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漢の旗(二)

 馬超(ばちょう)の断言を聞き、楊彪(ようひょう)はすぐには返答しなかった。

 張繍(ちょうしゅう)徐晃(じょこう)も、黙って若者を見ていた。敵を恐れぬことは頼もしい。だが、それが二賊の強さを知らぬゆえの蛮勇であれば、天子の命運を預けるわけにはいかなかった。


「何をもって、そこまで言い切るのか」


 楊彪が根拠を問いただすと、馬超は顔を上げた。


李傕(りかく)郭汜(かくし)が強兵を率いていることは承知しております。されど、あの二人が諸将へ号令を下せたのは、兵が強かったからだけではありません。陛下を手中に置き、その御名をほしいままに用いていたからです」


 賈詡(かく)らと語り合って以来、馬超はそこに勝機を見ていた。二賊は争いを重ねて兵を減らし、三輔を荒らして人心を失いつつある。さらに天子を手放した今、従っていた者を引き離す好機であった。


「武力だけで天下を動かせるならば、あの二人が、あれほど陛下に執着するはずがありません。天子の御名があったからこそ、やむなく従っていた者もいたのです」


 将軍の意向によって官が進められ、兵が動かされる。それを天子の命として取り次がねばならなかった日々を、朝臣たちは忘れていなかった。

 馬超は公卿たちを見渡し、語気を強めた。


「その陛下は、今ここにおられます。李傕・郭汜は、自らの暴威を覆い隠す天子の御旗を失いました」


 失った財や兵は多い。だが天子がおり、朝廷の命を天下へ伝える者たちも残っている。それを馬氏の軍事力と結びつければ、関中の諸将を動かせるはずであった。


「『孟子』には、孔子が『春秋』を作り、乱臣賊子が恐れたとあります。兵を持つ臣が君を脅し、強い者が勝手に天下へ命じる。それを許さぬための義でしょう。二賊がいかに兵を恃もうと、天子へ弓引いた罪は消えませぬ」


 言葉を重ねるにつれ、馬超の声に熱がこもった。


「礼楽征伐は、天子より出るものです。父へ下された詔を、関中の諸将にもお示しください。馬騰に従えと頼むのではありません。漢の臣として逆臣を討てと、命じていただきたいのです」


 既に賈詡らは使者を送っている。その働きかけを朝廷の号令として広げれば、董卓の旧部であっても、漢の将として功を立てる道を選べる。

 だが楊彪は、容易にはうなずかなかった。


「宣帝は、漢家にはおのずから制度があり、王道と覇道を併せ用いると仰せだった。国は、経書の一句だけで治まるものではない」


 楊彪の眼差しが鋭さを増した。


董卓(とうたく)にも李傕にも、漢は官を与えた。我らもその間、朝廷に仕えていた。そなたの義をそのまま当てはめれば、漢家の政も、今日まで朝廷を支えてきた士も、みな道を失っていたことにならぬか」


 広間が静まった。

 楊彪らとて君臣の義を知らぬわけではない。諫めても止められず、譲らなければ天子を守れぬこともあった。その間に命を落とした者も、生き残って務めを続けた者もいる。


(二賊を斬るつもりが、こちらの古傷まで抉ったか)


 馬超は息を整えた。


「兵も刑も用いず、徳だけで天下を治めよと申し上げたのではありません。私も兵を率いて参りました。漢を治めるために力を用いることと、漢を自分のものにするために力を用いることは、同じではないと存じます」


「では、二賊に官を授けたことはどう考える」

「漢を輔けよと命じたのであって、漢を脅かしてよいと許したのではないはずです。二賊が陛下へ兵を向けたことは、諸公がご存じの通りでしょう」


 楊彪は口を挟まず、続きを待った。


「李傕・郭汜は、陛下を失ってから逆臣になったのではありません。陛下が二賊の手を離れたからこそ、今、逆臣を討てとお命じになれるのです」


 天子を手中に置けば、何をしてもよいわけではない。その意思を押さえ、自らの都合を天子の命として通してきたことを、馬超は責めていた。


「そして、陛下をお守りするために身を屈めた者と、自らが栄えるために陛下を屈めさせた者を、私は同じとは申しません」


 士孫瑞(しそんずい)の手が止まった。


 朝廷に残った理由が、忠義だけであった者ばかりではあるまい。保身も、一族を守るための判断もあった。それでも彼らが文書を守り、命を取り次いだからこそ、朝廷はこの隴まで続いていた。


 楊彪は、その言葉を聞いても表情を緩めなかった。


「では、漢家そのものの過ちについては、どう考える」


「過ちがなかったとは申しません。なければ、諫める臣も要らなかったはずです」


 左右の席で、数人が顔を上げた。


「孝を重んじたことが誤りなのではありません。親を喜ばせるためならば、朝廷の権まで身内へ渡してよいとした。それが誤りだったのだと思います」

「父母を尊び、親しき者を厚く遇することは、天子とて同じであろう。母を忘れ、親族を遠ざけよと申すのか」


 楊彪の声は厳しかった。


「母を尊ぶことと、母の一族へ政を委ねることは別です。親族を厚く遇することと、その者に百官を進退させることも、同じではありません」


 馬超は、先帝たちの政へ踏み込んだことを承知していた。だが、漢に仕えることと、その行いを全て正しかったと認めることは違う。


(しゅん)は、自らを害そうとした弟の(しょう)をも愛し、有庳(ゆうひ)に封じて富貴を与えました。それでも、象には政を任せず、別に吏を遣わして治めさせています。弟を喜ばせるために、民まで弟の好きにさせてよいとは、お考えにならなかったのでしょう」


