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【シリア】
別に最初からクレヴに興味を持っていたわけではなかった。
異様に剣の扱いが下手くそな新人だな、と思っていたくらいだ。
だから、そんな考えがすぐにひっくり返されてしまうなんて、思いもしなかった。
いつもの訪問で、騎士の彼と手合わせしてもらっている時だ。
私の側近であるカミラが、何を思ったのか、クレヴに勝負を申し込んだのだ。
どうやら何か揉めているみたいで、自分はそれを止め、仲裁をしようと考えたのだが……。
王族である自分は、生まれながらにして、権力を持っていた。
別に自分自身の力でもないので、他の兄弟みたいに好き勝手に権力を振るうのは、どうかと思うが、こういう時には有効かもしれない。
使いどころ、というやつだ。
「待て、一旦落ち着こうじゃないか――」
そう言って騒ぎの中心へと行こうとした時、
「やれー!!」
「いいぞいいぞーっ!」
訓練所にいた男たちの声で、自分の声はかき消され、向かう先の人口密度が爆発的に増えていく。
「おい、ちょっと!」
「あぁ、姫様もご観戦ですかな?」
渋い声が、自分と検討違いの発言をする。
「クロード、そうじゃないから」
「おーい、姫様のお通りだ、道を開けろー!」
ふざけた様子で、もう一人の側近、クロード・アモストロスが密集した男たちから、道を作り出していく。
クロードは見た目で言えば白髪混じりの中年にしか見えない。
こうしてふざけた態度も良く取るし、側近としては向いていない人物に見えるだろう。
だが彼は、父上、つまりは王の近衛兵を若い頃にやっており、今でも父上の一番信頼のおける人物なのだという。
初めは、本妻の兄弟に護衛をさせていたのだが、態度が気に入らないのか、自分のところに回ってきたのである。
自分も最初の頃は、彼がどうして父上に気に入られているのか、わからなかった。
口を開けば、酒だ女だ、と不真面目なことしか言わないし、じっとしていられない性格なのか、書類整理を頼むと、いつの間にか、いなくなっており遊びに行っていることも、しょっちゅうある。
だがその分、彼は裏で動いていたことに気付いたのは、いつの頃だろうか。
始めは、遊びまわるだけのくせに、良く仕事を解任されないな、と思っていた。
自分も父上にそのことを申し立てしたが、茶を濁されてしまっていた。
こうなれば徹底的に彼の悪いところを調査させ、父上に有無も言わせぬようにしよう。
そう、考えた。
隠密行動に向いている人物に、さっそく彼の調査を頼んだ。
すると一時間もしないうちに、見失ってしまったという。
ならば次は……とやっていくうちに、調査人数が百人を超え、それを街中に潜ませたところで、ようやく彼の動向を掴むことができた。
そうして、ただ遊び回っていると思っていた彼の行動が、明らかになった。
まず彼が良く行く場所に、酒屋がある。
それも、毎回同じ場所ではなく、日にちによってランダムに巡っているらしい。
で、そこでは酒を飲むため、ではなく、冒険者たちの情報を分けて貰っていたのだ。
酒を奢った代わりに、そうしたことを聞き出す。
聞き上手なのか、冒険者たちは嫌そうな顔一つせずに、話していたという。
そうして、辺りが完全に寝静まった後も、彼は行動していた。
相手はこの国に潜む闇の稼業をやっている人たち。
貴族なんかが相手へ嫌がらせする際、その仕事を受け持つ輩だという。
そんな彼らと何を話したのか……それは分からずじまいだったが、それは後日彼の口から、こう聞いた。
「なーんだ、知られてしまいましたか。知ったからには死んでもらいます……なーんて冗談ですよ。
まぁ、彼らに関わるのは、自分が奴らに殺されないように手回ししているだけですよ。
本当にそれだけですから、美人さんをちょろっと攫ってきてもらうなんて、頼んでいませんからっ!」
……つまり、クロードは遊んでいるように見えて、裏で動いていたのだ――
「はい、ストップストップ」
「なんだクレヴ。人がせっかく話しているというのに」
「脱線し過ぎなんだよ。その人は今関係ないだろうが!」
「そんなに怒らなくてもいいだろ……もう話してやらないぞ?」
「……ごめんなさい」
「ちゃんと謝るのは大事なことだな。
何番目か忘れたが、姉上を怒らせた騎士も、家族が行方不明になったが、自決する勢いで謝ったら戻ってきたそうだしな」
「心の底から、ごめんなさい!」
クレヴが顔を真っ青にしたかと思ったら、地面に額を押し付け始めた。
「なら、余計なことを言わずに、ちゃんと聞くんだぞ――」
自分はクロードのおかげで、騒ぎの中心まで来れたのはいいんだが。
「おーい、カミラ! ……駄目だ、聞こえていないみたいだ」
「あの女、頭に血が上っているみたいですしね」
「今更クロードに、これを止めて来い、と言っても無駄なんだろう?」
「えぇ、面白そうですし。一応危ないですから、あの手合わせに飛び込まないでくださいよ?
