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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
フルデヒルド
55/136

5

【クレヴ】

 やっと明るい外に出たと思いきや、また薄暗い空間に逆戻りする。

 とはいえ、さっきまでの馬車とは広さが段違いではあるが。

 テントの中は、いくつもの仕切りがされており、中にいる人間が進んでいく方向は主に2つ。

 たまにごく少数の人がその流れに逆らって直進して中に消えていく。

 多分、トイレとかだろうか。


 俺達はトイレらしきところには寄らず、左側に。

 左側には、右側よりもやせ細った人が多く見える。

 そうして幾分か進んだ頃、そこそこ広い空間に辿り着くと、


「ちょ……っ!」


 ダサ仮面の連中が俺を地面に落とし、肩やら足やらを押さえつけてくる。

 何が起きているのか見えないが、手足の拘束が解かれているようだった。

 と思いきや、また手足に何かを付けられてから、ようやく彼らがどいてくれる。


「立て」


 元々そこにいたであろう鎧の男に声をかけられる。

 入って早々に落とされたので、確認する余裕がなかったのだが、彼は入り口にいた奴とは別人だ。


 まぁ、この殺伐とした雰囲気の中、腹這いで寝ているのは何か嫌なので、渋々立ち上がる。


 身体が、重い。

 どうやら今度身体に付けられたのは(おもり)のようだ。


「……おいおい、マジかよ」


「……冗談半分でやっちまったけど、これは」


「……おれだけ、予想通りなんよなぁ」


 彼らが付けておいて、何を驚いているのか。

 そう思って手元を見てみれば――俺の想像以上にデカい錘だった。

 これ付けたまま立てるのは、おかしいことなのか?

