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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
アスタール
25/136

21

 俺は小さい頃から、父に鍛えられていた。

 それも俺が望んでいようがいまいが、お構い無しに、である。

 そんな小さな頃から努力を積んできたわけだが、すべての努力が実を結ぶ訳では無いことを、この時俺は知ることになる。

 俺の場合は、剣技だった。


 俺の父は、恵まれ過ぎたといっても過言ではない体格と、剣の才能があった。

 もはや異端といってもいいくらいに、強い。

 人相手には、負ける姿が想像出来ず、気合だけで詠唱魔法を切り伏せたこともあったくらいだ。

 喧嘩でもしようものなら、父が右腕一本のみでも負ける自信がある。

 素手ですら、老練の格闘家を軽く打倒くらいなのだから、剣の方はまさしく化け物レベルであったに違いない。


 そんな父の血を継ぐ俺だ。期待されないはずが無かった。


――が、体格は筋肉がつきやすい以外は特に他の子とは変わらない。それに、剣の才能がまるで存在しなかったのである。

 数年、毎日のように剣を振ってきて、その実力はようやっと初心者以下。

 剣を握らせれば、最弱とまで言われたレベルであった。


 そして、剣士育成所で行われた剣術の大会で、俺がボロ負けしてから、父は俺に剣術を教えることは無くなったのだが。


 かといって、父は俺を鍛えることは止めなかったのである。

 剣が出来ないならば、せめて何かを。剣術を教えるほど熱心では無かったけれども、俺は父にビシバシと鍛えられた。

 鍛える、と言っても単純に身体を鍛えるというだけでなく、父と組み手をやらされた。

 あの自分の体格を何回りも超え、分厚い筋肉の塊である男と、である。

 当然、腕でガードしようものなら、力負けして身体が吹っ飛ばされ、ガードした腕がイカれてしまう。

 かといって、ノーガードで(かわ)せるかといえば、そういうわけもなく。

 空気抵抗など物ともせず、あの太ましい筋肉がすべて躍動しているんじゃないか、というくらいに速いスピードで拳を振るうので、拳が迫ってきたと思った時には、既に俺の胴体へと到達し、その衝撃で肋骨が数本折られ、昇天しかけたことは何度もあった。


 そんな父を相手するのだ。もはや、まともな受け止めるなんて自殺行為に近い。

 (かわ)すにしても、大きく横に飛び退ける予備動作をする余裕は無く、かといって紙一重で(かわ)せる程、父の攻撃は甘くは無かった。

 

 何度も、何度も死にかけた、そんな尊い経験と父の指導により、俺はある技術を身に付けた。


 それは、攻撃を受け流すということ。

 攻撃の勢いを止めずに、別の方向に逸らしてしまう。簡単にいえば、そういうことだった。別に大層なものではない。

 が、その時の俺は必至で身に付けようとしたのだ。

 どんな状態でも、腕だけでなく足でも受け流せるように、特訓した覚えもある。

 

 そして今。その経験を生かすことが出来たのだ。

 現在は盾ではあるが、もちろんこれも練習した。

 最近でも、スライム達の訓練をしている時にイメージトレーニングをしていたり、していなかったりしている。

 抜かりは無い。

 

 結果、やっぱり、長年積み重ねてきたものは、身体に染み込んでいるものだ。

 剣で実を結ばなかった分、こちらで開花したってのが、驚きものだが。


「クレヴ……!?」


 俺が急に現れたものだから、ルシルが驚いたまま、口が塞がらないようだった。

 こういうのを、アホ面というのだろう。

 ……顔が整っていると、こういった表情でも綺麗だというのが、不公平に思える。


「口、開いてんぞ?」


 そう指摘してやると、ルシルは慌てて顎を動かし、口を結ぶ。

 驚いたと思ったら、恥ずかしそうな顔をし、そして今度は少し拗ねたような表情に移る。


「そういえば、アンタだけ落ちてこなかったけど、レイオッド先生と何か話してたわけ?」


 しかも、意外と鋭い。いや、これが普通か?


「まぁ、そうだな」


「それよりも今は先生があんな人だったんだなぁ、って方がショックなんだけどね」


 と言ってはいるものの、やはり俺が何か特別扱いを受けていることを感付いたルシルは、やっぱり拗ねていた。


「それは――今よりもか?」


 二発目。攻撃の終えた腕が、今度は上方向のベクトルを持った運動を始める。俗に言う、アッパーだろうか。

 それを俺は力に逆らわず、盾で上方向へと受け流す。


「んぐっ……!! 重っ……!!」


 やっぱり重い!

