蛇足 強面ミーツ強面
誰得な蛇足です。
本編とは多分絡んでこないと思われます。
まさに無駄。
といっても、本編も無駄ばっかりなんですけどね。
【ダバル】
「お疲れー」
「お疲れっす」
大量発生したD級モンスターの討伐依頼を終えて、ダバルは自分と同じ見習い騎士たちに労いの声を掛け合う。
といっても、実際にそこまで疲れるような内容ではなく、あまり強くないモンスターの数を減らしていく、比較的に簡単な作業であった。
一応ノルマは達成したということで、彼らは早々に宿舎へと戻っていく中、ダバルだけはギルドへと留まっていた。
――この依頼消化期間の間は、依頼さえこなしてしまえば、長期的な休暇みたいなものだったりする。
というのも、人によっては、その期間が違うからだ。
かといって、先に終わった者から訓練に戻るということでは、不満が出る。
そういうこともあってか、依頼を必要以上に受けない者にとっては、自主訓練という名の休暇に成り下がったというわけだ。
だが、ダバルは他の者とは違い、休もうとはせずに次の依頼に手をつけようとする。
その理由は、ダバルが依頼消化期間の話を聞いた時に遡る――
「依頼消化期間っすか?」
訓練が終わり、ある一件から、ダバルへの同情で歩み寄ってきた、数名の見習い騎士たちが、ダバルの元へと自然に集まってくる。
最初こそ同情で集まった者たちだったが、今では純粋に強さを求める同士としてダバルを認めていた。
初耳だった情報に、首を傾げるダバルに、彼らは簡単に説明をする。
「――でな、早めに依頼を終わらせりゃ、その間は休みになるんだよな!」
テンションの高い彼らに対して、ダバルは真面目な顔つきで、彼らの説明にあった言葉を頭の中で反芻させる。
「(依頼消化期間が終わったら、異動っすか……)」
見習いも含め、騎士たちは一部を除き、一年ごとにローテーションで別の都市に行かなくてはならないことが、規則で決まっていたりする。
それというのも、巡る都市がルイゼンハルトといった発展した都市から、それに比べて田舎で不便なアスタールといったところまであるからだ。
一旦、その快適さを味わってしまえば、田舎の不便さをずっと我慢するのは難しい、ということで、アスタールにいた騎士たちから異動を求める強い声があり、それが適用された。
が、指揮権を持った団長、その補佐である副団長、そして膨大な金と権力で何とかする貴族たちには、その異動は適用されず、ルイゼンハルトに留まることとなっている。
「だからよ、もしかすっと俺たちも離れ離れになっちまうかもしれないからさ、今のうちに遊んでおこうぜ!」
「(このままだと、ルシルと離れ離れに……)」
周りが盛り上がっている空気の中、ダバル一人だけが落ち込んだように、顔を伏せる。
突然のことで心配する彼らに、
「何でもないっす」
というダバルだったが、明らかにその表情が隠し切れていなかった。
この心の余裕の無さが、ルームメイトであるクレヴに情報が回すのを失念させていたせいで、クレヴに不幸が舞い降りることになるのを、ダバルが知ることはなかった――
そうして、ルシルと離れ離れになるのが嫌だと思ったダバルは、ルイゼンハルトに留まる方法を模索し始めていた。
まずは、騎士団の中での評価を上げようとした。
有能な人材だと認めさせれば、もしかするかもしれない、という目論見で普段の倍以上頑張ったダバル。
しかし、その努力は無駄だということを、ダバルは知った。
教えてくれたのは、副団長であるジェフからで、ダバルの様子を察して声をかけてきたのだ。
「何をそんなに頑張っているのかは知らないが、異動の件だとするなら、その努力は報われないな」
「何故、そんなことが言い切れるんすか?」
「評価を下しているのが、あの団長からだ」
それだけを聞いて、ダバルは副団長の言いたいことを理解した。
団長は、まさに強欲の塊である貴族の手本みたいな男で、気に入った者にはとことん優遇するが、逆に気に入らない者――特に下賤だと思っている平民なんかには、とことん冷たい。
