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『フレイム』を2発受けても尚、生命活動を続けるグローヴァインの傍へと男が恐る恐る足を進める。
「こいつは、俺が貰っていいんだな?」
そう念押ししてくる彼に俺は無言で頷きを返す。決定打を与えたのは彼の魔法だし、俺自身はまるで役に立っていない。
俺がやったのはスライムに負担を強いただけで、手柄を横取りするような横暴が許されるとは、とても思えない。
横目で二、三度、俺の姿を窺ってから、彼はグローヴァインに触れるか触れないかの至近距離で瞑目して詠唱を始めた。
「『我、汝を求めん。故に汝、我に従え』」
彼の掌から溢れ出す淡い光。先程の『フレイム』よりも多量のそれは彼の手を包み、あるいは宙を揺蕩う。
紡がれた言葉が終わりに向かうと、光はグローヴァインへと流れていく。その光は焦げた身体を覆い尽くし、弾けて儚く消えた。
それは神秘的な輝きだったかもしれない。だが、俺はその光景の直視を自然と避けていた。
「ふぅ、成功だ」
緊張の糸が切れたのか、彼は地べたに尻から落ちた。もしかすると多量の魔力を使った事で疲労が溜まっていたのかもしれない。
先程、彼が詠唱したのは契約魔法である。
とはいえ、これは両者が対等の立場で結ばれる契約とは違って、人間側が一方的に押し付ける形での魔法なのだが、そんな傲慢な側面はさておいて。
契約魔法とは、召喚魔法の前準備として行われる――詠唱魔法で言うところの『定める』段階でもある魔法なのだ。
彼が先程詠唱していた『フレイム』の場合だと、その属性と規模を詠唱で『定めて』いるが、契約魔法では召喚対象である個体を『定めて』いる。
『フレイム』に比べて随分と手間が掛かるように思えるが、それも仕方のない事だろう。
『フレイム』などの属性魔法は自然の力を借りるなり何なりしてその場に生み出しているのに対し、召喚魔法は対象をその場に呼び出すものである。
だが、後者は無作為に呼び寄せている訳では無い。そもそも無作為に呼び寄せるといった芸当など、人間には不可能なのだ。
何故なら人間は魔法を曖昧なままで行使出来ないからである。
『フレイム』と同様に『スライム』などといった明確な個体名があれば、一見問題が無いように見えるかもしれない。
が、いくら姿形が似通っているものが多いとされるスライムにも、丸っきり同じ個体は2つとして存在し得ないだろう。
仮にこれを人間に置き換えれば、髪や瞳の色、背丈、体型、性別などが同じだとして、同一の存在だと言えるのだろうか。
外見が瓜二つな双子が果たして同じものとして認識出来るのだろうか。その答えは殆どの者ならば否、と答えるに決まっている。
それは結局、認識次第なのだろう。現象は同様のものとして数えられても、生物にはそれが出来ない。魔法もまた同じなのかもしれない。
さて、召喚魔法を発動するのに前段階として踏む必要のある契約魔法だが、マーキング的な役割を果たすだけだというのに、結構な量の魔力を使用する。
また彼がグローヴァインとの距離を詰めた通り、有効範囲が極めて狭い。
よって契約魔法を行使する為には接近する必要があり、詠唱中は無防備となるので、おいそれと使えない。
それに加え、魔法抵抗の問題もある。大抵のモンスターであればまず備わっているであろう魔法抵抗だが、健常な状態だと契約魔法に抗って、通じない事が多い。
その魔法抵抗を下げる為には魔力を相当消費させるか、弱らせるのが主に知られており、至近距離で発動させる必要がある契約魔法を考慮するに後者の方が反撃のリスクを負わずに済む。
だから彼もまた、グローヴァインに戦いを挑んだという訳だ。
まぁ、一部例外に身体機能が低下する程に逆に魔法抵抗が高まるケースや、魔法抵抗が一定で変化しないケースもあるらしいが、このルルヌフの森でその類とは遭遇しないだろう。