 図体の大きいヤツ相手なら慣れていると思ったが、やっぱり規模が違うのだろう。

 腕が、持っていかれそうになる。強引に筋肉が引っ張られるようで、腕に痛みが走る。

 でも、攻撃は受け流すことは、出来た。


「実は格好良く登場したのはいいけど……あんまり余裕無いんだよ。だから、早くそこから離れてくれ!」


「……あんまり、格好良くなかったけど?」


「それは知りたくなかったぁあああ!!」


 三発目も声の勢いを乗せて、振り下ろされた拳を今度は下方向に勢いをズラす。

 そして、攻撃が終わったところで、一旦ルシルと離脱を開始。


「『レビテーション』」


「あ、ずりい」


 が、早速見捨てられたようだ。俺だけ地面に取り残されて、針のむしろにされてしまう。


「時間稼ぎ、よろしく!」


「てめぇ、自分が安全になったからっていい気になりやがって!!」


 こういう時、気が大きくなるのは、生き急いでいるからだろうか。つい、文句の一つや二つは口から飛び出していきそうだ。


「――ヤツを倒す策は、あるから」


 だが、ルシルの自信に満ちた目を見て、口を(つぐ)む。


「本当に、出来るのか? さっきも効いてなかっただろっ」


 後方に盾を振るい、その遠心力を利用して、グルタウロスの踏みつけを何とか(かわ)す。


「校長から色仕掛けで聞きだした凄いヤツだから、たぶん、ね。駄目だったら、あの校長を恨みなさい」


 それだけ言うと、ルシルはフィリーネさんのところに行ってしまう。

 つーか、校長のイメージって健康そうな爺さんといったくらいしか俺には無いんだけど。

 凄い、っていうより偉いってイメージの方が先行している気がする。

 が、今はルシルの話を信じるしかない。


――グルタウロスを倒すには。……そして、殺さないようにするためには。

 彼女の未熟さと、魔法の凄さを、俺は信じるしかない。


「出来れば、攻撃して欲しくないけれど」


 散々考えて、答えなんて出てないけれど。

 答えを先延ばしにして、ただ勢いでここに来て、戦うことを選んでしまったが。


「生き残るために、やってやろうじゃないか!!」


 中途半端な俺には、相応しい答えなんじゃないのか?

 攻撃を受け流すのに失敗すれば死に繋がり、背中を見せて逃げようとしても、この距離じゃ逃げ切れまい。

 これは、もはや追い詰められている状態といっても過言ではないだろう。

 後は諦めて死ぬか、少しの希望に(すが)って生きるかしかない。だったら俺は、生きることを選ばざるを得ない。

 ここまで来たら、後はがむしゃらになるしかないんだ。

 再度振り払われる大きな拳と、また相対した。 








「ごめん、待たせた」


 ルシルはフィリーネの顔色を窺うが、彼女は、別に大したことじゃないよ、と言い、首を横に振った。


「もう、大丈夫だから」


「本当に? 無理してない?」


「無理はするよ、この状況だからね。でも、大丈夫」


 大丈夫、という言葉をまるで呪文のように唱えるフィリーネ。

 実際には、彼女の精神状態は大丈夫と言えないものであったのだが、持ち前の戦闘意欲で、一時は戦意を失っていたものの、見た目だけなら、随分とマシになってはきている。

 とは言え、ショックから完全に立ち直ったわけではない――なぜなら彼女は、自分の手で友人を殺したこととなるのだから。

 

 あの時――レイオッドが口にした台詞、あれはフィリーネが校門であの化け物を打ち負かした時に感じた疑問が、氷解したのだ。

 それはというと、彼女が目にした化け物の頭部が、彼女の友人とそっくりだったのである。

 友人の名は、バレッタ。感情豊かで、困ったことなんかがあるとルシルに泣きつくことが多かった彼女。

 合同魔法演習以来、姿を見せていなかったこともあり、彼女たちが不安に思っていたところに、化け物の襲来。

 まさか、バレッタがこんな姿にされているとは、考えもしなかっただろう。

 一目見るだけでは、彼女がしないであろう狂気に満ちた笑みを浮かべていたのだ。

 脅威と感じなくなるまで――つまりは化け物を生命活動を停止させるまでして、ようやく落ち着いたところで、気が付いた。

 だが、気が付くのが、遅かった。


 レイオッドに言われるまでは、あれは気のせいだ、と念じるようしていた。

 でも、やはり殺してしまったことは、真実だったのである。

  

