10
【クレヴ】
奴隷となってから、多分二カ月が過ぎただろうか。
ようやっとこの枷の重さに慣れてきたのか、朝起きるのが随分と楽になった。
ただ季節も冬に近づいているのか、朝は本当に寒いから起きるのが辛くなった。
せめてもの抵抗で、ルイゼンハルトで着ていた服に無理やり貫頭衣を重ね着しているものの、やっぱり寒い。
このまま本格的な冬に突入したら凍え死ぬかもしれないな、と思うと怖いもんで。
早めにボンデッドさんとかの体毛に潜らせてくれるように交渉しないとならないな。
まずは朝の日課で水を汲む……のだが、水の量は結構少なくなっている。
理由はもちろん、こんな寒いのに水なんて入ったら体温奪われてしまうからだ。
せいぜいボロ布で身体を拭く程度。
激しい運動さえしなけりゃ、汗なんてかかないので、これで充分なのである。
んで、その後はいつものように量だけはある朝食を食らい、仕事へと向かう。
今日は確か、また雑草抜きをしなければならないんだっけか。
雑草というのはたくましいもので、冬が近づいてきているにも関わらず、気付けばいつの間にか生えているのである。
ここら辺に畑で管理された作物との生命力の差が感じられる。
人の手が加えられたものだと、この厳しい大自然では生き残っていけないと、伝えてくれるかのようだ。
と、くだらないことを考えて嫌な気持ちを紛らわせる。
炭鉱なんかでツルハシを振るっているよりかは、こっちの方がマシ、と呟けば大分気持ちが切り替わってくる。
さて、今日もお仕事頑張りますかね。
俺の目の前にしている人達は心が壊れてしまったかのように、俺には見える。
心が死んでしまった、そう言ってもいい。
感情が顔から現れることもなく、虚ろな目をしている彼ら。
確かに生きてはいる。呼吸もしているし、身体も問題なく動いている。
ただ、それでも生気を感じられないのだ。
彼らには、人間らしさがない。
まるで――そう、動く人形のように思えてしまう。
まぁ、彼らがこうなってしまうのも、理解は出来る。
したくもない仕事を強いられる毎日。休みなどもなく、ただただ働くだけの人生。
その作業はやって当然のことで、失敗すればキツイ仕置きを受けさせられる。
頑張ったって、その努力は報われない。
だから、必要以上に頑張らなくなる。
また、この奴隷生活は彼らから考える能力を奪っていく。
考えるだけ、無駄。身体さえ動かしていればいい。
考えるだけでも疲れるのだ。
余計に疲れるのは嫌だ、だから考えない。
そうなってしまう。
生きる目標もなく、微かな生存本能によって生かされる人生。
そんなもん続けていたら、誰だって廃人のようになってしまうだろう。
まぁ、俺の場合はまだここに来たばかりだということと、後は彼らとは違ってやることなら幾つかあったのだ。
仕事後にスライムと戯れるのも、俺の生きる意味の一つであるが。
"やりがい"、という言葉でいうならば――例の『魔導』が挙げられるだろう。
魔導。
それを知ったのは、あのリーシャの一件の時である。
その時、俺は魔導のことを全く知らないせいで、精神に多大なダメージを負うことになった。
だから、一刻も早く魔導について理解せねば、とルイゼンハルトへの帰りの馬車で決意してから、俺はずっと魔導について取り組んできたのだ。
それは、今の奴隷生活でも変わらない。
仕事をしつつ、その片手間で魔導の理解を深めている。
例えば、雑草を抜くという動作をしている間にも、俺は魔導を用いている。
まぁリアナの言う『魔導』は広義であるため、俺はやっているこの『魔導』は安直ではあるが、『魔導式魔力循環』と呼ぶようにしている。
『魔導式魔力循環』はその名の通り、身体に魔力を循環させることである。
まぁ、実際には身体の中では自然に魔力が循環しているのではあるが、それを自分の意思で強弱をつけられるようにするのを、そう指すようにしたのだ。
最初は右腕でしか出来なかったものの、毎日の成果が出てきているのか、現在では全身で可能となっている。
といっても、その循環スピードは通常状態の3倍程度。
右腕だけでの最高速度には遠く及ばず、その右腕だけで、ようやっとリアナがあの時にやった速さに追いつくことが出来たので、まだまだであるのだが。
で、その『魔導式魔力循環』のメリットだが、魔法の行使がよりスピーディになった、という点である。
