コスメイベントは胃薬持ちのプライベートを脅かす
日曜日の午前8時
普段な駅前を行き交う通勤客でにぎわう広場は、色とりどりのテントと「ドラッグラベール秋のビューティー&ヘルスフェス」の大きな横断幕で彩られていた。
「よし…音響チェックOK試供品の搬入も完了したな」
ポロシャツ姿にイベント用のスタッフ名札を下げた俺 陣内拓海はパイプ椅子の設置を終えて軽く汗をぬぐった
休日出勤のイベント統括。各店舗からのスタッフ指導とメーカーとの調整で胃がキリキリと痛むのは想定内である
「陣内エリア長~おはようございま~す」
背後からかけられた弾んだ声に振り返った瞬間俺の思考はフリーズした
「有栖川?」
そこに立っていたのはコスメリーダーの有栖川まひろだった。
だが、いつもの黒Tシャツにオレンジエプロンのいつもの店舗制服ではない
透け感のあるシフォンのオフショルブラウスに秋らしいチェックのマーメイドスカート
ゆるく巻いたショートボブの耳元では小さなパールが揺れている
店舗での元気なかわいい系から完全に街で見かけたらだれもが振り返るおしゃれ女子へ変貌している
「えへへどうですか~エリア長?今日のイベント私が秋の新作メイク実演の担当じゃないですかぁ~、だから気合入れて私服もメイクも仕上げてきたんですよ~」
くるりとその場で一回転してみせるまひろ
甘いフローラルノートの香水がフワッとひろがり目元には新作ピンクブラウンのグラデーションが映えている
「あ、あぁ…すごく綺麗だし、イベントのコンセプトにもばっちりフィットしているね、似合ってる」
「本当ですか?やったぁエリア長に褒めてもらえるなら早起きして気合入れた甲斐がありましたね」
そういってまひろはあざとく満面スマイルで俺の腕にきゅっと抱き着いてきた
腕にに伝わるやわらかい感触に俺の心臓は上室性発作性頻脈すれすれの暴走を起こしている
「こ、こら…有栖川さん…設営中だし誰かが見てるかもしれないんだから…」
「へぇ…ずいぶん朝から楽しそうにしているじゃない…陣内エリア長…」
冷ややかなしかし艶のある声が二人を切り裂く
そこに立っていた人物をみておれは思わず二度見した
「氷室…薬局長?眼鏡は?」
黒髪を再度でゆるくまとめて上品なベージュのニットドレスに黒のロングブーツを合わせた女性
氷室涼香だ
最大の衝撃はいつも彼女がしている知的さを醸し出すシャープな眼鏡をはずしてコンタクトレンズに変えていることだった
おおきくて印象的な黒目が露になり長いまつ毛が引き立つその顔立ちはまるでファッション誌から出てきたモデルのようだった
「何よ…人の顔をじっとみて、今日は屋外イベントなんだから日差しで眼鏡がまぶしくならないようにコンタクトで来ただけなんだから」
涼香はプイっと視線を横にずらしたがその白い耳たぶがほんのりと赤くそまっているのが見えた
「いや…すごく綺麗なひとだなと思って…一瞬だれだか分らなかったよ、大人の雰囲気で本当にかっこいいね氷室薬局長」
「~~っつ…べ別にエリア長に褒めてもらいたくてこの服をえらんだわけじゃないのよ…まぁ悪くない評価ね…っていうかいつまでくっついてるつもりなの?」
すこし照れくさそうにイベント用の薄手ブルゾンの白衣を羽織りなおす涼香
大人の色気とツンデレなギャップが刺さって心臓の次は胃が変な汗をかきだしている
そこへ
「みなさ~んお待たせしました~ほのかちゃん参上~」
パタパタと軽やかな足音とともにかけよってきたのは新人薬剤師の白石ほのかだった
彼女の私服を見た瞬間三人で同時に息を呑んだ
やわらかいアイボリーの萌え袖ニットにふんわりとしたフレアスカート
清楚の極みのようなコーディネートで魔塔空気そのものが癒し系そのものだ
「ほのかちゃん、かわいすぎぃ!」
「白石さん…あなた薬剤師相談ブースにはいるのよね…完全に殺りに来てるじゃない…」
まひろが驚き涼香が警戒感をあらわにするなかほのかは胸の前で腕を組み無垢な瞳で俺を見つめてきた
「エリア長!私、エリア長が【よっしゃ今日もほのかちゃんのために頑張ろう!!】って元気になれるようにエリア長が好きそうな服をえらんできたんですぅ!」
「え?ええ…ありがとう白石さん…すごくかわいいと思うよ」
「ふふっ、うれしいです!だから今日は一日私がエリア長の疲れを全部吸い取ってあげます、えい!」
ほのかがポンっとおれの胸元に手のひらを重ねてくる
至近距離ではじける三者三様の美貌
華やかなまひろの距離感ゼロシステム
眼鏡をはずした涼香の破壊光線
ほのかの天然ストレートに
朝8時にして俺はほとんど限界状態だった
朝のすがすがしい空気のなか三人のヒロインから放たれる圧倒的なアピール合戦に囲まれ
俺の視線は散瞳状態となってしまった
