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久々に、スライムを召喚です。
タイトルにあるくせに、出てくる頻度が少ないなぁ、とは思っています。
【クレヴ】
やはり、危惧していたことは、突然起こるものらしい。
一晩明けて、一睡もしていない俺は少し眠たげにしながら、歩いていた。
景色は相も変わらず、木々だらけ。
葉の形を見れば、同じ木だけでないことがわかるのだけど、生憎そこまで木の種類を知っているわけでもないので、結局皆同じに見えてしまう。
同じような景色ばかり、というのは眠気を誘うものだ。
大きな欠伸をしたところで――どこからか風を切る音が聞こえた。
「ん」
条件反射で、素早く盾を前へと構える。
軽い、金属音が響く。
先ほどまで無防備だった首辺りに、ナイフが飛んできたようだった。
――奇襲だ。
「一旦止まってください」
素早く状況を把握したルシルが、馬車の方に声をかける。
前では、この後は馬車が横合いから突っ込んできた、と聞かされている。
このまま焦って進めば、木々の中に潜ませている馬車にまた突撃されてしまうだろう。
だからといって、このまま止まっていても、相手に囲まれるだけなんだろうけれど……。
「このまま戦うのか?」
「ここまで来たら、それしかないって」
「だな」
ルシルとシリアが、すぐ戦闘状態に入れるように、軽く膝を曲げて、辺りを見渡すように、首を動かす。
リアナは、なんか玩具を目の前にした子供みたいな笑顔を見せている。
彼女と戦闘になった相手は、魔法で完全に遊ばれるな、絶対。
……っていうか、馬車の方に誰も気を向けてねぇ。
一応、護衛なんだから神父やシスターたちを守らないといけない。
必然的に、俺一人で馬車を守る羽目になるのか。
盾を構え直し、馬車の出入り口の前に立つ。
反対側にもあるのだが、ナイフが投げられた方に近い方を選んでおいた。
ナイフが投げられてから、何秒か経過したところで、反対側から木々のざわめく音がしてくる。
それはどんどんと大きくなっていったところで、
「馬車が来たぞ!」
無理やり木々の中を走ってきたのか、後輪の一つが外れかかった馬車が突っ込んできた。
シリアが思わず叫んだが、横にいたルシルは慌てず、
「『ブラスト』」
と詠唱した。
これは、正体不明の馬車が現れてから、ほんの一瞬で起きた、というのが恐ろしい。
ルシルの前で、急激な速さで光と熱が生み出されていく。
それは赤く揺らめきながら、ルシルの目の前――突っ込んでくる馬車をいとも簡単に飲み込んでしまう。
赤色の奔流は、まるで津波のように馬車を押し返し、焼き払う。
原形を留めていられたのは、赤色に包まれてからほんの数秒だけ。
彼女の魔法が食い散らかして残ったもので言えば、灰と金具と……そして燃え尽きなかった白骨だけだった。
二重の窓越しで、直接見れたわけではないけれど、残酷な光景だ。
人の命が一瞬のうちになくなって、その残滓でさえも風に飛んで、儚く消えていく。
だがしかし、だ。
こうしていなければ、死んでいたのは俺たちの方かもしれないのだ。
風を使えば殺さずに済んだかもしれない、という考えは浮かんだ。
けれど、このことに関して処理をしたのはルシルだ。
いくら俺が考え、それを言ったところで、どうにもならない。
彼女自身が、相手の命を奪う形で、俺たちを守ることを選んだのだ。
感謝こそ口に出来るが、文句を言うなんて以ての外だろう。
それに、だ。
こうしてウダウダと考えている暇もなく、盗賊の集団が姿を現した。
どこに潜んでいたのか、数は数十人。
先ほど死んでいった仲間がいた場所には目も向けずに、こちらを睨み付けてくる。
盗賊たちの顔には、笑みは存在せず、真剣な表情を浮かべていた。
あれだけの魔法を見せつけられたのだ、笑う余裕なんて、ありはしないだろう。
俺としては、盗賊の人たちが命惜しさに逃げ帰ってしまうか、と考えていたから、少し意外だった。
「おっ、可愛い子発見」
「へへっ、これは荷物と一緒にお持ち帰りだな」
数人がゲスなことをぬかすが、顔はやっぱり笑っていない。
性欲なんかより、純粋に恐怖の方が勝っている。
敢えて口に出すことで、強がっているだけだ。
怖いなら、逃げてしまえばいいのに。
でも、彼らが襲わなければならない理由があるんだとすれば、どうだろう?