 ……いやいや、ただ珍しいだけだろう。多分、身体が大きい人用みたいなモンだ、きっとそうに違いない。

 それにしても、彼らは過剰に驚き過ぎなんだよ。俺だって、重くない訳じゃない。

 姿勢が悪くなると、身体の稼働部分に影響が出て、結果、生存率が下がるからやせ我慢して背筋を伸ばしているだけだ。


「最近の若い奴は筋肉が足りてない」


 と、昔に父が嘆いていたではないか。

 周りには軟弱者しかいないんだ。そう、思い込むしかあるまい。

 と、何気なく視線を彷徨わせていると、リュドミラの姿がないことに気付く。

 まさか、奴だけ特別扱いを受けているのではないだろうか。

 仮にも、王族だしな。可能性はなくはない。とはいえ、俺の待遇を見るにそこまで良いものでもなさそうだ。

 ここで、「ちょ、この重さはヤバいっすわぁ」、とか言ったところで、無駄なんだろうな。

 これも一種の特別扱いだと考えるとなると、やはり世の中は理不尽だと思う。


 後、今更だが、ここには俺以外にも攫われたであろう人が他にもいた。

 俺と同じように錘を付けられた若い男に、縄で縛られた女性、檻に入れられた亜人――多分獣人に、中にはまだ5歳くらいの子供までいた。

 身体に傷だらけの人は、暴力によって強引に攫われたのだろうか。

 全く傷もなく、やせ細った子供は、親に売られたのか。

 色々な推測が頭に浮かんでくるが、途中で考えるのを止める。

 それよりも、これからどうなるのか考えた方が有意義だ。

 何故、攫われた者達を一カ所に集めたのか。

 その目的は一体何なのか。

 その理由は、俺が予測し終える前に判明することとなる。







 あの後、ダサ仮面含め攫った連中であろう人影がいつの間にか姿を消し、俺たちは一際大きな空間にまで歩かされていた。

 勿論、あの無表情な男達が監視をしており、逃げ出すことは出来なかった。


「一旦止まれ」


 うるさくはないが、人の声で少しガヤガヤとした所の手前で、足を止める。


「呼ばれるまで、そこにいろ」


 それだけ言うと、彼らは黙ったまま動かなくなる。

 先頭に立つ彼らの奥には、布で遮られているものの、光が漏れていた。

 この先にいったい何があるというのだろうか。

 ……少なくとも、良いことが起こるとは考えられない。


「本日もこのようなところに足をお運びいただき、ありがとうございます」


 ざわざわとした音が急に鳴り止むと、奥でそんな一際大きな声が聞こえてきた。


「私めの前置きなど皆様には不要でしょうし、さっそくオークションを開始しようと思います!」


 何かしらで声を増幅しているのか、この男の声は良く響く。

 そんな声の後、(まば)らな拍手が続き、『オークション』とやらが開始された。


「来い」


 その『オークション』の商品は、やはり俺たちだった。

 まずは手前にいた成人した男を10人ほど、布の奥へと引き連れていく。


「手始めに『いつもの』奴隷10人セット。10万(エギル)から――」


「なっ!?」


 一人当たり、たった1万E程度なんて、安過ぎなのではなかろうか。

 そもそも、人身売買をしている時点でも、ひどく驚いているのだが、あまりの設定金額の低さに口を閉じることが出来ない。


「――32番の25万、他にはいませんかー?」


 彼の声の後に誰も名乗りを上げず、32番という番号を振り分けられた人が落札となったようだった。

 その後も合間を空けずに、オークションは進行していく。

 次に奥に消えていったのは、5歳くらいの子供だったが、初期に設定された金額は更にひどかった。

 労働力という面で見ると、そこまで期待出来ないからだろうか。

 その子供は顔も整ってはいなかったし、青少年の教育に害を為すようなことにも使われないのだろう。

 醜悪な目にでも晒されたからか、泣き疲れていた子供が再び鳴き声を上げる。

 だが、それは何度か肉を殴るような音の後、すぐに()む。

 大方、暴力を振るって気絶でもさせたのか。

 相手は子供だというのに……胸糞悪い。


 続いて連れていかれたのは、町にいたらまず振り返りそうな美人な女性。

 やはり、彼らにとっては商品価値があるからか、金額は300万といったところからスタート。

 どんどんと金額がつり上がっていき、最終的には1000万で落札された。

 また、顔がそこまで美しくない者でも、基本的には男よりも高い金額で扱われているようだった。

 

