5
【クレヴ】
「いよいよか」
ルイゼンハルトを出発してから、早数日。
ここまでは特に問題なく進めて来てはいたが、あともう少しで前に盗賊に襲われたとされるところまで来ていた。
辺りも暗くなってきてしまい、奇襲を仕掛けられる狙い目の時間帯が近づいてくる。
夜になれば辺りは黒一色に染まり、相手が服装も黒に統一していれば、目を凝らしても気付きにくく、接近を許す羽目となってしまうだろう。
俺たちは相手を見ることが困難になってしまうというのに、相手は俺たちが焚き火をするせいで、位置がわかってしまう。
不利な条件だ。
俺としては道を引き返したい、と思ってはいるのだが、あいにく発言権は奪われているために言っても無駄。
そして、護衛をしている彼女たちも、どこから自信が湧いてくるのか、何の心配もせずに野宿の準備を進めていた。
「何してんの? サボってんなら、飯抜きにするけど?」
ルシルに言われ、仕方なく自分の仕事を探す俺だが、そわそわしてしまって、思うように準備出来ない。
なんせ、今日は警戒対象がもう一つ増えるのだ。
一つは、盗賊の奇襲。そして残りのもう一つはもちろん、リアナのことである。
今までの護衛の中で、果たしてリアナが俺にイタズラを仕掛けなかったか。
もちろん、仕掛けられた。
ただ時間がないために、結構雑なトラップが主だったりはするものの、今回は少し趣旨が違う。
今までは物理的なものを用いてのことだったが、今回の場合は俺を誘導する形を取っていた。
それも巧妙で、俺が疑ってかかることを利用して、敢えて逆のことを言うのだ。
それも普段ならば出さないような、優しげな声で。
流石に怪しいと思う俺は、当然言われたことを警戒し、それを避けようとしたところに、罠が仕掛けてあったのだ。
……さて、そんな罠だが具体的にはというと、神父さんたちの着替え場面に遭遇、というものがあった。
字面的には、何にも問題なさそうに見えるが、問題はその場面で、着替え以外のことが行われていたことにあるのだ。
そうなったのも、生活空間が整った馬車といえど、風呂の機能までは備え付けられてはいないところにあった。
まぁ、風呂に入るためには、大量の水や水を温める熱源などが必要で、普通に用意するのは難しいものだ。
飲料水なんかは貴重だし、そんなことには使えない。
なら、魔導師ならば可能なんじゃないか、とも思えるのだが、これもまた難しいものであった。
魔法――特に詠唱魔法と呼ばれる類のものは、そもそもモンスターに対抗するために編み出されたものだったりする。
当然火力重視であり、こうした用途には向いていないのだ。
火系統の魔法で水を熱したならば、沸騰は確実で、下手すると水自体が蒸発してしまうだろう。
なら、熱過ぎるお湯を水を使ってちょうどいい温度まで冷ませばいいじゃないか、と思う。
が、これも先ほどと同じで、水系統の魔法も勿論戦闘向けである。
水を攻撃に用いる場合、やはりそこに水圧が関わってくる。
水を射出する勢いを強めれば、当然威力も上がる。
が、それよりも、もっと単純に水圧を上げる方法がある。
水の量を増やしてしまえばいいのだ。
当然のごとく、人がこの事実を見逃すはずもなく、やはり水系統の魔法に取り入れられている。
もはや熱湯を冷ますどころか、小さな災害である。
つまりは、この詠唱魔法というヤツは、極端なのである。
というわけで、風呂で汗や汚れを落とす、ということは出来ない。
けれど、今は暑い時期だ。汗をかいたまま、放っておくことなんて、我慢出来ないだろう。
