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第9話 隠れたもの

想像の翼を広げすぎないよう注意してください(笑)


「では、早速頼む」

 端末の前に導いて、パスワード画面を表示させる。キーボードの前に座っている少尉が気を遣ってポジションを譲ろうとするが、桃香はそれを軽く制した。その必要がなかったからだ。

 彼女は自らの能力でネットワークに入り込み、目の前の端末に辿り着くと一瞬でパスワードを入力した。それまで頑固に侵入を拒んでいたウインドウが開かれ、その中身――この事態の根幹に居た人物の知る事実を晒し始める。彼女は此処に居る誰よりも素早く、その一つ一つに目を通していった。

この情報処理と検索能力こそ、彼女の持つ『予知能力』の正体である。彼女の言葉は知ることの出来ない未来を言い当てたものではない。レベルS以外の情報を自由に閲覧し、そこから得られる予測を口にしていただけのことだ。それを予知能力と呼べるものに昇華していたのは、間違いなく彼女自身の技量である。

「これは……」

 所長の持論をまとめた論文に混じって、奇妙な映像データにぶち当たる。ちなみに本来調査を行っている周囲の大人達は、パスワードを越えたことに安堵している最中だ。キーボードに触れてすらいない。

「何か見付かりましたか?」

「えぇ、面白いものが見付かりました」

 大人達の中で唯一、浮かれもせずにモニターを注視していた保紫の問い掛けに、桃香は歪んだ笑みを浮かべて振り返る。そして間もなく、モニター上に奇妙な、というより場違いな映像が再生された。

「……何の冗談かね、これは?」

 少佐はさながら、フルコースのメインディッシュにポテトチップスでも出てきたかのような顔でモニターを睨む。それは一言で表せば、アダルトビデオそのものだった。ただ少しばかり違っていたのは、カメラの視点が女性から見たものになっているという点である。本来映っているべき女優の姿はなく、男の――どう見ても所長のものとしか見えない姿が画面内で激しく動いていた。所長が自分の情事を相手に撮らせたものと考えるのが妥当だが、他人から見ればもちろん、仮に当人が楽しむための映像であったとしても、趣味の良い代物とは言えないだろう。

「これは所長の趣味ではありません。まぁ、趣味の一つではあったかもしれませんが……ともかく、唯一の魔女に関する資料の一つです」

 モニターから目を離すことなく、桃香は冷たく告げる。

「何だとっ。ということは、相手はまさか魔女か?」

 少佐の問いに、彼女は小さく首を横に振る。

「いいえ、違います。この映像に相手は居ません」

 唯一の魔女は処女のまま懐胎し、この世を去ったと言われている。性交の記録は、少なくとも公式には残されていない。

「どういうことだ?」

「少佐、この映像は精巧に出来ていますがCGです」

「CG……つまり作り物だということか?」

 少尉の頷きに、少佐の疑問が更に大きく膨らむ。これが実写であるなら、理解出来る出来ないはともかくとして、存在することに異議を唱える必要はない。しかしそれが作り物ということになると、わざわざ手間と時間とコストをかけて作られた意味不明な映像ということになり、単純な所長の趣味では済まなくなる可能性が高い。少なくとも、少佐にはこの映像の意味するところなど皆目見当もつかなかった。あるいは本人以外にはわからないかもしれないと、安易に排除してしまった決断を後悔しかける。

「……何の為にこんなモノが?」

「簡単です」

 少佐の呟きに応じたのは、桃香だった。

「所長の黒山は、元々意識が肉体に与える影響を研究している学者の一人に過ぎませんでした。でも唯一の魔女が現れ、彼女の美しさと魔法の鮮やかさに魅せられた彼は、その全てを手に入れようとしたんです」

「全て、か。持論の証明をするために利用したのだと思っていたがな」

「もちろんそういう側面もあるでしょう。そうでなければ、捕らえた彼女を犯せば済む話です」

 未だ成熟していない少女の面影を残す桃香の口から、あまりにも軽々しく猥雑な仮定が飛び出す。ことの真相をある程度把握している彼らですら、その物言いには嫌悪感を抱いた。彼女の内に潜む闇は、彼らの想像を遥かに凌駕している。

「では、黒山は彼女――唯一の魔女をどうしたのだ? ここに残っている資料には何と記されている?」

「黒山は捕らえた真白天音を拘束し、薬を使って身動きと意識を封じました。そうやって、魔法の一切を使えないようにした上で、実験を行ったのです」

「実験?」

「彼女の意識がない以上、魔法の発動が意識の具現化に拠るものであることは容易に確かめられません。だからといって、強引に捕らえた彼女が協力的であるハズもなく、隙を見せれば魔法を使われて大きな被害が予想されました。実際、彼女は何度も脱出を試みていますし、彼女の協力者達が救出に動いていたという記録も残っています。そのいずれもが失敗に終わったようですが」

