7
【クレヴ】
相手の四肢が躍動する瞬間。
その姿がブレて見える程に、『加速』した。
それはまさに一瞬のこと。
この速さであるならば、瞬間移動といっても過言ではないくらいだ。
――これで、もし相手の出方を待っていたら、危なかった。
咄嗟に身体を横に投げ、間一髪のところで突進を避けることに成功する。
すぐに倒れていた身体を起こし、距離を取っておく。
まぁ、またすぐに距離が詰められそうではあるが、インファイトが得意そうな相手と至近距離にいたくない。
無駄だと思っても、やりたくなるのが人間だと、どこかの偉い人も言ってたし。
と、危ない展開は何とか回避出来たものの、これはマズイことになった。
このまま防御主体でいれば、相手はまた確実に『加速』を用いた突進をしてくる。
『部分加速』とも呼ぶのか、片腕だけや片足だけを『加速』させ攻撃してくることもあるだろうが、多分突進も使ってくる。
効率が悪いとかないだろ、という考えも浮かぶが、やはり俺の感が訴えかけてくるのだ。
なんか……そうだな、決め技っぽいし。
だから、それを何とかしなきゃいけない。
――やはりここは、攻撃に転じてみるか?
と思ったが、普通の攻撃じゃ、まず当たらないだろう。
俺の全力じゃあ、相手のスピードには追いつけない。
せいぜい時間をかければ目が慣れて追いつけるかな、という程度。
……どうにかして、俺でも相手に攻撃を当てることの出来る状況を作れれば。
相手が警戒し、大技を渋るようになってくれるようにもなるだろう。
でも、どうするか。
素人のフェイントじゃ通じないだろうなぁ……相手の方が身体能力が上なんだし。
となると五感とかも優れているんじゃなかろうか。
ほら犬っぽいし、嗅覚も人間よりも凄いとかさ――と、そうか。
安直な手ではあるが、やってみる価値はあるだろう。
今度は、こちらから接近する。
相手は――どうやら様子見だろうか。
俺が初めて攻撃に転じたからか、何か警戒でもしているのだろうか。
まぁ、相手の反応速度と、あの『加速』を用いれば、俺の後から動いても充分に攻撃をかわせると、思っているのだろう。
それは、好都合なことだ。
足を緩めることはせずに、距離を詰めていく。
掌には力を入れていない。万が一防御するために拳よりかはマシだからだ。
そして、相手との距離がちょうど俺の腕のリーチでは届かず、相手では届く距離に来たところを見計らって。
思いっきり、自分の掌と掌をぶつけあった。
……これは別に大したことはしていない。少なくとも魔法的な要素は全く絡んでこない。
ただの拍手、ハンドクラップだ。
だが、それに俺の全身全霊をかけて、やった。
それはもう手の痛みなど考えずに、だ。
そうすると、どうなるか。
当然、音が発生する。それもとびきり大きい、破裂音みたいな音だ。
そんな音が鳴れば、うるさく感じるだろう。
多分、ソムルド辺りもあの距離でうるさく感じたに違いない。
ちょうどここは音が響くようであるし。
その音を、もし相手の近くで、しかも相手は人よりも過敏に聞き取ってしまう聴覚を持っているのだとすれば。
俺にでも出来る、不可避の攻撃の完成だ。
……と格好付けて言いたくなったが、実際には猫騙しを本気でやっただけなんだけど。
でも、それでも。
相手には有効だったようで、その音によって怯んでいる。
攻撃を仕掛けるならば、今しかない。
「――――――っせいっっ!!!!」
ここは普通に殴りに行か――ない。
俺はその場にしゃがみ込み、そして――足元にある石畳を力任せに引っ剥がす。
その石畳は、5メートル四方ぐらいの大きさであろうか。
厚さもあるし、相手の攻撃を受ける壁として使うには充分だろう。
だが、それは相手が動かなければ、という話だ。
相手は当然の如く、動く。それも速い。すこぶる速い。めっちゃ速いのだ。
だから、壁としては使えない。
この舞台を見て、始めは壁として使えないか、とは考えていた。
だが、相手はすばしっこく、この壁の案は無意味なアイデアとして終わるはずだった。
実際、俺もこの状況で壁として使うつもりはない。
ただ、別途の方法で利用するだけだ。
この距離なので、相手の獣人がその石畳に乗っていたが、構わず持ち上げる。
バランスを崩し、少しよろけるも相手の運動能力なら尻もちなんかはついてはくれまい。
でも、また時間を稼ぐことが出来た。
後は、覚悟を決める。やるにしても、やらないにしても、痛いのには変わらない。
なら、出来るだけ痛くない方を、選ぶ!
「うぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
石畳をやや浮かして、そこに拳を連続で叩きこむ。
ぶつかる度に、拳に痛みが走るが、そこは我慢する。
こんなもんで俺の手が壊れる程、ヤワじゃない。
身体の硬さが鋼鉄と近しいあの父を、殴るにせよ、その攻撃を受け流すにせよ、相当な頑丈さが必要だったんだ。
だから拳は壊れない。
ただひたすらに、自分の持てる最大のスピードで石畳全体にラッシュを繰り返す。
みるみるうちに石畳にヒビが広がりを見せていく。
全体に行き渡ったところで、今度は掌底でもってそれを打ち出す。
欠片が獣人の方に飛び、弾幕を作り出す。
飛来する物体の多さに、相手の視界は塞がれ、またその対応に追われる。
相手は防御し、そこに留まるなり回避するなりするだろう。
――そこが、最大の狙い目だ。
相手はこれに対して――どうやら回避を選んだようだ。
『加速』で一気に大きく右に回り込み、俺のいる方へと向かおうとしているようだ。
だが、そこにはもう俺の姿はない。
なぜならそれは、俺が弾幕の下をスライディングで潜り抜けていたからだ。
相手が防御するならば、足元からの奇襲を仕掛けられるし、回避を選んだならば俺の姿を見失うように仕向けられるからだ。
そして、そんな目論見は見事に成功する。
スライディングを膝を曲げることで急停止し、そのまま膝のバネを利用してカーブをかけ、低身で相手に突っ込む。
手はもう痛いので、あの細い顎にサマーソルトキックでもぶち込もうと決めた時だった。
相手が、俺を発見した。
それも首を何度も巡らすことなく、まるで俺の方向だけを定めていたかのように。
偶然、ではない。
偶然にしては出来過ぎている。
まさか視覚以外での器官で、俺のいる位置でも察知したというのか。
……まぁそれが野生の勘だったり、何だったりせよ、どうでもいい。
とにかく攻撃は中断だ。
せっかく無駄に用心して、手間がありそうな保険までかけたというのに。
身体に急ブレーキをかけ、そしてバックステップ。
さて、この行動で相手に警戒心を与えられればいいのだけど、と思っていたが。
そんな、ほんの少し、たった少しの気の緩みを、相手に狙われた。
相手の姿勢がまた、あの四足を用いたものへと変わる。
そして、弾丸のように突っ込んでくる獣人。
もはや俺では目視出来ないスピードで接近し、今にもぶつかってしまいそうになる――その前に。
膝のバネを使い、高さ重視で前へと跳ぶ。
普段よりも軽く感じるこの身体は、俺を上へ上へと持ち上げていく。
相手は先ほどと同じく、もはや前進しか考えていないだろう。
いきなりは、跳んでこないはずだ。
そう、思っていた。
だが、相手は跳んできた。
俺の下をくぐり抜け、背後まで行ってちゃんと急停止した後に跳躍して。
相手の『加速』は、もはや空中でも有効なようであり。
俺よりも速いスピードで上へと昇り、そして――俺よりも速いスピードで降りてきやがった。
落下地点はもちろん、俺へ。足を向けて高い位置から踏みつけてこようとする。
空中では身体の自由がそこまできかなく、ただその攻撃を受け止めるのみだ。
まず俺に来たのは、蹴りのインパクト。
俺の身体にまで運動エネルギーが追加され、地面へと落下するスピードが膨れ上がる。
そして地面と背中から接触。
ぶつかった勢いが強すぎて、身体が硬い石畳の上をバウンドする。
そんなところに、相手の追撃。
再び相手の足とご対面である。
「――――っ!!」
もはや叫び声を上げることも出来ず、地面に再度落下。
今度は相手の圧力があるせいか、身体がバウンドすることはない。
衝撃が腹から背中に突き抜け、また背中全体にも叩きつけられた痛みがくる。
蓄積されていたダメージにこの強烈な一撃を加えられて。
俺が意識を手放すには充分過ぎる程だった。
【ソムルド】
クレヴが一際身体の大きい獣人によってノックダウンされた時。
ソムルドは、ようやく終わったか、という感想を呟いた。
だが、それはあまりに口の動きが少なく、誰の耳にも届かない。
彼はクレヴの戦闘が始まる前には期待していたのだ。
人の身でありながら、あの枷を付けて動けているクレヴが、どれほどの強者なのかを、と。
確かに筋力自慢の大男なら、クレヴと同じようなことが出来るかもしれない。
だが、クレヴと同じ体型の者が果たしてそんな芸当が出来るだろうか?