戻喚魔法を詠唱した直後、授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
今回の授業で何も成果を上げられなかったが、レイオッド先生は主にペーパーテストで評価を下す為、焦る必要は無い。
「んじゃ、戻りましょうか」
彼にそう声をかけた後、軽い足取りでレイオッド先生のいる集合場所に戻る事にした。
「毎度のように手伝ってもらってすいませんね」
個々人によっては授業数が異なる為、放課の時間も同様に違ってくる。
俺ぐらいの無能となれば基本的に召喚魔法の授業と教養の授業しか無いからか、相当早い時間に解放され、暇も持て余す事が多い。
勤勉で真面目な生徒であれば、寄り道もせず帰路につき、家業の手伝いをするのであろうが、母が病気から解放された為に生憎と俺は怠惰な生活を送っていた。
大抵は魔法学校に居残り図書館で書物と戯れるか、あるいはレイオッド先生の手伝いをするか。
今回はレイオッド先生の呼び出しを受け、彼の元へと訪れていた。
「いいえ、別に」
「作業の手際的にも時間の猶予としても君くらいしか頼めないでしてね」
さして大きくも無いレイオッド先生の声がこの空間に反響する。互いに作業する際に発せられる物音がやけに耳に入る。
というのも、此処が実験棟の地下に位置しているからだろうか。元は数年前に起きた地震によって生まれた空洞であるからか、とても上等とは言えない。が、地上とはある程度距離が隔てており、非常に静寂な空間だった。
かねてより研究に没頭する為の場所を欲していたらしいレイオッド先生がこの場を貰い受け、手の加えられた今となっては立派な私室と化していた。
「少し休憩にしましょうか」
研究に一段落ついたのか、机に向かっていたレイオッド先生は背筋を伸ばした後、凝り固まった肩を大きく回す。
此方としては単純な雑用程度しか回されていない為、そこまで疲労していなかったが、レイオッド先生のお言葉に甘えて作業の手を止めると休憩スペースの方へと足を運ぶ。
研究資料や道具で溢れる研究スペースに比べ、休憩スペースには物が非常に少ない。仮眠を取る為の簡易なベッドが奥に設置され、手前にはテーブルに椅子、流し場といったところか。
収納ラックには色気より食い気と体面を気にしていないせいか、飾られた品々は味気無く、何度も使っているというのに未だに生活感が乏しい。
しかし改善する素振りが見られないからして、案外レイオッド先生はこれで満足しているのかもしれない。
「――それで、今日も先生は告白を受けたそうですね?」
腰かけて早々に口火を切る。なるべく研究と関係無い、至ってくだらない話を振ってしまうのは俺もまた気分転換したかったのかもしれない。
「あぁ、もう何度も断ってはいるんだけどね。可哀想だとは思うけど、教師と生徒が付き合うとなると色々問題なのは想像に難くないからね」
困った色を含めた笑みを浮かべるレイオッド先生。
長い睫毛を乗せた大きく優しげな目に、高く通った鼻筋、薄く整った唇。
顔の造形だけでも綺麗と呼べる部類であるのに、レイオッド先生が良く覗かせる笑みがとても甘いのだ。
女性はおろか、一部の男性の表情ですら蕩けさせるという威力を秘めている。なんでも、学園内に隠れファンクラブが存在するくらいらしい。
まぁ、俺もまたレイオッド先生に憧れ、髪型を真似しようと頭髪を伸ばしているのだが、髪質があまりにも違い過ぎて似ても似つかないのだが。
後、面食いであるルシルも当然のようにレイオッド先生に好意を寄せ、告白まで漕ぎ着けたのだが、見事に惨敗。悩む素振りも見せず、他の生徒と同様に断られたのだとか。
誰も彼も全滅したせいで終いには同性愛疑惑が流れ、比較的付き合いのある俺がその対象に見られる事態となっていた。
