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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
フルデヒルド
59/136

9

一部、R15描写あり……?


【リュドミラ】

 リュドミラがこの豪邸に来てから1周間が過ぎた頃。

 ついに彼女にソムルドからお声がかかることとなる。

 といっても実際には、ある使用人から伝言が伝えられる、といった間接的なものであったが。


「ついにきたかー」


 朝日が昇り、窓から明るい日光が差し込んではいるものの、リュドミラはなかなかベッドから出ることが出来なかった。

 というのも、朝にあまり強くないのもあるが、ここまで柔らかなベッドというのが初めてだったからだ。

 彼女がいくら王族とはいえ、妾の子。

 城の中に庶民が見たらたまげてしまう程の個室が与えられているのではあるが、ソムルドの豪邸にある個室はそのレベルを遥かに上回っていたのである。


 まずはリュドミラの使っているベッドであるが、マットレスには衝撃吸収素材としても使われているクラウドシープの毛がふんだんに詰められている。

 この毛は上質な綿よりもふんわりとした触感と柔らかさ、そしてある村出身の職人の手によって程良い反発性が生まれるようにされているのである。

 またそのマットレスの下にあるボトムと呼ばれる部分には、これまた同じ職人によって『スプリング』なるギミックが仕込まれており、従来のベッドの性能を遥かに上回ったものとなっている。

 ただ、その『スプリング』はその職人の手作りであり、他の者では作ることが適わない。

 見た目だけなら誰にでも出来そうな『スプリング』だが、いざ実際に作ってみようとしても、うまく出来ない。

 金属の棒で均等な円を描きながら捻っていくのは分かるが、出来るのは歪んだ楕円だらけ。

 そんな粗悪品では『スプリング』としては使えない。

 どうしても作れないということで、その職人に作り方を聞き出すも、


「えー、面倒」


 と返され簡単なことしか教わることが出来なかった。

 それも、円柱状の物に巻き付ければ出来る、と一言のみである。


 だがしかし、この方法では細く柔らかい金属なら出来るものの、ベッドの『スプリング』に使う太い物を作るのには使えない。

 その理由は単純明快。

 太いものでは、彼らの筋力では巻きつけることが出来ないからである。

 かといって、力自慢の者に任せても、途中で折れてしまったりと失敗が続いた。

 最終的には、金属を溶かし、柔らかくなっている間にその形を作ってしまえばいい、とそれを決行するも、やはり失敗に終わる。

 

 結局、フルデヒルドにいる者には作れず、『スプリング』を作れる者は彼一人であったものの、飽きっぽい性格なのか、『スプリング』はベッドのみ、しかも3つ分しか作らなかった。

 このフルデヒルドで現存する『スプリング』の使われたベッドは、リュドミラが使用しているものと、後はソムルドが自分の体積だと一つでは足りないということで、残り2つを繋げたものだけ。

 流石にそれだけだと物足りないということで、ソムルドがその職人の彼に『スプリング』をもっと作るように命令するも、聞かず。

 聞かねば奴隷にするぞ、という脅しをかければ、


「そんなことしようとしたら、ここのカラクリを全部ダメにしちゃうけど?」


 といって、本当にフルデヒルド中のありとあらゆる機械仕掛けの物が一週間という期間で全て停止してしまったという。

 それも彼に隷属魔法をかけに来た魔導師全員を返り討ちにして。

 さらに彼からの技術提供もストップされ、あまりに大きな損害にあのソムルドが折れ、この土地を占める大貴族に逆らうことの出来る平民として一躍有名になったという。


 そんな彼の技術が、リュドミラに用意された個室の中に、この時代の文化レベルを軽く超えている物として多く存在する。

 が、リュドミラには理解出来ないためか役に立たない置物と化していて、ここにいる使用人がこの様子を見たならば、間違いなく「もったいない」と言うだろう。

 

 早速、起きたばかりだというのに、そのベッドの魔力によって増幅される睡魔に負けそうになるリュドミラだが、あのソムルドの肉たっぷりの顔を思い出したせいで、眠気が吹き飛ぶ。

