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サラナ村――俺の育った村の名前だ――から少し北にアスタールという街がある。
この国の五大都市に数えられてはいるものの、近くにサラナ村がある時点で分かる通り、比較的田舎だったりする。
商業や工業などそこまで発展しておらず、街にそれといった特色がある訳でも無い。
そんなアスタールの街の入り口に、俺は『魔王の側近』と自称した彼女と共に訪れていた。
――彼女と少し衝撃的な出会いをして、数日後。
サラナ村ではゴーレムが破壊した家などの復旧作業に取り掛かっていた。
村というのは閉鎖的なもので、人付き合いというのが重視されている。どうしても一家族だけではどうにもならない作業などがあるからだ。
持ちつ持たれつの関係を築き、結束する。そうしなければ村としてやっていけないらしい。
そういう義務感だけで無く、普段から何かと世話になっている為、村の方に顔を出してみたところ――村の人達に漂う雰囲気は平常と変わらず、和やかなものだった。
近くを通り掛かった人を捕まえて聞いてみれば、なんとあの状況で怪我人が一人も出ていないらしい。
それに、近々家を建て替えたかった人も多かったらしく、寧ろ取り壊す手間が省けて喜んでいるのだとか。
流石はあの父が育った村だけの事はある。
その後で、ルシルにも話を聞こうとしたのだが、彼女は呆れた様子で何も話してはくれなかった。
心配など無駄だった、と表情では語ってくれたが。
さて、そんな復旧作業の中には母の姿も見ることが出来た。
母の体調はすっかり快復し、寧ろ魔王の側近に冗談で言った「パワフルにしてくれ」なんていう願いが叶ったくらい、母は活発に動けるようになっていた。
病気など嘘のように働く母の姿に村の人は己の目を疑い、そしてその理由を知りたがったらしい。
そんな彼らの説明役に買って出た例の化け物顔をした女性が有る事無い事吹き込んだ結果――魔王の側近は流れの身であるシスターという認識をするようになった。
理由としては至極簡単な理由で、回復魔法を使える人間は教会関係に限られているからである。
回復魔法の独占――かつて教会の力が強大で一つの宗教が国レベルに匹敵した時期があり、その際に回復魔法を使える者を徹底的に教会側へと引き込み、世に出回っていたとされる回復魔法について書かれた書物は殆ど廃棄されたのだ。
口伝としても残らず、結果として今も尚、教会が回復魔法を独占するに至る。
組織として結束が固いのか、一般人はおろか国の上層部にも回復魔法の情報は漏れていないらしい。
とはいえ、国のお偉いさんまで何の情報も握っていないというのは怪しいところではある。
火の無いところに煙は立たぬというが、いくらなんでも民衆がそんなところまで窺い知れる筈が無い。
大方、どこかのボンクラ騎士が憶測で語った話が巡り巡って今のような噂が流れるようになったのだろう。
さて、そんな経緯で『シスターちゃん』と呼ばれる事となった自称魔王の側近だが、相も変わらず我が家に居座るようになっていた。
恩義を感じた母が要らぬ気を回してこの家に泊まるように話を持ち掛けたのだ。当然の如く俺は猛反対し、他の住居にした方が良いと母に訴えかけた。
また何を仕出かすか分からない奴を家に留めておくなど、愚の骨頂である。幸いにして外見だけは見目麗しい自称魔王の側近にアプローチを掛ける村人も少なくなかった。
いくら恩を返そうと躍起になっているとはいえ、自称魔王の側近の所在を母一人の判断で決めるのは身勝手だというのに加えて、年頃の男女を一つ屋根の下にするのはマズいと力説したにも拘わらず、母はそれでも俺が勧めた提案を却下したのだ。
しかも自称魔王の側近の引き取りを申し出た人達に貸しを作っていたらしく、母の決定には誰にも逆らえなかった。
駄目元で自称魔王の側近に掛かる必要経費を出せる程ウチには余裕があるのか、と母に問い掛けてみたところ、母の治療費に充てていた分を彼女の為に使えば良い、と答えが返ってきた。
最悪の場合、息子の俺を追い出すらしい。血も涙も無い肉親である。
「ねぇ、明日はシスターちゃんと一緒にアスタールへデートに行って来れば? ちょうど復旧作業も一段落したしね」
自称魔王の側近の滞在が正式に決まった翌日の夕食。随分と機嫌が良い母がそんな話を切り出してきた。
「デート? ついに頭までパワフルになってしまわれたのかい、母さん?」
「もう私は元気になったんだし、魔法学校に再入学の手続きをしてくるついでにこの子を連れていけばいいじゃない、って事よ」