いや、出来ないだろう。
あの細身で獣人に並ぶ筋力。しかもまだ十代という歳で、だ。
普通なら、こんなことは出来ない。
ならば、クレヴが何か特殊な拳法なり武術なりを習った結果だと、ソムルドが期待してもおかしくはない。
だが、そんな期待もすぐに薄れてしまった。
まずソムルドの期待が削がれたのは、クレヴの殺気のなさ、である。
相手の獣人がクレヴを殺さんばかりに襲いかかるのだが、それを防ぐばかり。
戦っているにも関わらずクレヴの表情には、鬼気迫るものがない。
そんなクレヴに、ソムルドは真面目にやってないのか、と怒りを覚えた。
また、クレヴが一切攻撃を振るおうとしないのにも、ソムルドの気に障るものであった。
防戦一方である奴が、強者であるはずがない。
また、最後の方にあったクレヴの奇抜な行動。
ソムルドには、良く言っても小賢しい、悪く言えば真っ向から勝負の出来ぬ小心者にしか思えなかった。
彼が欲しているのは、誰もが明確に分かる強者だ。
力と力でぶつかり合い最終的にはその力が強い方が勝つ、という大変泥臭い対戦を観戦することが、フルデヒルドの貴族内で流行っている。
その勝負で発生する賭事も含めて、だが。
そのイベントの主催者であるソムルドは、やはり客を楽しませ、多くの人から金をせしめたいと考えている。
だから、客のニーズなんかには、合わせようと努力をしているのだ。
じゃあ、先ほどまで戦っていたクレヴは、客の好みに合っているのか?
……答えは概ねノーだ。
一部の物好きにはウケそうではあるものの、全体的には、ああいう逃げ腰気味なクレヴは好まれない。
また、せっかく綺麗に作ったこの会場を破壊した、ということもソムルドが気に入らない点である。
これでクレヴはソムルドの中で、戦闘用の奴隷としては完全に弾かれることとなった。
ただ、
「(前座として見世物くらいにはなるかのう)」
と、ソムルドは考えていた。
せっかく高い金を支払って購入した商品だ。
いくらコレクターとしての心が揺れて、つい買ってしまったものでも、有効活用する。
どこかの飾るだけの阿呆貴族とは、そういった点でもソムルドという男は違ったのである。
「さて、この見世物はいかがでしたかな?」
これ以上失望した気持ちに囚われていても仕方ないと判断したソムルドは、隣に座らせたリュドミラの反応を伺う。
だが、リュドミラはやはり感情がないかのように、表情筋をピクリとも動かさない。
ただソムルドが目を逸らしていた――あのクレヴが戦っていた時はそうでもなかったのだが。
「……」
リュドミラは口を動かさず、またソムルドの顔さえ見ない。
ただクレヴの方をじっと見て、無視を決め込んでいた。
クレヴがこの無口でいるリュドミラの変貌っぷりに、『こちらが本性なのでは?』という疑問を抱いていたが、実際には違っていた。
『喋りたい人の前ではとことん喋るが、喋りたくない人には一切口をきかない』、と子供のような理由でこんなことをしているのである。
まぁ、それを知るのは本人だけで。
ソムルドはそんな態度を取るリュドミラに機嫌を悪くするどころか、喜びを感じていた。
気丈に見えるリュドミラに彼が劣情を抱いたのもそうだが、何よりも『王女』というステータスを持つ人間を所有している、という部分が大きかった。
これは、他の貴族には持ち得ない、超がつくほどのレア物だ。
その上、リュドミラは顔立ちも大変整っている。
収集家としては、至上の喜び。
仮に今のリュドミラが気に入らなければ、調教なり洗脳なり教育なり脅したり何なりとして、自分の思うがままに矯正してしまえばいい。
