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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ソムディア
46/136

14

【ルシル】

「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 二人の長話が終わったと思ったら、急にクレヴがあのリアナに自分からキスをした。

 ムードの欠片すらないキスが終わると、またクレヴの様子が急変し、発狂した。

 それを見越してなのか、クレヴが暴れる前に、リアナが『アースバインド』で縛り付けてあったのだけど――クレヴが力業で、そこから脱出。

 身体を拘束を持ち前の頑丈さで、地面との耐久力勝負に勝ったクレヴは、叫び声を上げながら、どこかへと行ってしまう。


 ……何なの、この展開は?

 リアナがクレヴを引き入れたところまでは、まだ展開についていけたはずだと思う。

 けど、キスのところからは、私の頭では理解に及ばないところだった。

 あの話の間にクレヴがキスに至るとは、考えにくい。


 ――そういえば、二人の会話の途中でリアナの方が魔法を使おうとしていたっけ。


 ……まさかクレヴを脅してキスを要求したとか?

 いつもクレヴと一緒にいるイメージがあるんだけど、恋してるって感じには思えない。

 友達、というよりかは寧ろ一方的にリアナの方がクレヴをオモチャのようにして、絡んでいるように見えた。

 そのクレヴも絡まれている時は、私に対しても向ける、嫌そうな顔をしていたはず。


「……はっ!? おーい、クレヴ! どこに行くんだー?」


 突然のことで、意識が飛んだ状態から回復した姫様がクレヴの後を追っていく。

 これ以上考えていても埒が明かないので、クレヴの方は姫様に任せることにする。

 これが終わったら、後であの不思議な召喚魔法と一緒に、キスした理由でも聞き出してみよう。


「さてと」


 リアナの方へと向き直り、膝を曲げて、いつでも動けるような体勢をとっておく。


 さっきまではクレヴと一緒だったから、魔法はやめておいた。

 一応、クレヴは恩人だし、流石に裏切ったとはいえ、攻撃をするのに躊躇していた。

 ……まぁ、だからといって普段の態度を改める気はないけど。


 だがリアナだけなら、容赦なく攻撃する自信がある。


「ねぇ、いくつか聞きたいんだけど?」


「あれ、私の話を聞く気はなかったんじゃないのかい?」


 口調こそ変わらないが、いつものスカした笑みは崩れ、嫉妬したくなるほど綺麗な肌に赤みが帯びていた。

 まさか、クレヴにキスされたことに照れてる?

