9 生物的促進の結果
「……うるさすぎる。ここ、本当に宇宙船か?」
季節は巡り、春先。本来、空調が完璧に管理された『レンズ』に季節感など無いはずなのだが、猫たちには関係なかった。船内の至る所から、野性味溢れる……というか、安眠を叩き壊すような雄叫びが響き渡る。
「ルールー! 生体反応スキャン、現状を報告しろ!」
『報告します、ネタ。現在、船内の猫の総数は五十三匹。一ヶ月前から一六五パーセントの増加を記録。まさに爆発的なベビーラッシュですね。あなたの「猫監視システム」は、もはや処理限界を超えています』
「マジで乗っ取られかねん……。このままだと、俺の居住区まで猫の毛に埋もれちまう!」
俺は怒髪天を突き、再びサキのエリアへ通信を繋いだ。文句の一つや二つじゃ足りない。だが、モニターに映し出されたのは、優雅なティータイムではなく、慌ただしくパッキングに勤しむサキの姿だった。
そして、その隣には、見知らぬ成人男性が当たり前のような顔で立っている。
「おい、サキ観察官! この猫の山をどうにか……って、誰だその男!?」
「あら、おじさん。ちょうどいいわ、挨拶しようと思ってたの」
サキは、以前の刺々しさが嘘のように、どこか晴れやかな顔で微笑んだ。
「私、結婚して妊娠したから、本国へ戻ることになったの。地球の『生物的促進』の効果は絶大だったわ。猫の自然妊娠データも完璧に取れたし、何より私も、この彼と『本能』で結ばれちゃったみたい。じゃあね、お幸せに!」
「はぁぁぁ!? 妊娠!? 帰る!? 猫は全部連れて帰るんだろうな! おいッ!!」
俺の制止も虚しく、サキ・ミナセは嵐のように去っていった。五十二匹の猫と、例の男を連れて。船内には、一匹だけ「置いていかれた」らしい子猫の鳴き声と、静寂だけが取り残された。
「……なぁ、ルールー。あの男、いつからここにいたんだ? 密航か?」
『いいえ。二ヶ月ほど前、正式に乗船許可を求められ、私は承認しましたよ?』
「知らねぇぞ! 俺は一言も聞いてない!」
『……ちょうど、猫の発情期の雄叫びにあなたが発狂して、耳栓をして部屋に引きこもっていた時ですよ。「何でもいいから許可しとけ!」って叫んでいたのを、私は聞き逃しませんでした』
ルールーの無機質な声が、過去の自分の失態を冷酷に突きつける。
「……あの喧騒に紛れて、俺の知らないところで人類の『野生の繁殖』が行われていたっていうのか。……エリートってのは、やることが極端すぎるだろ」
俺はガランとしたサキの元居住エリアを眺め、深く、長いため息をついた。
「ま、いいか。これでやっと、俺と、ララと、リリの静かな生活が戻ってくるわけだ。……一匹増えた猫の世話は、ララに任せるとして」
窓の外、再生した地球は今日も変わらず青かった。