ソムルドは1人の従者を呼びつけ、リュドミラを部屋に案内するように命じる。
彼の部屋ではなく、今現在において彼女専用の部屋となった空き部屋である。
買ってきて早々に手をつけるのも、彼は何かもったいなく感じていた。
それは好きなものは最後に味わいたい、という彼の性格からだろうか。
今はただ、この場から去っていくリュドミラの背中を舐め回すようにして見る。
特に、服の上からでも分かるくびれのある腰とその下に続く小振りな尻を重点的に。
「……ソムルド・ゲルブッチャー様」
リュドミラが退出したタイミングで、女性の従者がソムルドに声をかける。
彼女の歩幅が普段よりも小さく、わざとソムルドの元へ行くのを遅らせていた。
だが、そんな些細な抵抗など虚しいもので。
足を前に動かせば、いずれにせよ距離は縮まる。
嫌悪感が滲み出る彼女の顔を見ても、ソムルドは怒らない。
寧ろ、少し感情が高ぶっていた。
何故なら彼は変態だから。
嗜虐趣味と被虐趣味を兼ね備え、戯れに女性の排泄物を間食として食らい、下は赤上は老婆まで『女』ならば欲情し、夫の前で人妻を犯して喜び、穴という穴に自分の精液を満たすまで続ける、などなど。
探そうと思えば、いくらでも見つかるソムルドの変態性。
この後、奴隷達をどうするのか指示を受けるまで、彼女は性的な悪戯に耐えねばならない。
それもソムルドはまともに動けないので、わざわざ自ら彼の手に近づけないといけないのである。
尻に指を滑らし、胸に顔を埋め、股に指を這わすのはまだ序の口。
他の視線がある中で服を開け、これを我慢するのは相当な苦痛だろう。
唇を強く噛み、必死に堪える姿は逆にソムルドをそそらせるのだが……。
彼女の肌触りを充分に楽しんだ後、ソムルドが彼女に指示を出す。
「オスの方は……いつものところにぶち込んでおけ。メスの方は仕分けて入れるのを忘れることがないようにのう」
「はい……」
「それとあの長髪に隷属魔法はどうであった?」
「やはり効きませんでした……」
クレヴが気絶した後、魔導師達が隷属魔法を試みたのだが、彼には何回やっても効かなかったのである。
それを聞き、ソムルドは「もったいない」、という台詞を漏らす。
優れたスペックがあるというのに、どうしてこうも強くないのか、不思議に思ってしまうくらいであった。
ちなみに、クレヴに隷属魔法が効かないのには魔法抵抗が高い訳ではない。
気絶して、クレヴは確実に魔法抵抗が下がってはいる。
それこそ、この中で魔力の強い魔導師がやれば効くであろう、というぐらいに。
それなのに何故効かないのかというと、リアナの力によってである。
あの時――そう、クレヴがリーシャに『誘惑』の魔法にかかっていた時のこと。
リアナはクレヴに『魔導』を利用し、それを無効化した。
その際、リアナがしたのは無効化だけではない。
『魔導』とある魔法を併用して、クレヴの魔法抵抗を引き上げたのである。
その魔法は今も残留したリアナの魔力によって発動されたままであり、クレヴは知らず知らずのうちに彼女に助けられていたのだった。
「後は、他に指示などはありませんよね……? ではお先に失礼します」
返事をしたら、そそくさと立ち去ろうとする彼女であったが、
「今夜、ワシの部屋に来い」
という言葉によって膝から崩れ落ちてしまう。
「(こりゃあ、今夜も期待出来るわい)」
彼女の様子を見て、ソムルドはほくそ笑むと今夜のことに早くも思い馳せるのだった。
【ルイゼンハルト 城にて】
ルイゼンハルトの中心にそびえ立つ城は、この街で現存する一番古い建物である。
その城の周りにある街は時が経るにつれて変わっていっているのだが、城だけは変わらない。
