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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
フルデヒルド
56/136

6

【クレヴ】

 魔導師達の仕事が終えると、従者達が獣人を檻から出していった。

 一応、獣人には枷が付いているとはいえ、襲われたりしないだろうか、と思ったが、そんなことはなく。

 どいつもこいつも彼らに危害を加えることなかった。

 ただ彼らに対して唸ってはいたのだが、不思議なことに攻撃はしないのだ。

 これが……隷属魔法の効果ってヤツなのかもしれない。


 昔から、不思議に思っていたんだ。

 契約魔法に『我に従え』という言葉が含まれていたことに。

 昔の言葉と今の言葉では意味合いが違うのかな、とずっと思っていたが、こういうことだったとは。

 

 そして俺達はソムルドを先頭に彼の馬車へと先導される。

 場所としてはテントの裏――まぁ俺が入ってきたのが裏かもしれないが――にあった。

 数々ある馬車の中でも、特に装飾が派手で、目に優しくない馬車。

 その馬車を引かせる馬が10頭もいて不思議に思ったが、どうやら俺達を運ぶために馬車の後ろと荷車とを連結するためらしい。

 獣人と同乗となり、今度は寝転がれるスペースもなかったのは残念である。

 ただ、奴隷の中でもリュドミラだけは特別扱いで、ソムルドと同じ馬車に乗り込むようだった。

 どういう仕切りをされているのかは知らないが、ソムルド用と従者では入る扉が違うようで、リュドミラはソムルドと同じところへ。

 書物での官能ものであったら、間違いなくセクハラコースであるが、大丈夫だろうか?


 ……いや、それはないか。

 もはや身体が重すぎて、腕も満足に動かせないだろうしなぁ。

 

 いい加減俺も乗らないと怒られそうだったので、入口手前に腰を下ろしたところで荷車にしては頑丈そうな扉でしっかりと閉められる。

 そうして1分も経たないうちに、ここから出発となった。







「どうも初めまして……」


 俺以外全て獣人という、完全アウェイ状態を何とかすべく、挨拶を試みたのだが。


「グルルッ」


 全員敵意のある目でこちらを睨んできて、もう話しかけようとする気力が失せそうになる。

 どうせここにいるのなんて、一時的なものだろう……多分ではあるが。

 次の言葉をどうしようか、と考えまくった俺の努力は簡単に踏み(にじ)られたが、まぁいい。

 彼らも気が立っているのだろう。

 落ち着いたら、また話しかけてみることにする。

 

 ……にしても、彼らをそこまで見ていなかったが、獣人といっても全部が同じような個体ではないと分かった。

 主に分けるなら、三つ。

 一つ目は、全身毛むくじゃらで顔もなんだかオオカミっぽく、完全に獣が二足歩行しているようなタイプ。

 二つ目は、顔や胴体は人に近いものの、腕や足、耳辺りは完全に獣で、尻には尻尾が生えているようなタイプ。

 そして、三つ目が、一番人に近い。

 顔なんかは二つ目よりも人っぽい。歯なんかも鋭くないし髪もそこまでごわごわとしていない。

 だが、どういう訳か耳だけは獣、とアンバランスである。

 腕や足は完全に人寄りで、爪がやや鋭い程度。

 そして……尻の方には尻尾が生えていた。

 ただ二つ目のタイプよりかは小さいようで、猿と同じなのかもしれない、と考えると分かりやすい。


 彼らはその中でも、いくつかのグループに分かれて固まっており、集落ごとに分かれているのだろう。

 人間と同じように、やはり男は筋肉質の身体、女はやや丸っこく胸や尻が大きくなっていることが分かる。

 ……ただ、それが分かるのは二つ目と三つ目だけで、一つ目だけは見分けがつかなかった。

 ごわごわとした毛が全身を覆っているためだろう。

 仲良くなったら、触らせてもらえるだろうか? 

