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なんもしないのがお仕事です〜ニートが滅んだはずの地球が謎の再生をしたので観測員になりました〜  作者: 小兎


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2 ニート。それは家事も就活も「全スルー」して布団を守る自宅の守護神の呼び名。


視界が白く霞んでいる。


意識が浮上する感覚は、ぬるま湯から引き上げられる瞬間に似ていた。耳元で、AIの合成音声が低く、だが執拗にささやき続けている。


「……各生体ユニット、正常。バイタル、安定。ネタ・ロゥ・サーネン様。まもなく次元跳躍の副作用が完全に消失します」


ふあ、と大きなあくびが零れた。


「……うるさいなあ。あと五分」


寝返りを打つのがとてもスムーズで違和感に(ん?)と目が覚めた。


視界に入ったのは自室の量産品の睡眠カプセルの蓋ものではなかった。

高級オーダー睡眠カプセルだった。


「あれぇ?」


寝起きで脳みそが動かなくて自分がどこにいるのか分からなくてしばし思案した後


「あぁ〜」


と思い当たった。


事の起こりは数週間前。


いつものように「今日はどの角度で寝るのが一番深い眠りにつけるか」という崇高な探求に耽っていた俺のところに、両親が血相を変えて飛び込んできたのだ。


『ネタ、おめでとう! 職が決まったわよ!』


『お前のその「何もしない」という才能が、ついに人類の役に立つ時が来たんだ!』


差し出された端末には、「地球観察官」という大層な肩書きが躍っていた。


なんでも、再生した母星である地球を、ただじっと見守るだけの仕事らしい。新天地の連中は「新しい発想」だの「創造的な活動」だのと、呼吸をするように何かを生み出さなきゃ死ぬ病気にでもかかっているような人間ばかりだから、俺のような「何もしないヤツ」は絶滅危惧種並みに希少だったというわけだ。


正直、どこで寝ていても同じだ。だったら、口うるさい両親から離れて、誰もいない静かな場所で寝かせてくれるという条件は、そう悪くない。


「目的地に到着しました。これより『地球不可侵聖域・第一観測ポスト』への周回軌道に乗ります」


 睡眠学習で詰め込まれた知識によれば、あの星は一度死に、そして勝手に生き返ったらしい。AIにはその「勝手に」の理由がわからないから、俺に見ていろと言っている。


 だが、俺に言わせれば、AIも人類も難しく考えすぎだ。

 ただ、そこに在る。それだけでいいじゃないか。


「ネタ様。本日より、あなたの任務が始まります。何か、最初のご要望はありますか?」


 宇宙船のAIの合成音声が聞いてくる。


 「……最高の枕を。それから、アラームは切っておいてくれ」


俺は再び瞼を閉じた。


人類の奇跡だか何だか知らないが、俺がこの星で最初にする「何もしない」は、二度寝に決めていた。


二度寝という名の、至福の深淵。


次にまぶたを持ち上げたとき室内照明は睡眠モードで薄暗かった。


「……腹減った」


 応えたのは、脳内に直接響く、少し呆れたような女の声だ。


『おはようございます、ネタ。二度寝の時間は三時間四十二分。消費カロリーは微々たるものですが、食欲だけは一人前ですね』


声の主は、ルールー。


俺たちが生まれた時から脳内に埋め込まれている成長型AIナノデバイスだ。メディカルチェックから外部リンク、さらには「第二の人格」として思考をサポートしてくれる、いわば脳に寄生した便利屋さん。


本来は無機質な製品番号で呼ばれるはずだが、俺が物心ついた頃に勝手に名付けた。今じゃ俺の「何もしない」性格を完璧に学習しやがって、皮肉のキレも一級品だ。


「ルールー……。なんか、こう……ガツンとくるやつ。ピザ。あと、コーラ。超ジャンクなやつ、頼む」


 俺が「食事」のオーダーを出す。脳内のデバイスを経由し宇宙船のオート・キッチンへ信号が飛ぶ。


『……正気ですか? 睡眠学習で叩き込まれた「最適栄養バランス」の知識は、どこへ雲散霧消したのでしょう。この宇宙船には最高級の完全栄養ペーストが備蓄されているというのに』


「あんな味のしない糊食えるかよ。せっかく地球に来たんだ。古いにしえのジャンク精神を尊重しないとな」


『屁理屈の構築速度だけは、新人類の中でもトップクラスですね。了解しました。高カロリー、高脂質、高塩分。心血管疾患のリスクを0.002%上昇させる、野蛮な円盤状の食べ物を生成します』