「凄ぇ面倒なので許してくださいませんか、お母様」
「駄目に決まっているじゃない。ご両親に大事にされてきたのか世間のことをあんまり知らないみたいだし」
母の頭の中ではどうやら彼女は教会を出て一人旅をする薄幸の美少女という事になっているらしい。
実際は自称魔王の側近という二重の意味でも危ない奴なのだが、母にその事実を伝えてもきっと信じてくれまい。
元々形勢は不利、無理に押し通そうとすれば自称魔王の側近に被害者面されるのを許してしまう。
どうにかして状況を打開したいのだが、俺に取れる手立てなど無く、もどかしさが胸襟を掻き乱す。
「もし拒否するなら家には二度と入れてあげないから」
「いや、待ってくれ。今まで病気の介護をしていたのは俺じゃないか。その恩を忘れてもらっては――」
「子供は親に言い訳しない」
――と母に押し切られる経緯を経て、現在に至る。
「無駄に大きいね、この門は」
自称魔王の側近が見上げた姿勢のまま、そう呟いた。
確かに彼女の言う通り、目の前に聳え立つ門は無駄に大きい。この門を開閉するのに数十人の人手が必要になるだろう。
正直、門の役目を果たすのに手間が掛かり過ぎるからか、俺は未だに閉門した姿を見た事が無い。
「この門が大きいのは、『多くの人を受け入れる』っていう思想から来ているんだってさ」
何十代も前の街の長が指揮して建造されたものらしいのだが、実際にその思惑が現在に叶っているのか分からない。
髪や肌の色で目立った差別は昔から無かったし、『多くの人』が何を指示しているのか俺は知らない。今も尚語り継がれているのだから、当時としては大それた事だったのだろう。
まぁ、見慣れてしまえば雨避けか日陰スポットくらいの認識に成り下がってしまうのだが。
「そうか」
彼女は門の大きさこそ興味を示していたが、その由来などは特に思うところは無かったらしい。門の見物に満足したのか、彼女は街の中へと足を踏み入れた。
アスタールの地理に明るい訳でも無いというのに、何という躊躇の無さだ。まぁ、広大な割に入り組んだ道など無い為、余程の方向音痴でも無い限り迷子になる事は無いだろうが。
アスタールに着いて早々だが、このまま彼女を放置して家に帰りたくなってきた。しかし、彼女が一緒で無いと母は敷居を跨がせてくれないだろう。
溜息を深く吐き出し、渋々彼女の後をついていく事にした。
「さっきから周りの連中がチラチラと私を見てくるが、何か私に面白いものでもくっついているのか?」
「まぁ、そんだけキョロキョロとしてれば小さな子供で無ければ嫌でも目立つだろ」
人間の街が珍しいのか彼女は街に入った途端、次々と好奇心をそそられたらしく、あちこちに飛びついていった。
彼女にとっては新鮮なものばかりで目移りしてしまうのだろう。だが、傍目からすれば特に珍しいものでも無い。だから、人目を引くのだ。
それに加えて彼女は華やかな容姿であるのも目立つ要因なのかもしれない。
「そろそろ陽が高くなってきたから魔法学校の方へ行きたいんだけど」
「あぁ、そういえば君は再入学とやらが目的だったね。それで、魔法学校は一体どこにあるんだい?」
顎をしゃくり、北に位置する巨大な建造物に彼女の視線を誘導する。アスタールの中でも一際目を引くであろう施設である魔法学校だ。
広大な敷地もそうだがアスタール全体に時刻を知らせる大きな鐘があり、否が応でもその存在に意識が向く。
魔導師の教育機関というだけあって重きを置いているのだろう。
「だったら、早く行こうじゃないか」
目的地が判明したからか、それとも興味が魔法学校へ移ったのか、自称魔王の側近が俺の腕を引いて急かしてくる。その力は少女のそれとあまり変わらず、思わず目を見張った。
魔力こそ身の毛もよだつ程の持ち主だというのに、筋力に関して言えばそこまで人と相違無い。全部が全部、化け物並みという訳では無かったのだ。
彼女は細身なのだから当然の事だろう。無駄に怯える必要も、一定以上の距離を置く必要も無い。今の姿など、子供が親の手を引く姿と似通っているではないか。
小走り気味になりながら先導する彼女への印象が少しだけ変わった気がした。
国立魔法学校――国の認可を受けた唯一の魔導師の教育機関。
ここアスタールの他にも残る五大都市に設置されているのだが、名称が同じであってもやはり街ごとに違いがある。
王都であるルイゼンハルトは魔法研究が一番進んでいるし、アスタールは田舎故に一番遅れている。他に比べて誇れるのは土地の広さくらいだろうか。
