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第8話 探すもの

 陸上自衛隊少佐、宮原嵩人みやはらたかひとがこの任務を請け負ったのには、相応の打算がある。そもそもの発端は功を焦る陸軍大将、国見総剣くにみそうけんが大臣を焚きつけて半ば暴走した結果であり、本来ならばこのような、奇襲めいたやり方をするハズではない作戦だった。しかし実働部隊の長である宮原を含め、穏便な方法では不備が生ずると考えた関係者も、決して少数ではなかった。

 魔道研究を海外に売却しようとする兆し有り、そんな内部告発が政府関係者に届いたのは半年ほど前の話だ。その警鐘に危機感を抱いた政治家と官僚が調査を行い、その研究成果を掠め取る好機と判断した陸自の思惑と重なった結果が、現状の奇襲作戦へと繋がることとなる。

 とはいえ、これは正式な軍事行動ではない。彼らが『自衛隊』である以上、専守防衛は当然の理念であったし、ましてや日本人に対して銃口を向けるのでは組織としての本末転倒も甚だしいと言わざるを得ない。その相手が例え、特権を振るって好き勝手に予算を食い潰した挙句に身勝手な判断で国有資産を売り払おうとしていた売国奴であったとしてもだ。

 そのため、本来なら中隊規模の指揮を担当するべき彼に与えられた部隊は一個小隊と、限られた武器弾薬のみだった。民間施設とはいえ、半ば要塞と化している魔道都市への侵攻を計るには、あまりにも心許ない戦力であったと言えるだろう。事実、内側で工作を担当してくれる協力者の存在がなければ、こうも円滑に進んではいなかったところだ。張り巡らされたセキュリティシステムは、明らかに彼らの想定を凌駕していたのだから。

「いかがです、先生。何か見付かりましたか?」

 三階での後片付けを終えた少佐が、幾人かの部下を引き連れて一階の所長室へと戻ってくる。彼は入り口に部下を立たせて周囲の警戒を指示してから、室内へと歩みを進めた。

「とりあえずロックはされていなかったので閲覧は出来ました。ですが、やはり肝心な資料は簡単には見せてもらえないようです」

「まぁ、用心深い男だという話ですからね。とりあえず消去されていなかっただけでも良しとすべきでしょう」

 出会って以降変わらずにいる渋面の保紫を横目に見ながら、端末の前でキーボードを叩いている部下の背後へと歩み寄る。

「どうだ。何か見付かったか?」

「そうですね。とりあえずアメリカや中国など、複数の海外団体と交渉が行われていたことは間違いないようです」

「そんなことは諜報部の調査だけでも判明している。他には?」

「魔法使いのレポートがありますが……」

「ほう? 見せてみろ」

 口元を歪めた少佐が、興味を引かれたのかモニターへ顔を寄せる。その熱意に少しばかり戸惑いながら、部下は資料の一端を表示する。画面の左上には、幼さの残る仏頂面と固有名詞――紅藤火山の名前があった。

 その資料を斜めに一通り目を通した少佐は、やや落胆したように眉根を寄せると、モニターに近付き過ぎていた顔を離す。

「……先端技術ではあるが、やはり既存の寄せ集めだな」

「何と言いますか、個人的には少し興醒めしてしまいますね。チップを直接埋め込むことによる電脳化とそれに伴う脳とネットワークの直接的なリンク、彼の場合はそれを用いて施設内の小型レーザーを制御……発火のシステムとしては至極納得のいくものですが、手品のトリックを見せられているようで、虚しくなりますね」

「まぁ当然のことだ。思い込んだだけで何でも具現化できるのなら、誰も苦労はせんよ」

「とはいえ、こんな形で電脳化の研究が行われていたとは、知りませんでした。すでに実用化されていたんですね」

「されてなどいないさ、実用化など」

 少佐は鼻で笑う。

「と言いますと?」

「まだどんな弊害が出るのか、よくわかっていない技術だ。ここの連中にとって『魔法使い』というのは、体の良い実験動物に過ぎなかったということさ。むろん、だからこそ最先端でいられるし、高くも売れる」

