神崎葵の人事采配と、白鳥駅前店の新しい風
ベテラン薬局長からの呼び出しに冷や汗を流す陣内と、裏で人事の手綱を握るグループ本部の統括課長・神崎葵(悪魔たん)の鮮やかな人事采配、そして白鳥駅前店へやってくる「涼香のファン1号」な新メンバー・小寺結衣の登場劇をお楽しみください!
俺――陣内拓海は、今日はいつになく不安で胸が張り裂けそうだった。
町田中央店の木村薬局長からの緊急呼び出しを受けたからだ。
木村薬局長は気のいいベテラン薬剤師で、確か小学4年生になるお子さんがいる。中学受験のサポートに回りたいと以前漏らしていた気がするが……確か町田にある『川玉学園』を目指していると言っていたか、いや八王子の『光学院大学附属』だったか……。
(どちらにせよ……万が一『子どもの受験に専念したいので辞めます』なんて言われたらどうするんだよ……!?)
もし木村薬局長が抜けたら、町田中央店には若手の小寺さんしか残らなくなってしまう。ドラッグストア業界において、薬剤師の採用は決して甘くない。ポンポン中途が入ってくるわけがないのだ。
(「辞めたいです」……なんと恐ろしいカミングアウトだろう。想像しただけで胃がキリキリ痛む……!)
町田中央店に到着した俺は、久しぶりに「ヒロインたちの恋愛沙汰」ではなく「ガチの仕事上の危機」で激しい胃痛に見舞われていた。
「あぁ、すみません……陣内エリア長、お忙しいところご相談が……」
申し訳なさそうに頭を下げる木村薬局長。
(いきなり来たかーーーっ!? 困るよ! 辞められたら本当に店舗が回らなくなるよ!!)
俺の手のひらは、あまりの恐怖と焦りで冷や汗グチョグチョだった。
――と、その時だった!
バックヤードの扉がバッと開き、聞き覚えのあるウキウキした声が響き渡った。
「やっほー、拓海くーん♪」
「うっ……神崎課長!?」
出た……グループ本部の悪魔たんこと、神崎葵統括課長だ!
神崎課長は俺の冷や汗ダラダラな手を見て、ニヤニヤと意地悪そうに笑った。
「ビビった? ビビった〜? 木村薬局長が辞めるかと思って怯えてんの〜?」
「……その通りですよ! 俺の生きた心地がしないんですから!」
「ちがうわよーん(笑)? 今日は当事者皆様にご説明があって参上いたしましたー!」
そう言って神崎課長は、後ろから真面目そうな男性薬剤師を呼び寄せた。
「えー、コチラ所沢エリアから異動してきた鈴木薬局長でーす!」
「陣内エリア長、よろしくお願いします」
「あっ……あぁ、よろしくお願いします……?」
話の展開が見えず首をかしげる俺に、神崎課長はパチンとウインクしてみせた。
「木村薬局長はお子様の受験サポートに専念するため、薬局長を降りて7時間パート勤務に切り替えたいって春先から言ってたのよね〜。だから本部で人手を調整して、鈴木薬局長に白羽の矢をビシーっと立てたわけ!」
「いえ、本当に助かります神崎課長……!」とほっと胸を撫で下ろす木村薬局長。
(な……なんだ、退職じゃなかったのか……! 良かったぁぁぁ……っ!!)
安心した俺が胸を撫で下ろしたのも束の間、神崎課長は不敵な笑みを深めた。
「あっ、それでね拓海くん! 町田中央店の小寺ちゃんだけど……急遽ですけどー白鳥駅前店に異動しまーす!」
「えっ!?」
奥から顔を出したのは、可愛らしいショートカットの若手薬剤師・小寺結衣だった。
「小寺結衣です! 陣内エリア長、改めてよろしくお願いします!」
「あぁ、知ってるよ! 前は白鳥駅前店へのヘルプ応援、ありがとうね、前に研修で来ていたね」
俺が微笑むと、神崎課長は腕を組んで解説を始めた。
「これね、白鳥駅前店の薬剤師人員がおかしくならないようにするための適正配置なのよ♪ 白鳥駅前店ってさ〜、男の子の店舗スタッフを入れると『有栖川ちゃんラブ!』とか『氷室薬局長に叱られたい!』とか『白石さんに笑いかけてほしい!』とか言う訳わかんないおバカちゃんが出没するでしょ?」
(ぐっ……否定できない……!)
「でもね! 小寺ちゃんはなんと……『氷室薬局長のファン第1号』の女の子なのよ〜! 珍しいでしょ〜?」
「えっ……そうなんですか! 氷室さんも喜ぶよ、ありがとう小寺さん!」
「はいっ! 氷室薬局長のもとでお仕事できるなんて夢みたいです! よろしくお願いします!!」
目を輝かせる小寺さん。
(皆恐れてるのに珍しい…)
そんな彼女の横で、神崎葵は人差し指をあごに当て、フフフと悪魔のようなニヤニヤ顔を浮かべていた。
「ふっふっふ……私の作った『面白怪物店舗(白鳥駅前店)』に、また新しい風が吹くわね……♪」
(((神崎課長……絶対になにか企んでる顔だーーーッ!!)))
頼もしい人事采配への感謝と、これから白鳥駅前店で巻き起こるであろう新たな波乱(氷室薬局長ラブな後輩女子の参戦)の予感。
素敵な笑顔を浮かべる神崎課長の横で、俺は安堵と恐怖の挟み撃ちに遭い、冷や汗を吹き出しながらポケットの『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出して一気に喉奥へ煽り込むのだった。
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