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第249話 55日目⑮鼻唄

 あれだけ大量にあった食材も綺麗になくなり、全員がすっかり満腹になって大満足して宴もたけなわ。それぞれが思い思いの場所に寝そべってまったりとくつろぎ、さざ波の音さえしっかりと聴き取れるような心地よい静寂の中、パチパチと薪のはぜる音やバサッと薪の崩れ落ちる音、低い木管楽器のようなノアたちの鳴き声が混じる。

 昼間に見えていた月も今はなく、空からこぼれ落ちてきそうなほどの数多の星の煌めきが夜の世界を蒼く彩っている。ここに暮らしていると当たり前の光景になりつつあるが、それでも何度見ても圧倒される美しさだ。

 一度拠点に物を取りに行って戻ってきた俺が目にしたのはそんな穏やかで静謐とした空気に満たされた幸せな空間だった。


「あ、おかえりー」


 火の前に座っていた美岬が俺の足音に気づいて振り返る。美岬の膝の上には3匹の仔竜が重なり合って寝息を立てている。


「……なんかすごいことになってるな」


「ふふ。めっちゃ可愛いよ。すっごい癒されてる。あ、ありがとー」


 持ってきたバスタオルをブランケット代わりに美岬の肩に掛けてやる。今の時期の夜の焚き火は火に当たっている正面は温かいがどうしても背中は冷えるからな。


「で、なんでこんなことになったんだ?」


「んー、最初はゴマフが眠くなったみたいであたしの膝の上に来て甘えてたんだけど、ゴマフが気持ちよさそうにしてるのを見てハクアとフローラもよじ登ってきてこうなっちゃった」


「ゴマフはともかく、刷り込み(インプリンティング)したわけでもないハクアとフローラの警戒心の無さはこれ大丈夫か? って心配になるレベルだな」


「だねー。でも子供たちが何も心配せずに周りの大人に甘えられる環境ってすごく幸せなんじゃない?」


「それはそうだな。俺も今ここに戻ってきた時に幸せな空間だなって思ったよ」


 美岬の隣に腰を下ろし、手を伸ばしてフローラの背中を撫でてやれば眠ったまま気持ちよさそうに身じろぎする。蘇生して今に至るまで、別の作業をしつつも気にかけて様子は見ていたが、フローラに仮死状態から蘇生したことによる悪影響は今のところなさそうだ。心臓マッサージのために俺が押していた心臓の上の皮膚に指の形のアザができてしまっているのが唯一の痕跡だがこれに関しては勘弁してほしい。


「ねえガクちゃん、ハーモニカ持ってきてくれた?」


「おう。ここにあるよ。どうしたい?」


「んー、今はこの子たちが眠るのを邪魔したくないから奉納舞は一旦後回しで、でも音楽は聴きたいからゆったりめの曲をリクエストしていい?」


「いいよ。適当に有名どころの外国の民謡でも吹こうか」


 さっき食事中に美岬が「せっかくの機会だからノアズアークの前で奉納舞を踊りたい」と言い出した。

 美岬の島に伝わる島唄がこの島への聖地巡礼を導く内容であること、奉納舞の伝統的な衣装がここの海に棲む首長竜をイメージしたデザインであることを今の俺たちは知っている。

 先祖代々連綿と受け継がれてきた、この地への憧憬の想いを表した歌と踊りを、末裔である美岬がこの場所でノアズアークの前で披露することが、ある意味で先祖の想いを遂げることになると思うからやってみたい、というのが美岬の言い分で、俺としても反対する理由もない、というか積極的に賛成だったのでハーモニカを取りに行ってきたというのが今の状況だ。


 とはいえ、いきなりハーモニカの演奏と共に踊りだすのもノアズアークの面々を困惑させてしまうかもしれないから、場を温めるためにも先にハーモニカだけのBGMを流しておくのはいいと思う。

 ということで、俺の知っている民謡を適当に繋げながら演奏していく。最初はゆっくりしたテンポのテネシーワルツから始めて、グリーンスリーブス、ダニーボーイと繋げていく。歌詞は知らなくても有名な曲なので美岬も鼻唄で合わせてくる。

 ジョニーの凱旋、リパブリック賛歌、フニクリフニクラと次第にアップテンポな曲も混ぜていく。


「どん兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた〜♪ どん兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた〜♪」


「鬼〜のパンツはいいパンツ〜強いぞ〜強いぞ〜♪ 百年はいても破れない〜強いぞ〜強いぞ〜♪」


 日本でも替え歌が有名なリパブリック賛歌とフニクリフニクラを演奏し始めると美岬が演奏に合わせて楽しそうに口ずさみ始める。……しかし、改めて聞くと酷い替え歌だな。

 まぁ歌詞の内容はともかく、美岬は普通に歌は上手い。美岬が歌い始めると自然に仔竜たちも目を覚まして特等席で美岬の歌に耳を傾けつつ曲に合わせてゆらゆらと首を揺らし、あちらこちらに散っていた成竜たちも身を起こしてノソノソと近づいてきて、気付けば周囲をグルッとノアズアークの面々が囲んで俺たちの演奏に合わせて楽しそうに体や首を揺すっていた。その様子を見て思う。こいつらもしかして音楽が好きなのかな?