 仕事柄、モンスターや、時に人間とも戦ってきた彼女だが、人を殺したことはなかった。ましてや、仲の良い人なんてもってのほかである。

 自分が危機的状況に置かれようとしていてもなお、心が塞ぎ込んでしまいそうだった。


『私が、殺してしまったんだ』


 だから私が死ねば、問題ないのかな?、なんて普段なら考えつかないことも考えてしまった。半ばヤケクソになっていたのだろう。


 一時は自ら生きることを諦めた。

 が、それを許さない人も、またいた。……ルシルである。

 ルシルは、自分の身も顧みずに、フィリーネを助けようとした。例え、怖いとさえ思っていた化け物の仲間と相対しても、だ。

 確かに、彼女なりの強がりだったのかもしれない。

 けれど、フィリーネは思う。あの時、あの時に自分に言ってくれた言葉は、本物だと。


「バレッタを殺した? "あんなの"がバレッタだったっていうの? 姿形、ましてや心まで変わっちゃったあの子が、生きてたって言えるの?

 あんなの、先生がとっくに殺したに決まってるじゃない!!」


 ゾッコン、もはやベタ惚れまでいっていた先生を否定してまで、フィリーネのことを思った言葉を吐いたのである。

 そこに先生への失望とかも、混じっていたかもしれない。だが、それは(まぎ)れもなくルシルの本音だった。

 別に、その言葉はどこか凝ったわけでもなく、むしろ陳腐だったかもしれない。

 でも、心からの叫びであっただろう。


――だから、フィリーネの心にも、それは響いた。


 それを聞いて、フィリーネは決意する。落ち込むのは、これが全部終わってからにしよう、と。


「それより、その魔法ってまだ不安定なんでしょ?」


「そう、だからフィリーネの補助魔法で何とかならないかなって」


「仕組みさえ知れれば、何とかなるかも……」


「じゃあ、手短に話すから、良く聞いて――」









 今ので、何回目の攻撃だっただろうか。

 いくら父を相手しているから、自分より大きな相手に慣れているとはいえ、そろそろ腕が痺れてきた。

 あの大きさ、あの重さの攻撃をそう何度もうまく受け流すことが出来ずに、たまに吹っ飛ばされてしまうこともあった。

 が、まだ倒れられない。

 例えボロボロになっていたとしても、まだ五体満足でいられている。頑丈に産んでくれた母と、鍛えてくれた父に感謝である。

 とはいえ、一人でこんな猛攻を凌いでいられるほど、相手は弱くない。

 体力も尽きかけてきたところに、ようやく彼が復活した。


「遅いぞ、ダバル!!!」


 あの騎士たちでさえも、戦闘不能にした攻撃を喰らってもなお、動き回れる頑強な身体を持った男。

 先ほどまでは、身体に蓄積されたダメージのせいか、意識が飛んでいたのだが、ようやく回復したようだった。

 あれほどグルタウロスに攻撃を受けていたにも拘わらず、彼は俺のところにすっ飛んできた。


「来た順番で言えば、お前の方が遅いっすけどねっ!」


 俺の前へと躍り出て、あのロングソードであの拳をいなしやがった。見よう見まねで、受け流すことを覚えたのか。

 ……今までやってなかったところを見るに、初めてやって、一発目で成功させるほどの器用さを持ち合わせているってことになる。

 やっぱりダバルは、ルシルが目を付けた辺り、本当にすごいヤツなのかもしれない。


「じゃあ――先輩。このデカブツ、何とかしてくださいよ!」


「異様に堅くて無理っすよ、こんなもん! それこそ業物かなんかでも、弾かれるかもしれないっすし!!」


「……あぁ、それは、グルタウロスの魔法が『硬化』だから切ろうとしても、難しいんじゃないか?」


「知ってたなら、さっさと言えっすよ!?」


 ダバルと会話しながら、グルタウロスの足を掻い潜る。


「別に何とかしてくれとは言いましたけど、切れ、とは一言も言ってませんよ、先輩?」


「ウゼェ、すげぇウゼェッ! でも、街中に炎をまき散らす相手なんかよりは、幾分か楽かもっすね」


「いや、そうでもないんだな、これが」


 確かにダバルの言う通り、火なんかを辺り一面にまき散らすようなモンスターなんかでは、俺達だと手に負えない相手かもしれない。

