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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ソムディア
43/136

11

【クレヴ】

「約束通り、罰を受けてもらうわけだが」


 彼はまだ回復魔法の治療を受けていないというのに、戦っていないリアナが偉そうな態度で、腕を後ろで縛られた状態の彼に言葉を投げかける。


「ふんっ、誰がそんなもん受けてやるもんかよ。俺はやってねーんだ、受ける理由がねぇってーの!」


「約束したのを忘れたのかい? 君はお手頃な頭をしているね」


「へっ、何と言われようとも覚えてねぇもんは覚えてねぇんだよ」


 彼はここまできて、今時の子供すら言わない台詞を吐くとは。

 どこまでも自分勝手というか、なんというか。

 正直、面倒な人だ。リアナ以上に関わりたくない人物なんて、なかなかお目にかかれない。

 さて、そんな面倒な性格をしている彼とリアナが対話中に。


「なぁクレヴ? あれも召喚魔法なのか?」


「そういえば思い出したけど、あの時の魔法の説明がまだ何じゃない?」


 俺は、子供のようにわくわくとした表情を浮かべるシリアと、ジトっとした目で見てくるルシルに絡まれていた。


「二人とも、まだ俺回復魔法受けてないからさ、先に治してもらってからでいいかな?」


「またそうやって、はぐらかそうとするのは止めなさい」


「むっ、そうなのか?」


 納得しかかっていたシリアまで、俺のことを睨んでくる。

 本当のことを言っただけなんだけどなぁ。


「ルシルさん、あの時は忘れててだな」


「何と言おうとも、説明をしなかった事実は変わらないけど?」


「……黙っていたことに、『なんで黙ってたの?』とかの文句を言わないか?」


「言うに決まってんじゃない」


 だから言うのは嫌なんだ。

 これでこのまま黙っていたとしても文句を言われるし、言おうが言わまいが損しかないのである。


「クレヴ、自分には召喚魔法について教えてくれるって言ったよな? なぁ?」


 くそ、あの時に言った台詞が、こんな形で自分を追い込めることになるとは……!

 

 とまぁ、そんな風に苦しんだ振りをしてみるが、実際俺が話す際のデメリットって、ルシルに文句を言われる以外は特にないんだよな。

 だから、躊躇う必要はないんだけど……やっぱりルシルの文句を聞くのは面倒だしなぁ、とも思う。


 優柔不断、なんだろうか。

 でも、後になって「こうしておけばよかった」、なんて後悔はしたくはなかった。

 だからそんなことがないように、行動を起こす前にしっかりと考えるようにした結果が、こうだ。

 でもまぁ、考えても考えても、行動した後には後悔が積み重なっていくばかり。

 考えているうちに、人生うまくいかないことの方が多いと、気付かされたこともある。

 だからといって、考えることが無駄だとは思ったことはなかった。

 その時に考えたことが役に立たなくとも、後々に役に立ったということもなくはないのだ。

 

 だから俺は今回もこの状況を打開する術を考える。

 考えてもどうしようもないことでも、ない頭を絞り、ひたすらに思考を続けることが大事なんだ!


「おーい、クレヴ。そろそろ断罪の時間だ。こっちに来てくれ」


――諦めない姿勢が、何と幸運を運んでくれた。

 人生諦めが肝心、とかいう言葉を残した人め、やっぱりこうして粘り強く諦めないでいることが大事じゃないか。


「呼ばれていることだし、ちょっと行ってくるよ」


「そうね、行ってらっしゃい。後でゆっくりと聞かせてもらうから」

 