 檻に閉じ込められた獣人もまた、同じように商品として売られるようだった。

 司会進行の男の煽り文句から、どうやら獣人というのは、普通の人間では到底手に入らないような筋肉を(よう)しているらしい。

 また女の獣人はマニアックな趣味を持つ連中には相当な人気を誇るようで、ここまででは一番会場が盛り上がっていた。

 聞いているだけでも、金銭感覚が狂いそうな金額が次々に飛び出てくる。


「次は、お前だ」


 そうして、ついにいよいよ俺の番が回ってきた。

 正直、今すぐにでもここから逃げ出したいところではあるが、この(おもり)が重く逃げ出せそうになかった。

 これでは碌な抵抗も出来ないだろうし、ここは大人しくしておく方がいいだろう。

 足を引きずるようにして、布の奥へと潜っていく。


(まぶ)っ……」


 入った途端に強烈な光が目に差し込み、足が止まる。

 が、後ろからすぐに蹴りが入り、仕方なく前へと進む。

 どうやら強い光が照らしているのは俺達――誘拐された者(商品)だけのようだ。

 右側の方に先ほどからゲスな買い物をしているお客様の席が存在するが、せいぜい人影があるのが分かるくらいで、薄暗くされているようだった。

 俺の立っている場所は、彼らよりも高い位置に造られており、見上げるような形でオークションが行われているようだった。

 ゆっくりとした動作で足を進める度に、右手の方からやや驚いた声が聞こえてくる。

 が、そんなことを気にしていても仕方がない。

 とりあえずいやらしい笑みを浮かべ手招きしてくる男の元へと歩いていく。


「さて、こちらの商品は見てお分かりになりますでしょうが、どうやら掘り出し物のようです」


 人を物扱いか……。

 もう人としての情がないのか、それとも相当な鉄面皮なのか。

 自分とは住む世界が違う。

 俺が非常識だと思っていることでも、この人らにとっては"当たり前"なんだ。

 本当に、今更だが吐き気がしてくる。


「人の身でありながら、獣人用に作られた枷を付けても、この通り。

 普通の人間ならば立つどころか這うことさえ出来ないといいますね。

 これは少々レア物、というヤツなのでしょう」


 ……この人の説明で、ようやく俺が珍獣みたいに見られているのが理解出来た。

 自分なんて、まだまだ普通なんだと思っていたら、もう既に異常の域に足を突っ込んでいたなんて。

 これも全て、あの父とリアナのせいに違いない。

 あぁ、そんな奴らと同列に見られるなんて、恥ずかしくて仕方がない。

 俺なんかより、あの鎧女の方がよっぽど変だというのに。

 どうして、こうなった。


 俺が恥ずかしさのあまり、赤面し下を向いていると、客席から野次が飛んでくる。


「その枷、本物かァ?」


「"それ"、人の皮を被せたモンスターなのでは?」


「詐欺みたいな真似で、俺たちから金を絞り出そうって魂胆かい?」


 嘲笑混じりの物言いに、会場の声がどんどん大きくなっていく。

 聞いているだけで、落ち込みたくなる言葉がポンポン飛んできて、益々嫌な気持ちが膨らんでいく。

 そんな中、司会進行を(つかさど)る男は、顔色一つ変えずにいた。

 そして彼らの声の勢いが弱まってきたところで、


「申し上げるのが遅れましたが、"これ"は、あのルイゼンハルトの『影』様たちからのご出展です」


 と、そう言った途端に、彼らの空気が変わる。

 動揺している、と言っていいのかわからないが、とにかくそわそわしている感じがする。

 野次もすっぱりと止み、俺に来る興味に満ちた視線が更に増えてしまう。

 にしても、あの司会者がダサ仮面達のことを『影』と呼んだと思ったら、疑いの声が無くなったが、ダサ仮面の連中って本当に何者なんだろうか。

 リュドミラが何か知っているようだったが、ここにいる連中みたいに『影』という固有名詞は使っていなかった。

 彼女が、その情報を知り得なかっただろうか?

 いや、それはないだろう。

 ルイゼンハルトにいた彼女が、そこにいない彼らよりも知り得る情報量が少ないだろうか。

 裏で繋がっていれば、情報も仕入れやすいのか?

