10
【クレヴ】
俺と彼との戦いの幕は何の合図もなく切って落とされた。
彼がいきなり詠唱を始めたところで、俺も仕方なく動き始めるといった形での始まりだ。
「『召喚、ライバード』ッ!!」
さっそく彼が召喚魔法を発動させる。
彼の突き出した右手に光が灯り、集まり、そして弾ける。
その光の消滅の代わりに、彼の体長ぐらいある大きな鳥っぽいモンスターが出現。
体色は暗い茶色で、その身体に対して翼が大きいことが特徴だろうか。
D級のモンスターで、魔導師からすればそこまで大したことがないのだが、近接武器しか持たない者にとっては、厄介である。
それは考えなくともわかる通り、ヤツが飛べるからだ。
空に行ってしまえば攻撃は届かなくなるし、何より頭上を取られてしまうのが痛い。
奴の魔法は確か『風の添加』というもので、主に風を纏わせた羽を弾のようにして飛ばしてくるらしい。
「突っ込め」
彼の短い指示で、ライバードは一旦上昇した後、俺に向かって急下降してくる。
俺は慌てずライバードに向かって盾を構えて、衝撃に備える。
「そらお次はこいつだ。『召喚、イ・モール』!」
俺がライバードに気を取られている隙に、彼はまた召喚の体勢に移る。
そんな彼の魔法を阻害する手段が、ナイフしかないのだが、それも間に合うわけもなく、また彼のモンスターがその場に呼び出される。
イ・モール――見た目的には膝丈程度ぐらいしか大きさのない、モグラのようなモンスターで、これまたD級。
今度は地面を掘り進むという、またもや対処が厄介なモンスターだ。
ドスサイノと同じく『振動』の魔法を使うが、イ・モールの場合その魔法を使える部位が手足に限られ、しかもその『振動』は地面を掘り進めるのに、ちょっぴり役に立つ程度の、微弱なもの。
「突っ込め」
またもや彼は同じ指示を出すと、イ・モールは地面の中へと消えていく。
早速上下挟まれてしまったらしい。
まずはこうして手駒となるモンスターを呼び出し、相手の注意を引きつけることで、自分は少ないリスクで魔法を使う、というのが召喚魔導師としてのセオリーな戦い方とされており、やはり彼もそのやり方は崩していないようだった。
っと、分析している場合じゃなかったんだった。
現在は二体のモンスターが空中と地中から迫ってきており、盾を上に向けていればイ・モールに攻撃を許すことになるし、下に構えればライバードにも同じことが言えてしまう。
ここは、動くしかないのだが、やはりここは――前進あるのみだ。
盾を前方に構え直し、彼の元へと突進。
「馬鹿め、そんなことも見抜けないと思ったか! 『エア・ブロー』!」
彼は落ち着いた様子で、俺から見て左に数歩移動したところで、またもや詠唱。
今度は召喚魔法ではなく、風の魔法。
間接的にから、直接的な攻撃へと、シフトされる。
不可視である空気の塊が、盾を横から叩き、進行方向が右にズラされる。
これで突進をやり過ごしたと思っているのなら、甘い!