尤も、その後に提言した婚約者説によって今は沈静化しているものの、水面下では未だレイオッド先生を虎視眈々と狙う女子が互いに牽制しているらしい。
尚、本人の口から恋仲の女性などいない事実を俺は聞かされているが、抗争に火に油を注ぐ真似は決してしまい。ルシル経由で巻き込まれるのは以前の事で充分学んでいるのだから。
「――話の流れを変えて悪いんですが」
「なんだい?」
「ルイゼンハルトに戻らないんですか?」
「またそれかい?」
軽快に笑い飛ばしてくれるも、腹の内では鬱陶しいと思われているかもしれない。だが、どうしても聞かずにはいられなかった。
レイオッド先生は王都であるルイゼンハルトでも優秀と謳われた人物でらしいのだ。
これは周知の事実で、校長から毎年自慢話のように聞かされていた話の一つである。
そんな人が比較的田舎であるアスタールに教師としてやってきた事に納得がいかず、何度も問いかけたのだが、
「だってさ、ルイゼンハルトにはモンスターが全然いないだよ?」
と決まってそう口にする。その言葉に本心が含まれているのは確かだろうが、それでもモンスターの為だけに名誉や生活の基盤を捨てて、アスタールに来れるだろうか。
天才は凡人と違った感性を持って生きている、というがレイオッド先生もまた名誉などよりも本当にモンスターが大事なのだろうか。
「そういえば君のスライムの調子はどうですか?」
「ちょっと見てみます?」
椅子に座ったままの状態でゆっくりと息を吐き出すと、右手を前へ突き出し、そこへと魔力を集中させる。淡く発光する掌から溢れ出た光の大粒が蛍火のように浮かんで空気に漂う。
吐き出した分だけ大きく空気を取り込み、一息に詠唱する。
「『召喚、スライム』」
掌に生じた光が弾け飛ぶと、音も無く前方から出現する1体のスライム。テーブルの上に鎮座したまま透き通った緑色の体液を揺らす。
呼び出して早々に戦闘に参加させている為、瞬時の判断力は凄まじいものがあり、今は戦う必要が無いのを理解してか、その場に留まった状態でいた。
鬼畜の所業を繰り返した結果だと思うと非常に胸が痛むが、それでも非力な自分にはスライムの力でも必要だった。
「へぇ、以前よりも少し大きさが増してて、艶もなかなか……」
「分かります? 生育環境で微妙な色合いも変わってくるんですよ?」
後ろめたい感情を押し殺し、理解を得られた事で湧き上がった喜びでそれを塗り潰す。
初めこそあまり好ましいと思っていなかったスライムだが、レイオッド先生と関わっていく内にその印象も変わっていったのだ。今となってはどこぞの愛玩動物よりも愛らしいとさえ思える。
まぁ、その思いに反してスライムには苦行を強いているのだが。
「おっと、少し喋り過ぎてしまったね」
細めていた目を軽く見開き、レイオッド先生が席を立つ。話してばかりで頭を休めていたのか分からないが、彼にとっては人と話す事もリラックス出来る方法の一つであるらしい。
「うん、頼める仕事も粗方終わっちゃったし、今日はこの辺で帰っても良いよ。お疲れ様」
「そうですか、では研究頑張って下さい」
戻喚魔法を唱えてから未だにちょっと重い肩を回しつつ、地下室を後にした。
「やぁ、待たせてしまったみたいだね」
ふと空を仰ぎ見れば既に赤みを帯び、足元に落ちた影は長さを増していた。
俺は魔法学校の門の前でジュストと話をしながら待っていると、待ち人であるリアナがようやく来た。
もう、ほとんどの生徒は帰った時間になってしまったことを考えると、彼女は俺とは比較にならないほど授業数があるのかもしれない。
「んじゃ、今日はこの辺で」
「あんがとさんよ」
砕けた言葉遣いでジュストに礼を言うと、彼は軽く手を上げるだけでさっさと帰路についてしまった。
「それで、彼とは何を話していたんだい?」
リアナの好奇心を刺激してしまったのか、彼女がそう話を振ってくる。