でないと、姫様の豊満なお胸を蹂躙しちゃいますから」
「脅しにしては、下品だな、クロード?」
「忠告は、しましたからね?」
彼の笑みで背筋がゾクリとしたので、仕方なくカミラを見守ることとなった。
彼女はどうやら、クレヴに、この訓練を本気でやって欲しいよう、言っているようであった。
それが罵倒、というのは如何なものか、とは思ったのだが、どうやら彼女の目論見は成功したようで。
先ほどまで、戦いたくないなぁ、と甘ったれた顔をしたクレヴが、怒りで豹変したのだ。
どこにでもいそうな、少年の顔が、みるみる目つきが鋭くなっていき、まるで歴戦の戦士の顔つきになっていく。
それはとても野性味溢れたもので、先ほどまでのクレヴとは別人みたいに思えるほどで。
そして、彼が放つ雰囲気も、どこか見覚えがあって――
「えーと、他の過去話にも突入か?」
「話には、順序が大事だろ、順序が!」
「えー、俺は何故そうなったのか、っていう結論だけでいいんだけど?」
「自分は、さっき何て言ったか覚えているか?」
「はい、黙って聞きます」
「今度邪魔したら、話に出てきたあの輩に、嫌がらせしてもらうからな――」
――あれはいつの頃だっただろうか。
まだ、数年しか経っていないが、随分昔のことに思えてくる。
この頃の自分というのは、今みたいに鈍器を振るうようなこともせず、他の姉や妹たちみたいに、ダンスや歌なんかの稽古や、パーティーに参加して、そこで社会勉強などをしていた。
だから、今の自分がいるのも、彼との出会いが関係しているのかもしれない。
ある日の朝早くに、珍しく城の中が騒がしくなっていた。
住み込みで働く使用人たちには、
「玉座の方には行ってはいけませんよ」
と言われたのだが、気になった自分は、敢えて玉座に向かうことにしたのだ。
玉座のある間では、主に父上に謁見するところだ。
城門付近に作られているのも、彼らが会いやすいため。
下手すると暗殺もされやすいのでは、という大臣たちの意見を押しのけ、父上はここに作った、と聞いた覚えがある。
それが災いし、今、侵入した無礼者と父上とが顔を合わせていた。
父上は、いつものように高い位置にある玉座に腰掛け、落ち着いた様子でいた。
対して、父上と向き合う人物は怒りに満ちた表情を浮かべ、跪くこともせず、父上を睨んでいた。
門の見張りをしていた騎士たちと、警護している近衛兵たちに身体を押さえつけられようとも、決して倒れそうにもない。
それは人間離れしたような、大きな体躯をしているからか。
それは何者にも折れぬような強い意志を持っているだろうか。
少なくとも、こうして城に忍び込んで来るような男には見えなかった。
「ようやく、顔を見せてくれたな」
「貴様、王に向かって何たる態度かっ!」
豪胆なのか、礼儀知らずなのか、侵入者は最低限の敬語も使おうとはしない。
その態度に近くに控えた大臣が顔をしかめるのだが、父上がそれを止める。
相手が無礼者でも、態度を変えない父上。
「みなが五月蝿いから、仕方なく来て見れば、どういうことだ?」
父上が近くにいた近衛兵に事情が聞こうとするが、近衛兵は首を振った。
どうやら、侵入者の事情なんか聞いていないようだった。
無礼者の話なんて聞かないのが道理だ。
だが父上は民の声を聞くことを大事にしている。
それがどれだけ下賤の者でも、それがどれだけの悪人でも、だ。
人はそれぞれ考えていることが違う。そのバラバラの考えをまとめるのが王の仕事だ、と父上は常々言っていた。
それが、貴族だけでなく、ここに住む者全員に耳を傾けようとする姿に、貴族より民衆の方に人気があるという、珍しい王なんだとか。
他の地域を管理している貴族たちなんて、税を重く敷き、民衆の不満ばかりだと聞いている。
父上は、上に立つ人にしては珍しい存在なんだそうだ。
そうして、今も侵入者の彼の話を聞こうとしていた。
「で、貴殿は一体何の用で、ここに来た?」
「あぁ、話の分かる奴で助かる。早速頼みがあるんだが」
彼は一旦言葉を切って、一言。
「俺達、兵士の賃金を上げてくれ」
「……? 私に言われても困るのだが?」
いきなり突飛なことを言われたからか、困惑した表情をする父上。
「俺、あんまり話すのが得意じゃないんだがなァ……」
そう言って、彼はボサついた頭をボリボリとかき、途切れ途切れになりながらも、事情を説明し始めた。