 戸惑ってはいるけれど、あんまり嫌そうにも見えない。

 普段から無駄にポーカーフェイスを貫いているリアナが、こんな表情をするのは珍しい。

 魔法学校でたまに嫌がらせしてやるんだけど、その時は困った顔をするどころか、私に倍返ししてくるリアナが。

 今まで、外面は人形みたいな子なのに中身は悪戯を執拗に繰り返す悪ガキだと思っていた、あのリアナが。


 もしかすると恋しているんじゃ、と考えると、つい頬が緩んでしまう。


「さっきのキス、もしかしてアンタからねだったわけ?」


「そんなわけないだろう。何を言ってるんだ、この恋愛脳め」


「あっ! ねだったんじゃなくて誘ったのね」


「誘ってもいないさ、この尻軽女め。……まぁキスする原因を作ったのは私だが」


「やっぱり誘ったんじゃない」


 反応が面白くて、ついついちょっかいをかけてしまう。

 アスタールにいたころから、人のあしらい方が異様に上手く、恋愛慣れしているかと思ったけど……単に意識していなかっただけかもしれない。

 今回、クレヴがキスしたことで、心境に何か変化があったのだろう。


「はいはい。誘ってないのねー?」


「むぅ……」


 リアナが不機嫌な顔をするが、これはいつものお返しに過ぎない。


「……ところで、話は急に変わるけど、あそこに転がってる死体って、クレヴがやったの?」


 緩んでしまった表情を引き締め、私は本当に聞きたかったことを問う。

 からかったのは、そんな機会が、これからありそうにないと思ったから。

 やられっぱなしは好きじゃないしね。


「ん、いや、やってないよ」


 急な話題転換だったけど、クレヴとのキスの件をこれ以上続けたくなさそうだったリアナが、これ幸いと、この話題に飛びついてくる。


「じゃあ、アンタが?」


「それも違うね。彼の命を奪ったのは、君の後ろにいる彼女だ」


 後ろにいるのは、私と同じ髪の色をしたシスターさんだけだ。

 神職に不似合いの鋭い目つきは、リアナを睨んで離さない。


「そう」


 聞きたいことは、聞けた。

 クレヴは人を殺していないんだ。


 ……戦うことを生業とする職業が多くあることから、人が死んだり、殺したりすることは、そこまで珍しくはない。

 死を見慣れた、ということはないが、少なくとも死体が知り合いか何かじゃなければ、可哀想とは思うが――それだけだ。

 だが殺人を犯す場合でも、それが身内だったのなら、心中穏やかではいられない。

 それがまだ、過剰防衛の結果だというのなら、受け入れられる。

 が、明確な意思でやったのだとしたら、私は怖いと思う。

 怖いと思うことに、理由はいらない。

 死ぬことは怖い。

 それは誰であっても、同じこと。

 その相手の怖いことに目を瞑り、怖いことに慣れてしまうのは、尚更怖い。


 そんな怖い人が身近にいると思えば、当然怖いだろう。


 だから、クレヴが人を殺してなくて、良かったと思う。

 恩人だからこそ、余計にそう思う。


 そう思うのと同時に、もう一人の身近な人間――リアナのことを考える。

 リアナはまだ人を殺していないとはいえ、躊躇なくあのシスターの頭部を狙った。

 殺す気はない、とは言い切れないだろう。

 それに、魔法を放った時の彼女の表情は――やはりいつもの笑みを浮かべたままだった。

 平然としていた。

 人の命を奪うことに、なんら思うところがなかったみたいに。

 

 ……まぁ、私だって盗賊を不可抗力とはいえ殺してしまっているし、人のことを言える立場ではないんだけど。

 

 本音が見えない彼女が、怖い。

 彼女が何を考えているのか、わからないのが怖い。

 私たちの命も、平然と奪わないか、と疑ってしまう。

 こんな時、リアナの素性を知らないことが、私の疑念を更に膨らませる。

 

