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護衛の依頼が、ようやくスタート、なのはいいですが、
展開がのんびりとしそうです……。
【クレヴ】
馬小屋、とはいったものの、ここは車庫の役割を兼ね備えた、ある程度広いところだ。
さて、依頼主との待ち合わせは、馬車の前、と聞かされた。
その馬車もこれまた、前に見かけた十字の描かれたやつだった。
ただ前とは違って、車体の方には目立つ傷がいくつも出来ていて、何かがあったんだと見て取れた。
「今回、依頼を受けてくれる人は、これで全員ですか?」
やんわりとした男の声が聞こえた方に意識を向ける。
すると、馬車の傍に教会の者と思わしき男女が数名いるのが確認出来た。
その中には、やはり名前すら知らないのに、不思議と気になってしまった、あの美しい女性もいる。
しばしの間、見惚れていると目が合ってしまい、恥ずかしさのあまり、さっと顔を逸らしてしまう。
こんなことをしてしまうのは、思春期の弊害だろうか。
「見たところ全員歳が20もいっていないし、4人で来るとは、君たち仕事を舐めていないかい?」
さっそく神父の一人から、小言が飛んでくる。
まるっきり正論なので、言い返すことが出来ないのだけど――
「見た目だけで判断するのは愚かだと習わなかったのか?」
そこにシリアが口を出す。まぁ、お偉いさんだし、仕事も同年代にしては働いている方だから、仕事についてある程度は知ってはいるのかもしれない。
「なぁ、この服って……」
「あぁ、もしかすると魔法学校の生徒さんが2人もいるのか!?」
ある神父がようやくリアナたちの格好に気がついたのか、疑うような態度から急変する。
ネームバリューがあるっていうのは心強い。口では説得出来ないようなことでも、見ただけで判断してくれるしな。
「そういえばこっちの少年も、良く見てみれば騎士見習いではないか!」
「じゃあ、残った1人も、相応な実力があるのでは?」
……短時間で、意見を変えすぎだと思う。リアクションもオーバー過ぎて、敢えてやっているとしか思えないんだが。
……露骨な程に首を上下に運動させ、赤くなった顔を誤魔化そうとする姿を見ると、どちらとも言えなくなる。
つーか、シリアの正体に気付かないとか、この人たちはどれだけ鈍いのだろうか?
いや、こんなところに王族が来ると考えた方がおかしいな。
「うむ、分かればいいんだ、分かれば」
納得した顔で頷くシリアだけど、さっきのも全部見た目で判断されたんだけど……?
まぁ、気にしても無意味な事か。
「おっほん、先ほどは失礼したが、早速この護衛の依頼をしてもらいたいと思う」
「具体的には、どうするんです?」
先ほどまで黙っていたルシルが、ようやく口を開く。
表情を見るに、乗り気では無さそうではあるが、依頼についてはちゃんとやる気らしい。
「あぁ、それは基本的に移動は馬車、緊急時には君達に何とかして貰いたいのだが……」
「前回に何かあったと」
そういえば、前に彼らの護衛をしていた人達はどうなったのだろう?
「前回?」
「あぁ、少し前にこの馬車がソムディアに向けて出発したんだけど、何かあったっぽいな」
シリアが不思議そうな顔から納得した表情に変わったところで、神父の彼に話を続けさせる。
「そこの君が言っていたように、ソムディアに行く途中で盗賊に襲われてな。
我々と荷物は、何とか護衛達が守ってくれたのだが、その護衛たちが負傷してしまってな」
「それで仕方なくここに戻ってきたということですか」
先ほど彼が歯に何か挟まったかのような言い方をしたのが、ここで繋がってくるのか。
「盗賊は我々の馬車に体当たりを仕掛けて奇襲し、体勢が整わない内にやられたものですから……」
「本来なら、馬車で行きたいところではあるが、盗賊にまた襲われてしまうかもしれない、と」
ふむふむと頷きながら、シリアが独り言を漏らす。
「それでは歩きしかないないのではありません?」
「時間はかかるが、それしかないか……」
ルシルの提案により、俺たち護衛は歩きとなり、護衛対象の神父たちは、歩く速さで馬車を進めてもらうことに。
その分、時間が多くかかることになったものの、食糧の面については余計な程に確保しているらしい。
が、念の為に一応確認しておく。
現地調達なんて真似が出来るほど、逞しくないから、こうした確認というのは、大事なものだ。
あったはず、というのでは、心許無いし、何より自分の目で見る方が確信が持てるしな。
とりあえず、今回は護衛の依頼ってことだけど、最優先事項は自分の命である。
最悪、神父たちを見捨てても生き延びるつもりではあるのだ。
……いざということもありそうなので、手荷物の中に少し食糧を忍ばせておく。