 ルールーの声には、俺の脱力感が絶妙に反映されている。他のエリート層のAIならもっと効率的な提案をするんだろうが、こいつは俺に毒されすぎて、どこか保護者気取りの小言が多い。


「いいんだよ、死ななきゃ。俺の仕事は『何もしないこと』だろ? だったら、血圧上げるくらいしかやることがない」


『あなたの両親がこの通信を聞いていないことを切に願います。……準備ができました。ラウンジへ移動してください』


俺は重い腰を上げ、ようやく最高級睡眠カプセルから這い出た。


手足の先まで行き渡った重力は、地球の標準重力を精密に再現したものだ。この船、地球観測船『レンズ』は、そ「覗き見る」ためだけに設計された最新鋭の観測プラットフォームだ。居住区は快適そのものだが、兵器の類いはおろか、地表に干渉するためのマニピュレーター一本すらついていない。


ただ、高性能なセンサーと、高性能観測レンズと、俺という「生身の目」を積んで、この星の軌道上を静かに漂っている。


ラウンジへ向かう自動通路の横、透過装甲の向こう側に、あの青い球体が鎮座していた。


「……我が母なる地球は再生した、いわばセカンドバージンの乙女ってトコだ。お触りは禁止、でも覗きはOKなんて変態ちっくだな」


俺が鼻を鳴らしながら呟くと、ルールーが即座に脳内で応じる。


『例えの品性を疑いますが、概ねその通りです。人類は過去の過ちをマニュアル化し、この星を物理的な汚染から隔離しました。今のあなたは、世界で唯一許可された「合法的なストーカー」と言えるでしょう』


「言い方が悪いな。もっとこう、ロマンチックに言えないのかよ。……まあいい。結局、誰もこの星に触れる勇気がないだけなんだろ。一度ぶっ壊したおもちゃが勝手に直ってたからって、遠くから眺めて拝んでる。滑稽だよな」


新天地の連中は、この星を「奇跡」と呼び、不可侵の聖域として奉っている。だが、俺にしてみれば、ここはただの巨大な放任の果ての結果だ。


『人類の知性では、この再生のプロセスを完全にはシミュレートできませんでした。だからこそ、AIのロジックに染まっていないあなたの「ノイズだらけの視点」が必要とされているのです』


「はいはい。要するに、何も考えずにぼーっとしてろってことだろ。得意分野だよ」


ラウンジのテーブルには、ルールーが文句を言いながらも用意した、毒々しいほど赤いサラミが載ったピザと、黒い液体が並んでいた。


俺は椅子に深く沈み込み、ピザの端を齧りながら、窓の外に広がる「手出し無用」の絶景を眺める。


数千年かけて洗い流された地球の素肌は、確かに、馬鹿みたいに綺麗だった。


コーラを一口啜ると、ルールーが立て板に水のごとく、この船の仕様を脳内に垂れ流し始めた。


『ネタ、食事中失礼しますが、改めてこの船の管理状況を共有します。あなたが「何もしない」ことに専念できるよう、この船は完全自給自足の極致にあります』


「ああ、わかってるよ。核融合炉だっけ? 俺が寝てる間も、こいつが勝手に電気を作ってくれるんだろ」


『その通りです。エネルギー源は半永久的。さらに、ナノマシンによる分子レベルのリサイクルシステムが、あなたの排泄物すらも再びピザの具材へと変える準備を整えています』


「……食ってる最中に言うことかよ。品性を疑うのはどっちだ」


『事実を述べたまでです。居住区は百平方メートルのスイート仕様。運動不足解消のために、直径五百メートルにおよぶ擬似自然バイオームも併設されています。土の匂いも、川のせせらぎも、すべてはあなたのメンタルを維持するための「文化的」な演出です』


文化的ねぇ・・・


『メディカルポッドはあらゆる病気や加齢を抑制します。つまり、あなたがどれだけ自堕落に、どれだけジャンクフードを貪ろうとも、私が強制的に健康を維持させます。死ぬことすら、この船では許可が必要なほどに』


「至れり尽くせりだな。……でもさ、これだけの設備があって、中身は俺一人。豪華客船に客が一人だけって、シュールすぎるだろ」


『それこそが「観察官」の特権です。人類の全知識を背景に、あなたはただ、再生した地球の「ノイズ」を拾う。それが、この一キロメートルの巨大な瞳に課せられた唯一の使命なのですから』


ルールーの解説を聞き流しながら、俺はピザの耳を齧った。


最新鋭のテクノロジーと、古のジャンクフード。そして、眼下に横たわる処女雪のような地球。


「……ま、とりあえず、明日の散歩コースはあの森のどこか、一番昼寝に良さそうな木の下に決めた」


『了解しました』



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