないっぽい。


 膝が決まった後、すぐに手を離し崩れゆくおっちゃんの腹に駄目押しの一撃。

 右足を強く踏み込み、肩から肘、肘から掌へと力を伝達させ、掌底を思いっきり押し込んだ。


「あぁー……」


 自分でやっておいて何だが、思った以上におっちゃんの身体が吹っ飛んでいく。

 大体20メートル以上はノーバウンドで滞空していたであろうか、そのまま背中からテントに突っ込み、そして沈黙。

 骨組みが壊れてしまったが、幸いにもこれはテント。

 屋根の機能を果たしていたのは布であり、おっちゃんの上に降ってきた落下物としては、そこまで危ない物ではないだろう。

 おっちゃんの顔面が頬の辺りが変形している以外、特に目立つ外傷もないし、死んではいないだろう。

 まぁ、このおっちゃんは珍しいことにボンデッドさんと正々堂々と真正面から戦っていたからな。

 いくら『勝てば官軍、負ければ賊軍』なんていう言葉があるとはいえ、こういう人を殺すのは申し訳ない。

 

「うぅ……」


「そぉい!」


 まさかのおっちゃんが意識を取り戻そうとしていたので、腹に体重を乗せた足を振り下ろしておく。

 そして再び気を失ったことを確認し、ようやく張り詰めていた緊張の糸を(ゆる)ませることが出来た。


 中年相手にやり過ぎな感じが否めない気もするが、自身の技量の無さだと、このくらいやらねば勝てないんだよなぁ。

 一瞬躊躇ったせいで命を落としそうになったことなんて、何回あったことか。

 とにかく、相手に気を遣って戦うなんざ、強い奴にしか出来ないと思う。


「さてスライムには、もうひと頑張りして貰いますかね……」


 こんな目に遭わせてゴメン、という言葉を奥歯を噛み締めることで堪え、再びスライム達に獣人のサポートに向かわせる。

 幸い、俺達とは違ってスライムは疲労することがない。

 その理由は例の不可思議な身体のおかげなのだが、その理屈は判明していない。

 調べる者が滅多におらず、また既存の物質とは違った法則で成り立っているらしく、全くの謎なんだという。

 傍目から見れば、緑がかった透明な液体なのだが、何と人間でいうところの五感に近いものが備わっているのである。

 目や耳といった器官がないというのに、だ。


 視界は360度、死角は無し。

 だが、レイオッド先生によれば、スライムは映像として物体を捉えるのではなく、ただ周りにどんな形の物があるのか把握しているだけらしい。

 人間でそれを例えるのなら、目を瞑った状態でも物がどこにあるか分かるって感じか。

 ただ漠然と何の根拠もなく絶対に当たる勘、というぐらいの例でしか説明出来ない俺の低スペックな脳が恨めしい。


 後、スライムには人のようにそれがどんな物なのか『判別』は出来なかった。

 それというのも、スライムは人と違って物を分類しようとしないからである。


 例えば目の前に机と椅子があるとしよう。

 これをもしスライムが目(?)にしたとしても、両方とも『ただの物体』としか認識出来ない。

 机と椅子の形が違うというのは理解出来ても、ただそれだけだ。

 人みたいに道具の用途なんて考えていないだろうし、当然のことと言える。

 