今までの曖昧な集中よりも、魔力を集める速さが段違いとなり、今では魔法を意識したのと召喚されるのとのタイムラグが全く感じられない程になっている。
この発見は大変地味なものではあるが――あのルシルの『意識の高速遷移』とは別の、魔法の連続使用に繋がるのではないか、と睨んでいるのだ。
発動までのタイムラグがゼロに近づけば、それだけ魔法をすぐに使うことが出来る。
……といっても、肝心の使用後のタイムラグは減らない、というのが難点ではあるが。
俺が思いついた案としては、右手と左手に同時に魔力を集中させて交互に魔法を使えないか、というものがあるのだが……まだ一度も成功していない。
後、メリットの二つ目。
『魔導式魔力循環』は通常の詠唱魔法とは違って、一定時間の使用が可能だということだ。
例に出すとするならば、人の集中力を仮に『100』と数値化することにしよう。
で、詠唱魔法を使うには、その集中力のうち『100』全部を一気に注ぎ込まなければならない。
が、『魔導式魔力循環』の場合は、『5』ずつ徐々に減っていく、って感じだろうか。
……まぁもっともこの点は他の魔導師達からの視点で見れば、「それがどうしたの?」と軽く鼻で笑われるレベルの話なのであるが。
以上が、『魔導式魔力循環』のメリットだ。
……うん、本当にメリットと呼べる点が少ないが、そこは気にしない。
「もしかしたら、魔力の循環が良くなるから身体能力が上がったりして……!」
と妄想したのではあるが、現実は厳しい。
魔力の循環速度が上がるだけでは、そんなことは起きない事実が判明。
実際身体を動かしているのは筋肉なんだし、魔力の流れは関係ないようである。
仮説ではあるが、ここに筋力の増強なり強化なり一つアクションを組み込めば出来なくはない気がするのだが……。
まぁ、あるモンスターであれば可能だが、俺は人間だ。
召喚魔法以外の魔法が使えるんじゃないか、という希望は叶わないんだと思う。
後、『魔導式魔力放出』――つまりは魔力を体外へと放出するものだが、それも俺の希望に叶わない代物だった。
魔力の放出、というのは実際に詠唱魔法を使う際にも僅かながら自然としている。
まぁあくまで、あの発光は可視化した魔力だっていう説によれば、だが。
『魔導式魔力放出』では、それを自発的に行う方法である。
これは右腕に限らずとも、足でも頭でも尻でも全身どこでも可能。
全身から放つことも出来れば、指先一点にだけというのもコントロール次第で出来る。
が、それだけである。
リアナが前にルイゼンハルトにいた時に『例のお土産』との戯れで見せてくれた、魔力弾という攻撃手段には使えない。
多分、魔力弾の原理とは違っているのだろう。
どんだけ放出する勢いを強めても、攻撃にはなりえない。
それは指先だけ、と幅を縮めても魔力が当たっている感触だけ、と変わりはしなかった。
せいぜい発光の強さが変わる、という程度だろう。
指先のそれも限りなく爪の先レベルにまで制限すると、かなり眩しくなる、というショボい発見の後から、俺は積極的に試すことはしていない。
また、ここで放出される魔力は一般的に知られる魔力とは少し違う。
その相違点といえば、『魔導式魔力放出』を用いた場合だと魔法抵抗が働かないのである。
実際に右手から左腕にこの方法を用いて魔力を放出したのだが、魔法抵抗に阻まれることなく、魔力がすんなりと体内に侵入した。
この際に、身体には特に変化は見られなかった。
つまりこれは、魔法ではない。魔力が作用していない状態なのでは、と仮定しておいた。
魔法抵抗は魔力が魔法に変容してからでないと反応しない、と考えるとすんなり頭に入ってきた。
まだまだ検証が少ないので、絶対にそうだとは言い切れないが、一応、そう結論付けておいた。
後、最後に。
放出が出来るのなら逆に吸収も出来ないか、と試してみると、以外にもすることに成功する。
ただし、余計なものまで吸収してしまったのか、体調が悪くなる時もあった。
これには『魔導式魔力吸収』と名付け、要検討である。
と、二か月の成果というと、こんな感じだ。
後は集中をそちらに分散させ過ぎないように、お仕事をこなす。
最近だと、あの鞭を貸してくれる人が来ないので楽が出来ないことが多くなっているのが、残念で仕方がない。
どうやら彼の管理場所に徹底しているようで、こちらに来ることがなくなってきているのだ。
おかげで素手でやらなきゃならないし、ソムルドとかは非効率的だとは考えないのだろうか?