 二度寝は早々に諦め、名残惜しそうにベッドから這い出る。

 そしてリュドミラの身長の2倍の高さがありそうなクローゼットを開け、本日着る服の物色にかかる。


「まー、どれでもいいかー」


 そう言って手に取ったのは、目に優しくない色をしている真紅のドレス。

 装飾がふんだんに成され、城にあったものと同じく大変着にくそうな一品である。


「はぁー」


 これではやはり自分ひとりでは着ることは出来ない。

 リュドミラはため息を吐きながら、手を軽く2回叩く。


「お呼びでしょうか」


 するとすぐに扉の前で待機していた使用人が入室してくる。


「このドレス着るの手伝ってくださるー?」


「はい、かしこまりました」


 1人では着にくい物は裏を返せば脱ぎにくい、脱がしにくい物である。

 無意識にリュドミラは小さな抵抗を示していたのだ。


「(まぁ従者とかに破るように脱がされたらー、おしまいだけどー……)」


 かといってクローゼットにあった薄いネグリジェを着るのも、ありえない。


「はぁー……」


 これからのことを考えながら、本日何度目かも分からない、長い溜め息をリュドミラは吐き出すのだった。







「ほれ、こっちに来んか」


 夕刻。

 ついにリュドミラはソムルドの部屋へと足を踏み入れる。

 そこはソムルドの身体が大きいせいか、部屋も通常のものより大きく作られていた。

 リュドミラが今いる扉はもちろんのこと、ガラスで出来た窓から机や椅子などの家具までも大きい。

 そんなまさにビックな部屋の主はベッドに寝転がり、リュドミラを手招きしていた。

 ……まぁ手招き、というには、あまりに小さな動きであるが。


「うぅー」


 嫌そうな顔をするも、リュドミラは彼の指示に従う。

 本音でいえば、今すぐにでも逃げ出したいと思っていたが、扉の向こうに使用人が控えているために外に出ることは出来ない。

 また、室内には魔導師の一人がソムルドの脇に控えているために、窓から魔法で飛んで逃げるというのも難しい。


「(もういっそのこと魔法でもぶっ放しちゃおうかなー?)」


 いくら広い室内とはいえ、こんなところで魔法を使えば自分もその余波に巻き込まれる可能性もあるし、魔法を詠唱している隙をあの魔導師の前では見せられそうになかった。

 一歩、また一歩を近づいていき、そしてベッドの傍まで来たところで。


「(うわー)」


 ここまで来るのに目を逸らしていたが、仕方なしにソムルドの方に彼女は目を向けるが、彼が裸になっていることに気付かされる。

 頭皮の毛は薄いというのに、胸と腹に生える毛はボサボサと生えたい放題に伸びている姿。

 身体を動かしてもいないというのに、肌からは汗が(にじ)み出ており、照りとぬめりがその肌を覆っていた。


「(気持ち悪いー……)」


「おほぉ……!」


 吐き気を催しそうになるリュドミラの顔を見て、ソムルドが歓喜する。

 趣味の悪い男で、見ただけで心が温まりそうな笑顔よりも、苦痛などで歪んだ顔の方が好みなのだ。

 いつまでも、その表情を眺めていたい気持ちになるソムルドだが、それ以上にもう待ちきれない気持ちで一杯になっていた。

 焦らして、我慢して、耐えに耐えてきた観賞の時間は終わり。

 これからは、楽しむ時間だ。


「さて、まずは"これ"を握ってもらおうか」


「うぅ……」


 こういった経験のないリュドミラは、初めて見る"これ"の姿に躊躇いを見せる。


「ほれ、何をしておるか。速く握らんかい」


 ソムルドが急かしてくるのを、リュドミラは横に首を振ってしまう。


「どうした……? やらねばいつまでも終わらんぞ?」


 ニチャリ、と肉に埋もれた厚ぼったい唇を歪ませ、"これ"の方に目を向けるソムルド。

 使い込まれた"これ"は黒光りし、"これ"とは正反対の色をした白くてほっそりとしたリュドミラの手を待っているように、彼には見えた。

 

 そして、リュドミラは恐る恐る、"これ"を掴む。

 手に返ってくる硬い感触。

 初めて扱うために、リュドミラは"これ"を両手で包むように持つ。

 だが、


「もっと強く握らんといかんのう」


 とソムルドから不満げな声が飛んでくる。

 

