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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
ルイゼンハルト
30/136

4

【クレヴ】

「集合、さっさと集まれっ!!」


 さっきのだらけた空気はどこへやら。

 食堂で昼食を済ませて早々に、ぐうたらとしていた騎士達が背筋を伸ばし、俺たち訓練生に整列しろ、と(おっしゃ)られていた。

 まさか、お偉いさんが抜き打ちで見に来たとか?

 とにかく有無も言わせぬ雰囲気で、俺達訓練生は列を作らされる。

 先頭は、訓練生の中で一番ここにいる時期が長い奴。良く言えばベテラン。悪く言えば、騎士になかなかなれない落ちこぼれといった人だ。

 まぁ、一番後ろの下っ端風情が何を言っているんだ、ということはあるんだけど。

 それで、騎士達は俺たちが並び終わった後、その訓練生の列の前に整列した。

 練度が高いからかどうなのかは知らないが、彼らの列は人と人との空いている間隔が均等で訓練生のよりも大分綺麗に見える。

 

 整列が完了してから(しばら)くして。

 訓練所の入り口の方で、何やら物音が聞こえる。どうやら、誰かが入ってきたみたいだ。

 本当に、お偉い方がご訪問にきたのか?

 まぁ、考えられなくはない。一応、国を代表する騎士団だしな。城からの使者が来て、依頼を伝えるパターンなんてものが考えられるし。

 というよりも、来て早々に忙しいなぁ、ここは。

 さっきの騎士たちの緩み具合を見て分かったが、訪問の頻度はそんなに多くないと思う。

 多ければだらけている暇なんてありはしないのだから。 

 騎士たちが入ってきた方へと、片膝を地面につけて頭を下げる。どうやら俺たち訓練生も同じようにやるようで、俺も見よう見まねで頭を下げる。


 この訓練所に緊張した空気が流れる。

 ピリピリとした感じ。別に嫌というわけじゃない。いい緊張感だと、俺は思う。

 さっきまで、締まりが無さ過ぎたのだ。

 ……といっても、責任者なんかの立場からすると、胃がキリキリと痛みそうには思えるけど。

 そう考えると下っ端は気楽で良いかもしれない。


 小気味のいい足音がだんだんと大きくなっていく。リズム良く踏み出しているところから、厳格なイメージが思い浮かぶ。

 頭を下げたままなのでその顔を窺えないが、堂々とした歩き方から自信が満ち溢れているように見える。

 にしても、その足というのが、男にしては随分と細いような……?


 そして、その後ろに、あと二人ほど続き、


「!?」


 思わず声にならない悲鳴を上げてしまった。

 幸い、他の人たちはあの訪問者に目が釘付けになっていたからか、俺の様子には、誰も目を向けていないようである。

 ふぅ、見つかったら変な奴だと思われそうだし、助かった。


 さて、俺は驚いてしまったわけだが、これら――いや"それ"は、先ほどとは比べほどにもない、存在感だったので、当然と言えば当然なのだ。

 一人は自ら殺気を放っているようだが、問題はもう一人の方。

 その人は、別段大したことはしていない。


 だが、分かる。

 何が分かるか、と言われても、具体的には言えないが、とにかく分かるとしか言えない。

 化け物みたいな父を長年見続けてきたからかもしれないが、大物って奴は普通の人とは雰囲気が違うのだ。先ほど先頭を歩いていた人もそうだが、この人は根本から何かが違う。

 強い。それも、かなり強い。ここにいる騎士たちなんかよりも、ずっとずっと強い。

 そんなもん、見て分かるものじゃないと、俺だって思う。こんな十数年生きた若輩者なら余計に分かるはずがないと、そう思う。

 だが、そう思わせてしまう"何か"を、感じたのは確かだった。

 

 ……いやいや、思春期特有の勘違いだって。――そう思う俺もいた。

 確かに見ただけ、しかも足元だけなのに、人の強さなど理解出来るはずもない。

 じゃあ俺が感じたものはなんだ? 手で触れたわけでも無い。その人が戦った姿を見たわけでも無い。

 その人の強さを証明できるような情報を、俺は知らない。

 

 俺は、『自分は特別な存在だ、だから分かる』と言っているような、傍から見ていて"痛い奴"だったのか?

