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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ソムディア
47/136

15

【ルシル】

 私の強み(ストロングポイント)でもある、『意識の高速遷移』は、間髪入れずに魔法を使うことが出来るといった、大きなメリットがあるけど、やはりデメリットも存在する。


 まずは、状況把握能力の低下。

 通常よりも遥かに集中するために、視界が大分狭まってしまう。

 一方向以外での注意が散漫になるし、無防備な状態になると言っていいだろう。


 次に、普通に使うよりも、魔法の性能が低下していることも挙げられる。

 また、使った後の頭に感じる疲労感が大きく、短時間にそう何度も使うことも出来ない。

 そう考えると、デメリットの方が大きく感じるかもしれないが、それだけ連続的に魔法を使えることにメリットがあることにもなっている。


 言い換えるなら、それだけ魔法を使った後の硬直が厄介だったりする。

 それを一時的に、瞬間的にではあるが、無くせるのが大きいらしい。


 といっても、私の場合だと連続して4回までしか魔法を使えないし、大規模なものなら、その分の集中力が持っていかれるのか、その回数は少なくなる。


 ……つまり、この『意識の高速遷移』には使いどころを見定めなくては、その強みを活かせないということだ。


「『アースバインド』」


「っと!」


 進行方向とは逆に向かって地面を蹴る。

 その一瞬後、草に覆われた平坦な地面が姿を変え、隆起する。

 隆起された地面は、幾重にも分かれ、捻れ、曲がり、そして絡み合う。

 『アースバインド』は本来は拘束に使うものとされているが、締める力が強まれば攻撃にもなるものだ。

 捕まれば最後、無防備な姿を晒したままで、敵にやりたい放題されるのがオチだ。


 それに……私が使えないのを、これ見よがしに使っているのが、何かムカつくから、尚更捕まるわけにはいかない。


 だからといって、ここでかわすのが面倒だからと、『レビテーション』を使うわけにはいかないし……。

 あれって宙に浮く分には問題ないんだけど、移動に関して言えばお粗末だ。

 とはいえ、『思考の高速遷移』での組み合わせでは、確実に組み込んでいるのも確かだ。

 身体が硬直し、動けない保険として『レビテーション』を使っているんだけど、それもリアナには一回見せているから、狙われそうだし。

 もう回避を捨てて、すべてを攻撃に回してしまうか。


「『エア・ブロー』」


 そう考えている間にも、リアナが魔法を放ってくる。


「ッ! 『エア・ブロー』」


 判断に遅れ、ギリギリのところで詠唱をするが、間に合わない。

 ハンマーか何かで殴られた痛みと共に、身体が後ろへと押し飛ばされる。

 足と地面の摩擦で、背の低い草が舞っていく中、遅れた私の魔法がそれを薙ぐ。


「『ブラスト』」


 硬直時間をとっくに終えたリアナが、再び私の方へと手を突き出す。

 淡い輝きが生まれ、そして弾けて消える。

 シャボン玉のように儚く消えてしまうのに、その後に待つのは、その輝きなんて簡単に埋もれてしまう、強い光だ。

 その光は多大な熱を帯び、急速に広がりを見せる。

 揺れ動く赤。

 その姿はやはり、波を彷彿とさせる。


「『ブラスト』ッ!」


 ……そんな様子を、私が黙って見ていられるはずがない。

 同じ詠唱を紡ぎ、同じ光、同じ赤を生み出し、それを放つ!


