5
カミラが発した一声で、人垣が割れ、訓練所の中央にスペースが出来上がる。
別に訓練を途中で止めなくともいい、とカミラは思ったのだが、今はそれよりも長髪の少年の事に頭が捉われていた。
普段から口が酸っぱくなるほど、真面目にやれと言っていたのに。
この長髪の彼は、全くといっていいほど、この訓練に集中を欠いていた。
あまつさえ、彼女の護衛対象であるシリアの方をチラチラと頻繁に窺ってのだ。
彼ら騎士というのは、戦うことを主とした仕事だ。
戦うことを繰り返していれば、何度も命を危険に晒す事もあるだろう。しかし、その時に逃げることは許されない。
逃げてしまえば、彼らのプライドとしてもそうだが、何より彼らの守るものに危険が及んでしまう。
まさに命懸け。
油断すれば、命を落とす可能性は高まるものだ。
普段の訓練から実践のような緊張感を持ち、本気で挑めない奴に、騎士の仕事は勤まらない。
何度も、何度もカミラは叱ってきたはずなのに。
彼は、死にたいのか?
そう問いたくなってしまう。
そうして、皆の前に出したというのに、彼は周りを気にしていた。確かに見せ物にされるというのは、あまり気分の良いものではない。
が、呼び出したカミラの事を彼が一瞥もしなかった事が気に食わなかった。
不服な顔をしているが、それは彼が真面目にやらないからだというのに。
まだ分からないのだろうか。
多分、彼には見習いとはいえ、騎士としての自覚が足りないのだ。
――ならば、私自ら彼と戦って思い知らせるしかあるまい。
カミラは一層彼を睨み付ける目に力を入れた。
「ルールは、先ほどと同じでいいですね?」
「やらない、っていうのは無しですかね……」
情けない態度を取るクレヴに、カミラの額に青筋が立った。
「何ですか、男のくせに女の私が怖いんですか?」
カミラは今すぐにでもクレヴを叩き切りたい欲求に駆られたが、彼女を見つめる視線の中にはシリアがいる。
あまり無様な事は出来まいと溜飲を下げ、カミラは挑発めいた言葉を発した。
「怖くはないですけど、剣を交えたくも無いです」
だが、クレヴの態度は変わらない。及び腰のまま、困惑の感情を顔に貼り付けていた。
「やっぱり怖がってんじゃねぇのかー?」
「情けねぇな、オイ!」
カミラ達を囲む騎士達から野次が飛んでくるにも拘わらず、彼の顔色に変化は見られなかった。
殺気だったカミラを恐れている訳では無い。ただただ、カミラと剣を交わすのを嫌がっているだけであった。
自分とは実力差がかけ離れている相手と戦って、無様な姿を晒したく無いからか。
意気地無しめ、とカミラは心の内で舌を打つが、今更気分が乗らないからといって諦める素振りを見せなかった。
「そうですか、あなたは戦う前に負けを認めているんですか。自分は弱いと、そう言いたいんですか」
クレヴが口を挟もうとするが、カミラは強気に彼が口を開いたと同時に遮る形で言葉を続けた。
「何も言えませんか。そうですね、弱いあなたではそうやって、ただグチグチと喋るだけしか出来ませんよね」
決めつけるような口調で、挑発を続ける。
「あんな弱く醜いスライムですら、私に挑んでくるというのに。愚鈍で、まさに負けるために生まれてきたような存在に、あなたは劣っている――」
『そう思われたくなかったら私と戦い、結果を見せてみなさい』、と続く言葉を紡ぐ前に、長髪の彼が物凄いプレッシャーを放ち始めた。
それはとても静かに、心に沈み込んでくるかのように重い。
先ほどまで、なよなよとしていた彼とは同じ人物に思えないほどに、顔つきが鋭くなっていた。
「おやおやぁ? 黙っちゃってビビってんのかァ?」
そんな彼の変化に気がついていないのか、周りから野次が続く。鼻につく声だったが、カミラはそれらの雑音に耳を傾ける余裕が無くなっていた。
何故なら久々に鳥肌が立つような人物と相対したのだから。とはいえ、その相手が見習いだというのは、カミラにとって少し意外だった。
とにかく、そのように、人に対して"何か"を感じさせる雰囲気を持った人物は、大体優れたものを持ち合わせているものだ。
それが戦闘に関係するものだったり、そうで無かったりする事はあるが、それは人よりも"強み"があることに他ならない。
果たしてそれは、強者の可能性か。
「(……いや、それはない。だったら、あんな太った男に負けるはずがないのだから。
だとすれば、どういうことだ? 最初、彼には何も凄みなどを何も感じなかった。
隠し持っていた、と言われればそれまでだ。だが、それとは少し違うようにも思える。
考えつくとすれば、身近にいた強者に影響されたのか……?
