14
【クレヴ】
日が沈み、月の光が地面を照らす頃。
まさか、ここまで変に予想が当たるとは、と思わされていた。
馬車が向かっていたのは……何とルイゼンハルトへ、であったからである。
といっても、かろうじてルイゼンハルトが目視出来るところで馬車から降ろされたのだが。
それも、俺達だけでなく、魔導師や兵達までも、とにかくここに向かっていた全員が、である。
後、フルデヒルドを通過する際に他の馬車とも合流したせいで、かなりの量の人間がこの場に集まっていた。
一体どうしたんだ、と思っていると、ピリピリした様子で兵から指示が飛んでくる。
「奴隷共っ、この馬車にテントを詰めてあるから、さっさと組み立て作業を始めろ!」
街が近くにあるというのに、何でこんなところにテントを建てなければいけないのか。
不満が独り言として漏れ出しそうになるが、なんとか抑える。
一応、俺と獣人は彼らの指示に逆らうことが出来る。
が、今逆らってもメリットがない。
逆に隷属魔法が無効化されているとバレたら、面倒なことになりそうだ。
ここで暴動を起こしても、魔導師がいるし、数の差があるので、どう足掻いても鎮圧されるだろう。
獣人達も渋々ながら作業を始めたので、俺もそれを手伝うことにする。
彼らから用意されたテントは、随分と広いものであった。
ただ高さはあまりないために、獣人だと頭がギリギリ付くか付かないか程度しかない。
用意されていたテントの数はだいたい50近く。
それも全部密接してではなく、2つくらいを固めて点々と設置するように指示された。
何だかルイゼンハルトを中心にして、囲むように並べているのは、気のせいではないだろう。
それに、次々に指示内容が追加されるもんだから、途中で放り投げそうになったことか……。
ケチってんのか知らないが、松明に明かりを付けることも許されず、暗い中での作業。
細かいところはよく見えないので、結構戸惑っていると、遅いだ何だと途中で合流してきた連中に文句を言われるし。
まぁ、それでも人手は多かったので2時間とかからずにテントは張り終えた。
で、張り終えたら、今度はテント内部に積み込んでいた荷物を入れていく。
立派な装飾をされたテントには、大きな円卓だったり、現地での組み立てを想定された簡易な椅子、白く着色された板に、掌サイズに加工された黒鉛など。
白一色のシンプルなテントには、寝床となる筵という藁で編んだ敷物に、包帯や傷薬などの治療道具、新品の細いナイフが。
肌色のテントには、食器や乾燥させたりして日持ちしそう食糧に水、酒を樽に入れて運びこんだ。
そして、灰色のテントには物騒な物が多数。
剣に槍、弓矢が多くを占めたのだが、中には大きな鎚にメイス、ハルバードなんてものもあった。
そして、一番謎であったのは……掌サイズの布に包まれた物体。
これも武器としてカテゴリーされるのか、と疑問に思ったのだが、彼らからそう指示されたのだから、納得する以外に他はない。
そういや、この物体を取り扱う時は注意しろ、とも言われていたっけ。
割れ物だったりするのであろうか?
……と、こんな感じの作業をさせられて、これから一体何をおっぱじめようとしているのか。
まさかどこか――例えば近くにあるルイゼンハルトに戦争でも仕掛けようとしているとか……?