 今度はグリップを利かせ、指に力を込める。


「そうだ、いいぞいいぞ……!」


 ソムルドの待ち望んだ瞬間も、いよいよだ。

 快感をもたらしてくれるリュドミラを手から、目を逸らさずに、その瞬間を待ち続ける。


 そして――リュドミラが動いた。

 "これ"――黒い鞭を握った手を振るい、ソムルドの腹の上にその先端を叩きつける。


「あほぉぉぉ……!!」


 乾いた音と共に、ソムルドが鳴く。

 その姿は痛みに打ちひしがれる、のではなく、喜びに悶えているようであった。


「うぅぅ……」


 そんなリアクションが生理的に受け付けないリュドミラだったが、一回やってしまえば踏ん切りはつく。

 二度目、三度目と鞭を振り下ろし、ソムルドの肌を傷めつけていく。

 打ちつけられた箇所は赤く染まり、熱を帯びる。

 見ただけでも痛そうな箇所がどんどん増えていき、やられてもいないリュドミラが開いた片手で身体を抑える。


「(もう早く終わってー)」


 強く振るえば余計に痛そうに見え、力を抜けばソムルドから不満が出る。

 

 こうしてリュドミラは、自分がする側だというのに拷問のような辛さを味わうというマニアックな経験を積むのだった。







【No.53】

『自分の名前は一体どんなものだったか?』


 彼は仕事中にふとそんな疑問が頭に(よぎ)った。

 今の彼は仕事仲間や上の者には『No.53』と認識されている。

 仕事によって分類され、彼にナンバリングされた番号が『53』というだけ。

 元々はごく普通、かは分からないが、ちゃんとした名前があったはずだった。

 貴族ではないから家名や名字はない。それでも、数字ではない彼だけの名前があったはずだった。

 でも、それは20年も前までの話。


 そこから彼は『No.53』となったのだ。

 名前がそんなになってしまったとはいえ、彼はそんなに悲しんではいなかった。

 というのも、名前を失った代わりに、彼は食の保障を受けることが出来たのだから。


 10年ほど前から、フルデヒルドという街に重税が課されるようになった。

 理由は彼みたいな下っ端にはその理由が分からなかったが、そのせいで身分が下の者達の生活が苦しくなったことだけは知ることが出来た。

 今でもその重税は続いているために、そこに住む多くの街の民は飢えで苦しんでいるのだろう。

 その人達に比べれば、彼はマシな立場にいるのだ。

 だから名前を失う程度、どうってことはない。

 

 ただ、ここでの生活は退屈だった。

 決まり切った仕事を毎日過ごす。

 飯を食う時間も寝る時間も決められ、同じことの繰り返し。

 それ以外には、何もない。

 身体を動かす以外に何もいらず、頭はほとんど使わない。

 長年同じことをしてきたのだ。

 外から入ってくる情報に代り映えもなく、新しい発見などもありはしないし、知識欲を満たす物などほとんどないに決まっている。

 また、仕事とは関係のないことをする気力すら湧いてこなくなるのだ。

 その原因は、疲れ。

 監視で立っているだけ、とはいえ一日中、それも休む日を挟まずやっていれば、身体に疲れが溜まる。

 ましてや彼は中年であり、余計なことをして後日筋肉痛に苦しむのは嫌だった。


 ある日から、そんな彼に小さな変化が訪れる。


 別段特別な日でも何でもない、ある日。

 日付など彼の生活には無意味なので、何日なのかは分からない。

 天気は晴れ。といっても、快晴ではなく多少は雲がある程度。

 仕事の内容に変更などはない。

 ただ、今日から新しく奴隷が追加されるだけ。

 働く奴隷が増えるのは、特に珍しいことではない。

 雇い主の趣味なのかどうか知らないが、度々奴隷が増えることなんてザラにあること。

 人が増えるが、彼ら奴隷は人ではない。

 慣れ合って、親しくなれば、上から罰せられる。

 彼含め、ここで雇われている兵に任されているのは、奴隷の管理。

 家畜を飼うのと同じようにしろ、という指示だ。

 家畜に話しかける人間なんて、ごく少数。

 少なくとも、彼の周りではそんなことをする人間はいない。

 奴隷など、人の形をした、ただの労働力だ。

 彼の周りにありふれた、当然に興味を持つはずがなかったのだ。

 