鎌でも用意してくれるだけで、随分作業量も変わってくると思うのだけど。
「あふんっ!!」
「もっと、もっと鳴きなさい、この虫ケラ! 人間様がありがたくお仕置きしているのだからね!」
後、俺以外の例外として、例のおっさんは随分と人生が楽しそうに見える。
普段からも目が死んではいないのだけど、この瞬間は凄く目が輝いているのだ。
もう俺には……おっさんのささやかな幸せを邪魔することは出来ない。
――死なない程度に、楽しめおっさん。
と、着々と仕事をこなしながらも、監視の目をそっと窺う。
うん、バリバリこっち見てる。
でも、サボっても不思議と注意されることはないんだよな。
だから、俺は調子に乗ってお仕事以外のこともしちゃったりしている。
空が少しずつ橙色に染まってくる頃。
雑草を手に取るのではなく、お手ごろな石を握る。
次に空を見上げ、標的である鳥を探す。
ここら辺には川が通っていることから、水辺に魚が生息しているため、餌を探しに鳥がやってくる。
よっぽど運が悪くない限りは上空に鳥が飛んでいるのだ。
今日は十数匹の群れを作っているのを発見。
名前は分からんが、取りあえず一投する。
投擲の精度はあまり良くはない。
が、この肉体労働の日々により、筋力だけはついているため、石の速度だけは滅法に出る。
コントロールがイマイチでも、続けて第二投、第三投と数で勝負すれば一匹は落とせる。
で、今日の成果は……ライバード二匹ってところか。
両方とも羽を負傷し、畑に落下したダメージであまり動けないようである。
せっかく捕まえた獲物だ、一応目線で周りを威嚇しておく。
「「「……チッ」」」
この前も油断していたら、横取りしてきた奴隷連中がいたからな。
いつもは死んだ目しているくせに、こういう時は血走った目してくる。
彼らが肉に飢えているのは痛い程分かるが、タダで分けてやるほど俺は出来た人間ではない。
俺だってタンパク質に飢えてんだ。
せっかくついた筋肉を維持するために必死なんだよ……!
この投石だって初めからうまくいっていたわけじゃない。
毎日、肉体労働の合間に疲れを惜しまずに努力を積んできて、その成果を対価なしで渡せるもんか。
と、気を取り直して調理開始。
服のポケットから黒曜石を取り出す。
これは炭坑で手に入れたものだ。あの炭坑、色々な鉱石が取れる。
何でも今までの常識を覆すところであるらしい。
まぁ、発光石と花崗岩、エメラルドに、この黒曜石。
グチャグチャし過ぎだろ、とツッコミたくなるが、あるんだから仕方ない、と納得するしかない。
頑丈な枷を使って黒曜石を削って、擦って、ナイフ型にしたのだ。
気分はまさに古代生活。モンスターを食すという時点で、なかなかレベルが高いだろう。
黒曜石をライバードの身体に差し入れ、羽毛を皮ごと剥いでいく。
肉が剥き出しになったら腸などの内蔵を取り出し、色々な部位に切り分ける。
で、お次は果樹園で拝借してきた枝を組み立てる。
肉に別の枝を突き刺し、そこに並べていく。
並べ終えたら再びポケットを探り、発火石を取り出す。
発火石は衝撃を与えると炎が発生するのだ。
まぁ、大きさに比例して炎の勢いが変わり、拳大だと焚き火の火よりは強い程度だろうか。
枝に叩きつけて着火し、肉に火を通す。
塩とかの調味料は流石にないので、味が物足りないがそこは我慢だ。
別に俺は料理人ではない。手順が合ってるかも分からないが、食えりゃあいい人間だから気にしない。
もっとも、どんな生物でも丸ごといただく父に比べればマシだとは思う。
で、出来たら素早く腹に収める。
あまりゆっくりしていると暴動が起きるからな。
ライバードのお肉は、肉質はやや固めだが食べられなくはない、ってところか。
食後は、火の始末をするのだが……このまま畑を焼いてしまうのは、どうだろう?