例えば……空腹で飢えている、とか。
それならば、食糧を分けてやれば解決するだろうか。
そう思ったところで彼らの身なりをもう一度ちゃんと見て、それは違うことがわかった。
食いはぐれている、にしては服装はちゃんとしているように見える。
泥なんかでところどころ薄汚れていてはいるが、まだ服の原型を留めている。
父から聞いた話では、本当に困った連中は服でさえも売り払ってしまうので、服ではなく身体に布を巻きつける程度のことしかしないんだとか。
それに、頬なんかは若干痩せこけてはいるものの、顔色自体はそんなに悪くはなさそうだ。
そもそも、だ。
ナイフを人数分持っている時点で、その可能性はなかったのだ。
となると、後はくだらない私利私欲を満たすため、ということになるのだが……。
これは教会関係の馬車よりも、商人の馬車を襲った方が収益としてはデカいと思うのだが。
わからない、が彼らに戦う意思があるのだとすれば、俺たちはそれに対抗せねばなるまい。
一応、こちらに正当性があるんだし、傷つけることに罪悪感を抱く必要はないか。
「いっくぜぇえええ!!」
「イッヤァッホゥウウウウウ!!」
自らを鼓舞するかのように、叫び声を上げながら馬車へと群がっていく盗賊たち。
――だが、それよりも先に動きだしていた人物もいた。
「『レビテーション』」
ルシルは空をヒラリと舞って、盗賊たちの頭上を取る。
彼らには、対空攻撃する手段を持ち合わせていないのか、ただ上を見上げている間に、
「『トルネード』」
いつぞやに見た『ツイスター』よりも、大きな竜巻を引き起こす。
通常、この魔法は『ツイスター』と同じく、自分の目の前に竜巻を引き起こす、といったものなのだが、『ツイスター』とは異なる点がある。
大きくなった規模はもちろんのこと、風の回転のかかり方も、また違った。
『ツイスター』の場合、上昇する力が回転によって加えられるのであるが、この『トルネード』はなんとベクトルが自分の掌を向けた先にへと変わっていたのだ。
それで、どうなったかと言えば。
まずは『レビテーション』で見降ろす形になってからの、『トルネード』。
当然、彼女の掌が向けた先は地上。そこに向かって、大きな竜巻が放たれることとなる。
地上であれば、彼女の横合いにでも飛び込めば、何とか避けることができた魔法かもしれない。
だが、この攻撃は三次元的な攻撃。
避けるためには、地上で行った時よりも相当な距離を取らなければ、避けることは難しい。
そしてメリットがもう一つ。
この魔法では、"正面"の物陰に隠れていては防げない攻撃であることだ。
彼女が詠唱したことによって、ここ一帯の風が吹き荒れる。
下からのベクトルによる力のためか、『トルネード』に巻き込まれた盗賊たちは吹き飛ばされるのではなく、地面に押し付けられる形となる。
生憎、障害物となっていた木の陰に潜んでいた盗賊たちは凌いだものの、彼女の守備範囲にいた盗賊のほとんどがこの一撃で地に伏せてしまっただろう。
これでもし、馬車や俺たちのことなど考慮していなければ、この一撃ですべてを終わらせることが出来たかもしれない、そう錯覚してしまうほどに、凄いものだった。
「『アースバインド』」
ルシルが空中で一仕事終えた一方で、地上の方でも戦闘が開始されていた。
仲間が一瞬にして地べたへと伏せられてしまったことなんか、おかまいなしに彼らは馬車へと向かっていく。
が、そんな彼らに対して、リアナもまた一つの魔法を唱えていた。
これは、ルシルのに比べれば、随分と地味なもので、隆起した地面で足を縛る、といったものだった。
盗賊たちは勢い良く突っ込んでくるものだから、面白いように次々と転んでいく姿が見える。
リアナはその後も、『アースバインド』を中心に地系統の魔法で彼らを弄んでいく。
……その光景を眺めていると、どうしてだか同情心がむくむくと湧いてくるのは気のせいだろうか?