 ……先延ばしになっただけか。

 先ほどの言葉は訂正して、やっぱり人生に妥協や諦めは必要なのかもしれない……。







「で、断罪とやらは本当に俺がやるのか?」


「まぁ、名目だけはね」


「というと?」


「少し判断してもらいたいことがあってね」


 そう言って、リアナは彼の傍らにいつの間にか戻ってきていたイ・モールの首根っこを持ち、彼の前へと突き出す。


「こんな男の元で従って生きるなんてかわいそうだ。こいつを解放してやるのも、罰とする」


「はぁ? なんで増えてんだよ?」


「君は文句を言える立場ではないけれど、そこのところをわかって発言しているのかい?」


「うるせぇ、やりたくもないことを何でやらなくちゃならねぇんだよ?」


 彼から全く立場の分かってない発言が飛んできた。

 まぁ、実際に冤罪であるし、彼の気持ちもわからないでもなかった。

 でもなぁ、往生際が悪すぎる。

 このままだとリアナがいつキレても、おかしくはないはずだ。

 そうなれば彼はどうなってしまうのか。


「……ふふっ、初めは軽く顔以外を全身銅で固めて、民衆に見せしめにするという罰で済まそうと考えていたんだけどね、気が変わったよ」


 どういう判断基準で『軽く』なのかはわからない。が、深く考えないようにする。

 考えても、頭に悪影響しか生み出さないからなぁ。


「全身を縛って川流しだ。もちろんうつ伏せの体勢でな。そうだな、海まで行ったら罪を許してやろうじゃないか」


 うわー、間接的に死ねと言っているのと同義だ。

 リアナのことだ、こいつの身体にカスタマイズを施して、船の形で放流、とかしそうである。

 

「それが嫌なら、こいつを解放するんだ。いいね?」


「そんなこと出来るもんならやってみやがれ!」


 冗談で彼は言ったつもりであろうが、リアナの場合は冗談に聞こえようとも確実に実行に移す。


「そんなことを言わずに、さっさと言うことを聞くんだ! 彼女の言っていることは本気なんですよ?」


 流石に自分の目の前で人を見殺しにするのは嫌なので、彼の説得に入る。

 俺の言葉では彼は耳を貸してくれなさそうなので、肉体言語を駆使しての説得である。

 顔に平手を数発、肩を幾度も揺らし、腹にボディブローを入れる。


「わかっていますか? 命を大事にしろと親御さんには言われませんでしたか? 人の話を聞いてます?」


「……わ、わかったから、そろそろやめて」


 最初の頃に比べて随分と弱々しい声を出した彼から手を離すと、怒りのこもった目で俺を睨みつけてくる。

 仕方ないじゃないか、説得するのに必死だったんだから。それに手っ取り早いし。


「というわけで、彼は快く解放してくれるそうだ。だからリアナも落ち着け、な?」


「……仕方ない。銅像にして人前に晒す程度で許してやるとしよう。ほら、時間がもったいないから、さっさと始めろ」


 リアナは彼の前でイ・モールをぷらぷらと揺らし、催促をする。

 彼がまた何か文句を言おうとしていたので、俺は拳を作るジェスチャーを彼に送ると、仕方なく彼はイ・モールと向かい合う。


「解除っと。ほら、これでいいだろ?」


「どうだ、クレヴ?」


 リアナがこちらを振り向いてくる。

 ふむ、どうやら俺に契約魔法を解除しているかどうか、判断をしろということらしい。

 でもこれくらいなら、俺でなくとも、魔法を使っているか使ってないかぐらい、わかるはずなんだけど。


「微塵も解除されてないな」


「そうか、ならこれから彼が私たちの指示に従わない事に、罰を増やしていくことにしようか」


「何を言ってるんだ?!」


 更に怒りに震える彼だったが、俺は首を振るジェスチャーを彼に送る。

 見ているかどうかは、わからない。

 もはや耳に届かないし、今はリアナが彼の目の前に立っているために肉体言語も使用することはできない。

 なら目だけでも訴えてみよう、そう思ったのだ。

 もう諦めろ。それが、一番賢い選択だ。

 一番、自分が楽になれる選択なんだ。それなのに、彼の高い自尊心が、そして彼の我の強さが、それを邪魔する。


「この野郎、こっちがおとなしくしてりゃ、いい気になりやがって……!!」


「さて、もう一度言おうか。さっさとこいつを君の魔法から解放しろ」


「人に物を頼む態度じゃねぇな。頭下げて言いやがれってんだよ!」


「いいから、しろ」


 リアナから普段は感じられないほどに、重いプレッシャーが放たれる。

 そんなリアナの様子に、俺は思わず感心してしまった。まさかここで我慢をするとは思わなかったからである。

 少なくとも、俺との約束は守ってくれているのだろうか?