雑草に水分が含まれているために、なかなか燃えないが火の勢いが強くなれば簡単に燃える。
果樹園の方に落ち葉でも集めに行くか? しかし、監視の目が……ってやっぱりガン見しているしなぁ。
ここはちゃんと仕事するから、と頼み込んでくるか?
良し、真面目に仕事する気があるんだし、交渉してみよう。
と意気揚々に監視してくる中年に頼み込んでみるが、あっさりと却下される。
持ち場を離れるのは、許されない行為なんだとか。
ただ……監視役はそれに含まれない、とだけ言って、こっそりと落ち葉を拾ってきてくれた。
これで、放火の準備はバッチリだ。
「今から火を放つんで、避難してくださーい!」
初めの頃なら戯れ言だと流されてた俺の言葉だが、例の鞭効果もあってか避難もスムーズに進む。
他の場所の監視役の兵が怒った顔をして引き止めようとするが、人の量が多過ぎた。
鞭を振るわれるも、萎縮する者はいない。
「ノルマなんてクソくらえ、っと」
落ち葉の上に火を落とし、一旦そこから離れた後に、
「ほーれっ」
『危険物』とされる爆裂石をその中に放り込む。
爆裂石は最近知ったばかりだが、何でも一定の熱量を帯びると――爆発するらしい。
主に頑丈な岩盤にぶち当たった場合に用いられる、とのこと。
さて、それは焚き火程度でも可能なのか、実験である。
赤みがかった爆裂石が火に入った途端――辺り一面が閃光に包まれる。
膨張した光は一瞬で弾け飛び、熱を撒き散らす。
熱波に思わず両手を顔の前に構えると、「前にもこんなことあったなぁ」、と懐かしさを感じる。
確かフィリーネさんと魔法学校の野郎共に睨まれてたっけ……。
これでも、俺の記憶の中では和やかな方だというのが悲しい。
記憶の中よりも爆裂石の爆発は大分弱いものであったが、熱が通り過ぎた後、目を開けてみれば、その後の景色は何やら似ているものがある。
近くにいた人が倒れているってところが、特に。
といっても被害は軽微。火傷している様子もないし、拳大の大きさでは見た目はそこそこだが、熱量はそこまでじゃないのかもしれない。
「でも、まぁ見事に仕事は完了だな」
雑草生い茂る畑だったが、爆裂石を投石した後は焼け野原と変貌していた。
もうね、手間が随分省けてしまったために、手作業でやるのが馬鹿らしくなってくる。
爆裂石1つで、しかも短時間であの成果だ。
この方法を導入すれば仕事効率が大幅に上がる。
ただ……採用してくれるかどうか。
おそらくは採用されず、いつもの説教コースかな。
……ちょっとストレス溜まり過ぎて勢い半分でやってしまったか。
反省はしているが、後悔はしていない。
……訂正。
今日は服に仕込んでいた物を没収の後、説教だけではなく、体罰までセットになったため、後悔をちょっぴりした。
身体を柱に縛り付けて鞭をひたすらに振るいながら、罵倒に近い説教。
傍目から見ればシュールだっただろうな。
ただ、体罰のレベルなら某鎧女の『逆さ吊り状態で下から焚き火(油を大量投下したため猛火)を焚く』の方がキツかったし、罵倒ならルシルの方が的確に俺の心を傷つけてくる。
あれー? 何か知らないが目から涙が。
ま、まぁ彼らが拷問なんてやったことがないだけだよな!