 それは嫌だなぁ、と奇妙な感覚に戸惑ってしまう。

 色々考えた末に、俺の頭の中では、『身体を動かし過ぎて、頭がおかしくなっている』といった結論に落ち着いた。

 たぶん、大物が来るかもしれないっていう先入観にもとらわれてしまったのかもしれない。

 

(おもて)を上げてくれ」


 威勢のある女の声がしてから、一斉に皆して顔を上げる。

 顔を上げると、3人の訪問者が俺たちと向き合って立っているのが見えた。

 左の人物は、若い女の人。たぶん20代ぐらいで、茶髪のショートカット。服装はたぶんあの時――魔法学校の寮で見た護衛の人と同じ装備をしているように思える。

 騎士たちのプレートアーマーとは違い、彼女の鎧は胴体と肩の辺りまでしかなく、腕は剥き出し状態となっており、幾分か軽そうに見える。

 腰の辺りには剣を帯刀しており、どうやらそれが彼女の得物のようだ。

 後は特に特徴的なものはなく、下はスカートではなく、俺たちと同じように動きやすいズボンを履いており、靴もくるぶしまであるブーツ。

 あちらの騎士たちほど、目立つような格好では無いっぽいが、まぁ一目で戦士としては判断出来るくらい、といったところか。

 先ほど言っていた、殺気を放っていた、というのがこの彼女であり、顔を見たところ、そこまで怖い顔をしているわけでも無さそうだ。

 飛びぬけて美人、というほどではないが、顔は整っており、また化粧気がなく、貴族区で見た女性よりも地味な印象を受ける。

 今もまぁ、さっき程では無いにせよ、まだ殺気を放っており、ちょっと近寄りがたい人物だなぁ、と思ってしまう。


 次に、一人挟んで右側の人物。見た目、50代の肩幅の広いおじさんだった。

 とはいえ、ここの訓練所にいる人たちに比べれば、細い方かもしれないが、普通に筋肉はある方だと思う。むしろ、この歳では多い方なのではないか。

 格好は、ここに来るには似合わないであろう、スーツ姿。

 そのスーツが少しパツンパツンになっていているが、たぶん筋肉が押し上げているせいだからだろう。

 髪は茶髪だが、歳のせいか白髪交じりになっていて、額の方も広く思える。整えられた眉は太く、その下にある目は少し細い。

 この人がそう、さっき感じた強烈な存在感――と勘違いした人である。

 身体は一切揺れることなく、直立不動を保ち、視線は全体を俯瞰(ふかん)しているように見える。

 視界が広い人なのか、キョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせる動作もなく、ただ見つめている。

 別に俺に視線を向けているわけでもないのに、俺の一挙一動に目を見張っているような錯覚を覚えた。

 なんか、下手に近付くと心の奥底まで覗かれそうな感じである。


 そして最後に、その中央に立つ人物はというと。

 この中で一番地位が高そうな少女で、魔法学校の寮で俺のことをじぃーっと見てきた子と同じ髪と瞳の色をしており、こちらは髪をポニーテールにしていた。

 顔付きは、寮で見た子は垂れ目でおっとりとしていそうな感じを受けたが、こちらの彼女は切れ長の目をしているからか、見た目だとクールっぽく感じる。

 服装は、隣にいる女性と同じものを着こんでおり、たださっきの女性と彼女の違うところと言えば、彼女の腕には銀色の籠手が、足にも同じように脛当てが、そして腰周りにも彼女の身を守る物があったところか。

 

 ……そして、一番目を引くところは、腰にぶら下げてある鈍器だ。

 鈍器。

 書物を読んでいる俺としては、山賊か何かが扱う武器としか、想像できないようなもの。

 それを、だ。

 あんな腕の細い少女が扱うだって? 冗談だろ、と思ってしまう。

 女性に比べると男は、筋肉がつきやすい、身体が大きい、といったこともあるため、普通は男の方が向いているのである。

 先ほど述べたように、鈍器というのはイメージがついているように、賊が使ってくることが多いのだ。

 刃渡りの短いナイフなどが主ではあるのだが、鎧に身を包んだ人と相対した場合には、刃が通らなかったりするために、打撃系の武器が有効だったりするため、使われることがあるのだが……。

 お偉いさん方で、そんな武器を使っている人が、果たしているのだろうか?