「なるほどな。即席にしてはずいぶんと年季の入ったセキュリティだと思ったが、そういった下地があったということか」

「そこで黒山は、意識を奪ったまま可能な実験を考案しました。その成果が、この映像です」

 一同の視線が再びモニターへと集中する。黒山と思しき男が女を、貪るように激しく責め立てている。何度となく精が吐き出され、しかしそれでも一向に終わる気配が見られない。そこに快楽や至福など微塵も入り込む余地はない。あるのは絶対的な支配と抑圧と、そこから派生する絶望だけだ。

「……こんなモノで何をしたというのだ? 反応を見て楽しんだとでも言うのではあるまいな」

「わかりませんか? 彼は精神による肉体の支配を持論としていました。意識のない彼女に電脳化――と言っても現在の技術とは比べ物にならないほど拙い低機能な代物ですが、その手術を施し、身体と意識の自由を奪った状態で何時間も何日も何週間も、この映像を夢という形で彼女に見せ続けたのです。その目的は――」

「妊娠かっ」

「そうです。普通の人間であれば不可能でも、唯一の魔女である彼女の具現化を利用すれば可能だと、黒山は考えたようです」

「なるほどな。処女懐胎の詳細が公表されないワケだ。淫蕩にも程がある」

 ようやく合点がいったようで、少佐の顔にも納得感が浮かぶ。それとは対照的に、画面から視線を外していた保紫の口元からは、ギリギリと何かが軋むような音が漏れていた。微かに動いた際に生じた罵りの言葉は、誰の耳にも届くことなく赤く染まった室内に溶けた。

「……ですが、結果的に言えば実験は失敗したようです」

「何だとっ?」

 処女懐胎により誠治が生まれたことは、政府も認めている公式発表である。その詳細が明らかでないとは言え、その事実だけは誰もが認めることだった。

「この資料に残されている私書によれば、三ヶ月近く映像を見せ続けても変化はなかったそうです。この当時、大きな収穫のなかった研究所に対して懐疑的な声が大きくなり、黒山は何としても目に見える成果が必要でした。そこで彼は、他の研究員にすら隠れて、自らの精子をカテーテルで受精させたと記されています」

 桃香の顔は笑っている。他人を嘲る、歪んだ笑みだ。

「つまり、真白誠治は不可思議な現象によって生まれた子供ではないと、そういうことか」

「そうです。ふふふ……アイツは特別でも何でもなかった。ただの人間だったんですよ、タダのね。くくくくくくっ……あははははははははっ、可笑しいじゃないですか。唯一の魔女の息子で完全な魔法使いだった彼が、単なる人間の欲望で生まれた可哀想なガキだったなんて、本人が知ったらさぞ爽快な事実でしょうね」

 心底可笑しいのか、腹を抱えてうずくまっている。今の桃香がまともな状態であるとは、少佐も保紫も思えなかった。何かが外れている、あるいは何かが壊れている、そう感じざるを得ない。しかしその原因が、彼女の奥底に漂う闇の姿までは、彼らには見えなかった。

「……奴の持論に関してはそのくらいで良いだろう。机上の空論であったことが判明すれば自然に消えていくだろうし、それを声高に主張する本人もすでに居ない。だが、彼の息子が人間であったからといって、唯一の魔女と現在の彼が行使している『力』が全てまやかしであるとは言い切れまい。その辺りのレポートはどうなっている?」

 自衛隊員である宮原少佐が求めているのは、ことの真相ではない。もちろん結果的にそこへ行き着くことが必要であれば求めもするが、単純に魔女の力を得ることが出来さえすれば、彼の欲求は基本的には満たされることになる。逆に言えば、この突入で全てが虚像であることがわかったのだとすれば、彼にとっては無為な進撃に終わることになるのだ。

「ふふふ……すいません。そうですよね。少佐には『力』が必要なんでしたね。しかし残念ですが、あの男は貴方が考えているほど有能な男ではありませんよ。自分の学説に固執し、権力を誇示する程度のことしか出来ない男です。唯一の魔女が死んだ時点で、アイツに残された道は一つだけ、その息子を虚像に仕立て上げることだけだったんです」

「だとしても、此処が最も唯一の魔女に精通していた機関であることに変わりはあるまい。彼女の抱えていたオーバーテクノロジーに関する秘密の一つや二つは転がっているだろう」

