二十、
「はああ、今日は楽しかったです」
小梅が諸手を挙げて喜びながら、はしゃいでいる。駅へと向かう帰り道、人混みに流されながら、二人は肩を並べて歩いていた。
(ただ、食事をしただけなんだけど)
鹿島はカバンの中に入っているゴールドのブレスレットの存在を思い出していた。
「美味しいものをいっぱい食べさせていただいちゃって、ありがとうございます」
素直に頭を下げる。
まだ余韻があるのか、小梅はにこにこと笑顔を浮かべている。
「あの手の長いエビ、めちゃくちゃ美味しかった」
「それは、良かった」
胸がいっぱいになる。美味しいものを食べさせただけで、こんなにも喜んでもらえる。
(こんなことぐらいで良ければ、俺はいつだって……)
「今度は私に奢らさせてください。高いものはちょっとですけど、安くても美味しいものはありますからね。例えば、秋田さんの作った惣菜とか、」
自分で言いながら、小梅は吹き出した。
「モリタなら安上がりです。ふふふ」
(可愛い)
「ありがとう。でもあまり気にしないで。デートなんて男が払うもんだから」
すると、小梅がきょとんという顔をした。
「そんなことはないですよ。今度は私に任せてください」
自信満々に言い切る小梅を見て、鹿島も釣られて微笑む。
「何? 手料理でも作ってくれるの?」
冗談のつもりで軽く言った。けれど、小梅は顔を真っ赤にしながら、慌てて言う。
「えええ! 手料理なんて。私、秋田さんみたいに上手じゃないし、」
鹿島も慌てる。
(そうだ、手料理だなんて、家に来いって言ってるようなもんだろ。バカか、俺はっ)
「ごめん、変なこと言った! 気にしないでくれ。それで、あの、これなんだけど」
カバンから紙袋を引っ張り出す。
「これ、良かったら貰ってくれないかな」
小梅がそっと手を伸ばす。その手に紙袋の取っ手を引っ掛けると、今日のお礼だから、と言う。
恥ずかしいことを言った動揺もあって、それじゃあまたね、と言って鹿島は駅へと歩を進めた。
「鹿島さんっ」
振り返ると、小梅が頭を下げている。
「今日はありがとうございましたっ」
鹿島は手を上げた。それに呼応して、小梅も手をぶんぶんと振っている。
清々しい気持ちになった。体も軽く、足取りも軽い。
世界が、違って見えた。
次に会う日も決めてある。待ち合わせの時間も、だ。
(……一週間後が、待ち遠しい)
鹿島は改札口を通り、ホームへと降りた。チャイムが鳴り、電車が滑り込んでくる。開いたドアから乗り込むと、自然と出てしまう笑みを噛み殺しながら、座席へと腰を下ろした。