 空気を焦がす音を伴い、二つの波が衝突する。

 赤い奔流は混ざり合い、そして行き場のない熱が上へと逃げていき――数秒と保たずに、その色を失う。



「『ブラスト』ッ!」


 だが私は、間髪入れずにその色を継ぎ足す。

 『意識の高速遷移』で、再びリアナへと向かう赤い波。

 今度は、対抗する波がもう有りはしない。


 動けずにいるリアナに、『ブラスト』の炎は容赦なく呑み込んでいく。

 灼熱の炎に包まれたリアナに、私はここで攻撃の手を止めない。

 『ブラスト』が、リアナにとって有効打となり得ないと、知っているから。

 だから私は、まだ魔法を唱える。


「『サンダー・ボルト』ッ!」


 青い稲妻は一旦天に昇り、そして再び地面へと吸い寄せられる。

 これは『ボルテック・スピア』とは違い、一直線に相手に向かうのではなく、本物の雷のように上から落ちる軌道を描く。

 また『ボルテック・スピア』のような貫通力はないものの、電撃の威力としては、こちらの方が上だ。


 ……まぁ、これは合同実践演習のお返しなんだけど。

 ブラストを煙幕のようにしての不意打ち。


 やられた時に驚いたのもそうだが、身体が麻痺したのは結構ヤバいと思った。

 それが、もしリアナの身に起こっているんだとしたら――チャンスだ。

 いくら魔法抵抗の高い人でも、何発も魔法を受ければ身体が弱り、そして魔法抵抗も下がる。

 最悪、『ボルテック・フレア・バースト』の溜めが作れれば御の字。


――そう、魔法の組み合わせを頭で色々と考えていた時だった。


 『ブラスト』の炎が、縮まっていった。

 そう、空気中に霧散するのではなく、中心部に向かって、どんどん炎の規模が小さくなっていく。

 そして、リアナへと落ちていく『サンダー・ボルト』も、短くなる。


「え……?」


 信じられない光景に、私の頭は真っ白になり、何も考えられなくなっていた。


「そういえば、ここはもう魔法学校じゃないか」


 炎に包まれていたにしては、あっさりとした口調。

 その場から一歩も動かずに、私の方を向く人影。

 いつものように微笑を浮かべ。私の魔法を消し去った。


「だったら、同じ舞台に立つ必要はないかもね」


 何が、起きたのか、わからない。

 リアナは、一体何をした?


「私としても、もう少し楽しみたいところ何だけど、生憎優先すべきものが他にあってね」


「アンタは、今さっき何をしたの……?」


「それを答える必要性は感じられないね」


「何で、『ブラスト』が消えたのよ!」


 得体が知れない。もはや同じ人間なのか疑ってしまうほどだ。


「別に消えてはいないさ」


 リアナは軽く手を振るったと同時に、炎が生まれる。

 詠唱は、ない。

 まさかクレヴの召喚魔法と同じ技術……?

 今更ながら、強引に聞いておけば良かった。


――が、その考えは間違いだと気付かされる。


 リアナの前に発生した炎が次第に大きさを増していく――いや、元の姿に戻っていく、といった方が正しいかもしれない。

 消えたと思った『ブラスト』の炎が、蘇った。

 リアナの言い分だと、元々そこに存在していた、と。

 一時的に見えなくなったとか?


 ……でも、そんな魔法なんて、聞いたことがない。


「これ、返すよ」


 唖然となっているところで、リアナがまた手を振った。

 停滞した炎が、動き出す。

 今度は逆に、私の方へ。

 避けなきゃ、と思うのに、身体は動かない。

 目の前で起きたことが、信じられなかった。

 夢なんじゃないか、と思うけど、身体の痛みが本当に起きてることだと認識させる。


 棒立ちの私に、炎の波が包み込まれていく。


「んぅぅ…………」


 熱い。熱い熱い。熱い熱い熱い……!

 口を開こうものなら、その熱が体内に入りそうで、声も出せない。

 身を屈め、魔法抵抗のあるローブで顔を隠すも、熱は誤魔化せない。


 通常よりも熱く、長い時間を、ひたすらに、私は耐える。

 こんなのに平然としていられるリアナって、一体……?