 目の前にはいるにはいるのだが……今までの場合はどうだろう。見た目的にもあまり美しくない鈍器を、貴族が扱うのだろうか?

 剣の方がどちらかと言えば見栄えがいいので、リーチのある槍なんかよりも使われる、とは聞いたことがあるが、鈍器は如何(いかが)なものか。

 一旦、見た目の方を置いておくとして、だ。実用性についても考えてみよう。

 鈍器は主に殴りつける、投げつける、といった攻撃方法しか、俺には思いつかない。

 突くにしては、叩くといった目的からか、握るところから先端に向かって、鈍器は膨らんでいるように出来ているために向いてはいない筈である。

 受け流すにしても、表面がゴツゴツとしているために、向いているとは言えない。

 切る、なんて行為はもってのほかだ。

 一応ウェイトがあるといっても、鎚のような大きさやウェイトがあるわけでもない。

 持ち運びにも、体積が大きいために不便。

 剣よりも横幅を取るため、空気抵抗のためか、速度が出にくい――などなど。

 

 俺に思い浮かぶメリットとしては、他の武器に比べて丈夫、といったところだろうか。

 使いたいか、と問われれば、あまり使いたいと思わない部類かもしれない。

 

 まぁ、俺が何を言いたいかといいますと――彼女はあの時の少女と同じく、変人なのかもしれない、ということだ。

 見た目的にもそうだが、やはりあの不思議な発言をしていた少女と外見が似てなくはないし、変人というのは他の人とは違った行動を取るというのである。

 この際のことで言えば、この少女は他の人が使わない武器である鈍器を使用したといったところか。

 うーむ、変人とストレートに思うのは失礼だから、彼女は目立ちたがり屋なんだ、と可愛らしい印象を抱くべきか。


「本日も、自分が訓練に参加させてもらうことになった。よろしく頼む」


 真ん中の少女の、凛とした声。

 大して声量が大きくも無いのだが、よく通る声だ。

 

 ……ってこの人、参加するのかよ。あんな細い腕と足で大丈夫なのだろうか?

 というよりも、そもそも――この人誰?

 皆この人が通り過ぎる時に頭を下げていたから、たぶん偉い人だ。それも、ここにいる貴族たちよりも、だ。

 歳も見た目的にも、10代半ばぐらいにしか見えないのに、周りの人には敬語を使っていない。

 うーむ、この歳で王様の近衛兵になった天才とか、あるいは若く見えるが、実はベテランの騎士だったり……?