 触りたいという欲求がムクムク膨らんでくる。

 

 後、一緒に歩いている時にも分かってはいたが、彼らは人と比べて身体が大きい。

 今、母親にしがみつく子供ですら、俺と同じくらいの身長があるのだ。

 親は3メートルくらいあるんじゃなかろうか。

 ここにはいないが、中には4メートル超えしている者もいそうな気がする。

 ……父も、もしかしたら獣人なんじゃないか、と思ってしまいたくなるが、残念ながら違うんだよなぁ。

 サラナ村出身だと、他の村人から聞いてはいるしな。

 本当なら、村に帰るはずだったんだけどな……。

 今頃村はどうなっているんだろう。リーシャ辺りが暴走してカオス度が増してなきゃいいけど。

 

 ホームシックになりそうだった気持ちを何とか抑えるために、今度は外の景色を眺めることにした。

 テントから20分くらい経っただろうか。大きな街が見えてきた。







「静かだな、ここ」


 静か、というか静か過ぎる。

 先ほどの看板で、ここがフルデヒルドだということが分かったのだが、とにかくここの住民の活気が感じられないのである。


 このフルデヒルドはやや変わったところで、街の中にいくつもの川が流れている。

 そこから水路を街中に引いているため、水資源が豊富で有名なところだ。

 そんなところにわざわざ街を造るなんて、大雨なんかで洪水が起きたら、どうするつもりなのだろう、といつも思っていたが、それは一旦置いとくとして。


 とにかく、水がうまいということもあり、水樽や魚をルイゼンハルトなんかに送り、なかなかの収益があると聞いていたのだが。

 『商売が盛んなところは騒がしいモンだ』、と行商人をやっているランゴさんは、村に帰ってくる度に言っていたんだけど。

 大きい街っていうのは、それだけ商売も発展しているものである。

 どういうことだ、と街の様子に目を凝らして見る。


 まずは雑貨店の様子だが、品薄になっているといった感じはしない。

 ただ肝心のお客が全く来ていないように見える。

 人が集まっているところといやぁ、食品関係のところばかりか。

 といっても、料理を営む店には行かず、露天なんかで穀物や野菜などを買い込むだけだ。


 ここら一帯で飢饉が起きる、のは土地柄ないだろうし……ここでの税が重すぎるのだろうか?

 着ている服もルイゼンハルトに比べるとみすぼらしいし、娯楽の(たぐい)の店が全く機能していない。

 こんなんで街を動かしていけるのか、と経営には全く詳しくない俺ですら不安になってくる。


 と思っていた10分後、さっきとは同じ街とは思えない程の華やかなエリアへと入っていった。

 男はスーツ、女はドレスを着込み、街中をゆったりと歩いている。

 優雅さを追求しているのか分からないが、子供達ですら走ることなく、歩道をきっちりと歩いていた。

 こちらも静かと言えば静かだが、違う。

 騒がしいのを好まないというだけであろう。

 ここの街並みも、何やら成金趣味というべきか、とにかく高い建物が多い気がしてならない。

 木製はあまり見かけられず、あっても何だか小奇麗で洒落ている感じがする。


 つーか、さっきから思っているのだが、こんなところを堂々と走っていてもいいのだろうか?

 一応、車道ということで主に馬車が通る道として指定はされているのだけど……問題はそこじゃない。

 俺たちみたいな奴隷を連れた馬車が堂々としてていいのか、ということである。

 ルイゼンハルトでは一応表立っては、奴隷制度が認められてはいない。

 貧民という名を使って、強制労働させたりしているのなんかは有名な話だ。

 が、こんな如何にも犯罪チックな感じが匂うこの荷車を、見せつけるようにしていても、問題にはならないのか?

 まぁ、俺としては好都合である。

 どこぞの正義感丸出しな人が、この悪逆無道な行為を止めてくれないか、と今か今かと待ち望んでいるのだが。

 全くそんなことが起こる気配がない。

 一応、この荷車の存在は街の人達に見られてはいるのだ。

 だが、誰も驚くことがない。むしろ、これが日常茶飯事かのように、「あぁ、ただの奴隷を運んでいるだけか」、みたいに軽く流されている。


「誰かー助けてー」


 と声を上げてみるも、うるさそうにするだけで、ちっとも助けてくれやしない。

 