どうやら多くの人と接した事で、色んな事柄や些細な話にも興味を持ったらしい。
ゆっくりと門の前から離れ、少し間を置いてから口を開く
「あぁ、少し情報を耳に入れてただけだよ」
「情報? 友人との談笑、というものじゃなくてかい?」
「あぁ、彼は『協力者』だから」
『協力者』なんていう大層な名前で呼んでいるが、その実態は別に大したものでは無い。
受ける授業数も少なく、学園内部について疎い俺に情報提供してくれる人達、というだけだ。決して当惑した状況を明かしたり出来る程に親密では無いし、積極的に手助けしてくれる友人という訳でも無い。
ただ彼らが学内で流れる噂や情報を俺に流してくれるのは、ナサニエルの存在があるからだ。
ナサニエルはこの魔法学校に通う数少ない貴族の一人で、頬や首についた余分な贅肉から自ら動かなくとも良い身分である事が窺える丸顔で小太りの少年である。
彼の瞳には嗜虐の色が浮かび、他者を虐げる事で暗い喜びを覚えるらしいのもあるが、ルイゼンハルトでは田舎者と称されるアスタールに住み着いている事に鬱憤が積もり、それを晴らさんと学内でその捌け口を探していた。
恐らくその標的は誰でも良かったのだろう。召喚魔法しか使えない劣等生という事で俺が誰よりも目を引いたのかもしれない。
ある日、俺は人通りの少ない廊下に呼び出され、突然殴られた。力仕事をした経験が無いであろう彼の腕力は弱く、また人を殴る経験が無いのだろう。その日は彼が拳を痛めるだけに終わった。
しかし、その翌日にまた彼に呼び出された。その場に向かうと50人の助っ人を傍に控えた彼が出迎え、今度は誰かを使って俺に暴行を振るった。
金で雇った連中という事や多対一という事もあってか、逃げる間も無く囲まれ、数人がかりで拘束されて碌な抵抗も出来ず、ボロ布のようになるまで拳や蹴りの雨が止む事は無かった。
その後も、過剰戦力だと気付いたのか引き連れる数が減ったものの、彼の所業は止まらず、魔法学校に通う間はその被害に遭い続けた。
幸い精神的に追い詰めるような苛めは無く、暴行を加えられるだけであったが、それは恐らく直接的に手を下し、嗜虐心を満たしたとハッキリ実感出来るからだろう。
以前は抵抗を試みた事もあったが、随時に増員され、またその暴力も執拗さを増した為、いつからか抵抗を諦めるようになっていた。
が、俺の堪える様を甚く気に入ったのか、彼の暴行が俺へと集中し、他者に振るわれる事が無くなって以降、その元被害者が集結して『協力者』が生まれた。
多分、その矛先が俺へと向かった後ろめたさや同情が『協力者』の彼らの行動理由だろう。
ナサニエルの標的にされてしまえば、その関わり合いになりたくない為に友人が出来なくなってしまった俺に、引っ込み思案であろう彼らに最大限してやれる協力が情報提供なのだと彼らの口から聞かされたのだ。
その旨を簡単にリアナへと説明してやるも、
「酔狂な人もいるものだね」
という一言で片付け、さっさと話を切り替えてしまう。
「にしてもあれだね、人間ってのはよく考えるものだね」
「というと?」
彼女の歩幅と合わせながら、突然振られてきた話題に雑な態度で相槌を打つ。
「言葉を用いる発動形式なんて面倒なだけかと思ったけれど、案外面白いものだね」
「俺としてはモンスターが扱う魔法の方が気になるんだが?」
「私が質問を投げかけているのに質問で返すとは、言葉を大事にする人間には不埒な行為じゃないのかい?」
人間社会で生活し始めてからまだ日が浅いとは思えぬ発言と、呆れを含んだ半眼を此方に向けてくる。
詠唱魔法という例もあってか全くの嘘とも言えず、返答に窮した。
「で、あの魔法学校で教わる魔法にはどういったものがあるんだい?」
「なんだよ、他の人に教えて貰わなかったのか?」