 だから、物を判別させようとした時は結構苦労したことを良く覚えている。

 自身に向かってくる物に対しては、危機察知能力があるためか、比較的簡単に認識させることが出来たのだけど、指示した物に攻撃させるのにはなかなか難しかったのだ。

 言葉による指示だと、まずその言葉を覚えさせるところから始まる。

 まさか家の本棚に置いてあった育児の本がこんな時に役に立ったとは、人生分からないものだな、と思わされたものだ。

 まぁ、それだと膨大な時間が必要となるために、新入り達には簡単なハンドサインしか教えていない。

 ハンドサインなら他のスライム達のを模倣させることで比較的に早く習得させることが出来た。

 いずれは時間をかけて言語の理解の続きをさせようとは思っている。

 ゆっくりだけど、知能面も発達させられるし。

 ……あぁ、後あまり関係ない話だが、スライムが一番早く判別してくれたのは、俺かそれ以外の障害物か、というものだったりする。

 魔力を感知する能力が関係しているのかは知らないが、『スライム成長記録』の中でも1、2を争う嬉しいエピソードである。


 さて、お次はスライムの聴覚というと。

 音波を全身で感じ取り、その時の身体の振動で理解する、といった仕組みらしい。

 音での判別はというと……確認は出来ていない。

 俺の声は記憶してくれているらしく、前にリアナが俺の声真似でスライムに指示を出したのだけど、ガン無視されてことがあったっけ。

 だから、人なんかよりも優れているんじゃないかって思う。

 最近だと、心の中で『スラさん』と呼んでいる個体に、地震予測なんかをさせようとしているところだ。

 まぁ、何気ない近くの振動もキャッチしてしまうために、的中率は低いものなんだけど……。

 また、耳自体がないことから三半規管もないらしく、召喚、戻喚を連続で繰り返しても酔ったりしない。

 にも関わらず、バランス感覚があるっていうのだから、不思議でたまらないのだが。


 後は……スライムに嗅覚はない。

 気体の発する臭いに特にリアクションなんか取らなかったし。

 そもそもスライムは生物っぽいのに、呼吸を必要としない。

 やろうと思えば、体内に気体を取り込むことが出来るのだが、特にそれをしてメリットがあるというわけでもない。

 せいぜいリイムに火で燃やした際に発生した気体を取り込ませた時に、体内に気泡が出来た程度である。


 味覚も多分嗅覚と同様に、あまりないのではないかと思われる。

 どんな物でも体内に取り込もうと思えば出来るのだが、ただそれだけ。

 消化機能はないし、不純物が体内に入るだけって感じなのかもしれない。

 後、例え体液と混入物が混ざり合ったとしても、やろうと思えばそれだけ排出、なんてことも出来る。

 その際は一気に吐き出す、というのではなく、全身から汗のように(にじ)み出てくる感じに近い。

 

 最後に触覚だが、まぁこれは特に説明はいらないだろう。

 強いて言うなら、言葉なんかを教えるよりも数倍早くその物体の感触を記憶出来る、といったところだろうか。


――と、ここまでスライムについて調べ上げてきた結果を心の内に長々と吐き出していったのだが、要するに『スライムって不思議で凄い』と言いたいだけである。

 それが他の人間には理解されないのが、悲しいところなんだけどな。




「合流、終わったぞ」


 周りの景色が夕焼け色に染まっていく頃に、ようやく南門の獣人との合流が完了したと、イェーガーから声がかかる。


「よし、もうここには用は無いな。さっさとずらかるぞ!」


 そろそろ夜も近付いていくために、戦争は一時的に中断される。

 というのも、辺りが暗くなってしまえば仲間の判別がつかなかったり、敵の姿が見えなかったりと、戦争どころじゃないからである。

 明かりをつけたところで、それは一部のみしか照らせないし、暗い中では格好の(まと)となる。

 だったら、一時手を止めよう、というのが戦争時の暗黙の了解になっているのだ。

 まぁ、夜目の効く奴が忍び込んで暗殺、なんてことも無くは無いが、それは互いにそれは知っているだろうから、あんまり成功した例はない、と父から聞いている。

 ……というか、何で父はそんなことを知っているのか、と前に問い(ただ)したが、はぐらかされたからなぁ。

 

 まぁ、とにかく戦争が一時中断されると、当然魔導師も戦闘を止める。

 そうなれば、俺達が発見されると非常に(まず)いことになるとは、少し考えれば分かることだ。

 だから、どこかに身を隠さねばならないのだが……街中は論外だし、妥当な線だと少し離れた所にある林に身を隠すのがいいだろう。


 

タイトル詐欺レベルに出番が少なかったスライムが久々に活躍。

そして、クレヴが久々に勝利。


冷静に考えてみると、いくら努力型とはいえスライムの成長具合が半端ないですね。

苦し紛れに、クレヴの深い愛情が為せる業ということにしておきます(汗


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