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伏波将軍

 翌朝、(ろう)の治府には百官が列していた。


 先日、馬超(ばちょう)が私的に召された時とは違う。

 上座には天子の劉協(りゅうきょう)が座し、三公をはじめ尚書、九卿らがそれぞれの座を占めている。

 地方の治府を整えた場であっても衣冠を正した者たちの間には朝廷の礼が保たれていた。


 馬超は父の後方に控えていた。

 楊秋(ようしゅう)馬玩(ばがん)成宜(せいぎ)に加え、侯選(こうせん)李堪(りかん)程銀(ていぎん)らも列している。

 張繍(ちょうしゅう)は朝廷側の将として座し、徐晃(じょこう)も護衛の功と今後の任務について召されていた。

 龐徳(ほうとく)馬岱(ばたい)は城外に残り兵を預かっている。


 尚書令(しょうしょれい)士孫瑞(しそんずい)に促され、馬騰(ばとう)が進み出た。


「臣馬騰、(みことのり)を奉じて参りました。まず六千を率い、後続もこちらへ向かう手筈(てはず)を整えております。李傕(りかく)郭汜(かくし)の二賊を討ち、三輔(さんぽ)を安んじるため、諸将とともに力を尽くします」


 深く礼を取る父を馬超は黙って見ていた。

 父が何を考え、どう働くのか、自分が代わって答える必要はない。

 馬騰は実際に軍を率いて来た者として天子へ奏している。


「よく来てくれた。そなたの来援を、(ちん)も待っていた。二賊の討伐を頼む」


(つつし)んで承ります。また、臣と参った諸将にもそれぞれ働く場をお与えください。功を立てた者は漏らさず奏上いたします」


 昨日、従って来た者の顔も忘れるなと告げた父が、今は自らその働きを認めるよう求めている。


「諸将の働きも朕に知らせてほしい」


 劉協の返答に馬騰は改めて頭を下げた。

 続いて士孫瑞が立ち、整えられた詔を読み上げた。


 隴右(ろうゆう)の騒乱を鎮めた働きと詔を奉じて来援したことが述べられる。馬騰の後ろに控える将たちも姿勢を正してその声を聞いていた。


安狄将軍(あんてきしょうぐん)馬騰を伏波将軍(ふくはしょうぐん)涼州牧(りょうしゅうぼく)とする。(せつ)()し、関中の諸軍を統べて李傕・郭汜を討ち、三輔を安んぜしめよ」


 伏波将軍。

 その号が告げられた瞬間、馬超は父の横顔を見た。


 ()賈詡(かく)董昭(とうしょう)と語り合った時にもその名は挙がっていた。

 父に得させたいと考えた地位が今、天子の正式な命として告げられたのである。

 馬騰が顔を上げると劉協は静かに言葉を継いだ。


「かつての伏波馬援(ばえん)光武皇帝(こうぶこうてい)を助けた。(けい)も朕を助け、(かん)を再び支えてほしい」


 馬騰は一度唇を結び先ほどよりも深く身を伏せた。


「臣、伏波の名を辱めぬよう、身命を賭して働きます」


 謁者(えっしゃ)印綬(いんじゅ)を捧げ、続いて節が授けられる。

 馬騰は両手で受け取るともう一度深く礼を取った。


 父が本当に喜んでいることは馬超にも分かった。


 笑みを広げたわけではない。

 それでも姿勢を戻した顔には軍を率いて隴へ着いた時とは違う誇らしさがあった。


 祖先の馬援と同じ号である。

 馬氏の血を引くから当然に継げるものではなく、父自身が兵を率いて天子を支えようとしたことで改めて授けられた。


 馬騰は印綬へ目を落とした後、控える諸将を振り返った。

 楊秋らもその視線を受け背筋を伸ばす。


(父上を漢の功臣にする、か。とうとう、ここまで形になったな)