「一応聞くけど、アンタの目的って何?」


「今、君の目の前でやっていることが全てさ」


 やっぱり、はぐらかされる。


「アンタが何をしようとしているのか、わからないけど、敵に回るのなら容赦はしない」


「こちらとしては敵意はないんだけどね……」


「『フレイム』」


 これは、不意打ちではない。

 狙いは近くの地面に転がったままの死体にだ。

 いい加減血生臭いし、放置しているのも何だか嫌だったからだ。


 生成された炎は、抜け殻となった男を焼く。

 が、魔法抵抗があるからか、完全には燃えきれなかったところに、


「『フレイム』」


 私の正面からも、リアナが詠唱してきた。

 その『フレイム』は、私のよりも断然勢いが強く、強い熱と光が肉を削ぎ落し、白骨が姿を見せる。

 後は後ろにいるシスターにでも頼んで、地面の中にでも埋めてもらえば、それでいい。


 一応、リアナの言い分では、この男を殺したのはそのシスターではあるんだけど。

 仮に本当のことだとしても、そのシスターは関わりの薄い人物だ。

 ルイゼンハルトに帰ってしまえば、もう会うこともないだろう。

 だから、もう関係ない。


――でも、もし私たちの誰かを殺そうとするなら、話は別になるけれど。


 それでも、今はシスターではなくリアナの方が重要だ。

 相手が力を振るうのなら、こちらも自分の身を守るために力を振るうだけ。

 生憎、こちらとリアナの実力は、相手の方が上だった。

 いくら、魔法によって、本来なら合わさることのない自然の力を無理やり結び合わせる、複合魔法が使えても、だ。


 複合魔法――私の場合だと火と雷が合わさったもので、アスタールの校長に頼み込んで教わった、奥の手ともいえるもの。

 今使えるのは、『ボルテック・フレア・バースト』という長ったらしい名前のものだけ。

 しかも、それを発動させるまでの溜めが長いために、一人で使うのは無謀なものだったりする。

 が、その分威力は折り紙つきで、まだ不完全だった状態でも、あの防御力の高いグルタウロスを二発で撃破することができるほどだ。

 普通の魔法が効かなそうなリアナに、本気で挑むのだとしたら、使うことも頭に入れておくに、越したことはない。


 例え不利だろうと何だろうと、リアナを無力化、もしくは戦意を削ぐ。

 それは私が為すべきこと、生きるためにすべきことだ。



「……やっぱり私はアンタのことが嫌い」


「奇遇だね。私も君のことが嫌いだ」







【クレヴ】

「おおおおおおおッッッ!!」


 彼女らから離れた場所で、俺はひたすら地面に転がっていた。

 こんなことをしても、現実は変わりやしないのに。

 俺の身体は言うことを聞かず、ただ寝転がった体勢で暴れ続ける。

 心の中でやり場のない気持ちを、身体で表すかのように、ひたすら転がり続ける。

 背中に背負ったままの盾が邪魔に感じるも、外す余裕もなかった。 


「クレヴ、一旦落ち着くんだ!」


 わざわざ離れたというのに、俺を追って、シリアがやってくる。

 生憎、落ち着ける精神状態なら、こんな行動を取っているわけがない。


「とにかく、やめるんだ、ほらっ」


「……生きることをか?」


「地面に転がることをだ。みっともないだろう?」


 そう言って手を差し伸べてくれるものの、俺はその手を掴まない。

 親切にしてくれるのは、大変ありがたいことなんだけど、立ち上がる気力がもうないのだ。

 というよりも、現実を直視したくない。

 あの記憶が嘘偽りのものだと刷り込み、再び記憶の奥底に叩きこむまで、待って欲しかった。


「悪いが、それは出来ない」


「立ち上がることぐらい、誰だって出来る。だから、ほら」


 俺を掴もうとしてきた手を、転がって回避する。


「むっ」


 シリアが少し頬を膨らませ、もう一度俺の方に手を伸ばしてくる。

 それをまた、俺は横回転のスピードを上げて、その手から逃れる。


「シリア様、ありがたいけど、俺のことは放っておいてくれ。一人になりたいんだよ」


「いや、自分にはそんな見捨てるような真似は出来ない」


「落ち込んでる時は一人でいたいものだろ?」


「落ち込んでいるのか? ……恥ずかしいんじゃなくて?」


 シリアの動きが急に止まったので、俺は不思議に思ってシリアの顔を見る。

 まだ赤いままの顔は、何だか俺の口辺りを見ているようで、


「……いきなり、リアナとキスしたことに」


 俺なんかよりも、よっぽど恥ずかしそうな表情のシリア。

 若干目が潤んでいるようにも見え、平常時の俺ならば、その顔から目を離せなかっただろう。


「のぉぉおおうっ!」


 耳を塞ぐが、もう遅い。シリアの口から、キスした事実が発せられた。

 自分の記憶さえ、誤魔化そうとするのが大変なのに、今度は他人から突き付けられてしまった。

 俺の中で記憶を捏造するよりも早く、錯覚だと思う暇もなく、耳に情報が入ってきてしまう。