ここで、布を使って身体を拭いたり、服を着替えたり、というところまで話が戻って来る。
いくら男同士とはいえ、汗塗れになった人の近くで着替えなどしたくなかった俺は、いつも一人離れた場所で着替えていた。
だから、彼らがどこにいて、何をしているか何てわからなかった。
知っていれば、絶対に近づかなかったその場所に、俺はその日、リアナによって誘導されたのだ。
……いい加減、核心から目を逸らしても、事実は変わらないか。
そんな、男だけの空間で何があったのか。
見た直後には理解出来そうにない光景だった。
まず、着替えるのだから服を脱いでいるのは理解出来た。
ただ、彼らは全裸だった。
わざわざ全部脱がなくとも、上と下に分けてするのが普通である。
まぁ、そこを十歩譲って見逃すとしても、だ。
彼らは何故全裸で抱き合っているのか、わからなかった。
暑いから脱いでいた、というのなら、まだ俺でも事情を飲み込める。
身体を寄せ合うなんて、逆効果なんじゃないのか。
思考停止し、唖然としているところに、ふと神父の一人と目があった。
それは出発する前からは想像出来ないほどに、だらしない表情を浮かべていた。
「!?」
その瞬間、全身に鳥肌が立ち、背筋からは悪寒が走った。
そして、頭が働き出す前に、俺は彼らに背中を向けて、そこから全速力で離れた。
それからというものの、どんな顔をして彼らと話せばいいのか、わからなくなってしまったのだ。
多分、この苦痛は『ぼくの考えた最強の魔法』よりも強烈なものだったように思える。
こんなことを考えつけるリアナは、まさしく悪魔と言っても問題ないだろう。
「やはり、神は私をお見捨てになられたか!」
そして、よりに寄って、今日の夜の番がリアナとの組み合わせとなってしまったのだ。
「いきなり私の顔を見て、何言っているんだい?」
「あぁ、少しお前さんとの出会ってしまった運命を呪っていたところでな。すまない、心の中で叫ぶはずが、口にしてしまっていたよ……」
「むしろ恨むよりも、君には感謝して欲しいぐらいさ」
そう言われて、俺はリアナと初めて会った日のことを思い出す。
そういえば、彼女には俺の母を助けてくれた、恩人だった。
が、ここまでの悪質な悪戯や、ドタバタがあったせいで、すっかりと忘れてた。
「そうだな、母のことについては、感謝しているよ。
っと、思い出したついでに気になったことがあったんだが、あの日のゴーレムって一体どこにやったんだ?」
そう、今更ながら、とは思うが、リアナが操っていたゴーレム。
確かサラナ村の方にも何体か向かわせていた、ということは、あの格好いいパシリモンスターでは、いっぺんに運ぶことは不可能だ。
分けて運ぶにすると、確実にサラナ村の住人がパシリのことを目撃しているはずなのだが、ルシルの証言によると、ゴーレムの姿はいつの間にか消えてしまったいたんだという。
「あぁ、それか。それはな……秘密だ」
「勿体付けてないで、教えてくれよ」
「クレヴ、君にだって言いたくないことの一つや二つはあるだろ?」
「それを無理やり言わせた、お前さんに使って欲しくない台詞だな」
「だがなぁ、君に簡単にタネ明かしするのも、つまらないしさ」
「自分で探せってわけか……なんかの魔法だっていう目星はついたんだがなぁ」
「魔法、といえども幅広く存在しているからね」
「うーん……というより、何で魔法ってこんな自由性が高いんだろう?」
魔法について考えるといつも、その根本へと目がしまう。
曖昧なもの、とは言われているものの、その『曖昧なもの』とは一体何なのか?