 考えは深まるばかりだ。

 つーか、新人に説明もなしって、どういうことだよ、って言いたい。


 と、考えている間にも、どんどん事が進んでいく。

 午後のメニューは、いよいよ1対1の対戦方式。

 安全に考慮して木製の武器を使う、なんてことはないらしい。

 なんでも、実物に慣れておかなければ、いざという時に使えないからだそうだ。


 ルールは、相手の武器を叩き落とせば、勝ち。

 それだけ。


 ……なんとアバウトな、とは思うが、実際の戦いというのは命懸けで行う分、いくらかマシな配慮らしい。

 誤って怪我をさせる、またはさせられることも当然あるそうだが、そういう時は周りの人がある程度は止めてくれるそうだ。

 相手が貴族なら……話は別になるらしいが。


 さて、こんな危なげな訓練に、あの偉いお嬢さんが参加することになったのだが……。


「俺とやりませんか?」


「いや、俺を相手にした方が!」


 と、男共から大人気な様子。

 この訓練所には女性がいないので、むさ苦しい男と戦うよりもずっといいし、何より彼女は地位が高い。

 格好の良いところを見せて、気に入られようとした魂胆が丸見えである。

 サボり気味だった騎士達も、気合いの満ちた表情で彼女の元に寄ってたかっている。

 そんな騎士達を彼女のお付きの二人が止めようとしているのだが、その光景は、異様だった。

 あの二人、鎧に身を包んだ女性と、スーツを着た男性は、ただ仁王立ちしているだけだった。

 にも(かか)わらず、騎士達は近付けないでいるようだった。

 威圧感、とでもいうべきか。

 近付けば、只では済まないような空気を醸し出しているのである。


 そんな威圧感を感じているにも(かか)わらず、まだ彼女にアプローチを続ける騎士達もいた。

 果たして、それだけ彼女との接点を得るのに価値があるのか。


「それでは……そこの人にお相手してもらおうかな」


 そうして彼女に選ばれたのは、やはり騎士の内の一人。

 平民出身で、短足の人、ぐらいしか、見た感じでは分からなかった。


 競争率の高い相手選びが終わった途端、すぐに散り散りになっていく。どうやらお付きの二人は参加しないっぽい。

 周りの様子を見た感じだと、大体体格が同じくらいの人と組むようだ。

 勿論、実力的に騎士は騎士同士、訓練生は訓練生の中で組んでいる。

 んで、俺の対戦相手はというと……。


「全くツイてないぜ、こーんな弱っちい奴の相手かよ」


 今回も例に漏れず、貴族の騎士様による嫌がらせなのか、横幅だけで俺の2倍はあるかというくらいの騎士。

 実力的にも、普通は同じ訓練生、ってのが妥当なんだけど。

 まぁ、スパルタ教育だと受け取っておきますかね。

 

 体型の方は先ほど見させてもらった通り、騎士の彼は俺よりも身体が大きい。身体の大きさというのは、一つのストロングポイントだ。

 大きい分、重量もそれに比例する。力強さ、というのもやはり背が大きい方があったりするものなのだ。

 後は大きい分、手足のリーチも長くなる。

 やっぱり背が小さい、というのは不利なもので、あのお嬢さんも自分の身長よりも大分高いであろう男を相手にするというのは、やはり無謀だと思うのだ。

 まして俺みたいに強制的に相手が決まるわけでもなく、自分で選んだ結果である。

 彼女には、それ相応の技量があるとでもいうのだろうか?

 だとしても、やはり俺には無茶だとしか思えない。

 彼女の実力がどの程度なのか、全く把握していないとしても、体格差は歴然。

 俺の父親も、剣の技量が常識外れにずば抜けている、ということもあるが、やはり一番買われているのは、体格。

 その体格差をひっくり返すというのは、難しいことだと思うのだが。


 んで、その体格差をひっくり返すのに、普通に思いつくのは、やはりスピードか。

 速い動きで敵をかく乱し、ヒット&アウェイを繰り返す。そんなところが定石だろうか。

――が、彼女は何を考えているのか、手に握っているのは、あの腰にぶら下げていた鈍器である。

 どうやら、ぶら下げて持っている、という訳でも無いから、あれを維持する程度の筋力はあると見える。

 しかし、振るスピードはどうなんだろう? 刃渡りが短い剣の方が素早い動きにはもってこいだと思うのだが。


「新人、よそ見とは余裕だねぇ!」


 あちらに気を取られていると、どうやら相手の人が不機嫌になってしまった模様。

 失礼な態度を取ってしまった可能性があるので、一応頭を下げておく。

 ふむ、俺も一応対戦相手の確認くらいはしておくか。

 

 先ほど体格の方に目がいったが、それは筋肉、というわけでは無さそうだった。

 身体全身は鎧で覆われているために判別が出来なかったものの、顔には何も装備していなかったため、そこで判別出来たのである。

 まず、首。

 相当な脂が肥えてしまっているためか、脂肪の段が幾重もそこにつくりだされており、そこから視線を上に向けても、やはり顔に余計な肉がついているのが見える。

 頬の辺りは食べ物でも含んでいるかのように膨れ、大きな豚っ鼻が潰されて窮屈そうに見える。

 周りについた肉のせいで埋もれているのと、瞼の重さで細められている目なんかを見て、彼は肥満体型なんだろうということが予想出来る。

 見た感じ動け無さそうに思えるのだが、先ほどのランニングや素振りなんかの様子を(うかが)った感じだと、騎士達は鎧を着てもある程度は動けるようだった。

 剣の扱いも上手いし、果たして俺なんかで勝てるのであろうか。太っているからと、侮っていてはまず勝てないだろう。

 