そんな男が全体の評価を決めるならば、いくらダバルが頑張ったところで、正当な評価が下るはずがないのである。
貴族は貴族、平民は平民と線引きし、越えることの出来ない身分の厚い壁を見せつける。
『平民風情が貴族様と同格に扱ってもらえると思うなよ?』、と実際に言葉こそないが、態度を見れば一目瞭然だった。
それがわかっている平民の見習いは、だから必要以上に頑張らない。
変に目立って、逆に悪い方へと将来に響いてくると考えれば、自ずと誰もが余計な向上心は捨てる。
頑張る意味が、ないのだから。
しかしダバルは、諦めきれなかった。
純真かつ犯罪チックな愛が、諦めるなんて許さなかった。
そうして色々模索した末に辿り着いた一つの答えこそ、『英雄制度』だ。
ここでは身分の差などありはしない。
あるのは、強いか弱いか。
それだけだ。
といっても、この『英雄制度』は、コツコツと地味な依頼をこなしていっても、ほとんど意味はない。
せいぜい小遣い稼ぎ程度にしかならない。
この制度は、依頼を受けた数ではなく、どの依頼を受け、名声を得ていくのが重要になってくるのだ。
理屈としては、それなりの名声を得れば『この人は凄い人だ』というイメージが付き、噂となる。
後はその噂が勝手に持ち上げ、どんどんその人の『凄さ』を広めていくのだ。
そこに、権力者は目を付ける。
王族や名のある貴族なんかは、やはり自分の身を守ってくれる護衛には強さを求める。
やはりどこぞと知れぬ馬の骨では満足しない彼らは、当然その噂の人物に飛びつくだろう。
品格を気にする者もいるだろうが、そこは噂を集めれば判断がつく。
それに、彼らは強さ以外にも、その人物を採り入れるメリットがある。
有名になった人物には、やはり民衆の目が集まるからだ。
では、民衆の目が集まればどうなるのか。
まずは、支持を得やすくなる。
その人物に、自分のことをどれだけ素晴らしい人物なのか、語らせれば簡単に人気も上がる。
普段関わりのない見た目が偉そうな人間が喋るよりも、民衆にも知られる実力のある人間の方が耳を傾けてくれるからだ。
また、戦争や大型モンスターが街に接近してくる場合、軍備のために一時的に税が重くなり、当然民衆から不満が出るが、その人物がいれば不満はある程度緩和される。
普段から贅沢三昧の騎士たちなんかよりも、強さに信用があるからだ。
そうして貴賎関係なしに強い者を優遇していけば、誰しもそうなりたいと思い、強さを求める。
結果、国全体の強さの質も上がるというメリットがあるわけだ。
そんな背景を全く知らないダバルだが、とにかく自分に出来ることならと、片っ端から手を出そうとしていた。
脳筋だが、こんな短期間で身分を成り上げるなんて出来ないことはわかっていた。
しかし、ダバルは諦めない。
今は駄目だろうとも、積み重ねは大事だと知っているから。
こうした努力は無駄にならないと、信じていた。
が、ダバルは知らない。
彼の思い人に、また新しく好きな人が出来たことを。
ダバルはまだ知らない。
その人物は、ダバルとは違いルイゼンハルトにずっと留まれることを。
そして、何よりも。
片思いの相手はダバルに好意どころか、むしろ嫌悪に近しい感情を持っていることを。
「お断りだ」
「パース」
「無理無理」
「こっちくんじゃねぇ」etc……
ダバルがギルド内で、一緒に依頼をしてくれる仲間を誘うものの、誰もがその誘いを蹴ってしまう。
というのも、ダバルが見習いの騎士であるからだった。
彼らから見れば、良き依頼を片っ端から攫っていく憎い相手。
そんな相手に手を貸すことなど、ありはしない。
むしろ喧嘩を売っているようにも聞こえ、ダバルに殴りかかる者もいたが、
「あぁ?」
と威圧的な視線を送ると、誰もが手を引いた。
元々強面のダバルが本気で睨めば、大概の相手は萎縮する。
いくらモンスターと渡り合える彼らであっても、恐怖というものがある。
ダバルの顔は、純粋に怖いのだ。
強いが故の恐怖とは違い、ただ怖い。
理屈ではなく、感情で、そう思わせてしまう程の強面。
子供に見せようものなら、確実にトラウマを植え付け、心臓の弱い者ならその鼓動は止まるかもしれない。