それは街の象徴だからというのだろうか、流石に内装は変わっているようであるらしいが、外観は殆ど変わっていない。
色は白を基調としているためか、辺りが暗くなった時、貴族区を照らす光によってボンヤリと見える城の姿は神秘的なものだという。
それは古城故の歴史を感じるデザインをしているからだろうか。
といっても、数年に一度は城の補修やメンテナンスをしているため、城壁やらにひび割れなどはなく、使われている素材の色合いを古めかしくしているのである。
さて城の外部はそんな感じであるが、内部は今風と言ってもいいくらいに改装している。
まず、近くに最低見張りを10人程配置した頑丈そうな城門をくぐり抜けると、広大な庭園が出迎えてくれる。
よく手入れされているのか、そこに生える木々に不格好なものはなく、だがそれでいて不自然でないようにされている。
地面は色とりどりの草花が覆い、街には感じられない爽やかな香りを風で運んでくれるだろう。
庭園を超え、城内に入ったかと思えば広間が。
その奥にはすぐに玉座の置かれる謁見の間が存在する。
ここは城の中でも特に新しいもので、現在の王、アーノルド・ハーディアの発案によって作られた。
城の中でも『開かれた場所』として比較的有名で、身分が賤しい者でも正当な理由があれば謁見が許されることもあるのだ。
……まぁ、パワープレイで強引に謁見の間に侵入したシルヴァという例もあるのだが、それは極稀なことで。
彼以外に達成出来た不届き者はいない、とは街でも有名な話だ。
そんな謁見の間を過ぎると、ここからはいくつかの通路によって行き先が変わってくる。
使用人の居住スペースだったり、大変貴重な書物や危険な思想が書かれているために徴収されたものが収納されているところだったり。
仕事で溜まったストレスを発散すべく作られた娯楽スペース、なんてものもあったりする。
その中でも特に入り組んだところに作られ、一部の人間以外は入ることが許されない会議室の一つに。
アーノルド・ハーディアと数人の年老いた男達が円卓を囲み、殆どの者が頭を垂れていた。
「その話は本当なのか、フリーデンよ」
アーノルドが、耳を疑いたくなる内容に、フリーデンという男に今一度問う。
立派な口髭を生やし、近衛隊隊長という役職のフリーデンは、冗談の一つも言えない程に生真面目な性格をしている。
だからこそ、アーノルドはフリーデンから報告された内容を信じられなかった。
「……厳重に保管してあったゴーレムが、なくなりました」
重々しい声で、何とか言い切るフリーデン。
「それは、2つともか?」
「えぇ、後は魔法学校にあったものも紛失しているようです……」
「しっかしまぁ、あんなデカいのを良く無くせますね」
ばつが悪い顔をするフリーデンに、騎士団団長であるミハエルがへらへらと小馬鹿にするように笑う。
「貴様……ッ!!」
激昂するフリーデンだったが、ゴーレムの管理は自分の管轄だったために、いくら立場が低いミハエルにも強く言うことは出来なかった。
「よさんか……。それで、ゴーレムが無くなったのには、いつ頃ぐらいだ?」
「はっ、それはつい数日前のことです」
「そこに入ることが許されておるのは、確か近衛隊でもごく一部であったはずだが……」
「王直属の部隊である我々がそんなことをするはずがないでしょう」
「いや、欲にかられたヤツがいたら、ありえなくはないんじゃねぇんですかい?」
からかうように、ミハエルが言葉を続ける。
「なんせ、あのゴーレムはオーバーテクノロジー、ってモンですよ?」