それが何らかのトリガー、つまり怒りなどによって発現したとでもいうのか……?)」
「まだ始まらないのかよー!」
耳に入った野次のせいで、カミラの思考が途切れてしまう。
だが、彼女にとってはちょうど良かったのだろう。このまま長考していても答えが出るとは限らない。
それに考えなくとも、戦えばすぐに分かる事だ。
「そろそろ、始めましょうか」
「ああ」
緊張した面持ちでカミラが切り出すとクレヴは静かに頷き返した。
それを確認したカミラは目を丸くすると、意味も無く瞬きを数回繰り返す。
ガラリと雰囲気が変わったので、てっきりクレヴは頭に血が上っていると考えていたからだ。
「私はこの腰に下げた剣を使わせてもらいます。あなたはどうしますか?」
「槍で」
クレヴは固く握り締めていた手を緩め、折れてしまった槍を手放す。
そして、他の見習いに用意してもらった新しい槍を握ると、私に向かって構えを取る。
見た目だけなら、隙だらけ。これでは狙って下さいと言っているようなものだと、カミラの目に映った。
クレヴには槍の心得がないのだろう。本気でないとはいえ、先程の戦闘で彼の技量は判明している。
槍がいくらリーチが剣より長いとはいえ、上手く扱えなければ、意味がない。
とにかく当初の目的通りに、戦闘の緊張感を味わってもらうとしよう。そう考えたカミラは中段に剣を構えた。
「それでは――始めっ!」
副団長のかけ声と共に、クレヴが一直線にカミラの元へと迫った。突進する勢いそのままにクレヴが突きを繰り出す。
狙いは足元。正面から打ち合う気はさらさら無いらしい。
カミラはカウンターを考えるも、彼女の予想以上にクレヴの動きは素早かった。
咄嗟の判断でカミラは僅かに後ろに飛び退くと、短く息を吐き出しクレヴを見据える。
攻撃した直後に出来た隙を狙おうとしたのだ。
「うらぁっっ!!」
だが、クレヴの攻撃の手は続く。標的がいなくなり、空を斬った槍は勢いが弱まる事無く、そのまま地面へと突き刺さる。
明らかな悪手。そうカミラは判断したものの、直ちにそれが過ちだと訂正する羽目となった。
突き立てられた槍は引き戻される事は無く、クレヴによって更なる力が込められる。
が、穂先に突き抜くのでは無く、上方向に土を抉る形で。
「(攻撃が外れ、すぐさま目潰しに切り替えてきたのか……!)」
紙一重で躱したのが仇になり、カミラの顔面に土が付着した。
「くうっ……」
煩わしいさを顔に表し、カミラは左手で土を払うとすぐに迎撃の態勢を整えたが、またもや遅かった。
「ぜやぁあああ!」
間髪入れず、カミラの側面に回りこんだクレヴが掛け声と共に槍を横薙ぎに振るう。
速い、がカミラに防げなくも無い一撃だった。
残った片手でカミラは剣を操り、槍の柄とぶつけ合う。それは何の捻りも無い、ただの力任せに振るっただけ。
素人では隙を作るだけのフェイントを混ぜる事無く、カミラの隙を作り出し、渾身の一撃を叩き込んだ。
それは見事だ、と内心苛立ちを感じながらもカミラはクレヴを褒める。 が、カミラの想像通り、クレヴには根本的な技術が足りていなかった。皆無、と言っても良い。
隙を狙ったものの、カミラに受け止められてしまったのだ。後は力押しするか、一旦引くしか無い。
しかし、どちらを取ってもクレヴにとっては詰みだった。
力で押せば上手く流され、カミラの反撃を無防備の状態で受けてしまうだろう。
同様に引けば、虎視眈眈と攻撃の機会を窺っていたカミラが逃す筈も無い。
――まずは一撃。
僅かに口角をつり上げたカミラであったが、次の瞬間、彼女の顔は驚愕の色に染まった。
「なっ!?」