ただこれを本人は軽く睨んでいるだけ、という認識であり、他者との認識の隔たりが激しく、
「(それにしても、挑発にしてはやけに力入ってるっすね)」
と疑問に思っていた。
それでも勧誘を続けるを続けるも、なかなかダバル話を聞いてくれなった。
女性なんかは、もはや声をかけただけで涙を浮かべ、怯えた表情を隠そうともしない。
というのも、なかなか仲間が出来ない焦りで、ダバルの顔が強張って更に怖くなっていたからだ。
だが、そんな中。
ダバルを恐れぬ人物が、まだギルドの中にいたのだった。
その人物は、現在依頼を受付に持ち込んでいる男。
顔からは悪事に平然と手を染めてきたと見て取れるほどの悪人面。
サングラス越しに、人の命を平然と奪えそうな冷淡な瞳。
ダバルと同様に、本人が対して睨んでいる意識がなくとも、彼の対応をする受付嬢は若干涙目になっていた。
「チッ、ウルセェ」
彼――バルドーという男の背後ではダバルの勧誘が続くせいで、いつもよりもギルド内が騒がしくなっていた。
ある依頼を申し込もうとしていたバルドーだったが、ある人種特有の感情に流されやすいタイプだったため、依頼など放り出して騒ぎの中心へと向かう。
そこには、バルドーにも劣らぬ強面の男――ダバルが何やら揉めていることに気がついた。
真っ黒な髪を後ろに流し、細くつり上がった黒い目はその道の者でも、なかなかいない程に鋭い。
顔全体は細いものの、その下に続く体躯はやや太め。
とはいえ、そんな彼の正面に向かい合う戦士風の男に比べれば細身の方だと伺える。
背中には刀身がやや長いロングソード、そして腰辺りには更に二本ほど標準的な剣が携わっていた。
ダバルが騒ぎの張本人か、と睨みをつけたバルドーは大股でそこへと近付いていく。
そして、そんなバルドーの存在を感知したダバルも、正面にいた相手のことは一旦置いておき、近付いてくる相手へと眼の標準を変更。
互いの距離が1メートルも満たなくなったところで、ガンの付け合いが始まった。
バルドーはその長身故に、上から威圧的な視線を飛ばすものの、対するダバルは怯まない。
自分の姿に見慣れているために、こうした怖さには、すこぶる耐性が出来ていたのである。
「(何でオレ、睨まれてるんすかね? アスタールにいた時もあったっすねー……)」
疑問に思いながらも、ダバルの方でも目を更に鋭くさせる。
こうすれば大概の者は自ら身を引いていくので、ダバルはいつも睨むことにしていた。
だが、今回の相手は悪かった。
20もいかないガキに完全に舐められたと思ったバルドーは一旦距離を置いてからショートソードを抜き放つ。
室内とはいえ、ギルド内は天井も高く、広めに作られているために暴れるには問題はない。
だが、こんな場所で武器を振り回すのは危険極まりない。
すぐにバルドーを鎮圧しようと周りの者は動こうとするが――すぐにその動きは止まる。
仮にここでのことは収めたとして、バルドーの仲間に報復されないかどうか、と考えてしまったからだった。
バルドーは胸の高さにショートソードを構えるものの、ダバルは腕を下げたままだった。
バルドーはますます舐められていると思い、突進の勢いに乗せて、突きを繰り出す。
彼には、そこそこ自分の力に自信があり、ガキなんかに負けるとは微塵も考えていなかった。
が、相手が悪かった。騎士見習いとはいえ、あのクレヴを一撃で地面に沈める、カミラという化け物女と剣を交えてきたのだ。
それに比べると、バルドーの動きは遅く、雑に見えていた。
ダバルはバルドーのショートソードが身体に到達する前に、その手に鋭い蹴りを入れる。
当たった途端、バルドーの握力は奪われ、ショートソードが宙に舞う。
そうしている間にダバルは足を下ろすと、使い慣れたロングソードを素早くバルドーの首筋に当てて、
「これで満足っすか?」
と、勧誘していた時と変わらない口調で言うのだった。
それからも、ダバルはまだ粘り続けるものの、やはり結果は惨敗に終わっていた。
それというのも、
「旦那、あっしの話を聞いてくだせぇよォ」