「ああ、そうそう。これも返さないとね」


 ようやく炎が霧散したところで、またリアナが手を振るい、今度はあの細長い、青い光。

 体勢を整える暇もなく、稲妻は上に射出され、そして急速に下向きへと落ちてくる。


 当然、私にかわす余裕もなく、全身に電撃が走る。


「ああ、ああああああっっ!!!!!」


 身体は自然と伸び、麻痺のせいで身体の自由は許されない。

 そんな私の様子を、リアナは笑う。

 一歩一歩ゆっくりと足を進め、私との距離を縮めていく。


「さて、と」


 リアナは私の目の前に立つ。


「私はこれ以上戦う気はないけど――」


 決して笑みを崩さないリアナを、私はせめてもの抵抗で、目に力を入れて睨みつける。


「――君は、まだ戦意を失ってないか」


 ここまで追い込まれてきてもなお、私は引こうとは思わない。

 こんなところで意地を張っても、痛い思いをするだけなのはわかっている。

 でも、自分の意思を曲げてしまうのは、もっと嫌だ。

 自分に嘘を吐くのが、今でも嫌いだ。

 人と最低限のコミュニケーションを取るには、嘘が必要なこともわかっている。

 人生うまく生きていくには、自分を騙さないといけないことだって、いくらでもある。


――が、今は。

 嫌いな人相手に、嫌いな嘘を吐く必要が本当にある?

 私は、そうは思わない。


「仕方ないから、今は眠っていてもらおうか。……後で、クレヴにも説明を手伝ってもらうとしよう」


 リアナは私の耳元で、そっと囁く。


「『エア・ブロー』」


 その一言で、私の意識は途絶えてしまった。

 