まとめると、こういうことだった。
彼ら兵士というのは、まぁ金を貰って働く、傭兵みたいなものだ。
戦う分、それだけの報酬を頂いて彼らは生活しているのだが、彼の雇われた場所というのが、酷いものだったらしく、働きに見合わない僅かな報酬しか貰えなかったんだという。
別にそこは困窮して、兵士たちに報酬が払われないのではなく、そこを管理している騎士が不正に私腹に収めていると知ったらしい。
当然彼はそのことを訴えたのだが、相手は聞かず、
「これは国から支払われた金だ。今更上げろって言われたって変えられねぇよ」
と言われたらしい。
騎士たちは、彼をあしらうために、そんなことを言ったのだが、まともに受け取った彼は、こうして城に来たのだという。
「さっきから黙って聞いていりゃあ、勝手なことをベラベラと……」
門の見張りをしていた騎士が、声を荒げる。
名前は知らないが、確か最近実力が伸びてきているという男で、騎士というのに粗暴で短気な性格だと噂になっていた。
そして城門の見張りに配置されたのも、他の仕事を任せることも出来ず、凶暴な彼を見張る体で、ここに決まったんだとか。
ここなら、近衛兵とかが何かあった時に押さえつけることが出来る、なんて考えがあったそうだ。
「なんだ? お前には話しかけてないが? 話の邪魔をするな」
「てめぇ、何様のつもりだ?! 俺は騎士様だぞ? 平民風情がそんな口の聞き方してんじゃねぇ!」
「もう一度言うが、今、お前に用はない。だから、お前に何か言われる筋合いはない」
「てめぇ……!!」
騎士に睨まれようとも、兵士の彼は落ち着いていた。
その態度にますます腹を立てた騎士は、
「偉大なる国王よ、この者の国王に対する不遜な態度。これは不快極まりなく、我が国の頂点に立つお方に敬意を払わぬということは、我が国を貶したのも同義。
是非とも私めに、この者を裁かせてはくれませんか?」
と、話を聞きそうにない彼から、父上へと話す相手を変える。
先ほどの荒々しかった言動から一転し、まるで兵士の彼に自分の荒っぽさを押し付け、さも自分は礼節を知っているかのように取り繕う。
あまりの変わり身に、私を含め、ここにいた殆どの大臣、そして父上までも呆れてしまうのだが、騎士の彼は侵入者を気にしているせいか、その空気に気付いた様子もない。
「俺と王との会話に割り込むお前の方が不遜なんじゃないのか?」
「今は俺が話しているんだ、邪魔するんじゃない」
まるで子供のような振る舞いをする騎士に、兵士の彼が、ムッとした顔を作った。
「ふむ、二人とも此方を向いてくれ」
一瞬何か考える風にしてから、父上が揉めている二人に声をかける。
「貴殿等は、互いに自分の意見を譲る気はなさそうであるな?」
確認するような父上の言葉に、二人は無言で頷きを返す。
「ならば、力を示せ。太古より、強き者に弱き者は従うもの。戦ってみて強き方の話を聞こうと思うが、どうだ?」
相当強力な話運びではあったものの、両者ともその父上の提案を受け入れた。
そして急遽、神聖なる城の広間で、決闘が行われることとなった――
「……一つ質問があるんだが、いいか?」
「ん? 何か気になる点でもあるのか、クレヴ?」
「そんな、想像を絶する阿呆の騎士が実際にこの世に存在していたのか? 作り話にしてはクオリティが低いと思うぞ?」
「いや、実際にいたんだよ、彼は。そのおかげで、勉強嫌いだった自分がむしろ今では積極的に学ぶくらいには変われたぞ」
「話の腰を折って、すまんな。続けてくれ…………違うよな? 話が似ているだけだ、そうだ、きっとそうなんだ…………」
「何をぶつぶつ言っているんだ? 話を続けるぞ――」
決闘の内容は至ってシンプルだった。
互いに木製の剣を用いて、相手が降参するか、武器を手放すか、気絶してしまったら負け、というものであった。
このことは、玉座での出来事を覗いていた使用人が、その話を流したせいで、城に住む殆どの人間が観戦することとなった。
ガタイの良い二人が剣を交える、たったそれだけだが、城の中では刺激の少ない生活を送る者も多く、皆がワクワクした表情を浮かべていた。
さて、そんな自分達に注目された二人はというと、互いに睨み合いをしていた。
「確かにてめぇは力は強いかもしれねぇが、剣なら話は変わる!