きっとそうだ。
村でのお仕置きにも、火で熱した鉄板の上で素足でダンス、例の呪いフェイスの村人とディープキス、底なし沼に強制ダイブ、くすぐり一週間耐久――みたいのがあったけど、彼らが知らなくて助かったな、うん。
知りたくなかった事実に落ち込みつつ、普段より遅い時間に兵に連れられ檻へと帰還する。
「ん……?」
何やら檻の中が騒がしい。
兵の方は不干渉でいたいのか、俺を檻の中に入れると、さっさといなくなってしまう。
「……」
こういうのは俺も関わらない方がいい。
ほら、獣人の問題っぽいし、人間の俺が首を突っ込む必要はないし。
飯が出来る時間までゆっくりしていよう。
「大丈夫かっ!?」
「しっかりしろっ!」
「意識をしっかり持て」
身体の大きい獣人達が肩を寄せ合って、緊迫した空気が漂っている。
だから、どうした……。俺には、関係ないって。
「死ぬなっ!」
……?
死ぬ……? 誰が……?
身体が自然と獣人達の方へ足が動く。
密集しているせいか、なかなか暖かい空間だな、と思いつつ、断りを入れながら人波をかき分けていく。
「……あっ」
そこには、横たえた獣人――ボンデッドさんが息絶え絶えになっていた。
腹辺りが白い貫頭衣が赤く染まっていて、それがどんどん広がっていく。
彼の近くには、既に赤くなった貫頭衣が2、3枚。
相当な出血量。いくら身体の大きな獣人とはいえ、命に関わる程の血液を流しただろう。
「どうしてこんなことに?」
近くにいたイェーガーに話を聞いてみると、
「あぁ……それはだな――」
苦虫を噛み潰したかのような顔をして、簡単な説明をしてくれる。
ボンデッドさんは、奴隷になったあの日に戦ったあの獣人で、戦闘用の奴隷に選ばれた人だった。
それで毎日のように人やら獣人やらと戦わされるのだが、今回ボンデッドさんがしたのは、もはや戦いですらなかったらしい。
一方的なリンチ。
槍の腕に自慢のある男達5人で囲み、反撃は例の隷属魔法によって許されない状態での戦闘だったという。
途中まで必死に槍をいなし続けたボンデッドさんであったが、やはり手数の差があり対応が追い付かず、腹に深く何度も槍が突き刺されたらしい。
酷い怪我を負ったということで、周りの獣人が治療を要求するも、
「どこぞの雑草みたいに生命力の強い"物"に"修理"は必要ないわい」
とソムルドに高笑いされたとか。
といっても、獣人の自己再生能力はあくまで人よりかは高い、というだけ。
このまま血液を流し過ぎれば、死ぬ。
「これってちゃんと止血してるのか?」
「やってはいるが、傷が深過ぎるもんでな……」
俺としても、このまま見捨てるのは後味が悪いので、助けたいとは思う。
だが、俺に出来るのは軽い怪我に対しての応急処置ぐらいだけ。
医術に長ける訳じゃないし、回復魔法も使えない。
ましてや、治療道具さえないのだから、手の施しようがない。
やはり、俺は無力だ。
だが――あいつなら、何とかなるかもしれない。
また力を借りるとかいって、道具みたいに扱ってしまうだろう。
そんな自分が嫌いで嫌いで仕方ないのだけど、これで一人の人の命が助かるかもしれないんだ。
ごめん。
俺は心の中で、もう何度目かも分からない謝罪を呟く。
こんな身勝手な俺に、力を貸して欲しい。
そんな我儘なお願いに、あいつらは優しいから、いつも聞いてくれる。
今回も申し訳なさが胸へと積もり、何も出来ない自分を悔しく思う。
――この感情を忘れるな。しっかり、心に刻み込んでおけ。
「……もしかしたら、ボンデッドさんを助けることが出来るかもしれない」