何故ならば、狙い澄ましていた相手の姿が剣を打ちつけていた場所からいなくなっていたからである。
その場に残されたのは、持ち主から手放された槍。剣とぶつかり合い、ほんの一瞬にも満たず拮抗は崩れ、弾き飛ばされる。
が、その行方をカミラは追わなかった。彼女が目を皿のようにして探すのは、クレヴ。
彼の姿は槍のすぐ傍で見つかった。
素手になった彼は身体を沈み込ませ、溜められた膝のバネを一気に解放し、全身から突っ込むようにして拳をカミラへと叩き込もうとしていた。
何とも騎士らしく無い戦闘スタイル。意表を突かれてばかりで心の余裕を失ったカミラの頭から『手加減』という言葉が吹き飛び。
彼女の最速で以て繰り出された剣戟が、クレヴの顔面に吸い込まれるようにして直撃した。
【クレヴ】
賑やかな声がうるさいなぁ、と思ったところで、目が覚めた。
「いだっ……」
顔面に激痛が走ってきたところで、ぼんやりとしていた視界が開ける。
ランプからのオレンジの暖かそうな光に包まれた食堂。
その床に、俺は寝かされていたようだった。
ランプがついているってことは、もう夜になってしまったのか……。
「目覚めたか、ガキ」
「はい?」
ふと誰かが渋い声をかけてくる。
痛みの走る顔を手で押さえつつ、声のした方に振り向いてみると、スーツを着たおっさんが、俺の横に立っているのが見えた。
「にしても、こんなところでよく寝ていられるな。若いってのはいいもんだぜ」
……見た目に反して、なんともファンキーな喋りをする人だ。
あの口の悪い鎧女といい、アクの強い連中だな。
そういえば、顔が痛いのも、その彼女のせいだったっけ。
まぁ、我ながら安い挑発に乗ってしまったのも悪いのかもしれないが。
でもやっぱり、スライムを馬鹿にされるのは許せなかった。
我慢出来なかったのは、多分午前中からのストレスが知らず知らずのうちに溜まっていたのかも知れない。
にしてもあれだ。人相手にあれだけ無謀な勝負をしたのも久しぶりだ。
勝っても負けても痛いのは変わらないから、戦いたくないんだけど。
最悪あのまま顔から剣に突っ込んでいたし、死んでもおかしくはなかったのだ。
今更ながらではあるが、当たる寸前に剣を刃のない方向へ向けてくれた彼女に感謝である。
「半強制的に寝かされたんですよ、あなたのお仲間に」
「そうかい。ま、あのじゃじゃ馬だし、仕方ないと思って諦めた方が楽だぜ?」
カラカラと自分には責任がないようにして笑うおっさん。
こうして見れば、別に怖がる要素は見当たらないし、あの時のことはやはり錯覚だったのだろう。
なんて恥ずかしい。
「新入りー、起きたなら俺たちの靴でも磨けー!」
「そうだそうだー」
痛い勘違いをして悶えていたところに、食事をしていた騎士たちから、陽気そうな声が飛んでくる。
酒でも回っているのだろう、外が明るい時より機嫌が良さそうに思えてくる。
「ガキ、呼ばれてるぜ?」
「わかってますよ」
渋々立ち上がり、一歩目を踏み出したところで、
「うがっ」
足の下に肉の感触が。
視線を下げてみれば、そこにはダバルが床に転がっているではないか。
踏んでも怒ってこない辺り、気でも失っているのだろう。
「ぶはははは、倒れてた奴が倒れている奴を踏んづけてやがるぜ!」
何がおかしいのか、わからないのだが、おっさんの笑い声につられ、周りも笑い出す。
どういうことだ、と彼の方に顔を向けると、
「このガキも、周りが面白がって、あのじゃじゃ馬に挑戦させたんだぜ。強面で気が強そう割に、瞬殺だぜ、瞬殺!」
ダバルも、被害者だったのか……。
なんだか、仲間意識がさらに芽生えそうになる。
がしかし、こいつが寝ているということは……靴磨きは俺一人でやらさせるのか。