さて、そんなアスタールの魔法学校だが、大きく分けて4つのエリアに分けられる。
南に図書館、西に演習所、東に実験棟、そして北に管理棟である。
そして今、俺達は再入学の手続きを行うということで管理棟に訪れていた。
「あっちの方が面白そうじゃないか」
唇を尖らせながら彼女が演習所の方に目を向けてぶつくさと不満を垂れる。
「目を離した隙に色々やられたら困るんだって」
「あれだけ人がいるなら私が紛れたぐらいじゃバレないさ」
「本当にやめてくれ。だったらいっそ魔法学校に入学しちまえばいいじゃないか」
咄嗟に出た軽口だった。
しかし、彼女はその言葉を本気で捉えてしまったのか、みるみる口角が持ち上がっていく。
「面白そうだね、それ」
「いや、お前モンスターなんだろ?」
「モンスターだろうが何だろうがバレなければそれまでさ。それに此処が教育機関なら、色々な事を知るのにピッタリじゃないか」
彼女は足取り軽く上機嫌に村で流行りつつある歌を口遊む。
……実にマズい事になった。ほんの軽はずみに俺はとんでもない事を言ってしまったのかもしれない。村での滞在を許し、あまつさえ入学されようものなら、俺の私生活に安らぎが無くなってしまう恐れがある。
そもそも俺は何故魔法学校に彼女を招き入れているのだろうか。目を離した隙に何かやらかさないか心配になるものの、それでもアスタールに放逐すべきだったのでは無いだろうか。
そうこう考えている内に、気がつけば目的の場所である事務室に到着していた。
「もう、仕方ないか」
諦めが肝心だと、どこかの誰かが言っていた。足掻いたところでもうどうにもならないのならば潔く諦めた方が気力やら体力やらを温存出来る。何をするにしても余力は残しておくべきなのだ。
それに学校内で問題が起きたならば、学校側の責任になるに違いない。原因を招き入れたのが俺だとしても、此方に責任が及ぶことはないのだ。
大丈夫、大丈夫だ。そう思い込むしかないだろう。
「失礼します」
ドアに軽くノックした後、返事を待ってから部屋の中にへと入る。
「はい、まずは要件をこちらの紙面に――ってお前か」
接客スマイルを一瞬で崩し、ソファに座っていた先生が怪訝そうな顔を此方に向けてくる。露骨な態度に豊かな人間味を感じさせるが、聖職者としては如何なものだろうか。
「どうも、ご無沙汰です。要件は再入学のことなんですけど」
「ところで、後ろの彼女はどういった要件で?」
了承の返事も返さず先生が俺から隣にいる自称魔王の側近へと視線を移す。彼女の美貌をしっかり認識したのだろう、腑抜けた顔に生気が戻り、猫背気味だった先生の背筋が伸ばされる。
今更取り繕っても遅いというのに、全く女に縁が無い独身男というのは浅はかな生物だ。
毒の一つでも吐いて恥をかかせてやろうかと一考するも、此方は物を頼みに来ている立場な為、下手に出る必要がある。
感情を発露しないよう口を閉ざしたまま、先生の正面にある安っぽいソファに二人並んで腰を下ろす。
座るとギシギシというような音を立て、座り心地もあまり良いものでは無かった。国から支給されているとはいえ、無駄遣いが出来る程では無い為、こういったところには金が掛けられていないらしい。
事務室は一応外部の人間との対応に用いられてはいるものの、普段は雑務などを行っている部屋だと聞いている。
それなりに重要なポストに就いている者は校長室に招かれるので、事務室にまで気を配る必要は無い。必要最低限な物を置けば良いと考えているのだろう。
部屋に入った途端、目を好奇心に光らせていた自称魔王の側近だったが地味な様相に落胆しているようだった。長居は無用と言わんばかりに彼女が本題を切り出す。
「魔法学校に入学を希望だ」
謙った態度など微塵も無い堂々とした口調。だらしなく緩んでいた先生の顔つきも不機嫌な色が混じっていく。
……まさかの自滅である。自ら門前払いの流れに持っていきやがった。社会通念とは無縁の彼女にはハードルが高かったのかもしれない。
いいぞ、もっとやれ。
「えっと、ここに入学したいんですけどぉ」
しかし、先生の顔色を窺った彼女は自身の態度に誤りがあったと気付いたらしい。一拍あけてから柔らかな声音でそう言った。
……酷い。目の前にいる先生同様に、浅膚で浅短で軽忽だ。この変わり様には猫被りしている事が明白である。
「……ごほん、では後日に入学試験を行うってことでいいかね?」
しかし美少女効果というのは恐ろしいもので、先生の表情がむず痒そうな笑みにころりと変わる。
「はい」