 ただ、彼の目の前に現れたのは、少々変わり者だったのである。

 その少年との出会いは、豪邸の玄関ホール。

 今日から担当する奴隷がいないということで探しにいってみれば、そんなところにいた。

 怒りは感じない。不満も感じない。

 感情、というものを忘れてしまったみたいに、顔の表情が動かない。

 ただ余計な体力を使って疲れた、というだけだ。

 

 そんな少年に、彼は叱る。

 たとえ彼が悪くなくとも、仕事に来なかったので、叱る。

 会話でも何でもなかったが、久々に長いこと口を動かしたためか、少々顎が疲れてしまう。

 これ以上喋るのも疲れるので、ある程度のところで切り上げると少年を彼が管理する畑へと連れていく。


「(ん、遅いなコイツ)」


 いくら枷を付けているとはいえ、のろのろとした遅さが少し気になった彼は少年の方に振り向く。


「(あれは……)」


 長髪の少年に付けられている枷は、一応見慣れてはいる物だった。

 が、それは獣人に限ってのこと。

 とても普通の人間では耐えきれない重量をしているはずの、あの枷。

 あの枷を付けながら、少年は動けている。

 少年の身体つきは特に大きいわけでもないし、横に太いということもない。


「(不思議だ……)」


 そこで、彼の興味が少しだけ湧いてくる。

 この日から、彼の暇潰しとして、長髪の少年の観察が始まる。







 数日後。

 彼の担当場所に、あの長髪(少年ではなく彼はそう呼ぶことにした)が仕事をしに来る。

 初日は特に変わったこともなかったので、やや興味が薄れてはいるものの、長髪の動きを目で追ってしまう。

 長髪は、普通に仕事をしていた。

 そう、他の奴隷と変わらず普通に、だ。

 あれだけ移動するのにも、重そうにしていたにも関わらず、初日とは変わって別人のように動けていたのだ。

 どれだけ順応性があるのだろう。

 やや驚いてしまうものの、彼の驚きはまだ終わらない。


 日が真上に来た頃のこと。

 彼の管理する場所に別の兵がやってくる。

 その兵は退屈を紛らわせるために、働きの悪い奴隷に鞭打つのが生きがいとなってしまった男。

 彼のように無気力に生きることが出来ず、ストレスを奴隷にぶつけなければ発狂してしまうだろう。

 そんな男が今日のターゲットにしたのは……なんとあの長髪だった。

 長髪は流石に体力が切れてしまったのか、たまたま手を休めているところであった。


「おいおい、サボってんじゃねーよ――オラァッ!」


 男は言葉を言い切る前に、長髪に向かって鞭を唸らせる。

 もう長いこと鞭を扱っているからだろうか。彼の目では追い切れないほどに鋭く、残像を走らせる鞭。

 幾度となく肉を叩いてきたが――今回は違った音を鳴らしていた。


「は……?」


 唖然とする男をよそに、長髪はなんとあの枷の部分で鞭を受け止めていたのだ。

 更に鞭が金属を跳ねている間にその鞭を掴み、手首を返した男が二発目を入れようとするのを妨げている。


「くそっ、離せっ!!」


 男は両手でもって鞭を引っ張るも、長髪は片手でそれを離さない。


「あのー、すいません」


 力んでいる様子もなく、長髪は男にこう問いかける。


「鞭、貸してくれません?」


 愛想笑いをしながらも、長髪は返答を待たずに鞭を引っ張る。

 あまりに力が強いのか、男の足が長髪の元に引きずり寄せられたのを脅威に思ったからか、途中で鞭を手放してしまう。


「どうも」


 しかし、それは男の判断ミスだといえるだろう。

 散々鞭を奴隷に打ちつけてきた男の前で、1人の奴隷がその鞭を奪い取ったのだ。

 本来の奴隷なら、ありえない行動。

 なら、この後の展開もそのありえない行動が続くのだろう。

 あの男は奴隷達に恨みを買っていたのだ。

 その恨みを晴らす機会が目の前に訪れていて、果たしてそれを見逃すだろうか?