 だが、何かと秘匿にしようとする連中(ダサ仮面達)が、そう簡単に情報を漏らすとも考えられない。

 だとすれば、ここにいる奴らがダサ仮面達のことについて知っているのは、さわり程度って可能性もある。

 例えばそうだな、有益な商品を出品してくれるお得意様、とか。

 ってなると、『影』というのも勝手に呼んでいる仮称という線かもな。


 必要もないことをグダグダと考えてしまったが、まぁいい。

 今は必要なくとも、いずれ役に立つ、って場合もあるし。

 ……尤も、そんなことは少ないのではあるが。


 司会者の『影』という名前が出たことで、お客共の購買欲に火がついたのか、俺の時の競り合いは凄まじいものだった。

 額の上がり方が100万単位で、ガンガンと膨れ上がり5000万というところで、ようやくその勢いを止める。

 ここにいる連中はどいつもコレクター精神が旺盛らしい。

 見た目ならそこまでパッとしない俺にここまで金をつぎ込むのは、彼らくらいなものだろう。


「――次で最後のようです。お待たせしました、今日の目玉に登場していただきましょう」


 司会者がバッと大きく腕を振るうのと同時に、照明の光が落ちる。

 そして暗い中、俺を後ろに下げると、元いた位置に歩いてくる人影が二つ。


「輝かしい美貌と数々の希有才覚を持ち、平民の地位でありながら王の妾となった『アルシオーネ』の娘、リュドミラ姫です!」


 彼の言葉と共に、再びライトアップされる。

 するとどういうことだろう。さっきまで俺が立っていたところにリュドミラがいるではないか。

 ……という風な演出を狙ったのだろうけど、杜撰(ずさん)なものである。

 が、会場はリュドミラの登場に大盛り上がり。

 どうやら妾の子供とはいえ、彼女の持つ王族というステータスが、彼らを興奮を掻き立てるようであった。

 それに対し、現れたリュドミラは彼らの声に反応することなく、無表情を保っていた。


 馬車の中であれだけへらへらとした笑みを浮かべていたというのに、あまりの変貌ぶりに腰を抜かしそうになる。

 その無表情っぷりは、後ろでリュドミラの腕を押さえている男と同等。

 場所が違うのなら、兄妹の振り、とかくだらないボケをかましているんじゃないか、と疑う程だ。


 ……リュドミラにとっては、こちらが素なのだろうか。

 アホの子だと決め付けていたけど、考え方を改めなくてはいけないようだ。

 『女の本性は掴みづらい』、と。

 でもまぁ、これでリュドミラが俺を嵌めた訳ではないという可能性をようやく潰すことが出来た。


「6000万」


「なら俺は7000万だ!」


 まだ競りが始まっていないというのに、彼らのボルテージがぐんぐん上昇していくが――


「3億」


 ――腹に響くような声で、ピタリと止んでしまう。


「さ、3億100万……」


「4億」


 中には張り合おうとする者がいたが、その男の圧倒的な財力に適わず、リュドミラを除く今日のオークションに出された人達全員の金額を足したのよりも、高い金額で落札されるのだった。







 オークション終了後、俺と他数名はまた別のところに案内されていた。

 どうやらそこは落札者の控え室みたいなところで、初のご対面をそこで済ませるようだった。


 この部屋に案内された中にはリュドミラと、後は今日見た獣人の殆どがいた。


「入るぞ」


 低い男の声がした後、ここへと入ろうとするが……あまりの巨体に入ることが適わず。

 横にいた従者が剣で彼が通れるくらいの穴を斬り伏せて、ようやく姿を現した。


「むふぅ……」


 まず彼を見て思ったことは、こいつは人間なのかと疑いたくなったことだ。

 身体に脂肪が過剰という言葉では足りないくらいに付いており、どうしたらそうなるのか、と言いたくなる程に横幅が広い。

 だいたい奴の身長と同じくらいといえば、その異常さが良く分かるだろう。

 当然、そんな身体では自分で歩くことは出来ず、彼は豪奢な椅子に座っており、その下にタイヤが付いているようで、移動出来る造りになっていた。


「でゅふ、今回もいい買い物をしたわい」


 もぞもぞと、聞き取りにくい声で彼は喋る。

 まぁそれはあまりに頬の肉が付き過ぎて口が埋もれており、その動きが阻害されているからだった。

 目元も(まぶた)がぶよぶよと肥大したせいで、目を開いているのか閉じているのか分からないし、鼻の辺りには呼吸出来るようにと管が伸びている。

 これを醜悪と呼ばずして、何を醜悪と呼ぶべきか。

 彼の容姿は、もはやサラナ越えしていると言っても過言ではない。

 後の世に肖像画を残せば伝説となり得るのではなかろうか。

 俺なんて、あまりの衝撃に新しいトラウマが生まれてしまう程である。

 夜に彼の顔を夢見たら、漏らすかもしれない。


 彼の後ろには、従者の他にローブを着た者が10名程、後ろで控えているのが見えた。

 格好からにして、全員魔導師ってところだろうか。

 まず彼が移動した先は獣人のところで、魔導師達が彼より一歩前へと踏み出す。


「やれ」


 簡潔な言葉の後、魔導師の彼らは獣人達に近づいていき、


「『我が力、拘束と為りて汝に戒めを与えん。我、汝を求めん。故に汝、我に従え』」


 そう、詠唱した。


「――――ォォ!」


 多量の光が獣人を包み込む瞬間、獣人が絶叫する。

 その光を拒むように、腕や足を激しく動かすも、光はその獣人から剥がれない。

 そして光は音もなく、弾ける。


「次はお前の番だ」


 魔法が成功したのを確認すると、魔導師の彼は他の獣人のところへ移っていく。

 それが、10倍の数で動いている。


 ……なんだ、これは。

 彼らを見て、疑問が浮かんでくる。

 彼らは、何をやっているのか。

 俺でも、一応の目処はついている。

 あれは多分、契約魔法だ。

 聞いたことのあるフレーズを耳にした。

 だが、前半の辺りに付け加えられたのは、一体何なのか?

 いや……もしかして俺が知る契約魔法が完全じゃない可能性も捨てきれない。

 となると、また次の疑問が浮かび上がってくる。

 俺の詠唱は不完全なのに、魔法は発動するのか?

 元々、彼らのと俺の知るものが別物だとか?