 やや諦めかけたところで、今度は見回りをしている騎士の姿を発見する。

 治安維持活動が義務付けられている騎士様のことだ。

 こうした悪には、きっと助けてくれるに違いない。

 案の定、その騎士はこちらの存在に気がつくと小走りで近寄ってくるではないか。

 そうして馬車を止めさせると、彼らと何やら話しこんでいるようだった。

 相手が貴族様だからか、穏便に解決する方法をとっているのだろう。

――と、そう思っていたら。

 馬車は再び動き出す。

 どういうことだ、と騎士の方を見てみれば……奴の手には何かがパンパンに詰まった袋を持っていた。

 ……あれは、どうやら賄賂を渡されたみたいだ。

 騎士の顔がだらしなく緩んでいるのが、いい証拠だ。

 

 このフルデヒルドという街……来て早々の俺でも分かるくらいに、腐っていやがる。








 まだ街の中にいると思っていたら、急に建物が見えなくなった。

 どういうわけか、と周りを眺めれば……道の両脇に広がる田んぼが見える。

 馬車が進む度に、田んぼの様子は変わっていく。

 どうやらに植えられている作物は他にもあるようだ。

 なかなかに広大な土地で、そこで収穫作業をしている人は大変そうである。

 少しして、畑が終わったと思いきや、今度は果樹園が続く。

 根が腐ったりしないのか、という疑問が浮かぶが、水が多い場所で育つ種類なのだろう。

 枝に葉が青く生い茂り、ちゃんと根が張っているのか倒れているものも見られない。

 風に乗って甘い匂いが鼻をくすぐり、気持ちが少し和らぎそうだ。

 果樹園が終わると、今度は牧畜か、と思っていたのだが、それはなかった。

 代わりに城みたいなデカい豪邸が待ち構えている。

 豪邸の周りには深い堀があり、豪邸の方から扉と兼任している橋が降りてこなければ、入れないようになっていた。

 金属製の橋は、分厚くて横幅が広い。

 なかなかに重量がありそうで、この橋を上下に動かす動力源が一体なんなのか。

 中に入ったら、さっそく確認してみよう。


 豪邸がとてつもなく大きいこともあり、馬車から降りることなく進んでいく。

 気になっていた橋の動力源だが、ここからでは見ることは叶わなかった。

 扉付近にはレバーが二つあり、その近くで幾つもの歯車がガチャガチャと動き、橋と繋がっている太い鎖を巻きとっているのは分かった。

 が、肝心の動力源がどうやら下にあるようなのだ。

 ……俺の予想だと、たぶん奴隷にやらせているのではなかろうか。

 まぁ、素晴らしい技術の発展が、俺の予想など簡単に裏切ってくれることを祈ろう。

 


 馬車は豪邸の中に作られたバカみたいに広い車庫に到着すると、従者が荷車の連結を外していた。

 ソムルドとリュドミラ、残りの人達を降ろし、他の馬車と同じように並べられた。

 車庫の中には、10以上の馬車があったのだが、この広さなら普通にその10倍は入りそうである。

 たいへん無駄な空間を遊ばせているとは、頭はそこまで良くないのかもしれない。


 荷車は別のところに収納されるのか、数人の従者が俺達を降ろし、どこかへ行ってしまう。

 また、彼らが帰ってくるのを待たないのか、ソムルドの後をついて来い、と言ってきた。

 獣人からは、不満の声が上がらない。

 というより、馬車の中でも獣人独自の言葉で会話されていたので、それで言われても理解出来そうにないが。

 表情としては怒りやら不満の色が強く、鋭い犬歯を剥き出しにしていた。

 だが、獣人達は従っていた。それだけ隷属魔法の効力が強いってことか。

 自分の意志とは関係なく、身体が動くという感覚はどんな感じなのだろう。

 やっぱり、気持ち悪いとか、そんな感じだろうか。


 初めて支配される側に立って。

 スライム達もこんな感じなんだろうか、と思うと元々あった罪悪感が膨れ上がっていく。

 自分の都合だけ押し付けて、相手の意志は無視。


――俺のやっていることは、あのソムルド達と同じことなんだ。

 分かっては、いた。ただ、今まではその事実から目を背けていただけ。

 今更スライム達を解放しても、何も変わらない。

 ただスライム達に他の仲間とは馴染めない現実を与えるだけ。

 じゃあ、もう二度と召喚しないか?

