門下
廊下の足音が近づき、馬超の待つ小部屋へ楊彪が入ってきた。
馬超が立ち上がって礼を取ると、楊彪は上座へ腰を下ろし従者を下がらせてから座るよう促した。
「先ほどの話だがな。分かってはおろうが、侍中でも黄門でもないお前がそう度々直接陛下へお目通りできる機会などないぞ」
先ほどの劉協へ見聞を伝えると約束した件である。
今日召されたことと、今後いつでも会えることは違うと釘を刺したのだ。
(そんなのわかっちゃいるが……天子にああ問われて、お話しする機会がないなどと答えられるわけもないだろう)
勝手に禁裏へ押しかけるつもりはなかったが、正面から向き合った直後の牽制はあまり心地よいものでもなかった。
「……心得ております」
馬超が短く返すと楊彪はそれ以上追及せず、ふと声音を和らげて話を変えた。
「ところで、蔡伯喈の娘を娶ったそうだな」
「はい。今は冀にて暮らしております」
「落ち着いて暮らしているか」
まず暮らしを案じられ、馬超は少し意外に思った。
「書を読み、筆を執る暮らしに戻っております。親しくしている者もできました」
楊彪はうなずき、出会った経緯を尋ねた。
馬超は長安からの帰路、匈奴に連れ去られかけていた蔡琰を龐徳とともに救ったことを話した。
冀へ伴って身を落ち着けてもらい、その後に妻として迎えたことも伝える。
楊彪は相槌も打たず、静かに聞き届けていた。
「伯喈を救うことは叶わなかった。せめてその娘まで失わずに済んだのは不幸中の幸いだ。お前の働きには私からも礼を言わせてもらおう」
蔡邕の娘を娶ったことは士人との交わりにおいて大きな利があると考えていた。
だが楊彪にとっては単なる名声ではなく亡き友の忘れ形見なのだ。
無事を聞き届け、老臣の強張った肩からわずかに力が抜けたように見えた。
「伯喈とは翁叔らとともに東観で漢記の編纂を行っていた。まだ補うべき箇所が多く残されていたのだがな。史官の記録を一つ改めるにもそれぞれの拠って立つ考えがあった。集めた文字を並べ替えるだけで済む仕事ではない。伯喈にはまだまだ頼みたいことが山ほどあった」
楊彪は卓上の書へ目を落とし、やがて馬超へ顔を戻した。
「お前も扶風馬氏の連枝であったな。馬融の学は家に伝わっているか」
「名と著述は承知しておりますが、我が家は伏波将軍の裔。南郡や太傅はその兄の系譜だったかと」
「そうであったな」
馬超にとっては歴史書で知った過去の名でも、楊彪にとっては同じ机で筆を執り夜更けまで議論を戦わせた生身の友だった。
その息遣いを知る者から語られると、同じ名であってもまるで響きが違って聞こえた。
「それを袁公路は、節を力ずくで奪い帰ることも許さなかった。ついには屈辱と憤りのうちに死なせた。天子の詔を伝えに行った者をあのように扱うとは」
袁術の名を口にした時、楊彪の声が低くなった。
袁術は楊彪の妻の兄弟でもある。
だが、姻戚の縁があるからといって友を死に追いやった男を擁護する気は微塵もないらしかった。
馬超は安易な相槌を打たず、沈黙を守った。
「残された者には学ばせねばならぬことも多い」
楊彪は白湯を一口すすると、話題を変えた。
「私にも華陰で家を守らせている息子がいる。脩、字は徳祖という」
(楊脩か。稀代の才人だが後継者争いで曹植に味方して曹操に警戒され殺された…そうか、この人の息子だったか)
「書を読むのも文章を作るのもよくできる。だが、家と書の中にいるだけでは見えぬこともある。お前のもとで、少し働かせようと思う」
「それでしたら、父に申し伝え、相応の役目を――」
「馬騰殿ではない。お前に預ける」
楊彪の返答は明瞭だった。
「冀で何をしてきたかは聞いた。これからは戦もある。人を動かし、糧を運び、命を伝える。その中で書を読んだだけでは分からぬことを見せよ」
馬超が答えようとすると楊彪はさらに言い添えた。
「私の子だからと座らせて褒めておくだけでは困る。文書でも使者でもできる仕事はさせてよい」
太尉の息子を預かるだけでも気を遣うが、その上実務で鍛えろという。
もしかしたら監視の意味もあるのかも知れなかった。
それでも文書と交渉を任せられる者は欲しかった。
法正と孟達を冀に残してきた今、この先へ連れていける人材は貴重である。
「承知いたしました。私の手元で働いていただきます」