足に力を込め、踏ん張りで進行方向をさらに変える。
変えた先は、彼のいる方向。微調整くらいなら、出来なくはない。
「ふっ」
俺の咄嗟の行動に驚いた顔を見せた彼だったが、一瞬でまた笑みに変わる。
「んがっ……!」
俺の突進が彼に届く前に、背中に固く尖ったものがめり込み、痛みが走る。
ライバードだ。
思っていた以上に、到達スピードが速かったようだった。
背中を押された形となり、俺は勢い余って前傾姿勢に。
転びそうになるのは、持ち前の足腰の強さで再び踏ん張りをきかせたところで、今度は下から攻撃がやってきた。
無防備となっていた腹に向かって、イ・モールが飛び出してくる。
地面の中にいるはずなのに、正確に俺の位置を特定しての体当たりだ。
タイミングが良すぎるだろう。
そう文句を吐く前に、腹に小さな腕が接する。
穴を掘るために特化しているからか、爪が鋭くなっており、こちらもライバードのクチバシ同様にえぐるようにして腹へと突き刺さる。
だが、今度のは視認出来たので、心構えがある分、そこまで痛く感じない。
まぁ、ライバードの場合は下降した勢いもついているし、当然と言えば当然か。
腹への痛みに耐えたところで、俺は腹筋に力を入れる。
決して奴の腕を離さないように、腹で締め付ける。
イ・モールは必至で『振動』を使いながらも腕を抜こうとするが、そうはさせない。
空いている左手で奴の身体を掴み、持ち上げる。
崩れた体勢を立て直したところで、既に背中からは離脱し、空で攻撃のチャンスを窺うライバードに向かって、投擲。
弾はもちろんイ・モール。
片腕で力任せに投げた割には、飛距離としては充分だったのだが、そこまでスピードが出ない。
奴の出っ張っている腹のせいで思った以上の空気抵抗を受けているせいだろう。
難なくかわされたが、これであのモグラもどきが戻ってくるまでの時間は稼げたか。
「『召喚、エレキアントラー』」
だがそれは、相手にも言えることだったらしい。
魔法を使った際にある硬直時間を、稼ぎやがった。
光が収束し、そして弾ける。
そのプロセスを経て、三体目のモンスターが出現する。
エレキアントラーと呼ばれたモンスターは、四足歩行で、細くて長く、枝分かれしたような角が特徴だろうか。
耐久力がなさそうな体格で、動きもそこまですばしっこくはない。
ただ先ほどの二体とは違い、奴の攻撃は近距離ではなく遠距離。
あの立派とも言えなくもない角に電撃を集め、放出してくるのである。
奴は召喚されて早々に攻撃へと移り始める。
前足を曲げて頭を下げ、角を俺へと向ける。
バチバチとした音が角の辺りから発生し、そして間を置かずに、白い光が射出された。
それは枝分かれされた角のせいで分散し、色んな角度から俺へと迫る。
速い。
避ける暇なんて、なかった。
条件反射で白い光に盾をぶつけるが、いくつか防ぎ切れない。
「あぐっ……!!」
当たったところに鋭い痛みがきたと思ったら、次の瞬間にはビリッとした感覚が全身を駆け巡る。
電撃を浴びせられたせいか、動きが鈍っているところにライバードからの二撃目が来る。
今度はクチバシではなく、爪を立てた足がやってきた。
皮と骨くらいしかない、ひょろひょろとした足のくせに、意外と力強い。
身体が麻痺しているせいか、大分接近を許したというのに、奴の身体を掴むことは出来なかった。
どうしよう、思った以上にキツい。
多対一の勝負にそこまで慣れていないから、どういう風に戦闘を組み立てて良いものか。
それに一体だけに集中出来ず、他にも注意を向けるとなると、大分忙しい。
ここまで来たら出し惜しみせずに、スライムを召喚してしまうか?
しかし、自分だけで手一杯だったのに、スライムに指示を出せるか?
でも、的を俺だけに絞らせなくするだけでも、楽になるのも確かだ。
どうする?
スライムを囮のようにして使うのは、やっぱり好きじゃないしなぁ。
「どうした? 降参でもするか?」
彼が俺の周りを歩きながら、そんなことを言い出した。
やはり突進を警戒しての動きで、途中で急にターンしたりしている。
油断している今なら、『スライム落とし』でいけるか?