 いや、それではあまりにも近過ぎる。

 じゃあ、ここでもまた『魔法は曖昧』という理論で納得しろというのか。


「化け物め」


 いつの間にか、あのサラナ越えをした男が俺の前に立っていた。

 お前にだけは言われたくない、という言葉をグッと呑み込み、男を睨む。


「その目、気に入らんわい」


「っ……!!」


 彼の一言で、近くに従者が蹴りを放つ。

 腹にその足がめり込み、ずしりとした痛みが腹に広がっていく。

 足にしては、硬い。靴底に金属でも仕込んでやがるな。


「これで、倒れんか」


 二チャリ、と元々醜悪な顔を更に酷くする笑みを彼は浮かべる。


 そうしているうちに、獣人の方が終わったのか、魔導師の一人がこちらに来る。

 ちょうどいい、その人に一つ質問を投げかけてみよう。


「すいません、聞きたいことがあるんですが」


「ソムルド・ゲルブッチャー様の前で! 無礼だぞ貴様!」


 先ほどの従者が顔に怒りを浮かべ、再び俺に蹴りを放つ。

 が、来るのが分かっていれば、我慢出来なくはない。

 わざわざ高い金を払ったんだ。すぐに殺されることもあるまい。

 気にせずに、魔導師から目を逸らさない。


「よい」


「ですが……!」


 従者がソムルドに食い下がるも、結局は折れてソムルドの後ろに下がっていく。

 許可も出たことだし、遠慮なく聞かせてもらおう。


「あなた方が使っていた契約魔法が、自分の知っているのとは違うのですが」


「契約魔法? あぁ。隷属魔法の他にそんな言い方があったの」


 ……隷属魔法?

 なんだ、それ。隷属……? つまりは、奴隷にでもする魔法だっていうのか?


「で、聞きたいことって何よ? 聞くなら今のうちよ」


 今更声の高さで魔導師の中に女が混じっていたのに気付くが、今はどうでもいい。

 それよりも、彼女は確かに『隷属魔法』と言っていた。

 それも、誰でも知っていると、当たり前のように。

 でも、俺は知らない。


「口伝とかだと、伝わらないことがあったり、一部変わっちゃったりすることがあるらしいけど。どう? これで満足?」


 彼女の言葉を信じるならば、アスタールに伝わったのは、不完全だったと?

 まぁ、召喚魔導師なんて学校には生徒数が少なかったから、1人しか教師がいなかったし。

 その人が間違って覚えていたなら考えられなくはない。


 ……でも、レイオッド先生は果たしてその(たぐい)に入るのか?

 数年前までルイゼンハルトにいた先生が?

 そんな訳がない。

 じゃあ、一体どういうことなのか。

 先生は、モンスターが好きだ。

 その先生が、モンスターを奴隷のように扱いたいと思うだろうか。

 いや、そうは思わない。

 となると、間違って教えられてきた俺達に、敢えて指摘をしなかったとか?

 ……先生なら、ありえなくはない。


「あ……」


 ここまで考えてきて、ようやくあの疑問が解けた。

 そう、俺が訓練所を追い出された理由だ。


「あ、ああ…………」


 目の前にいる彼女はこう言った。

 『隷属魔法』、だと。

 そして俺の目の前に来る理由なんて、1つしかない。

――俺を、奴隷にする気だということだ。

 

 本来ならば、契約魔法だと人には使えないと教わってきた。

 だから、俺も人間には使えないのだと思い、一度たりとも人に試したことはなかった。

 でも、違ったんだ。

 この魔法は、人にも通用するものなんだ。

 

 そんな胸糞悪い魔法を、もし王族なんかに教えようとするならば……もはや失礼どころの騒ぎではないだろう。

 俺がいくら知らなかったとはいえ、物理的に首が飛んでいてもおかしくはなかったのだ。

 だが、そうはならなかった。

 そうならなかったのは、シリアと……認めたくはないが鎧女の優しさなんだろう。


「ああああああ……」


 さっきから、口から言葉にならない声が漏れる。

 これは……ショックが大き過ぎるだろ。

 