彼女も二つ返事で返しているが、こんなにとんとん拍子に事が進むのは珍しいのだ。
いくら田舎だとはいえ、此処は国立の学校。素性などをしっかり調べるのだが、それをすっ飛ばして試験を受けさせるとは凄まじいパワープレイである。
先生が阿呆過ぎるのか、はたまた彼女の美貌が成しえる技なのか。
――これで彼女の入学は確定したも同然になってしまったわけだ。
何故ならば入学試験とやらが魔法の素質さえあれば入学出来るほどの簡単なものであるからだ。
魔導師は才能の世界だ。その為、魔導師人口は結構少ない。
出来るだけ軍事力を高めたい国側としては人格異常者でも無い限り魔法の素質がある者なら引き入れたいと考えているのだ。
……そうでなければ俺みたいな奴が魔法学校なんて通える訳が無い。
まぁ、ルイゼンハルトの魔法学校の場合は他よりレベルが高いからか、入学は難しいらしいと聞くが。
「俺の再入学についても忘れないでくださいね」
なんだか彼女の入学試験の件で忘れられそうだったので、俺は一応、事務室から出る前に念押ししておいた。
「久しぶりの新入生だ、静かにしろよ」
壇上にいる中年の男性教師が声を張り上げる。
広々とした部屋には、ざっと見ても1000人分の木製の机と椅子が並べられており、そこにいくつかの疎らを作りながら、生徒であろう者達が座っている。
年齢は統一されずバラバラ。身長が一際低い10に満たない者から小じわが目立つ30代くらいの者まで。男女の比率としては若干女性の方が多いくらいだろうか。
もう一度中年教師が声をかけるも騒がしい空気は収まらず、寧ろ声のボリュームが増していく一方だった。
それもその筈で、教師の両隣に立つ二人の男女が如何にもな話題性を持っていたからである。
片方は、入学のテストの際、歴代の中で最も教師陣に期待を抱かせるであろう才覚を見せつけた少女。
亜麻色の髪を右手で押さえる姿でさえ絵になるような可愛らしい佇まいに、見惚れるのは異性だけで無く同性の者までも目を奪われている。
そして、もう片方。此方は纏まりの無い髪を後ろに束ねる以外にこれといった特徴の無い凡庸な少年だが、これまた教師陣に噂をされる有名人である。
ただし『規格外の劣等生』と呼ばれ、評判としては隣にいる彼女と正反対であろう存在だ。
前まで在籍していた彼を知る者は、嫌そうな顔をして見る者から、悪そうな笑みを浮かべる者まで、彼女とは反対の印象を植え付けられており、逆に彼を知らない者はやはり彼女と同じく興味対象として見られていた。
「えぇと、帰ってきちゃいました」
少年の方が少しおどけた表情を作って自己紹介を始める。
知っている者が多いからか、結構ぞんないなもので、クレヴという名前を名乗ったくらいの簡単なものだった。
それを聞く生徒たちは特に気にした様子もなく、彼が話し終わったところでも必要最低限の礼儀だろう拍手すらせず、ただ眺めているだけである。
その光景の中で一人、教える立場としての義務感で拍手をする教師が少し浮いているのが気の毒なくらいに。
「はじめまして、でいいんでしたっけ?」
が、亜麻色の髪の少女が自己紹介を始めた途端に空気は一変した。
こういうことに慣れていないのか、少しつっかえ気味になる彼女の様子に皆目を奪われる。
――クレヴを除いて、だが。
「……相変わらずトレースが上手いな。今度は教室の端にいる背の小さい子の真似か?」
「……自分の素を出すとどうも顔とギャップがあるらしいからさ、一応ね」
「……にしても、お前さんの名前ってリアナっていうんだな、知らなかった」
「……聞かれなかったしね。それに名前を知るのはお互い様だとは思うんだけど?」
互いに顔を前に向けたまま、相手に聞こえる程度の小言を投げ合うクレヴとリアナ。
傍目から見ればなんだか愛し合っている二人に見えなくもなかったが、不釣り合い過ぎて、他の生徒からは注目の的で戸惑っている同士に見えたかもしれない。
二人して何回か小言をかわした後、呆然としていた生徒たちが気を取り戻すと、一斉に質問の波が押し寄せる。
勿論、クレヴにではなく、リアナに対して、だ。
生徒たちは教師の制止を無視し、リアナの傍へと流れ込む。
そして、人の輪で彼女を囲むと質問は激化。もはや雑音としか捉えられないような、言葉の応酬に流石のリアナも慌てた様子を見せる。
「全く、凄いよ本当」
輪から強引に弾きとばされ、尻もちをついたクレヴは呆れたように溜息をついて、そして少し憂鬱気味にもう一つ溜息を追加した。
――彼をなぶるようにして見つめる視線を感じながら。