なんて、どこぞ書物にあるような物語じゃあるまいし、それはないか。
せいぜい、ここいらで大量発生したモンスターを駆除するのに援軍を要請された、とか。
……でも、仮にそうだとすれば野晒しなところにテントを建てるより、普通は街の中に入るだろう。
時間が遅いとはいえ、まだ酒屋なんかは開いているところもある。
ただ、この人数で押し掛けて全員分の宿を取ることが出来るかは分からないが。
「お前らは見張りをやってもらうからな」
そういって、口しか動かしていなかった連中が設置が完了したテントの中へと消えていく。
取り残されたのは、奴隷とされている人間と獣人、そして塩漬けされた干し肉だけ。
わざわざ人間と獣人とで分けられているようで、数が多い方が身体の大きい獣人用らしい。
で、ここでも何故か獣人と同じ場所で食わされる羽目となった。
何か良く分からないが、人間達の俺を見る目があの兵と同じく「お前はこっちじゃねぇだろ」という目だったのだ。
いくら昔から仲間外れに慣れているとはいえ、これは酷いと思う。
俺達は同じ境遇にいる仲間だっていうのに。
……だから、お返しとばかりに、少し離れた場所にある小川で干し肉の入っていた樽に水を汲んできて、獣人達にしか分けてやらないつもりでいたのだが……。
まぁ、そこに帰ってきた時には、皆疲れてしまったのか、もう既に地面に寝転がっていて、悔しがる姿を見ることは叶わなかった。
「おいおい……見張りはどうするんだよ」
仕方なく俺は水をガブ飲みしつつ、一人不寝番をすることとなった。
テントの方からは陽気な声と食器がぶつかり合う音が聞こえてくる。
死んだように静かに眠るこちらとは大きく違い、少しおかしくなってしまう。
――あぁ、理不尽だなぁ、と。
努力は必ずしも報われるわけではない。
楽して甘い汁を吸う奴なんて、ごまんといるんだ。
「今なら一人で逃げ出せるかな……」
ポツリ、と独り言を漏らす。
一人ぐらいいなくなったところで、誰も騒ぎはしないだろう。
今なら、誰も見てやしない。
逃げる絶好のチャンスだ。
「でもなぁ……」
身体に付いている枷が非常に重くて邪魔で仕方がない。
この枷は相当頑丈な物質で作られたようで、俺の力では到底壊せそうにない。
仮にここで逃げ出したとして、この枷は今後の生活に支障をきたすのではなかろうか。
そう考えると、下ろした腰が重たくなる。
……テントに忍び込んで、鍵を奪取するか?
いや、しかし見つかった時のリスクが大きいし、第一鍵を持ってきていない可能性もある。
「あっ……」
今の状態だと走ることさえ出来ないことに気付き、今更ながら鳥肌が立ってしまう。
平然な顔して水を汲みに行っていたが、これでもしモンスターと遭遇でもしていたら……。
あぁ、モンスターの危険とは無縁の生活を送っていたせいで、頭が少しお花畑になっていたか。
そうなると、今のままじゃ脱走という選択肢は選べないな。
では、どうするべきか。
今のままじゃ、脱走は出来ない。脱走するにはこの枷を外す必要がある。
壊すのは……多分難しい。
炭坑に潜っていた時、色々な鉱石やら壁やらに叩きつけてみたが、傷一つ付きやしなかったのだ。
とてもじゃないが、物理攻撃で壊れる気がしない。
そんなこと出来るのは……多分父くらいなものだろう。
ただし、枷が壊れるよりも先に俺の腕が破壊される可能性の方が高いかもしれない。
なら、この枷を壊せないのならば、溶かすのはどうだろう。
これも一応金属っぽいし、熱すれば液体化するに違いない。
そうじゃなきゃ、枷として加工することは適わないだろう。
……でも、その前に腕が焼失しちゃうかもしれない。
なら魔法抵抗を利用する……にしても俺には火系統の詠唱魔法は使えないし。
それに腕が大丈夫だとしても、痛いのはパスしたい。
じゃあ、外す……として、正攻法に鍵を使うのはどうだろう。
まず確実に外れるだろうし、一番安全な方法だと言える。
ただし、その鍵が誰が持っているか不明。
テントに潜りこんで探す、なんていうのは現実的ではない。
彼らに見つかった時のリスクが大き過ぎるだろう。
それに……この場に持ってきていない可能性だってあるのだ。
豪邸に置きっぱなしにでもされていれば、テントに侵入するのは無駄となる。
ここで豪邸に戻る、というのも考えられない。
これは脱走の時と同じく、敵に襲われた場合に対処出来る気がしない。
……まぁ、スライム達に何とかしてもらう、なんてことも思いついたが、俺が足手まといになるのは申し訳ないし。
だから、鍵を使うという考えも無しだな。
じゃあ、書物で見た情報だが、関節を外して枷から抜け出す、なんて方法があったっけ。
……でも、いざやってみようとしても、うまく外れない。
まぁ、やったことなんてなかったし、これも無理か。
んー、だとすると、ここに残るしかないか。
じゃあここに残るとして、一体何が起こる?
