竹林の小径と、ピンクの鈴に込めた秘密
京都嵐山での学会前夜、私服デートで破壊力抜群の可愛さを発揮する氷室涼香と、野宮神社の“真のご利益”を知らずにお揃いのお守りを買ってしまう陣内の甘々エピソード
京都・嵐山。
秋の風が心地よく吹き抜ける渡月橋のたもとで、俺は待ち合わせ場所に立っていた。
「陣内さん、お待たせいたしました」
声をかけられて振り返った瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。
そこにいたのは、普段の白衣やスーツ姿とはまるで違う、あまりにも洗練された私服姿の氷室涼香だった。
黒の上品なリブニットに、アイボリーのハイウエストミニスカート。そこからスラリと伸びる、息を呑むほど美しい脚。ベージュのロングコートを羽織り、足元は黒のストラップパンプス。普段は真っ直ぐ下ろしている髪をゆるくまとめ、耳元でシルバーのピアスが小さく揺れていた。
(か……可愛すぎるだろーーーっ!? なんだその反則級の私服は!! 美脚を主役にしながら上品さと知性を両立させるとか……俺の理性のデータが吹き飛ぶ!! 胃が……胃がもたんぞ……!!)
あまりの破壊力に冷や汗を流して固まる俺に、涼香は少し照れくさそうに微笑んだ。
「せっかく京都まで来たんですから、神社にお参りしませんか?」
「神社? いいけど……明日の学会の成功祈願?」
「はい! やっぱり、こういうのは大事だと思うんです♪」
彼女はにっこりと可愛らしく笑った。
明日の『日本薬局協会年大会』のメイン発表は、俺にとって初の全国舞台だ。質疑応答で変な質問が飛んできたらどうしよう、スライドの数字を間違えていたらどうしようと、緊張で胃が痛んでいた俺にとって、神頼みは願ったり叶ったりだった。
「よし、じゃあ近くの神社を調べておくよ」
「だーめー♪ もう決まってまーす」
涼香は「ふふっ」と悪戯っぽく上半身を少し低く傾けると、スマートフォンを取り出して画面を見せてきた。表示されていたのは、嵐山の有名な『野宮神社』だった。
「なんか有名なの?」
「はい。とっても有名なんですよ♪」
彼女の笑顔が、妙にキラキラと輝いている。
神社に疎い俺は「へえ、有名な神社なんだな」くらいにしか思わなかった。
「よし、じゃあ明日の学会が成功するようにお願いしよう」
「……そうですね。学会も、もちろん大事ですが……」
涼香は一瞬だけ視線を泳がせ、ぽつりと呟いた。
「ところで、野宮神社って何の神様を祀ってるんだ? せっかく参拝するなら、ちゃんと知っておいたほうがいいかなって」
「えっ? あッ……その……っ」
「氷室さん?」
「そ、それは……いろいろですーっ!」
ぷくーっと頬を膨らませてそっぽを向く涼香。
(あのロジックマシーンの氷室薬局長が、神様の御祭神を知らないなんてことあるか……? 随分と大雑把な説明だな……)
違和感を覚えたものの、明日の発表のプレッシャーで頭がいっぱいだった俺は、それ以上深く考えるのをやめてしまった。
風にそよぐ青々とした竹林の小径を抜け、俺たちは野宮神社の鳥居をくぐった。
「ここが野宮神社か」
「はい!」
境内に足を踏み入れた涼香は、なぜかいつも以上に念入りに髪のほつれを整え、服の皺を伸ばしている。
「じゃあ、明日の学会の成功を祈って……」
「待ってください!」
俺が賽銭箱の前で手を合わせようとすると、涼香が慌ててそれを遮った。
「お願い事って、ひとつだけじゃなくてもいいんですよね?」
「え? 別にいいんじゃないか? いくらあっても神様は怒らないだろ」
「ですよねっ!」
涼香はパッと満面の笑みを咲かせた。
――俺は知らなかったのだ。
この野宮神社が、全国でも有数の『良縁・縁結び』で絶大なご利益を誇る神社だということを。
そして彼女が、学会の成功祈願を口実に、どうしても俺とふたりでここへ来たかったのだということを。
涼香は境内の奥にある『お亀石』の前に進むと、静かに目を閉じ、そっと胸の前で手を合わせた。
(――どうか、この人と……ずっと一緒にいられますように。この思いが、届きますように……)
深く、深く祈りを捧げる彼女の小さな横顔。その先の切実な願いは、俺には届かない。
参拝を終え、戻ってきた彼女に俺は何気なく尋ねた。
「何をお願いしたの?」
「秘密です!」
即答だった。
「なんだよー、それ」
「秘密のほうが、叶う気がするんです」
そう言って可愛らしく舌をのぞかせる涼香。
すると急に、彼女は少しモジモジとモモを引き寄せ、上目遣いで俺の袖口をキュッと引っ張ってきた。
「わっ……私も……記念品欲しいです! 帰りに、可愛いお守り……お揃いに、して……?」
(ぐはっ……!!)
上目遣い+お揃いのお守りおねだりという、異常な破壊力のプレッシャーに胸が打ち抜かれる。
「お、おう! 当然だろ! 好きなのを選んでいいぞ!」
「じゃあ……コレにします!」
涼香が嬉しそうに指差したのは、ピンク色の可愛らしい鈴がついた小さなペアのお守りだった。
(へえ、綺麗な鈴だな! 音も可愛いし、鞄につけておくか!)
それが『恋愛成就・良縁祈願』のピンクの鈴だとは夢にも思わず、俺は上機嫌でお会計を済ませ、お揃いのお守りを手にするのだった。
「ふふっ……大切にしますね、陣内さん♪」
お揃いのピンクの鈴を愛おしそうに手に包み、夕陽に照らされた渡月橋の上で最高に甘い笑顔を向けてくる涼香。
(アカン……! 明日の学会発表の緊張より先に、この甘すぎる空間で俺の胃袋と理性が粉々に砕け散るーーーっ!!)
俺は赤くなった顔を誤魔化すようにポケットを探ると、京都の夕風に吹かれながら、静かに『ラベール胃腸薬プレミアム』を喉奥へと流し込むのだった。