「はぁ……」
落ち込む気持ちを抑える気力もなく、溜め息をつきながら食堂の入り口の方へ。
そこには、騎士たちの泥にまみれた銀色の光沢が存在していた靴が投げ捨てられており、これを磨くらしい。
騎士たちの足元を見てみれば、これらと同じようなものを履いている。
まぁ貴族だし、スペアくらいはあるか。
文句を言っても、仕事が減るわけでもないので、早速作業に取りかかる。
どうせ地面が凸凹になっているから、外の整備もある程度やらされるだろうし、倉庫にしまってある武器なんかもやらされるかもしれないから、早めに終わらせるのが吉だ。
せっせと身体を動かしながら、ふと思う。
そういえば、あの彼女ら二人の姿がここには見えないのに、どうしてスーツの彼がいるのだろう、と。
訓練所には、訓練が終わってしまったのだから、いる必要はないし、帰ってしまった、というところが妥当だろう。
もしかして、彼は床に転がされた俺とダバルの面倒をみるために残ったんだとしたら……。
嫌だなぁ。凄く嫌だ。
類は友を呼ぶ、っていうし、彼も変人っぽいのは否定できないしなぁ。
与えられた仕事を終えた後、宿舎にダバルを引きずって帰り、すぐに布団を頭まで被っておっさんの同性愛疑惑に身体を震えながら寝た。
ルイゼンハルトに来てから、早くもひと月が過ぎた。
慣れない訓練にも大分対応出来るようになり、最近では彼らよりも早起きするくらいの余裕も生まれた。
んで、そんな朝早くに何をするのか、といえば――
「ふむ、なかなかの触り心地だ」
ぷるぷると手に伝わってくる感触。
柔らかく、触っても弾力があるからか、すぐに形が戻ろうとする。
また指に力を込めれば、それは自分の思い通りに形を歪めていく。
「ほーれ、ほれほれ」
――って、字面的には何だかエロチックになってはいるが、実際にはスライムを触っているだけである。
……モテない男が寂しさに走り、感触を楽しんでいる、というわけではなく、これも訓練の一貫なのである。
といっても、俺の、ではなく、スライムたちの、ではあるが。
今は新入りであるヤツらに、流動性のある身体の特徴を理解させようとしているところだ。
スライムは、見た目から想像出来る通り、あまり知能が高くない。
ましてや、自分たちの身体の優位性までも理解していないこともある。 だからこうやって俺が弄くり回して、身体の動かし方を覚えさせているというわけだ。
いくら知能が低いからといっても、動きを繰り返させれば、覚えるもので、初期から訓練している奴らなら俺の指示なしに、自分で考えて、うまくかわすことが出来るようになっている。
まぁ、ここら辺を最低ラインに、いずれは攻撃を受け流すことが出来るようになると嬉しい。
「まだ飽きずに、そんなことを繰り返してるんだね」
うねうねとスライムの身体を動かしていると、いつものようにリアナが空中から訓練所に侵入してきた。
「訪問に関していうならお前さんもだよな」
「君が寂しそうにしているから来てあげてるんじゃないか」
平然とリアナはそう言うが、実際にはそちらがしびれを切らして会いに来たと記憶している。
――あれはそう、ルイゼンハルトに来て何日か過ぎた頃だ。
ふと訓練で武器の素振りをしている時に思ったのだ。
『あれ?俺ってここにいる意味があるのか?』、と。
ここにいる皆さんに技量で劣り、ナイーヴな気持ちになって気がついたのだ。
強くなるなら、別にここでなくてもいい。
俺はここに留まっていたいとは思ってないし、強引に連れてこられたのだ。
そして、その連れてきた張本人は今、魔法学校で忙しく、あれから一度も顔をあわせてない。
つまりは、逃げるチャンスではないのか?