 そんな彼が使う武器は、やはり使い慣れているのか剣だ。まぁ、大抵の人は剣を使うので当然と言えば当然だ。

 さて、そんな彼に対して俺はというと、やはり槍しかあるまい。リーチの差を使わない手は無いしな。

 相手を間合いに入れさせなきゃ、ある程度は勝負になるだろう。

 手に馴染む程、槍を使ってきたわけでは無いから、果たしてどこまで善処出来るか。

 最初は、負けてもいい。

 最終的に、強くなるのなら。

 まずは当たって砕けろだ。


「それでは、始めっ!」


 副団長の掛け声で、訓練が開始された。


「んっ!!」


 まずは先手必勝というわけで、突きを繰り出す。

 回転を加えての、攻撃。が、手先に集中し過ぎていたからか、少しへっぴり腰みたいな状態になってしまう。


「遅ぇよ!!」


 突きはあっさりと相手の剣にいなされてしまう。

 左半身に隙が生まれたのだが、生憎相手は俺を舐めているからか、反撃を仕掛けてこない。

 完全に、遊んでいやがる。

 といっても、ズブの素人と相手しているんじゃ、片手間でも充分なのかもしれない。

 そう考えると、何だか無性に悔しくなってくる。

 せめて、一矢報いたい。

 相手を睨むようにして観察するが、どうやら油断している割には隙の少ない構えである。

 身体の側面をこちらに向けて、出来るだけ攻撃出来る範囲を狭め、片手で中段の構えをしている、とでもいうのだろうか。

 素早く動けないことを自分自身で把握しているからか、待ちの姿勢を崩そうとはしない。

 たぶん、カウンターか、それとも俺の体勢が崩れたところで仕掛けてくるのか。

 

 こういう時はどうすればいいのか。

 無闇矢鱈に突進なんかすれば返り討ち。痛い目に会うことが容易に想像出来る。

 リーチの差をいかして、距離を取りながら戦うのがベストなんだろうけれど……。

 

 一旦彼から視線を外し、周りに目を向けてみる。

 まずは上手い人の動きを真似るところから始めよう。槍を使っている人の動きを参考にして、自分の物にしてしまえばいい。

 が、それに気を取られていると、相手に接近を許すことになるので、慎重に盗み見るように。


「せやぁっ!!!」


 やはり、この男だらけの空間だからか、あのお嬢さんの姿が目立つ。

 気合の入った高い声が、俺の耳に入ってくる。

 チラリとそちらを窺ってみれば、なんと彼女があの騎士に善戦しているではないか。

 まずは彼女の動き。

 直線的ではあるが、速い。瞬きをしている間に、あの騎士のところまで詰め寄り、鈍器を一振り。

 あの細い腕でどうやって、と疑いたくなるほどの速さで振られたそれは、防ごうとした相手の剣と激突。

 甲高い音を鳴らし、相手をやや()け反らせてみせる。

 たぶん、重量のある攻撃であるし、体重移動が絶妙に上手いのだろう。男の力に、対抗している。

 体重の乗った攻撃を放ち、そのまま相手への懐へと急接近する。

 彼女の攻撃をまともに受け止めた騎士の腕を痺れさせたのだろう。男の対応が少し遅れた。

 そこに彼女が素早く、そしてコンパクトに腕を畳むと、鈍器の柄の部分を男の腹へと炸裂させる。

 流石に鎧を着込んでいるから、あまり攻撃は通じてはいないのだろうけれど、その勢いを利用して、彼女は後ろに跳んでいた。

 相手が力任せに抱え込もうとしていることも、先読みしていたみたいである。


「――らぁっ!!」


 荒い声のせいで、目の前の光景――あの肥満体型の人が、こちらに剣を振りかぶっているところ――に引き戻される。

 完全に、槍の優位である間合いが、縮まっている。

 突くには、一旦槍を引かなければ、突けないから、無理。


 薙ぎ払うか? いや、それでも、時間が足りない。

 身体は自然と、槍を頭上に構えていた。


「っ……!!」


 あの、デカブツ(グルタウロス)に比べれば、はるかに軽い攻撃だ。

 だが、この槍の耐久性に、不安が出てくる。

――剣と接している部分から……ヒビが生まれ、広がり始めていた。

 

 目の前のデブ騎士め、寸止めなんて微塵も考えていないな。

 どうする? このまま力を入れれば、槍は折れてしまい、剣が頭から振り下ろされてしまう。

 逆に力を抜けば、槍が弾きとばされ、剣が俺へと迫る。

 あれ……? これ、どっちにしても助からないんじゃ……?