 ……俺は弱いから、無理かもしれない。

 つくづく、俺はクズな人間だ。


 ネガティブな気持ちが再来している間に、ソムルド達が何やら人が何十人も入れそうな巨大な箱の中に進んでいく。

 俺達もそれに続くが、その箱には奥行きはない。

 こんな狭いところで何をするのか、と従者の方を注意深く見てみると、


「三階まで稼働」


 箱の外に設置された、トランペットの先端みたいなヤツに声をかけているみたいだった。

 それは上と下に金属の管が伸びており、その先にいる人間に支持を出しているらしい。


 それから直後――急に揺れが起きる。

 地震かと思ったが、振動が起きているのは箱の中だけ。

 身体に感じる重力もなにやら違ったように感じる。

 少しして、ガゴン、という音がし箱の動きが停止。

 箱から出て見れば、そこはもう入ってきた場所とは違う。

 どうやらこの箱は、階段もなしに上の階へと昇れるものらしい。

 いやはや、人間の発想力とは恐ろしいものだ。

 あのソムルドの体型では階段を昇るどころか、歩くことさえ苦痛だろう。

 そして、そんな彼を運ぶ人達も。


 サラナ村では動く階段という発想までは出ていたが、これは村の人に見せたら喜びそうだ。


「こっちだ、早くしろ」


 俺がこの箱に興味を示しているうちに、ソムルド達は移動していたらしい。

 従者の1人に連れられ、向かった先には。


「ここは……」


 これは武舞台、といえばいいのだろうか。

 ある階の殆どのスペースを使い、中央には石畳が敷かれ、その周りには階段のように外に向かえば向かう程、段差が高くなった客席。

 完全に見せ物としてやる場所に連れてこられた、ということは、つまり。


「これからお前達には、1対1の戦闘をしてもらう」


 ソムルドのくぐもった声。

 元々不快感を感じさせる声ではあるが、内容も伴うと効果が倍増するんだなぁ。


「戦闘用の奴隷と農奴とかに分けねばならんからのう!」


 ぐふぐふ、と頬についた多量の肉を揺らし……ソムルドはその後、ぜぇぜぇと息を切らしていた。

 あまりの体力の無さに、心配しそうになる。

 この人、軽く風邪でもひいたら死ぬんじゃなかろうか。


「ここには……大体20匹くらいいるか。そうだのう、戦闘用は3匹くらいに絞るとする」


 それだけ言うと、ソムルドは客席の方へ。


 そして俺達は彼らが勝手に決めた組み合わせで、戦う羽目となった。

 来て早々だと疲れてるとか、そういったことを考えないのだろうか?


 ………………って、俺もやるんですかね?







