諸将参集
馬超が隴へ着いてから二十日余りが過ぎていた。
城外の哨戒と街道の偵察は滞りなく続いており、軍務の合間を縫っては楊彪から『尚書』の講義を受ける日もある。
朝廷も関中の各地へ使者を走らせ援軍を迎える支度を整えつつあった。
金城からはすでに父の返書が届いている。
『詔は承った。兵を率いて参る。委細は隴にて聞く』
飾り気のない短い文面であった。
来援を疑う余地はなくなったが、最後の一行に込められたであろう不穏な気配は読み飛ばした。
その朝、馬超が幕舎で書をめくっていると、先触れの騎兵が砂煙を上げて陣へ駆け込んできた。
「安狄将軍の軍、間もなく到着いたします!」
馬超は竹簡を巻き、龐徳と馬岱を呼んで出迎えに走った。
(六千の兵は期日に間に合った。あとは父上の小言をどれだけ短くやり過ごせるかだな)
だが、街道の向こうに軍列が現れるとそんな軽口は頭から吹き飛んだ。
先頭を進む騎兵に続いて長槍を掲げた歩兵が延々と続き、糧秣や武具を満載した輜重車が車列を成している。
馬氏の白旗の合間には見慣れぬ将の旗も混じり、列の尾根はまだ遥か地平の向こうに霞んでいた。
自分が率いてきた二千五百騎とは軍勢の厚みがまるで違う。
口先で約束した「六千」という数字を、父は人と馬と荷を伴う本物の軍団として過不足なくこの隴の地へ連れてきたのだ。
◇
「父上、よくぞ無事にご到着なさいました」
馬超が道端で拝礼すると、馬騰は馬を止め馬上からじろりと息子を見下ろした。
「……ひと月の期限には、間に合ったようだな」
それだけぶっきらぼうに告げると、背後に控える将たちへ顎をしゃくった。
「安定の楊秋と成宜、北地の馬玩だ。それぞれ手勢を率いて参集してくれた。後続も順次追って来る」
楊秋と成宜からは以前にも馬氏に従いたい旨の使者が届いていた。
その申し出を出兵という目に見える形へまとめ上げ、馬玩ら諸将まで抱き込んで連れてきたのは紛れもなく父の手腕であった。
馬超は三人へ向き直り、拱手した。
「皆様のお力添え、心強く存じます」
「孟起殿の武名はかねてより聞き及んでおります。今度は我らにも漢室のために功を立てる場を分けていただきたい」
楊秋が愛想よく応じた。
馬玩は後ろの隊列へ馬首を巡らせて合図を送り、成宜は荷車の到着を鋭い目で見届けている。
いずれも自前の兵と縄張りを持つ一廉の豪強たちであった。
朝廷から迎えに出ていた董昭が進み出て、馬騰へ深々と礼を執った。
「将軍のご参着、天子もお待ちかねでございます。城外に宿営地を手配してございます」
「ご苦労。まずは人馬を休ませたい」
馬騰は馬を下り、出迎えた張繍とも視線を交わした。
「張将軍、陛下をお守りしてここまでよくぞ耐え抜かれた。今の守りを乱す気はない。我が軍を収めるべき場所を確かめたい」
張繍が宿営の予定地を示すと馬騰は各部隊へ順次入るよう簡潔に命じた。
全軍を一挙に城門へ殺到させるような真似はせず街道と輜重の通路を整然と空けさせていく。
馬超は龐徳と馬岱に陣地の案内を任せた。
董昭は第一陣六千の到着を確認すると朝廷へ吉報を届けるべく足早に去っていった。
◇
各部隊の設営が落ち着くと馬超は父の天幕へ呼び出された。
側近を下がらせた馬騰は息子から送られてきた報告の書状を卓へ放り出した。
「……俺の出立の期日を勝手に決め、連れていく兵数を決め、挙げ句の果てには天下の忠臣にまで祭り上げてくれたそうだな」
「父上の威名を天下に示すまたとない好機にございます。ここで躊躇えば諸将をまとめて漢を支える役目を他の者に取られかねませぬ」
馬超は、ただ父のためを思ったなどと弁解するつもりはなかった。
朝廷の大義と馬氏の武力を結びつけることで、隴右の片田舎にとどまっていては得られぬ権威と足場を手に入れる――その計算を隠さずぶつけた。
馬騰は息子の言葉をじっと聞き届け、書状を無造作に脇へ寄せた。
「詔は承った。二賊は討つ。そのためにこれだけの兵を連れてきたのだ。俺とていつまでも関中をあの凶徒どもに荒らさせておくつもりはない」
馬騰は金城に残す兵と留守を預ける者を定め、諸将にも備えをさせてから出立したという。
第一陣には各部の先発兵を加え残る六千を後から送り出す手筈も整えていた。
息子の虚勢を埋め合わせるためだけに、後先を考えず飛び出してきたわけではなかったのだ。
「だがな、朝廷の顔を立てるのは結構だが俺に従ってきた者たちの顔も忘れるなよ」
馬騰は天幕の入り口へ視線を投げた。