テントに大量の食料があるってことは、ここに留まるってことになる。
で、治療道具に武器、そして円卓なんて物まであるし……やはり俺の貧困な発想力で考えられるのは、戦争ってことになるんだけど。
でも、彼らに戦争を吹っかけるメリットがあるのか?
まさか、ルイゼンハルトを手に入れたい、とかなのか?
っと、仮に戦争を起こすとしたら、なんていう動機を考えても分かるはずないか。
「あー……」
もう考えるのが面倒になってきた。
多分明日になれば分かることだ。うん、きっとそうに違いない。
考えるのは明日に回すとして、俺ももう寝るとしますかね。
見張りは……もうどうでもいいや。
怒られたとしても、その時は全員だろうし、全員に罰を与えるとすれば手がかかり過ぎるだろうし。
まぁ、良くて口頭で叱られる程度であろう。
後、寝る前に気がついたことが一つ。
隷属魔法は睡眠状態にある場合には、効かないのかもしれない。
現に、こうして命令に逆らっている。
んーと、仮説を立てるとすれば、脳もしくは身体が命令を受け付けない状態になると、効果がないってことになるのかね。
【???】
そんなフルデヒルド勢の気の抜けた様子を、遠く離れた位置から見ている男がいた。
偵察兵としての彼は、これまでの退屈な時間がようやく終わると、喜びを感じていた。
これから戦争がルイゼンハルトに仕掛けられるというのに、やや不謹慎とも言えるだろう。
「(これでようやくこんな生活ともオサラバだ……!)」
ルイゼンハルトの外で身を隠しての野宿生活。
初めのうちは、仕事もせずに横になっていられる楽な仕事だと彼は考えていたのだが……退屈がこれほど辛いものだとは、思ってもみなかった。
それに現在は寒い季節であるのに、場所がバレてしまわないようにと焚き火など火を用いることが出来なかったのも、彼には苦痛だった。
いくら重ね着やら厚着やらをしても、風に煽られれば身体は冷える。
火を使えないということで、温かいものも腹に入れることも出来ない。
そんな辛い日々も、今日で終わり。
そう考えれば、彼の気分も高揚するようで。
音が鳴るのも気にせず、背の高い草からガバッと起き上がると、手早く撤収作業へと移る。
一刻も早く帰りたい。
そう気持ちが焦っていたのだろうか――彼が近づく気配に気がつかなかったのは。
「あぐがっ……」
背後から何者かの手が彼の首を掴み、その位置をズラした。
強引に、本来なら曲がらない方向に曲げられた彼の首から骨の折れる音が鳴る。
彼は上げたくとも上げられないうめき声を出しながら、もがき苦しみ、絶命した。
「これで最後……か」
死体となり果てた彼をしばし見つめた後、仮面をつけた男がそう呟いた。
その正体は同業にすら明かすことがない、謎の集団。
正式名称などはなく、金さえ貰えば大抵のことはこなす。
今回の依頼には『依頼主に不利益となる情報を外に流れないようにすること』。
そう事前に手を打っていたからこそ、こうしてフルデヒルドの彼らは気を抜いていられていたのである。
「(あちらの偵察はもういないか……。ここまでだな)」
依頼主は羽振りが良く、大金を積んで彼らに頼んできたが、彼らはオーバーワークするつもりはない。
つまり、戦争に参入しようとは、思っていなかった。
尤も、フルデヒルドの戦力に加われと言われても、彼らは決して承諾はしなかったが。
というのも、彼らの技能はもっぱら暗殺向きなためである。
単独で正面から挑もうとすれば、彼らはそう強くはない。
それに戦争というのが、身分が上の者の我儘のために下の者が命を投げ捨てているように見えてしまう彼らには阿呆らしく思えるのだ。
全身を黒に包んだ彼は、周りの闇に溶け込むようにして、そっと姿を晦ますのだった。
【ルイゼンハルト 北門】
「来ました、奴らですっ!」
まだ肌寒い早朝に、城壁の上に立つ若い騎士の声が響く。
