京都嵐山の招待状と、神崎葵の愛のキューピッド作戦
日本薬局協会の理事に就任した神崎葵課長による強烈なアシストと、京都嵐山での学会発表&お泊まり(?)の権利を手に入れてモジモジニヤニヤが止まらない氷室薬局長、そして焦るヒロインたちのドタバタ劇
バターンッ!!
白鳥駅前店のバックヤードに、いつにも増して力強い扉の開閉音が響き渡った。
ハイヒールを颯爽と鳴らして入ってきたのは、本部営業企画部の神崎葵課長だ。
「拓海くんと氷室先生、ちょっと時間作れる?」
「ゲッ……神崎課長!?」
いきなり真顔で指名された俺は、思わず息を呑んだ。
この人がこうして前触れもなく乗り込んでくるときは、ロクなことがない。また本部からの無茶振りや無謀なイベントの押し付けかと思い、俺はフライングで胃がキュッと痛むのを感じていた。
だが、二人を奥に呼び寄せた葵先輩は、急に周りを気にするようにコソコソと声を潜めた。
「あのね、ふたりにお願いがありまーす♪ 今度、京都嵐山で開催される『日本薬局協会』の年大会……ふたりで現地に行って発表してほしいのー!」
「えっ……?」
「実はね、私、日本薬局協会の『理事』に就任しちゃいまして〜。グループから何か優秀な演題を出さなきゃな〜って抄録をチェックしてたら、ふたりがJARS(抗コリン薬リスクスケール)の話題でエントリーしてるの見つけちゃったのよ! さすが私、愛のキューピッドだわ〜♡」
「やったぁ……♪」
「……えっ?」
俺は耳を疑った。
いつもは「〜です!」「無駄です!」と凛としているあの氷室涼香が、柄にもなく顔をポッと赤らめ、手を胸の前で握りしめてニヤニヤと甘い笑みを浮かべていたのだ。
「な、何言ってるんですか神崎課長……俺たちはただ、抗コリン薬の適正化介入データを報告するだけで……」
「なーに照れてんのよ拓海くん。ほら、涼香ちゃんも可愛くモジモジしちゃって〜♪」
葵先輩は涼香の肩を小突きながら、フッと悪戯っぽい笑みを深めた。
「涼香ちゃーん。この前の東京理科学大学のセミナーの話は流れちゃったけど、どう? 京都、行く?」
「ぜっ……絶対に……行くっ!!」
食い気味に即答する涼香。眼鏡の奥の瞳が、これまでにないほどメラメラと情熱に燃え上がっている。
「でしょ〜? 前はほのかちゃんに母校(西城大学)の件で花を持たせたし、先日は有栖川ちゃんのビューティーコンテストだったでしょ? 『あれ〜? 陣内くんとふたりきりの遠出デートをしてないのって、もしかして涼香ちゃんだけなのかなぁ〜?』って思ってさ! 嵐山よ嵐山! 神社仏閣でも巡るドサクサに紛れて、強力な縁結びのお参りでもしてきなさいよー♪」
「か、課長……! 一体誰の味方なんですか!?」涼香は尋ねる
「ハハッ! 誰の味方でもないわよー。でもねぇ……拓海君ったら仕事はバカみたいにできるのに、恋になるとグズりすぎて見てられないんだもの〜」
葵先輩はクスクスと笑いながら、以前ほのかの背中を叩いたときと同じ「がんばれよ」の合図を涼香に送った。
「よしっ! 新幹線とホテルのチケットは総務で本部経由で手配しておくから! 本部としても優秀な演題を出してくれたおかげで演者を探す手間が省けたわ〜、一石二鳥でラッキー♪」
そう言い残すと、葵先輩はバックヤードの扉越しに、外で買い出しの準備をしていたエブリデイ可愛いまひろと白石ほのかへ向けて、ニヤリと合図を送った。
「あんたら、ボサッとしてると……京都で一気にゴールインされちゃうわよー(笑)」
((もー! なによなによーっ!!))
扉の向こうから、まひろとほのかの焦りと怒りが混ざった叫び声が聞こえてくる。
もともと学会でエントリーしていた正式な業務の話のはずだったのに、葵先輩の余計な一言のせいで、調剤室は「天国(嵐山デート確定の涼香)」と「地獄(嫉妬に狂う他ヒロイン)」に見事に二分されてしまった。
「……すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます」
俺は冷や汗をダラダラと流しながら、ポケットから『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出すと、京都へ旅立つ前に胃が爆発しないよう、急いで喉奥へ流し込むのだった。
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