俺は今まで剣では一度も負けたことはねぇ。だから、てめぇみたいな、どこぞと知れない奴に負けるわけねぇんだよ!
無様な姿を見せる前に、さっさと降参したらどうだ?」
「……お前は、戦場で戦ったことがあるか?」
「ハァ? 何言ってんだてめぇは?」
「戦場ではな、自分が生き残るために、人と人とが殺し合いをする。躊躇いや迷いがあれば、一瞬で命を失うような、そんな世界で、兵士たちは戦っているんだ」
「それがどうしたって言うんだよ?」
「そんな、甘い汁だけ吸って、命のやり取りもしたことのない奴に、負けるわけがないって言いたいだけだ」
「俺は命のやり取りをする必要がないだけだ。戦うだけしか能がない奴らには、当然の義務なだけだろ?」
「あぁ、そうかもな。だが、戦おうともしない騎士なんかより、兵士の方が貰える金が少ないのが、気に食わねぇ」
「そう決まってんだから、諦めろよ。――俺に勝つこととかもな!」
一頻り話していた二人が口を閉じたところで、決闘が開始された。
「オラァ!」
まず攻撃に打って出たのは、あの騎士の方。
巨体の割に素早い動きで、兵士の彼へと接近。
対する兵士は……剣すら構えず、突っ立っているだけ。
「まずは一発!」
騎士が両手でしっかりと握った剣を勢い良く振り下ろした。
当時の私では目で追いきれないほどの剣速で、一瞬のうちに、騎士は三撃ほど攻撃を入れるのだが……兵士の彼は顔色一つ変えなかった。
逆に剣を振り抜いた騎士の方が手を痛そうにしながら、一旦距離を取った。
「ずりぃぞ、てめぇ。服の下に何か仕込んでるだろっ!?」
言いがかりをつける騎士。だが、この決闘が始まる前に何か他の武器を仕込んでいないか、身体検査をしていたのだ。
そんなこと、出来るはずがない。
「怪しいから、王の面前で服を脱げとか言わないよな?」
「うるせぇ、確かめるのに一番手っ取り早いんだよ!」
「同性を脱がせようとは、度し難い変態だな、お前は」
そう文句を言いながらも上着に手をつける兵士。
「今だ!」
そんな、無防備な状態を狙って、騎士が駆け出す。
そして、剥き出しになった脇腹に剣を振るうのだが――その肉体に弾かれた。
「……えっ?」
その時騎士も、また自分たちも、唖然とした表情を浮かべていたことだろう。
確かに身体を鍛えれば、攻撃を効きにくくすることは出来る。
ただ、その攻撃すら弾く強度を持っているというのは、異常ではないだろうか。
元々固い部位である拳や肘、膝などは百歩譲って理解出来る。
が、脇腹というのは、果たして固い部位であるのかどうか。
みんなして、攻撃の当たったとされる兵士の脇腹に注目する。
「凄い……」
自分の口から飛び出したのは、そんな言葉だけであった。
脂肪はまるで存在しておらず、筋肉のみで形成されたような身体。
肥大化した筋肉だというのに、その全てが引き締められ、凝縮された筋繊維は同じ人間なのかどうか、疑ってしまうほどであった。
もはや鍛え抜かれた肉体には、どのような攻撃も無意味だというように、もはや脇腹は赤くすらなっていなかった。
「脱いでやったぞ、変態め。あ、後お前は脱ぐなよ、俺は男の身体には興味なんて、これっぽちもないからな!」
凄く嫌そうな顔をして、自分の胴回りよりも遥かに太い腕全体を動かし、追いやるようなジェスチャーをする。
「バカにしやがって……!!」
またもや、騎士が攻撃に打って出たが、兵士は剣を片手で受け止めた。