 だがしかし、長髪はわざわざそのチャンスを見逃す。

 鞭を手に取ったものの、すぐにあの男から顔を逸らしたのだ。


 そして、あろうことにも鞭を畑へと振り下ろす。

 長髪はその後も手を止めずに、鞭を振り回し続ける。


「(……?)」


 始めは長髪の奇っ怪な行動に頭を傾げていた中年の彼だったが、次第にその答えが見えてくる。


「(あの長髪……鞭を草むしりなんざに使っているのか)」


 横に振るえば草を薙ぎ、縦に振るえば地面ごと根を(えぐ)る。

 開いた片手を腰に当てている姿に、彼は唇をつり上げ軽く息を漏らす。


「(真面目なのか、真面目じゃないのか)」


 仕事をする意思はあるんだが、腰を曲げるのが嫌になったから鞭を借りる?

 普通は思いつかないだろうし、思いついても実行しようとはよっぽどのアホじゃない限り考えもしないだろう。


「次、使う人いますー?」


 長髪のした提案を耳にしながら、彼は長髪に退屈を紛らわしてくれる存在として、勝手な期待を抱くのだった。



 ……余談ではあるが、その後長髪はあの男に鞭を返したら、すぐに鞭を振るわれ痛い思いをしたらしい。

 現在のところ、あの金属部分で受け止められるのは、良くて二分の一程度か。







【イェーガー】

 最近、あのニンゲンがこの檻の中に馴染み始めた。

 あのニンゲンというのは勿論、長髪のクレヴのことである。

 最初こそ獣人ばかりで、やや腰が引けている部分があったのだが……今ではむしろ馴れ馴れしい。

 俺に対しては人に近い容姿をしているためか、特に話しかけてくる。


「なぁ、イェーガーさんや」


「ん?」


 無視しても良いのだが、つい反応してしまう。

 あのボサボサとした髪が獣人に近くて親近感が湧くからだろうか。


「今更だけどさ、何で共通語(コモン)を喋れるんだ?」


「それは昔から伝わっているからとしか言えんな。むしろ何故喋れないと思った方が俺としては疑問なんだが」


 今は無き集落の言い伝えでは、共通語は神からの授かり物だったという。

 神から授かったのは、ニンゲンだけではないのである。

 

「でもさ、あのボンデッドさんとかは鳴いてるだけで、共通語を使っているのを聞いたことないんだけど……」


 ボンデッドというのは、俺とは違って全身が人より獣に近い男のことだ。


「まぁ、それは人によりけり、というヤツだろう」


 いくら神から与えられたからといって、誰もが共通語を使うというわけではない。

 あの鳴き声での意思伝達の方が共通語よりも前から使われていることもあり、ニンゲンみたいに簡単に言語を乗り換えるような真似を獣人はしなかっただけ。

 強く感情を伝える時は鳴き声を、正確な情報を伝える時は共通語を、と俺の場合はそうやって使い分けている。

 まぁ、多くの獣人はそんな感じだ。

 ボンデッドらが、鳴き声の方にこだわっているのは、やはり獣に近いせいなのか。

 そこら辺は俺の知るところではないし、知りたいとも思えなかった。

 所詮は言葉。言いたいことが伝わればいい。


「ふーん」


 それを聞いて満足したのか、クレヴは一旦口を閉じる。

 こうしてクレヴとは、質問をされれば答えるだけの関係を築くようにしてきた。

 最初こそ、ここでのルールを説明するのに先に話しかけていたものの、今ではクレヴの方から話しかけてくる方が多くなっている。

 別にこちらからは、慣れ合う気はサラサラない。

 話しかける必要がなければ、話さない。

 

 何故なら、クレヴはまだ俺達の敵じゃないとまだ判断出来ないからである。

 クレヴは、ニンゲンだ。

 あの忌まわしき事をしでかした、あの連中と同じニンゲン。

 

 俺達は、ニンゲンに対して一体何をしたというのか?

 こちらからは全くといっていい程に干渉してこなかったじゃないか。

 ニンゲンは草木を薙ぎ倒し、街を作った。

 そこが、ニンゲンの住処、テリトリーだと見せつけてきた。

 だから俺達はニンゲンが来ないような森の奥深くで暮らしていたというのに。

 どうして、ニンゲンがわざわざ俺達の住んでいる所に来る?

 なぜ、俺達から大事な物を奪っていくんだ……!!

 

 ニンゲンが憎い。

 憎くないわけがない。

 俺達から生きる場所を奪ったニンゲンは底なしの欲を働かせて、更に俺達自身まで奪った。

 今、生きている時間を。

 身体の自由を。


――あの魔法、隷属魔法によってだ!