何故かバルドーがダバルに懐いてきたせいで、強面二人が並ぶことで、ただでさえ少ない勧誘成功率が更に0に近付いていたからでもあった。
「オレも忙しいんすよ。他の人に頼めばいいじゃないっすか」
「いや、あっしとしては旦那以外にこの依頼を頼みたくなくなりやしたんで」
ダバルは、バルドーに勘違いされていた。
あの騒ぎの後、バルドーはダバルに対して、どこに属しているのか聞いたところ、
「一応、騎士になるんすかね?」
という答えに、気を良くしてしまったのだ。
まさか同業者が騎士の見習いをやっているなど思いもしなかったからだ。
ダバルのバックには誰も付いてなさそうだ、と考えたバルドーは、目の前に現れた強さに憧れを感じ、ダバルの強さをもっと見たい、というのが最大の理由だった。
まぁ、尤も。ダバルは前提として同業者ではないのだが。
ダバルはいい加減しつこいと思っていたので、仕方なくバルドーの話を聞くことになった。
「――つまりは、オレに助っ人をやって欲しいってことっすか?」
貧民区のとある薄汚れた建物に案内されたダバルは、早速バルドーから説明を受けていた。
ダバルが聞いた内容を纏めると、バルドーが所属するグループ、『黒を見通す者達』とそれに敵対するグループ、『拘束する銀』。
これらは、貧民区にいるゴロツキの大抵が所属しており、縄張り争いで不定期に抗争を繰り返していた。
ダバルの脳内イメージでは、グラサンをかけた連中とチェーンを身体の一部に巻きつけた連中が小競り合いする姿が浮かぶ。
チンケなイメージではあるが、実情そんな感じであり、彼の短絡的な思考はどこか彼らと似通っているのかもしれない。
さて、そんな彼らの戦いが続く、ある日のこと、『黒を見通す者達』の頭の娘が数日経っても帰って来なかった。
心配になった彼らは血眼になって彼女を捜索した結果、なんと『拘束する銀』のアジトで姿を発見。
至急、人員を集めてアジトに乗り込んだのだが、結果は惨敗に終わってしまう。
というのも、『拘束する銀』に雇われた用心棒が滅法に強かったからだ。
規模、戦力共に同じだった均衡が、破られてしまった。
このままパワーバランスが崩されたままでは、彼女を救い出すどころか、『黒を見通す者達』の壊滅してしまう。
そう考えた頭が、この集団の中では比較的頭が回るバルドーに、手を貸してくれる強者を探してくるように言い渡し、現在に至る。
「そうなんすか……」
事情を聞いて、ダバルはこの頼みを受けるかどうか悩んでいた。
ルイゼンハルトに留まるために、功績を積もうと躍起になっているのも確かだが、こうして悩んでいる人を見捨てられる程、ダバルは薄情ではなかった。
というより、純真でこうした話に弱いのである。
「わかったっすよ。じゃあ早速、人を集めてきてくれないっすか?」
すっかり日が落ちてしまい、辺りが暗くなってランプの弱い光が街を照らす頃。
ダバルは一人、『拘束する銀』のアジトに正面から向かっていた。
それというのも、頭の娘さんを助け出そうとしたせいで、大分人員が減っていたために、正面からぶつかり合えるほどの戦力はなかった。
そこでダバルは単純な案を提案する。
正面に囮を向かわせて、注目を集めている内に裏から残った人間を侵入させるというもの。
囮役には、ダバル自ら立候補。
バルドーぐらいの実力の奴ら数人くらいなら、持ち前の足の速さで攪乱するくらいは余裕だと思ったからだ。
目的はあくまで、彼女の救出。囮にあまり戦力を割くべきではない、とバルドーが提案した結果。
「なんで囮がオレ一人になるんすかねぇ……」
肩を落としながらも、足を進めるダバル。
そうして、目の前に『拘束する銀』のアジトが見えてくる。
彼らも『黒を見通す者達』と同じような廃墟を縄張りとしていた。
鉄製の柵に囲まれた三階建て。各階の窓から光が漏れており、そこにポツポツと黒い斑点が動いている。
人影だ。
そんな人影からは人数を把握出来ないとダバルは判断すると、上げていた視線を元に戻す。
「何見てんだ、オイ」
壊れたまま放置された門の前に見張りが二人立っていた。