 俺はいくら知らなかったとはいえ、人を奴隷にするような魔法を、平然と使ってきたんだから。


――蔑まれて、当然の存在。


 昔、そんなことを言われた記憶がある。

 剣の扱いはからっきしで、魔法も全然ダメ。勉強もそこまで出来ない。

 面白いことなんて何も言えないし、手先もあまり器用でもない。


――お前に何ができるってんだよ。


 つまらないヤツ、そう言われてきた。

 

 それを俺は――真に受けた。


 今はそんなに気にしていないつもりだった。

 でも、その言葉はまだ俺の心の奥底に深く、深く刻み込まれていたんだ。


「ああ、ああああ……あああ…………」


「くふふ、やっぱり知らんかったか」


 ソムルドが、何か言っている。


「知れば絶望するかと思ったら、案の定だったわい」


 口を開いて笑おうとするも、あまりに肉が付き過ぎたせいで、半分も開けることもできずに大笑いしていた。

 あぁ、俺があまりに鈍いと思い、今更現状を知って絶望したと、そう勘違いしているのか。

 でも、そんなこと、どうでもいい。


「ねぇ、この子何か知ってるようだけどさ、もしかして召喚魔導師だったりするかな?」


「ルイゼンハルトにいたんだろ? あそこにいるはずないって」


 魔導師達が、何か言っている。

 でも、聞いていたって、しょうがない。


「それじゃあ、もうやっても構わんよな?」


 ソムルドが、俺にそんなことを聞いてくる。

 どうせ、まだだ、といったところで聞いてはくれないだろう。

 女の魔導師が俺の傍にきて、詠唱する。


「『我が力、拘束と為りて汝に戒めを与えん。我、汝を求めん。故に汝、我に従え』」


 彼女から光が生まれ、俺の全身を包み込もうとする。

 魔法。忌まわしき、魔法だ。

 全身に侵入してこようとする、魔力。

 これが、『隷属魔法』ってやつなのか。


「えっ……?」


 だが、魔力が俺の身体に入り込む前に、霧散してしまう。

 つまりは、失敗だということだ。


「『我が力、拘束と為りて汝に戒めを与えん。我、汝を求めん。故に汝、我に従え』」


 もう一度彼女は慌てながら唱えるも、効かない。

 俺の魔法抵抗が、彼女の魔法を上回ったようだ。

 あのリアナに付き合わされた朝練は、無駄ではなかったらしい。

 

「んん……」


 いい加減に、まぶしい。

 彼女の詠唱は三度目で終了する。どうやら魔力の方が足りなくなってしまったようだ。


「どうします? リンチにでもして弱らせますか?」


「じゃあ、やれ」


 ソムルドの言葉に、従者全員が俺を囲み、一斉に拳を振るってきた。

 対する俺はまともに動けず、それを食らい続ける。

 






 そうして、どれくらい時間が過ぎただろうか。


「コイツ、なかなか倒れない……!!」


 従者の一人が、忌々しげに俺のことを見る。

 倒れないように踏ん張っているのだから当然だろう。

 倒れれば、後は踏まれ続けるだけだ。

 ナサニエルのように、ある程度痛めつければ飽きるってことはないだろうし。


「もう、よい」


 見ているのも飽きたのだろう。

 ソムルドが制止の声をかけて、ようやく従者達の動きが止まる。

 そうして彼女とは別の魔導師が俺に隷属魔法をかけるも、失敗に終わる。

 どうやら俺の魔法抵抗は弱っても、そこまで変わらないようだ。

 1つ、自分について知ることが出来た。

 でも……身体を痛めつけてまで知りたいことではなかった気がする。


「まだ、やりますか?」


「もうよいと言っておろう。コイツはそのまま枷をつけたままで構わん」


 もうウンザリとしているようで、ソムルドは俺の顔を見ず、彼の最後の奴隷となる者と顔を合わせる。


「どうです、御気分は?」


 さっきとはうってかわり、にやけた顔を浮かべ、リュドミラに近づくソムルド。


「別にー」


 やはり顔色一つ変えず、淡々とリュドミラは言う。

 彼女の態度が面白くないのか、ソムルドは早速、魔導師に隷属魔法をかけるように言った。

 

 だが、結果はリュドミラには隷属魔法が効かなかった。

 俺と同じように物理的にボコボコにする訳にはいかず、手に枷を付けるだけに終わったのだった。 

今回からシリアス突入、かもしれません。


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