親友の作戦会議と、小悪魔の秘めた本気
まひろと専門学校時代の親友・相沢玲奈によるカフェでの白熱作戦会議と、駆け引きを捨てて「本気」の第一歩を踏み出そうとするまひろの甘甘な決意、そして遠く離れた場所で新たな波乱を察知する陣内のドタバタ劇
日曜日の昼下がり。
町田駅近くのおしゃれなカフェテラスで、有栖川まひろは頬杖をついていた。
向かいに座るのは、東京ビューティ&コスメ専門学校時代の親友・相沢玲奈。コースは違いスポーツ学科
スポーツジムのトレーナーをしており、健康的なボーイッシュさが魅力の女性だ。
玲奈はパスタをフォークに巻きつけながら、開口一番こう言った。
「で? 例のエリア長とは、どこまで進んだの?」
「ぶっ……!?」
飲みかけのアイスティーを吹きそうになった。
「ちょっと! 声が大きい!」
「別にいいじゃーん。ここ、職場じゃないし」
「そういう問題じゃないの!」
玲奈はニヤニヤしながら、テーブルに肘をついた。
「で、進展は?」
「……ない」
「ゼロ?」
「ゼロじゃないわよ! こないだ、町田でショッピングデートしてお揃いのキーホルダー手に入れたんだから!」
「へえ。なんて?」
「……頑張ってたな、って……コンテストの時も褒めてくれたし……」
「それだけ?」
「それだけって何よ! コンテストの時だってお揃いのアイテムだって手に入れたんだから!」
思わず身を乗り出したまひろを見て、玲奈は深いため息をついた。
「はい、重ー症ー」
「誰がよ!」
「まひろなんて超可愛いんだから男を手玉にとるなんて朝飯前じゃん。なのに本命相手だと中学生みたいになってる」
「……うるさい」
まひろはストローをくるくる回した。
普段の彼女なら、男性の視線を集めることなど簡単だった。少し目を合わせて、意味深に微笑む。さりげなく距離を縮めて、相手が意識したところで一歩引く。それだけで、大抵の男性は勝手に期待して好きになってくれた。
なのに――あの陣内エリア長だけは違うのだ。
「ねえ、玲奈」
「ん?」
「男の人って、どうしたら本気で意識してくれると思う?」
玲奈は即答した。
「好きって言えばぁ?」
「はい!却下!」
「早っ!」
「もっとこう……自然に意識させる方法とかあるでしょ?」
「じゃあ、二人きりで食事に誘えば?」
「それも考えたけど……」
「けど?」
「断られたら嫌じゃない……ほのかちゃんと3人デートしか……実績がないの」
玲奈のフォークがピタリと止まった。
「……あんたが?、そんなに好きなの?」
「っ!」
まひろの頬が一気に真っ赤になった。「ち、違うってば!」と焦る彼女を見て、玲奈はスマートフォンを取り出し、メモアプリを開いた。
「よし。作戦会議を始めよう」
「……何、その本気の顔」
「まず、現状を整理します」
玲奈は指を一本立てた。
「一つ。あんたはエリア長が好き」
「うっ……うん……」
「二つ。エリア長にあんたの小悪魔テクニックはあんまり効かない」
「……うっ」
「三つ。あんたはエリア長が他の女の子(薬局長やほのかちゃん)と仲良くするとイライラする」
「……っ!」
「以上。反論は?」
「ありません……」
「よし、認めたね」
玲奈はニッっと笑うと、二本目の指を立てた。
「じゃあ、第一作戦。仕事の相談を口実に二人で食事」
「仕事の相談?」
「そう。化粧品の売上でも、秋のプロモーションでも何でもいいじゃん。あんた、仕事はめちゃくちゃできるんだから」
「……それは、ありかも」
「第二作戦。たまには素直に褒める」
「褒める?」
「『エリア長って本当に頼りになりますね』とか」
「……無理」
「なんでよ!」
「そんなの、恥ずかしいじゃない!」
「今さら!?絶対なんか似たようなこと言ってるじゃん!!」
玲奈は額を押さえた。
「第三作戦。駆け引きをやめる」
「それは無理!」
「即答すんな!」
「だって、ずっとそうやってきたんだもん!」
「じゃあ、今までと同じことを続けて、今までと違う結果が出る?」
「……っ」
痛いところを突かれ、まひろは黙ってパスタを一口食べた。
玲奈の言うことは正しい。エリア長に自分だけを振り向いてほしい。でも、自分から本気中の本気だと認めて傷つくのが怖い。もし彼にとって自分がただの優秀な部下だったら。あの優しい笑顔も励ましも、誰にでも向けているものだったら――。
「他の男なら今までの小悪魔テクで何とかなったんでしょ。でも、本気じゃなかったからほかの男は簡単だと、その人には通用しない。だったら、あんた自身が変わるしかない」
まひろはゆっくりと視線を落とした。そして、消え入るような小さな声で呟く。
「……あの人にだけは、嫌われたくないの」
玲奈は一瞬、目を丸くした。
いつも自信満々で、誰にでも余裕の笑顔を見せる親友。その口から、こんなにも切なくて弱い言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「……そっか」
玲奈は柔らかく笑った。今度はからかうような笑いではなかった。
「じゃあ、まずは一歩。今度、エリア長にちゃんとお礼を言いなよ。コンテストのこと、褒めてくれたんでしょ?」
「……うん」
「それから、二人でご飯に誘う」
「……うん」
「で、ダメだったら?」
まひろは顔を上げた。
「そのときは……」
「そのときは?」
「……もう一回考える!」
玲奈は思わず吹き出した。
「弱っ! 作戦会議の結論、それ!?(笑)」
「うるさい! 恋愛は慎重に進めるものなの!」
「はいはい。じゃあ、次の会議までに進展を報告すること!」
「分かったわよ!」
そう言いながらも、まひろの頭の中はすでに大好きなエリア長のことでいっぱいだった。
次に会ったら、何を話そう。
どんな顔をすればいいだろう。いつもみたいに小悪魔っぽく笑えるだろうか。
(―私、最近はあの人のことになると、本当に余裕がない……)
「……玲奈」
「今度は何?」
「このあと、服を見に行かない?」
「なんで?」
「……エリア長と二人で食事に行くときの勝負服、考えたいから!」
玲奈は数秒、親友の真剣な顔を見つめた。そして、大きく笑った。
「よっしゃ! ようやく本気になったね!」
「だから、声が大きいってば!」
カフェテラスに、まひろの悲鳴にも似た抗議が響き渡った。
【その頃:白鳥駅前店】
「……っ!?」
休日出勤でデスクワークをしていた俺――陣内拓海は、突如として背筋を突き抜けた謎の悪寒に身を震わせた。
(な、なんだ……!? 氷室薬局長の『デレデレ押し切り作戦』に続いて……今度は有栖川さんの方から、何かとんでもなく甘くて危険な気配が迫ってきている気がする……!!)
ヒロインたちの「本気のアタック」が次々とカウントダウンを迎えている恐怖を直感した俺は、尋常じゃない冷や汗を流しながらポケットの『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出し、そっと喉奥へ流し込むのだった。
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