そのどちらも腰辺りに鎖を付けており、『拘束する銀』のメンバーだと見て取れる。
「(オレの仕事は目立つことっすよね)」
威嚇してくる二人にダバルは気にした様子もなく門へと近付いていく。
そんな様子に彼らは冷静に近くに置いていたものを手に取った。
一方は片刃の剣、もう一方は角材をダバルへと構えて、自ら距離を詰めていった。
「(思っていたよりも、遅いっすね)」
大して急いだ様子も見せず、ダバルは背中にあるロングソードの柄に手を添える。
そして、特に考えずに一閃。
横薙ぎに振るう。
彼らよりも後に振るわれた剣線。
しかし、それは彼らの武器がダバルに到達するよりも速く、彼らの身体に吸い込まれる。
「おふっ……」
少しの間、足が地面から離れ、数メートル程転がっていき、そして沈黙。
ロングソードが振るわれたというのに、彼らの身体には出血は見られない。
ダバルが、その刀身に幾重も布を巻き付けていたからだ。
これは別に、ダバルが不殺を目的にしている訳ではなく、単にロングソードに血糊が付くのを嫌がった故である。
「それじゃ、行くっすかね」
ダバルは臆した様子もなく、ゴロツキ共が蔓延るアジトへと足を踏み入れた。
「なんだアイツは……!」
唖然としたまま口を閉じることを忘れた『拘束する銀』の下っ端が声を漏らす。
彼の目の前に広がる光景は、果たして悪夢なのか。
たった一人でこのアジトに侵入してきた少年。
最初はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた彼らだったが、次第にその顔を歪ませていく。
というのも、その彼らが一人、また一人とその少年によって地面に伏せられているからであった。
彼らには、自信があった。
強いモンスターとは戦えないとはいえ、それと戦う者でも数人で囲んでしまえば怖くはないと。
そう信じていたというのに、今まさに、いとも容易くその自信が崩されていった。
少年は刃を布で包んだ剣を振るい、彼らをなぎ倒していく。
そこには、大した技術は見られない。
ただただ、速い。
彼らが少年に狙いを付ける暇も与えさせず、細かくステップを踏み、翻弄していく。
室内という狭い空間で、一人を大勢で囲めることの出来る、圧倒的に有利な立場に立っているにも関わらず。
その少年に触れることすら叶わない。
この日彼らは、濃厚な敗北を味わうこととなった。
ダバルが暴れ回っていた頃。
バルドー達も自らの目的ために行動を開始していた。
ダバルによって手薄になっていた裏から侵入すると、二組に別れて頭の娘の捜索を開始する。
先日の大敗を味わった彼らの足取りは、重くはなかった。
それはダバルが敵を引きつけてくれている、というだけではなく、頭の娘が別嬪だったからだ。
ここでカッコ良く救い出せば、もしかすれば……という浅はかな下心を胸に彼らは動く。
途中で『拘束する銀』と遭遇するも、こちらの方が数は上で、難なく蹴散らしていく。
だが、そんな彼らの勢いも三階に到達したところで、終わってしまう。
「お前は……」
「ったく、うるさいったらありゃしないからさ、しばらく寝ててくれない?」
バルドーが正面にいた人物に驚いた声を上げるが、彼女はそれほど気にしていないようだった。
それ以降は、誰も喋らない。
彼らは喋ることが出来なくなり。
また彼女は喋る必要性を感じていなかったからだ。
「……」
ダバルは目の前の惨状をただ見つめる。
「(囮、のつもりだったんすけどね……)」
自分の目的が時間稼ぎだということを忘れ、迫りくる相手を次々と切り捨てていった結果、ここにいた『拘束する銀』は全滅。
これは決して彼らが弱いわけではない。
やはりあのカミラとの理不尽な戦闘が、彼を急激に成長させたのだ。
「(まぁ、加勢でもしに行った方がいいっすかね……?)」
地面に伏した男たちを踏まないように、隙間を縫っていく。
そうして一階と二階、どちらも物音がしないことに気付いたダバルは、二階の探索を早々に切り上げて三階へと向かう。
「マジっすか……」
バルドー率いる大の男たちが、年端もいかない少女に負けていた。