【クレヴ】

「ふっ!」


 鋭く吐きだされる息と共に、振るわれる鈍器。

 それに合わせて盾を構えるも、予想していた衝撃が、来ない。

――フェイクだ。

 シリアは咄嗟に手首を返し、寸止めしていた横薙ぎの一振りを、振り上げの一撃へと変える。


「くそっ……」


 正面からの攻撃に備えていたせいか、盾が若干浮いてしまう。

 その無防備になった腹に、シリアのミドルキックが入る。

 腹筋の緩んでいたからか、彼女の足が簡単にめり込み、そしてすぐに引き戻される。

 ヒット&アウェイ。

 どうやら締め技なんかを警戒しているようで、無理に追撃をしてくることはないようだ。

 ……まぁ、俺としては締め技なんて、ちっともしようとは考えてないんだけど。


 というか、こちらから攻撃をする気がさらさらない。

 そもそも目的が、ある記憶の忘却なので、こちらから仕掛ける必要はないのである。


「やっ!!」


 掛け声と同時に、再び距離を詰めてくる。

 今度は、何とまぁ鈍器には不向きな突き。

 大きく踏み込み、狙うはやはりまた胴体といったところだろう。


「はぁ……、はぁ……」


 荒く息をしながらも、それに合わせて、今度は盾を構えずに、鈍器に向かって頭を突き出す。

 わざわざ狙いやすいように膝を曲げて、頭を彼女の胸の高さに下げておく。


「なっ……!?」


 が、しかしシリアは寸止めどころか、数歩で踏み込むのを止めて後ろに下がる。


「クレヴ、一旦落ち着くんだっ! 冷静になるんだっ!」


「……っ。さっきから、何当たり前のことを……言ってんだよ?」


 むしろシリアの方こそ落ち着け、と言いたくなるくらいの慌てっぷりだ。

 俺はちゃんと、落ち着いて、冷静に、頭に鈍器をクリーンヒットする方法を考えている。

 が、やはりいざやってみようとしても、これが結構難しい。

 というのも、俺とシリアとの実力差がかけ離れているからだ。


 こうして執拗に絡んでくるシリアだが、やはり騎士団の訓練の時にでも、やはり絡んでくるのだ。

 そうして、来訪した時には必ずといっていい程に、一度は俺を相手に選出するのである。

 こちらとしては堪ったもんじゃないのだが、彼女は王族だ。

 逆らうわけにもいかず、渋々了承するのだが、それの何が気に入らないのか、その後にあの鎧女との連戦が控えているというのは余談だろうか。


 そういうわけで、俺とシリアは何度か手合わせをしていたりするのだ。

 勿論、戦績は俺の全戦全敗。

 剣、槍、鎚、斧と様々な武器で挑んだものの、まともな勝負になったことは一度もない。

 初めの数回までは、結構思考錯誤していたのだけど、後に鎧女が控えていると考えると、体力を残しておく方が賢いと思ったのもあるが、とにかく勝てていない。

 というのも、単純にシリアの実力が高いというのもあるんだが、あの鎧女の影響も受けているからだ。

 女の身のくせに、平然と顔に剣を叩きこめる度胸と強い腕っ節は()る事ながら、その身のこなしも凄いものなのである。

 特に緩急の差が激しい独特のステップには、いつも頭を悩まされていることだった。

 急に動きが速くなったと思いきや、身構えたところで、そのタイミングをズラすように遅くなり、そうして油断が生まれたところで、また速くなる。

 狙ってやっている動きにしては、ぎこちなさなどなく、自然でなめらかであり、流石は姫様の護衛をしているだけあった。


 そんな鎧女の動きを、多少それよりもキレがないが再現出来ているシリア。

 彼女の愚直な性格は戦闘スタイルまでに反映されず、ただ突っ込んで来るというようなことは、してこない。

 必ず二段構えをしており、初めの方が防げると思うと、すぐに別の軌道へとシフトしてくる。


 ……正直、やりにくい相手だ。

 どの武器よりも使い慣れている盾でも、大分押され気味である。

 目で動きは追えているのだが、身体が急な動きの変化に追いついていけない。

 もどかしい。

 このまま消耗戦になれば、連戦かつ無駄な体力を使い過ぎた俺には不利。

 何か、手を打たないと。


「ふぅー」


 シリアが深く息を吐く。

 今度は一体何をするつもりかは知らないが、今度はこちらから仕掛けさせてもらおう!


 素早く地面に伏せて、背中と足全体を盾で覆い隠す。

 これで盾で守れていないのは頭だけ。

 即ち、シリアが有効打を狙うには頭を狙うしかないってことだ!


「…………」


 戦闘中にする体勢ではないからか、シリアが驚きはしたものの、そのまま無言でこちらに近寄ってくる。

 そして一旦鈍器を腰に戻し、開いた両手で盾を掴むと、


「何をふざけているん、だっ!」


「!?」


 俺の身体ごと、盾をひっくり返した。


 気分は無防備な腹を晒した亀。

 今までにないほど、危機的状況だ。


「……立て」


「……はい」


 ふぅ、相手が優しい人物で助かった。

 これがリアナやルシルだったら、容赦なく魔法をぶっ放してだろう。


 感謝の念を込め、頭を下げるが、


「いい加減、自分に頭を狙わせようとするんじゃない!」


 と、狙ってやったわけでもないのに、怒られてしまう。

 まぁ、これは俺がいけないな、うん。


 再度シリアと向かい合う。

 うーん、シリアに頭だけを攻撃させるのは難しいし、今更だけど盾に頭を打ちつけてみるか?

 でもなぁ、血とか付いたら、あの店主さんに申し訳ないしなぁ。

 あの鈍器なら金もかかってるだろうし、サビ止めくらいはしてあるだろうから、躊躇う必要はないけれど。


 いっそのこと、自分の拳とか膝とかで頭を痛めつけることも考えたが、それだと手や足の方まで痛くなるから困る。


 元より回転の遅い頭で考えに考えた結果、結局はあの鈍器の硬度に頼るしかないわけだ。


「はぁ……っ、はぁ……っ!」


 息切れも激しくなってきた。

 もうスタミナの限界が近付いてきているのだろう。

 立っているだけでも、しんどい。


 仕掛けるなら、もう次しかない。

 考えてる時間もあまりない。後手に回れば、俺の敗北は決定的になってしまう。


 抗え。

 何でもいい、とにかく抵抗しろ。

 でなけりゃ、待つのは今もなお、胸の奥に刻まれたトラウマだけだ。


「ん……?」


 顔に滲む汗を腕で拭っていると、右足が妙に冷たい。

 汗をかいたにしても、冷えるのが早過ぎる。


 気になって、そっと目を足元にやると、何だか青く透き通った液体が足を登ってきている。

 これは――リキッドスライムか?