思い立ったら即行動というわけで、その日の夜に荷物を持って夜逃げしようと思ったのだが――運命は悪戯にも、その時俺とリアナを出会わせたのだ。
そして夜の空中遊泳にばったりと出くわして以降、俺に逃げられることを警戒し、早朝と夜に会う約束を取り付けられてしまったのだ。
別に俺は会いたいとは思ってないのだが、彼女は律儀にも毎日のようにここへと訪れるから、多分推測は間違ってはいないだろう。
まぁ少しの間ではあるが、母と共に彼女のことを家族のように接していたから寂しくなったのかもしれない。
「はい、今日もお土産持ってきたよ」
……そして今日も、やっぱり彼女からの贈り物を押し付けられるのだ。
「いらないっていつも言ってんだろ……」
「せっかく用意したのに、人の好意を無駄にしないでくれよ」
「絶対好意ではないだろ。むしろ悪意で満ちてるだろ!」
だって土産というのは――モンスターなのだから。
俺の言葉を軽く無視して、彼女は口笛を吹く。
すると空から一体のモンスターが降ってくる。
巨大な四足歩行の獣のくせに、背中に大きな羽が生えているという、ハイスペックな生き物で、そいつは今、鋭い爪が目立つ両前足に何かを掴んでいるように見える。
多分それが今日の土産というヤツなのだろう。
そのまま地面に墜落しそうな速度で下りてきたと思うと、地面スレスレで羽を躍動させ、勢いを殺す。
そのせいで巻き起こる風に、いつもスライムたちが吹っ飛ばされそうになるのだから、いい迷惑である。
しかしまぁ、俺のスライムたちに比べて、なんとも画になる登場だろう。
四本の足で立っているというのに、俺の身長より縦に長く、横幅もヤツの背中に跨げないぐらいに広い。
そして顔の割に大きな口、そしてそこから飛び出している牙がよく目立っている。
なんでも、そいつはどういう身体の構造をしているのかわからないが、なんと口から火炎弾を吐けるらしい。
つまり、ヤツの体内にはそれに耐える頑強な肉体を持っていることになる。
つまり、噛みつかれた瞬間に至近距離からの火炎弾、というロマンの溢れた攻撃が出来るのだ。
これだけで格好良いのに、尻尾までもまた、イカしているのだ。
なんと先端部分がトゲのように鋭く、ヘタな槍なんかよりも硬度があるのだという。
それに見たことがないモンスターので、多分B級以上の脅威はあるに違いない。
「ごくろう。帰っていいよ」
リアナは軽く獣の身体を撫でると、ソイツは土産を置いて、再び浮上。
そして一瞬のうちにその姿が見えなくなってしまうのだから、驚きだ。
前に聞いたところによると、ヤツはどうやらリアナのパシリらしく、必要なものは運搬してもらうのだとか。
見た目的にも、相当強そうな割に、リアナには絶対服従らしく、一度愛玩動物のように扱われた姿を見た時には、呆気にとられたこともある。
ならば、ということでヤツの背中に乗って空を飛びたいと言ってみたところで、あの速度だ。
いくら身体が頑丈とはいえ、首が飛ぶ前に酸欠になりそうなので、断念はしたが。
この一件で、リアナの魔王の側近説が確証に近づいたんだっけか……。
「おーい、遠い目をしてないで、今日も始めようか」
楽しそうにニヤニヤと笑うリアナ。
他人事だからっていい気になりやがって。
だが、ここで逃げ出そうとしても、風系統の魔法で足止めされるのは実証済みなので、泣く泣くモンスターと相対する。
土産の見た感じでは、サイという生き物に近いかもしれない。
ヤツの特徴である、発達した大きな鼻はまるで角のように見える。
足の大きさは、あのリアナのパシリよりも大きく、身体には不釣り合いなくらいだ。
名前は確か、ドスサイノ。
C級のモンスターで、確かヤツの魔法は『振動』というものだったはずだ。
身体が重いせいか、動きが鈍い。
が、歩くたびに足元から『振動』が起きているようだ。
余波、とでもいうのだろうか。実際に踏まれなくとも、その圧力が周りに伝播するのだ。
無闇に近づくのは危険かもしれない。
でも近づかなけば、攻撃が出来ない。
詠唱魔法が使えたら、なんていう無いものねだりをしていても、仕方がない。
俺のやれることを、やるだけだ。
まずは、新入りのスライムたちに戻喚魔法を使って、退避させる。
最近では"三つ目"のおかげか、遠距離でも可能となった。
召喚の逆のプロセスを行えばいいので、理屈がわかれば、なんとかなるものらしい。
お次は、スライムを5体召喚。