腹にいくつもの切り傷を作り、地面に倒れている姿に、ダバルは何だか悲しい気分になってしまう。
「まぁたウルサイのが来たの?」
ダバル以外に、この建物内で立っていよう少女。
くすんではいるが、金髪に、ぱっちりとした目、なだらかな胸。
何だかルシルに似た雰囲気を持つ少女だなぁ、とダバルは思う。
が、いくら似ているとはいえ、ダバルは一途な男だ。ルシル以外の女性になんぞ目もくれない。
「お前が、これをやったんすか?」
「えぇそうだけど……だったらどうするの?」
少女はダバルを挑発するような物言いをする。
「取りあえずは、この人らを助けるっすかね」
が、ダバルは挑発に乗らず、少女を無視してバルドー達の止血を始める。
「……何やってんのよ」
「何って、血を止めてるんすよ」
そう言って、手際よく彼らの服を引きちぎり、流血している部分に布を巻きつけていく。
「あなた、分かってるの? この人たちをこんなにしたのはウチなんだけど?」
「そうっすね」
返事をするも、ダバルは手を止めない。
「誰誰の仇ー、ってやんないの?」
「その前に治療が大事に決まってんじゃないっすか。というか、見ているだけなら止血するの手伝えっす」
相手から手を出してこない場合、よっぽどのことがない限り、ダバルは自分から手を出さない男だ。
むしろ目の前で不思議なことを言っている少女の方に、ダバルは疑問を覚えていた。
「だーかーらー、この人たちをやっつけたのはウチなんだけどー?」
「それはわかってるっすよ」
「怒らないの? あなたってこいつらの仲間じゃないの?」
「一応、仲間ってことにはなっているっすけどね」
ダバルは内心呆れていたのだ。
こんな大人数で、あんな少女に負けているなんて、と。
確かに頭の娘を攫われたのには、思うところはあった。
が、目の前に立っているのは子供だ。
しかもアホっぽいし、とダバルは心の中で呟いておく。
また彼らと付き合いなんて、ないに等しく、ダバルの頭の中はどうにかして大きな依頼をこなさねば、という気持ちでいっぱいだったのだ。
この少女を見てしまったせいで、余計にその思いが強くなってしまい、彼らのことを思い遣る気持ちが少なくなっていた。
「これで終わり、っすかね」
「で、まさかあなた、この人たちの治療をするためだけに、ここに来たわけじゃないんだよね?」
律儀にも、少女は全員の止血が終わるまで待っていた。
切った本人としては、なかなかに複雑な思いではあったのだが、普段から血の気の多い男を見ていたために、ダバルの取った行動が不思議に思えていたのだ。
それも、彼女の知る男共に劣らないほどの強面だったこともある。
「なんか知らないんすけど、ここにいる娘さんを取り戻しに来たらしいっすよ?」
「って、なんであなたは疑問形で言ったわけ?」
「この人らに雇われただけなんで、深い事情までは知らないんすよ」
「そう、でもそれはウチがさせないんだけどね」
少女はそういうと、腰に下げていたショートソードを抜き放つ。
先ほどの気の抜けた雰囲気は脱却され、彼女から一人の戦士としての雰囲気が漂う。
少女が戦闘態勢を取ったことで、ダバルもロングソードを自らの前に構える。
そうして、何の合図もなく、少女はダバルの元へと突っ込んだ。
「(速い……!!)」
下にいた男たちとは比べ物にならないほどの、スピード。
彼らに目を慣らされてしまっていたダバルは、一瞬少女の姿を見失う。
無防備なダバルを少女は見逃すはずもなく、胴に一閃を振るった。
走った勢いを殺さずに、ダバルの後ろへと走りぬけ、ダバルが振り向いたところでまた突進を開始。
崩れた体勢のダバルに息も吐かせぬような、連撃。
ダバルの目がようやく慣れてきた、というところで少女はタイミング良く距離を置いた。
「……あなた、随分とタフなのね」
ダバルを見て、彼女は言う。
いくら刃渡りが短いとはいえ、少なくない傷を負わせたはずなのだが。
ダバルは血を流しながらも、平気そうに立っていた。
「(あーあ、この鎧ボロボロになっちゃったっすね……。帰ったら新品下ろさないとっすね)」