 そんなどす黒い感情が胸の中で(うごめ)いているところに。

 それは、はたまた偶然なのか。

 俺の目の前で、クレヴが何やら魔法を使ったのだ。


「何をしているっ!?」


「ん?」


 クレヴは不思議そうな顔をして、こちらの顔を(うかが)ってくる。

 腕には、今さっき出現した透き通った緑色の物体を大事そうに抱えて。


「あぁ、それはだな。こんな生活続けてるうちに、癒しが欲しくなって、つい」


 合点がいったのか、破顔しながらそんなことを言ってくる。


「違うっ!! 今、お前がした行動について聞いているんだっ!!」


「今って……あぁ、スライムを召喚したことか」


 召喚。

 その言葉を、知っている。

 隷属魔法をかけた連中が、口をする言葉だっていうことを。


 俺はクレヴから距離を取り、鋭く睨みつける。

 やはり奴は、俺達を騙していたんだ。

 ニンゲンの言うことなど、信じた俺がバカだった。

 

「ゴメンゴメン、いきなりで驚かせちゃったか? それなら謝るよ」


「騙していたのか?」


「んー、言う機会がなくてさ。本当に悪かった」


 頭を下げてくるクレヴだが、こんな悪びれた態度、演技に決まっている。

 あの顔を裏には、きっと今まで騙し通せていたことを喜んでいるに違いない。

 こんなところで、本性を現すとは、やはり……。


「お前は、俺達の嫌がらせに来たんだな」


「久しぶりだな、その言葉は……」


 はぁ、と深く息を吐き、落ち込んだ仕草を見せたところで。


「確かに俺は召喚魔法が使える」


「だったら……!!」


「でもな、残念なことに俺はスライムしか呼び出せないんだよ」


「だとしても、隷属魔法がある」


「といってもなぁ。俺もここに来るまで知らなかったんだよな」


「また嘘を言って、騙す気なのか?」


「騙すといっても、そんな気はないんだが……」


 どう言えばいいんだろう、とぶつぶつと(つぶや)いた後。

 何かの決心がついたのか、あの時と同じように顔を引き締めながら、こう言ってきた。


「じゃあ聞くが、俺にお前さん達を騙して何のメリットがある?」


「嫌がらせを楽しんでいるんだろう?」


「わざわざ嫌がらせるためだけのために、一緒の檻で奴隷みたいな生活すると本気で思ってんのか?」


「自らの欲を満たすためなら、ニンゲンは何でもやるに決まっている」


「それはない」


 きっぱりと、クレヴはそう言い切った。


「そんなこと、どうして言い切れる?」


「確かにそんな人間もいるかも知れないが、大多数の人間って奴は楽をしたい生き物なんだよ。

 俺達がこうして奴隷として働かされているのも、あのソムルド達が楽をしたいからだ」


「……奴隷にしているのにも、嫌がらせは含まれているだろう?」


「まぁ、それもあるけどさ。俺だって楽をしたいのに、こんな奴隷生活するまで嫌がらせはしたくはないんだよ」


「だったら、奴隷のフリをしているんだとしたら?」


 俺が一つの可能性を提示すると、クレヴは少し間を空けてから、


「さっきも言った通り、フリだとしてもこんな生活をしたいとは思わないからな」


「じゃあ、俺達の見ていないところでフリをやめていたらどうだ?」


「えーと、こうやって奴隷のフリをしてるのは、お前さん達の前だけだと言いたいの?」


「あぁ」


 檻以外の時間、つまりは仕事なり何なりをしている間に楽をしているのだとすれば。

 この中で我慢の一つや二つは出来なくはない。

 

「それもないと言い切れる。理由は、俺が仕事しているのを見ている獣人がいるからな。

 俺は名前を知らないけど多分いつも同じ仕事をしてるから、その人に聞けば分かると思う」


「……それが嘘だったらどうする?」


「だとしたら、その獣人が嘘を吐いてるとしか言えないけどな」


 ここまで決して感情を荒げることもせず、冷静に言うクレヴ。

 "あのニンゲン達"とは違い、嘲笑(あざわら)うことはせず、ただまっすぐ俺を見てくる。


「……少し確認してくるから、待っていろ」


 今の時間はもう眠っている者も多く、心苦しいのではあるが一部の者を起こして話を聞いてみる。

 睡眠を邪魔され少し不機嫌気味であったものの、6人目でクレヴと同じ作業をしている者に話を聞けることが出来た。

 ……そして、クレヴは俺達と同じように仕事をしていることが分かった。


「後、良くニンゲンに鞭で叩かれてる姿を多く見る」


「そうなのか?」


 何でもそのニンゲンはクレヴに対して手加減している様子もなく、むしろ恨みがましい表情を浮かべていたという。

 