 馬超は父の手元を見ていた。


 馬騰は既に諸軍をまとめて二賊を討つ詔を受けている。

 その任務が今、官号と節を伴って本人に託された。

 涼州の州務は州牧として、関中の軍事は討伐の詔によって担う。

 その立場が列席する諸将にも示されたのであった。


 涼州にはまだ父の命が十分に届いていない土地もある。

 得た官を名だけで終わらせぬ仕事は残るが、今は素直に父の受任を喜びたかった。


冀県令(きけんれい)、馬超」


 次に自分の名を呼ばれ、馬超は顔を上げた。


 進み出ると、士孫瑞が先行救援の働きを読み上げた。

 二千五百騎を率いて行在(あんざい)へ駆けつけ、父の到着まで警護を支えてきたことが述べられる。


「馬超を偏将軍(へんしょうぐん)に任じ、伏波将軍の麾下(きか)に属して討伐に当たらせる」


「臣、命を奉じて働きます」


 馬超は深く頭を下げた。

 これまでも父の名の元で兵を動かしていた。

 だが今は、自分自身が将軍に任じられ朝廷の軍の一翼を担うよう命じられたのである。


 印綬を受け取って戻ると父がこちらを見ていた。

 馬騰は何も言わず、一度うなずいた。

 続いて呼ばれたのは徐晃であった。


楊奉(ようほう)が没した後も旧兵を収め、陛下を護衛した功を認める。徐晃を裨将軍(ひしょうぐん)に任じ、その兵を率いて偏将軍馬超に力を併せよ」


 この配属は前夜のうちに張繍と徐晃へ打診されていた。

 徐晃も旧兵とともに討伐へ出ることを望み、馬超の指揮に入ることを承知している。


 主将を失っても司馬(しば)として兵をまとめ天子を守ってきた。

 その働きが徐晃自身の功として認められたのであった。


「臣、謹んで承ります」

「ここまで、よく朕を守ってくれた。今度は討伐の軍で働いてほしい」


 劉協の言葉に、徐晃はさらに深く頭を下げた。

 苦境をともにした兵を引き続き自分の手で率いる。

 そして今度は二賊を討つために働く。

 新たに受けた印綬を確かめると、徐晃は列へ戻った。


 その時、馬超と目が合った。

 城外で兵の扱いを話した時とは違い、二人の立場も定まっている。

 馬超はその視線を受け静かにうなずいた。


 出征する軍に続き、行在に残る軍の任務も定められた。

 張繍は建忠将軍(けんちゅうしょうぐん)から揚武将軍(ようぶしょうぐん)へ官号を改められた。

 引き続き城と行在周辺の軍事的な守りを担い、馬騰の出征後も天子のもとに留まる。


「朕の守りは、引き続き将軍に頼む」

「謹んでお受けいたします」


 張繍の部曲へは馬騰の第一陣からは歩兵を中心に二千を預ける。

 討伐中は張繍の指揮を受ける借兵であり、ここで兵の所属を永久に変えるわけではなかった。

 宮門と治府内部の宿衛も、これまでの担当が維持された。


「預ける兵には揚武将軍の命に従うよう申し付けます。出征中の守りをお願いいたしたい」


 張繍は拱手(きょうしゅ)して応じた。

 馬騰から兵を預かってもその属将になるのではない。

 天子から託された守りを増した兵で続けるのである。


 伏徳(ふくとく)は姿勢を崩さず、その処置を聞いていた。


 馬氏の軍が来れば帝の身辺もその手へ移るのではないか。

 そう問いただしたことは忘れていない。

 今の処置だけで先々まで安心はできないが、少なくとも張繍の指揮は奪われず兵を加えて残された。


 楊秋、馬玩、成宜、侯選、李堪、程銀らには、別部司馬(べつぶしば)として各部を率いる任が与えられた。

 討伐中の軍令は馬騰から受け、功は取りまとめて朝廷へ奏する。


 侯選が進み出て、天子へ礼を取った。

 馬氏へ降ったのではない。

 自分の部隊を引き続き率いながら、朝廷が命じた討伐軍へ加わる。

 その立場を認められた上で、馬騰の軍令に従うのである。


 以前から馬騰に従う意向を示していた楊秋らと、詔を受けて別に参陣した侯選らではもとの関係が違う。

