ヘルスマスター試験と、可愛すぎる最低点
秋のボーナス査定をかけた社内試験「ヘルスマスター試験」を舞台に、試験監督の陣内にドギマギしすぎて過去最低点を叩き出してしまう氷室涼香と、その予想外の可愛すぎる敗北に悔しがるヒロインたち
秋――ドラッグラベールグループでは、ボーナス査定に直結する全社一斉の『ヘルスマスター試験』の季節がやってきた。
出調範囲は市販薬(OTC)からヘルスケア、最新のコスメ・美容分野まで多岐にわたる。薬剤師も登録販売者も化粧品担当も、どこかのスタッフだけが有利にならないよう絶妙な配慮が施された社内テストだ。全員出席が義務付けられており、白鳥駅前店のメンバーは毎年トップクラスの高得点を連発している。
「みんな集まってくれ! 今年の白鳥駅前店会場は、俺が試験監督を担当する。席順も決まっているから指定の席に着いてくれ」
陣内が告げた席順は、最前列から【涼香 → ほのか → まひろ】の順だった。
これまでの試験監督は面識のない本部社員だったため、みんな適度な緊張感で受けていたのだが……今年は大好きな陣内が真ん前でじっと見張っているのだ。
「ほのかちゃん……私、ヘルスケアや生活雑貨分野がちょっと苦手かも……」
「まひろちゃん……私は最新の化粧品成分の名称がちょっと不安かも……」
いつも完璧なふたりも、今回は別の意味で緊張に押しつぶされそうになっていた。ふたりはこっそり目配せを交わすと、「ふたりでバランスよく高得点を取って、今年こそ薬局長を打倒しよう!」と密かに固い決意を固めたのだった。
ちなみに氷室涼香は、過去2年連続で「100点満点」を叩き出している不動の絶対女王である。
――だが、テストが始まって異変が起きた。
(……全然……集中できない……っ!!)
一番最前列の席でペンを握る涼香は、答案用紙どころではなかった。
教壇や通路を静かに巡回する陣内との距離、わずか数十センチ。京都の野宮神社でお揃いのピンクの鈴を買って以来、涼香の中で彼への愛しさは歯止めが効かないほど膨れ上がっていたのだ。
陣内が近くを通るたびに胸がドッキンドッキンと高鳴り、視線が勝手に彼を追いかけてしまう。テストを受ける時間というより、もはや「陣内拓海を至近距離でじっくり観察する甘美な60分間」と化していた。
(あ……今日の陣内さん、試験監督だからかしら……いつもより仕立ての良い上質なスーツを着ていらっしゃるわ……。本部会議の時はこんな感じなのかしら……? 格好いい……格好よすぎますわ……っ!!)
ぽーっと熱い吐息を漏らし、頬を朱に染めて固まる涼香。
そんな彼女の様子を近くで見つめていた陣内は、胃がキュッと痛むような強烈な不安に襲われていた。
(……えっ!? 氷室さん、ペンが全然進んでないぞ……!? いつもなら15分で満点答案を仕上げるあの氷室薬局長が……! もしかして体調でも悪いのか……!?)
心配でたまらなくなった陣内は、そっと涼香の席へ歩み寄り、小声で囁いた。
「大丈夫かい……? 調子でも悪いのか……?」
「ひゃいっ……!? だっ……大丈夫ですぅ……っ!!」
普段の知的で凛とした氷室薬局長からは想像もつかない、素裏返った裏声の「ひゃい!」が静かな試験教室に響き渡った。
そして――試験終了後、即時採点された結果が発表された。
1位:94点 白石ほのか
2位:89点 有栖川まひろ
3位:85点 氷室涼香
「えっ……!?」
採点結果を見た白鳥駅前店の全員が耳を疑った。
あの無敵の氷室涼香が、まさかの85点。覇気がなく、どこかボーッとした顔で座っている。
「氷室さん……本当に熱でもあるんじゃないのか?」
あまりの点数の低さとボーッとした様子に本気で心配した陣内は、自ら涼香の前にかがみ込むと、素手で彼女の額にそっと触れた。
「ひゃあぁっ……!? だ、大丈夫ですぅ……本当に大丈夫ですからっ……!」
おでこに触れられた瞬間、涼香の顔面はゆでダコのように真っ赤に沸騰した。
(陣内さんの手……ガッチリしててすごく素敵……っ! ああ……テストの問題なんて全部吹っ飛んじゃったけれど……幸せ……♡)
うっとりと胸の前で手を握りしめ、幸せそうに破顔する涼香。
そして――テストで点数勝ちしたはずのほのかとまひろは、その光景を見てぷくーっと頬を限界まで膨らませて嫉妬の炎を燃やしていた。
「なっ……何よあの可愛い仕草ーーーッ!?」
「これじゃあ、テストの点数で勝っても……勝負に完全に負けてるじゃないですかーーーっ!?」
点数で勝ったのに敗北感を味わうふたりの激しい抗議と、おでこを抑えてデレデレの薬局長、そして理由が分からないまま不穏な空気に包まれる試験会場。
(な、なんでテストが終わったのにこんなに殺伐としてんだーーーっ!? 氷室さんが熱じゃなくて無事だったのは良かったけど……俺の胃が! 俺の胃が痛いーーーっ!!)
謎の不穏な空気に挟まれた陣内は、冷や汗を流しながらポケットの『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出し、秋の爽やかな風が吹く教室で一気に喉奥へ煽り込むのだった。
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