「彼らは私に聞いてくるばかりで偶に質問で無い事を口にする事もあるけど然して興味を持てない自慢話の数々。しかも、此方を全く顧みないから戯れに威圧してみても気にしてやしない。
随分と平和ボケしてるんだね、此処は」
不機嫌さを隠そうともせず、歪めた唇から愚痴を漏らす。てっきり我を通して力ずくでも蹴散らすかと思っていたが、案外穏便でいたらしい。
「人気者だなぁ」
「そんなに気分の良いものじゃないよ。蛾に集られる街灯みたいなものさ。それより質問に答えてよ」
他の生徒に何か入れ知恵でもされたのか、俺の頬に細い指をグリグリとしてくる。口の中でグリグリするとほうれい線が消えるというが、外側からだと効果はあるのだろうか。
「授業で説明してくれないのか?」
「優秀だと思われてるみたいでね。基礎を飛ばしてしまうし、自主学習しようにも文字の習得に時間が掛かっていてさ」
ここで断ってもしつこく聞いてくるやもしれないし、渋々俺が分かる範囲での事を語る事にした。
「……アスタールの魔法学校で取り扱っているのは大きく分けて3つある」
「君の使っている召喚魔法と、詠唱もとい属性魔法、後は補助魔法、だっけ?」
「そうそう。んで、リアナは何を教わってるんだ?」
「詠唱魔法かな」
「系統は火、水、風、地、雷とあるが?」
「あぁ、それ全部そうだね」
流石、魔王の側近と名乗るだけあって才能に溢れているらしい。魔法の才があろうとも、普通は一系統、二系統だというのに、五系統全てを扱えるのは非常に稀だと言われている。
「そういえばゴーレムを扱う授業が無かったんだけど、どういう事だい?」
「んなもん、アスタールにあるかよ。そもそもゴーレムの保有数は10にも満たないらしいし、操縦者も限られてるしな。現状だと見る事すら叶わないと思うぞ?」
不満げに膨れるリアナであったが手元で出し惜しみしていないと理解したからか、それ以上ゴーレムについて触れようとはしなかった。
ゴーレムの何が彼女をそこまで駆り立てるのか分からないが、然して興味も湧かない為、此方も適当に話を逸らす事にした。
「まぁ、それだけ適性があれば充分だろ」
適性というのは才能と置き換えられるだろうか。身近な例で示すなら、人には誰しも得意不得意があるのと同じで、適性も人によって違ってくる。
属性魔法の適性だと火や風の系統は多い傾向にあり、逆に雷や地、水の系統は少ないらしい。
偏りが生まれる事に少々不思議に思えるも、利き手の割合が圧倒的に右手の方が多い事を考慮すれば、寧ろ均等である事の方が不思議なのかもしれない。
「で、説明はまだなのかい?」
リアナの苛立ちに比例して指圧が増していき、その摩擦によって少しずつ頬から熱が生まれていく。見た目より精神年齢の幼い言動が時偶見られるが、モンスターは皆こんなものなのだろうか。
「ほう、はらはんたんにへつへいひていくあ(訳:そう、なら簡単に説明していくな)」
なんとかニュアンスだけで彼女は理解したのか、ようやく頬から指をどけてくれる。
「といっても召喚魔法以外はそこまで知らないんだがな」
「まぁ、分かってる範囲で良いさ。で、補助魔法については皆目見当がつかないんだけど、どんなものなんだい?」
「あぁ、字面の通り、魔法を補助する魔法だ」
魔法を別の魔法で補おうというのだから、十全に魔法を扱えるリアナからすればおかしな話なのかもしれない。だが、そういった側面があるからこそ、彼女には補助魔法の適性が無かった、と考えるとなかなか面白い話だ。
「補助っていうと、どういう風に補助してくれたりするんだい?」
「主な役割としては、魔法を使う際の集中の負担を軽減したり、その人に扱えきれない魔力をコントロールするのを手伝ったりとか」
「魔力を扱えなくなるってこともあるんだね」
「あぁ、何でも暴発することもあるとか何とか」