 逃げないのか? 何でここにいるんだ?

 そんな疑問は尽きない。こんなところにいては危な……くはないか。

 リキッドスライムの身体は液体に近しく、物理的な攻撃は効かないとされているかわりに、炎とか雷とかには非常に弱いんだっけか。

 だとしたら、リアナとかルシルがいるあちらよりも、いくらか安全か。

 魔法合戦なんかが、あちらで繰り広げられているんだとしたら、余計に行きたくない。


 っと、今はそんなこと考えてないで、打開策を練らねば……。

 碌なモンが思い浮かばないので、切り口を変えてみよう。

 さっきまでは、『如何にして相手の攻撃を俺の頭だけに絞らせるか』、という考えに縛られていた。

 別に相手の攻撃に、こだわる必要はないはずだ。

 ただ、俺の記憶を物理的に消滅させるのに必要なのが、『あの鈍器』が適当なわけだし。

 鈍器で自らを殴る、っていう方法もある。

 が、それは持ち主であるシリアに、貸してくれることは許されなかった。

 だが、無理やり屁理屈をこじつけるならば、出来なくもない。

 ただ問題なのは、協力してくれるスライムが必要なことだ。

 俺の使役するスライムでは、いくらスライムがやったことでも、その責任は俺が負うことになる。

 だから、召喚したスライムは使いたくとも使えない。

 なら、このリキッドスライムに協力してもらうのはどうか?

 コイツなら野生であるため、責任なんぞ生まれない。人の法には触れない存在だ。


 しかし、ここでもまた問題はある。

 まず、俺の言うことに従ってくれるかどうか。

 懐き具合や従順かどうかも重要だが、何より指示を理解出来るだろうか?

 経験則からして、スライムたちの教育は滅法時間がかかる。 低地脳ゆえに、何度も繰り返してやらねば覚えないし、経験を積ませなければ、判断能力も低いままだ。

 リキッドスライムとは、まだ初対面だし、指示を教え込むには短時間では不可能だ。

 それに、見てきてわかったが、リキッドスライムの移動速度は遅い。

 普通のスライムは自らの弾力を利用し、跳ねて移動することが出来るが、リキッドスライムにはその弾力がない。

 そのため、ナメクジのように全身を動かし、這って移動しているのだ。

 これでは自主的にしてもらうにしても、時間がかかり過ぎる。

 そうなれば、必然的に後手に回る羽目になってしまう。


 ならどうするか。

 俺がリキッドスライムを持って移動すればいい。


 だが、その方法は気が進まないんだよな。

 リキッドスライムに対して自主性がないし、第一この戦闘に関わらせなくてはいけない、みたいなものも、ない。


 使役しているスライムたちでさえ、俺が弱いばっかりに、戦闘を強いているわけだし、ましてや、このリキッドスライムはリアナに誘拐されてきた可哀想なヤツだ。


 この案はボツかな――


「うひゃっ……!」


 ふくらはぎが、くすぐったくて、変な声が出てしまう。

 思わずしゃがみ込んでズボンの裾を捲ってみれば、リキッドスライムが足にへばり付いていた。

 何をやっているのかといえば、ズボン越しについた泥やら汚れを、落としてくれている。

 ……確かスライムの習性に、不純物を身体に取り入れる、または取り除くことをするってものがあったような。

 でも、それを今、何でするんだ?

 何にも考えてない、ってこともあるかもしれないが、もしかして俺の身体を綺麗にしてくれているのか?

 何のために?

 俺はコイツに何にもしてないのに、懐いてくれたのか?


 そんな自分勝手な想像が頭によぎる。

 そんなわけがない、と強く思うが、それでも俺は何を思ったのか、リキッドスライムに右手を差し伸べる。


 すると、リキッドスライムが自分から俺の手に乗り移ってくるではないか!


「もう限界だろう? そこで諦めて大人しくしてるんだぞ」


 不思議な感動に浸っていたところで、シリアから俺の負けを告げられる。

 大方、片膝を地面につけた俺の姿を見たためだろう。

 だが、俺はまだ終わりにするつもりはない!