「本当か……?」
訝しげな目でイェーガー含む数名の獣人がこちらを見てくる。
「あぁ、お前さん達の協力も必要なるが、どうか俺に任せてみてはくれないだろうか?」
そう言ってはみるものの、誰も首を縦には振ってはくれず。
むしろ反対を示すかのような鳴き声が、あちこちから挙がってくる。
「でも、このまま見ているだけじゃ、ボンデッドさんが死んじまうぞ?」
全員にそう問いかけると、鳴き声がピタリと止む。
皆、分かっているのだ。
このまま見ているだけじゃ、いけないことに。
でも、誰もボンデッドさんを助けることが出来ない。
かといって、人間の俺に任せる程、信用していないのだ。
「何もしなきゃ死ぬことには変わりはない。行動を起こさないお前さん達は命を見捨てたってことになるけど、それでもいいのか?」
「ばうっ!」
近くにいた毛深い獣人が俺の胸ぐらを掴みかかってくるが、それでも俺は話をやめない。
「助けることが出来るかもしれない手段があるっていうのにさ、それを選ばないんだろう? これを見捨てたという以外に何て言えばいいんだよ?」
「お前が嘘をついている可能性があるだろうがっ!!」
今度は手の辺りが獣っぽいくせに、胴体は人間の獣人が突っかかってくる。
「ここで嘘をついて何になるっていうんだ?」
「それは……俺達をあざ笑うためだろ?」
どうやら、俺が思っていた以上に人間への恨みが深そうである。
イェーガーだけが話を聞いてくれない訳ではなく、これは共通してのことだったと気付かされる。
やっぱり、俺が例外だとは考えてくれないのか。
まぁ、それは仕方ないことだとは思っていたし、ボンデッドさんの事は緊急事態なものだ。
皆焦っているし、感情的になるのも尤もなこと。
「じゃあ、もう苦しまなくて済むように、ボンデッドさんを殺して楽にしてあげるのか?」
「……」
この俺の言葉に対しては、誰からも返答が返ってこない。
俺の不躾な言い方に怒りを示す者が増えた気がするが、それでも口は閉ざしたままだ。
彼らにも、それは分かっていたはずだと思う。
このまま助けることが出来ないのなら、苦しませ続けるよりか、息を引き取ってもらった方がいいことに。
でも、彼らの愛は俺が思っている以上に強いもので。
生かしてやりたいという気持ちと、こんなに苦しんでいるのなら殺す方がいいのではという気持ちが、互いに背反しているのだ。
それで、どうしようもない気持ちを、俺への怒りとしてぶつけられている。
うーん、首を突っ込んでおいて何だが、面倒になってきた。
助けたい気持ちはもちろん今もなお消えてはいないのだが、こんなに頑張って強気なコミュニケーションを取り続けているのに、その頑張りが報われる気がしない。
ここは一旦下手に出てみるか、と思ったところで、
「ここはクレヴに任せてみないか?」
と、イェーガーの方からそんな声が聞こえてくる。
「責任はもちろんクレヴが取る。だから、やらせてみては貰えないだろうか?」
「おい」
いけしゃあしゃあと、イェーガーが調子の良いことを言ったおかげか知らないが、渋々ながら納得する獣人達。
ここは普通、『俺が責任を取る』とか『俺の顔を立てて』とかなのに、責任を俺に押し付けるとは悪い奴め。
これでもしボンデッドさんが死んでしまったら、俺も後を負う羽目になりそうじゃないか。
「人でなし! お前さんはそれでも人の心を持っているのか?」
「勝手なことを言って済まないとは思うが、俺も出来れば命は見捨てたくはない。お前には、助ける方法があるのだろう?