その男の見つめる先には、うごめく人の波がルイゼンハルトの方へと向かってきている姿があった。
その波は横にだけでなく、縦の方にも厚い。
「よしっ、何人か仮眠中の奴らを叩き起こしてこい。残りは各自戦闘配置につけっ!」
派手な鎧を身に纏う、騎士団団長ミハエルが高らかに叫ぶ。
その声に一部が慌ただしい様子で準備を済ませていき、隊列が作られていく。
「開門っ!」
大きく重圧な門が金属の擦れる音を辺りに撒き散らしながら、その口を大きく開く。
「いいか、この時だけはお前ら冒険者も俺の指揮下に入る。勝手な真似して、足引っ張るなよ?」
ヘラヘラと挑発するような笑みを浮かべるミハエルに、義勇軍として集められた荒くれ共が喚く。
「そう言われたくなきゃ、一人でも多くの敵をぶっ殺しやがれ」
もはや高貴な騎士が言わないようなセリフを吐き捨て、ミハエルは敵の方へと見据える。
敵の数は……だいたい北門に配置された倍程度の人数がいるであろうか。
ただ、そんな人数を前にしてもミハエルは顔を緩めたままにしていた。
というのも、確かに人数は多いのだが……明らかに防具を身に着けていない連中がその中に多く存在していたからである。
「(ありゃあ、捨て駒として奴隷共も引き連れてきやがったな)」
一応、武器として飾り一つない貧相な槍を手に持っていることは確認出来たものの、武器に慣れていないのが見え見えだった。
いくら数が力とはいえ、素人集団が普段から武器を扱っているこちらと戦闘したところで、ミハエルには大した脅威には感じられなかった。
「(そこを崩しちまえば、後は楽勝だな)」
「報告、つい先ほど東門の方でフルデヒルドと戦闘が開始されました!」
「そりゃあ、そうするだろうな」
フルデヒルドはルイゼンハルトから見て、東北に位置している。
だから北門と東門に分けて攻め込んできても、全く不思議ではない。
「報告、南門でも戦闘が開始されました」
「報告、同じく西門も奴らが攻め込んできました!」
「(オイオイ、マジかよ……)」
門のある四方向からの一斉攻撃。
近衛隊隊長であるフリーデンがそう予想したのを会議で強引に通し、4つの門に戦力を配備したが、まさか本当にそんなことをしてくるとはミハエルには到底考えられなかった。
「(あの老いぼれフリーデンがアホみたいなことを言ってやがったが、相手がアホだって想定してたってのか?)」
フリーデンの采配にミハエルはほんの少しだけ感心するも、すぐに目の前のことに意識を切り替える。
「さぁて、楽しい殺し合いの始まりだァ!」
【ルイゼンハルト 東門】
「これは拙いな……」
東門で指揮を執る騎士団副団長のジェフ・クリスターが重い息を吐いていた。
彼がそう暗い顔になるのも当然のことで、東門に攻めてくるフルデヒルド軍の連中の5~6割が痩せこけた奴隷で構成されていた。
だから、上手く立ち回れば被害は少なくて済むだろう、と推測していたのだが。
いざ蓋を開けてみれば、相手の方が圧倒的な優位に立っているではないか。
それというのも、全てはフルデヒルド軍が急ピッチで開発した新兵器によるものであった。
その新兵器の構造はというと、至ってシンプル。
発火石と爆裂石を薄い布で包んだもの。それだけだ。
使用方法もとても簡単で、敵に向かってそれを投げつけるだけでいいのだ。
後は衝撃により発火石から炎が発生し、その炎によって爆裂石が爆発を起こす。
その際に巻き起こる爆風の殺傷能力はあまり高くないものの、せっかく組んだ陣形がいとも簡単に崩されるのだ。
おかげで、ルイゼンハルト側は弓矢で点による攻撃しか出来ないというのに、フルデヒルド側は範囲攻撃に加えて、数の多さを利用してルイゼンハルトと同じ量の矢の雨を降らすことも出来る。
確実に、フルデヒルドに押されている。
ここで魔導師達に一気に流れを変えたいところであるが、それも不可能なことであった。