手荷物は、両手を使えるように、腰につけるタイプのポーチの中に収納させてある。
背中には盾を背負っているために、リュックなどは無理だなぁ、と思っていたところで、副団長に相談したところ、おさがりとして貰ったものが、このポーチだ。
つーか、気付いたら、俺の持ち物って貰い物ばかりかもしれない。
服や靴は支給品で、盾は父からの中古処分、ポーチは副団長からのご好意で譲ってもらい、食糧は今し方こっそり盗んだものである。
その他入っているのは、先ほど買った書物が無理やり押し込められている程度。
後はベルトにナイフが五本あるだけか。
ある程度の用意をしてきた俺に対し、同行する彼女達だが全員手ぶらである。
少なくとも、手に何か持っている様子も無く、収納し持ち運び出来る鞄らしき物も見当たらない。
強いて持ち物として上げるならば、シリアが例の鈍器を腰に下げているところか。
彼女には不釣り合いに見える武器なのに、誰からもツッコミが得られないというのは、如何ほどなものだろう。
まぁ、そんなこと言えば、俺の盾なんかも同じなんじゃないか、とは思うけど。
そういえば、俺も直接盾について何か言われたことは無い気がする。
皆、他人の格好を気にし無さ過ぎなのではなかろうか。
「どうした? 自分のことをジロジロと。まさか、おかしなところがあるのか!? あるなら、早く指摘してくれ!」
俺の視線に気付いたシリアが、急に慌て始める。
おかしなところは、あるんだけどなぁ。
どうやらあの鈍器を愛用しているっぽいし、どうにも指摘し辛い。
「強いて言うなら、シリア様がここにいることかな」
「なら、問題ないじゃないか。ふぅ、心配して損したぞ」
やはり通じないし、言わなくて正解だったかもしれない。
「ん……?」
安心したシリアはさておき、神父は馬が外にいるのを取りに行って、静かになったのだが……どうも静か過ぎる。
……そうだ、リアナだ。ヤツが先ほどから静か過ぎる。
嵐の前の静けさ、なんて言葉がよく当てはまる彼女のことだ。
誰か――特に俺――に迷惑かけなきゃいいんだけど。
そう思って、周りを見渡し、亜麻色の髪を探す。
すると彼女はなんだか神父たちが乗る予定の馬車をじっと見つめているようである。
それも上下左右と色々な角度から見ているようで、馬車の周りをぐるぐるとしていた。
「何してんだよ? その馬車に何か珍しいものでもあったか?」
「いや、何でも」
飄々とした態度で答えるリアナではあったが、俺にはどうも彼女が何かを感じ取っていたように思える。
もしかすると、この馬車にモンスター避けか何かがされていて、それが気になっているのかもしれない。
リアナの行動を止めるのも、何だか面倒だったので、彼女のことは暫く見守る程度にしておいた。
そして少しして、神父たちが外で餌をやっていた馬を連れて来たところで、彼女の行為は強制的に打ち止めとなる。
彼女は散々穴があきそうなぐらい見ていた割に、彼らが来るとすんなりと、馬車から離れていく。
そうして、今度は馬車に乗り込んでいく神父、シスターたちの顔を見ていた。
釣られて俺も見てみるけれど、特におかしなところも見当たらず、全員が乗り込んだところで、出発となった。
「今日は道具の点検とやらはいいんですか?」
「あぁ、出発は二度目って話だし、やるだけ無駄だな」
門のところは、今日の担当が雑な人だからか、すんなりとルイゼンハルトから外に出ることが出来た。
さて、ここからはひたすらに歩く作業が待っている。
ルイゼンハルトからソムディアまで、街道があるにはある。
が、ここに金をかけるより、街の中に金をかけた方が有意義だと考えたのか、街道といっても道が平らにならされているだけである。
どうせ何日間もかかるのだから、街道に宿なんかを建てればいいのに、とか考えてしまう。
2つの街での物のやり取りを、そこが仲介してやれば楽になりそうだと思うんだけど。
ただ、そう考える俺とは違い、彼らは馬車の中に生活スペースを作り出す方を選んだらしい。
そしてその馬車は今では主流となり、主に商人や貴族に売れているんだとか。
商人は、移動出来る自分の家として。
貴族は優雅に街と街とを移動するために、ということらしい。
「そーなんだー」
「クレヴから聞いておいて、なんだその態度は!」
ただ歩いているのも退屈なので、シリアからそんな話を聞かされながら足を動かす。
一応、俺たち護衛は4人しかいないということで、俺とシリアが前、ルシルとリアナが後ろと、馬車を挟んで前2人、後ろ2人のように別れたのだ。
一応この布陣は、前衛と後衛に分けた結果で、前から来た敵を俺とシリアで抑え、後ろから主力である2人が一気に殲滅、という考えらしいんだけど。
そもそも、仮にも姫様を前衛に配置して良いものなんだろうか?