いや、これで失敗した時のことも考えろ。
失敗すれば今まで以上に警戒して、もっと攻撃が狙い辛くなる。
決めるなら確実にやらねば、負ける。
だからといって、じわじわとダメージが積み重なってきているし、長期戦も不利だ。
いつかは俺から仕掛けないと、勝ち目などありはしない。
ようやく痺れも取れてきたし、このまま無様にやられるのも何か癪だ。
この戦いが終わった後にはタダで回復魔法をやって貰えるって約束だし、いつものごとく気合いと根性で、もがいてみますか。
エレキアントラーの電撃の充填が終わったのか、また角が俺に向けられていることに気付く。
この時とばっちりを喰らいたくないからか、ライバードは上空を漂っている。
彼は、また魔法を使おうとしているのか。
召喚か、詠唱か。
考える暇もなく、また来る。
二度目の電撃。
先ほどと同じく、いくつもの軌道で、空中を駆ける。
それと同時に、ライバードが翼を大きく動かし、羽が飛んでくる。
普通に根元から抜けて、ゆらゆらと空気抵抗を受けながら落ちては来ない。
奴が落ちてきた時よりも早く、弾丸のように放たれる。
今度は突っ込むんじゃなく、やはり魔法を使ってきやがったか。
俺は思いっきり横っ飛びし、それでも避けきれないのは、盾を下にして地面を滑って、さらに距離を稼ぐ。
――やはり、そこを狙って彼は動いた。
「『ファイア・バレット』ッ!」
拳大の炎の塊が五つ生み出される。
この体勢じゃ、いくら何でもかわせる気がしない。
――だが、俺はこれを待っていた。
奴らが攻撃をした瞬間。
その時だけは、その場に留まるしかない。
少なくとも、彼だけは。
人の身で、魔法を使えば誰もが縛られる。
そこを狙わず、いつ狙う。
試すなら、今だ。
あの書物らを見て、わかったことが少しある。
補助魔法はやはり凄いこと。そして、いまだに名前も知らぬ、物好きな召喚魔導師の努力が並大抵でなかったことを。
今ここで、証明してやる。
まずは、イメージだ。この草むらの辺り全てを。
そして重要となるものが全部で3つ。
一つは、今滞空しているもの。
一つは、今もなお一歩たりとも、動かないもの。
そして最後の一つは今、無性に腹が立つ顔をした男。
優位に立つことを当たり前に考える、そんな顔。
そんな余裕があるなら、イ・モールを探しに行けばいいのに。
……まぁ、自分でやっておいて、そんなこと言えないけとさ。
今はとにかく集中しろ。
その3つに、魔法陣を描け。
正確に、確実に、だ。
――魔法は、普通なら連続では使えない。
ルシルなんかは例外として、やっぱり俺では使えない。
だが、それだからこそ、考えたことがある。
もし、同じ魔法を同時にいくつも使うことが出来たら、と。
だが、詠唱魔法を使う人なら、そんな考えは浮かばない。
口なんていくつもないと、物理的に不可能だと考えなくとも分かるからだ。
だが、この方法なら、出来なくもない。
ただ、成功するかどうかは、わからない。
考えついたところで、やってみようとは考えなかったからだ。
本来だったら、この依頼が終わった後にじっくりと試そうとは思ってはいたが。
ぶっつけ本番で、やったろうじゃないか。
自分の中にあった魔力を、集中させていく。
溜め込んで、一気に解放する。イメージを、実現化させる。
「くぁっ……」
魔法を行使した次の瞬間には、身体全体が熱に襲われる。
全部で5発。かわすこともせずにまともに喰らったもんだから、つらい。
歯を食いしばり、身体を起こす。
今は痛がっているよりも、状況の確認からだ。
「い、一体何なんだっ!?」
男の、驚く声。
そちらを見てみれば、どうやらスライムがいきなり出現したことに驚いているようだった。
狙いは……少しずれている。やはり集中がバラけているせいか、正確な場所に、とはいかないようだった。
次にエレキアントラーの方を見る。
奴は――地面に伏している。それも愛しのスライムの重量によって、だ。
やはり細身だったから故か、スライムの重量を支え切れなかったようだった。
よし、賭けには勝ったんだ。
離れた場所であろうとも、"二つ目"による同時召喚の効力が効いたんだ……!!