"一つ目"、"二つ目"、"三つ目"を併用させたもので、通常よりもタイムラグが少なくて住むといった便利なものだ。
ただし、魔力の面で言えば、消費が激しいかもしれない。
とはいえ、今はそこまで召喚を繰り返すことはないから、問題はない。
慣れというものは恐ろしいもので、あれほど集中が必要であった、この魔法が今では片手間、とまではいかないが、大分楽に出来るようになっていた。
無意識に魔力を掌に集めるイメージを積み重ねていたのが、功を奏したらしい。
ただ、その代わりにその時間を費やした素振りの方はあまり上達していないのだが。
「さて、今日もこれの特訓だ」
腰のベルトの方に差していたナイフを五本取り出し、スライムたちに持たせる。
持つ、といっても手があるわけではないから、身体でナイフの柄を包み込んでいるだけではあるが。
――グルタウロスと戦ったあの日から、俺はスライムたちの火力不足について考えていた。
あの柔らかいスライムの身体では、どうしても強い威力の攻撃が出せない。
なら、どうするか。まぁ俺は単純に、武器を使わせてみることにしたのだ。
人だって、攻撃する際には固い部位である拳を使いやすい。
つまりは、固いものほど、威力が出やすいのだ。
と、簡単に思いついたのはいいけれど、実際にやってみると、結果はボロボロだった。
まず第一に、スライムに武器を使わせたことがなかったので、一から教える羽目となった。
そこはまぁ、身体を動かすのが巧みなヤツを五体選出し、今も集中して覚えさせてはいる。
そして第二の問題点としては、武器を持たせたことで、持ち前のスピードが生かせなくなったことだ。
正直にいって、スライムたちは攻撃力こそないが、スピードでいえば、鍛えたおかげか、かなり速い。
普通に俺が移動するよりも断然速く、もし持ち運び出来る力があれば、スライムライダー、なんてことも考えていたに違いない。
だがそんなことは夢物語で、実際にはナイフ一本でスピードが落ちてしまった。
これでは圧倒的な速さで相手を撹乱するという手が打てなくなってしまった。
妥協案として、撹乱要員と攻撃要員に分けることとなったが、まだナイフを持ってでのコンビネーションには不安があるので、試せていなかったりする。
さて、こんな状態で挑もうとしているのだが、大丈夫なのだろうか。
前にリアナのパシリが持ってきたB級のモンスターの時には、倒すことなんて到底不可能で、『訓練所内に突如モンスターが出現』、と事件沙汰になったものだ。
その時には、騎士、見習い共に、合計100人ほどの被害を出し、鎮圧に成功。
たまたま城にいた宮廷魔導師たちが来てくれたおかげで、なんとかなったものの、あれはまさに悪夢だった。
幸い、狭い空間での戦闘を苦手とするモンスターだったとはいえ、下手をすれば、死者が出るかもしれなかったのだ。
とはいえ、あの時の騎士たちの連携を見て、腐っても騎士なんだなぁ、とは思った。
って、またも思考が明後日の方向に飛んでいた。
油断して勝てる相手でもないのに、どうしてだろう。
やはり、相手の動きがノロノロとしているからだろうか。
あまり怖くないように思える。
スライムたちに、ヤツの後ろに回り込むよう指示を出す。
囮の役目は、もちろん俺がする。
さりげなく足元の地面に隠してあったデカい盾を取り出し、身体の前に構える。
まずは受け止められる攻撃か、見極めてみる。
リアナのお土産でのデータからすると、俺はD級までなら受け流すこともせずに、攻撃を盾で受けることが出来ることが判明した。
大きな足だから、かなり衝撃がきそうだが、どうだろうか。
揺れる地面に、足を強く踏ん張り、攻撃に備える。
相手の初撃が――今、盾と衝突した。
「……!?」
声が出せないほどに、衝撃が身体に走る。
盾で受けているのに、凄い威力だ。
っても、単純な力、というわけでもなく、やはり『振動』も関係してくるのかもしれない。
盾で直接的に防いでいたとしても、『振動』によってそれが伝わってくる、そんなところだろう。
でも、この攻撃を受け止めたのは、無駄じゃない。
ジリジリと盾にかかる重量が増してきているところから、ヤツは俺にかかりっきりになっているのだから。
「今だ、やっちまえ!」
その隙に、ヤツの背後からスライムたちが攻撃を仕掛ける。
ナイフとはいえ振るうには、まだ技量が足りないからか、ナイフの刃を向けての突進。
「――――ッッ!!」
ヤツの、声にならない悲痛な鳴き声が上がる。