 客席と舞台の間にあった石畳が外され、出来た深い溝。

 そこには多数のトゲが設置されており、そこから落ちたら悲惨なことになりそうだ。

 その溝の橋渡しとして用意されたのは、一枚の板。

 決して小綺麗なものではなく、ボロッちいもので、その上で跳ねたら折れそうだ。

 こういうチョイスも、彼らの趣味の悪さが伝わってくる。


 まず戦闘が行われたのは、両方とも2つ目のタイプの獣人。

 どうやら夫婦なのか、ここにくるまで寄り添っていた2人だった。

 そんな2人が戦えるはずもなく、互いになかなか攻撃を仕掛けないところで、


「どうした? 早く始めろ」


 魔導師の1人に指示したところで、舞台にいる2人に変化が訪れる。

 2人とも、胸を押さえて苦しみ始めたのだ。

 ……あれも、隷属魔法の一つか。

 あまりにキツい苦しみなのか、今度は2人とも拳を振るい合う。

 実力的には男の方が上だったのか、やや一方的な展開で勝利を収めた。


 次は、全身毛だらけの狼男と、人間に一番近いタイプの獣人の男。

 対面する男も決して小さくはないのだが、対面する狼男はそれより一回り大きい。

 だからか、戦闘が開始する前に降参の意を表すように両手を上に上げるのだが、


「降参など許さん。さっさと始めい!」


 ソムルドの一言で、戦闘が開始された。


 あの隷属魔法がどれだけ嫌なものなのか、どいつもこいつも真剣に戦っていた。

 中には子供らしき者まで参加させられていた。

 俺の目でも稚拙だと分かる攻撃をしているところなど、見ていて辛い。

 相手が一撃で沈めたために対した怪我をしなかったのは、幸いだろう。

 ……そして、終盤に。いよいよ俺にも戦う順番が回ってきた。


 相手は……同乗した中で一番デカいヤツ。

 歯を剥き出しにし、全身の毛を逆立てているところから、怒っている姿が見て取れる。

 ……完全に八つ当たりする気だ。同じ人間だから、本気でやる気なんだ。

 手心を加えてもらいたかったのだが、もう無理みたい。

 そもそも、言葉が通じそうにもない。

 言葉が通じないのに彼らの命令に従うとは、ますます隷属魔法のロジックが気になる。

 聞いても教えてくれないだろうし、まぁ知ってもメリットがないからいいけど。

 奴隷なんて、欲しいと思ったことはないし。


 板を伝って舞台に行く。途中で下から嫌な音が聞こえ、確認してみれば板にヒビに入っていた。

 幸いにして、渡りきった後だったから良かったが、帰る時はどうしようか。

 他の板とか用意してくれることに期待しよう。

 中央にあのデカい獣人と向かい合いになる。

 互いに、不意打ちなどはしない。

 合図があるまでは勝手なことをするな、とソムルドが喚いたためである。

 それにまだ、枷が外されていない。

 こんなもの付けたままじゃ、まともに動けそうにない。


 枷は『レビテーション』で飛んで来る魔導師が外してくれる手筈なのだが。


 獣人のは解いたものの、俺には近寄って来ない。

 あれか、隷属魔法が効いてないだけで、ここまで警戒されるものなのか。

 これじゃあ例え、襲わないと言っても聞いてはくれないだろうな。

 せいぜいやっても、向こう側に『レビテーション』で運んでもらいたい、と頼むくらいなんだが。


 最終的に、魔導師は警戒して俺には近寄らずに鍵を投げてきた。

 どうやら、自分で外せということらしい。


「んしょ、っと」


 あの重さから解放された身体は、羽のように軽く感じられる。

 というより、この錘が重過ぎる。

 右手のついていた枷だけでどれだけの重量があるのだろう。

 あの時――ナサニエルにイジメられていた時に、200キロくらいのデブに腕を引っ張られたのより酷いかもしれない。


「始めろ」


 ソムルドの声で、相手が一直線でこちらに突っ込んでくる。

 こちらの心に余裕を得られる前に。

 獣人の持つ優れた筋力を発揮し。

 一瞬のうちに、俺との距離を詰める。

 右腕を後ろに振り上げ、溜めが作られる。だが、それも一瞬のこと。

 収縮された筋肉を解き放ち、腕がこちらに向かってくる。

 俺から見て左上から右下へと向かう、袈裟切り。

 鋭く尖った爪が振り下ろされる。速い、確かに速いが。


「っと」


 右足を引いて、それをかわす。

 続いて突いてくる左腕には、受け流すことで対応。


 対面している獣人は、確かに速い。

 だが、それだけだ。

 このくらいの粗雑な攻撃など、あの鎧女のには遠く及ばない。 狙いが甘いし、溜めが若干長いために攻撃の予備動作だと分かりやすいし、何よりフェイントも雑。

 力の向きさえ分かれば、後は容易い。

 どんなに強い力でも、その力を逸らしてしまえば、当たらない。

 正面から受け止めるなど、バカがやることだ。

 それを父から、身をもって学んだ。


 お次はミドルキックが飛んでくる。それを拳を横に当て、向きを変える。

 これなら、相手よりも少ない力で済む。