「ふぅ……っ、はぁ……っ!」


 未だに荒い息をしたままで、俺は座ったままでいたい欲求を抑えつけ、強引に立ち上がる。


「クレヴ……お前……」


 これは、呆れられたかと思いきや、シリアは俺を熱い視線で見てくる。

 父が好き、と変わった好みをしたシリアのことだ。

 たぶん、熱血野郎とか、不屈の精神を持った漢、みたいなのを気に入りそうだしな。


 まぁ、普段は女々しい俺とのギャップに驚いている、ってのもありそうだ。

 尤も、今でさえリキッドスライムに縋る、女々しいヤツなんだけどな。

 これは俺のエゴだ。

 自分勝手に、リキッドスライムの力を借りる悪い人間だ。

 償いとして、綺麗な水場を探してやるのは勿論のこと、元いた場所に戻してやらないといけない。

 ……後でリアナに元いた場所を教えてもらわないとな。


「はぁぁ…………」


 深く、息を吐く。

 その後に、充分と息を吸うために。


 ……これで負ければ、このリキッドスライムがどうなるのか、考えてみろ。

 俺以外の、ここにいる誰もが、リキッドスライムのことなんて、気にかけてやしない。

 俺が倒れたら、放っておかれる。連れてきたリアナなんか、俺が言わなきゃ返して来ないしな。

 ここで、シリアと戦わず記憶を受け入れ、リキッドスライムに戦いを強いらない、というのも考えた。

 が、そうなったら、今度はリキッドスライムを気にしている余裕が、俺に奪われてしまう。

 今は戦闘中だから、余計なことを考えずに済んではいるものの、手を止めてしまえば、再びあの悪夢が頭に映し出されてしまう。


 だから、俺には勝つという選択しか選べない。

 もっと賢い方法があったのかもしれないが、生憎思いつかなかった。


 だから、やるしかない。


 ここで、俺は初めて自分からシリアとの距離を詰める。

 攻撃する意志はないから問題ない、と強く思い込む。


 シリアは、俺が動くことを予想していたのか、鈍器を素早く構えていた。

 待ちの姿勢。

 カウンターでも狙ってやがるか。

 だが、それはこちらに取って、好都合だ。


 右手に持ったリキッドスライムを、もう一度だけ確認する。

 随分と大人しいヤツだ。手から溢れ出ているサイズなのだが、うまく腕のところまで身体を伸ばし、張り付いている。


「……頼む、ぞっ!」


 それを俺は山なりに放り投げる。

 狙いは、あの鈍器。握っている手と鈍器との隙間にリキッドスライムがうまく滑り込めば、俺の目論見は成功だ。


 そう、これでシリアが鈍器を落としてしまったとしよう。

 とすれば、落ちた鈍器は『落とし物』となる。

 ここで俺が鈍器を手にしても、『盗んだ』のではなく『拾った』となるのが、最大のポイントだ。

 前者は立派な犯罪となるが、後者はそれと真逆の善行。

 してはいけないことから、してもいいことになる。

 勿論、拾ったものを返さないのは、いけないことだ。

 だから、然るべきことをしてから、返す。

 グレーゾーンだとは思うが、これが今の俺が短時間で思いついた、最善の策だった。


「なんだあれは……?」


「……いいのか、俺から……目を離して」


 シリアの注意を、リキッドスライムから、こちらへと引きつける。

 リキッドスライムを迎撃なんて、させるものか。


「くっ……」


 回避行動に移ろうとするシリアに、俺は重い盾を手放してまで、その方に先回りする。


 そして、そうこうしている間に、リキッドスライムが落ちてくる。

 シリアにそれをかわす術は、もうない。


 リキッドスライムは引き寄せられるかのようにして――


「あ……」


――鎧の隙間へと入り込んだ。

 狙いを、誤った。


「ん、何か入った…………ひゃん!?」


 何だか可愛らしい声が上がる。

 普段は声の高さを抑えているのか、結構高い声だ。


「何……これって……や、そこは……!」


 ピクン、と身体を震わせ、シリアは胸の辺りを手で押さえる。