「はぁぁぁっっ!!」
今度は、甲高い声によって意識がそちらの方へと持っていかれる。
こちらは、先ほどの二人とは違って、多数ではなく、一人ずつ相手をしているシリアの姿があった。
彼女の握っている武器が鈍器だというのに、彼らの武器であるナイフのスピードに対抗しており、その鈍器の重さによって、彼らのナイフはいとも簡単に弾き飛ばされていく。
それが、彼女が振りかぶった攻撃を防ごうとしたもの、というだけでなく、ただ攻撃が掠っただけだというのに、彼らの手から離れていくものもあった。
これでお気づきな通り、シリアは盗賊たちのナイフを積極的に狙った動きを見せていた。
まずは脅威となりうる武器を排除してから、という考えらしい。
その彼女の狙いにも気付き始めた盗賊たちが、ナイフで彼女の進行方向を誘導しようと試みる。
「むっ……」
狙われているのを気がつかなかったのか、彼女は盗賊たちに囲まれてしまう。
だが、盗賊たちが優位に立つことはなかった。
彼女を囲った盗賊たちは、その輪を徐々に狭くしていく。
彼女の動けるスペースさえ奪ってしまえば、速い動きに翻弄されることはない、そう考えたのだろう。
しかし、彼女は彼らの思惑を見事に打ち破る。
彼女は、彼らが自分を囲む輪が狭まっていく状況をただ待っている、という選択は取らなかった。
狙いは、一点集中突破。
囲んでいる内の一人に接近し、強引に突破しようとする。
そんな彼女の考えは、やはり盗賊たちには筒抜けのようで、狙われた一人の元へと、近くにいた仲間が集まる。
誰か一人がやられようとも、彼女を仕留めようとする姿勢を取るようだ。
そんな彼らに、彼女は気にした様子もなく、距離を詰めていく。
狙いは初めと同じ盗賊。
鈍器を握った両手を下げた態勢から、一気に振り上げる。
そんな彼女の行動に、盗賊たちは驚いた。
振り上げるタイミングが、早過ぎるのだ。
これでは狙いの盗賊たちに攻撃がインパクトせずに、空振りに終わってしまう。
だが、彼女は敢えて振るタイミングを早めていたのだ。
大振りなスイングによって、勢いを得た鈍器を、リリース。
要するに、投げたのだ。
戦闘中に武器を手放すなど、相手も予想していなかっただろう。
敵に囲まれているのだから、得物を失えば圧倒的に不利になる。
そう思わせたいたからこそ、これは不意打ちになった。
回避行動を取れぬままに、一人の盗賊が腹への一撃で地面に沈んだ。
そして周りにも動揺が及んだことも、彼女は見逃さなかった。
突っ込んだ勢いで、彼女は盗賊に肉薄する。
慌てた盗賊のパンチを姫とは思えぬ度胸で、紙一重というところで避け、跳躍。
鎧を着込んでいるにも関わらず、盗賊の肩にまで到達し、そしてその肩を蹴って再び跳躍した。
……華麗なまでにノーダメージで、その包囲網を突破したのだ。
つーか、鈍器をスローイングしたのは、完全に俺から影響されたものだろう。
普通はしない。
何かしら保険がないと、やれるもんでもないと思うのだが。
度胸と勢いと、そして高い身体能力で、シリアはやってのけたのだ。
彼女は、戦いから程遠い暮らしをしてきたであろう、皇族だ。
そんな彼女が父への強い憧れによるものだけで、ここまでやってのけられるのか。
いや、そうじゃないだろう。
さっきのを見ていればわかるが、嗜み程度の剣術(鈍器ではあるが)では身につかない動きだ。
というより、あの鎧女の太刀筋に似ている気がする。
何回もやられてきたものだから、嫌でも覚えていた。
やはり細身だから、筋肉のある男に比べて腕力が劣っている分、体重移動が巧みさで、その点をカバーしているところなんかは特にそうだ。
剣が鈍器になっている分、動きにキレがないところや、あの鎧女に比べてまだ身体の捌き方が稚拙に見える等々あるが……まぁ凄いと言えば凄いのだ。
つーか、あの鎧女が異常なだけだと思いたい。
そうして盗賊の密集隊形から脱出したシリアは、地面に転がっていたナイフを拾い上げると、再び戦いへと戻っていく。
……さて、こうして他の三人の様子を確認し、現実逃避をしていたのだが。
そろそろ自分の現状について見つめ直してみよう。
まず俺の現在位置は、馬車の入り口の一つの前。
背中に背負っていた盾を身体の前に突き出して、膝を落として備えている状態にある。
そんな俺に対して、敵である盗賊たちは……眼前にいた。
数は20以上で、相手との距離は0に等しい。
『おしくらまんじゅう』のように、互いの身体を押し合いながら――身動きが取れなくなっていたのだ。
こんなことになったのも、すべてはあの3人にあるのだ。
ド派手な攻撃や、地味にいやらしい攻撃、そしてナイフに対抗できるスピードで振るわれる鈍器の攻撃によって、すっかり尻ごみした盗賊たち。