 わからない。

 が、目の前にいるリアナに、場違いな感情を抱いているのは、間違いない。

 

「……ちっ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ」


 彼は仕方なく自分から折れたようにして言っているが、あれは強がりだった。

 明らかにリアナから目を逸らし、震える手と手を互いに押さえているので、まるわかりだ。

 まぁ、こうした方が事がスムーズに進むし、悪いことだらけではない。

 むしろ人の話を聞かない子供に躾けるにはいい方法だとも聞いてはいる。

 実際、昔の俺も父からは肉体的に、母から精神的に徹底的に厳しい教育を受けてきたために、歪む余裕すら奪われたせいか、今は真っ当な人間に育ってきているはずだ。


「『我、汝を求めず。故に、汝の戒めを解き放たん』」


 久しぶりに聞いた台詞と共に、イ・モールの身体が淡い光に包まれていく。

 契約魔法を解除しているのだ。

 これは魔法抵抗が低くなければ出来ない、というものではない。

 どういう仕組みなのかは、わからない。

 ただ無理やり繋ぐのよりも、離す方が労力が少なくて済むと考えれば納得できるだろうか。

 『魔法をかける行為』という一点で見れば、全く同じだというのに、不思議なことである。

 そこに、果たしてどんな違いがあるのだというのだろうか。

 プロセスをただ逆にした行為ではないとでもいうのだろうか。

 考えても、やはりわからないものはわからない。

 でもこうして、実際にその現象が起きているのだ。


 淡い光は弾けて、それと同時に契約魔法の効力も消えてなくなる。

 たぶん、成功だろうか。

 というよりも、俺自身は契約魔法を解除する際に失敗した事例は見たことがないから、判断に困るところではある。


「さて次は――」


 そういってリアナは未だにぐったりとしているエレキアントラーを掴み、こちらに持ってこようとしたところで、


「今日はここでおしまいだな」


 俺が止めておいた。


「そうだな、こいつの言う通りだぜ」


「どういうことだ? まさかクレヴ、こいつをかばおうってんじゃないだろうな?」


「いや、出来ないんだよ。魔法を使えるほど、この人の魔力が残ってないんだよ」


 むしろあれだけ魔法を使っておいて、契約魔法の解除が出来ただけで充分である。

 たぶん無理すれば、やれなくはないのだが……俺はやらないことを勧めておく必要がある。


 だって、これは帰る日にちを引き延ばす最後のチャンスなのだから。

 そう、俺はまだ諦めていなかった。

 ルシルに言及されたことは諦めるしかなかったが、今は少なくとも諦めるべきではない。

 このチャンス、絶対に離してやるもんか。

 