「んぐぐぐぐ……!!」
「どうした? これでは俺の娘どころか、息子にすら劣るぞ?」
騎士が両手で必死に剣を引っ張るが、兵士はびくともしない。
ついには、兵士の身体に足をかけてまでも、決して兵士は剣を離すことはなかった。
そうして、仕方なく剣を諦めた騎士は、突進をしかけた。
「調子に乗りやがって――」
そこで、彼の言葉は途切れさせられた。
兵士の、手のひらで軽く払う動作で、地面に叩きつけられたのだ。
「悪いな、こんな棒きれでも、人が死んじまうからな」
そう最後に彼が謝ったところで、決闘に終止符が打たれたのだった――
【クレヴ】
「おい、どうしたんだ、クレヴ?」
心配そうに声をかけてくれるシリアだが、俺には言葉を返す余裕もなく、頭を抱えていた。
……この話、俺は知っているのだ。それも、身近な人間の体験談として、手紙で見たことがあるような……?
い、いや、まだだ。まだ俺が勘違いしているという可能性もある。
「そ、それでその人はどうなったんだ?」
「あぁ、一応彼の要望も通ってな、父上からも是非とも騎士にならないか、と誘いを受けてもいたな」
「……そこに、彼は何て?」
「『あんないけ好かない連中の仲間になんか、なりたくない』、って感じだったな」
……間違いなく、ここまで全て、知っている内容と一致している。
「もしかしてさ、彼の名前って……?」
これが、最後の望みの綱だ。僅かではあるが、外れていて欲しい、と願う。
「あぁ、シルヴァって名前だが、聞いたことあるだろう?」
「神は私をお見捨てになられたか!」
認めたくはなかった。
が、シルヴァという人物は確実に――俺の父だ。
「ギルドの方でも聞かないか? 『鬼兵シルヴァ』とか、『不死身の粉砕者』とか?」
聞いたことは、ある。が、俺に付けられたわけでもないのに、赤面ものの異名ばかりで嫌になっていることが度々だ。
「それでな、その彼の戦いっぷりに自分は感銘を受けて、姫という立場ながらに今こうして鍛えていることを選んだ。
心が震えて、彼にとても憧れを抱いたからこそ、今の自分があると言ってもいいだろう」
「……それで、話からにして、俺はその人に似ていると?」
「普段はそうでもないけど、カミラと戦った時なんか凄く似ていたぞ」
「うっ……!!」
シリアの言葉に、俺はもの凄くショックを受けた。
それはもう、大声で叫んでも全く解消することもなさそうな、深いものだった。
だってあれだぞ? あの筋肉怪人に似ているなんて、今まで受けてきた暴言なんて、可愛く見えるくらいだ。
傍目から見れば、もはや獣みたいにしか見えない父。
そんな父に似ていないと言われてきた安心感は、どれほどのものだっただろう。
そう、今こうしてシリアが好意的であろう言葉だが、こうとも取れるのだ。
「あなた、人間じゃないみたい」、と。
これは、完全に暴言じゃなかろうか?
それに、だ。父には体格、そして才能に恵まれている。
が、俺は出涸らしなのか、息子なのかどうか怪しい程に、剣の扱いが下手だ。
彼女にシルヴァの息子だとバレたら……とても面倒なことになりそうだ。
「な、なんで、シルヴァって人に憧れを?」
これ以上ショックを受けていても、仕方ないので気分を変えて、質問をしてみる。
父に強いなぁ、と感心するならわかるが、憧れを抱くというのは、どうも考えにくい。というか、憧れなんて抱いていないでおくれ……!!
