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二十一、

会った時から、変だと思った。


小梅の表情に、陰りが見えた。


(どうしたんだろうか)


「元気がないね。どうしたの?」


「……あ、いえ大丈夫です」


無理に笑った顔が不自然で、鹿島は何かあったのだろうか、と心配になった。けれど、小梅から無理に訊き出すなどできない。


「う、ん。……じゃあ、行こうか」


「はい」


「どこか行きたいところはある?」


「ふふ、今日は任せてください」


「おっ、どこに連れてってくれるの?」


「楽しみにしててください……って、鹿島さんにはつまんないかもですけど」


「ううん、いや、どこだって良いよ」


鹿島の心に染み入ってくる小梅の言葉のひとつひとつ。


(どうしてこんなに楽しいんだろう)


高揚して、楽しい気持ちが湧き上がってくる。顔の筋肉も小梅に会ってから緩みっぱなしだ。


「さあ、ついてきてくださいね」


軽い足取りの小梅についていく。駅とは反対の方向へ向かう。まるで想像のつかない行き先。歩くという行為も最近ではあまりなく、鹿島は少し斜め前を行く小梅の背中を見ながらついていった。


ライムグリーンのパンツが、二人の間に横たわる歳の差を浮き彫りにしているような気がして、少しだけ鹿島の足を遅くした。


「すみません、私、はしゃいじゃって」


笑顔、だ。


良かった元気そうだ、ほっと胸を撫で下ろした。


「いや、俺が遅いだけだから。運動不足でね」


事実だった。


デスクワークが主だから仕方がない、と言い聞かせる。けれど、自分と同じ経営者である大同なんかは、ジムに通って常に身体を鍛えている。最近はとみに筋肉を自慢してきて、その締まった身体に嫉妬心すら起きる。


「俺ももう少し、運動しないとな」


呟くように言うと、小梅がぴょんと飛び上がり、今から行くところは最適な場所ですよ、と嬉しそうに言う。

そして、少し歩いた所に、竹やぶに隠れた公園の入り口が見えてきた。


「公園、かあ」


鹿島は実際のところ、面食らっていた。実は公園など、ここ十数年行った記憶がない。


公園なんて、デートで若者が散歩がてらという認識だし、子どもが遊ぶ場所との固定概念すらある。しかも年配の人のウォーキングコース、ぐらいにしか思っていなかった。


きっと、自分は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていただろうと思う。


「ふふ、鹿島さんが楽しいかどうかは……あ、これっ‼︎ 滑りましょう‼︎」


遊具の中の一つ、長いローラーコースターの滑り台だ。


平日の昼ということもあり、ほとんど人はいなかった。スーパーモリタと喫茶メープルは水曜日定休だ。鹿島はこの日、有給を取っていた。


大同が電話越しに、笑いを堪えている。


『あはは、くくく、マジで休み取ったんか』


「まあな。深水も休んで良いって言ったしな。ってか、お前笑うなよ」


『いやあ、もうほんとマジだね。若手実業家にして馬車馬の鹿島君がねえ』


「そうだよ、文句あるか」


『遊んでこい』


「楽しんでくる」


それがこれか、と思うと、苦笑しかない。


「大人が滑っていいの、これ?」


「もちろんですよっ」


小梅が滑り台の階段を登る。座ってスタンバイすると、後ろを追い掛けて登ってきた鹿島に振り返って声を掛けた。


「鹿島さん、最初はゆっくり来てください。これ、意外とオケツガイタイんです」


小梅の真剣な顔に、鹿島は吹き出した。


「マジでか。じゃあ、気をつけないと」


「ついてきてくださいよー‼︎」


わあっと、小梅が出発した。その後を鹿島が滑る。


尻の下のローラーが、意外とガタゴトと跳ねて、痛い。


「いてててて」


声が出て、そしてそれが小刻みな揺れで、声も刻まれた。


小梅も、わわわわわわ、っと刻んだ声を出している。


前をいく小梅の黒髪が、あちこちに跳ねる。そして、ゴールへと近づくと、小梅が急にスピードを落とした。


それを見て、鹿島もスピードを落とそうとする。けれど、足で調節するなどとは想像もつかず、鹿島はそのままのスピードで小梅の背中に突っ込んだ。


足を曲げると、小梅の背中にどんっと当たる。


「どわあっ」


小梅の悲鳴が上がる。鹿島は、足の前面に衝撃を感じたが、すぐにごめんごめんと焦って謝った。


「うわ、ごめんっ。どうやって止まるかわからんかったっ」


すると、小梅が笑って言った。


「あはは、鹿島さんっ、足ブレーキは常識ですよっ」


振り返った小梅の笑顔に、心臓が跳ね上がった。


そのまま、小梅はぐりんと身体を回転させると、鹿島の目の前、コースターの上で正座する。


鹿島は、滑り台の縁を握りながら、体育座りをしている。


「も一回、滑りましょうっ」


小梅の声が跳ねた時、鹿島の心臓ももう一度跳ねた。


その時。


呆気にとられていた鹿島の握力の限界がきて、滑り台の縁を掴んでいた手が離れた。


鹿島はそのまま、スルスルと前へとずれていった。


「わわわわ、ちょっと、まっ、て、」


そして、小梅の正座を壊して、するっと小梅の下に滑り込んだ。


「おお、おっとっと、」


小梅も体勢を崩して、べしゃっと鹿島の上に乗り上げた。


二人は絡み合って、変な体勢になっている。


「わあ、ごめんっ」


鹿島は焦って、さらに謝りながら、体勢を戻そうとした。けれど、コースターがクルクルと回ってしまい、身体に力が入らない。


どどっと、胸が鳴った。小梅の体温を感じると、急に身体がかっと熱くなった。その心臓あたりに、小梅の黒髪の頭がある。


自分の心臓の音を聞かれるのではないかと、鹿島は焦った。


小梅がじたばたとし起き上がろうとして、滑り台の縁を掴んだり、色々やっている。


「よいしょっ、と」


「…………」


二人はようやく立ち上がって、顔を見合わせた。こっぱずかしくて、顔が火照る。


けれど、小梅が先にわははと笑い、そして鹿島がそれに釣られて笑った。


「あははは、ごめんなさい。け、ケガはありませんか? ふふふ」


「小梅ちゃんこそ、大丈夫だった?」


「大丈夫です、ふはは、さ、最後、力尽きましたね」


「ふは、最後ね、最後っ」


心の底から、可笑しかった。子ども用のローラーコースターで遊んだことも、そのコースターで小梅とぶつかったことも。


そして、最後に意に反して身体だけが滑っていって、二人で倒れて絡まったことも。


「鹿島さん、もう一回滑りましょう」


腕を引っ張られる。そして、鹿島も小梅に引っ張られるまま、滑り台の階段に足を掛けた。


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