 ……と、冷静に対処は出来てはいるものの、余裕はそこまでなかったりする。

 まぁ、防御に徹しているから今は何とかなっているものの、俺は戦闘が始まってから一度も攻撃に転じることが出来ていない。

 そう、防御なら問題ない。あの父と鎧女のせいで対処する能力がついたのだから。

 問題があるのは、攻撃の方だ。

 防御よりも練度が、少な過ぎる。


 ここで俺が攻撃に出ようものなら、物凄い隙が生まれてしまうだろう。

 それくらいに、ヤバいのだ。

 盾がある状態なら、隙の出来た部分をあの大きさがカバーしてくれる。

 今の何も持ってない状況なら、無防備な姿を晒すだけ。

 それに、俺にはあまり攻撃手段がない。

 何か格闘術を習ったこともないし、素手同士の組み手をしたのは父くらいだ。


 まともにやれば勝てない。

 まぁ……勝てるとも思ってないし、勝つ気もない。

 ただ、痛いのは嫌なだけだ。

 俺に降参という手段が封じられた時点で、もはや無傷では済まない。

 ならば、相手の体力を削り、出来るだけ威力を下げるしかなかった。


 だが、俺のそんな目論見も次の相手の行動で簡単に崩される羽目となる。


「ん?」


 猛攻を繰り返していた相手が、一旦距離を取る。

 あれから休みを入れず動き回っていて息切れしてないとか、どれだけ無尽蔵な体力をしているのか。


 相手の獣人が大きく息を吸ったと思ったところで――いきなりその姿が消えた。


「がっ……!?」


 腹筋の緩んでいたところに、重い打撃が襲いかかる。

 背を丸め、息が強制的に吐き出されたところで、相手の姿が確認出来た。


「ごふっ、がはっがはぁっ、げほっ……」


 むせかえってしまうが、相変わらず身体は丈夫なようで、動く分には問題がなさそうだ。

 ただ、むっちゃ痛い。戦闘中じゃなきゃ床を転げ回りたいくらいだ。

 身体が頑丈なのに、これだけ痛みを感じるのは、俺の痛覚が鈍くならなかったためらしいのだが……。

 これは、俺がおかしいのか?

 俺は、痛覚が異常に鈍いくせに五感は野生動物より鋭い父の方がおかしいと思うのだ。

 そもそも感覚が鋭くなるってことは過敏になることと同義ではないのか。

 無味無臭の毒を口に含むだけで判別出来るくせに、味覚崩壊するくらいの料理を平然と食すことが出来る。

 こんなの、矛盾している、といいたくなるだろう。


 ……と、現実逃避しても目の前の状況が良くなるはずもなく。

 まぁ、急に相手の動きが速くなったのは、分かる。

 単純に、始めは力を抜いていただけか、もしくは魔法を使ったか。


 前者は殺気立っていたから考えにくい。なら、後者か。

 確か『加速』って魔法があったかな。効果はまんま、動きが速くなるってもの。

 獣人は身体能力を高めるだけに使っているのだが……これがもし、他にも『加速』出来るとしたら。

 弓やら他の魔法の補助と出来るなら、驚異的だろう。

 思考速度を『加速』出来るなら俺も欲しいくらいだ。


 俺の体勢が整う前に、またもや相手の接近を許してしまう。

 ただ『加速』は使っていない。これならまだ対処出来る、と思ったところで。

 その動きが、急加速した。

 それはあまりに不自然に。

 トップスピードに乗ったハイキックの速度が、また上がったのだ。


 これでは、受け流すことは出来ない。タイミングが、身体が追いつかない。

 咄嗟に、蹴りの方向に合わせて腕でガードを試みる。


「ぐっ……!!」


 あまりの威力に身体が浮く。どうやら足の踏ん張りを忘れたらしい。

 後ろに衝撃を逃がしたものの、痛みがさっきと変わらないくらいだった。

 足を動かすことなく、石畳に摩擦をかけながら、後ろに後退。

 そしてあの溝の手前ギリギリでその勢いを殺すことに成功する。


「って、しまった!」


 二発ほど喰らって、ようやく自分の愚かさに気付かされる。


 攻撃されたら、気絶した振りでもすれば良かったのだ。

 だが、俺はこうして二回も耐えてしまった。

 溝が近かったからすぐに中央に戻ったせいで、足をふらふらとする演技が出来ていない。

 多分、ソムルド達にはまだ俺に余裕があるように見えるだろう。


 今回はダメだった。

 だが次こそは気絶する振りを、と思ったが。


「えっ……?」


 わざわざ二足歩行が可能になったというのに、前足を地面に下ろした状態で。

 前傾姿勢で四肢に莫大な力を込めて。

 今にも俺にロケットスタートをぶちかまそうとしている相手の姿が見えた。


 あぁ……これはマズい。全身で突っ込まれたら、さっきの比じゃないだろう。

 重量とか重量とか重量とかが、更に威力を上乗せするに違いない。


 決意して早々に、これは喰らいたくないなぁ、と思ってしまったのだった。

 次回に戦闘がちょっぴり続きます。

 クレヴに逆転劇が待っている……のか?

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