負け知らずの苛立ち
ミスコン優勝&スクールカーストトップで負け知らずだった大学生・斎藤由香の思わぬ暴走と、GLP-1受容体作動薬(マンジャロ等)の美容目的適正使用に対する白鳥駅前店メンバーの毅然とした対応
私、斎藤由香(大学4年)は、いつだって人生の主役でイケているはずだった。
大日本大学のミスコンでグランプリに選ばれ、中高一貫校時代からずっと学校のヒロイン。スクールカーストはもちろん最頂点。付き合っている彼氏の裕也は、3つ上の同じ大日本大学医学部を卒業したばかりの爽やかな研修医だ。
これまで何一つ負けを知らなかった私。大日本大学での成績は中の上だったけれど、「ミス大日本大」の肩書さえあれば大手商社なんてどこでも内定が取れると思っていた。……なのに。
(……なんでよ……っ! なんで私が商社の面接で落とされまくらなきゃいけないのよ……っ!?)
度重なる不採用通知のストレスでヤケ食いをしていたら、体重が3キロも増えてしまった。他人から見ればまだまだ抜群にスタイルが良く綺麗だが、完璧主義の私にとっては絶対に許せない汚点だった。
彼氏の裕也に「私、太ったよね……?」と縋るように聞いてみたら――
『え? 太った? ……ごめん、気づかなかった。最近病院が忙しくてさ……。でも大丈夫だよ、まだまだ美容体重だし、由香は十分可愛いよ』
(そんな気休めの問題じゃないのよ……!!)
負け知らずだったプライドを打ち砕かれ、心底イライラが限界に達した私は、手っ取り早く短期間で激痩せできる「痩せ薬」に目をつけることにした。
そういえば、うちの近所にある『ドラッグラベール白鳥駅前店』に、SNSで話題の可愛い店員たちがいたはずだ。何か特別なダイエット薬でも使っているに違いない――そう思い立った私は、苛立ちを隠しもせずに店舗へ乗り込んだ。
「いらっしゃいませー! お客様、何かお探しでしょうか〜?」
(……ちっ、なによこの子。人形みたいに可愛くて……見てるだけでイライラするわね)
パタパタと笑顔で駆け寄ってきたコスメ担当の有栖川まひろに、私は冷たく言い放った。
「痩せ薬、ないの?」
「あっ……あのぅ……! 当店のドラッグストアコーナーでは、そういった(劇的な効果のある)医薬品はお取り扱いがなくてですね……」
「じゃあ奥の調剤薬局で出しなさいよ!」
「いえ……あの、医療用医薬品は医師の処方箋がないとお渡しできなくて……」
まひろが困惑してタジタジになっていると、調剤室の奥からスッと洗練された気配を纏った女性が出てきた。薬局長の氷室涼香だ。
「どうされましたか?」
「痩せ薬売ってほしいのよ! 早くして!」
「……『マンジャロ(一般名:チルゼパチド)』などのGLP-1/GIP受容体作動薬のことでしょうか? 大変恐れ入りますが、拝見したところお客様が糖尿病や高度肥満症の適応基準に該当するようにはお見受けできませんが……」
涼香の淡々とした、けれど的を射た正論に、私の苛立ちはピークに達した。
「なによそれ! 私の彼氏、医師なのよ!? 処方箋なんていくらでも出せるんだから持ってくるわよ! だから今すぐ出しなさいよ!」
その大声を聞きつけ、バックヤードからスーツ姿の男性が急ぎ足で駆けつけてきた。
「どうされましたか!? 当店舗のエリアマネージャーを担当しております、陣内と申します。この度は不手際がございましたでしょうか……」
「マンジャロ! あるんでしょ!? 彼氏が医師だから処方箋出せるって言ってんの! 出しなさいよ!」
陣内は私の全身をしっかりと見据えると、落ち着いた、しかし絶対に揺るがない毅然とした声で頭を下げた。
「……申し訳ございません。当店では、たとえご家族やパートナーの医師から処方箋が発行されたといたしましても、適応外の美容目的・自費ダイエット目的での調剤はお受けすることができません」
「はぁ!? 受けるとか受けないとか、あんたら薬剤師に選ぶ権利なんてないじゃない!」
「いいえ、薬剤師には処方の正当性を確認する義務と疑義照会の権利がございます。失礼ながら、お客様が医療上の治療目的で介入が必要な肥満症(BMI27以上で肥満に関連する健康障害を伴う、等)の適応基準を満たしていないことは明白です。不適正使用による低血糖や急性膵炎などの重篤な健康被害から患者様を守るためにも、お受けすることはできません」
「もうっ! なによ……頭固くてムカつく!!」
ぐうの音も出ないほどの正論と圧倒的な威圧感に押された私は、捨て台詞を残して足早に店を飛び出していった。
嵐のような客が去り、静けさを取り戻した店内で、まひろがホッと胸を撫で下ろした。
「こっ……怖かったぁ……。エリア長、ありがとうございました……っ」
「2人とも……怪我や嫌な思いはしなかった? 大丈夫?」
涼香も心配そうにまひろの肩を抱き寄せる。
しかし――毅然と対応したはずの陣内は、一人険しい顔で深く腕組みをし、自責の念に駆られていた。
「……すまないことをした」
「「え……?」」
まひろと涼香がぽかんと首をかしげる。
「何か深いご事情や、人には言えない強いお悩みがあったんだろう……。それなのに、お客様の根底にあるニーズやSOSに寄り添えず、お怒りのまま帰らせてしまった。これはコミュニケーション上の私のミスだ……」
「ええっ!? エリア長、そんなことないですよ! あんなのただの理不尽なイチャモンですし、適正使用を守ったエリア長はすごく格好良かったです!」
まひろが目を丸くして手を振る。
「ええ……さすがに今のお客様の仰りようは酷すぎましたよ。陣内さんが責任を感じる必要なんてどこにも…」
涼香も呟くようにフォローを入れた。
「いや……何か大きなストレスや、イライラしてしまう原因が彼女の中にあったはずなんだ。医療従事者として、もう少し言葉の裏にある背景に気づけていれば、ただ断るだけでなく、より良いカウンセリングや栄養指導の形でアプローチできたかもしれないのに……」
自分の対応の至らなさを真剣に反省し、どこまでも患者(顧客)の背景に思いを馳せるストイックなエリアマネージャー。
不当な要求には毅然と店舗とスタッフを守り、それでいて自分の接客姿勢をどこまでも高めようとする彼の横顔に、まひろと涼香は思わずうっとりと目を奪われてしまうのだった。
(……はぁぁ、エリア長ってば、どこまで真面目で格好いいの……♡)
(ふふっ……やっぱり、この人はどこまでも誠実で素敵な人……)
「よし、後で全店舗に『GLP-1製剤の適正使用と適切なカウンセリング対応』の事例共有メールを送っておこう。……あ、あれ? 二人とも、なんでそんなにじっと俺を見てるんだ……?」
二人の熱い視線に気づいた陣内は、急に首をかしげると、いつものように冷や汗を流しながらポケットの『ラベール胃腸薬プレミアム』に手を伸ばすのだった。
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