後、横からは完全に無防備ではないのか?
そうした意見も彼女らにぶつけたのだけれども、それをどうやら俺が文句しか言わないと判断したのか、この依頼での発言力を強制的になくされてしまった。
ようするに、俺が何を言おうともスルーである。
んで、口も挟めぬままに決まったのだけど、俺は何が起きても、知らないフリをすることを決心したのである。
まぁ、ただ拗ねただけともいうんだけど。
そんな決心をしたはいいけれども、何事もなく、辺りが暗くなり始めたところで、足を止める。
どうやら無理して進まずに、少しずつ向かうらしい。
「今日はここで野宿か」
今いるところは、道を木々が挟むようにして並んでおり、もう少し進めば、木の密集具合ももっと増えるようだ。
「野宿かぁ、自分は初めてだから、少し楽しみだ」
「家にいるより不便だから、楽しくはないと思うぞ?」
「むっ!」
俺の言葉がシリアの機嫌を損ねてしまったが、実際楽しいものじゃない。
俺たちは気楽にキャンプに来たわけでなく、護衛の依頼をしに来たのだ。
常に護衛対象に気を配らないといけないし、夜も寝ずの番をすることになるだろう。
まぁ、こうして落ち込んでいても、護衛は終わらないので、野宿の準備を始める。
まずは枝や落ち葉集め。詠唱魔法で簡単に火をつけられるまではいいが、維持するのに魔力を使い続けるのもアホらしいとのこと。
一晩を明かすくらいだから、多めに拾っておく。
再び馬車の方に戻ると、馬車が道からそれた場所に止められていることに気付く。
ああしておくのは、他の馬車が通ることを考慮するかららしい。
だが、ここに来るまでに馬車どころか人ともすれ違いにならなかったのだが。
そのことを馬車の中にいた神父に告げると、
「これはルールみたいなものだから、守らなくてはいけないだろう?」
と、いう真面目な発言を頂きました。
奴らは馬車の中だからいいけど、俺たち護衛は下手すると外で寝る羽目になるかもしれないと思えば仕方ないか、と考え直す。
馬車から開けたスペースへと戻り、お次は火をルシルに火を起こしてもらう。
頼むなら、リアナでも良かったのだが、山火事という単語が頭に浮かび上がったので、やめておく。
火は動物避けにもなるし、調理の準備にも必要になるのだ。
んで、その調理だが、あちらの依頼主たちに料理の出来る人がいたため、ご相伴に預かることなった。
今日は、野菜のスープとパンに、干し肉。
「意外に質素なんですね?」
「それは私たちは聖職者ですからね、豪勢な食事なんてしたら罰が当たりますよ」
近くに座ったシスターさんが答えてくれる。
この人は他の人たちみたいに中で食べるより、外で食べた方がいいらしく、俺たちと一緒に食べていたりした。
テーブルのある馬車の中の方が便利では、と聞いたところ、
「外での開放感がいいんですよ」
と、両腕を上げて背筋をそらした。
「自分もそうだ!」
それを聞いたシリアがシスターさんに突っかかり、話し相手を奪われてしまう。
じゃあ、ということで残り2人の方を見てみれば、リアナがルシルをからかっているところであった。
邪魔しちゃ悪いので、1人で黙々と寂しい食事を進めたのだった。
「夜は長いなー」
辺りは完全に闇に包まれ、天空に光る星が照らす程度しかない明るさの中。
俺とシリアは寝ずの番をすることになっていた。
俺は男で体力があるから、ということで強制的に決められ、シリアは自分から願い出たので、こうなった。
なぜ2人なのか、というと、片方が眠そうにしたら起こしてあげるためらしい。
最近徹夜なんてしていないから、キツいかもしれない。
「凄いな、これは!」
そんな気分がブルーな俺とは正反対に、シリアは空を見上げ、目を輝かせている。
ルイゼンハルトでは夜でも明かりが多くあるために、ここまでの星空は見たことないのかもしれない。
俺はというと、田舎だし大した感動はなかったりする。
せいぜい星の位置で方角が知れた時に感動したくらいだ。
「まるで、宝石箱をひっくり返したみたいだ」
「その宝石箱を見たことのない人間の前で言うとは……さては自慢か?」
「クレヴは、この星空を見て、何も思うことがないのか?」
「見飽きてるからな」
「なら宝石に見飽きている自分とおあいこだな」
さり気なくまた自慢みたいのを言われた気がするが、本人としてはその自覚がないから、厄介である。
「おっと……」
火の勢いが弱まっていたので、枝を掴んでその中に放る。
パチパチと火花が弾ける音に、再び静寂が戻る。