 ある程度場も温まったと思ったので、これから美岬が踊る奉納舞の伴奏である島唄をループでしばらく演奏してみる。美岬も座ったままで歌う。俺としてはあくまで本番前のリハーサルぐらいのつもりだったのだが、ここでちょっと想定外のことが起きる。


「♪~……♪ ♪~……♪」


 まさかのノアが鼻唄で加わってきた。多少調子っぱずれではあるものの、間違いなく島唄のメロディを鼻唄で歌っている。俺と美岬は正直驚いて思わず目を見合わせてしまったが、演奏はそのまま中断せずに続ける。


「キュッ! ♪~……♪ ♪~……♪」


 するとゴマフも鼻唄に加わってくる。普段から美岬が作業中に口ずさんでいるのを聞き慣れているからか、なかなか正確に歌っている。ゴマフに対抗意識を燃やしたか、ノアが頑張って正確なメロディに寄せようとしているのが微笑ましい。

 やがて一頭、また一頭と鼻唄の合唱に加わってきて、気付けば全員での大合唱になっていた。


「よーし、じゃあ踊るねっ!」


 全員での大合唱が何回かループしたタイミングで美岬が立ち上がり、輪の中心で歌いながら踊り始め、場はますます盛り上がる。

 最初は見ているだけだったゴマフだが、踊っている美岬を見ているうちに我慢できなくなったようで、乱入していって美岬と一緒になって踊り始める。


「ゴマフ!? え!? 一緒に踊りたいの? あははは。もう無茶苦茶だねー!」


 大きな海竜たちが輪になって身体を揺らしながら鼻唄を歌い、その輪の中心で美岬がケラケラ笑いながら楽しそうにゴマフと踊っている姿は、微笑ましくもありシュールでもあり、なにより本当に全員が幸せそうで……。

 今日は本当に朝から事件に次ぐ事件で、思い返すと背筋が寒くなるようなこともあったが、なんとかこうして大団円を迎えることができてよかったと思う。今日を大変だった日としてではなく楽しかった日として上書きできるように宴をやろうと言い出した美岬には感謝だな。準備は大変ではあったがおかげでみんな楽しそうだ。


 この充実しつつも幸せな生活がこれからも続けばいいと願いながら、俺は今のこの瞬間を心にしっかりと焼き付けたのだった。




■■■ノア視点■■■



 (あるじ)であるガクトが聞いたことのない美しい音を鳴らし、その(つがい)であるミサキが不思議な調子の声で合わせ、その二つが混じり合ってなんともいえない"心地よい音"となる。その心地よい音をもっと近くで聴きたくて主たちに近づけば皆も同じだったようで、示し合わせたわけでもないのに群れの全員が主たちの周りに集合していた。


 主たちの(そば)は居心地がいい。主たちは身体こそ小さいが、我々には決してできないことができる偉大な存在であり、その下にいられることは抑圧ではなく自由と安心であり、苦痛ではなく歓びと誉れである。我々は今日、そのことを身をもって思い知った。


 主たちが自在に操る夜を明るく照らす暖かい"炎"。その側に座る主たちと戯れている群れの宝たる仔たち。無邪気で愛らしい仔たちが戯れる姿を見るのは誰にとっても喜びであるが、主たちがいなければこのような幸せはなかった。

 忌み子であるハクアは排斥され、死産であったフローラはそのまま死んでいたであろう。また、海が怒った時、主たちが急いで我々をこの地に上げなければ、荒ぶる海の怒りに呑まれて命を落とした者もいたことだろう。我々はまたも主たちに命を救っていただいたのだ。


 もはやこの群れに主たちを侮る者など誰もいない。それどころか誰もが主たちに心酔し、主たちの為ならば命を投げ出しても惜しくないと思っている。とりわけ仔を死の淵から蘇らせてもらったヒスイとルビーの主たちへの心酔っぷりは凄まじい。それも当然だ。あれは今思い返しても信じられない奇跡であった。



 荒ぶる海の怒りから逃れるため、出産を中断して主たちの地に逃れたルビーであったが、出産を途中で中断した(ためし)などなかったため、出産を中断したら仔がどうなってしまうのか、当のルビーも含め群れの誰も知らなかった。まさか、出産を中断して間もなく仔の命が失われてしまうとは……。仔が弱ってきていることに気づいたルビーが慌てて出産を再開し、ヒスイとオニキスが必死で仔に呼びかけ、オニキスが手助けもしたが産まれる前に仔の声は途絶えてしまった。