「勝負が終わったみたいだけど、お取り込みのようね」


 そんな新たな決意を胸にしたところで、人払いに行っていた、亜人のシスターさんがやってくる。


「あれ? ここに来ちゃっていいんですか?」


 そう、他の神父さんとかは、まだ人払いしているのである。

 仮にも協会関係者が喜々して人を魔法で痛めつける光景なんぞ、見られて噂が広がり信教する人が減るのが困るだろうし。

 俺としても、肉体言語は原始的なやり方だから、文化人にとってはあまり好ましいものではないからな。


「こっそり来ちゃったから内緒ね?」


 人差し指を唇に当てる仕草が何とも可愛らしい。


「で、ここに来たのは、彼のことかい?」


 リアナが彼を顎で指すと、シスターの彼女は頷きで返す。


 そして彼の方を向いた途端に、彼女の顔から憎悪が浮き出てくる。


 あまりの豹変ぶりに、俺は息を呑む。

 俺たちには決して見せなかった、彼女の顔。

 ずっと垂れていた目尻はつり上がり、眉間にシワが寄る。

 細められた目は先ほどの笑みとは違い、鋭さが見られる。

 どれほどの苦痛だったのか。

 そんな苦しみを与えている奴からの解放感よりも、恨みの方が強いというのか。




 経験したことがない痛みなんて、わからない。

 想像は出来るものの、理解なんて出来ないものだ。

 誰しも同情はするものの、本当に文字通りの意味で同じ感情を抱けるのかどうか。

 同じ気持ちを、共有出来るのか。


――少なくとも、俺にはわからない。




「おっ、俺を助けに来たのか? なら早くしやがれ!」


 彼女の顔を見た途端に、強張っていた彼の表情が緩む。

 だが、そんな彼の言葉に、彼女は何も返さない。


「どうした、俺は助けろと言ったんだ。さっさと命令に従えってーの」


 しかし彼女は口を開かない。


「逆らうのか? ならコイツらにお前の正体を言ってやってもいいんだぜ?」


 それでも彼女は何も言い返さない。


「コイツはな――なんと亜人なんだぜ?」


 彼が蔑むような目をして、彼女のことを見る。


「人間様の社会に、人じゃない生き物が混ざってきてるんだぜ? 気持ち悪いったら、ありゃあしねぇぜ!」


「……言いたいことは、それだけ?」


 ようやく彼女が口を開いたかと思いきや、冷たい台詞が飛び出てきた。

 そんな彼女の反応に、彼は一瞬驚いた顔をするが、すぐに俺たちの顔を見てくる。

 大方、自分の考えに賛同を得られると、本気で思っているのだろう。


「実はさ、お前さんに言われる前に、知ってんですよね」


 だから俺から彼に言ってやった。

 言った途端に彼は先ほどよりも驚いた顔を見せてくれる。

 自分の常識が、通用しなかったからだろうか。

 信じられない、とオーバー気味のリアクションが続く。

 彼の口はパクパクと開くものの、声は出ていない。

 よもや、そこまで驚くことを言ったかな、と首を傾げたところだった。




――視界に映っていた彼が、赤く染まった。

 唐突なことだった。

 慌てて瞬きをしてみると、ぺっとりとした生暖かいものが、目に張り付いていた。

 手でそれを擦り取り、視界が正常になったところで、俺はようやく事態を把握することが出来た。


 まずは俺の視界を覆っていた赤いもの、これは血液だった。

 痛みがあったわけではないので、自分の目から出血したものではない。

 じゃあどこから来たのか。

 答えはすぐ目の前にある物体、彼からだった。

 彼は自然に爆発及び破裂でもしたのか。

 いや、彼は自らの意志で出血をしたわけではない。

 出血の原因は、首元に深い裂傷が今さっき生み出されたからだ。


 では、裂傷を生み出したものは何なのか。

 それは見覚えのある、装飾のされていないナイフだった。

 多分、彼にかわされた時のヤツだ。

 もちろん、このナイフには自動追跡の機能なんぞ、付いてやしない。

 というより、自動追跡なんてものは眉唾物だ。

 必ず、誰かがナイフを使おうとしない限り、そんなことは起きはしない。

 では、誰がナイフを使ったのか。


――それは、シスターの彼女だった。


 ここまで随分と遠回りに考えてしまったのは、視界に入ってきた情報を信じたくなかったからかもしれない。

 だから、一つ一つ丁寧に頭の中でなぞっていったのだけど、視界の情報は一つたりとも間違いなんてなかった。

 何回瞬きをしようとも、その光景は変わらない。


 彼女が、彼を殺した。


 事実は、変わらない。


 彼女が、彼をナイフで切った。


 例え目が信じられなくとも、触覚が返り血を浴びてしまったことを、理解させようとする。


 彼女が、彼の命を奪った。


 そんな彼女の行動を、俺には理解出来なかった。

 思考が、フリーズする。

 考えられない。


 頭は動かないというのに、心は自然と彼女の行動に共感していた。


 散々彼は彼女に酷いことをしていたんだ。

 彼女の時間を殺し、自由すらも奪っていたんだ。

 死んで、当然じゃないか。


 溢れてくる気持ちに、俺の思考は飲み込まれていく。


 脳が再起動したころには、さっきまであった拒否反応が消え、自然と彼女のやった行為を受け止めることが出来ていた。

 今頃になってから、回復魔法をしてやるのはどうか、とは思ったが、回復魔法がどれほどのものなのか俺はわかっていない。

 俺が黙って眺めている間に、彼から流れ出た血液は、どんどん地面へと広がっていく。

 ……これは傷が塞がろうとも、助かるのは不可能だ。

 ふと、彼と目が合う。

 その目はとても、歪んで見えた。それはもう、笑っていた時よりも、グチャグチャに。

 もはや、どんな感情なのか見て取れない。

 身体はまだ不規則ながらに動いているのが、なんだか彼がまだ生きていたい、とあがいているようにも見える。

 

 俺はつらくなる前に、その光景から、そっと目を逸らした。


「ほら、そいつはクレヴの物だ。いい加減離してやれ」


 そういって、リアナは彼女が固く握っていたナイフを無理やり奪うと、こちらに投げてくる。


 それを受け取り、ナイフについた血液をさっと払っておく。

 放っておくとサビが出来ちゃうし、早めに拭き取った方がいいんだよな。

 金に余裕が出来たら、サビ止めの加工でも頼んでおこうかな。


「さて、私の手からではないが、依頼は一応達成だね」


 彼の無残な状態を見ても、あっさりした様子でリアナが彼女に向き直る。

 そう、本当にあっさりとしていた。

 何事もないように。

 普段と同じ、笑みを浮かべて。


「『ボルテック・スピア』」


 顔色一つ変えずに。


 彼女の頭を、電撃の槍で貫いた。

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