「……確かに、お前の言う通り、仕事はちゃんとしているらしいな」


「こんなところで嘘ついても意味なんてないしな。それにさ、良く考えてくれよ」


 クレヴは一旦腕に抱いていた緑の物体を下に降ろすと、やや手振りを加えつつ話を続ける。


「まずさ、俺がお前さん達の生活に交じるのなら、わざわざ召喚魔法を使えるところを見せる理由がない。隠していた方が恨まれないで済むに決まっている」


「じゃあ何で俺の前で召喚魔法なんかやったんだ?」


「それは少し前に言った通り、癒し目的に決まってんだろう?」


「癒し目的?」


 俺はクレヴにそう問いかけるも、はぐらかされてしまう。


「癒し目的以外に何があるって言うんだよ? まぁ、皆が寝静まった後に一人静かにやっておけばベストなんだけどさ、我慢出来なかったんだよ。

 それに、お前さん達はもう既に隷属魔法がかけられてる状態だっていうのに、今さら俺が何をするっていうんだよ?」


「…………」


 確かに、クレヴの言う通りだ。

 俺達はもう既に、あのニンゲン達に逆らうことは出来ない。

 隷属魔法という戒めが、そうさせてはくれない。

 初めに隷属魔法をかけられてからずっと、『奴隷以外のニンゲンを傷つけること』、『ここから逃げ出すこと』、『勝手に自殺すること』、『命令には逆らわないこと』は許されていない。


「納得、してくれたか?」


「お前の言いたいことは分かった。が、もし変なそぶりを見せたら……分かっているな?」


「まぁ善処するよ。っと、やっと癒しタイムに移れる」


 そういって今までにない程にだらしない笑みを浮かべながら、クレヴは腰を下ろす。

 そして緑の物体を優しく撫で始める。


「で……これは何をしているんだ?」


「スライムを愛でてるだけ。別に変なそぶりじゃないだろう?」


 充分に変だと思ったのだが……満面の笑みを返され、言葉が詰まってしまう。


「スライムを撫でるのは、癒されるものなのか……?」


 代わりにそんなことを言ってしまったのだが、まさかこの一言で後悔するような展開が訪れるとは、重いもしなかった。


「そりゃもちろん、抜群に癒されるさ! このスライムの弾力を手で遊ぶだけでもリラックス出来るっていうのに、スライム達のマッサージにもなって喜ばれるんだぞ?」


「スライムって喜ぶのか……?」


 俺には緑の物体が喜んでいるどころか、何か変化しているのさえ分からない。


「喜んでんだろ、ほらこんなに嬉しそうに震えてんだぞ。それに表面のツヤ加減も良くなるのもポイントだな!」


 他にも長々と説明されるのだが……俺には理解が追いつかない。


「皆、スライムが気持ち悪いとか言うけどな、これほど誤解が酷いものも滅多にないことだ。

 いいか、スライムはな、大変愛くるしい生物なんだ。表情がない分、身体で表現してくれるし他の生物と違って天の邪鬼な反応は一切しない。

 モンスターの中でも最弱だって言われてるところも、なかなかにチャーミングだ。

 知能も低いと言われてるが、ちゃんと根気強く教えてやれば学習する良い子なんだ。

 それにな、教えたことが実を結んだのを見た時の感動なんて、言葉に出来ない程に素晴らしいんだぞ。

 後な――――」


 その後もスライムについての話は続き、気がつけば寝ることもなく朝を迎えていた。

 朝になったというのに、まだ語れる内容が山ほどあるという時点で、俺はすっかりヘトヘトになってしまった。

 もう、クレヴが敵だとかどうだとか、考えたくない程に。

 

――クレヴは変人だ。

 もうそれだけ分かれば充分だと、俺は朝日に目を(にじ)ませながら、そう納得した。 

イェーガーのところで一人称にしたのは、特に理由はありませんです。


一応、次回も出番の少ないスライムが登場する……予定。


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