 が、それは兵士とかだったりする場合の話だ。

 じゃあ魔導師だったら、事は兵士の時よりも幾分か簡単に進むだろう。

 なぜかというと、それは魔法の基本属性を持っているヤツだからである。

 そもそも魔法の基本属性とは何か、という話になるのだが、それはたぶん既出ではある、詠唱魔法と呼ばれている代物なんか、モロに当てはまっている。

 火、水、雷、地、風の五つが、そうだ。この五つには、それぞれじゃんけんのように何に強くて何に弱いという、関係性を持っているのだ。

 火は風に強く、風は地に強く、地は雷に強く、雷は水に強く、そして水は火に強いといったところ。

 仮に火を扱うモンスターが現れた時には、水系統の魔法を使えば、有利に戦闘を進められるということになる。


 じゃあ、今回の場合はというと、これは魔法の基本属性に含まれていない。

 他には、あの植物の姿に似たモンスターが扱う『成長』なんてものも、そこに入るであろう。

 じゃあ、それはどこに分類(カテゴライズ)されるかというと、それはまだはっきりとしていないのだ。

 そして、こんなところでも、『魔法は曖昧なものだ』、という一文に戻ってきてしまうこともあり、やはりこの一文を有名にしているのかもしれない。

 つまりは、研究不足でまだよく分かっていないとも、受け取れるであろう。

 さて、今回のグルタウロスが使ってくる『硬化』だが、まさしく硬くなるのだろう。

 どこが、というと勿論身体が、である。

 それ以上は研究が進んでいないから、これは推測での話なんだが、グルタウロスが手で握ったものでも、それを『硬化』してしまうということも、あるらしい。

 こうなると、もうさっきの基本属性の有利性は、全くといっていいほど無くなってしまう。

 そして『硬化』だが、俺の見る限り、たぶん物理的な攻撃もそうだが、詠唱魔法ですら通りにくく(・・・・・)しているかもしれない。

 つまり、痛覚のない『硬化』された体毛に阻まれていて、痛覚のある皮膚まで到達しないということ。

 そしてそれに加え、ヤツの魔法抵抗まで加味して考えなくてはならない。

 そうなると、こいつの防御力を突破するには、どうすればいいのか。

 まぁ、単純にそれを突破出来るほどの高威力の攻撃か、その『硬化』を無効化に出来る『何か』をしてしまえばいいわけではあるが。

 そもそも魔法の無効化なんて代物自体が眉唾ものであり、そんなことが出来てしまえば、曖昧とされている魔法のロジックの解明が一気に発展するかもしれないのだ。

 そして、前者の方は……ルシルに期待するしかあるまい。


「とにかく、俺たちに出来ることは!」


 グルタウロスが、腕を横薙ぎに振ってくる。


「時間を稼ぐことっすね」


 それを、二人で下方向のベクトルへと、いなす。

 やはり、一人よりも二人の方が、負担が少なくていい。

 やはり攻撃をかわすにも限界があるし、それに何にせよ、グルタウロスの目を此方(こちら)に引きつけておかなければならない。

 横目でチラッと、ルシルの方を確認する。準備は、整ったようだ。


「二人とも、離れて……!!」


 フィリーネさんの掛け声と共に、俺とダバルはそれぞれ別の方向へと散る。

 が、そのせいでルシルたちのやっていることが、グルタウロスに気付かれたみたいだった。

 でも……もう遅い。

 ルシルは既にもう腕に膨大な光を保ちながら、ヤツを狙っていたのだから。

 その傍には、フィリーネさんがその腕を両手で掴み、魔法だけでなく、本当に彼女のことを支えているみたいに見えた。


「『ボルテック・フレア・バースト』ッッ!!!!!!」


 そして今。彼女たちの力が重なり、実体を結ぶ。

 が、俺がそれを確認できたのは、ほんの一瞬のことだった。

――それくらい、あの『ボルテック・バースト』とやらの射出されたスピードが速かったのである。

 アレを何と表現していいかわからないが、あえていうなれば極太の光線といったところか。

 ルシルの掌から放たれた極太の赤い光線に、何か青白いものがその周りに纏わりついているように見えた。

 赤いのは、相当な熱量を持っているようで、青白いのは、たぶん電撃か何か。