「アアアアアアッッ!!」


 どうにもならない気持ちを発散すべく、額を地面にぶつけ始める。

 もはや、記憶を忘却するために、物理的に脳細胞を破壊するしかまるまい。

 だがしかし、ここで不幸にも無駄に頑丈な身体のせいか、額に傷がつくことなく地面が抉れていく。

 しかも、頑丈になったとはいえ、痛いのは変わらない。


「どうした、クレヴ!?」


 再び錯乱する俺に、シリアが強引に止めに入る。

 だが所詮は女の力だ。シリアは俺の肩を抑えつけようとするが、俺の動きは止まらない。


「うぅ……。このままだとクレヴが……」


 肩にかかる圧力が消え、これ幸いにと、俺はスピードを上げていく。


「仕方ない、こうなったら力ずくで……!」


 今度は勢いをつけて頭を振りかぶったところで、背中に強い痛みを感じ、その動きを止める。


 背中に、固い感触。前に何度も味わってきた、金属の感触だ。

 四つん這いのまま振り向くと、シリアが俺に向かって鈍器を殴りつけていたのだ。


「もう自分自身を傷つけるのは止めるんだ! 自分にはそういうことをする理由がわからないが、とにかく戻ろう?」


 邪魔をするな、と言いそうになったところで、俺は気付いた。


「わかった。頭を地面に打ち付けるのは、もう止めるよ」


 そこで、何とか俺は立ち上がってみせる。

 頭を打ち付けていたせいか、少しフラフラとしてしまう。


「そうか、わかってくれたか! 頭に強い衝撃を与えるのは危険なことなんだ。下手したら、死ぬことだってあるんだからな!」


「その代わりに、その鈍器で頭を殴ってくれ」


「ねぇ、人の話を聞いてなかったの!?」


 地面よりも鈍器の方が硬度がありそうだと思い、シリアにそれを頼んだのだが、返ってきたのは頭を抱えるリアクションだった。


「頼む、シリア様なら出来るはずだ」


「クレヴは自分を人殺しにでも、仕立てたいのか?」


「そんなわけないだろ?」


 王族であるシリアの経歴に傷をつけるつもりは毛頭ない。


「じゃあ、どうしてそんなことを頼む? まさか死ぬ気じゃないんだろう?」


「死ぬつもりも、さらさらない」


 ただ、ある記憶を忘却したいだけだ。

 それはある意味、その時間帯の俺を殺すことにもなるのだが、同意は脳内でちゃんと得られている。


「今のクレヴは何だかおかしいぞ?」


「だから殴ってくれとお願いしてるじゃないか」


 おかしく成らざるを得ない原因を消すためだ。


「なんなら、鈍器を貸してくれるだけでいい」


「くそっ、本当に力ずくにでも、止めるしかないのか?」


 そこまで言ったからか、ようやくシリアが戦闘態勢を取る。

 こちらも鈍器を頭で受けるよう、態勢を低くする。


「ッッ!」


 素早い踏み込みで、俺へと接近するシリア。

 勢いが余っているからか、懐にまで突っ込んでくる。


「……ぐっ!」


 腹に、予想外の一撃が振るわれる。

 狙いが、頭じゃないだと……?


 すぐに距離を取るシリアに、俺は疑いの目を向ける。

 てっきり俺の頼みを了承したものだと思っていたが、どうやら違うようだ。

 俺の頭に注意を払ってはいるものの、鈍器を上段に構える気配はない。

 シリアの思惑はわからないが、とにかく棒立ちしている理由はない。


 今回は頭部への攻撃は仕方ないとは思っているが、それ以外のところに攻撃をくらうなんて、ごめんだ。

 痛いのは嫌いだ。

 痛いのが嬉しいという趣向が未だに理解出来ない。


 だから、背中の盾を前に構えるのだが……懸念すべき問題が一つ。

 それは王族である人間と対立したら、罰とかどうなるんだろう、ということである。

 多分、通常の罪よりも大分重たいものだろう。

 当然、騎士見習いとしての資格は剥奪され、ルイゼンハルトからも追放されるだろうか。

 難癖をつけられれば、最悪死刑になる可能性もある。


 さて、ここは大人しくシリアに従うのが賢い選択だ。

 素直にあのつらい現実を直視する。

 言葉にすれば、たったそれだけだ。

 

 ……だが、しかしだ。

 これ以上向き合うと、折角昔の俺が苦労して封印した記憶が連鎖的に(よみがえ)りそうで怖い。

 あんな些細な記憶だけでも、随分と精神を削られたんだ。

 こんな気持ちになるのも、嫌だった。

 じゃあ、一体どうすればいいのだろうか。


 答えは出てこないけど、今だけは。

 この記憶を抹消するためだけに動いても、後悔はないんじゃないか?


 これ以上考えていても、あの記憶が思考を妨げているし。


 いざという時には、記憶喪失になった振りでもすれば、無理に罪を裁くことも出来ない……はず。


 ……一旦、気持ちを切り替える。

 深く息を吐き、そして肺いっぱいに空気を取り込む。

 そうして、再びシリアが接近してくるのに合わせて、俺は盾を構えた。

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