漢の旗(三)
伏徳の問いを受け、馬超は一度言葉を切った。
外戚の力を抑えた後に馬氏の兵が天子を囲めば、権を握る家が替わるだけではないか。冀で賈詡・董昭と語り合ったのも、まさにこの問題であった。
「父には李傕・郭汜を討つ軍を率いてもらいます。その任を果たすための官位と軍権は、朝廷より賜りたいと望んでおります」
馬超は欲を隠さなかった。兵を出しながら何も望まぬと言えば、それこそ何を企んでいるのかと疑われるだろう。
「されど、宮門も百官の進退も何もかも父へお渡しいただきたいとは申しておりません。陛下をお守りするために参ったのであって、陛下を誰の手に置くかを争いに来たのではありません」
張繍が馬超へ目を向けた。先ほども、馬騰の兵から一部を預けると述べていた。馬超は、今ある行在の守りを全て自軍へ置き換えよとは求めていない。
伏徳は口を閉じたが馬超から目を離さなかった。今はそう言えても父の本隊が来た後はどうなるか。まだ言葉以上のものは示されていなかった。
楊彪が問いを引き取った。
「そなたも父の名をもって兵を率い父のために官を望んでいる。その孝と今批判したものはどこが違う」
前世の知識があっても馬騰の嫡子でなければ二千五百騎を率いることなどできなかった。父の栄達が己の利益にもなることを馬超は否定しなかった。
「父が高い官を得て家名を揚げることは私も望んでおります。されど、兵で陛下を脅かし董卓と同じ悪名を残しても家が栄えたとは思えません」
馬超は楊彪の視線を受け止めた。
「父を漢を再興した功臣として後世に伝えたい。それが私の孝です」
「父がそなたの望む道を選ばぬ時はどうする」
「命を賭して諫めます。父の望みに何でも従うためではなく、父を不義に陥らせぬために申し上げます」
馬超は続けて『孝経』の一節を挙げた。
「父に争子あれば身を不義に陥れず、とあります。父の命に従うだけでは孝といえぬとも。親を不義の道へ進ませないことも、子の務めと存じます」
父を切り捨てて自分だけ忠臣になるつもりはない。かといって父から兵と権を奪い名ばかりの高官へ押し込めたいわけでもなかった。
馬氏を大きくする道を求めながら、その果てに一族が滅ぶ結末は避ける。前世の記憶に目覚めて以来馬超が手を尽くしてきたのはそのためである。
楊彪はしばらく黙っていた。
「伏波将軍の娘であらせられた明徳皇后も、外戚を重く用いることを戒められた。そなたの申すことに漢家の先例がないわけではない」
漢には過ちも、それを正そうとした者もいた。しかも楊彪が挙げたのは、馬超自身の家につながる人物であった。
「戒めを知る者は以前にもいた。それでも繰り返した。馬氏とてその義の外には立てぬぞ」
「父も私も漢の臣です。漢を再興しその功によって馬氏の名を残します。もし義を違えるならば我らとて討たれる側となりましょう」
馬超は引かなかった。
賈詡はその横顔を見ていた。馬騰からの返答もないうちに息子が父の栄達だけでなく、その名の残し方まで約束している。
楊彪もそれを知らぬわけではない。だが、自分へ大義を返されても退かぬ若者をもはや馬騰の意向を伝えるだけの使いとしては見ていなかった。
馬超は伏徳を含む朝臣たちへ改めて向き直った。
「諸公が陛下をお守りになったからこそ、今ここに朝廷がございます。私はその働きを否定するために参ったのではありません」
先ほどの問答で彼らが何を恐れているのかは分かった。天子を守るために頼った軍が再び朝廷を押さえる。自分たちが救援を誤ったことになればこれまでの犠牲も報われない。
「諸公が守ってこられた漢家を今度は父と私が戦場で支えます。過ちを正すことは、先帝にも父祖にも背くことではありますまい。受け継いだ漢をもう一度立てることです」
士孫瑞が竹簡から顔を上げた。
父の返事も軍の到着もまだである。それでも馬超にはこの役を他へ譲る気などなくなっていた。朝廷の権威で馬氏を大きくしその馬氏の兵で朝廷を立て直す。どちらも手に入れるためにここまで来たのだ。
「関中の諸将にも忠を尽くしたい者、功名を求める者、身を守りたい者がおりましょう。されど、望みは違っても立つべき側を明らかにできるのは朝廷です」
馬超の声に再び力がこもった。
「賊のために戦い逆臣の名を負うか。詔を奉じ漢の将として功を立てるか。陛下が道をお示しになれば諸将は必ず動きます。二賊から人心が離れこちらへ兵が集まるのです」