 頬がほんのり赤くなり、大きな目は涙で少し潤んで見える。


「ぁ、んん……! やぁぁ……ダメ……」


 内股となった足は小刻みに震え、何かに耐えるように鈍器を強く握っている。

 普段のハキハキとした声はなりを潜み、甘い声がシリアの声が漏れる。


 ……何ていうか、エロい。肌を露出していないのに、どうしてこんなにも興奮してしまうのかわからないくらいだ。

 刺激が強い。目に毒だ、と思いつつも、その目は離れない。

 男の(さが)故に、前屈みになってしまうのが情けなく思える。


 ……そういえば、まだリキッドスライムが落ちてこない。

 ということは、まさか、あの液体の身体でも通り抜けるのに苦戦しているということか?

 別に彼女は細身だし、特に余計な脂肪がついていないように思えるのだが……まさか。

 あの鎧の下には、大きな可能性が秘められているのか……?

 真相は、とてもじゃないけど確かめることはできないが、とにかく言えることは、あの中で不健全な光景が広がっているということだ。

 って、一体何を考えているんだ俺は!?

 

 数十秒前までは、緊張感溢れる? 戦闘を繰り広げていたのに、スライム一匹投入しただけで、その雰囲気が一瞬で飛んでいってしまった。

 わざとじゃない。

 わざとじゃないんだ。

 確かにこの状況を作りだした原因は俺かもしれないが、こんな展開になるなんて、誰が予想出来る?

 今すぐにでも、シリアに謝りたいところだが、正直気まずい。

 もはや、シリアに攻撃するよりも、大変失礼なことをしている気がしてならない。

 あれは、野生のモンスターだ。

 今更だけど、人間の法は適用されなくとも、害と見なされて駆除とかされないよな……?

 まずい、まずいぞ。

 更に酷く混乱してしまったのもそうだが、俺の判断ミスでリキッドスライムにも被害が出してしまったようだ。

 

「ふぁ……」


 シリアの手から、鈍器が滑り落ちる。

 方法は違ったが、どうやらこの策は一応成功のだったようだ。……まぁ、限りなく最低の過程を経て、だが。

 でも、今それを気にしていても仕方ない。

 いっそのこと、これをしでかしてしまったこと自体、忘れてしまいたい。

 

――だが、この時の俺は気がついていなかった。

 俺が混乱していて目を離している隙に、鈍器よりも先に、あのリキッドスライムも落ちてきていたことに。

 あの状況下でありながらも、俺に集中していたシリアのことに。

 何よりも鈍器に目を奪われていた、俺には、気付きようがなかったんだ。

 

「『アース、バインド』……ッ」


 俺とはベクトルの違う荒い声の、詠唱。


 『あぁ、魔法が使える。といっても少しだけだがな』


 シリアが、盗賊騒ぎの後に言った台詞だ。

 少しだけ、と言っていたから勝手に実践レベルではないと、そう思い込んでいた。

 でも、それは違った。

 ただ鈍器を扱っても、充分に戦えていたから、敢えて使っていなかっただけ。

 今、使ったのは、この瞬間が、絶好のタイミングだったから。

 俺が鈍器にしか目のいっていない状態で、落とせば俺がそちらに向かうだなんて容易に想像できる。

 誘導したんだ。

 確実に魔法を当てるために。俺の移動するコースを絞るために。

 鈍器を、利用しやがったんだ。


 今更このことに気付いたところで、もう遅い。

 地面が、俺を拘束するために、その姿を変える。

 幾重にも隆起した地面が、俺の足に絡み合う。

 鈍器には……まだ手は届かない。

 生憎、俺にはもう、そこから抜け出せるほどの体力が残っていなかった。


――俺の、負けだ。




 

今回、ようやくリアナの実力が御披露目。

前からチートっぽいですが、更にチートっぽさが増しました。


それに比べてクレヴは……酷い有様ですけどね。

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