西城大学キャンパスデート
俺とほのかは西城大学へと向かう電車に乗り込んだのだった。
秋風が心地よく吹き抜ける、西城大学キャンパス。
赤や黄色に色づくイチョウ並木の下を、俺とほのかは並んで歩いていた。
いつもの店舗白衣姿ではなく、薄手のニットに落ち着いたロングスカートという、私服以上・スーツ未満のオフィスカジュアルに身を包んだほのか。
仕事とはいえ、どこかウキウキとした雰囲気が全身から溢れ出している。
「ふふっ……すごいですね、エリア長。本当に先輩と一緒に母校を歩けるなんて、夢みたいです……!」
「白石さん、一応今日は採用活動だからなー? あんまり浮かれすぎないように――」
「だって! 嬉しいんですもん!」
ほのかは足を止め、振り返ってストレートに俺の目を覗き込んできた。その瞳は秋の澄んだ空のようにキラキラと輝いている。
説明会までの空き時間、ほのかの案内で2号館の購買前や懐かしのベンチを巡り、彼女が5年間抱き続けてきた一途な憧れを聞かされた。俺の心臓はすでにキャパシティオーバー気味だったが、午後からの新卒採用説明会本番は、大盛況のうちに終了した。
現役薬学部生たちの前でプレゼンを終え、ブースでの個別相談も無事に切り抜けた俺たちは、心地よい達成感に包まれていた。
「エリア長、お疲れ様でした! 説明会、大成功でしたね!やっぱりかっこいい…」
「ああ、白石さんの『OGとしての生の声』が効いたよ。優秀な学生がたくさん興味を持ってくれて良かった、完全に人集りだったぞ」
(おそらく白石さん目当ての男子が沢山いただろうが…)
「ふふっ♪ じゃあ……約束通り、説明会が終わったらカフェでお茶、付き合ってくれますよね?」
ほのかは上目遣いに俺を見つめ、そっと自分のスケジュール帳を胸に抱えた。
やってきたのは、最近キャンパス内に新設されたスタイリッシュな学生カフェ。ガラス張りのおしゃれな店内で、俺たちは窓際の席に座った。
ほのかは温かいカフェラテを美味しそうに一口飲むと、ほっと溜息をついた。
「なんだか……不思議な気分です。昔はあのベンチから遠くで見つめることしかできなかったのに、こうして先輩と向かい合ってお茶をしてるなんて」
「白石さんが努力して、うちの会社に入ってくれたからだろ。俺はただ、必死に働いていただけだったんだから、そんなに神格化しないでくれよ」
「ううん、神格化なんてしてません。……もっと好きになっただけです」
「……っ!?」
サラリと、しかし決定的な熱量を込めて放たれた言葉に、俺はカフェラテを吹きそうになった。
「私、今日先輩のプレゼンを見て改めて思いました。学生一人ひとりの質問に真摯に向き合って、自分の苦労も隠さずに誠実に語る姿……やっぱり私の大好きな『陣内先輩』そのままだなって」
ほんのり頬を染めながら、まっすぐに俺を見つめてくるほのか。
そのストレートな好意が直撃し、胸の奥が甘酸っぱく締め付けられる。
(あかん……! 店舗にいる時より、2人きりの方がアタックの威力が何倍にも跳ね上がってる……何を飲んでるのかわからなくなりそうだ!!)
「あ、そうだエリア長! 帰る前に、今年新しくできた『西城大アネックス(新館)』のショップに寄りませんか? 買いたいものがあるんです!」
照れ隠しに狼狽える俺の手を引いて、ほのかは嬉しそうに立ち上がった。
新しくオープンした新館の購買ショップには、参考書(国家試験用参考書の青本など)や文具だけでなく、西城大学の公式購買グッズがずらりと並んでいた。
「あ! ありました! これです!」
ほのかが駆け寄った棚にあったのは、西城大学の公式マスコットキャラクター『サイジョーくん』の小さなぬいぐるみキーホルダーだった。
つぶらな瞳をした、どこかマ抜けで愛らしいサイのキャラクターだ。
「サイジョーくん……? 俺がいた頃はこんなのいなかったな」
「最近出来たんですよ! 私、今日ここに来たら絶対にこれを買おうって決めてたんです。……はい、エリア長! これ、先輩の分です!」
ほのかは小さく包装されたサイジョーくんのぬいぐるみを、笑顔で俺の手のひらに握らせてきた。
「えっ……俺に? なんで?」
「お揃いです♪ 私も同じのを自分の通勤バッグにつけますからエリア長も絶対つけてくださーい」
ほのかは自分のバッグにサイジョーくんを取り付けながら、愛おしそうに微笑んだ。
「これを見たら、いつでも今日の楽しかった出張のこと、思い出せるじゃないですか?……私と先輩の、大事な『思い出の証』です」
「白石さん……」
お揃いのぬいぐるみ。2人だけの思い出。
それは、後輩から先輩への単なる敬意を超えた、あまりにも甘くて特別なプレゼントだった。
(こんな可愛い後輩に、お揃いのぬいぐるみなんてプレゼントされたら……普通の男なら一発で落ちてるぞ……!)
心臓がバクバクと激しい警報を鳴らす。
だが、その甘い雰囲気をぶち壊すように――。
ブブブブッ! ブブブブッ!
ポケットの中で、スマートフォンが怨念のような連続バイブレーションを起こした。
画面を見ると、留守番組からのLINEがブーブー音を鳴らしている
『氷室:陣内さん、説明会は無事におわりましたか?』
『有栖川:エリア長!! ほのかちゃんと新館のショップにいるって後輩から目撃情報が入りました!! 何買ってるんですかーっ!?』
「ひえっ……! 目撃情報……なぜわかるんだ有栖川さん!?」
「あはは、女の子の情報網はすごいんですよーっ」
ほのかは楽しそうにクスクスと笑うと、俺のスーツの袖口をキュッと掴んで寄り添ってきた。
「でも、今日は私の勝ちだもんね…♪ エリア長、帰り道も……隣を歩かせてくださいね?」
「あ、ああ……もちろん」
甘すぎるほのかの笑みと、バッグで揺れるお揃いのサイジョーくん。
そして、スマホの向こうから伝わってくる涼香やまひろの凄まじい殺気。
(……アカン。天国と地獄の挟み撃ちで、俺の胃袋が崩壊しそうだ……!)
俺は3人の視線(と遠隔の殺気)に押し潰されそうになりながら、ポケットから『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出し、秋空の下で静かに喉へ流し込むのだった。
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