こうした、静かな雰囲気だからだろうか。
無理に会話を続ける必要もなく、落ち着いていられるのは。
そういえば、気がつけばシリアと2人きりになっているんだっけか。
彼女の顔は今も上に向けられていて、火の光で橙色に染まっており、それは彼女の肌の白さを表しているみたいだ。
こうして近くで見てみると、彼女の顔は凄く整っているのがわかる。
普段からも、美人だとは思っていたが、近くだとそれがより明確だった。
……いいムードかもしれない。
彼女に惚れていたならば、それをほのめかす言葉を稚拙ながら、いくつか投げかけていたかもしれない。
そんな、男の本能よりも。今の俺には気になることが、話すべきことがある。
「なぁ、シリア様」
「様はいらないって、いつも言ってるじゃないか」
そんな彼女の文句をいつものように無視して、俺は質問を投げかける。
「なんで、俺に関わろうとするんだ?」
「そんなこと聞いてどうするんだ?」
「質問を質問で返すなよ。ただ俺は単純に気になっただけだ」
――彼女が絡んできたのは、二回目の訪問からだった。
何故だか知らないけれど、組み手の相手に俺を選んだのである。
その時周りは騒然とし、騎士たちはこぞって俺の駄目なところを述べた。
だがシリアは、
「相手を変えるつもりはない」、と耳を傾けようとはしなかったのだ。
「謹んで遠慮させていただきます」
「は……?」
と丁寧にお断りしたのだけれども、後日またシリアが絡んでくるようになった。
きっかけは、多分あの鎧女と戦ったことが関係してくるだろう。
……姫様直々のご指名で、なかなか名誉だということは分かってはいたのだが。
その時、というより今でも乗り気にはなれなかった。
周りだ。
この雰囲気で戦えと言われても、俺に刺さってくる視線が凄くて、萎縮してしまいそうだ。
特に強烈だったのは、あの鎧女。
確実に戦った時よりも数倍の殺気は放っていたと思う。
そう思って断ったのに、視線が更に強くなった。
後で知ったことだが、王族の言うことに逆らえる人というのは、相当地位が高いか、側近レベルの信頼がある人らしいという。
では、俺みたいな奴が断ったら、どう思われるか。
至極失礼な奴というレッテルが貼り付けられるわけだ。
「貴様、もう一度前に出なさい」
そして、鎧女に再戦を挑まれ、今度は完全にボコボコにされた。
それはもう容赦なく剣を振るい、槍を叩き落としたと思ったら、「早く拾いなさい」、と命令し、また拾ったと思うと叩き落とされた。
それでやる気をなくし、握る力を弱めれば、周りから威圧的な視線と、鎧女からの、柄の一撃が振るわれた。
前に相対していた時には、相当手加減されていたのか、こちらからの攻撃は全く当たらない。
為す術もなく、俺の身体が動かなくなるまで、その組み手は続いたのだ。
それで気絶すれば、また食堂の床に転がされると思いきや、その時は身体をロープで縛られ、逆さに吊されていたのだ。
しかもその日はみんなに放置され、次の日の朝に副団長が助けてくれなかったら、どうなっていたか。
……こんなことになるなら、もう彼女らに関わり合いになりたくない、そう思っていたのに。
また次の機会も、シリアは絡んできた。
その時に敬語は止めてくれ、と言われたので、それに従い敬語を止めて。
様、も付けなくていいと言われ、一度呼び捨てしてみたところ、またあの鎧女に、問答無用とボコボコにされ、身体が身動き出来なくされた後、馬で地面に引きずり回されたのである。
この時、俺の身体の頑丈さに感謝し、そして簡単に気絶出来なかった身体に恨みを覚えて。
そして、敬語を止めたのは良くて、様をつけないことに怒るなんて理不尽だと、そう思った。
説明が長くなったが、ここまでずっとシリアは俺に関わり続けてきたのだ。
最初は、鎧女に目を付けられたから、と思っていたのだが。
目を付けられたのは初回を除き、シリアが関わってきた方が先だったのである
わからない。
ここまで絡まれてきたが、シリアが俺の何に興味を持ったのか。
強さ、でいえば副団長が一番強いと思うし、顔も副団長が一番格好いい。
不可解なのだ。
一時期、俺にあの鎧女をふっかけることに快感を覚える、特殊な性癖では、と疑ったが、シリアは結構真面目な奴で、そう考えているとは思えなかった。
何度も理由を考えたが、どれも自分を納得させるものはなかった。
その答えを聞くなら、今がベストだと、そう判断を下して今に至る。
「それは――」
シリアがこの夜の静けさを壊さないように、ゆっくりと語り出した。