「なぁ、リアナは魔法ってどんなものだと思うんだ?」
だから、魔法に密接であろう彼女に、聞いてみることにする。
「魔法は、魔法だろ?」
「いや、そうじゃなくてだな。魔法って漠然としているけどさ、こう、明確な意味で、魔法とはこういうものだ、みたいなものが知りたいんだよ」
「その質問に対して、私は返答することは出来ないな」
「そうなのか? モンスターって俺たち人と比べて、魔法については、俺たちよりも把握していると思ってたんだけどなぁ」
「いきなりだけど、クレヴは重力について、気にしたことはあるかい?」
「ん? 特にはないけど?」
「私を含めて、多分だが、多くのモンスターも魔法についてはそんな認識だと思うわけだ。
元々存在しているものだから、疑問に思わない。そこに存在しているってわかっているのだから、自分の既存にある知識で無理に当てはめようとは、考えないものだよ」
「へぇ……」
リアナから返ってきた返事に納得し、頭の中では次の疑問が浮かんでくる。
「もう一つ質問があるんだけど……」
「私ばかり話していてはつまらない。次は君が何か話してくれないか?」
「話すっていってもなぁ……スライムについてなら語れるが?」
「聞いた私が馬鹿だったよ。それじゃ、質問をどうぞ」
「えーと、お次は、魔王について。魔王ってそもそも何者なんだ?」
『魔王』。
この大陸において、強さにおいて頂点に立つ存在だとされている。
知力もすこぶる高く、人なんかでは太刀打ちできない存在。
そうは聞かされてはいるものの、この『魔王』について、俺は噂程度にしか知らない。
そもそも、人が会ったことのない存在なのに、何故魔王を最強と呼んでいるのか。
その根拠は、いったいどこから来ているのか。
今まで、鵜呑みにしていた情報ではあるものの、目の前には、その情報があっているのか間違っているのか、判断してくれる存在がいる。
自称、とはいえ、魔王の側近ではある。
そんな凄い存在か、なにゆえにここにいるのか甚だ疑問ではあるが、今は魔王についてだ。
とはいえ、聞いておいて何だが、彼女は果たして俺に魔王について話してくれるのだろうか?
まず、自称ということで、本当は魔王の側近でなければ、どうだろう。
適当な作り話を聞かされても、俺には正しいかどうか、判断は出来ないだろう。
そしてまた、彼女が本当に魔王の側近だとして、魔王の情報を俺に流してくれるかどうか。
自分の組織の頂点にいるお方の情報を、易々と俺に教えてくれるはずがないんじゃないか?
そう考えれば考えるほどに、リアナには失礼なことを聞いてしまったなぁ、と思う。
心配になって、少し相手の顔色をうかがってみる。
表面上は、特に変わった様子もなく、あのいつもの笑みを張りつけているリアナ。
ポーカーフェイスを、保っているだけなのか……?
何だか、数秒間の間に、緊張が心を満たしていく。
手汗が急激に吹き出てくるのを、感じる。
何秒、彼女の答えを待っただろうか。
緊張のあまり、体感時間が引き延ばされて、俺には何十分にも感じられたところで。
ついに、彼女が口を開く。
「あぁ、そんなことか」
さらりと、そう言いのけた。
途端に緊張が抜け、力の入っていた肩からも力が抜ける。
「てっきり、また魔法とか、自分でも良くわからないことを聞かれるかと思っていたよ」
「わからない、と思ってもお前さんは答えようとはするんだな?」
「まぁ、考えて出る答えならね。さて、君は魔王について知りたいんだっけ?」
「あぁ、まずは何者なのか、ってところから頼む」
姿勢を正して、話を聞く態度を示す。
「魔王が何者か、っていうのは……正直言葉にしにくいかな」
「よくわからない、ってことじゃなくてか?」
「それもそうなんだけど、まぁ会ってみれば一発で理解できるとは思うよ。ただ、確実に言えることは、魔王は『モンスター』という枠組みには入らない存在ってことかな」
「聞いてて、ますますわからなくなってきてるんだが?」
「ま、聞くだけ無駄だ、ってわかってもらえればいいさ」
「そういえば、お前さん、魔王に様、って付けないんだな?」
「まぁ、他の側近たちも付けてないしね」
「他の側近ねぇ……。どんななのか、気になるっちゃ気になるな」
リアナみたいに、人間にそっくりな奴なのか。
それとも想像できないような造形をした生物なのか。興味深くはある。
「そこは特に面白くないから、彼らはモンスターだ、って説明だけで控えさせてもらうよ」
「そう言われると、余計に気になるんだが……」
「あぁ、そうそう。前から『側近』なんて表現してるけど、意味的には、『取り巻き』の方が近いかもね。言い方が格好がつく方だから、そっちを使っているんだけどね」
