第一話。死神とダンス① ー初回公演ー
これは、心筋梗塞で死にかけた私の実話です。
多少ふざけた文章になっておりますが、出来事そのものは至って真剣です。
なお、登場人物の判断力には、あまり期待しないでください。
特に私。
人生には、忘れられない瞬間というものがある。
初恋。
結婚。
子供の誕生。
そして、死神との初対面。
私の場合、その記念すべき日は、焼肉を食べた帰り道だった。
よりによって焼肉である。
しかも、ホルモンをたっぷり食べた直後。
今にして思えば、なかなか気の利いた演出ではないか。
これから心臓が大騒ぎするというのに、本人はホルモンを食べて大喜びしていたのだから。
ちなみに、焼肉に罪はない。
この話を読んで焼肉を食べるのが怖くなった方がいたら申し訳ない。
悪いのは私の心臓だ。
いや、正確には私の生活習慣だろう。
そのあたりの話は、また別の機会にする。
さて。
この日は、双子の子供たちと焼肉を食べた帰りだった。
当時、二人とも中学生。
腹いっぱい焼肉を食べて、車で帰宅する途中。
実に平和な一日である。
ところが。
突然だった。
ドカーン!!!
胸に猛烈な痛みが走った。
「ぐあっ……!!!」
なんだこれは!?
痛い。
とにかく痛い。
胸が痛い。
肩も痛い。
背中まで痛い。
しかも、ちょっとした痛みではない。
大胸筋、僧帽筋、広背筋。
上半身の筋肉という筋肉が、一斉に反乱を起こしたような状態だ。
特に大胸筋がひどい。
思わず胸をつかんだ。
握りつぶすように、力いっぱい。
もちろん、そんなことをしても治るわけがない。
だが、とにかく痛いのだ。
私は必死に車を走らせ、近くのミニストップの駐車場へ入った。
車を止めて、ひとまずひと安心。
……。
いや、全然安心じゃない。
相変わらず猛烈に痛い。
普通なら救急車を呼ぶところだろう。
しかし、当時の私は普通ではなかった。
いや、普段から普通ではなかったのかもしれない。
とにかく、この状況で私が取った行動は、今考えても理解に苦しむ。
**ソフトクリームを買うことだった。**
……。
何を言っているのか分からないと思う。
安心してほしい。
書いている私にも分からない。
胸が痛い。
肩が痛い。
背中まで痛い。
そうだ! ソフトクリームを食べよう!
……。
素晴らしい判断力である。
しかも、私は車から動けない。
そこで、子供たちに買ってきてもらった。
双子の中学生。
二人とも、ソフトクリームが大好きだった。
もちろん、私の分も注文した。
そして、いよいよ奇妙な時間が始まる。
私は運転席で胸を押さえ、激痛と格闘している。
その横では、双子がソフトクリームを必死に食べていた。
実に平和な光景である。
私を除いては。
確か、どちらかに聞かれた記憶がある。
「大丈夫?」
私は答えた。
「ダメだ……」
……。
ダメなのである。
本人がハッキリとダメだと言っている。
ところが、救急車を呼ぶ気配はない。
二人ともソフトクリームを食べている。
しかも、必死に。
おい。
お前ら、父親がダメだと言ってるんだぞ!!!
