嵐が去った現場
夕方、店舗監査と業務指導を受けて駅の改札前で本部営業企画部の神崎課長を見送っていた。
「拓海君、今日はお疲れ様ね、相変わらず手際よくて助かったわ」
「いえ、神崎課長もお忙しい中ありがとうございました、本部から指摘が入るようなことがなくてなによりでしたよ」
胸をなでおろす俺に神崎先輩はフッと大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべた。
そして改札を通る直前、ふとまじめな顔になって俺の肩に手を置いた。
「ねぇ拓海君…あの子たちあなたにすごい懐いているね、みなただのエリアマネージャーに向けている目線ではなかったわよ」
「えっ…?」
「あなたは学生時代から成績も断トツによかったようだし、自分の努力と価値に無頓着すぎるわ…あの子たちの想いにそろそろ向き合ってもいいんじゃない?胃が持つかわからないけどね」
問い返すまもなく神崎課長はポンと優しく俺の頭をたたき「じゃあね、拓海君」と楽しそうに手を振りながら改札の向こうへ消えていった。
1人残された俺は夕暮れの駅前で呆然と立ち尽くす
(あの子たちの想い…?)
どういうことだろう…俺は奨学金を確定させるためと特待生維持のために学食で弁当をバク食いしながら
家ではもやし生活をしていた、今も完済には程遠いしエリア長にあがったのも最年少とは言え
自分の近くのエリアマネージャーの退職で運よく上席が空席になったのと
近くで適任者があまりいなかったので運よく俺に話が回ってきただけで特別俺が優秀でとか
そういう形とは言えないと思っている
実際大学の偏差値は氷室薬局長のほうが圧倒的に上であるし
ドラッグストアに来たのはなぜだろうと日々感じる・研究職や大学院に行くことも彼女であれば余裕であっただろうに不思議に思う 薬剤師を使うようなレベルの大学とは感じられない
もともと薬剤師になろうと思っていたのか…どういう経緯でうちのドラッグストアに入ったのかは定かではない ミスは本人が言う通り俺の知る限りでは問題は全くない
なぜ俺の部下で落ち着いているのかわからないくらいだ…しかも超絶美人だし
ほかの二人もなぜ俺に懐いているのかはよくわからない
化粧品担当の有栖川はほとんどモデルレベルだし本気出したら何かになれそうだ
新人の白石も薬学部の同期であれば声もかけられないくらいかわいい人だ
それもストレートで薬剤師になっている・何かの教科で詰まったとかそういうことはなさそうだ
うちの大学であれば一年増やして通えば管理栄養士にもなれるし どういうことだろう
課長はなぜ俺に考えろなんて…どう考えても全員俺から見るとオーバースペックの輝かしい人間である
からかって遊んでいるのだろうか? すぐに彼氏なんて作れそうなものだが
親しみを感じてくれているのであればうれしいが過激すぎて俺の胃は爆発寸前である
(…?まてよ…)
俺は頭の中で今までの事を高速回転させて考えてみる
居酒屋でのあーん争奪戦や過剰なボディタッチ…
(はぁ…さては俺が本部に行くんじゃないかと思っているんだなぁ…)
以前のエリアマネージャーは非常に厳しい人だった
数字はすべてクリアしなければ強く叱責されたし
身だしなみに関してもかなり厳しいチェックがあった
髪の毛は何番までしか染めてはだめという独自のルールもあったし
おしゃれというよりは化粧品を売るのも数字という感じであった
俺は若いのもあってそこまで強く叱責はしない
しかもあんな超絶美人連中にバチバチ戦える体力は有していない
そもそも全員俺よりも優秀だと思う
エリアマネージャーに変更があれば今のおしゃれな店舗作りだったり居心地のいい薬局というのは
維持するのは難しいのかもしれないな…
都合の良いエリアマネージャーはなかなか巡り合えるものではないしな そこで親しみを持ってくれているのかぁ
そうでもないとあんなトンでも美人集団が俺みたいな人間にボディタッチなどするハズもない
(なんという健気な連中であるのか…しかし俺は勘違いして美人に手を出したら社会的に死んでしまうぞ…)
「よし、俺はみんなの期待にそえるようにより良いエリアマネージャーにならなきゃな…」
俺は晴れやかな気持ちになって少し胃の調子も上付いた
(店舗に戻るか…)
店舗のバックヤードに戻ると3人がそわそわした様子で座っていた
神崎という本部の強烈な女を見せつけられたことで3人は危機感を感じていた
「あっ…エリア長おかえりなさい」
まひろが熱っぽい視線を向けてくる
「神崎課長は何も指摘せずに帰られましたか?何か申し上げてました?」
ほのかが不安そうに上目遣いで尋ね涼香も心配そうに息を呑んでいる
「なんだ、そんな心配してたのか?内部監査だぞ?保険立ち入り調査に引っかかったり行政指導受けたわけじゃないんだからさ 優秀な管理状況だってよ、全然心配いらないよ、みんなありがとう」
パッと明るくなる3人
「それに俺は現場から離れて本部に行くような優秀な人間じゃないよ、氷室薬局長に追い抜かれるんじゃないか?みんな俺の管轄にならなくなるって心配でもしてたんだろう?仲良くやろうな!黙っててもこちらの店舗なんか売り上げ断トツだ」
「「「ん?」」」
(((何をいってるんだ…)))
三人は今までのアプローチが全然まともに受け止められていないことがわかる
俺の完璧な空回りとポジティブな謎発言で3人はがっくりと肩を落とした
「あの…神崎課長とは何もなかったんですか?付き合うとかなんか異常に親しげでしたけど…」
「ん?何が?神崎課長はもうご結婚されているぞ?何言ってんだ?」
「えぇ?なんなのーあの人…」
だがどれだけアピール合戦をしても明後日の方向へ逃げていく俺の鈍感さに
逆に3人の瞳にメラメラと怪しい対抗心が燃え上がり始める
「いいわ、そこまで鈍いならもっと直接的にわからせるだけよ…」
涼香は眼鏡を光らせている
「薬局長には私みたいなかわいさは出せませんからねー私がもらいますよ」
ほのかがあざとい笑顔でわらっている
「エリア長はわたしのものですぅ…」
まひろが腕まくりして気合を入れている
「ん?どうしたみんなやる気満々じゃないか?監査終わったんだぞ?楽にしていいぞ、しばらく保健所も本部もこなくなるわけだしな」
(あれ…みんなやる気になっているけど急に胃が調子悪くなり始めたな…)
俺は首を傾げながらスーツのポケットから手慣れた手つきでラベール胃腸薬プレミアムを取り出して飲み干した
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