 その時、ヒスイが主たちに助けを求めた。ヒスイは仔はもう駄目でもせめて番のルビーだけは助かってほしいと願っていた。

 ヒスイの願いに応え、主たちはすぐにルビーを助けて仔を引き出してくれた。仔は残念ながら死産だったがルビーは無事だったのでまた次の仔を産める。それがせめてもの救いだと思えた。


 仔の命が失われていることを確認したルビーの哀しみの声は群れの全員を悲嘆に暮れさせた。しかしそこで主たちが理解できない行動に出る。ミサキが死んだ仔の口に息を吹き入れ、ガクトが仔の腹を何度も強く押していく。そしてフローラという名を何度も呼ぶ。

 主たちが失われた仔の命を呼び戻そうとしている、と最初に気付いたのはルビーで、すぐさま主たちと一緒になって仔──フローラに呼びかけ始め、遅れて理解が追いついた皆も、とても信じられないと思いながらも呼びかけに加わり、ついに奇跡が起きた。くしゃみと共に死んでいたフローラが蘇ったのだ。

 未だかつて見たことも伝え聞いたこともない奇跡を目の当たりにし、それに続くルビーとフローラの初めての母娘の対面に感極まり、我は思わず歓呼の叫びを上げており、それに全員が声を合わせて群れの新たな宝であるフローラを歓迎した。

 我々はこれから先もずっと、今日この日の奇跡を忘れることは決してないだろう。



 今日の出来事を思い返していた我は、不意に主たちの(かな)でる"心地よい音"に古い記憶を呼び覚まされた。それはまだ自分が若仔であった頃、我が友が口ずさんでいたのと同じ"心地よい音"。主たちは我が友からこの心地よい音を継承していたということだろうか。

 主たちが繰り返し奏でる、懐かしい心地よい音を真似して我も音を奏でてみれば、すぐにゴマフが加わってくる。主たちに育てられたゴマフは我よりも上手に心地よい音を奏でる。それが少し悔しかったので、主の出す音をよく聴きながら自分の出す音を少しでも近づけようと努める。

 そうしているうちに他の者たちも加わってきて、たちまちのうちに全員がガクトの奏でる音に合わせて自分で心地よい音を奏でるのに夢中になる。


 やがて、ミサキとゴマフが我々の真ん中で心地よい音に合わせて楽しそうに踊り始める。我々も加わりたかったが、残念ながらこの大きく重い身体ではミサキやゴマフのようには軽快には踊れない。代わりに首を振り、身体を揺すった。

 このように主たちの奏でる心地よい音を聴きながら、一緒に真似して心地よい音を奏で、合わせて身体を動かすのはとても楽しい。

 この幸せすぎる今の暮らしは、すべて主たちからいただいたものだ。生きるだけで精一杯だった過去からは想像もできないほどの満たされた生活を我々は享受している。

 願わくば、この満ち足りた日々が永く続いてほしいものだ。



■■■



──ガラガラ……ガシャン……パラパラ……


 昼の大地震の影響は竜神の祠のある洞窟内部にも及んでいた。かつて、箱庭に棲息していた小型恐竜たち、彼らを滅ぼしたティラノサウルスの仔が島の奥から通ってやってきた旧き道。道が崩れて埋まり通れなくなって久しいその道が、地震によって塞いでいた土砂が再び崩れ、開通していた。


──ビュウゥゥ……


 再び開いた旧き道から風が箱庭側に吹き出し始めた。何千年もその場に留まっていた古い澱んだ空気が押し出され、新しい空気が旧き道に充たされていく。それは、肺呼吸する生物が再びその道を通れるようになったことを意味していたが、そのことを知る者は箱庭にはまだいない。





      【第三部・ノアズアーク編 了】






 

はい。と、いうことで第三部の締めはちょーっと不穏な空気を醸し出しつつの幕引きとなりました。ゴマフの声に引き寄せられて箱庭に現れたプレシオサウルスの群れ『ノアズアーク』との初遭遇から箱庭への移住、そして新たな生命の誕生までを描いた『ノアズアーク編』いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたなら幸いです。応援や感想コメント、レビューなんかもいただけると嬉しいです。

 

 今後の予定につきましては、とりあえずリザルト回をなる早でまとめて、閑話をいくつか投稿して、それから第四部開始って感じですね。コンテストに応募していた伊勢を舞台にしたご当地小説も無事に落ちましたので、近々公開したいと思います。そのあたりはなろうの活動報告とカクヨムの近況ノートにて詳しくご報告します。

 ……と、その前にまだ手つかずの確定申告を急いでやらなきゃなので、リザルト回投稿したらそっちを優先する予定です。作者は基本的にXで進捗呟いてるのでよければフォローお願いします。【ととかる@沈没ライフ】【@karuche00】

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます♪意外と音楽や歌が好きな動物いますよね。家の犬はショパンの革命のエチュードでまるで削岩機のようにガクガクブルブルして感動してますw猫は瞳孔開いて聴き入っていますwノアズアーク編…
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