いや、分かる。
ソフトクリームは溶ける。
時間との勝負だ。
特にミニストップのソフトクリームは美味しい。
私だって大好きだ。
だが、しかし。
父親の命とソフトクリーム。
どちらが大事なのか。
……。
もしかすると、聞かない方がよかったのかもしれない。
今にして思えば、救急車を呼ばれないまま、あの世に送られるところだった。
とんでもない子供たちである。
もっとも、父親本人がソフトクリームを注文しているのだから、子供たちだけを責めるわけにもいかない。
そもそも、私自身が救急車を呼ぼうとしていない。
親子そろって何をやっているのだろう。
さて。
そんな平和な親子の時間が流れる中、私の胸の痛みはまったく治まらなかった。
とにかく痛い。
猛烈に痛い。
どんな体勢になっても痛い。
胸を押さえ、背中を丸め、どうにか楽な姿勢を探す。
しかし、どうにもならない。
私は必死に原因を考えた。
胸が痛い。
肩も痛い。
背中まで痛い。
これは、つまり……。
「ひどい肩こりだな……」
……。
そう。
このときの私は、心筋梗塞の発作を肩こりだと思っていたのである。
それも、ちょっとひどい肩こり。
いやいや。
ちょっとどころではない。
胸を握りつぶされるような激痛なのだ。
いくらなんでも、おかしいだろう。
ところが、当時の私は大真面目だった。
肩が痛い。
だから肩こり。
実に単純明快である。
胸まで痛い理由については、特に深く考えなかった。
人間、都合の悪いことは考えないものらしい。
そして時間だけが過ぎていった。
10分。
20分。
まだ痛い。
子供たちはソフトクリームを食べ終わっていた。
私は相変わらず悶絶していた。
それにしても、いつになったら治まるのだろう。
もしかしたら、これは普通の肩こりではないのかもしれない。
……。
当たり前だ。
しかし、ようやくそんな疑問が頭をよぎった頃。
突然だった。
痛みが消えた。
本当に、嘘のように消えた。
「…………?」
私は体を動かしてみた。
痛くない。
胸も痛くない。
肩も痛くない。
背中も痛くない。
おお!
治ったではないか!
いやぁ、ひどい肩こりだった。
まったく、人騒がせな。
……。
ここで病院へ行けば、まだ救いようがあったのだろう。
しかし、私は違った。
痛みが消えた。
つまり、治った。
この男の頭の中では、すでに事件は解決していたのである。
ちなみに、痛みが続いた時間は、およそ30分。
30分もの間、猛烈な胸の痛みに耐えていたことになる。
それなのに、病院へ行こうとは思わなかった。
恐るべき判断力だ。
さて。
ようやく落ち着いたところで、私はある重大な問題に気がついた。
そういえば、ソフトクリームを注文していた。
せっかく買ったのだから、食べなければ。
私は自分のソフトクリームを見た。
「…………」
ない。
いや、正確には存在している。
ただし、先ほどまでとは姿が違う。
液体だった。
完全に溶けていた。
見事なまでに。
私が死神と格闘している間に、ソフトクリームが先に死んでいたのである。
……。
悲しい。
実に悲しい出来事だ。
双子はとっくに食べ終わっている。
私の分だけ、見事に溶けている。
父親の命よりソフトクリームを優先した子供たちは、無事に食べ終わった。
父親は、命こそ助かったものの、ソフトクリームを失った。
なんという理不尽。
これでは踏んだり蹴ったりではないか。
いや。
そもそも、私がソフトクリームを注文したのが悪い。
自分でも分かっている。
分かってはいるのだが……。
せめて一口くらい食べたかった。
こうして、私の人生初となる死神とのダンスは終了した。
あれほどの激痛に襲われながら、救急車も呼ばず、病院にも行かず。
私は何事もなかったかのように帰宅した。
あくまでも、ひどい肩こりが治ったという認識である。
今となっては、信じられない話だ。
後に心筋梗塞と判明したからこそ、笑い話として書いているが、当時の行動は本当に危険だった。
突然の激しい胸や背中の痛みは、心臓の重大な異常でも起こる。こんなときは我慢せず、すぐ119番に連絡してほしい。
それにしても。
あのとき、死神は何をしていたのだろう。
私が悶絶する横で、双子が必死にソフトクリームを食べている。
父親は「ダメだ」と答えているのに、誰も救急車を呼ばない。
挙げ句の果てに、本人は肩こりだと思っている。
……。
もしかすると、死神も笑っていたのかもしれない。
「こいつら、何やってんだ?」
と。
いずれにせよ、この日の死神との初公演は、無事に幕を閉じた。
めでたし、めでたし。
……。
ところが、そう簡単には終わらなかった。
どうやら、死神はアンコールが好きだったらしい。
しかも、かなりしつこいタイプだったようだ。
私はまだ知らなかった。
この日の公演が、三部構成だったということを。
――第1話・完――
次回「死神とダンス② ―まさかの再演―」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回の教訓。
胸が猛烈に痛くなったら、ソフトクリームより救急車です。
ちなみに、双子は現在も元気です。
私も、なぜか生きています。
次回、死神との第二ラウンド。
どうやら一度では満足できなかったようです。
※胸の激痛は命に関わる場合があります。絶対に我慢せず、119番へ。