「あ…あのさみんなイベント開始まで30分だから、配置につくか」
「「「はーい!/わかったわ!/がんばりますぅ!」」」
バチバチと火花をちらしながら各ブースに散っていく三人を見送り俺はおもむろに影に隠れてラベール胃腸薬プレミアムを豪快に搔っ込んだ
イベントが始まる前だというのに俺のライフはほぼ0になりつつある
(ヤベー…全員可愛すぎる…なぜ俺に懐いているのかは定かではないが…胃がもげそうだ…)
フェスが開幕すると会場の駅前公園は想像以上の熱気に包まれた
まひろの華やかなメイク実演には若い女性の人山ができ涼香とほのかの健康お薬相談ブースには絶え間なく人が訪れている・心なしか健康そうなおじさんやお兄さんもうしろで見物してへらへらしている
それぞれがアイドルのように恐ろしく人を集めている
ラベールというだけあって本当に美人ぞろいで恐ろしい薬局だと俺は思った
なにはともあれこれは大盛況だ!これは数字が乗りそうだと別の意味でニヤニヤしていると
空の雰囲気が急に悪くなってきた
(おいおい…ゲリラ豪雨か?勘弁してくれよ…今日は晴れの予報だったのに…)
「っつ…雨?テスターやサンプルが濡れちゃう」
会場が騒然とするなか指示を出した
「みんな落ち着いて!お客様を駅・屋根下へ誘導しようテントの支柱は俺が抑える」
俺は吹き荒れる雨風の中へ飛び出しぐらつくメインテントのパイプ支柱を体重をかけて押さえつけた
雨水が容赦なく顔をたたきポロシャツは一瞬でぐちょぐちょになっている
「有栖川さんは高額コスメの回収・白石さんはお年寄りとこどもの避難誘導・氷室さんは避難された方の介助やタオル手配などを」
その言葉で3人の目が変わった
三人は本気を出すと目が変わる
まひろぬれながらも脅威的な手さばきで限定品のディスプレイをコンテナに投げ込んでいく
「おばあちゃん慌てないで、私の手を取ってください」
ほのかは小さな子供やお年寄りの背中に優しく手を添えパニックをおこさないように笑顔で安全な駅舎へ誘導している
「ドラッグラベールのスタッフへ!備品のタオルとサンプルバッグを非難されたお客様へ配って!」
涼香は即座に周囲の店舗スタッフを誘導・指揮し濡れてしまったお客様へ迅速にフォローを入れた
頼もしすぎる上に超絶美人な3人の連携
俺が必死に支柱を押さえ続けること数分、スタッフそうでの迅速な対応によりすべての来場者の避難と高額商品の撤収が完了したのだった
にわか雨が上がりイベントは無事に終了
商品はほぼ無傷、けが人もゼロというできすぎた内容でフェスを締めくくることができた
「ジャ!」へんな声でくしゃみしてしまう俺
静まり返ったバックヤードでタオルに濡れた髪を拭く
「まったく…無茶して自分が一番濡れているじゃない…」
白衣を羽織った涼香があきれたような でもどこか愛おしそうなまなざしで歩み寄ってきた
その手には湯がが立つカップが握られている
「ほら…暖かいカモミールティー。調剤室の給湯器で淹れてきたの風邪ひいちゃったら困るわ」
「ありがとう氷室さん…助かった」
「エリア長~私のマフラーを巻いてあげます!」
そこへ着替えを終えたまひろが走ってきた
ふわふわのニットマフラーを俺の首元に直接巻き付けてくる
至近距離から漂う甘いフローラルな香りと彼女の体温に俺はトビそうになった
「有栖川さん…苦しいって、つか距離近くない?」
「いいんです!エリア長が体をはって私のお店を守ってくれたんですからね!これくらいサービスしないと全然わりに合わないじゃないですか?」
「あー有栖川さんずるいよ!エリア長!私のお肉のほうがもっとあったかいですよー」
(お肉!!全員で俺にとどめを刺すつもりなのか…こいつら…)
ほのかが両手を広げて大分しようとしてきそうになり驚く俺
「ちょっと、白石さん、言い方が生々しいしダメよ!私のなんだから!!…はっ…」
とっさに欲望を述べてしまう涼香
涼香がわりこんでほのかの首根っこをつかむ
ほのかは「むー…なんですか薬局長…私がエリア長の専属胃袋なんですからね…わたしのって何ですか?」
「ちょっ…shit…なんでもないから…」
さっきまでのにわか雨が嘘のようなバックヤードでの激アマ第二ラウンド
「あのさ…みんなの気持ちはうれしいんだけど…本部に報告書をあげないと…」
「「「だめです、まだ返してあげません」」」
三者三様の美貌に囲まれ逃げ場はどこにもない
疲労と冷え、可愛すぎる連中に俺の胃はまた悲鳴を上げている
(嵐のような雨は去ったが俺の胃酸の雨はドチャクソに降り続いている)
俺は震える手でポケットから湿気かけたラベール胃腸薬プレミアムを取り出し
本日2度目の薬を喉に流し込むのであった
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