そして最後に、上空に目をやる。
何かが、落ちてくる。
見慣れた緑色の物体が、ゆっくりと落ちてくる。
その近くには、あのライバードの姿は――あった。
俺が想定していたところにはいたものの、召喚した位置がやはりずれていたんだ。
外したことに、少し悔しい気持ちが湧くが、スライムたちに空から落ちることがある場合には、身体を出来るだけ広げて滞空時間を稼ぎ、出来るだけ落ちる時の衝撃を少なくしろという教えを守っていたことに感心である。
いきなりで済まなかったという気持ちを持ちながら、俺は戻喚魔法を使ってスライムたちを帰還させる。
今度、身体の体積が増えそうな何かをあげた方がいいかもな、と思う。
「まさか、お前の仕業かっ!?」
彼の表情から余裕が消え、今は困惑しているといったところか。
まぁ、不可解だろうな。他の魔導師たちに興味も理解もされてこなかったある召喚魔導師の技術なんて、な。
答えてやる気なんて、さらさらありはしない。
まぁ、何にせよ、スライムたちのおかげで厄介な奴を倒すことが出来た。
「くそっ、『召喚、アマ――』」
そんな活躍を、無駄にするわけにはいかないってことも、わかっている。
あらかじめ腰にあったナイフを取り出し、スローイング。
肩を回して充分に勢いをつけて、ナイフを掌から離す。
ナイフは空を直線に滑り、彼との距離を急速に縮めていく。
「――ひっ……!」
だがしかし、直線に進むナイフは彼が尻もちをついたせいで、頭上を素通りするという結果になった。
運のいい奴め。
だが、召喚魔法を使わせるのを阻止することは、出来た。
この機を逃すわけにもいかない。
俺は地面を蹴って、彼の元へと急ぐ。
「おい、何してやがるライバードッ!! こいつに突っ込んででもして、さっさとこいつを止めろっ!!」
焦っているせいか、上手く立ち上がれずにいる彼が叫ぶ。
横目で空を見てみると、その叫びに応えてライバードがこちらに向かって降ってくる。
それに対して俺は足を止めて、ライバードに向き直る。
そして接近してくる奴に向かって、俺は早めのタイミングで盾を突き出した。
それも身体の中心に合わせて、ではなく敢えてやや左に向かって、腕を伸ばす。
当然、俺の行動に対応できないライバードではなかった。
俺から見て避けやすい右の方に、身体を逸らしていく。
――避ける方向さえわかっていれば、こちらのものだ。
ここで、数日ほど前に盗賊にやったことが活かされてくる。
身体を動かしながらも、意識は魔法に集中させる。
何度も何度も繰り返しやってきた行為。
それにいくらかの要素がついてはきたものの、基本的には変わらない。
召喚だ。
スライムを呼び出す。
たった、それだけだ。
『スライム落とし』。
近距離ゆえに強固なイメージで、正確にヤツの首元にスライムを5体ほど呼び出してやった。
突然出来た質量、かつ身体の姿勢は不安定だ。
奴には墜落する運命しか許されない。
地面とスライムとで挟まれたライバードの姿を確認したところで、俺は再び戻喚魔法を発動させる。
「さて、と」
身体を反転させて、彼の方を向く。
「くぅ……お前、騎士見習いじゃなかったのかよっ!!」
「いや、騎士見習いですけど?」
さっさとかったるい勝負を終わらせたいところだったが、彼が話しかけてきたので、仕方なくゆっくりと足を進めていく。
「じゃあどうして、あんなことができる!? あんな魔法見たことすらない」
「それって答えなくちゃいけませんか?」
「俺が聞いているんだ! さっさと答えろ!!」
「あー、魔法ですよ、魔法」
「そんなことはわかっているんだよ!! 何の魔法だって言っているんだ!!」
そんなやり取りをしているうちに、彼との距離が後数歩というところまで来ていた。
「そんなこと聞いたって、これには何にも関係ないですよね?」
「『ファイア・バレット』ッ!!!」
完全なる不意打ち。
まさかここまできて、まだ諦めていなかったとは。
俺は顔を見て話すタイプだったのが、仇となり、またもや5つとも直球で喰らう。
今度は至近距離だった故か、一度目のよりも更に熱と痛みを強く感じる。
「バカめ、どうだっ!――って、え?」
彼は、俺が倒れている未来でも予想していたのだろうけれど、残念だが外れだ。
そこにはやせ我慢して仁王立ちする俺の姿が映っているはずだ。
「何故だ? 何故立っていられる? まさか俺の魔法が効かないのか? 魔法抵抗がそんなにも高いってのかよ!?」
悲痛な彼の叫びだが、またもや外れだ。
俺自身の魔法抵抗はリアナのいびりのせいで少しは高くなってはきているものの、他の魔導師と比べてもそこまで大差はないと思う。
ただ、身体がタフで、我慢強いだけである。
「だから、それにベラベラと答える理由がないんですよ」
いい加減彼と話しているのも疲れたので、彼の腹に向かって、振り上げた足を落とした。