 そこから導き出される解はというと、たぶん属性の複合化、なのだろうか。


 あんまり良くわからないが、確かに基本属性である火と雷が合わさった力、ということになるのだろうか。

 でも、これはとにかく、凄い。魔力だけで言えば、一度だけ牧場で見せたリアナの力に、匹敵するかもしれない。

 自然と、俺の胸の内で期待が膨らんでいく。――が、(しぼ)んでいくのも、また一瞬のことだった。

 高エネルギーを持ったあの魔法と、グルタウロスが激突した直後。

 その一帯に余剰となったエネルギーがまき散らされた――いうなれば、爆発が起こった。

 爆発した瞬間、視界は白の世界へと塗り替えられる。

 咄嗟に身体を伏せて、腕を顔の前に構えるのだが、強烈な光が、(まぶた)越しに瞳に痛烈に刺激してくる。

 ついでに、爆風も身体中を叩いてきて、痛みが全身に走った。


「いったい、どうなったんだ……?」


 爆発が収まったところで、俺は瞬きを数回してから、周りの様子を確かめる。

 すると、何ということでしょう。あの爆発があった一帯の地形が、変形しているではありませんか。

 たぶん、グルタウロスが破壊していったものよりも、被害が酷いかもしれない。

 と、今は地面のことは、どうでもいい。ヤツは、グルタウロスは……?

 爆発が起きた中心部に、ヤツが仁王立ちしている。どうやら、ガードをする暇も、なかったようだ。

 直撃。強烈な一撃を喰らったところは、あの濃い体毛が消え去っており、地肌にも少し焼けた後が見える。だが、倒れてはいない。

 立ったまま、気絶でもしているのか?

 そう思った。

 だが、それは違ったのだ。ヤツは、あえて目を閉じていやがったのだ。

 

 俺がそれに気がついたのは、ルシルたちがどうなったのか、彼女たちのところへと近付いていった時。

 ヤツに背中を見せた瞬間に、ぞくりと全身の毛が逆立った感じがし、すぐに振り向く。

 振り向いた直後、ヤツと目が合う。こちらを、見ている。いや、俺というよりかは……ルシルの方を見ているのか!?

 確かに、俺なんかを睨むよりか、あのとんでもない攻撃を放ったルシルの方がヤツにとっては目につくに決まっている。

 標的が、俺とダバルから、ルシルたちに移ったのだ。

 グルタウロスは、一旦腰を落とすと、左の後ろ足を一歩半ほど後ろにズラす。そして、その足を何回か踏み鳴らし――勢い良く地面を蹴った。


「マズい」


 ヤツは、突進をかます気なんだ。流石にあれは……受け流すなんて芸当、出来るはずがない。


「ルシルッ!!」


 自分の背後に声をかけるが、返事はない。首を動かし、彼女らの方を見る……よかった、普通にいる。

 が、彼女らはグルタウロスがそちらに向かっているにも拘わらず、動こうとしない。

 いや、動けないのか……?


 魔法を使った後の、硬直のせいで……!!


「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……!!」


 もはや舌が回らないほどの早口で、俺は言葉を繰り返す。だが、そんなことをしていても、状況は何も変わらない。


 どうする?


 今からルシルたちの方に走っていって、二人を抱えて逃げるか?

 いや、二人を抱えている間に、ヤツの突進が迫ってきて、(かわ)すことは出来ないだろう。

 だったら、ダバルに協力してもらって……!!

 彼女たちの元に急ぎながら、先ほどダバルと別れた方を見る。だが、彼の姿は見当たらない。爆風にでも、吹き飛ばされたか。


 どうする?


 一人を見捨てて、一人だけを助けるか? いや、駄目だ。グルタウロスが、思った以上に速い。

 もはや、一人を抱えて離れられるかどうかも、怪しい。


 どうする?


 二人のところまで来たら、敢えてグルタウロスの足元に放り投げるか? 歩幅によっては助かる可能性が出てくる。

 いや、駄目だ。助からない確立の方が、どうみても高い。それに、咄嗟にヤツがその場に留まって足踏みでもされたら、彼女たちが確実に殺される。


 どうする、どうする、どうする、どうする、どうする……?