何故なら、相手にも魔導師がいるからだ。
魔導師というのは、普通の兵士では到底持つことが敵わない火力を持ち合わせている。
だからこそ、両者とも魔導師には警戒しているため、上空では互いに魔導師同士で牽制し合っているのだ。
そういうわけで、魔導師達に助けを求めることは出来ない。
仮に助けを求めようとしても、隙をつかれてこちらの魔導師達がやられてしまう。
だから、どうにかしてこの状況を耐えなければならないのだ。
「キツいが、ここで踏ん張らないとな……」
――余談として、フルデヒルドの新兵器がお粗末な出来についてであるが。
この発想の元はクレヴが畑を焼き払ったところからきている。
誰にでも思いつきそうなものであったが、現地にいる彼らは頭を使わない生活を送っていたために、そんなこと考えなかったという。
その日からその兵器の生産に入ったために、ここまで戦争が遅れたとか。
で、あまりにお粗末な見た目については、ある技術者が実家に帰ってしまったためだった。
【ルイゼンハルト 南門】
南門でも東門と同じくルイゼンハルトはフルデヒルドの勢いに呑まれていた。
だがしかし、それは新兵器が投入されていたからではない。
数が北門、そして東門よりも遥かに多かったからである。
「くそっ、キリがねぇ!」
義勇軍として参加した兵士達が、次々に敵を切り伏せていくのだが、一向に数が減っている気がしなかった。
敵はあちらの兵士に、奴隷、そして数多くのモンスターが流れ込んでくるのだ。
ただ、幸いにして数が多い割に、それぞれ個体としての強さは弱いといってもいい。
モンスターにしてもD級しかおらず、フルデヒルドの数合わせという意思が透けて見えるほどであった。
「こんな時、あの『鬼兵』さえいれば……!!」
一人の兵士が叶わぬ願いを口にする。
確かに、彼の言う『鬼兵』という人物がいれば、この戦況をひっくり返すことが出来る。
たった一人で多くの数に勝てるものか、と普通なら思うだろう。
が、『鬼兵』ならば、それをやってのける。
過去に文字通り一騎当千を成し遂げ、剣を一振りしただけで十数の敵を屠れる彼がいさえすれば。
しかし、いくら願おうともこの戦場に『鬼兵』が来る、という奇跡は起こらない。
『鬼兵』は、あの近衛隊隊長のフリーデンが応援を要請しても来なかったのだ。
……まぁ、尤も『鬼兵』自身がその要請に断ったのではなく、彼の仲間が断ったからなのだが。
その断った理由としては、『モンスターの繁殖期っていう忙しい時期に、あの人無しでやってられっか!!』、というものである。
『鬼兵』が現在いるとされているザビウスは、この島でも強い部類のモンスターが多く生息している。
そんな場所で繁殖期が起きようものだから、手が足りないのはザビウスも同じことなのだ。
もはや国家の危機が訪れようとしていようが、そんな余裕を回す暇などない。
それでもフリーデンが粘りに粘った結果としては、ザビウスの屈強な兵士50人と招集するということになった。
大変優秀な人間を1人抜かれるより、50人を寄こす時点で、『鬼兵』と呼ばれる人材がどれほど凄いのか、良く分かるであろう。
「仕方あるまい、あの魔導師達を投入する」
と、この南門の指揮官が言うが、これはあくまで予備戦力としての人材。
戦闘経験の少ない魔法学校の生徒のことを指す。
「義勇軍、兵士、騎士は一時撤退。魔法で一気に殲滅する」
「「「「「ブラスト」」」」」
前線にいた戦士達が後退し、それに追随してくる敵に対して。
指揮官の合図の後に、大規模な炎の波が放たれる。
その炎の波は敵を飲み込んでいき、その勢いを削いでいく。
「よし、もう一度前線を張り直す」
そして、控えていた第二陣をここで早くも投入し、敵の勢力の押し返しに計る。
「(あー、私達は結構チマチマとした出番なのね、これ)」
魔法学校の生徒の一人、ルシルは少し胸を撫で下ろした。