「馬騰殿の来援を待つだけでは足りませんな」
鍾繇が身を乗り出した。
「陛下はここにおられる。我らから関中の諸将へ働きかけましょう。誰が天子の命を奉じ誰を討つのか明らかにするべきです」
「梁興・張横らへは既に使いを出しております。華陰の段煨らにも朝廷の意を改めて伝えねばなりません」
董昭が応じ、賈詡も言葉を添えた。
「李傕らから離れても行き場がなければ兵は動かぬ。漢の将として働く道を示してやれば応じる者も出ましょう」
馬超の進言が朝廷自身も引き受ける方針へ変わりつつあった。
そこで張繍が口を開く。
「それでも二賊のもとを離れぬ兵はいるぞ。長く戦ってきた手勢は強い。詔を見せれば槍を捨てるような者ばかりではない」
「その強兵を打ち破るために父と私が参るのです」
馬超の返答に迷いはなかった。
張繍の口元がわずかに緩んだ。兵の強さを持ち出せば言葉を濁すかと思ったが、この若者は戦うところまで自分の役目として語っている。
徐晃も黙って馬超を見ていた。楊奉を失ってからは残兵をまとめ天子を守って逃れることが先だった。その先に今度は自分たちから打って出る戦が見え始めていた。
「道を得る者は助け多く、道を失う者は助け寡し。二賊は天子を失い、いま人心も失いつつあります」
馬超は三公へ拱手した。
「陛下が詔し、関中の諸将が応じ、父がその兵を率いる。その先陣は、この馬超が承ります」
よく通る声が、広間に響いた。
「必ずや二賊を討ち果たしまずは長安を取り戻します。その先の洛陽還御まで父と私が力を尽くすとお約束いたします」
誰もがすぐに賛意を示したわけではなかった。だが鍾繇はうなずき、趙温は手元の文書を脇へ寄せた。
「一万余の兵を迎えるなら糧の支度を急がねばならぬ。隴だけで賄うことはできん。周辺の倉と諸県から運ぶ分を確かめさせよう」
「第一陣と後続は分けて支度を整える。安狄将軍にも参集を急がせねばならんな」
張喜が士孫瑞へ顔を向けた。
書吏が文書を広げ、鍾繇と董昭は使者に持たせる内容を話し始める。先ほどまで馬氏をどこまで頼れるかと問うていた者たちが、援軍を迎え、関中の諸将を動かす支度へ取りかかっていた。
士孫瑞が馬超へ告げた。
「今日の報告と進言は、陛下へ奏上する。明朝、正式な引見を願うとしよう。それまでに、張将軍と城内外の警護の分担を整えておいてくれ」
「謹んで承ります」
馬超は一礼した。
未だ将軍号を授けられたわけでも三公の信任を全て得たわけでもない。伏徳の警戒も楊彪の厳しい眼差しも残っていた。それでも朝廷は馬超が語った兵数と期限を当てにして動き始めたのである。
◇
広間を出ると馬超は長い息を吐いた。
廊下を渡る風が熱のこもった頬に心地よい。金城からこちらに向かっているはずの父に送る書状を考え始めると、伝えねばならぬことの多さに苦笑が浮かんだ。
さらに漢を再興する功臣として名を残してもらうことまで請け合ってしまった。
(父上にはとんでもない役を背負わせたな。まあ、ここまで風呂敷を広げた以上付き合ってもらうしかないか)
叱られることは覚悟せねばなるまい。だが、父が官軍を率い自分がその先陣で関中を駆ける姿を思えば不安とともに昂ぶりも湧いてきた。
「孟起殿」
振り向くと張繍と徐晃が立っていた。
「さて、その二千五百騎を見せてもらおう。今夜の守りを定めるにもどのような兵か知らねばならん」
「承りました。城外へご案内いたします」
馬超は二人に礼を取り先へ立って歩き出した。
漢を立て直すと語ったが、今動かせる兵は城外の二千五百騎である。龐徳と馬岱の待つ陣営へ向かいながら馬超は今夜の配置へと考えを切り替えた。
明徳皇后 伏波将軍・馬援の娘で後漢の明帝劉陽の皇后。章帝の生母ではないが、その養母として皇太后となった。質素な生活を重んじ、兄弟への封爵をたびたび辞退して、外戚が権勢におごることを警戒した人物として知られる。ただし、馬氏の親族が一切官職や爵位を得なかったわけではない。
段煨 生年不詳、字は忠明。おそらく涼州三明の一人段熲と同族なので武威郡姑臧の人と思われる(武威出身であることは確か)。董卓配下の将で、後に華陰に駐屯し堅実に統治した。史実では献帝の東帰を助け、李傕討伐にも従って功を挙げ、大鴻臚・光禄大夫まで登った。
梁興・張横 演義では韓遂の手下八部、史実では関中十部と称された関中の豪族。段煨とともに李傕討伐に従事したり、馬超・韓遂と連合して曹操と戦い敗れたりした。