 やっぱり、俺には何も出来ないのか?

 弱い自分には、何も。

 もし風系統の魔法が使えたら、強引に彼女らを脇にでも吹き飛ばせたのに。

――だが、俺は無能だから、それは不可能である。

 くそ、なんで今更"たられば"なんて考えてるんだ? 今出来ることを、考えろ。


 俺に出来ること。盾で攻撃を防ぐこと?

 いや、相手の四肢ならまだしも、あれは身体全体を使った、いわゆる"大きな面"を使った攻撃だ。

 "小さな面"である拳なんかで攻撃する場合は、相手との接地面積が小さくなる分、圧力を大きくなる。

 が、その分力が一点にいきやすくなり、横から加えられた力などで逸れやすくなる。

 受け流す時も、やはり逸れやすい方が、やりやすいのだ。

 が、これは突進だ。拳のように"小さな面"ではなく"大きな面"での、攻撃。接地面積が広くなる分、逸れにくくなる。


 となれば、防ぐことは不可能だ。仮に彼女らの前に立ちふさがっても簡単に跳ね飛ばされてしまうことは、容易に想像出来た。


 だったら、どうする!?


 後出来るのは、スライムを召喚するくらいである。

 だが、俺なんかよりも、よっぽど(もろ)い奴らで、あのデカブツの突進を止められる気がしない。

 せめて、あの時ゴーレムのように、関節のところに隙間さえあれば――ってまた"たられば"だ。いい加減にしろよ、俺。


 あぁ時間が、過ぎていく。

 何だか、目に入ってくる景色が、スローモーションに見え始めてきた。書物なんかだと、この後は走馬灯でも流れるのだろうか?

 ……ええい、そんな感傷に浸っている暇があるなら、考えろ。

 可能性を、ルシルたちを助ける、可能性を……!

 でも、俺に出来ることで、彼女らを助ける手段がないのだろうか。頑丈なだけで、グルタウロスと力では到底対抗できない、この身体と。

 スライムを召喚するだけの、この魔法で。


「いや……」


――あった。

 全く、俺というのは、どうしてこうも頭の回転が遅いのか。

 "三つ目"――遠距離召喚だ。これさえ出来れば、もしかすると……?

 だが、俺は"三つ目"を成功させたことは、一度も無い。

 練習で出来なかったことが、本番でうまくいくというのは、たぶんあまりないだろう。

 あっても、コツくらいは掴んでいて、初めて成功するパターンが大体といったところである。

 俺はまだ……その"三つ目"のコツすら掴めていない。

 "三つ目"に必要なのは、イメージ。明確な、イメージだったはずだ。

 召喚する対象であるスライムは勿論のこと、その召喚したい座標をもイメージする、って感じだったはずだ。

 だが、それでもどうしても、上手くいかない。もしや……今までやってきた方法自体が、間違っているとするならば、どうだろうか?


 魔法は、曖昧なものだ。だから、人はその魔法を扱うために、自分たちで"定める"ことにした。

 それが言葉だったり、魔法陣だったり、イメージだったり。

 方法こそ色々とあるが、根本にはやはり"定める"行為が重要となってくるのだ。

 極端な例だが、例えば詠唱魔法で『フレイム』を使いたい時に、『ツイスター』と詠唱しても、魔法は発動されないのだ。

 それはもちろん、『フレイム』と『ツイスター』の、両方もだ。

 自分が定めようとしているのとは全く違うのを、言葉で定めようとしているわけである。

 曖昧な魔法というのは、そんなんじゃ、扱えないのだ。

 それがもし、"三つ目"の場合にも当てはまるとすれば?

 定めようとしている対象が、全く違うとすれば……当然"三つ目"は発動しないんじゃないだろうか?


「重要なのは、イメージ……」


 頭に、電流が走るような感覚。これは、閃きというやつか?

 

 躊躇っている時間は、もう無い。やるなら、すぐにやるしかない。それも、本番一発勝負。

 失敗すれば、彼女らは下手をすれば、死ぬ。


――怖い。


 でも、やるしかない。


 俺は魔法陣が描かれている方の袖を捲りあげる。


「――いけぇえええええ!!!!」


 彼女たちの命を懸けた、大博打。


 俺はそれを、一つの魔法に、全てを託した。


 


 

ボルテック・フレア・バースト(笑)


もっとまともなセンスが欲しい……。切実に。

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