――いや、もっとよく考えろ。


 受け止める、受け止めないだけの選択しかないわけじゃないだろう。

 受け流す? 駄目だ、俺の身体のある位置が悪い。

 槍の位置をヒビの入っていないところにズラすか?

 いや、それならいっそのこと――。


 槍を少しずつ横へとズラしていく。

 が、古いものだから、思っていた以上に、槍は(もろ)かった。

 手に握った槍から、嫌な音が聞こえてくる。

 ベキベキという音を立てて、折れる――その前に……!!


 上半身を動かさずに、一歩前へと踏み出し、自ら体勢を崩す――つまり、わざと転んだというわけだ。

 視界がゆっくりと空を映し出していく。

 そして、距離を開けずに、迫ってくる刃。このままでは、結果は変わらない。

 だから、もうひと頑張り。


「ぜりゃぁあああああああああああああああっっ!!!」


 上半身が下になったせいで、浮き上がった右足を思いっきり振り上げる。

 狙うは、彼の二の腕だ。

 相手にダメージを与えることは一切考えない。ただ、そこに当てることだけ、集中する。


 彼は、この体勢から俺への反撃が来ると予想していなかったのだろう。

 蹴りが、狙い通りに、ヒット。

 彼の腕へ走る衝撃で剣先の方向がブレて、間一髪。頭一個分、左へと剣の着地点を逸らすことに、成功した。


「ふぅ……」


 本当に、死ぬかと思った。にしても、あれだ。

 今の動きは、少し人間離れした動きだったかもしれない。人間やろうと思えば、出来るもんだ。

 でも明日には無理したから、筋肉痛にでもなっていそうだけど。


「あれま、当たらなかった。良かったな、新入り」


 頭上からデブさんが残念そうな声をかけてくる。

 だが、今の俺には命の大切さを実感していたせいか、特に彼に苛立ちを感じることはなかった。

 まぁ、怒ったところで彼が耳を貸すことは無さそうだしな。

 

 無理な体勢から蹴りを入れたから、受け身が取れずに少し背中が痛いように思える。

 (さす)ろうにも届かないので、仕方なくゆっくりと立ち上がる。


「ふざけているんですか……?」


 それは、別段大きな声でもないのに、すんなりと耳に届いたものだった。

 金属の擦れた音が、近づくにつれて、次第に威圧感が増してくるようにも思える。

 そうして、音を鳴らした主は、俺の近くで足を止めると……やはり殺気をぶつけてきました。


「これは、あなたが本気でやった結果ですか?」


 これ、というのは、太っちょの彼と俺が戦ったことを指しているようだ。


「まぁ、一応」


 そう答えると、ショートヘアの彼女は、怒りに満ちた表情で、


「もう一度だけ聞きます。あなたは本気でやったんですか?」


 と、とても肌がピリピリするような声を発してくる。


 この人は、どうやら相当に怖い人物らしく、隣で馬鹿にするように見ていた彼も、今では彼女のご立腹な状態に怯えているみたいであった。

 彼だって真面目な態度でやっていなかったというのに……どうやら彼女の怒りの矛先は俺にだけ向けられている様子。

 理不尽に思えるが、無駄口を叩けば余計に顰蹙(ひんしゅく)を買う可能性がある。


余所見(よそみ)してました……」


 彼女の殺気に萎縮しそうになるも、必死で声を絞り出す。

 今は、正直に答えていた方がいい、そう判断するしかあるまい。

 彼女が冷静になったところで、太っちょの彼を巻き添えに出来ないものか、と考えていたところで、


「はい、そうでしたね。ですから今度は――」


 俺の口から言葉を発するよりも早く、


「――私、カミラ・リーベックがお相手をさせていただきます」


 そう提案を、強引に押し付けられた。

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