「あぁ、それはな彼の強さもそうだが、彼の意思に特に自分は惹かれるものがあったな。
仲間のために、自ら身体を張ってまでも、不平等を訴える姿勢。クレヴは凄いとは思わないのか?」
シリアが俺の父について、結構なプッシュをしてくるのだけれども……それが勘違いだと知っている身としては、頷くことはできなかった。
まず、父が言っていたこと。
あれは、ほとんどの理由がでっち上げである。
手紙に書かれていた内容ではあるが、父は無我夢中で理由を捻出し、どうにか兵士の賃金を上げて貰おうと画策したのだ。
理由は兵士の仲間のため……なんかではなく、母のためであった。
その頃は確か、母が病気になってしまった頃で、その病気を治すためだけであったと思う。
たぶん、自分だけ賃金を上げろ、といっても体裁が悪いので、仲間のため、と言ったのではないか、と予想出来る。
そしてもう一つ。
シリアは先ほど暗に、父の自己犠牲の精神を説いたが、そんなもん、本人は一切考えていないだろう。
あれは単なる、馬鹿なだけである。
そもそも王様に対して、タメ口だという時点でおかしいと思わなくてはならないだろう。
そう、ヤツは自分の身分など、一切考えていない。
もはや、相手が貧乏だろうが金持ちだろうが、まして偉い人だろうが強い人だろうが関係なく、父は人と接する。
まっすぐな性格、と言えば聞こえがいいかもしれないが、人に気を使わないところもあるため、結構ハタ迷惑だと思うのだが。
それに、だ。
シリアたちは父の戦闘のインパクトによって飛び去っているのかもしれないが、父は城に不法侵入した危険人物でもあるのだが。
こんな戦力を保持した化け物を野放しにしておくなど、ここの王は何を考えているのだろうか。
「荒っぽい人は、苦手なもので」
「確かに見た目も言動もそう取られるかもしれないがな、彼は他の冒険者なんかとは違って、威張った態度を取ったり、街の人に絡んだりしない、立派な精神を持った戦士なんだぞ!?
騎士を目指す身としては、彼に憧れの一つや二つは持つだろう?」
……シリアに何を言われようとも、俺の意見は変わりそうにもない。
身内だからこそ、知っている。
威張った態度を取らないのは、その分、俺とかに威張るため。
父は知った人間にしか褒めてもらいたくないらしく、他の人のことはどうでもいいと考えているのだ。
街の人に絡まないのは、絡む前に威圧感で人が避けていくからで、むしろ絡めないだけだ。
そして何より、俺が父のことを尊敬出来ないのは……母を愛しすぎているからだろうか。
ご存知の通り、俺の母は愛情を厳しさと勘違いしているというお人である。
父は、そんな母の愛を真っ向面から受け止めたいと思っている変態なのである。
前に俺が母に厳しくされているところを父が見て、
「羨ましい……」
と呟いたこともあるほどだ。
もはや他人にどれだけの父の偉業を聞かされようとも、俺にはハイスペックな変態、だとしか思えないのだ。
果たして、この世に変態を尊敬出来る人間がどれだけいるだろうか?
少なくとも、俺にはとてもできそうにない。
もはや正直に父の本性をシリアにぶちまけてやりたいが、ここまで盲心的に思われているとなると、聞く耳を持ちはしないだろう。
「まぁ……凄い人だとは、思ってるよ」
「そうかそうか。クレヴはそんな凄い人に似ているんだ、もっと誇らしく思った方がいいぞ!」
「……というより、俺に関わってきた理由って、シルヴァって人に似ている面があったからか?」
「それだけだが、どうした?」
「はぁ……」
まさかそれだけの理由で絡んでくるとは……思いつきもしなかった。
シルヴァのことを知るために、それに似ている面があるとされる俺に近付き、それを知ろうとしたってことかい。
「何落ち込んでいるんだ? いいか、クレヴ。
優れた人と似た性質を持っているということは、クレヴも優れた可能性を持ち合わせているかもしれない、ってことになるんだぞ?」
「……もういい、もういいです」
首を振って、シリアの言葉を途中で遮る。
「そうか……?」
喋るのが物足りなさそうな顔をする彼女だったが、俺が黙りこむと、渋々ながらこの話題については、話すことを止めてくれた。
その日の夜、俺は心に大きな傷と、そして大きなプレッシャーを背負う羽目となり、その原因である父に恨みを覚えたのだった。