ざまぁみやがれ。スライムだと侮って、こちらしか見ていないからだ。
痛みに悶えて、足を振り回すのに、巻き込まれないうちに、一旦距離を取る。
ヤツが背中を見せた時、ナイフが深々と突き刺さっているのが見えた。
突進の勢いを用いれば、そこそこの威力は出る。
……あれじゃあ、スライムたちではナイフを回収出来ないかもなぁ。
役目を終えたスライムたちに感謝の念を込めて、戻喚魔法をかける。
実践に勝る練習はない、とは誰が言った言葉なのだろう。
少し癪ではあるが、リアナの土産のおかげで、大分スライムたちの動きがスムーズになってきているのだ。
普通に訓練しているだけでは身につかない、身体の動かし方や、浮かんでくる問題点。
リアナは俺で楽しんでいるだけなのに、役に立っているのだから、余計に腹が立つのだ。
「よしっ、今度は俺だけで挑戦か」
身体よりも大きな盾を持ち直し、気合いを入れる。
基本は、ヒット&アウェイで、的確に弱点――ナイフが刺さって怪我をしているところを狙う。
後もう一つ試したいこともあるが、余裕があったら狙ってみることにしよう。
距離を取ったところで、タイミングを計り、再びヤツに接近。
気をつけるべきは、身体に不釣り合いな大きな四肢と、立派な鼻。
相手の攻撃には、基本的には避ける。最悪、受け止めてもいいが、すぐに離脱するようにしよう。
――そう真剣に考えを巡らしているにも関わらず、俺は"それ"に気づけなかった。
愚鈍な動きで、接近戦でしか戦えない相手だと、そう決めつけていた。
何の確証もなく、そう思ってしまった。
だから、ヤツが大口を開けても全く持って警戒しておらずに、そのまま突っ込んでしまう。
だが俺はヤツに近づいていたにも関わらず、次の瞬間には――その距離が開いてしまっていた。
何が起きてしまったのだろうか?
ヤツは高速で、後ろにでも下がれるというのか……?
「うっぷ……」
急に気持ちが悪くなり、喉から酸味のある液体が上ってきて、一旦思考が途切れてしまう。
「がっ……!?」
吐き気の次は、身体に強い衝撃。
地面に、倒れてしまったようだ。
次々と色々なことが押し迫ってくるので、頭が追いつかない。
だが、このまま寝ていることも出来ない。
ヤツが、来る。
強引に身体を動かし、フラフラながら、何とか立たせる。
すると、ヤツは足を止め、もう一度口を開いた。
「うえぇ……」
おぼつかない足取りで、その場から離れる。
すると、さっきまでいたところの地面が、ぶれて見えた。
まさか『振動』か?
声を攻撃に用いたとでもいうのだろうか。
空気を『振動』させて、その震えを俺にぶつけて頭を揺さぶった、そんな感じか。
全く、狡いヤツめ。
元々低い勝率が、さらに低くなってしまったではないか。
こうなれば、試したいことを、やってしまえ。
意地を張っても仕方ないが、この『振動』には腹が立ったしな。
足に力を込めて、震えを強引に止め、再びヤツの元へと走り出す。
当然ヤツも、俺に向かって声を放つが、仕組みがわかってしまえば、こっちのもの。
ジグザグに走って、狙いをそらし、三度目の接近。
近づかれたせいか、相手の攻撃が声から、足へとシフトする。
「っ……!」
そこに俺は、あえて受け止めてみせる。
受ける場所は、ちょうど盾の下側に、盾を持ち上げるようにして。
ヤツの重量と共に、また『振動』が身体へと伝達。
だが今度の『振動』は先ほどよりも、弱く感じる。
成功だ。
ヤツの顔を見て、思わず笑みを零す。
――目を回して、少し驚いた顔をしているのだから。
してやったりだ。
まさか顔に盾を当てられて、『振動』が自分に来るとは思うまい。
ヤツの足取りがフラつき出してくる。
そう、俺も味わった感覚で、酔ってしまったのだろう。
相手がフラついている隙に、背後に回ってナイフを回収。
その際に、周りの肉をえぐり出すようにして、出血を促しておく。
そして、上へと跳び上がり、俺の全体重を乗せた盾の一振りを、ヤツの頭へと叩き込んだ。
追記
カミラ視点での、クレヴに対して、『強者の可能性』とか『怒りがトリガーうんぬん』について。
……別にクレヴは覚醒したり、変身したりしません。
怒る→目の前の相手に集中する→集中するのは、大体父親と相対する時→父親の気迫に負けないように尋常じゃないくらいに気を張る
という感じで、ただの勘違いでした。
幼い時から、強制的に父親を見てきた感じなので、影響も受けまくりですね。