 楊彪は、その例で馬超の意図を察した。親族に恩を施しながら、民を治める権は分ける。だが、実際の朝廷でそれを貫く難しさも知っていた。

 馬超の念頭には、前世で触れた朱子学の天理と人欲、公義と私恩の論理があった。親への情を捨てるのではない。その情を口実に公の義を曲げることを戒める。その考えを、漢の士人にも通じる経書の言葉で押し通そうとしていた。


「母を喜ばせるために、父祖から受け継いだ漢を傷つける。それで父祖への孝まで果たしたことになるのでしょうか。親を大切にすることと、身内の欲を止めないことは、別のはずです」


 幾人かの官人が顔を見合わせた。

 外戚の専横を責めるだけならば、以前から多くの者が唱えていた。馬超は、その権力を許す理由として、孝が使われてきたことにまで踏み込んでいた。


「外戚の横暴を恐れ、今度は身近な近侍を頼る。その者たちが力を得れば、諫める者の声は届かなくなる。恩と親しさのために、朝廷の権を預け続けてきたのではありませんか」

「宦官のことを申すか」


張譲(ちょうじょう)趙忠(ちょうちゅう)は、先帝から父母にも比して重んじられたと承ります。されど、どれほど恩があろうと、天子に仕える臣であることまで変わるはずはありません。恩に報いることと、朝廷を任せきることは別です」


 先帝を諫めたために、かえって罪を問われた者もいた。その記憶に触れる言葉であった。


「親の望みをかなえた末に、その親の名まで汚す。それを孝と呼んでよいのでしょうか。君の好む者を取り立て、その者が君を脅かすまで止めない。それを忠と申すのでしょうか。

「では、我らも同じか」


 伏徳(ふくとく)が声を挙げた。

 皇后の兄であり、天子に従う途中で命を落とした伏完(ふくかん)の子である。史実と異なり董承(とうしょう)も逃避の最中に死んでおり、この場にいる外戚は伏徳だけであった。馬超の批判を、過ぎた世の話として聞き流すことはできなかった。


「父は、陛下に従う途中で命を落とした。私も、陛下と皇后をお守りするために残っている。皇后の兄であるというだけで、我らの忠節まで漢を乱す外戚の仕業と数えるのか」


 声には抑えきれぬ怒りがあった。

 馬氏の援軍が必要なことは分かっている。しかし、父を失ってなお帝后に従う自分たちが、血縁を理由に排される側へ置かれるいわれはなかった。


 馬超は伏徳へ向き直り、一礼した。


「ご父君の忠節を貶めるつもりはございません。陛下をお守りした働きは、功として認められるべきです。貴殿が外戚であるから退けよとも申しておりません」

「ならば、何が違う」

「陛下をお守りした功と、皇后のご親族であることを、同じものとして数えたくないのです。外戚であるだけで功ある者を退けてはならず、外戚であるだけで功なき者に権を委ねてもならぬと存じます」


 伏徳は、なお険しい顔を崩さなかった。

 その区別が正しいとしても、馬氏を信じてよい理由にはならない。自分たちが帝后のそばを退いた後、その場所へ入るのは誰の兵なのか。董卓を除いた後も、天子は別の将たちに脅かされ続けたではないか。


「我らが陛下のおそばにいることは外戚として警戒しながら、万を超える兵を率いて来る己の父には、朝廷の命運を委ねろと申すのか」

張譲・趙忠 霊帝に重用された宦官。演義では十常侍の首魁として有名。ともに中常侍として宮中で強い影響力を持ち、人事や官職の売買にも関わった。霊帝が張譲を父、趙忠を母になぞらえて信頼していたという話は、『後漢書』宦者列伝に実際に記されている。単に皇帝の目を盗んで権力を振るっただけでなく、皇帝自身の親愛と信任がその権勢を支えていた。


伏完 生年、字ともに不詳。琅邪郡東武の人。献帝の皇后伏寿の父。演義では董承とその娘の董貴人が誅殺された後、その恨みを晴らすべく曹操暗殺を企んで娘ともども処刑された。史実では娘の手紙を無視したまま死去し、死後にその手紙が明るみに出たせいで族滅された。作中では董承ともども戦死している。


舜 舜は伝説上の聖王である五帝の一人。家族に命を狙われまくっていたが変わらずに父に孝を尽くし、そのことで堯に気に入られて帝位を譲られた。象は継母との間に生まれた異母弟で、傲慢に振る舞い何度も舜を殺そうとした張本人。現代であればざまあ展開不可避だろう。


朱子学 孔子以来で最も後世に影響を与えたであろう儒学者、南宋の朱熹が打ち立てた儒学の一派。江戸時代に大流行したので日本人が持つ儒教のイメージはだいたい朱子学に基づく。

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