痛む身体を気遣わず、ダバルは革製の鎧のことを考える。
が、すぐにその思考を振り払うと、目の前に立つ少女と向き合う。
「(そこまで熟練された動きじゃないっすけど、とにかく速いっすね。スピードでいうなら、あのカミラに近しいかもしれないっすね。一撃や二撃程度なら対応できるっすけど……)」
そこまで考えて、ダバルはロングソードを背中に戻した。
「どうしたの? まさか降参でもするわけ?」
「いや、そうじゃないっすよ」
彼は視線を下へと落とす。目に入るのは、腰の左右に下げた二本の剣。
どちらとも、騎士団からの支給品だ。
ただ、見習いの騎士一人につき、一本しか支給されない物なのだが、ダバルは二本持っていた。
というのも、もう一本の方はクレヴの物で、彼から譲り受けたからだった。
「俺には剣が向いてないし、やるよ」
ある日の夜、クレヴはそう言って、ダバルに剣を手渡したが、当然ダバルは受け取れない。
「何言ってるんすか。それはお前のもんすよ」
「だとしても、いらないんだよ。だから、やる。使わないなんて、もったいないだろう?」
「そうっすけど……」
渋るダバルに、クレヴは何か名案が浮かんだのか、拳をもう片方の掌の上に乗せて、
「この際だから、双剣の扱える剣士とか目指してみたらどうだ?」
と、そう言ってきた。
それから、クレヴがしつこかったために、渋々受け取ったダバル。
最初はロングソードが戦闘で使えなくなった際の予備として持ってきていたが――
「ん?」
少女が、ダバルの動きに目を見開いた。
というのも、ダバルが二本の剣を同時に抜いたからだった。
「(追いつけないのなら、手数で勝負するしかないっすね)」
「へぇ、でも二本同時なんて、そう扱えるものじゃないでしょ?」
少女が驚いたのは、一瞬。
今更奇抜な手を使ってきたところで、うまく扱えなければ自分の敵ではない。
苦渋の策だ、とそう割り切って、またダバルとの距離を詰める。
そうして、今度はショートソードを顔に向けて突く。
これに対して、ダバルは右腕を動かし、それを受ける。
そこに少女は素早く手首を返し、横薙ぎ。
今度は左の剣で受け止められたところで、少女はダバルの空いた脇腹に再び突きを放った。
「(もらった……!!)」
――だが、そんな彼女の確信を余所に、ダバルの右腕はそれに対応し、ショートソードを弾くことに成功していた。
「(ならもう一撃)」
続いても、また突きを放つが、今度もダバルに弾かれてしまう。
「嘘、でしょ……」
少女は、驚いた。
ダバルが、自分の攻撃に無理して追いついていたわけではないからだ。
二本の剣に振り回されず、体勢を崩すこともなく、ダバルは剣を扱っていた。
――ダバルは、比較的に真面目な男だ。
冗談交じりで言ったであろうクレヴの発言を本気で捉え、密かに練習していたのである。
自分の恋を応援してくれるだけでなく、剣までくれた。
申し訳ないと、思っていた。
だからせめてものことで、ダバルは努力した。
その結果が、今発揮されていた。
防戦一方だったダバルが、次第に攻勢に出始める。
ロングソードほど、まだ上手く扱えていないものの、手数が増えたからか、彼女の動きに対応出来るようになっていた。
二本同時に扱うことは、難しい。
どちらかに比重を置けば、バランスが崩れ、隙が生まれてしまう。
また普段ならば両手で扱っているため、片手で振るうとなると、思った以上に力が出ない。
が、今回は相手が良かった。
相手は細身の少女。
力は男に比べては弱いもので、身体の重量も軽い。
それゆえに、片腕の力だけでもダバルは受け止めることができていた。
そうして、少女が体力の限界を迎えたところで、ダバルは剣と剣を十字にして、ショートソードに振りかぶる。
疲労でほとんど握力が失われていたせいか、簡単にショートソードは少女の手から離れ、宙を舞う。
「オレの勝ち――」
「トーカちゃん、いい加減待ってるの飽きちゃったんですけど」
どこからか扉の開く音に、ダバルの台詞を遮る別の少女の声。
張り詰めていた空気が途端に消え去り、締まりのない終わり方で、彼の彼女の戦いは終結するのだった。