「自前の兵と糧を出してついてきた連中だ。朝廷に褒められたとお前だけが悦に入り、あいつらの流す血や働きが疎かにされては困る」
「諸将の功も漏らさず朝廷へ伝えられるようにしましょう。従ってきた者が報われねば次の軍は動きませぬ」
馬騰は短く頷いた。
朝廷へ兵を届けて終わりではない。
兵を朝廷へ差し出せば終わりではない。
汗や血を流す者たちへ何を返すかまで引き受けてこそ、馬騰は彼らを率いていられるのであった。
馬超は続けて天子との内謁と、楊彪の門下へ入った件を切り出した。
「……楊公が、お前を門生にしたのか」
この時ばかりは、馬騰も驚きを露わにして眉を跳ね上げた。
「『欧陽尚書』を手ずから授かっております。さらに、華陰におられる御子息の楊徳祖殿を私の配下として預けたいとの仰せです。家の整理がつき次第、前線にて合流させる手はずになっております」
「お前の配下に、楊氏の嫡男をか……」
息子はただ大言を吐いていただけではなかった。
天下屈指の名門である弘農楊氏の懐へ飛び込み、その跡取りを実務で手元に置く約束まで取りつけていたのだ。
「それから、馬休の縁談についてもご相談がございます」
馬騰が胡乱げに息子を見返した。
「俺の出兵だけでなく、弟の嫁まで勝手に決めてきたのか」
「そちらはまだ決めておりません」
張繍の娘との話を手短に伝えると、馬騰は太い顎髭を撫で回した。
「……張将軍と直に盃を交わして確かめてみる。休にも事前に話を通さねばならんな」
父の声音から先ほどまでの刺々しさが薄れていた。
◇
翌日、隴へ向かう北の街道に新たな軍旗の群れが現れた。
関中の諸将、侯選、李堪、程銀らの軍勢である。
合わせて三千余りの兵を率い詔を奉じて参着したという。
馬騰の着陣を知って慌てて駆けつけたのではない。
朝廷から放たれた密使と檄文を受け、郭汜の勢力圏を避けて関中北部から安定方面を迂回し隴を目指していたのだ。
馬超は父とともに陣頭で三将を出迎えた。
「陛下の詔を奉じ、兵を率いて参りました。我らにも二賊を討つ働きをお命じいただきたい」
侯選が進み出て拱手した。
彼らは馬氏の配下になったわけではない。
朝廷が馬騰に関中の軍勢を統率するよう命じたため、その号令のもとで共に戦うべく馳せ参じたのだ。
「よくぞ駆けつけてくれた。力を合わせ、逆賊を長安から叩き出そう」
馬騰が豪快に出迎えると、李堪が念を押すように口を開いた。
「兵と糧を出して参った以上、我らの働きも朝廷にお取り上げいただきたい」
「誰がどれだけ働いたかは明らかに奏する。まずは兵を休ませ道中で得た敵の様子を聞かせてくれ」
李堪は納得したように頷き、程銀とともに自軍の宿営地の確認へ向かった。
二賊の暴政に怯えて活路を求める者もいれば、官軍の看板を借りて地位を得ようとする者もいる。
無私の忠義ではないが、それぞれに譲れぬ欲があるからこそ命懸けで兵を動かす動機にもなる。
馬超は陣の外に立ち並ぶ見慣れぬ軍旗を見渡した。
(詔を掲げれば諸将は動く、と三公の前で啖呵を切ったが……本当にここまで集まるものだな)
父の威名とは別に朝廷自身が檄を飛ばし諸将がそれに応じた成果であった。
自らの描いた絵図が現実の軍勢となって動き始めていることに馬超は素直な手応えを噛みしめていた。
馬騰は各部隊の兵数と兵糧、後続の見込みを素早く報告させた。
旗の数が増えたからといって一括りに扱えるほど軍隊は単純ではない。
「超、行在の警護はお前が先に差配しているな。張将軍と連絡を密にしておけ。新参の軍勢まで狭い城内へ近づけるなよ」
「心得ております」
馬超は頭を下げた。
二千五百騎を率いる自分も、ここからは父が統率する連合軍の「先鋒」という確固たる一翼を担うことになる。
◇
日が傾きかけた頃、尚書令の士孫瑞から使者が届いた。
明朝、馬騰の正式な天子拝謁を執り行うという。
馬超が三公との事前のやり取りを改めて耳打ちしようとすると、父は無言で手掌をかざして制した。
「聞いた。明日は、俺自身の言葉で陛下へ申し上げる」
馬騰はそれだけ告げると朝廷から下された軍令の木簡を静かに広げた。
馬超は頭を下げ幕舎を出た。
父が何をするかを代わって語り続ける必要はなくなった。
これからは、その父を漢の功臣にするため自分も槍働きをせねばならない。
夕暮れの城外には、馬氏の旗に加え、楊秋、馬玩、成宜、侯選、李堪、程銀らの旗が並んでいた。
兵の装備も、隊を整える声も違う。
それぞれの旗を掲げたまま同じ敵へ向かおうとしている。
明朝、この荒々しい連合軍を背負い馬騰が天子の御前へと進み出ようとしていた。