「つまり、この技術を売るつもりだったんですか」

「そうだ。もっとも政治屋共は、技術の流出よりもそれに伴って発覚する人体実験の方を気にしていたようだがね。人権問題は、外交的に最も付け入られやすい点の一つだからな。奴らとしては問題を大きくしたくないんだろうよ」

 それは納得がいく以上に、彼らにとって気概を失わせる思想だったことは間違いない。言うまでもなく、そんなことのために作戦に参加しているなどとは思いたくないところだ。軍という組織が、良きにせよ悪しきにせよ、自国の正義のためと信じているという前提は、その運営のために必要な大義名分である。まして今回は、やや突発的なアクシデントの結果とはいえ、人命が失われているのだ。このまま大した収穫もなく帰ることなど許されない。少なくとも、少佐はそのことを自覚していた。

 もしも今回のことが明るみに出た場合、彼らは当然ながら責任を問われることになる。全権の指揮者である国見大将は当然として、実働部隊を指揮した少佐も例外ではない。そうなった時、別の権力に対して救援を求めるにしても、何かしらの交渉材料は有していなければならない。そしてそれは彼を窮地から救うだけではなく、更なる飛躍をもたらしてくれる可能性があると、彼は考えていた。

「ところで少尉、魔法使いのレポートは全員分あったのか?」

「あ、いえ……真白誠治という少年のレポートは見付かりませんでした。それと、例の唯一の魔女に関する資料も、そのほとんどがまだ見付かっていないと思われます」

「やはりな」

 本来ならば嘆くべきであろうと思われる報告に、彼はむしろ口元を歪めた。

「奴らはまだ隠している。我々の知らない『オーバーテクノロジー』をな」

 それこそが、彼の望むものでもある。

「しかしこうなると、所長が死んでしまったことは厄介かもしれませんね。どの程度のセキュリティロックがかけられているのかわからない以上、何の手掛かりもなくパスワードを探すのは効率が悪いでしょう」

「とはいえ、生き返らせることもできん。我らは魔法使いではないのだしな」

 事態の深刻さとは対照的な保紫の冷静沈着な指摘に、宝物がそこにあるとわかった少佐が、やや浮かれているのかおどけて応じる。

「これは一度データを持ち帰り――」

「失礼しますっ」

 保紫の提言を遮るように、この部屋唯一の入り口から部下の一人が敬礼と共に現れる。

「どうした?」

「地下にて魔法使い達を確保しました。現在一階に連行中であります」

「そうか。見張りを付けて軟禁しておけ。後で話を聞きに行くかもしれんから、そのつもりでな」

「はい。しかしあの……」

「何だ。まだ何かあるのか?」

「それが、魔法使いの一人が協力を申し出ておりまして。きっと役に立てるから使って欲しいと」

 部下の言葉に一瞬だけ眉根を寄せた少佐だったが、すぐに思い直して表情を改めると、その視線を保紫へと向けた。

「先生はどう思います?」

「彼らも今回の出来事がどのような意図によって行われたのか、すでに把握している可能性があります。何しろ、この施設内で起きたこと全てを見ることが出来る者も居ますから。ですが、それはすなわち所長や研究員の死を知ることが出来たとも言えますので、その真意に関しては図りかねます」

「こちらを油断させるための甘言かもしれんと?」

「その可能性もある、ということです」

「ふむ……」

 しばし悩んだ後、少佐は神妙な面持ちで口を開く。

「とりあえず話を聞いてみよう。その者をここへ連れてこい。くれぐれも油断しないようにな」

「はっ」

 立ち去る仕官を、二人の男がそれぞれに難しい表情で見送る。立場も思惑も違う二人によって張られた共同戦線は、一見すると順調に任務を進行しているように映る。しかしそれは極めて危うい、張り詰めた一本の糸の上でバランスを保っているかのような、いつ転げ落ちても不思議ではない状態でもあった。

 この夜が明ける頃に二人が何を見て何を得ているのか、それはまだ闇夜の彼方にある。


 魔法使いと呼ばれる少年少女達のデータも、少佐はもちろん把握している。最優先目標は言うまでもなく所長が有していると予想されている唯一の魔女だけが使えた未知の技術であったが、すでにある程度判明していた電脳技術の資料とサンプルも、その目標の一つであったからだ。そして少佐個人の予測としては、唯一の魔女の嫡子である真白誠治を除く四人の魔法使いは、いずれも単なる電脳体であろうと考えていた。つまり保護――彼ら的な感覚で言えば確保するための対象物でしかなかったのだ。