散々疑っておいて、こういう時に調子の良いことを、と聞こえるかもしれないが頼む。助けてくれ」
俺に向かって深々と頭を下げてくるイェーガー。
その姿には誠意が感じられるも、やはり調子の良いことを言っていることには変わりはない。
確かに今回の件は俺から首を突っ込んだことではあるが、善意で申し出をしただけなのに。
今現在も胸ぐらを掴まれたまま、という、どちらかと言えば悪意で返されたのだ。
気分を害して、『もう助けてやんない』と言ったって、こちらに非などあるはずがない。
まぁ、今も助けたいという気持ちは変わらないから、それはいいとして。
問題なのは、イェーガーがこの件に関して俺が責任を取る、と発言したことだ。
俺だって、一応はそういう相手の心に響きそうな言葉は思い浮かんださ。
でもな、リスクがヤバいくらいに高いから、あえて避けてたのに。
失敗したら多分、獣人の彼らの怒りの捌け口として撲殺される。
「あー、もう、チクショウ!」
もはやヤケクソ気味になりながら、ボンデッドさんの元へと近づいていく。
心配そうな視線に囲まれながら、ボンデッドさんの様子を素早く確認。
息は……一応している。
この出血量は普通の人間だったら、多分死んでいる。
話には聞いていたが、本当に獣人は生命力が強いんだと理解させられる。
と、感心しながらも、貫頭衣を引き千切り、患部をチェック。
うむ、浅黒くてなかなかグロテスクな傷跡だ。
腹筋らしきピンク色の肉も見えたところで、もう気持ちが萎えてしまったが、我慢してその奥を覗く。
目視出来る範囲だと、臓器までは到達していない様子。
どうやら相当に分厚い筋肉が、臓器に至る程の致命傷は防いでくれたようだった。
「『召喚、リキッドスライム』」
ここまで確認したところで、ようやくあいつ――リキッドスライムの出番である。
「がうっ!」
が、しかし召喚魔法なんてものを目の前で見せつけたせいか、獣人達が血走った目で俺を見てくる。
「任せたんなら、大人しく見守ってやがれ!」
が、もはや吹っ切れた俺には関係ない。
周りに一喝してやり、作業の方にすぐに戻る。
召喚魔法をわざわざ見せつけたのも、この治療に成功したら彼らの前で堂々とスライムと戯れるのを許可してくれるようにするためである。
説明もだいぶ省けるし、成功したのなら文句は言わせない。
「早速で悪いけど、リイム、この血に体質変化を頼む」
俺の指示にリキッドスライムは素直に従い、身体の色を赤へと変化させる。
うん、安直に"リ"キッドスラ"イム"の一部から取った名前を付けてみたが、なかなか良い名だと思う。
まぁ、コイツにその名前が自分の物だと理解させるのには、結構苦労させられたけど。
「クレヴ、それは一体何なんだ?」
イェーガーが初めてリイムを見たからか、目を見開いて質問してくる。
「リキッドスライムだ。でも、そのまま呼ぶのも味気ないから『リイム』って名前付けたんだけど、良い名前だろう?」
「そうじゃない、そのスライムの色が変わったが、それが何かを教えて欲しい」
「あぁ、そっち? それはだな、リキッドスライムは自身の身体を触れた液体と同じ性質に変化させることが出来るんだよ」
体質、と呼ぶべきなのか。魔法だと呼ぶべきなのか。
レイオッド先生はどちらかと言えば魔法だと、そう言っていた記憶がある。
水辺に住んでいるから、水と同化出来るといったことは(俺とレイオッド先生の間では)有名な話で、先生の研究結果によると、他の液体でも可能だったというのだ。
それはアルコールだろうが、泥水だろうが、金属が液状化したものだろうが、リキッドスライムは自身の体質をその液体の丸っきり同じ性質へと変化させたという。
泥水の場合は、泥の成分から泥の含まれている量まで同じ、金属の場合はリキッドスライムは固形化出来ないものの、液化した温度を保ち、電気を通す性質になっていたとか。
それはコピーというべきか、同質化というべきかは分からない。
が、ただリキッドスライムが身体にその液体を取り込んで混ざるだけじゃなく、自らの意思によって元の状態に戻すことも可能だったりするのだ。
そのことから考えると、リキッドスライムは魔法的な要素によって、体質を変化させられるのではないか、という結論に至ったというわけだ。
ただ、その意見に対して、『元からあった謎の体液と混ざった液体を我々が観察出来ない方法で分離する能力があるのでは』、という意見もあったりする。
どちらの意見が正しいのか、それは分からないけれど。
まぁ、今回の場合はリイムをボンデッドさんの血液と同じ液体へと変化させたというわけだ。
「なるほど……しかしだ、そのスライムの体積では流れ出てしまった血液の量に全然足りないんだが?」
「それは分かってるさ。リイムには完全なる止血と――後はここからお前さん達の助けを借りたいところだ」
リイムには傷口を覆ってもらい、血が流れ出ないようにしてもらっているが、もうひと頑張りしてもらうのだ。
そっと優しい手つきでリイムの身体を弄っていく。
指でつまみ、赤く変色した身体の一部を徐々に、ゆっくりと伸ばす。
「血液が足りないのなら、別の奴から分けて貰えばいい。
っていうことで、お前さん達の血を分けてくれないか?