「そんな説明よりも、側近たちの方に力を入れて欲しかったけどなぁ……」
そう、不満を込めた視線を送るのだが、リアナは全く動じず、むしろ俺の反応に楽しんでいるようにも見えた。
仕方がないので、話はこれくらいにして、そろそろポーチに入れていた書物に手をつけることにしよう。
「ん? 何か持ってきたものでもあるのかい? 面白いものなら、私にも見せてくれ」
そう言って、興味津津でリアナが近づいてくるものの、表紙を見た途端にわくわくした表情が潜んでしまう。
「なんだ、また書物か。今度のは随分と古そうだな」
「まぁな」
取りだしたのは、とある召喚魔導師が書いた、例の冒険記である。
アスタールにあった物よりも、以前に書かれたものらしく、今回書かれていた内容としては魔法陣を作りだしていく苦悩、といったところだろうか。
まぁ、それが大部分、というわけではなく、俺がこの冒険記に価値を見出しているところなだけである。
実際、魔法陣について書かれているところなど、一部に過ぎず、大多数は誰かが既にやってきているような、目新しくない体験談ばかりだ。
「そんな書物読まないでさ、私にも何か話を聞かせてくれって。
まだ、あの『生き埋めプロジェクト~地獄は本当に地面の下に存在するのか?~』について続きのままだったはずだろ?」
彼女のしつこい言葉を無視して、俺は書物を開いて文字に目を通していく。
必要なところだけ情報を拾っていくと、どうやら最初の部分には彼が、魔法陣を知ってからしばらくしてからの頃のことらしい。
魔法陣についてだが、普通の詠唱魔法に比べても自由性が高い分、形や模様、書き方の順番によっても法則性が存在するというといった、面倒なものであることが判明。
一応、魔法陣の基本について書かれた書物とも並行して読み進めていくことにする――
それから数時間して。
適当にリアナをあしらいつつも、魔法陣の基本の方については一通り目を通すことが出来た。
流石に光が焚き火の炎だけ、というのが厳しく、徹夜続きなこともあってか、目がしょぼしょぼとする。
まず、魔法陣についてだが、円の中に模様を描くのがオーソドックスな形とされ、仕組みとしてはその円の中に意味を込めていく魔法、だと考える方が理解がしやすいらしい。
模様や形についても、法則性があるらしいのだが、詳しいところは不明。
思考錯誤して何となく把握していくしか、方法はないんだとか。
というのも、魔法陣は、模様、形、順番によって、どのようなイメージを付加していけるか、というのが重要になってくるんだとか。
これが、とてつもなく厄介な代物で、ただ模様を描いていればいい、というものじゃないらしく、模様によっては互いの効果を阻害し合うものも存在しているらしい。
いかに、どのような模様や形を創造し、組み合わせていくかによって、すべてが決まってくるもの。
そう考えると、やはり"一つ目"なんかを作り出した、召喚魔導師という人物は、凄い人なのかもしれない。
どれだけの労力をかけて、それを描いたのか。
やはり、冒険記ではない方の書物の中にも、普通なら自分で作りだすよりも既存のものを使った方がいい、と書かれていた。
たった一人が考えついたものよりも、何十人何百人が時代を重ねて改良してきた方が、精度としても絶対に高いからだ。
ほんの軽い気持ちで手を出した、補助魔法、魔法陣だが、ここまでのものだったとは。
ふぅ、と息をついてから、固まってしまった筋肉を動かし、ほぐしていく。
これから、強さを求めていく過程に、この補助魔法についても手を出すとすれば、結構な労力が必要になってくるかもしれない。
というのも、書物に書かれていた魔法陣の全ては、詠唱魔法の、ほんの一部だけであったからだ。
そう、召喚魔法のものなど、一つすらなかった。
朝日が昇ってくる。
いつの間にか眠ってしまっていたリアナに、恨めしい目線を送りながら、光を全身に浴びる。
さて、夜に盗賊は現れなかったが、このまま何もなしに進めるだろうか?
禁欲生活をしている人は、何かしら正常な状態からズレていってしまうことを、描写しようとしたら、このザマです。
ハプニングに遭遇するのなら、女性陣の方が良いとは考えたのですけれど、
・シリアの場合
社会的に抹殺された後、人生が終了。
・ルシルの場合
物理的に(魔法ではあるが)オーバーキル。
・リアナの場合
そもそも仕込んだ人物なので、この可能性が皆無。
ということで、この物語がバッドエンドで終わりそうなので、却下となりました。




