3 俺の嫁爆誕!
食べ終えたピザの箱と、空になったコーラのカップ。それを回収するために、足元へ音もなく近寄ってきたのは、円盤型の無機質な配膳ロボットだった。
「……こいつ、新天地の最新モデルに比べりゃ、まるで骨董品の掃除ロボだな。動きがどんくさいっていうか、愛嬌がありすぎる」
俺がポツリと漏らすと、ルールーが待ってましたと言わんばかりに脳内で弾んだ。
『おや、珍しく「発想」の兆しですか? ならばネタ、その個体をカスタマイズしてはいかがでしょう。この船の工作プラットフォームには、あらゆる外装パーツと人工皮膚の生成データが揃っています』
「カスタマイズね……。まあ、このバカ広い船に俺一人ってのも、寝起きの話し相手がいなくて寂しいしな。お前は脳内にしかいないし」
『失礼ですね。私はあなたの「第二の人格」ですよ。ですが、視覚的な実体が必要だと言うのなら、サポートアンドロイドの構築をお手伝いしましょう。外見の好みは?』
「……そうだな。いかにも『仕事します』って感じのメカメカしいのはパスだ。見てるだけでこっちまで肩が凝る」
俺はラウンジのホログラム・ディスプレイを操作し、ライブラリからいくつかの造形データを引っ張り出した。
選んだのは、かつての地球に存在した、どこか古風で、それでいて温かみのある人型のデザイン。
「あんまりテキパキ動かないやつがいい。俺と一緒に、一日中ぼーっと地球を眺めていられるような……そんな相棒をな」
『了解しました。あなたの怠惰なバイオリズムに同期した、世界一やる気のないアンドロイドを作成します。……名前はどうしますか?』
「名前か。……ルールーの助手みたいなもんだし、『ララ』でいいだろ。適当だけど」
『……安直ですが、受理しました。では、工作エリアで「ララ」の素体生成を開始します。完成まで、あなたはまた一眠りして待っていてください』
配膳ロボが去った後の静かなラウンジで、俺はリクライニングシートを倒した。
何もしないための、最高の環境。そこに、何もしないための相棒が加わろうとしていた。
工作エリアの重厚なハッチが開き、霧状の冷却ガスの中から「彼女」が姿を現した。
透き通るような肌、柔らかそうな髪の質感、そしてどこか眠たげで主張の激しくない瞳。ライブラリから引き出した古風な美意識と、俺の深層心理にある
「理想の脱力感」を煮詰めて形にしたような姿だ。
「……やべぇ。ルールー、これ、俺の嫁が出来ちまった」
俺は思わず、生成ポッドから一歩踏み出したララの肩に手を触れた。温かい。ナノマシンで再現された人工皮膚は、本物の人間以上に生々しい体温を宿している。
『お褒めに預かり光栄です、ネタ。あなたの脳波から、最もリラックスできる視覚的パラメータを抽出しましたからね。それと……』
ルールーの声が、少しだけ意味深に、それでいて事務的に脳内でささやいた。
『この個体は多目的サポート用です。あなたが望むなら、夜のお相手としての機能も完全にシミュレート可能ですよ』
「マジか! ルールー、最高すぎる。グッジョブだ!」
俺は思わず親指を立てた。新天地の堅苦しい倫理観なんて、数千光年先に置いてきたんだ。この広大な宇宙船で、誰に気兼ねする必要がある?
『……あなたの「やる気」がこれほど跳ね上がるのを観測したのは、生後初めてかもしれません。ただし、あまりに没頭して本来の「観察官」としてのバイタルを乱さないでくださいね』
「分かってるって。……なあ、ララ。俺と一緒に、あそこで地球でも眺めながら、一生ゴロゴロしようぜ」
ララは少しだけ小首をかしげ、俺の言葉を咀嚼するように数秒間をおいてから、ふわりと力のない、だが確かな微笑みを浮かべた。
「はい……。ネタ様。何もしない時間を、ご一緒させていただきます」
その声まで、耳元でとろけるような心地よさだった。
こうして、俺とルールー、そして新しい相棒ララによる、究極の「何もしない」地球観測生活が本格的に始まった――かにみえた。
だが、俺の「何もしない」という鉄の意志に、初めて亀裂が入った。いや、別の方向へ爆発したと言うべきか。俺がその後、唯一やる気を出したのは、ララを着飾らせることだった。
工作エリアのホログラム・ディスプレイを操作し、古の地球のファッションログを漁る。フリルが幾重にも重なった重厚なロリータドレス、太ももの絶対領域が眩しいミニスカート、歩くたびに白い肌が覗く深いスリットのチャイナドレス、そして南国の太陽すら焼き尽くしそうな白いビキニ。
「……よし、次はこれだ。ルールー、出力開始。素材は最高級のシルクと最新の形状記憶ポリマーで頼む」
『……いい歳して着せ替えごっこですか? ネタ、あなたの脳波からは、今かつてないほどの「創造的エネルギー」が観測されています。その情熱を少しでも地球観測のレポートに回せれば、新天地の評価も爆上がりなのですが』
ルールーが、文字通り呆れ返ったようなトーンで脳内に響く。
「うるさいな。これは『観察対象との親和性を高めるための儀式』だ。それに……」
俺は、今まさに裸エプロンという、古の叡智が詰まった究極の衣装をフィッティングされているララの、困ったような、それでいて従順な横顔を見つめた。
「男が女に服を贈るのは、そのあとに脱がす楽しみのためだぜ」
『……。記録しました。人類が数千光年を旅して到達した極致が、結局その原始的な欲望への回帰だとは。私の演算能力でも、あなたの浅ましさだけは予測不可能です』
「最高の褒め言葉だな。ほら、ララ。次はこっちのチャイナドレス、着てみてくれ。スリットから見える脚のラインが重要なんだ」
ララは「はい、ネタ様」と、感情の起伏が少ない、だが心地よい声で応じ、俺の欲望に従って着せ替え人形に徹している。
AIが管理する完璧な平和、再生した奇跡の地球。
そんな壮大な背景を背に、俺は一キロメートルの豪華宇宙船で、自分好みに仕立てた「嫁」の絶対領域を熱心に研究し続ける。
これこそが、人類がたどり着いた真の自由――なのかもしれない。