リアナが顎に指を添えて、不思議そうに小首を傾げる。自称とはいえ、モンスターである彼女にとって魔力とは身近であろうから、魔力の暴走などという発想がそもそも思い浮かばないのかもしれない。
とはいえ、俺も同様にスライム以外を召喚した経験が無い為、暴発とは無縁の話だった。ルシルなんかは小さい頃、持て余していたと耳にした事があるが――
「……噂をすればなんとやらだよ」
実際に口にした訳では無かったが、脳裏に浮かんだ人物の後ろ姿が目に入った途端、思わずそう呟いていた。
リアナと合流する少し前、校門でジュストと駄弁っていた時に視界の端でルシルらしき金髪を見かけていたが、まさか追いつくとは思わなかった。
もしかすると家には真っ直ぐ帰らず、彼女の友人達と何処かで寄り道でもしていたのかもしれない。
「あっ」
不意に会話が途切れたのを怪訝に思ったのか、リアナが俺の視線を追ってルシルを目にすると、小さく声を上げる。
「あっ」
俺達の視線に気が付いたのか、リアナの声に遅れてルシルが金色を髪を押えながら此方に振り向く。そして、すぐさま此方の顔を認識すると、彼女は不快そうに眉根を寄せた。
が、その負の感情を見せたのは一瞬の事で、瞬きをした時には既に張り付けたような笑みを浮かべていた。
「あらあら、御機嫌よう。リアナさん」
「此方こそ、御機嫌よう。ルシルさん」
表面上こそ穏やかな面持ちをした2人であったが、場に漂うのは背中に冷や汗を誘う、妙な緊張感。
ルシルは目尻を垂らしながらも、正面にいる者を威圧する満面の笑みを、リアナは口角を上品に上げつつも、どこか挑発めいた微笑みを互いに向けあっていた。
両者とも別れの挨拶をかますのは、今生の別れを彷彿とさせて仕方が無い。
暫くの間、息苦しい睨み合いが続くものの、案外早い段階でルシルの方から目を逸らした。
彼女の視線が向かった先は俺の方で、敵意を含んだ瞳が俺を捉えた途端に丸くなった。どうやら今更になって俺の存在に気付いたらしい。
「ちょっといいかな、クレヴ君?」
先程とは打って変わり、剣呑さを感じさせないわざとらしい程に明るい声。猫被った時の彼女よりも更に酷い。
彼女の本性を知らない者なら、慕情を抱いでいるようにも見えるかもしれない。それほどに、過剰までの熱が彼女の声に含まれていた。
「いいから来て!」
遠慮が一切感じられない力強さでルシルに道の脇へと腕を引っ張られる。
これが嫉妬の表れであるなら胸が高鳴るものだが、生憎と飛び火するやもしれない危険性を知らせるべく頭にエマージェンシーコールが高鳴るくらいだ。
「どういうこと? なんでアンタがあのアマと一緒に帰ってる訳?」
リアナとの距離を取ったところで急に声のトーンが落ち、彼女の素の顔が露わになる。眦や眉をつり上げ、その声音には不機嫌なものが多大に感じられた。
その原因としては俺が彼女と行動を共にしている事に不満を持っているのでは無く、それが不可解であったのだろう。
魔法学校では接する機会が無くとも、ルシルと俺はサラナ村の同郷である。ナサニエルの苛めがある以上、俺が魔法学校で繋がりを作るのは難しい今、知り合う機会は外でしか無い。
が、ここ暫くは母の病気の看病をしていた為、その機会はゼロに等しい。かといって顔を合わせて初日で顔面偏差値が違い過ぎる者が共に帰るとは、彼女に考えられなかったのだろう。
「し、新入生繋がりだよ」
ルシルの威圧に少々唇が震えたが、咄嗟に思い付いた事をそのまま口にする。
正直に、つい先日サラナ村に混乱を招いたのがリアナだと明かしたとしても、ルシルが信じてくれるかどうか怪しいところだ。
自称している魔王の側近なんてステータスを付け加えたら鼻で笑われるかもしれない。頭がおかしいのは俺では無く、リアナの方だというのに、この理不尽な状況は何なのだろうか。
「ふーん」
此方に向けられるルシルの顔には納得の色が全く見て取れなかった。確かに新入生という共通点だけで仲良くなれるのなら、友達100人計画だって無謀ではなくなるだろう。