あんまり採血し過ぎると貧血起こすから、出来れば多くの協力が欲しい」
「がう……」
「えっと……何て言ってんの?」
さっき掴みかかってきた獣人が何やら声を発したのだが、俺には理解出来なかったので、イェーガーに通訳を頼む。
「そんなんで、本当に大丈夫なのか?、だそうだ」
「どいつもこいつも、スライムの素晴らしさが理解出来てないのが、悲しくて堪らん。
ここらで説明に入りたいところだが、時間がない。文句なら後で聞いてやるから、手伝ってくれ」
俺の声に従って、獣人が列を作って並んでもらう。
そして、鋭い爪で肌を傷つけてもらい、その傷跡にリイムの一部をくっつける。
「よし、吸い出してくれ」
普段の訓練から、あらゆる状態で、どんな形であろうと身体を自在に動かせるようにしているためなのか。
自分の身体を経由させ一方から一方へと液体を移すのに成功していた。
これを見ていた獣人は怪訝な様子から一転して、何やら身体を震わせ、リイムのことを怖がっているようであった。
まぁ、その気持ちは良く分かる。
これでもし、リイムが体内に侵入し、全身の血流を止める、または逆流でもしてしまえば、簡単に死んじゃうしな。
とはいえ、リイムには他のスライム達に比べると圧倒的に移動速度が遅いため、戦闘なんかだとその殺傷能力を生かすことは難しいのである。
また、リイムにそんなことをさせたくない、という気持ちもあるため、実行する気もさらさらない。
幸いにして、この檻には獣人が多くいたため、1人当たりの採血量は少なく済んだ。
輸血を終えた後は、リイムにまた頑張ってもらい、ボンデッドさんの傷跡に膜を張ってもらう。
これでもう、治るまで動かない限りは、血が流れ出すことはないだろう。
再生能力が高いこともあり、膜はすぐに瘡蓋へと変わる。
これだけ大きなものは、今までにも見たことがない。
針で縫ったわけではないから、いくら瘡蓋が固まっても動けば傷口が開きそうである。
後、患部がめっちゃ痒くなりそうだな、とも。
「ふぃー……」
自分が何かしたわけではないのだけど、いつの間にか緊張していたので、大きく息を吐くことでそれを和らげる。
やれることは、リイムがやってくれた。
後は傷口に雑菌が入っていないことや他人の血液に拒絶反応を起こさないこと、治りきらずに傷口から壊死しないことを祈るしかあるまい。
それから数日後。
獣人の回復力は恐ろしいもので、重体だった筈のボンデッドさんが、普通に動けるようになっていた。
これには、あの伝説の昆虫であるイニシャルGを彷彿とさせた。
この一件によってかは分からないが、その日から獣人とまともなコミュニケーションを取ることに成功。
さて、ここまで頑張ったんだ。
命の恩人(正確にはリイムだが)でもあることだし、俺の実験に協力してもらうことにしよう。
自分では気付いていないものの、クレヴもこの生活で狂ってきていました。
……え、変わらない?