 ここの研究員達は所長も含め、魔法使い達を実験動物としてしか見ていない。しかしそのスタンスを、少なくとも彼は非難するつもりはなかった。彼とて確保した魔法使い達を、電脳化を兵器運用化していくためのサンプル程度にしか思っていなかったからだ。

 そのため彼ら魔法使い達を『電脳化の施された子供達』としてしか見ていなかった少佐は、協力者を名乗る人物の容姿を見て、少なからず驚いた。

「……これはこれは、ずいぶんと美しい協力者が現れたものだ」

「こちらの一方的な要求を受けていただき恐縮です、少佐」

 照明のため赤く染まった魔道都市の制服に身を包んだうら若き女性――桃城桃香の丁寧なお辞儀を受け、次いで持ち上がった力強い眼差しを浴びた少佐は、冷水を頭からかぶったような感覚に陥っていた。それはまるで、物言わぬ人形に話しかけられた時のような感覚とでも言うべきだろうか。少なくとも彼にとって桃香の放つ意欲的な眼差しは新鮮に映ったようである。

 むろん、その行き着く先が見えない以上、興味を引かれる以上に警戒感を抱えているワケだが。

「貴方のようなお嬢さんに協力していただけることはありがたいが、我々も現在人手不足というワケではない。内部事情の把握もご覧の通り、すでに協力者を得ていることだしね」

 彼女が何の為に協力を申し出ているのか、それが最大の問題である。このような女性がとは考えたくないところだが、相打ち覚悟で所長の敵討ちなどという事態だけは避ける必要があった。彼自身が危険に晒されることはもちろん、貴重なサンプルの一人を失うような愚を冒すことも許されないのだ。抹殺も止む無しとされていた黒山所長とは違い、彼女達魔法使いは建前上被害者であり、保護の対象でもあるのだ。

「その割には、所長の端末相手にてこずっていたようですけど?」

「……ずっと見ていたのかね?」

 物理的な遮断でもしない限り、電脳化してネットワークへの出入りを自由に行っている彼女達には筒抜けである。現在この魔道都市のネットワークは外部のインターネットからは独立しているが、システム自体は平時と同じように稼動している。

「はい、いつ中身を見せてもらえるのかと心待ちにしていたのですが、なかなか開く気配がなかったものですから、ひっょとしてお困りなのではないかと思いまして」

「その口ぶりからすると、君なら解決できそうな物言いですね?」

「えぇ、事実ですし」

 保紫の指摘にアッサリと、至極当然のこととして彼女は頷きを返す。だが周囲の、特に少佐の驚愕に反して、保紫は眉一つ動かすことはなかった。それはまるで、彼女が所長個人の管理しているパスワードを知っていたことに、驚きを感じていないように見えた。いや事実、驚いていなかった。

「ほ、本当かねっ?」

 事態の解決が見えて、少佐が身を乗り出す。

「はい、ですから『お役に立てる』と申し上げたのです」

「わかった。早速教えていただこう」

「いいえ、私の手で開かせていただきます。あの男が何を隠し、何を目標としていたのか、少しばかり興味がありますので」

 彼女の申し出に少佐は少しばかり眉をひそめたものの、このままでは前進がままならないという事実をまずは打開することを選択した。

「……わかった。お願いしよう」

「ご理解いただき、感謝いたします」

 神妙に頷く少佐に導かれるように、桃香は所長室の奥へとそのつま先を向けた。その彼女が保紫の脇を、肩が触れるほどの距離をすり抜けようとした刹那、呟きとも受け取れる問い掛けが、彼女の足を止める。

「これは、復讐のつもりか?」

「それもなくはないですが……むしろ興味ですよ。純粋な、ね」

 返ってきた微笑は、背徳の高揚に満ちて見える。真実の一端を知る彼でさえ、生唾を呑まずにはいられなかった。


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