「お嬢、お嬢ー!!」
「あー、ホントにウルサイわね」
『黒を見通す者達』、『拘束する銀』の互いの人間たちが目を覚ました後。
比較的広い部屋に数名の人間が集められていた。
『黒を見通す者達』代表のバルドーと、『拘束する銀』代表の男、例の頭の娘――パトリシアに、トーカと呼ばれる少女、そしてダバルの5名である。
「お嬢ー、心配しやしたんすからね」
「いいから座れっての!」
話し合いのために集まったのだが、先ほどからバルドーがパトリシアに抱きつこうとしているところに、トーカが全力で撃退しているところだった。
今でも腹に怪我をしている人間にしてはしつこく、彼女は思った以上の苦戦を強いられていた。
「ったく、これだから黒のモンはあきまへんな」
「ああん? なんか言いやしたかァ?」
収集がつかなくなりそうになったところで、しびれを切らしたダバルが間に入り、ようやく話をすることとなった。
「――えぇと、誘拐されてたわけじゃないんすか?」
「はい、私はただトーカちゃんのところに遊びに行ってただけですけど?」
「しかしお嬢、あっしらに何も言わずに……」
「あの、お父様に言ったはずなんですけど……?」
パトリシアから語られる真相に、バルドーの身体から力が抜けてしまう。
「で、でもお嬢。銀のモンとは敵対関係にありやすんですよ?」
「別に誰と仲良くなろうと、あなたには関係ないじゃない」
バルドーとパトリシアの間に割り込むトーカ。
ずっとバルドーから用心棒だと思われていた彼女だが、実は『拘束する銀』の頭の娘だった。
少し大人ぶりたかったトーカは、自分で金を稼ぎたいと数カ月前に大きな依頼を受けており、つい先日帰ってきたところ、すぐにでも会いたいと思ったパトリシアは『拘束する銀』のアジトに泊まれるくらいの荷物を持って、向かった。
出る直前に彼女の父に向かって言ったはずだったのだが、彼女の父である頭は話半分で聞いており、すぐに帰ってくると勘違いし。
現在のような騒ぎが起きたというわけだ。
「でも、二人は良く知り合えたっすね?」
「抗争、なんてくだらない事のせいで、一人で留守番するが多かったからね。抜けだしたところで、偶然ね」
「はい、私も家から出たところで会ったんです。そこで運命を感じましたね」
「同じ境遇だからか、仲良くなるのも早かったわよね?」
「そうですね」
女子二人が和気あいあいと語り、その部下であろう男二人は無言でにらみ合う中。
「(さっさと帰るっすかね)」
ダバルはそっと、アジトから抜けだすのだった。
「一緒に依頼、やってくれませんっすかね?」
「だからいくら頼んでも、無理なモンは無理だ」
それから。
休暇が続くまでの間、ダバルは必至に依頼を一緒に受けてくれる仲間を諦めずに探していた。
が、やはり結果は全滅。
彼らの対応に、一向の変化は見られず、ダバルは断られ続けていた。
――ただ。
そんなダバルの周囲に、変化はあった。
「旦那、これ一緒に受けやしょう?」
「何を言うか、黒のモン。若、こちらの方がええっしゃろ?」
あれから、『黒を見通す者達』と『拘束する銀』は、ダバルの周りをうろちょろとするようになったのである。
というのも、ダバルの強さに惚れ込み、自分の組織に勧誘しようと躍起になっているからだ。
「嫌っすよ」
そのことを分かっているために、ダバルは彼らを断り続ける。
「いい加減諦めたらどう? こいつら、しつこいわよ?」
トーカがダバルの肩に手を置いてから、ダバルの耳に自分の口を寄せて、
「…………ダバルが来るの、待ってるからね?」
頬を赤くしながら、そう囁いた。
「はぁ……」
そんな彼女に対して、ダバルは盛大な溜息で返す。
「(人生、うまくいかないもんっすね)」
戦闘描写が粗雑なのは、スルーしていただけるとありがたいです。
剣について無学なんで、適当に書いていたら、このザマです。
ネーミングセンスについても壊滅的だと自覚はしてるんですけどね。
なかなか治らないものですね。
一応、次回からは、ちゃんと新章に突入……したいなぁ。