「信じる者は救われるぞ?」
「宗教には興味がないの。というよりアンタも同じ村出身なんだし、無宗教でしょ」
胸の前で手を組んでみせると、無防備となった頭に脳天チョップを入れられる。
そのままいつもの悪態へと繋がり、ルシルのストレス発散に付き合わされる。
終いには、「アンタ何でその髪型なのよ?」というほとんど言いがかりに近い言葉が飛び出す始末。
ぐだぐだと意識半分で受け流していると、
「おやおや、あのルシルさんが汚い言葉をお使いになりますね?」
待たされるのに飽きたのか、リアナが口を挟んできた。
「ちっ」
「舌打ちまでしてらっしゃるなんて、あらあら」
挑発するようなリアナの物言いに、ルシルの表情が一瞬固まる。額に青筋が立ち、何かがプツリと切れる幻聴が聞こえた気がした。
「アンタがそうさせているんでしょうが――この20面相!」
「君だって同じようなものじゃないか――この腹黒女」
気持ちが悪い態度を取り繕っていた2人の薄い化けの皮が剥がれ落ち、互いに睨み合う。まだ知り合ってから日が浅いというのに、良くもまぁここまで嫌えるものだ。
同族嫌悪でも働いているのかもしれない。
――触らぬ神に祟りなし。
確か先代の人々がそんな言葉を残していた。そして、その言葉は今の状況に対しての最善の手段と言えるだろう。
「――ねぇ、私の方が正しいよね、クレヴッ?」
静かにこの場から離れようとしたところで、ルシルに右肩をがっしりと掴まれる。
「いや、私の方が正しいに決まっている。なぁクレヴ?」
便乗するように、リアナも同様に俺の左肩を押さえつけた。
全く以て関係ない立場だというのに、どうやら彼女達の喧嘩に引き込まれてしまったようだ。
存外に2人の握力は強く、その拘束から逃れるのは難しい。時間が経つにつれて肩に掛かる圧力は増していくが、それは彼女達が答えを催促しているのに他ならない。
・ルシルに全面的な肯定をする。
そうしたら、魔王の側近(?)のリアナがキレた場合、何をやらかすかわかったもんじゃない。
・リアナに全面的な肯定をする。
そうした場合は、リアナの時よりかは危険性がいくらかマシになるかもしれないが、悪態がよりパワーアップする可能性がある。
今でさえ、俺のことだけでなく、学校の生徒たちの愚痴までもくらわされているのに、これ以上何をくらわされるのか、俺としては想像もしたくない。
・俺のウィットなギャグで場を和ませる。
こ・れ・だ・!!
よし、そうと決まれば即実行である。
「俺のために争いはやめて!――ごふぅ……」
言いきったタイミング丁度に、腹の辺りにボディブローがかまされる。
ルシル、お前か。
そこまで広いスペースが空いていないにも関わらず、腰が入っており、足が強く踏み込まれている。
女として、それでいいのかと問いたくなるくらいのナイスな一撃だ。
「君のギャグは面白くないどころか、ここまで不愉快だったとは」
追撃として、リアナからの脳天チョップ。
ボディが決まって、身体がくの字に曲がっている状態に更に追撃をかけるとは。
普通のチョップとは違い、体重のかかった重い一撃だったと見える。
――そんなにひどい発言だったか、これ?
この台詞はある書物から引用された、異性同士が争っている時に用いられる由緒正しき言葉だっていうのに。
……あ、そう言えば、この台詞で喧嘩を止められたことってあまりなかった気もする。
「このアホのせいで興が冷めた」
「あぁ、これには同感だね」
「次の機会――そうね、合同実践演習の時に白黒つけましょう」
そう、捨て台詞のように吐き捨てたルシルは、俺たちに背中を向けてさっさと歩いていってしまう。
……格好つけてるけど、帰る方向一緒だからあんまり決まらないよなぁ、これ。
言わぬが花、かもしれないな。