「家の後始末を引き継がせる。段煨へも手紙を添え、軍が東へ動く折に合流できるよう手配しよう」
すぐにでも連れてくるという話ではないらしい。
馬超はそれを聞いて、内心ほっと息を吐いた。
「脩にはお前のもとで見せたいことがある。だが、お前にもまだ学ぶべきことは多い」
話が自分へ戻り、馬超は姿勢を正した。
「孟子と孝経はよく身についているようだ。だが五経の文も、都合のよい一句を都合よく引くだけで満足するな。もっと深く読み込め。特に『尚書』だ」
「はい。教えを乞いたく存じます」
「先ほど陛下に見聞きしたことを伝えると申したな。――『無逸』は読んだか」
「周公旦が成王を戒め、稼穡の艱難を知り安逸に流れるなと説いた篇と承知しております」
若い成王へ向けた戒めである。
楊彪が今その篇を取り上げたのは、先ほどの劉協との対面を踏まえてのことだろう。
馬超も蔡琰に軽く講釈してもらったが、注や諸家の解釈まで体系的に修めたわけではない。
楊彪にその先を深く問われればたちまち答えに窮するだろう。
「陛下に聞けと勧めたのはよい。だが、何を聞き、何を問い、聞いたことをどう考えるかは学問の土台がなければ定まらぬ。それは奏上するお前とて同じことだ」
田畑を一瞥しただけで農民の苦難が理解できると思うな、作物が青々と実っていようとそれを育てた民の手元にどれだけの粟が残るのか。
取り立てた兵糧が前線へ運ばれるまでにどれほどの民が夫役に駆り出され、牛馬をすり減らしているのか。
伝える側の視野が浅ければ天子へ届く報告もまた薄っぺらなものにしかならない。
馬超の脳裏に、冀での治水と開墾の日々がよぎった。
「水路を拓くにも人手が要ります。されど人を集めすぎれば田植えの手が止まる。収穫を増やすための工事で今年の実りを枯らしては本末転倒であると、現地の吏人たちにも申し聞かせてまいりました」
「そういうことだ。お前が田や軍で直に見聞きした経験は経書を読む上での得難い血肉となる。だが、見たことの狭い枠だけで天下を語るな。古の聖賢が遺した言葉と常に照らし合わせ考え続けよ」
冀での経験は軽んじられていなかった。馬超も学問の不足を指摘されたというだけで反発する気にはならない。
昨日は自分の考えを通すために経書を引いた。今はその考えを深く確かめるために読めと勧められているのであった。
「我が家は欧陽の『尚書』を伝えている。学ぶ覚悟があるならば、私が直々に手ほどきをしてやろう」
馬超は目を見張り、楊彪の顔を見つめた。
弘農楊氏の門生となる。
血筋と師友の系譜が個人の信用を決定づけるこの時代においてそれは単なる勉学の枠を遥かに超えた意味を持つ。
馬騰の息子という出自に加え、士人社会へ通じる後ろ盾を得られる機会となる。
楊彪は馬超の驚きを待たずに言葉を継いだ。
「私は陛下への侍講も務める。軍務に差し支えのない時には、お前も門生として同席すればよい」
「陛下のお側へ、同席を許されるのですか」
「陛下には私から申し上げる。お許しがあればその席で学べ。問われた時には見聞きしたことも答えられよう」
そこでようやく、馬超は最初の牽制の意味を悟った。
(なるほどな。自分の目の届く範囲でなら陛下と話をさせてやるということか。恐ろしく食えない爺だ)
蔡琰を案じた声まで偽りとは思わない。
息子に学ばせたいことも、馬超へ教えたいこともある。
その上で天子との関係を自分の目で見ておくつもりなのだ。
馬超としても、純粋な学問だけを求めているわけではない。
互いに引き受けるべき利害と覚悟があるからこそ、乗るに足る盤石な取引であった。
馬超は座り直し、両手を重ねて深々と平伏した。
「願ってもないお申し出にございます。どうか、門下に加えていただきたく存じます」
「ならばまず『無逸』を読み直しておけ。次に来た時に聞く」
楊彪は机の脇に置いてあった竹簡を手に取り、馬超の前へ差し出した。
看板だけを貸して体裁を取り繕う気はさらさらないらしい。
「よし、今日は下がれ」
「はい」
部屋を辞し、薄暗い廊下に出た馬超は腕の中に抱えた竹簡へ視線を落とした。
(陛下と話す道を一つ得るのに、厄介な宿題まで増えたか)
だが、前世では名と逸話を知るばかりだった楊彪からその家の学を直接聞ける。
馬超は廊下で歩みを止め渡された書を少しだけ開いた。