ミハエルの言った通り、人の手で造られたゴーレムというのは、ルイゼンハルトにいる学者では理解に及ばぬ技術が多く積まれていたのだ。
偶然古代の遺跡から発掘されたそれは、動かせなければただの置物に過ぎない。
誰もが解析出来ないと諦めかけた時、ある2人の天才が解析に乗り出し、成功させた。
1人は趣味感覚で新しい魔法陣を開発出来る者。
そしてもう1人はモンスターが好き過ぎて、通常の者なら見ないであろう個体ごとのモンスターの癖や、細かい動きまで把握し、出回っている図鑑など軽く超える情報量を持つ、物好き。
彼ら2人は探求心豊かであったため、発掘されたゴーレム全7体を解析、そして修復するのに5年もかけなかった。
特に後者であるモンスターが好きという変わり種は、まだ若い男で、国に認められた召喚魔導師と大変珍しい存在だったという。
そしてその2人はゴーレムの解析を終えると、フラリといなくなってしまった。
1人は気まぐれに旅に出て。
もう1人はルイゼンハルトに嫌気がさし、アスタールという田舎に移ったかと思いきや、現在は行方が知れない。
解析の出来る2人がいなくなり、複製計画も中止をせざるを得なくなった。
ただ、ゴーレムを動かすマニュアルを作らせていたために、またただの古くさい置物に戻ることはなく。
このゴーレムは、研究を投げていた彼らの想定を超えた能力を持っていた。
体積が大きい分動きが遅いが頑丈で、ゴーレム内に乗り込んでも地系統の魔法なら使用することが可能。
しかもその際には、ゴーレムによって増幅されるのか、魔法の規模も大きくなる。
もはや、兵器といってもいいくらいに有能性と危険性を孕んでいることもあり、現存する7体のゴーレムはルイゼンハルトに3、ザビウスに2、フルデヒルドとソムディアに1と割り振られた。
だが、ルイゼンハルトにあったゴーレムが3体全部消えてしまったのだ。
壊された形跡はなく、何者かに盗まれたとしか考えられないのである。
「……後で部下達を集め、話を聞くことにします」
フリーデンはそう言って頭を抱え込む。
騎士団団長という立場で生意気なことを言ったミハエルの言葉をこの場では頷くしかなかったのだ。
何故なら、他の者からゴーレムの目撃情報がないのだから。
そんな中、アーノルドはこの件に対してある考えが浮かんでいた。
「(まさか、あの連中が関わってるのではなかろうな?)」
あの連中。正式名称などなく、金さえ払えば何でもするような集団。
アーノルドと親しいクロードからの情報で、娘であるリュドミラが行方不明になったのも、『その連中』のせいなのでは、と聞かされていたので、そう結びつけたのだ。
根拠は、ない。
ただその2つが起きたタイミングがあまりにも近い。
「(いっそのこと、こちらも『連中』を使ってみるのは……)」
アーノルドがそう思ったところで、途中で頭を振ってその思考を中断させる。
『連中』は、金で動くのだ。
そしてまた、金で『連中』を動かなくすることも出来る。
これでもしアーノルドが『連中』に金を支払っても、リュドミラを攫った、もしくはゴーレムを盗んだとされる相手がそれよりも高い金を出していたのなら、当然後者の方が優先される。
とてもじゃないが、アーノルドのポケットマネーでは大掛かりなことをした相手には対抗出来ないし、不用意に国費に手を出せば彼を良く思わない貴族からバッシングを受けるだろう。
結局、彼らは集まって会議を開いたものの、それに対して動き出すことは出来ずにいるのだった。
相変わらず魔導師だというのに、地味な戦闘でした。
スライムを召喚しないのは、隷属魔法を恐れたからです、はい。