 それでも戦場で受ける命令は一つになった。



 武将たちに続き軍を支える者たちの処遇も告げられた。


 賈詡が願い出ていた侍中(じちゅう)辞任が認められると、幾人かの官人がその姿へ目を向けた。

 馬氏を推した功によって宮中で重きをなすのかと思っていた者には、意外な選択だった。


 董昭は議郎(ぎろう)を保ち、詔によって馬騰の軍事に参ずる。

 朝廷と軍の間で文書を整え交渉を担ってきた働きを続けることとなった。


 さらに裴茂(はいぼう)謁者僕射(えっしゃぼくや)に任じられ、華陰(かいん)段煨(だんわい)や、河東(かとう)梁興(りょうこう)張横(ちょうおう)らへの使者を命じられた。


 既に送られた使いの仕事をやり直すのではない。

 馬騰の任官と討伐軍の編成を伝え、各軍がいつ、どこで動くかを合わせる。

 馬騰が定める作戦を東方へ伝え諸将の兵力と動向をこちらへ返す役目であった。


 馬超は命を受ける者たちを順に見ていた。


 必ず勝てると語った時にはまだ父の返書さえ届いていなかった。

 今は父が諸軍を率い、天子を守る兵も味方を集める使者もそれぞれの任を受けている。


 自分が先に口へ出した戦を本当に始められるところまで来たのだ。



 拝謁(はいえつ)を終えると、馬騰は廊下で賈詡を呼び止めた。


文和(ぶんわ)殿。涼州の別駕(べつが)として、我がもとへ来ていただきたい。州のことも兵のことも、力をお借りしたい」


 侍中の任を辞した賈詡を、新たに州牧となった馬騰が自らの属吏として辟召(へきしょう)する。

 天子が馬騰へ参謀を与えるのとは別のことであった。


「承知いたしました。では、まず集まった軍を、戦えるようにせねばなりませんな」


 賈詡は礼を取った。

 実のところすでに前日に互いの間で内諾は済ませており、儀礼的なやり取りであった。


(文和殿がこちらへ入ってくれるのは大きい。父上も、これからは兵のことだけ考えていればよいわけではないからな)


 馬騰が董昭と話し始めると、徐晃が馬超へ歩み寄った。


「旧兵を率いて、お命に従います」


 改めて礼を取られ、馬超も向き直る。


「徐将軍の兵は引き続き将軍にお願いします。今度の戦では頼りにしております」

「承りました。兵にも伝え出征に備えさせます」


 徐晃はそう言い残して自分の陣へ戻っていった。

 馬超も父に続いて治府を出ると城外へ馬を進めた。



 陣の入り口で、待っていた将兵が声を上げた。


「伏波将軍!」


 馬騰がうなずくと、近くの兵も顔を上げ同じ名を呼んだ。

 馬超はその声を聞きながら父の後に続いた。


 幕舎(ばくしゃ)には斥候(せっこう)からの報告が届いていた。

 郭汜は槐里(かいり)方面へ兵を集めているという。

 馬騰は賈詡と董昭、馬超を前に関中の図を広げた。


「まず郭汜を破り、扶風(ふふう)から長安(ちょうあん)へ進む道を開く。李傕が西へ兵を向けるなら、段煨らには東から圧力をかけてもらう。裴僕射を通じ動く時機を合わせてもらう」


 馬騰は街道を指し馬超へ目を向けた。


「超、先鋒はお前に任せる。徐将軍と兵を合わせ進む道を確かめよ。敵の備えと糧を運べる道を見ておけ」

「はっ、承知いたしました」


 後続の六千はまだ隴への途上にある。

 第一陣から張繍へ預ける二千も引き継ぎを済ませねばならない。

 馬騰は兵糧の到着を確かめながら動かせる部隊から順に進めるつもりであった。


 馬超は幕舎を出ると龐徳と馬岱を呼ばせ、徐晃にも使いを出した。

 父が伏波の名を受けた。

 その名で発した最初の軍令を今度は自分が実行する。


令明(れいめい)、先に出す斥候を選べ。公明殿がお着きになったら、軍の進む道を詰める」


 父の晴れ姿を見ていた息子は、先陣を預かる将として出征の支度に取りかかった。

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