だったら逃げかえってしまえばいいものを、諦めの悪さから一部の奴らが標的を変更したのである。
標的はもちろん、俺のことである。
一応護衛の仕事、ということもあり、おとなしく馬車の前で盾を構えていた俺。
見た目的にも他の連中に比べれば脅威的には見えなかったからだろう。
そうして次の瞬間には、彼女らと戦いたくなかったであろう盗賊たちが我先に、と俺の元へと群がり、今に至る。
腕を動かすこともできないぐらいに、人と人との隙間がほとんどなくなっている。
だがしかし、俺から見て奥の方にいる連中が彼女らの攻撃に巻き込まれたくないと思ったのか、この状況で無理をしてでも押し入ろうとするものだから、どんどんキツくなっていくのだ。
盾で押し返すこともやれなくはないのだが、腕を伸ばしきった後、盗賊に懐へ潜り込まれてしまう可能性もあるから、躊躇われるし……。
かといって、このままじっとしていることも、出来ない。
というのも、俺の背中の方には馬車があり、盗賊たちの勢いに流されて、馬車を倒されないように今は踏ん張っているところだったりもする。
だから、このままの姿勢をずっと維持するのは難しいだろうし、何とか打開しなければ、とは思うのだが。
場が動く気配がない。
俺以外に、積極的に動こうとする連中が、一人もいやしないのだ。
そこまで動こうとしなくとも、俺がじきにに潰れるとわかっているのだ。
「おっ、ラッキー!」
そんな時に、馬車の反対側である盗賊が扉のところまで到達してしまう。
あいつら、一体何やってんだ、と怒りたくなったが、一目してその気持ちが萎んでしまう。
なんと、俺のところに群れていた奴が、回り込むことに成功していたっぽいのだ。
しかも、逃れた連中の何人かは、彼女らが相手してくれているようでもある。
ただ、数が多くて対応しきれなくなった、結果ということだ。
馬車の中にいる彼らでは、装備的にも盗賊の撃退は厳しいだろう。
まずい。
が、考えている暇もない。
俺は身体に力を込めたまま、意識を体内にある魔力の方へと向かわせる。
そう、剣の素振り中にしてきたように、身体の動作を行いながらも、魔法を行使する。
掌に淡い光を灯しながら、頭の中ではイメージを膨らませていく。
今ここにいる景色に、平らにされた道の上には馬車。
そして、扉に手をかける盗賊までも、頭の中で展開していき、仕上げに"三つ目"と呼ばれる魔法陣をある座標に思い浮かべたところで、魔法を発動させる。
「うわっ……!!」
掌に集まっていた光が弾け、そして反対側の窓に映っていた盗賊の姿が消える。
どうやら……成功したようだ。
今、俺が行ったことは至って単純なことだ。
"三つ目"を盗賊の頭上に発動させて、上からスライムを落とす、という不意打ちをしただけである。
一見地味過ぎる技にしか見えないものの、実は今までの攻撃にはなかったメリットがいくつも存在するのだ。
まずは、攻撃力の低さが解消される。
これはスライムの身体が柔らかいこともあり、攻撃には向いていなかったのだが。
この『スライム落とし』では、身体の固さよりも、スライムの重量や落とす高さの方が重要になってくる。
スライムの数が、突進の時よりも、効果的になる。
次に、攻撃までのラグが短くなる。
これまでは『召喚』→『指示』→『スライムが行動』、といった手順で攻撃していたものの、『スライム落とし』なら単純に『召喚』の行為だけで攻撃することが可能。
つまり、攻撃がクイックになった。
そして最後に、相手の死角から攻撃を仕掛けることが可能になったことが挙げられる。
今までの原始的な戦い方から、ほんの少しではあるが、進歩となると言えるだろう。
"三つ目"を併用した戻喚魔法を使って、スライムを戻して、ほっと一息。
取りあえずは危機を凌いだが、現状は打開できていない。
「何やってんの、もう……」
だが、それは俺が一人の場合で、ならだ。
時間を稼ぎさえしてしまえば、助けてくれる仲間がいる。
……男のくせに、自分でなんとか出来ないなんて、情けないとは思っている。
でも、仕方ないと思う。
多対一で戦える人間の方が、おかしいんだ。
「『エア・ブロー』」
ルシルの詠唱。
前に見たフィリーネさんのよりも大きい空気の塊が、盗賊たちを簡単になぎ倒していく。
うわー、俺の努力って一体何だったんだろう、って思ってしまうほどである。
「『エア・ブロー』」
「おぐっ……!!」
そうしてぼーっとしていたのが、いけなかったのかルシルの魔法に巻き込まれる。
「ちょ、おま、どこ狙ってんだよっ!!」
「あぁ、うん。つい、ね。いちいち一人ずつ狙うのって面倒でしょ?」
だからって、俺まで一掃しないでいただきたい。
そうして少しもしないうちに、損害は俺の身体(味方からの攻撃による)だけで、襲ってきた盗賊たちは全滅したのだった。