「そうお思いなら、資料を隅から隅まで検証してみればわかることと思います。もっとも、少佐方が現在抱えている以上の発見が見付かるとは、到底思えませんけどね」

「ならば真白誠治に関してはどうなんだ。彼の資料は今のところ白紙同然だ」

「これです」

 まるで待ち構えていたかのように、モニター上に一つのウインドウが現れる。そこには真白誠治の名前と顔写真、そして簡素なプロフィールが並んでいた。

「これは真白誠治の……おい、どういうことだ?」

「何がですか?」

「何が、じゃない。どうして彼の特殊能力に関する記述がない?」

 少佐の問いに、彼女は含み笑いを漏らす。

「そんなの当然じゃないですか。書けるワケがないんですよ。彼は私達のような『エセ魔法使い』ではなく、本物の魔法使いでなければいけないんですから。でも実際には違います。彼はただの人間です」

 言いながらもう一つ、別のウインドウを開く。

「何だ、それは?」

「黒山が極秘裏に依頼したDNA鑑定の結果です。提示した三つのサンプル、黒山本人と唯一の魔女である真白天音、そしてその子供である真白誠治が間違いなく遺伝子上の親子であることが証明されています。彼は魔法なんてどうでも良かったんですよ。この事実を隠蔽し、自分の地位を守れさえすれば良かった。その程度の男だったんです」

「だとしてもだ。唯一の魔女が使った魔法は実在し、それを今の君達は使えない。ちなみに真白誠治の使う魔法は、今の君達に使えるのか?」

「……いいえ」

 彼が持っているものを持っていないと指摘され、桃香の表情は目に見えて曇る。

「ならば探す価値はある。そこにこそ、我らの求める何かが眠っているのかもしれんのだからな」

「何か、ですか?」

「オーバーテクノロジーさ。我々はそれを探している」

「宇宙人の痕跡、ですよ」

 少佐の言葉を、保紫が補足する。一応は機密扱いの事項であるためにか、一瞬鋭い視線が飛んだものの、ここまで秘匿された情報を共有した相手である。このまま解放されることもないと踏んでか、眉間の皺はすぐに消えた。

「やれやれ、民間人に簡単に教えるべきことではないのだがな、仕方ない。そういうことだ。我々は地球外生命体によってもたらされたオーバーテクノロジーを探している」

「唯一の魔女が、宇宙人だと言うのですか?」

 さすがに突飛な発想に思えて、桃香の口元に曖昧な笑みが浮かぶ。

「そうではない。彼女が人間であることは既に判明している事実だ。だが、彼女の使っていた『魔法』は、人間の持っているものではない。少なくとも、彼女が対峙していた魔物達の残骸は、我らにとって未知の物質で出来ていた。当時のどの研究団体であっても、アレを産み出すだけの技術はない。もちろん、それを打破するだけの力を有する魔法は、言うまでもないことだ」

「……確かに、彼女の力がいつどのようにして発現したのかについては、どこを調べても見付かりません」

 所長のIDを得たことで、ここに在る資料の全てを閲覧できるようになった彼女だけに、その言葉は重い。

「君は昔、二十年前のここがどんな場所であったのか、知っているかね?」

「二十年前……この魔道都市はまだなかった頃ですね」

「ここは魔法の聖地などではなく、UFOの目撃情報が多い地方都市でしかなかった。当時の彼らは、というか日本人なら誰でも、それを単なる与太話としてしか見ていなかっただろう。彼女が現れるまではな」

「つまり唯一の魔女は――」

 不可思議と現実を結ぶ存在、彼女が居ることで幻想は現実味を増し、人々に新しい事実を垣間見せることになる。人間と言うのは現金なものだ。昨日までの嘘が、たった一つの真実によって本当へと姿を変えることもある。

「彼女は人間だが、人間では考えられないような力を使っていた。それはすなわち、異星人とどこかで接触を持ち、その力を託されたのではないかと我々は睨んでいる。その辺りの詳細がわかれば良し、わからなければその後継者であろうと思われる真白誠治の捕獲と資料が次の目的となる」

「後継者……つまり少佐は、あの男の息子が彼女の持っていた『魔法』という技術を受け継いでいると考えているのですね?」

「私だけではない。これは陸自の総意だ」

 実際にはその代表である国見大将と、その直属勢力の総意である。

「……私が捕まえてきましょうか?」

「なに?」

「幻術しか使えない子供一人、私なら簡単に見付けられますし、捕らえることが出来ると思います」

 この時の彼女は、誠治の魔法が本物であるとは思っていない。彼女よりも高いレベルのアクセス権限を有しているだけで、陳腐なトリックだと思っていた。しかしそれが本当に魔法であったとしても、彼女は誠治を凌駕出来るという自信があった。否、あの男の息子などには絶対に負けられないという覚悟が、そう思わせていたのかもしれない。

 彼女は憎んでいる。

 魔法も、魔女も、魔道都市も、それどころか自らの運命さえも。


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