彼女は戦争だというから、常に戦ってなければならないのか、と思っていたが、そんなことはないようだ。
指揮官が、彼女達みたいなまた未熟な魔導師を投入するのに渋る理由。
それは、彼女達に魔力のペース配分が熟練の者達に比べて杜撰過ぎるからである。
魔導師達が保有する魔力にも、限度というものがある。
おいそれと大規模な魔法を連発していようものなら、すぐに魔力切れを起こしてしまうであろう。
そうなれば、魔導師は役に立たない、邪魔なお荷物へと変貌してしまう。
だから、いざという時のタイミングまでは、彼女らを使わないのが定石。
「(それでも私には、まだまだ余裕があるけど……)」
ルシルは隣に並ぶ仲間達に目を向けると、慣れないことで余計に力を込めてしまったからか、もう疲れた表情をする者までいる。
辛い戦闘は、まだ始まったばかりだ。
【ルイゼンハルト 西門】
時間は3時間ほど遡る。
これから激しい動きをするということで、フルデヒルドの者達は軽い食事を終えた後、戦力を4つに分けた。
朝食を用意されなかった奴隷達も、また4つに分けさせられた。
獣人もきっちりと人数を4分割する――のであったが、そこで少し話が揉めることとなった。
「この小さいの、どうするよ?」
獣人の中で、一回り二回り小さい個体がおり、そいつをどこに入れるかで話し合うのだが。
「こっちは嫌だぜ?」
「あぁ、戦力の低下は避けたいからな」
弱そうなのより、強そうなのを選ぶのは当然のことであろう。
どいつもこいつも、他の獣人に比べて弱そうに見えるその個体を押し付け合い、結局は西門のところへ組み込まれた。
その弱い獣人――と勘違いされているクレヴはその話し合いの間に落ち込んだ表情をしていた。
弱そうだから、と思われたからではない。
彼は人間だというのに、何故か獣人だと思われていることにショックを受けていたのだ。
奴隷という立場でなければ、きっと彼は声高々に、違うと言っていたであろう。
だが、そんな彼らがクレヴのことを獣人だと勘違いしてしまうのも、仕方ないとも言える。
その理由としては、まずクレヴは獣人用の枷を身に着け、平然と立っているからだ。
あの重さを通常の人間では耐えられるはずがない。
そう思い込んでいる彼らには、クレヴが人間だと考えるよりも、獣人にしては小柄な人間サイズだと考えた方がまだ現実的だったのだ。
そして、クレヴの見た目がなかなかワイルドに変貌していたのも、そうだろう。
ボリュームのあるボサボサとした髪が、左右の頭上に大きく跳ねているのだが、それが隠された耳に見えなくもないのだ。
腰まで伸ばしたその髪の質も、獣人のゴワゴワとした体毛に似ているところもある。
多分遠目から見れば、10人中10人は人間というより獣人だと選ぶくらい、外見が近いであろう。
そのことを本人は鏡という文明の利器を使うような生活を送っていないので、分からなかった。
振り分けが終えた後、彼らは色々なものを配分していく。
ただし、彼らの奴隷達には武器しか与えられなかった。
多くの者は槍と弓であったが、獣人の中でも一際大きな者にはハルバードを持たされた。
「……で、俺にはないんですか?」
「あぁ」
「でも、まだテントの中には――」
「あれは壊れた時の予備だ。てめぇなんかに渡すわけねぇだろ」
そんな中、クレヴ含む数名の獣人には、武器が与えられなかった。
「てめぇらは力だけは強いから、素手で充分だろ?」
「(あぁ……嫌な予感はしてたけど、ここまでとは……)」
ただでさえ戦争なんてものに自ら参加するだけでも嫌だというのに、しかも防具、武器ともに無しという状態である。
クレイジーにも程がある。
「(やっぱ、あの時逃げときゃ良かった……)」
心底、クレヴはそう思った。
次回はクレヴ視点に戻ります。
……何か最近おフザケ要素が入れられなくて、少し悲しい。




